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No.5201の一覧
[0] 祭りの後[材木](2008/12/08 23:48)
[1] 祭りの後《付話》[材木](2008/12/10 23:11)
[2] 過去の泡沫[材木](2008/12/08 23:53)
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[5201] 祭りの後
Name: 材木◆040defa1 ID:593f3ebe 次を表示する
Date: 2008/12/08 23:48
 夢を見る。いつもの夢。夢の中で、これは夢だと自覚してしまうのも間の抜けた話だが、毎夜同じ夢を見ていれば
嫌でも慣れてしまう。現実の自分は汗でもかいているのか、全身に不快感が纏わりついていた。現実の感覚を
夢の中に持ち込む。これもまた間の抜けた話だ。
 夢の始まりはいつもと同じ。子供のころの自分と、少しだけ年上の少女との出会い。彼女は本当に楽しそうに笑い、
自分は無愛想に、不器用に笑う。お互いの家族と一緒に食事をし、或いは二人だけでままごとのような夕食を作り、
一台の自転車に二人で乗り込み、空から光が失われるまで遊ぶ。
 そして子供じみた、いや、まさしく子供による秘めやかな誓い。二人だけのささやかな誓い。

 暗転。

 二人はすでに子供ではなくなっていた。小さな教会の前。悪友達に囲まれ、どこかくすぐったそうにしながら二人は
いる。似合いもしない礼服を着込んだ自分と、対照的な彼女。夢の中だというのに、彼女の笑顔も、ブロケード織りの
ドレスの白さも、散りばめられた銀のスパンコールも、何もかもすべてが馬鹿馬鹿しいまでの鮮明さで再現されていた。
 そして神の御前による再度の誓い。冷やかし混じりの歓声も、あまり気にならなかった。

 暗転。

 悲鳴、悲鳴、悲鳴。残りわずかとなった余命を燃焼するかのように、皆が悲鳴をあげている。小さなシャトルの中で、
紅い炎に追われ皆が悲鳴をあげている。炎と悲鳴の次にあがったのは、赤い血飛沫。まさに『上がった』と表現するに
ふさわしい勢いで、その液体はあたりにぶち捲かれた。
 赤色と紅色。似て非なる色彩の世界。それを作り出したのは、十人にも満たない男達だった。男達が走るたびに、
銀色の光が閃くたびに赤い血飛沫があがる。その中を平然と、否、明らかな愉悦を瞳にたたえ、男達は自分達の
ほうへと近づいてきた。

 近づいてきた? そう、近づいてきた。男達が、自分達のほうへ、あの男達が、彼らが、あいつらが、爬虫類のような
目をした、あいつが、『あの』男が! 彼女へ……!






 そうして天河アキトは目を開く。見慣れてしまった悪夢は、肌着を濡らすことしかできはしない。この夢を見るたびに
飛び起きていたのが、今はもう遠い昔のように思えた。
 目だけを動かして周囲を見る。さほど広くない室内。が、二人で暮らすには充分な広さ。時間が早いのか、辺りは
まだ暗かった。今度は首も動かして、古臭い時計を視界に納める。時刻は午前四時。なるほど、暗いはずだ。
 こきりと首を鳴らし、上体を起こ……そうとした時、気づく。自分の右手を見下ろすと、隣で寝ていたラピスがしっかりと
握りこんでいた。小さな寝息を立てている少女へ、苦笑混じりの微笑を投げかけ、再び枕に頭を落とす。
 汗で湿った肌着は不快であった。だが、右手の感触を振りほどいてシャワールームへ行くことは、自分に出来そうも
ない。仕方なく彼は、ラピスが目を覚ます二時間後まで、そのままでいることに決めた。






 西欧のとある国。とある町。とある区画。半年前、一等地と二等地の間にあるような場所へ、一店の喫茶店が建った。
あまり大きな店ではなかったが、この時代では珍しい本物の煉瓦で組まれた外壁や、採光に優れた大きなガラス、
シンプルな内装、そしてなによりマスターの持つ不思議な雰囲気によって、幾人かの常連を抱えていた。
 午前九時。昨晩降った雪が、眩しいほどに太陽の光を反射させている中、その喫茶店から仕込みを終えたマスターが
出てきた。この辺りではあまり見ない黒髪の青年。同色のハイネックセーター、灰色のジーンズ、ベージュのエプロン
といった素っ気無い服装で、開店の札をドアノブにかけている。
 朝食をとりにきたらしい女子大生といくつか会話を交わしながら、その不思議な雰囲気をもつマスターは店内へ戻って
いった。






