1/29 掲載1/29 加筆修正 一度沢に下り、水筒の補給を済ませた武、純夏、孝之、そして慎二の、計4人となった一行は、B地点に向け行進を始めた。 南国のジャングルというものは極端なものだ。 例えばうっそうと草木が茂り、未だ太陽が頭上にあるはずだというのに薄暗い場所があるとする。 そうかと思えば、ある場所では昨日の嵐にもかかわらず、正午にはすでに地表は乾きはて、アカギレのようにひび割れてしまっているのだ。 気がつけば山ビルが肌に吸い付いているし、蚊などは追い払っても追い払っても沸いてくる。 ああ、南方戦線に参加した兵士達は、これに飢餓が加わったというのだから、どれ程の地獄だったのだろうか。 己の腹が発した、情けない音を聞きつつ、そんなことを考える武。 彼の目の前にはC地点で回収した銃を杖のように使って歩く純夏の背中が、 その向こうには背中を曲げ、「汗だけでは追いつかん」とばかりに、まるで犬のように『舌』を出して歩く孝之と慎二の姿があった。※ 移動を続けること3時間ほど。 正午をすぎ、ジャングルもいよいよ暑さがピークに達しようという頃に、武達はB地点へと到着した。 武達が雨宿りした洞窟よりも、少し大きめのソレ。 岩の斜面に不自然に開いたその穴は、確実に人工的に作られたであろう事は誰の目からも明らかであった。 かつては偽装も施されていたのだろうが、今では入り口が向き出しになって目立つことこの上ない。 やっと付いた、と尻餅をつく一行を片目に、武は一歩洞窟へと踏み入れた。「白銀ー、遅かったじゃない。」 真正面かけられた声に、ぎくりとして武は動きを止めた。「――速瀬さんですか?」 武はやれやれ先を越されたかと、暗くてよく見えない洞窟の奥の方に目を凝らした。「まあったく。 待ちくたびれたわよっ! ……って、アレ? 何で孝之達まで一緒なの?」 顔に疲労を滲ませながら不敵に笑った彼女は、次の瞬間キョトンとした顔で、意外そうに孝之達の姿を見つめた。「なんだよ、オレ達がいたら悪いかよ?」「べっつにー。 まあアンタのことだから、もう半日ぐらい遅れてくるんじゃないかとは思ってたけどね。」「んだとう?」 普段ならもっと食ってかかるのだろうが、暑さでそんな気力もわかないのだろう。 その傍らで慎二は「たはは。」と笑っている。「ま、何はともあれ、やっとこれで皆揃ったわけね。 それじゃあ早速回収地点に出発しましょうか。」 一方的にそう述べると、水月はくるりと向きを変え歩き出した。 一瞬なにを言われたのか分からず、呆けた顔をする武達到着組み一同。 やがてシナプスが正常に脳内に伝達され、状況が正確に理解されるとともに、武達は一様に水月の後姿を、凍りついた表情で睨みつけた。「い、いやちょっと待てって、速瀬!!」「は? どうかしたの?」 血相を変えて背後から詰め寄る孝之に、水月はヤレヤレと言った様子で振り返った。「どうかしたのってお前……オレたち今ここに着いたばっかりなんだぞ! 少しは休憩させろよ!!」 孝之の言葉に同調するように、武達は水月を見つめながら必死に首を縦に振った。「そうだよ水月、皆に休ませて上げないと。」 突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り向く武。 いつのまにやら遙が武達のすぐ後ろまで迫っていた。 眉をハの字に曲げ、困ったような表情を浮かべている遙に、水月も己の失敗に気がついたのだろう「あっちゃー」と、気まずそうに一歩あとずさる。「昨日の嵐のせいで丸一日行動できなかったから、水月が焦るのは分かるけど、やっぱり焦りすぎは禁物だよ。」「あ……あははははは、そうだよね。 ゴメン、皆。 それに遙も、勝手に仕切っちゃってゴメン。」 「私副隊長なのに。」と、うつむく水月に、遙は「気にしないで。」と言って、ニッコリ笑って見せた。「たぶん、水月が言わなかったら私が言っちゃってたから。」 水月はしばらく目を瞬かせていたが、やがて「ありがとう。」と、笑い返す。 ジャングルの暑さを一瞬でも忘れさせるような清清しい光景。 何かと水月に突っかかる孝之も、空気を読んだのか詰まらなそうに鼻を鳴らしただけで、特にとやかく言う様子は無かった。――しかしそんな中隣から聞こえてきた、穏やかな雰囲気に水を差すような、なんとも間延びした情けない声に、武は思わず眉間にシワを寄せる。