まるで深酒を飲み、足元がおぼつかなくなったサラリーマンのような不規則極まりない軌道で疾走する戦術機。しかし、そのスピードは酔っ払いのそれとは比較にならない。 しなやかさとスピードを両立させた、まるで猫科の動物のような動き――本来ならば戦術機では不可能とは言わないまでも、相当の操縦技術が必要とされるはずの機動制御である。新OSの機能を使えば確かに真似事はできるが、ここまで生物くさい動きをするには、それ相応の訓練と場数を踏む必要があるだろう。まして、激戦とはいえ出撃回数2ケタ未満の衛士ができる動きではない″はず″だ。「(――すげえ、すげえよ!)」 予想以上の感触に、武は舞い上がった。新OSの更新による恩恵は、彼の想像を遥かに上回っていたのである。 連日の特別訓練でもなかなか身につかなかった、教官であるまりもの複雑な操縦技法。昨日の晩までの出来事がまるでうそだったかのように、武の機体は彼のイメージ通り滑るように動いた。操縦がたった1晩寝ただけでここまで上達するはずがない――間違いなく、更新された新OSによる賜物だろう。 しばらくすると、コール音とともに視界端のウインドウが開き、神宮司教官のバストショットが隊員達全員の視界に映った。「<どうだ、白銀、更新されたOSの感想は?>」 大写しになったまりもの表情からして、武の答えなど聞かずともわかっているのだろう。「スゴイです! まるで昨日までの苦労が嘘みたいに、思い通りに動いてくれます。 例えるなら――」 教官が後ろから操縦を手伝ってくれているような、そんな感覚……。そう続けようとしていた武の脳裏に、ふと、かつての仲間たちが新OSに始めて乗った際に口走った言葉がよぎった。「そう、まるで神宮司教官の中にいるみたいです。」「『……え?』」 通信機から空気が抜けたような間抜けた声が響く。武は己がとんでもないことを口走ってしまったことに気がついたものの、一度口にしてしまった言葉を今更もみ消せるはずがない。水月の顔はヒクヒクと細かに痙攣しているし、かたや純夏はカメラの向こう側にいる少年に向かって暗いジト目を飛ばしていた。孝之と慎二にいたっては、いったい何を想像しているのか鼻息を荒くしている。「<あー……私の中にいるとは具体的にどのような感覚なのか、説明してくれるか?>」「それは……教官殿が乗り移って操縦を補佐して下さっているような、そんな感覚でありますっ!」 教え子たちに負けず劣らず混乱した様子で問うてきたまりもに、背筋をピンと伸ばして武は返事する。彼の答えに「なるほどな。」と、まりもは納得したようにうなずいた。 207の隊員達もおおよそ納得したような表情を浮かべていたが、その中でなぜか1人、水月だけは眉をハの字に曲げ、釈然としない表情を浮かべていた。「<う~ん、確かに言いたいことはわかるんだけど……。>」「<――ん? 速瀬、貴様には違う意見があるようだな。>」「<え、あ、いえ……私はどちらかといえば、教官というよりは『タケルの中にいる』と、言ったほうが適切かと感じたので。>」 突然、そんなことを口走る水月。まりもに突然指名された衝撃で、己が″2重の意味で″危ないことを口にしてしまったことに気がついていない。あいにく、この手のことで自覚を持ちながら平静な顔でいられるほど、彼女の神経は図太くないのだ。「<……水月、おまえ、なかなか大胆だな。>」 口をポカンと開け、はたから見るとひどく滑稽な面でつぶやく孝之。「<な、なによ。 ただタケルの言い方を真似しただけじゃない、悪い?>」 「別におかしくないでしょ?」と、言って水月は片眉を釣り上げる。「<いや、そうじゃなくて訓練中なのに名前で呼んでただろ? ……あ、ひょっとして何か進展でも――」「<――っ! うっさいわねっ、名前で呼んじゃ悪いってのっ?! べ、別に他意は無いわよっ!!>」 孝之のつぶやきを耳にするや、水月は『ボンっ!』と効果音でも聞こえそうなほど一瞬で顔を真っ赤に染めあげた。