 午後四時。雪を踏み鳴らす感触を楽しみながら、一人の青年が歩いている。鮮やかな金髪が目を引くが、むしろ
鮮やか過ぎて、かえってそれが染めたものであることを知らせていた。着ている真っ白なコートも、伊達な印象が強い。
 軽薄な男。そう呼ばれるのは、彼にとって望むところだろう。彼は自ら軽薄であろうとしたのだから。
 一店の喫茶店の前で歩みを止め、わずかに視線を上げる。そこには店名が刻まれていた。

「サ・レ・ナ。……サレナ、百合の花、ね」

 少しだけ笑いながら、そして若干の皮肉をこめてそう呟く。あの男は吹っ切っているのか? いないのか?
 木製のドアに手をかけ(いまどき自動ではない)軽く押す。カランカランとうるさくない程度に鈴音を響かせながら、
ドアが開いた。落ち着いた内装の店内が、視界に広がる。窓際に寄せられているテーブル、椅子、壁にかかった
小さな絵画、アンティークの時計、観葉植物、カウンターに並んだ椅子。食事時をずらしたためか、ただ一人を除いて
人はいない。
 カウンターの向こう側で食器を洗っている黒髪の青年に、彼は気安く右手を上げながら声をかけた。

「久しぶりー。ただ飯くいにきたよ、天河」
「……お前か、高杉」






「ごちそうさまでしたー」
「そりゃどうも」

 白々しいほど礼儀正しく両手を合わせる高杉に、肩をすくめて天河が答える。調理したペペロンチーノは、ほんの
三分ほどで目の前にいる優男の胃袋へ消えた。
 改めて、天河は金髪の男を見下ろす。ネルガルとは誰もが認める大企業だ。表だけでなく、裏も。であればこそ、
軍や警察内部にパイプを持つのは当然であり、必然でもある。ある程度以上の企業ならばどこでもやっているし、
特に軍事産業に力を入れている所ならなおさらだ。だが……
 頭を一つ振る。それらの事実と、この軽薄軍人とがどうしても繋がらない。この男は、そういったものとは最も縁遠い
ところにいる気がしてならなかった。

「しっかし、あれだなぁ」

 グラスの中にあった氷を噛み砕きながら、高杉がぼやく。

「まずくはなかったけど、普通の味だったな」
「マニュアル通りの調味料を使い、マニュアル通りの時間ゆでて、マニュアル通りの時間炒めるとそういう味になるんだ。
味覚の壊れている俺に多くを期待しないでくれ」
「ふぅん。んじゃ、何でメシ屋なんてやろうと思ったの?」
「消去法」
「?」

 眉をひそめる高杉に、嘆息を吐いてみせる。そして親指でこめかみを掻きながら、足りない言葉の先を続けた。

「あのとき死に損なったせいで、やることがなくなってしまったんでな。まあ、俺の目的は間接的ではあるが果たした
わけだし、これ以上ネルガルと組むのはお互いにとって害にしかならないんで、連中の庇護下から離れたんだが……」

 ここで再び嘆息。

「結局のところ、俺の芸がこれしかないことに気づかされた。我ながら恥ずかしい話……」
「お前は誰にも勝る芸を一つ持っているじゃないか」

 天河が言い終わるよりも早く、高杉は言葉をはさんだ。その言葉の内容も、タイミングも、或いは事前に用意していた
ものかもしれない。それほど高杉の口調には迷いがなかった。
 三度目の嘆息を吐き、天河が告げる。

「買い被りすぎだ。俺以上の乗り手ぐらい幾らでもいる。それに……今は一人ではないからな」
「ラピス・ラズリ?」
「ああ。もう、あの子を血なまぐさい世界に置きたくない」

 す、と高杉の双眸が細まった。今の天河の台詞は、彼の暗い所を多分に刺激したらしい。

「笑えるほど身勝手な話だな。そもそもあの子供を巻き込んだのはお前じゃないか」
「耳が痛いし反論も出来んな。俺のやっていることはただのエゴだろう」

 極めて平然と言葉を返す天河。まるで心を揺らすことのない青年に、高杉のいらつきが強くなる。ドクターが、
エリナが、アカツキが、ラピスとのリンクを強制したと主張してくれれば、こちらとしても返答の仕方があるというのに。

「……あの子は?」
「学校」
「前にも思ったけど、あの子が学校で勉強することなんてあるのかね?」
「いや、オペレートの専門的なことは詳しいが、それ以外の常識的な知識には疎いんだ。生い立ちを考えれば、
当然だがな。それに、今までラピスの周りには大人しかいなかっただろう? 同年代の知り合いを一人でも作って
やりたい」
「なら……!」

