暗闇の中、突如として現れたド紫のロボット。
ニトロとマクロはビビッて僕の後ろに隠れる。
出来れば僕もニトロとマクロの後ろに隠れたい位だった。
でもそんな訳にもいかないのでじっとロボットを観察する。
何処をとってもド紫。
きっと、これを作った人は精神的に不安定なんだろう。
「何なんですか?これ」
そう尋ねたら、返事を返したのはリツコさんだった。
「汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンよ」
はんよーひとがたけっせんへーきじんぞーにんげんえばんげりおん。
はんよーひとがたけっせんへーき…
はんよーひとがたけっせんへーき…
はんよーひとがたけっせんへーき…
あるぇー?
「はんよーひとがた・・・何でしたっけ?」
「あ…エヴァでもいいのよ?」
「うい!」
軽く涙目で質問したら、リツコさんは微妙な表情で答えてくれた。
しかし何でだろう、凄く聞き覚えがある。
と言うより、僕はこいつを見た事がある気がする。
ふと、思い付いて呟く。
「新造人間じゃなくて?」
「キャシャーンじゃないわね、残念ながら」
そうだよね、だってアイツこんなにでっかくないし。
「何言ってんの?アンタ達」
ミサトさんが僕らの会話に付いてこれていなかったけど、気にしない。
改めてエヴァンゲリオンとやらを見てみる。
特徴…ド紫、悪党面、角付き、キャシャーンじゃない。
これらの事から導き出されるコメントは一つ。
「これでもかって位紫ですね、悪者面だし、隊長機ですけど」
「隊長機?成程…そういう見方もあるわね」
ミサトさんはまたもやチンプンカンプンな表情だったけど、リツコさんは本当に感心したって感じで頷いていた。
この人とは気が合いそうだ。
そんな事を考えていた、その時だ。
「久しぶりだな、シンジ」
格納庫内に聞き取り辛い位の超低音でそんな声が響いた。
「何奴!?」
思わず横っ飛びに飛んだ後、辺りを見渡して声の主を探す。
「…シンジ君、何してるの?」
ミサトさんは不思議そうな顔をして僕を見ているが、僕の行動は間違っていないと思う。
だって、今の声明らかに悪党の声だし。
そしてボス発見。
一瞬その初号機と並ぶ程の悪党面な風貌に誰だか分からなかったけど、たっぷり十秒程見つめてようやく理解出来た。
「あ、父さんかぁ、分かんなかったよ、最初っからクライマックスかと思った」
すっかり忘れていたけど、思いだした。
悪党面化が昔より進行している気がしたけど、間違いなく父さんである。
一目見ただけで、僕は母さん似なんだろうなって分かる悪党面は健在のようだった。
ぼけっと父さんの顔を見ていたら、父さんの顔に物凄く違和感を感じた。
何だろう?いや、暫く会ってないから分らないんだけど…
あ、分かった。
「髭似合わないね、剃れば?」
「…しゅ、出撃」
流された。
親切心で言ったのに、父さんはまるで今の言葉が聞こえなかったかのように振る舞っている。
まぁずれてもいないサングラスを必死に直しているあたり、動揺は隠せていないけど。
何故かリツコさんが頭をぶんぶん振って頷いていたりもした。
やっぱり気が合いそうだ。
「待って下さい司令!パイロットがいません!」
ミサトさんが何の事かは分らないけど父さんに意見をする。
どうやら父さんの方が立場が上らしい。
というか司令?
…悪の組織の匂いがぷんぷんしてきたな。
そう言えばさっきのキャシャーンも物凄い悪党面だった。
よく見れば父さんは服も真っ黒で髭にサングラス、おまけに顔面兵器と悪党要素は完全に備えている。
そう言えば何で室内なのにサングラスしてるんだろう。
UVカットも糞も無いと思うんだけど。
「ねえねえ、何で室内なのにサングラスしてるの?意味無くね?」
「パイロットならそこにいるわ」
今度はリツコさんにまで流された。
どうやら僕は要らない子らしい。
一人で体育座りして落ち込んでいたら、何故かミサトさんが愕然とした顔で僕を見つめてきた。
「まさか…」
え、何??