「あーつーいー。 お腹減ったー。」「だあ、こんな時に。 少しぐらい我慢しろ!」 ってか空気読め……いや、空気を読んだからこそのボケ発言か? 武は内心で突っ込みを入れた。 しかし、純夏はそんなこと知るか、と言うかのごとく畳み掛ける。「そんなこと言ったって、お昼抜きでここまで強行軍してきたんだよ? 仕方ないじゃん。」 正論といえば正論――ただし、根性が足らないといわざる終えない。 武はハアと溜息を付くと、幼児をあやすようにして語りかけた。「あのなあ純夏、今演習中だぞ。 腹が減ったぐらいガマンしろよ。」「いやいやタケル。 『腹が空いては戦は出来ぬ』って諺があるぐらいだ。 部隊全員合流できたことだし、ここは今後のためにも昼飯を取っておくべきじゃないか?」 武の弁を否定し、真顔で純夏に助け舟を出す慎二。 するとそれに同調するようにして孝之も「メシだ!何が無くともまずメシだ!」と拳を振り上げる。 純夏を筆頭に次第に盛り上がっていく「メシ!」コールに、武はオドオドと、助けを求めるような視線を遙に送った。「時間は……うん、まだ大丈夫そう。 2時間ぐらいだったら休憩取れるから、その間に――」 遙が言い終える前に、一斉にジャングルへと飛び込んでいく3人。 その元気があったなら別に休憩など取らなくても良かったんじゃないだろうか、というのが残された3人の共通認識だった。※――数十分後、 野草に椰子の実、緑色のバナナらしきものやら、どこで捕まえてきたのか蛇に至るまで様々な食材を手に戻ってきた3人を、武は火の番をしつつ出迎えた。「ちょっとタケルちゃん、何してたのさ?」「みりゃ分かるだろ、火を起こして待ってたんだよ。 ついでに水のろ過。」 この怠け者! と目で訴えてくる純夏に、武は渋柿を噛んだような表情で言い返す。「火を起こしてって、そんなの――。」「うおっ!! 火ってタケル、おまえ、いったいどんな魔法使ったんだっ?!」 純夏の弁を遮って驚きのあまりか、少しワザとらしい程までの叫び声を上げる孝之。 その反応に、純夏は言おうとした言葉を飲み込み、孝之がいったい何に対して驚いているのかと、首をうんと捻った。「ああ、ココヤシの実を火種代わりに使ったんだよ。 流石に濡れた葉っぱや朽木だけじゃあ、そう簡単に火はつきそうに無かったからな。」「なるほどな……って、いや、おまえソレだいぶ勿体ないんじゃないか?」 孝之の後ろからひょっこり姿を現した慎二に、武は「ついさっき、同じ事を速瀬さんに言われたばかりだよ。」と苦笑気味に答えた。 通常濡れ木を引火させるのは至難の業だ。 どうしても使用する場合、引火材が必要となる。 油ヤシの実があれば一番良かったのだが、生憎ここはプランテーションではないため、元々南アメリカやアフリカを原産とする油ヤシなど自生しているわけが無い。 仕方なく武はココナッツを代用として用いたのだが……「ねえ、どうせならソレ食べちゃった方が早かったんじゃないの?」 と、すかさず水月に突っ込みを入れられ、武自身そのことを少し後悔していたりする。「あ、そうかっ! 昨日まで雨降ってたから、火を起こすの大変なのか。」 濡れ木に火を起こす訓練をやらされた時のことを思い出し、ハッとした表情を浮かべる純夏。 武は「今更気がついたのかよ」と、軽く溜息をつくのであった。 207B分隊は遅めの昼食をとりつつ、その席で作戦会議も行うこととなった。 まずはお互いの収穫物を見せ合い、隊のおかれた状況を確認する。 武器として有用だったのは武の見つけてきた小銃1丁と弾薬1ケースのみ――孝之達の探索地点が壊滅状態だったのは武達もよく知るところである。 結局、その他の収穫物といっても遙のグループが見つけてきた回収地点の記された、詳細なこの島の地図と、ラペリング用のロープ程度であった。「それで、問題なのは、このいかにも怪しい平原を迂回していくか、それとも突っ切っていくかなのよね。」 島の北東部にある岬のような場所に指定された回収地点。 その手前には不自然な平原が広がっており、迂回するにしてもかなり遠回りになる上、峡谷のような場所を越えなければならない。「ま、私は回りくどいことしてないで突っ切っていきたいけど。」 言いつつ、孝之から掠め取った蛇の肉を噛んで「やっぱり臭いわね。」