 カラン。感情的になった高杉の言葉を、鈴の音が抑える。視線を向けると、十代半ばに見えるの少女が同じように
こちらへ視線を送っていた。

「お帰り。今日は早かったのか?」

 件の少女、ラピス・ラズリは、高杉には一瞥もせずにじっと天河を見つめている。数秒ほどそのままでいただろうか。
彼女は無言のまま視線をそらし、小走りに二階へ消えた。
 少しだけ驚いた顔で、高杉が尋ねる。

「なに? 珍しい。喧嘩でもしたの?」
「喧嘩というほどの事でもないが……目下冷戦中だ」

 ざらざらとフライパンへ珈琲豆を入れながら、天河が言いにくそうに答える。

「なんでまた?」
「…………」

 無言でいる天河に対して悪戯心が目覚めたのか、ひどく楽しげな声で、再び高杉が尋ねかけた。

「な・ん・で、喧嘩したのかな、天河君?」

 はあー、と息を吐き出してから左手で顔を覆い、天河がポツリと呟く。

「……下着をほしがったんだ」
「ほう」
「下のではなくて、上のな」
「ほほう」
「で、ついうっかり本音で答えてしまったんだ」
「何て?」
「……まだつけても意味ないんじゃないかって」

 沈黙。

「……! ……! ……!」
「息できなくなるほど笑う事ないだろう……」






 午後五時。フライパンの上で珈琲豆を転がしながら、ちらりと高杉のほうを見やる。彼は気のない様子でこちらの
手元を眺めていた。

「珈琲豆って種なのに何で豆って言うんだろうな?」
「知らん知らん」






 午後六時半。ぽつぽつと現れていた客もいなくなり、そろそろ閉店の準備をしようかという時間である。

「…………」

 ナポリタン一皿と珈琲二杯でここまで粘る知人に、天河は頭を掻きながら向き直る。

「あのな、そろそろ」
「あーと、そうだ、おまえ義眼の調子どう?」

 これ以上ないほど露骨に話をそらす。

「……悪くない。いや、むしろ生身の目よりも良好だ」
「そっか。良かった良かった。ドクター様様だね」

 再び沈黙。どこか居心地悪そうに高杉が目を泳がしている。今日何度目になるか分からない嘆息を吐いて、
天河が口を開いた。

「質問されてばかりだったな。こちらからもいいか?」
「ん? オーケー何でも聞いてくれ。答えるかどうかはまた別問題だが」
「お前な……まあ、いいか。尋ねたいのは一つだけだ」

 間を置く。言葉を選ぼうとするが、すぐにその無意味さに気づき、天河は言葉を告げる。

「なぜネルガルに情報をリークする? 勝手な言い草ですまないが、どうもお前にそういうスパイごっこは似合わない
気がする」
「……ネルガルに情報を伝えた事なんて、一度もない」

 天河は二度瞬きをした。その台詞はとても彼らしくはあったが、現に彼は……

「俺が情報を送ったのは、月臣中佐だ」

 完全にではないが多少は理解できた、ような気がする。もとより自分以外の人間の事を理解できるとは思って
いなかったので、それ以上の事は望まないが。

「木連と地球との戦争で、俺も少しは学んだ。正義なんてものは絶対値で表せるものじゃない。立ち位置が少しずれる
だけで変わってくるんだからな。だから……」

 珍しく、ひょっとしたら始めて見るかもしれない高杉の真剣な顔に、天河は新鮮な驚きを味わっていた。

「出来るだけ情報を知りたい。与えたい。自分が今どこに立っているかを知りたい。それも信頼できる人を通して。
その相手がたまたま月臣中佐で、たまたま月臣中佐がネルガルにいたってだけの話だ」
「信頼できる相手、ね」

 ふと、思った。高杉は、彼は以前月臣がやった事を知っているのだろうか? 草壁に操られたわけでもなく、月臣が
月臣自身の意思で行った、決して取り返しのつかない過ち。全てを知った上でなお、月臣が信頼に足る人物だと彼は
いうのだろうか?