その様子を見て「孝之も孝之だが、彼女もこんな激しい反応をするから彼にからかわれるのだ。」と、呆れる武。 ふと、首筋にチリチリとした感覚を覚えて武は視線を移す。そこにあったのは、なにやら顔に影を落とし、妖しく目を光らせた純夏の姿だった。カメラ越しに突き刺さる冷たい視線……完全にとばっちりだ。「ほほーう、訓練中におしゃべりとはいい度胸だな。 そんなに喋りたりないなら、2人共あとで私の部屋に来るといい。」「是非、時間をかけてジックリと″お話し″しようじゃないか。」通信機から洩れてきた、まりもの1オクターブほど低い声に『ビクリッ!』と、体を硬直させる2人。 この場合、″お話し″とは、別に肉体言語的なことを指しているわけではなく――いや、多少はあるが――ただの説教である。しかし彼女の説教はえらく的を得ているため、心を深く抉るのだ。もちろん、それとは別に腹筋なり背筋なりの罰則が付け加えられるであろうことは想像に難くない。「<それはそれとして、慎二、貴様はどう思う?>」「<は、自分も速瀬訓練兵と同じく、白銀訓練兵に補佐してもらっているように感じました!>」 顔面を蒼白にした孝之の姿を視界の端においやりつつ、慎二は答えた。 さすがにその振りには無理があるんじゃないだろうか、と、慎二の反応に戸惑う武。旧バージョンから己の機動データは入っていたのだから、何もいまさら引き合いに出される謂れはないと、そう思っていたのである。 ところが、まりもにとって隊員達の反応は予想の範疇だったらしい。首をかしげる武の様子を、笑みすら浮かべて愉快そうに観察している。「<やはりな、念のために聞いておくが、涼宮と鑑の意見はどうだ?>」「<はい、私も水月と同意見です。>」「<あ、私もそう思います。>」 遙、それに純夏までもが水月の意見を押した。ここまでくると、この意見を水月に対する同情とか友情で説明するのは困難だろう。つまり、ほんとうに207隊の武以外のメンバーは″武の中にいる″ように感じていると考えた方が適当だということになる。「<白銀、その表情からすると、なぜ己が引き合いに出されているのか分かっておらんようだな?>」「……はい、正直サッパリ。」 予想通りの反応に、まりもはクスリと笑い声をもらす。「<よくよく考えてみるんだ白銀。 貴様は――>」「<そりゃ、アナタの操縦データも反映してあるんだから当然じゃない?>」 教官のセリフを遮るように誰かが通信に割り込んできた――いや、誰かと言って現実逃避するのはよそう。武は避けられないであろうドタバタ劇に、一瞬顔をしかめさせた。「……っと、先生、いらっしゃってたんですか?」「<なんとなく、暇つぶしにきてみたのよ。 それで白銀、どうかしら? 更新されたOSの調子は。>」「そりゃもう最高ですよ! 昨日までの苦労が嘘みたいです。」「<そう、後で社にお礼を言っておくのね。 アンタのために予定を1日ほど繰り上げて完成させたんだから。>」「そうだったんですか。 はい、後で必ずお礼を言っておきます。」 通信の向こうで「香月博士、突然通信に割り込まれては困りますっ!」といった教官の声が聞こえる。しかし、哀れまりもの必死の抗議は夕呼に届いていないらしい。無視されているとも言う。「それで、さっき先生はオレの操縦データをOSに反映したって言ってましたけど、確かオレのデータは前のバージョンですでに――。」「<ああ、なにそのこと? アナタのデータがこの前採ったのと全く違ったから、参考までに追加しておいたのよ。>」「データがぜんぜん違う?」 武は鸚鵡返しに聞き返した。「<この前採ったデータと、今のアナタのデータ……数値上はまるで別人のデータね。 特に間接部分にかかっている負荷はおおよそ3分の1程度まで減ってるわよ?>」「――っ! 本当ですか!?」「<ま、とは言っても、前回と違って今回は部隊内訓練中に採ったデータだからってのもあるだろうけど。