12/16 投稿12/18 加筆修正12/22 誤字修正「武、純夏ちゃん、まりもちゃん、また今度いらっしゃいな。 あたしゃいつでも大歓迎だからね!!」 そう言って訓練校へ向かう武達に手を振る京塚のおばちゃん。 わざわざ店先まで見送りに出てきてくれたのだ。「おばちゃん、ご馳走様でした。」「またね~。」「近いうちにまた来ますよ。」 武達は想い想いの言葉で京塚のおばちゃんに別れを告げ、後ろ髪引かれつつも食堂を後にした。※ 訓練校に戻り次第、武と純夏すばやく授業の準備を整えた。 部屋から飛び出す2人。 開始時刻に間に合うか、微妙だ。 2人は必死の思いで廊下を駆けた。 なんといっても、次に行われる『授業』の教師は、よりにもよってあの『夕呼先生』なのである。 遅れたものなら一体どんなことになるのか、想像しただけでも恐ろしい。「タケルちゃん、間に合いそう?!」「ああ、このぶんなら多分な!」 教室が視界内に収まる。 ――間に合った!! 武達は勢いをそのままに教室へと飛び込んだ。「アンタ達、待ったわよ。」 教室のドアを吹き飛ばさん勢いで入ってきた2人を出迎えたのは、しかめっ面の夕呼であった。 遅れてしまったのだろうか、と、純夏は時計を確認する。 まだ開始1分前だった。「ほら、すぐに数学の授業始めるからちゃっちゃと座っちゃいなさい。」 促されるままに各々の席に着く武と純夏。 2人が席に着いたのを確認すると、『夕呼先生』は、ニヤリと不吉な笑みを浮かべた。 その見覚えのありすぎる表情に、武は一抹の不安を感じずにはいられなかった……。 ――かくして、その不安は的中する。「さて、まず数学についてだけど、伝統的な数学分野で研究される対象は私の専門である物理現象と深い関わりを持つものが多いことは知ってるわよね? つまり分かりやすいように言えば物理と伝統的な数学分野は切っても切れない関係って訳。 その一方で、数学の応用分野では数理モデルという形で例えば計算機や言語などといったものを対象とした研究が日々行われているの。 もちろん、数理モデルにおける演繹から得られる成果と実際との間にいくぶんかのずれを生じることもあるけど、そのずれの評価とモデルの実用性・実効性については多くは数学の外の話よ。※1」 早速なにを言ってるのか、武にもさっぱり分からなかった。 純夏は一応理解しようとしているらしく、夕呼の下手糞な絵が描かれた黒板を穴が開きそうなほど見つめている。 一方の武は「ああ、何時ものことか。」と、早々に全てを理解することは諦め、要点だけを聞き取りつつ、後は方耳半分に聞き流す。 そんな2人(主に純夏)の奮闘を他所に、夕呼は完璧に自分の世界に入ってしまったらしく、その『ありがたい』演説は肝心の生徒を『完全に』置いてけぼりにして、延々30分程続いた。「――というわけ。 あんたたちがこれから学ぼうとしている数学とはそう言うものよ。 はい、これで前置きはおしまい、早速授業に移るわよ。」 ようやく前置きが済んだらしい。 既に純夏は頭の使いすぎで目がうつろだ。 頭のアホ毛も奇妙な形に捩れてしまっている。 全く、根が科学者であるためか、偶に自分の世界に没頭してしまうのが夕呼の悪い癖である。 人と話していようが、授業中だろうがお構い無しだ。「教科書の8Pを開きなさい……って二次方程式? アンタ達低度な事やってんのねえ。 まあいいわ、これがわかんないとどうにもらならないし、これからいきましょう。」 その後、夕呼の授業は教科書の内容をほとんど無視した独自の解釈で進めてられていった。 授業自体は、それはそれで分かりやすかったので別にいい。 教科書を購入した意味があったのだろうか? と問われれば疑問に思わないでもないが……。 しかし、いったい誰が教科書を選定したのだろうか? まあ夕呼本人では無いことは確かだろう。 と、武は思った。 