と、渋柿でも噛んだような顔をする水月。「オイオイ速瀬、言いたいことは分かるが、いかにも罠っぽいぞ、この平原。」 反論しながら。「マズイなら食うなよ。」と、目で訴えつつ水月から蛇肉を奪取する孝之。 一口噛んで、彼女と同様に渋い顔をして肉を遠ざけたのは、お約束だろうか。「……うん、地雷原とかになってそうだよね。 遮蔽物も無いから、トーチカで狙い撃ちにされるかも。」「いや、孝之たちの言うことは最もだけど、迂回した先にあるこの峡谷だってなんか『いかにも』って感じがしないか?」 遙が孝之の意見に同調し、慎二がそれに異を挟む。 一方、武は双方の意見に同感であった。 平原にはそれこそ「足の踏み場も無い」程に地雷が埋設されていることだろう。 いつぞやの演習では、チームワークの悪さが原因で移動に手間取ったとあるグループが、回収地点への最短距離を取ろうとし、結局地雷原で全滅を余儀なくされたらしい。 そう考えると、最短距離を取るのは、やはりリスクが大きいと言えるだろう。 しかし、その一方で迂回した場合も『峡谷』という不吉な場所を通過せねばならない。 この峡谷にしても何か罠を仕掛けるには絶好のポイントである。「うん、そうかもしれない。 ……どちらの道を選んだにせよ、絶対に何かあるだろうから、覚悟はしておいたほうがいいかも。」 遙がいつになく滑らかな舌で付け足した。 結論を言ってしまえばそういうことなのだ。 進む以上、何かしらの試練が待ち受けているに違いない。「どちらの道を取るにせよリスクがあるのなら、最短距離を取った方が良いんじゃないの?」 速瀬はそう言って仲間たちを見渡す――と、偶然、武と視線がぶつかった。「そうだ、白銀と鑑はどう思う?」 ずいと迫りながら二人に問いかける速瀬。「――えっと……」 武は答えあぐねた。 速瀬の言うことは最もである。 しかし、平原全てが地雷原だったと仮定した場合、1m進むのにいったい何分かかるか分からない。 だからといって、迂回したほうが早くつけるとも一概に言うことができない。 はたしてどう返答したものか……。 武が悩んでいる傍らで、純夏が先に口を開いた。「私は迂回した方が良いと思います。」 断言する純夏。 ほう、と、武は意外そうに純夏の横顔を見つめた。 こう言ってはなんだが、純夏は猪突猛進型である。 特に後先の事を考えずに行動するのが常であり、だからこそ同じく猪突猛進型の武と馬が合ったのだろう。 それゆえに、彼女の口から「迂回」の言葉が発せられたのは、武にとって新鮮な驚きだった。「……え、どうして?」 速瀬は責めると言うわけでもなく、ただ意外そうに尋ねた。 周りを見れば、他の隊員の視線も純夏に集中している。 彼女の一挙一動に興味津々と言った様子だ。「えっと……感です!!」――ああ、やっぱり純夏だな。 そんな声が、全員の心から発せられたような、なんとも締りの悪い、同情と何かが入り混じったような生暖かい雰囲気があたりを漂う。 最も彼女の場合、この感とやらが凄まじくイイので、そうバカにはできないのだが、武以外がそんなことを知る由もない。 武は仕方ないなと思いつつ、腐れ縁の振りまいた、どうしようもない空気を回収しにかかった。「まあ、結局こんなところで議論したところで、実際どうなってるかなんて分からないですよ。」「――白銀の言うとおりね。 卓上の空論なんて、もうよしましょ! ……ということで、『涼宮隊長』。 どうするの?」 あえて『涼宮隊長』と、遙のことを呼んだ水月。 口元にはいつもと変わらない笑みが浮かんでいるが、目はお遊びのときとは全く別物の、何か鋭い光のようなものを携えている。 彼女の意を汲んだ遙は、改めて表情を引き締め直し、答えた。「……水月には悪いけど、やっぱり私は、迂回したほうがいいと思う。 正面突破はやっぱり、リスクが大きすぎるから。」 真っ直ぐと水月の目を正面から見つめる遙。 水月はコクリと頷くと、すっと身を起こし、声高らかに宣言する。「さてと、それじゃ皆、さっさと準備を済ませて、回収地点まで急ぐわよっ!! ――ほら、孝之、いつまでもダラダラしてる暇なんて無いわよ。 これからだだっ広い平原を迂回するんだから。」※ ――演習5日目「それで、これからどうする?」 岩に背中をつけ、身を隠しながら問いかける水月。 