何か皆こっち見てるんだけど…
戸惑っていたら、ミサトさんがそっと近寄ってきて、僕の両肩に手を置き、やたらと真面目な表情でこう言った。
「あなたが乗るのよ?碇シンジ君」
「何で父さんは室内なのにサングラスなんでしょうね」
「聞いてるの!?」
怒られた…
「え?何ですか?」
とりあえず聞き返したら、ミサトさんは般若みたいな顔でもう一度言う。
「あなたに!このエヴァに乗って!敵を倒してほしいのよ!」
こういうのって顔真っ赤って言うんだよね、えむきゅーえむきゅー!
まぁそれは置いといて…
とりあえず乗れと言われたキャシャーンを見てみる。
う~ん…使徒ってさっき見た巨神兵みたいなのだよね?
ホントに勝てるのかな…
いや、でもこのキャシャーン隊長機だし…
そんな事を考えていたら、ふとある事が頭に浮かんだ。
ミサトさんの方を向いてキッパリ告げる。
「いいですよ」
「シンジ君!お願いだから…え?」
ミサトさんは唖然としている。
と言うより僕以外の人は全員唖然としている。
父さんもだ。
そりゃ普通はいきなりこんなのに乗ってあんなに大きな怪獣と戦おうなんて思わないよね。
今度はリツコさんが念を押すように聞いてきた。
「シンジ君、本当にいいの?」
ここで僕は交換条件を口にした。
「うん、ただし…」
「「ただし?」」
「僕、父さんが室内でもサングラスを掛けてる理由知りたいな」
全員の視線が父さんに集中した。
父さんがたじろぐように一歩下がる。
全員の目から期待感があふれている。
期待age!
暫くして、父さんはやっと口を開いた。
「冬月…レイを呼べ」
レイって誰?
そんな事を思っていたら、父さんの隣の白髪のおじさんが激しい口調で言う。
「何を言っているんだ碇!この程度で乗ってくれるんだ!安いものだろう!」
あ、何かあのおじさん見覚えが…
おじさんがガミガミと父さんに文句を言う。
リツコさんとかミサトさんも色々文句を言っている。
「司令!」「碇!」
完全にフルボッコ状態の父さん。
やがて泣きそうな表情で、ぼそりと呟いた。
「しゅ…」
「趣味だ」
「…つまんね」
聞くんじゃなかった。
(…なーんだ)
(…悪趣味だな)
(…髭も趣味かしら)
周りも人も正直がっかりしたって感じで父さんの周りから散っていく。
とりあえずテンプレだから言っとこう。
「父さん、お前には失望した」
「出撃だ!出撃!」
ヤケクソな感じで父さんが叫んで、僕はエヴァの中に押し込められた。
「あーぁ、実は父さんはミュータントで目から常に発せられているビームを遮断する為に特別製のサングラスを…とか、そういうの期待したのになぁ…」
「それどこのマーベルヒーロー?」
何かエヴァっていきなりは動かないらしくて、色々とテストがあるらしい。
今はその真っ最中。
まぁ時間がないから簡単なものらしいけどね。
最初この…何だっけ?えんとりーぷらぐとか言うのの中に変な液体が入ってきた時は水攻めプレイ的な何かかと思ったけど、何か長ったらしい説明があったのでそういうもんかと納得した。
もうテストも終わったみたいだけど、正直全く話を聞いていなかったので分からない。
とりあえず僕は二匹の猫を抱いて幸せそうにしているリツコさんと無駄話を繰り返していた。
そうしたらミサトさんがまた大きな声で言う。
「何でも良いから起動始めて!」
モニターの向こうの指令室がやんややんやと騒がしくなる。
そして色々と言われて、全く聞いていなかったけどうんうんと頷いていたら、突然変な感覚が僕を襲った。
何だこれ?