だがそれよりも武達にとっての切実な問題だったのは、夕呼の口から突然『訳のわからない単語≒専門用語』が飛び出してきたり、何の前置きもなく、いきなり応用発展問題を解かされたりすることだった。 武は元々高校生、しかも一応は難関と言われる程の私立を合格した知識があったからまだいい。 ……問題は純夏であった。「……あら、もうこんな時間。 今日の授業はこれでおしまい、明日までに私の出した例題を全て解いておくこと。」 一方的に言いつけて教室から出てゆこうとする夕呼。 武は慌てて号令をかける。「ありがとうございました!」「……した。」 純夏の声が力ない。 武がどうしたのだろうかと不思議に思って振り向くと、そこには、それはもう真っ白に燃え尽きてしまった幼馴染の姿があった。 これがアニメか何かなら、頭から白い湯気を立ち上らせていたことだろう。「お~い、純夏。大丈夫か~。」 とりあえず目の前で手をひらつかせてみる武。「あ……タケルちゃん。」 気がついたのかボーっとした様子で武のほうを向く純夏。 まだ頭が完全には復帰していないらしく、目が死んだ魚の目をしている。「おいおい元気出せよ。 ほら、アホ毛も萎びちまってるぞ。」 言いつつ武はアホ毛をつまんでいつもの位置に元に戻そうとするも、数秒経つと再び萎びてしまう。 不思議なことに、純夏の頭頂部から1束飛び出している毛――いわゆるアホ毛は、彼女の精神状態に合わせて様々な動きを見せる。 喜んでいるときは頭の上で『ハート』を模るし、驚いたときは、まるで見えない糸で釣られているかの様に天に向かって一直線に伸びてしまう。 全くもって奇妙なアホ毛である。「う゛ー、私バカだから理解できないんだよね? タケルちゃんは香月博士の言うこと、当たり前に理解できたんだよねえ?」 そう言って項垂れる純夏。 武はそれに笑いながら答えた。「いや、オレもさっぱりだ。 純夏、夕呼先生の言う事を全部真に受けてちゃ時間がいくらあっても足りねーぞ? ああ見えても、先生は間違いなく『天才』なんだから。」「……うん、そうだね。 でも宿題こんなに……どうしよう?」「ん? ああ、それならオレと純夏で半分づつやるってのはどうだ?」 まるで今思いついたと言わんばかりに『常套手段』を持ち出す武。 純夏はその提案に飛びついた。「ん、それもそうだね。 じゃあ私最初の10問をやるよ。」 言われて「ん?」と首を傾げる武。「ってことは、オレは後の10問をやれば……ってえ、おい純夏!! 応用問題全部オレに押し付けるつもりか?!」「当然っ!」 純夏は胸を張ってそう答えた。 一発殴ってやろうかと武がスリッパに手を伸ばしかけたちょうどその時、入り口の方から足音が聞こえてきた。「あ、ほらタケルちゃん、神宮司軍曹が着たみたいだよ。」 純夏はこれ幸いとばかりに話題をそらす。 まりもの手前、武もへたなことは出来ない。 ――クソ、純夏め、後で覚えてろよ! 武はギンと純夏をにらみつけた。「起立!! 礼!! 着席!!」「よろしい、ではこれより早速英語の授業を始める。 教科書の4ページを開け。 ……2人共開いたな? では鑑、音読しろ、もちろん主題からだ。」「はい!!」 武達の予想以上にまりもの授業はスムーズに進んだ。 恐らく昨日の間にどのように授業を進めるのか考えておいたのだろう、夕呼の行き当たりばったりな授業とは大違いだ。 黒板に板書した文字を書き取らせたり、生徒を当てて質問に答えさせたり……大方武の良く知る座学の授業と同じ要領で授業は進んだ。 ――そう、『全くもって』同じ要領で。「白銀、『energy』の発音は『エネルギー』でなく『エナジー』だ! 腕立て10回!」「~~! 了解!!」 国連軍基地で生活していたのだから、英語は大丈夫だと思っていたんだが……自動翻訳装置に頼りすぎたな。 武は己の不甲斐なさに、ガックリと肩を落とした。 まりもは武が腕立て伏せをしているのを脇目で確認しつつ、今度は純夏に照準を付ける。