額には大量の汗が浮かんでいる。 その一方で顔はすっかり青ざめており、語尾も若干震えている。 貧血になったか、余程恐ろしいものを見ない限りこうはならないものだ。 そして今回の場合は、その後者であった。「どうするったって……。」 同じく息を弾ませながら雄雄しげに岩肌からそっと顔を出す孝之。 と、一瞬送れて音速で飛来したゴム弾が頬を掠める。 慌てて顔を引っ込め、孝之は盛大に舌打ちした。「どうにもこうにも、アレ死角ねえだろ? いったいどうやって突破すりゃいいんだよ!」「体勢を立て直そうにも、これじゃあ後退すらできない。」 泣き言を喚く孝之に続いて、遙が溜息混じりに漏らした。 まさに武達の恐れたことが、現実のものとなっていた。 有体に言えば、渓谷となっていた部分にモーションセンサー形式の重機関銃が設置されていたのである。 そうとは知らずに歩いてきた207B分隊はもろにその身を射線に晒してしまい―― 誰も被弾こそしなかったものの、チリジリになってそれぞれ手近な岩陰に身を潜めることとなってしまったのだ。 岩陰から一歩でも出れば射線に身を晒すことになるので、後退すら間々ならない。 ここまで非常に順調なペースで進んできた分隊も、この突然の事態に足止めを余儀なくされてしまったのだ。 それから20分、何もできないまま時間だけが無意味に過ぎ去っていった。「それにしても、よくこの間の台風で壊れなかったよねえ。」 場の雰囲気を和ませようと、純夏が軽口を叩く。 隊員は揃って「そうだそうだ。」と笑いあった。「まったく、他のトラップは全部壊れてたから、ちょっと油断したわね。」 苦笑交じりに呟く水月。 直後、再び機関銃のけたたましい発砲音が周囲に響き渡った。「ってそれはそうと、おーい、武。 さっきから何石ころ放り投げてるんだ? 弾切れでも狙ってるならよしておいた方がいいぞ。 日が暮れちまう。」「いや、ちょっと確かめてたんだ。」 呆れたように語り掛けてきた慎二に、武は答えた。 この20分間、武はあることを確かめるために、ひたすら石を放り投げている。 その度に機関銃はゴム弾を撒き散らし、他の隊員たちは肝を冷やした。「ああ、そうだ、皆聞いてくれるか!」「どうしたの、タケルちゃん。」「なになに?何か良いアイディアでも浮かんだの?」 興味津々と言った様子で食いついてくる2人。 武は他の仲間も自分の方をむいている事を確認すると、一呼吸おいて語り始めた。「あの機関銃は一つの目標を補足するまでに数秒。 一通り撃った後、他の目標を補足するのに12秒ほどかかる。 そしてより大きいもの、より早いもの、より高いところにあるものに反応するみたいだ。」「おい、タケル。 それって本当か?」「ああ、大マジだ。 オレが保障するよ。」 勿論、全てが石を投げた「だけ」で分かったわけではない。 しかし、その結論に至る根拠を、武は確かに持っていたのだ。 それは、このトラップは光線級BETA(ルクス)を意識したものであろう、という、一種の確信であった。「タケルちゃんの保障? う~ん、なんか頼りないなあ。」「うっせえなあ、それで、作戦なんだが――。」 武の口から語られた、その奇想天外な作戦に、思わず全員が目を剥いた。「『だるまさんが転んだ大作戦』?!」 隊員の叫びと同調するように、南国の鳥たちが一斉にジャングルの空へと舞っていった。※「なあ、こういっちゃなんだがタケル。 それはいくらなんでもリスクが高すぎねえか?」「12秒で向こうの岩陰まで突っ走って飛び込む、か。 正直、かなりギリギリだな。」 孝之、それに慎二が口々に不平を漏らした。 武の作戦とは、『機関銃に撃たせるだけ撃たせて強制冷却に入った所を見計らい、全力疾走して100mほど先の岩陰に飛び込む。』 という、いたってシンプルなものだったのだ。 シンプルゆえに下準備もいらず、作戦としての難易度も低い。 が、しかし、もしも岩陰に飛び込むのが1秒でも遅れれば、暴徒鎮圧用のゴム弾をしこたま背中に食らう破目になる。「……白銀君、私もそれはちょっと難しいと思う。」「タケルちゃん。多分、私間に合わないよ。」 純夏、それに隊長である遙までもが武の意見に反対した。 彼女達なら十二分にいけると思うのだが……。 そう思った武のことはさておき、遙は「でも――。」