>」 そう言ってわずかに苦笑をもらす夕呼。上げて落とす――教官とは正反対のこの方法。どちらの方が精神的に受けるダメージが大きいかは、今更問うまでもない。 そして、おそらく夕呼は狙ってやっているのだろう。その証拠に、彼女の口元はいつにもましてニヤニヤとイヤらしく嗤っているように、武には見えた。「<それじゃ、そろそろ準備はいいかしら?>」「……えーっと、準備って――」 何ですか? と、口にしようとしたところ、夕呼の眉がピクリとつり上がったのを見て武は慌てて口を閉じた。怒らせてもロクなことにならないのだから、ここはしっかりと考えなければ。 武はふと、違和感に気がつく。そもそも何故、香月博士がワザワザこんな所まで足を運んできたのだろうか?彼女は己の興味関心のないことには、それこそよほどの利益でもないかぎり動かない性質の人間だったはずだ。更新されたOSの調子を見にきただけとは到底思えない。 武はふと、先日まりもから夕呼が好き好みそうな″とあるイベント″の予定を聞かされていたことを思い出した。「ひょっとして、アレですか?」「<そうよ、アレよ。>」 ニマリ、夕呼が笑う。彼女のあまりにもイイ感じの微笑みに、武はバレないように口元を引き攣らせた。「<失礼します博士。 アレと仰りますと……?>」「<あら、まりも。 まだこんなところにいたの? アンタもこんなところでウロウロしてないで、さっさと自分の準備をしたら?>」「<え? ……ええっ?!>」 混乱するまりもを連れて、管制室のカメラから姿を消す夕呼。2人の声もフェードアウトしていき、やがてわずかに空調の音と電子音とが定期的に聞こえる以外、シミュレーター内の音が消え去った。「<なあ、武。 結局、『アレ』ってのはなんのことだよ?>」「……ま、もう少しすれば、わかるだろ。」 訝しげに尋ねる孝之に、武は乾いた笑みを浮かべながら返事をした。※ 演習用に用意された戦場は、毎度お馴染みの横浜市街地を模したステージ。今回の戦闘領域は、新横浜を中心に10km四方。中央挟んで西には畑作地域、東には住宅地が広がっている。とくに戦闘の中心となることが多いビル群は、戦闘領域中央の新横浜周辺に集中していた。 ちなみに、まりもの搭乗した撃震の居る場所は、ちょうど戦闘領域北東の角に位置する場所。一方、武の乗る吹雪が待機しているのは、まりも機のちょうど対角線上に当たる南西の角だった。両機とも突撃砲2門に長刀2振りという、完全攻勢とも言うべき『強襲前衛装備』で、来るべき時を待っている。「<さて、皆さんお待ちかね、本日のメインイベントを開始するわよ!!>」 やたらハイテンションな夕呼の声が、武の耳に響いた。管制室へと強制的に移動させられた隊員達の間から、やけくそ気味な「おおーーー!」という歓声があがる。事態を正しく飲み込み、なおかつ楽しめている者は、この場においては極少数だ。「<赤コーナー、ここ白陵基地にて『狂犬』の2つ名で恐れられる、泣く子も黙る鬼軍曹『神宮司まりも』!!」 再び上がる歓声、網膜にはまりもの何かを諦めたような虚しい笑みが映し出された。夕呼に度々訓練を引っ掻き回されているまりもの心労を想い、武は胸のなかで手を合わせた。そろそろストレスで胃に穴が開いても、誰もおかしいとは思わないだろうと、彼は思っている。「<ちなみにまりもは、こう見えても大陸ではその名を轟かせていたエースなのよ? 教官になっていなければ、今頃は佐官だったかもね~?>」「<ちょ……こ、香月博士?!」 夕呼の付け足した情報に、目を丸くして抗議の声をあげるまりも。突然の暴露に、207隊員達は騒然としたが無理もない。まりもがかつては大陸で我武者羅に戦っていたことなど、武を除く誰も知らないのだから。しかも訓練兵にとって″佐官殿″といえば雲の上の存在なわけだから、むしろこれは兵士として健全な反応ともとれる。まあ、佐官殿はいくらなんでも言いすぎだろうが。「<はいはい、静粛に。 