「さて鑑訓練兵、ここに入る動詞は?」「『eat』です!!」 自信満々に答える純夏。 だがまりもはその答えに顔を顰める。「え? eatじゃないんですか?」 純夏はかわいらしく首を傾げた。 だがそんなもの、まりもに効果が望めるわけが無い。「違うっ! 朝食、昼食、夕食のときは『have』だ! 学校で今まで何を勉強してきたんだ? このぐらい基本中の基本だぞ! 腕立て10、今すぐ!!」「は、はい~~!!」 普通の学校だったら体罰教師って言われてPTAに訴えられますよ、軍曹! 思わず武は嘆いた。 確かにこれなら普通の授業とはいえ気は緩まないだろうが。「お前達、情けないぞ! これでは一向に授業が進まんでは無いか!! もっとやる気を出せ!!」「「りょ、了解!!」」 そのあまりの気迫に、武も純夏も竦み上る。 喉の先まで出かかっていた文句など、どこぞへと消散していった。 ――嗚呼、『平和な世界』での神宮司『先生』の授業が懐かしい……。 また目頭に熱いものがこみ上げてきた武。 ここのところやけに涙腺が緩くなってきたような気がする、ひょっとして年だろうか? などと頭の中でアホなことを考えている間にも授業は続く……。※「――さて、今日の授業はこれで終了する。 勉強は日々の積み重ねがものを言う、訓練も同じだ。 復習と予習は怠るんじゃないぞ!? それとこれから座学に関するプリントを配布する。 各自部屋で自習しておくように。」「了解。」「はい!」「それでは、解散。」「気をつけ!礼!!」 授業がすべて終了したころには、もう時計の針が18時を指し示していた。 当に日は沈んでおり、窓の外は真っ暗で何も見えない。 武達はプリントを受け取ると、空腹を満たすため、一路PXへと向かった。「ふあー、本来ならまだ私達春休みなのにーー、って言うか授業進むスピード早すぎーー!」 PXのイスに腰掛けたと同時、愚痴をもらす純夏。 しかしその気持ちも分かる。 まったく、こんなハードなスケジュールが連日続くと思うと、こっちまで気が滅入りそうになる。 武は苦笑を浮かべた。「……確かにな、たぶん全員が解き終わったり読み終わったりするの待つ必要ねえ分早くなってるんじゃねえか?」 十倍以上の生徒が居れば、それだけ時間もかかるだろう。 逆を言えば、通常学級の十分の一以下の生徒しか居ないのだから、授業もそれだけスムーズに進んでしかるべきなのだ。 まして夕呼は自他共に認める唯我独尊なので、生徒の事情なんて知ったことじゃないだろうし、まりもも分野は違えど『教える』ということに関してはプロだ。 これでペースが上がらないとすれば、それは生徒たる武達に問題があると言うことになる。「そっか~、じゃあタケルちゃん、わざと問題解くのに時間かけてみてよ。」 それを分かっているのか分かっていないのか、純夏は突然そんな事を言った。「何でオレなんだ? 自分でやれよ。」「イヤだよ、そんなことしたら、きっとグラウンド走らされるに決まってる―――アイタッ!!」「分かってるなら言うな、分かってるなら。 って言うかオレならいいのかよ?!」「え~っと……あはははっ!」 笑って誤魔化そうとする純夏に、武はもう一発スリッパをお見舞いしてやった。※ 激しい訓練の後だというのに、なんだかんだと騒がしかった食事を終え、武達は昨日使った部屋へと戻った。 何故契約の通り1人部屋ではないかというと、なんでもまだ部屋の準備が出来てないとかで、当分あの部屋に2人して閉じ込められるそうである。 純夏はそれをピアティフから聞いたとき、『契約違反だ!!』とか騒いでいたが、武は端から期待していなかったので気にしないことにした。 部屋に付くと武と純夏は早速宿題に取り掛かった。 一見簡単そうな座学のプリントから課題に取り組んだのだが、これが思わぬ落とし穴だった。 常識的に考えて、女子が戦術に詳しいわけがないのだが、純夏の場合それを考慮に入れても酷すぎたのだ。