と、言葉を続ける「その12秒間が確かなら……利用するのは良い考えだと思う。」 「その間に、あの銃座をどうにかできればいいんだけど」と呟き、首を捻って考え込む遙。 確かにそれはその通りなのだが……。 武は眉を寄せて溜息をつく。 方法は無くも無いが、ハッキリ言って危険なのだ。「あ、そうだ、白銀!」 今まで皆のやり取りを黙って聞いていた水月が、ここに来て突然武に呼びかけた。「なんですか?」 武が返すと、水月は続けざまに「あのセンサーみたいなの、そこから狙撃できる?」と、憎らしい銃座の方を指差し尋ねた。 ああ、やっぱりそうきたか。 武は半分予想していた答えに、諦めたように鼻を鳴らすと、手鏡をそっと伸ばし、銃座の状態を再び確認した。 50mほど先、機関銃の銃座から伸びる複数本のコード。 その全てが小さなレンズの付いた、ティッシュ箱のような大きさの箱に接続されている。 水月の言う「センサーみないなの」とは、恐らくアレの事なのだろう。 正直、この距離から撃ちなれていない銃で中てられるかどうかは不安だが、幸い弾だけは1箱分残っている。「ほら返事は?3、2、1、ハイッ!」「……ああ、できる。」 武は少し躊躇したものの、しかしハッキリと答えた。 水月の真剣な目線に、たぶんや恐らくなどといった曖昧な答えは許されないと感じたからだ。 武の返事を確認すると、水月はついで部隊長である遙をジッと見つめた。 言わんとした事が分かったのだろう、遙は何も言わずに、ただコクリと頷いた。「タケル、狙撃はアンタに任せたわよ。くやしいけど、狙撃ではこの隊の誰もアンタに敵わないから。」 そう言って、水月はニヤリと不適に笑ってみせる。 ふと気がつけば、他の隊員達も同様に武へと期待を込めた熱いまなざしを送ってきていた。「――了解っ。ったく、やってやろうじゃねえか!」 武は自棄を起こしたかのように吠える以外、どうしようもなかった。※ けたたましい発砲音が谷に響き渡る。 バサバサと鳥や昆虫たちが慌てたように空中に飛び立ち、その内の何羽かは、不幸にも高速で飛来したゴム塊の餌食となってしまった。――あー、貴重な野生動物が!! BETA日本本土上陸後の惨状を知っている身としては、目を覆いたい光景である。 一瞬にして騒然となったジャングル。 もはや石を投げるまでも無く、機関銃は空中に向けて無数のゴム塊を吐き出している。 しかし、それもほんの数十秒間に過ぎず、突如、機関銃はその銃口を中空に向けたまま動作を停止した。 射撃インターバルに入ったのだ。「タケル、今!」 言われるまでも無く、武は岩の上に体を乗り出すと、ライフルの照準を目標に合わせた。 1射目……弾はあらぬ方向へと飛んでいってしまった。 照準を再調整。 2射目……わずかに上に逸れた。 慌てずに再装填。 照準の微調整も済ます。「タケルちゃんッ!!」 純夏の叫びがタケルの鼓膜を打った。「言っただろっ! 様子見だよ、様子見!!」 次こそ中てる――返事をしたその時、銃本体の冷却が終わったようで、いよいよ銃座が武の方へと回り始めた。 脳裏を過ぎるは、HSSTを撃ち落した、戦友の在りし日の姿。 感傷に浸りつつ、武は銃の引き金に指をかける。 いつぞやの様に、熱気で風景が揺らめいていた。 刹那、眩い閃光が銃口からほとばしり、続いて金属同士が衝突する、甲高い音が辺りに鳴り響いた。 中った。 武は手ごたえを感じ、思わずほくそえんだ。 ……それにもかかわらず、機関銃はそのまま旋回を続け、程なく直径12.7mmの銃口を、武の顔面にピタリと合わせた。――何故? 武は軽い恐慌状態に陥った。 武の放った鉛弾は、確かにセンサーに命中していた……ただ、考えていた以上に、センサーを覆う金属ケースが硬かったのである。 鉛弾は、ケースを貫通することなく、外側のケースにのめりこむようにして止まってしまっていたのだ。 ほんの一瞬、武はライフルを構えたまま、呆然とその場に立ち尽くしてしまう――そして、その一瞬が致命的だった。 こちらを見つめる、無機質な真っ黒い穴。 思わず奥歯を噛み締めた武の目の前を、青色の何かが横切る。 それを追うようにして、魔の銃口も武から逸らされて行った。 つんざく様な爆音、そして絶叫に近い悲鳴が空気を揺らす。 武は目の前を横切ったソレが何かを認識するよりも先に、再び銃の引き金を引き絞った。