さて、対します青コーナーは、異才の訓練兵にして新OS開発者の一人『白銀武』!」 夕呼の紹介が入るやいなや、先ほどにも増して激しい歓声があがる。ただ何故かスピーカーから聞こえる音声は「タケルちゃーん!!」というどこぞの能天気娘の声ばかりだった。「<訓練開始から出す記録のほとんどが規格外。 ことさら戦術機に関する事柄に関して言えば、『変態』と言っても過言じゃないわね。>」 これは……褒めているのだろうか? いや、褒められているのだろうな……たぶん。武は胸からわいてきた何とも言えない感情を押し殺しつつ、不器用な愛想笑いを浮かべた。「<さて、2人の戦績だけど勝敗は1勝1敗、いまのところ両者ゆずらずの戦いが続いているわ。 つまり、今日の結果で決着がつくということになるわね。>」 夕呼は愉快そうに断言した。いったい何の決着がつくのかについては、武はもちろん、まりもも知らない。だが、それも当然である。なにせ、言い出した夕呼すらよく判っていないのだ。「<試合のルールは簡単。 戦闘領域内で戦うこと、1対1で戦うこと、そして新OS搭載設定で戦うことよ。>」 夕呼が監督する場合、以上で上げられたルールを守ってさえいれば、他のどのようなことも許される……例えそれがどんな卑劣な手段であっても、だ。例えば雑言罵倒で相手の感情を揺さぶるもよし、罠を仕掛けて吹き飛ばすもよし。可能ならばESP能力を使ったり、コンピューターにハッキングをかけて制御不能にしても許されるだろう。 もっとも、両者ともそんな技術は持ち合わせていない。いや、それよりも今後の人間関係や己の誇りと天秤にかければ、最初から結論は出ているとも言える。 「ああ、それと」呟きながら夕呼はカメラをまっすぐと見つめ、ニッコリと微笑む。「<もうわかってると思うけど、今回2人にはシミュレーター上で戦ってもらうわよ?>」 続けて「前々回は″誰かさん″が実機で派手にやらかしてくれたおかげで、戦術機が2機パーになっちゃったからねえ。」と、聞こえよがしに呟く夕呼。しかし、事実が事実だけに、当事者たる武は何も言い返せない。「<まあ起こっちゃったことは今更どうでもいいのよ。>」 なら口に出さないでいいのでは、とは、いかに武とて口が裂けても言えない。「<あーところでまりも、アンタ本当に撃震でいいの? ……まさか、ハンデとかそんなくだらないことを考えてるんじゃないでしょうね。>」「<まさか! 私にしてみれば、ムリに乗りなれない最新鋭機に乗る方がハンデみたいなものです。 ……もっとも、技術畑の博士には解りづらい感覚でしょうが。>」 やや冷たい声で問うてきた夕呼に、相当頭にきているのだろうか、普段はとても言わないような挑発的な言葉で返すまりも。「<あっそ、アナタがそれで構わないなら私は何も言わないわ。 それじゃあ続きいくわよ。>」 まりもの態度に特に反応することなく、どちらかといえば安心した様子で夕呼は説明を再開した。「<勝敗はどちらかの機体が戦闘続行不能になった時点で決まり。 判定は、CP将校経験のあるピアティフに一任するわ。>」「<香月博士の助手を務めさせていただいております、イリーナ・ピアティフ″技術″中尉です。 本日はよろしく。>」 新しくウィンドウが開き、ピアティフの姿が映し出される。 彼女に訓練中お世話になるのは、これが初めてだろうか。武には、心なしかいつもより彼女の表情が冷たいように感じられた。まりもの″技術畑″云々の話に怒っているのかもしれない。「さてと、それじゃあ2人とも、準備はいい? そろそろ試合をはじめるわよ。」 「了解っ!」武とまりもの声が重なった。 10...9...8...網膜に数字が投影されては、また消える――どうやらカウントダウンが始まったらしい。武はもう一度操縦桿を握り直すと、正面をキッとした表情で睨んだ。「<3...2...1...状況開始!!>」 ピアティフの言葉を合図に、武は動き出した。 