「さて、純夏君。 この場合はどうすれば良いと思うかね?」 一緒に勉強するはずが、いつの間にか教師役となっていた武。 性に合わないとか、贅沢を言っている暇は無いのである。 軍隊において連帯責任はあたりまえ。 もしも宿題を忘れたり、不完全な状態で授業を迎えたものなら、問答無用で2人仲良く『タイヤを引きずりながら校庭20周』といったところだろう。「え~っと、正面突破? ……アイタッ!!」 ――このバカ! 純夏のあんまりを言えばあんまりの回答に、思わず手を出してしまう武。 まりものことをとやかく言う資格は、彼には無いのかも知れない。「ばーか、それじゃあ無駄に怪我人が出るどころか、下手しなくても全滅しちまうだろうが。 こういう場合は迂回するか、戦線を後退させるんだ。」「戦線を後退? つまりそれって敵前逃亡だよね? そんなことしたら銃殺されちゃうよ。」 純夏は眉を顰めて言った。 恐らく昨日覚えたての軍規と照らし合わせてそう思ったのだろう。 こいつマジで全部暗記したのか? と内心舌を巻きつつも、表面上は平静を装って武は純夏の疑問に答えた。「純夏、『戦略的撤退』って言葉……知るわけないか。 時と場合によっては逃げるのも立派な手段なんだよ。」 「まあ、指示が出る前に臆病風に吹かれて敵に背を向けたら、問答無用で銃殺されるだろうけど。」と、わりと本気で付け足す武。 幸運にも銃殺された兵士は見たことが無いが、帝国軍の中将が――真相は定かでないにせよ――敵前逃亡の罪で投獄されたという事件は聞いたことがある。「へぇ~、じゃあさじゃあさ、両方とも同じぐらいの強さだったときはどうするの?」「そうだな、敵の情報が十分に得られた条件下だったら側面や後方にあるブッシュからの奇襲攻撃も有効だろうな。 ともかく、敵は万全の防護体制を強いてないとはいえ、正面が開けたこの戦場では正面突撃だけは絶対やってはいけない。」 BETAの場合、その一番やってはいけない手を使ってくるのであるが。「ふーん……で、ブッシュって何?」「そんぐらい自分で用語辞典でも何でも引いて調べやがれ! ……ああそれと、奇襲攻撃は少数で多数を打破するときに有効とかいう迷信があるが、それは嘘っ八だから信用するなよ。 敵に嫌がらせはできても、絶対に決定打は与えられないし、それどころか全滅するのが落ちだ。」 ちなみに旧日本軍はココのところを取り違えていたため、無意味な突撃を繰り返し、イタズラに被害を拡大させたという。「少数で多数を撃破する最も有効な手段はトラップを用いたゲリラ作戦だ……こちらに地の利があるのが前提条件だが。 まあそれでも圧倒的な数の暴力の前ではどんなトラップもはっきり言って保険にしかならないんだけどな。」 例えば対BETA戦がそれに当たる。 BETA単体にはほとんど思考能力がないためトラップは非常に有効なのだが、何しろ数が多すぎて数が間に合わないのだ。 数の暴力とは真に恐ろしいものである。「そうなんだ……で、ところでタケルちゃん。 そんなこと一体どこで勉強したのさ?」「ん? ……そりゃ衛士になったとき困らないように、普段からそこらへんの本読み漁ってたんだよ。」 武はあらかじめ準備しておいた言い訳を口にした。 しかしどうやら純夏はその答えに納得してくれなかったようで、こちらを訝しげな目で睨んでいる。「な、なんだよ?」「怪しい! タケルちゃんが漫画以外の本読んでるとこなんて想像出来ない!!」 キッパリはっきり言い切られた。「……ほっとけ!!」 武は、身に覚えがあるだけに反論が出来ない自分が恨めしかった。※ 宿題を終えると、武達は他にさっさと寝支度を済ませ、布団へと飛び込んだ。 午前も午後も精神的、肉体的に疲れることばかりをしてきたのだ、すぐに寝てしまいたかったのである。「じゃあタケルちゃん、おやすみ。」「おう、明日寝坊すんじゃないぞ!」「う~ん、確かに。 