誰かいる。
このエントリープラグの中に、僕以外の誰かが、いる。
それも二人。
一人は興味深そうに僕を見ていて、もう一人は…何だろ、あったかい感じ。
う~ん、何だろこれ。
何か覚えがあるんだよなぁ…
「エヴァンゲリオン初号機、起動しました」
不意に聞こえてきたその言葉で、僕は現実に引き戻された。
そういえばリツコさんと話している最中だった。
とりあえずこれは言っておかねばなるまい。
「ミスターファンタスティックって只の普通よりよく伸びる人じゃね?ってたまに思いません?」
「やっぱりシングが最高よね」
さすがリツコさん、分かってらっしゃる。
二人でサムズアップとかしていたら、ミサトさんの怒りが爆発した。
「下らない事ばっかり言ってないで仕事しなさいよ!!!」
「はいはい、じゃあエヴァ発進」
そんな軽い感じで、僕は戦場へと放り出されたのであった。
しかし…気になる。
「うーん…何だろ?」
ぐんぐんとエヴァは射出口内を上昇していく。
外に出れば敵がいるんだろう。
でもそんな事より、僕はこの視線の方が気になっていた。
うんうんと唸っていたら、心配そうにマヤさんが聞いてくる。
「どうしたの?シンジ君」
「いや、暖かいような、懐かしいような…」
もう一つの視線はただこちらを見ているだけだけど、もう片方は確実に僕にそんな感情を向けている。
この感じ…もう少しで思い出せそうなんだけど…
「やはり母親の存在を感じているのか?」
「そうだろう」
何か父さんと白髪のおじさんが呟いていたけど、よく聞こえなかった。
その時だ。
強烈なGと共に射出が止まる。
外に出たんだ。
そして前を見てみれば、巨神兵がいた。
でも全然危機感なんて感じない。
それどころじゃないんだ。
もう少しで…もう少しで思い出せそうな…
この懐かしさ…
この暖かさ…
こんなの、一人しか…
「あっ、そうか」
思い出した。
この感じ、懐かしいような、暖かいような。
僕にこんな接し方をした人なんて、人生で一人しかいないじゃんか。
「うわー超久しぶりだから分かんなかったや」
「シンジ君?」
ミサトさんが不思議そうに僕に呼びかける。
「いや、ミサトさん、これ中の人…」
だから答えてあげた。
「母さんじゃん」
僕の言葉と同時に中の人が歓喜の感情を露わにする。
「何だと!?」
父さんが険しい表情で立ち上がった。
僕の体を暖かい感触が包んでいく。
「シンクロ率上昇!」
そっと抱きしめられるように、僕はエヴァと一つになっていく。
「思い出した思い出した」
「80%…90%…100%!…110%!?止まりません!」
「もう十年かぁ、月日の流れって早いねー」
そんな時だ。
僕はもう一つの気配が遠ざかっていくのを感じた。
そっと、僕に背を向けて。
だから僕は思わず手を伸ばした。
そして、その子を捕まえる。
驚いたような気配。
戸惑うような気配。
だから僕はこう言った。
一緒に行こうよ、って。
歓喜の声が響いた。
「シンクロ率400%で…安定」
マヤさんが真っ青な表情で呟く。
「…理論限界値」
リツコさんも驚いているようだった。
よく分かんないんだけど、僕は何かすごい事をしたみたいだ。
何だろうって思ってたら、母さんじゃない方の気配がそっと前を指差した。
巨神兵がゆっくりと近づいてきていた。
「よし…」
何が何だか未だに理解はできてない。
何で母さんがエヴァの中にいるのかとか、もう一人の気配が誰なのかとか。
全然理解はできないけれど。
一つだけわかる事がある。
「行ってみようか?」
僕は選んで、そして選ばれたんだ。