新OSの更新により、ようやく可能となった″重心移動″を駆使し、まるで風に舞う蝶のような軽やかさで市街地を駆ける武。その独特の動きは、跳躍ユニットと機体関節を酷使することでようやく実現していた猛禽のように荒々しい以前の彼の機動とは、確定的に明らかに異なるものだった。※ 試合開始から5分、町の中心部にて待ち構えていたまりもは、待てど暮らせど武機が姿を表さないことに頭をひねっていた。「……どういうことだ?」 思わず呟くまりも。 ――武は己の得意とするビル群を戦場に選ぶはずだ。検討をつけたまりもは、試合開始直後に新横浜周辺の環状道路へと移動し、武の到着を待ち構えていた。 しかし、いくら時間が経とうと、肉眼はもちろんのこと音響センサー、振動センサー、そしてレーダーにも全く反応がない。全長十数メートルもある戦術機が大通りを避け、なおかつレーダーにも映らないようにビル群を通過するのは不可能。また今回設定された戦闘区域で、戦術機が移動中も身を隠せるような高層ビルが存在しているのは新横浜周辺のみだ。 となれば、当然のことながら″武はビル群を利用する気がない″という結論に至るわけだが――だとすれば、一体どこにいるというのだろうか?まりもは場所が割れることを覚悟の上で、連続噴射跳躍による索敵を開始した。 結論から言ってしまえば、まりもの考えは正しかった――武は最初から町の中心部になどいなかったのだ。ひょっとして舐められているのか? まりもは理不尽とは知りつつも、武に対して怒りを覚えずにはいられなかった。彼の機体はなんの遮蔽物も存在しない、白陵基地の北側に広がる畑作地帯の真ん中で棒立ちしていたのだ。 まりもは盛大に噴射跳躍ユニットを噴かせると、ひとっ飛びで武機へと詰め寄る。武もまりもの接近に気がつき、36mm弾を盛大にバラ撒き始めた。「馬鹿な! この距離で突撃砲の弾が当たるわけがなだろう?!」 87式突撃砲の命中精度は、確かに高い。プルパップ方式を採用することによって得られた、全長に比べて長い銃身が銃の命中精度と集弾性を向上させているためだ。 しかし、向上させていると言っても限度はある、突撃砲で支援突撃砲の真似事などできようはずが無いのだ。 そんなことは衛士の常識であり、戦術機に乗る前の訓練兵ですら知っている。まして武が知らないということはありえない。「(だとしたらなぜこんなことを……ただの牽制なの?)」 まりもが思った直後に弾幕は止み、武機は後退をはじめた。しかしそのスピードは140km/hと吹雪の巡航速度と比べても非常に遅く、追いつこうと思えば容易に追いつけるほどのスピードだ。 間違いなく、こちらを誘っているのだろうと、まりもは考えた。どうする、誘いに乗るべきか? 一瞬、まりもは追うのを躊躇する。武の思惑が検討もつかない以上、うかつな行動は避けるべきなのだが……。 ここで問題になるのが、武に攻めてくる様子が全く見えないことだ。正直、このままでは埒があかない。「はあ、全く……。 仕方ない、誘いに乗ってやるか。」 まりもは決断を下すないなや、いよいよ噴射跳躍ユニットの出力を全開にした。稲妻のような爆音とともにまりもの機体は「あっ!」という間に加速し、獲物を見つけたふくろうの様に武機へと襲い掛かる。 それにしても、武は何故わざわざ平地での戦いを選んだのだろうか? と、まりもは武との距離を縮めながら考えた。彼とて、対戦相手が平野での戦闘を得意としていることぐらい知っているはずだ。だいいち、遮蔽物の少ない場所では己の機動特性を十分に生かせないだろうに。 まりもは武の不可解な行動を分析しようとするが、いかんせん判断材料が少なすぎた。可能性をいくつか考えてみるものの、なぜかどれもシックリとこないのだ。「(まさか、まだ隠し玉を持っているというわけじゃないだろうな? 白銀。)」 ――ゾクリっ! 見上げる吹雪の顔が刹那笑ったように感じ、思わずまりもは背筋を震わせた。