私が寝坊したらタケルちゃんも寝坊確定だもんね。」 などと軽口を叩いているうちに、だんだんと睡魔が鎌首をもたげ、だんだんと意識を侵食してゆき……やがて規則正しい寝息だけが部屋に響き始めた。 ――それから数時間後。 武は体が妙に火照っていることに気がつき目を覚ました。 なにやら体中がギチギチと音を立てているかのようである。 懐かしくも非常にありがたくない感触。 覚悟していたとは言えやっぱりか……。 武は少しでも違和感をほぐすため、いったんベッドから起き上った。「……いない?」 ふと純夏が寝ているはずの2段ベッドに目を向けるも、そこはなんともぬけの殻だった。 一瞬奇妙に思うも何のことは無い、ザアザアという水音が聞こえてきた。 純夏はどうやらシャワーを浴びているようだ。 安心して寝なおそうとするも、やはり体が妙に熱くて眠れない。 純夏が出たらオレもシャワーを浴びよう。 武はそう決めると、とりあえずベットに腰掛けた。 このまま訓練が順調に進めば、光州作戦には間に合わないかもしれないが、少なくとも『BETA』との本土対決には間に合うはずだ。 武は思った。 そのときいったい自分はどれだけのことが出来るだろうか? そもそも、何故帝国陸軍は『BETA』の九州侵行を少しも食い止められなかったのだろうか? ――こんなことならもうちょっと『過去』についても勉強しておくんだったなあ。 今更悔やんだところでどうしようもないが、ただ間違いなく、このままでは、今年中に西日本が、京都がBETAに落とされ、アメリカ軍の支援が受けられなくなってしまうだろう。「……タケルちゃん? どうしたの?」 声をかけられ、ハッと我に帰る武。 いつの間にやらシャワーの水音は聞こえなくなっていた。「純夏こそどうしたんだ? シャワーなら寝る前に浴びてただろ?」 そう言いつつ顔をあげる武。「う~ん……それはそうなんだけどさあ。」 「そうなんだけど、どうなんだ?」口を開きかけ、武は驚愕のあまり固まった。「ちょっ、……おまっ! ……おまっ!」「なんか体が熱くて眠れなくって~……ってタケルちゃん、どうかしたの?」 口を金魚のようにパクパクと開閉させている武の様子に首を傾げる純夏。 その仕草に武は臨界点を突破し。「――何でバスタオル一丁? 何故にバスタオル一丁?!」 テンパった。 ハラリと落ちるバスタオル。 気がつけば、武の目の前には暗闇でも判るほど赤く上気した幼馴染の顔。 ――いつからこんな表情も出来るようになったのだろうか? その潤んだ瞳に、武は思わず吸い寄せられ――「純……夏……?」 唖然とつぶやく武、その刹那――武は夜空に輝く星の仲間入りを果したのだった。 その日の夜、2人の部屋からは、苦悩に満ちた謎の呻き声が一晩中響いていたらしい。※――翌朝 「あう~、痛いよ~、歩けないよ~。」 目の下にクマを携え、内股気味にひょこひょこと歩く純夏。 小鹿のように足が震えている。 「……っ、これは……キビシイ。 こりゃ、ちょっとばかりがんばりすぎたかな……。」 武は武で、腰に手を当てつつ苦悩の表情を浮かべていた。 もうお分かりだろう、この2人はつまるところ―― 重度の筋肉痛なのだ。 昨晩の火照りはコレの前兆だったのである。 全身に針金を通したような痛みに襲われる武と純夏。 だからと言って、たかが筋肉痛で訓練を休むわけにもいかず、仕方なく壁を伝いながらも移動を開始する2人。 初日の異常な成果は、いわゆる『ド根性』によって生み出されたものだった。 体中の筋肉が悲鳴を上げているのにもかかわらず、純夏はそれを気力で押さえ込んだのだ。 そして、そのツケが翌日になって彼らに回ってきたのである。 若さゆえに、どうせ一日寝ていれば直るだろうが……。 ――もう二度と無茶はすまい。 純夏はそう心に深く刻みつけ、重い足を引きずりながらグラウンドを駆けるのであった。※1 wikipedia参照のこと。