「心配するな」

 こちらを見透かしたように、高杉は片目を閉じて保証した。

「あの人のやった事は許される事ではないし、俺も許せない。でもな、一度間違って、どん底まで落ちて、そこから
自力で這い上がった人間てのは、強いよ。天河みたいにな」
「……まあ、人の評価にけちはつけんよ。ただ、せっかく多弁になったのなら、そろそろ本題に入ってくれないか?」

 時計を見やる。短針は、真下よりもわずかに左にずれていた。

「酔狂でわざわざここに来た訳ではないだろう?」
「……あー……」

 言いにくそうに、高杉が口を開く。いままで切り出せなかった用件なのだから、むしろ当たり前かもしれないが。

「つまり、だな」

 数瞬の沈黙。やけに空気が重く感じた。

「……戻ってこないか。艦長も、ユリカさんも待ってる」
「やはりそれか。前フリに三時間もかけるのは、軍人としてどうかと思うぞ」
「茶化さないでくれ。真剣な話なんだ」
「何度聞かれても、同じ答えしか返せんよ。戻る気はない」
「だから! なぜなんだ!」

 その返答は予想したものであったのに、感情が容易く理性の堰をきる。

「お前はもう罪を償っただろう! 充分すぎるほどの罰も受けた!」

 両手でカウンターを殴りつけ、勢いに任せて立ち上がる。上背は高杉のほうが高いため、自然と見下ろす形となった。

「なのになぜだ! まだ自分が許せないのか!」
「償える罪なぞあるものか」

 冷然と、底冷えのする鋭さをもって天河が言葉を返す。

「当たり前の話だ。どれほど小さな罪であっても、それは犯してしまった時点ですでに取り返しなどつきはしない。
死ぬか、過去に戻るかで罪もなかった事にするしか出来はしない。だが、俺はそのどちらも選ばなかったから、
ここにいる。とても分かりやすい話だろう?」

 しばらく無言で天河を睨みつけてから、乱暴にカウンター席へ腰を下ろす。……違う。いま目の前で冷笑を浮かべ、
皮肉気な言葉を吐き出す男は、恐らく艦長の知る天河アキトでも、ミスマル・ユリカの知る天河アキトでもないだろう。
少なくとも写真の中にいた彼は、こんな冷たい表情を浮かべてはいなかった。

「別の言い方をしようか?」

 軽く肩をすくめ、天河は続ける。

「コロニー襲撃の際、俺が何人の無関係な人間を殺したと思う?」
「…………!」
「なるほど、確かにあの中には火星の後継者も混じっていたかもしれない。俺やユリカの境遇に同情する人間もいる
かもしれない。特にテレビを通して見ていただけの人間は、勝手に美談へ仕立て上げてくれるかもしれないな。現に
星野ルリ少佐は英雄に、ユリカは悲劇のヒロインとしてプロパガンダに使われているのだろう? 失態を重ねた軍の
点数稼ぎのために。だが、な」

 口を挟む事も出来ない。適当な言葉を見つける事も出来ない。高杉に出来たのは、無言で耳を傾ける事だけだった。

「そんなことで、家族を、子供を、親を、恋人を俺に殺された人間が納得できると思うか? 涙を流して同情してくれると
思うか? 彼らにとって、俺達の事情など他人事に過ぎないというのに。お前の言うとおり、立つ位置が変われば全てが
変わる。彼らは無関係に、意味もなく巻き込まれ殺されただけだ。つまり、なんのことはない。結局俺は北辰達へ復讐を
果たすため、北辰達の同類に成り下がっていたんだよ。滑稽な話だ」
「後悔、しているのか?」
「まさか」

 即座に否定してみせる。それが虚勢ではない事は、簡単に見て取れた。この場に居合わせた者が誰であれ、
分かったであろう。もしも虚勢で言っているのであれば……あれほど楽しげに、笑えるはずがない。

「百度同じ事があれば、百度同じ事をする。俺が選んだのは最善の方法ではなく、最短の方法だったからな」

 最短の方法。ユリカを救い、北辰を殺す。それ以外の全てを除外した、無慈悲な手段。それを彼は実行し、そして
成し遂げて見せた。だが、それは果たして、天河アキトにとって幸運な事だったのだろうか。昔の彼を知らない自分で
さえ彼が変わり果てた事が分かるというのに、以前の彼を良く知る、例えばミスマル・ユリカのような人間が今の彼に
出会ってしまったら……
「それに、まあ、他にも理由がある」
「?」
「俺はあまり甲斐性がない。今もラピス一人に振り回されているぐらいだ」
「ああ、なるほど。それは凄く理解できる理由だ」

 女性に対する苦労という共通の価値観を意識したとたん、高杉の中にあった天河アキトへの違和感が、多少では
あるが薄れていく。それは自分もまた、一人の女性に振り回されているからかもしれない(傍目には自分が振り回して
いるように見えるかもしれないが、断じて違う。振り回しているのは明らかに彼女のほうだ)。

「はあ、しゃーない。どうも俺には説得は無理っぽいし、帰るわ。艦長達にはここのこと黙っとくよ」
「すまんな」
「あーと、これ、最後の悪あがき」

 どこかの名探偵のように、ドアを開く直前になって声をあげる。肩越しの振り向いて、高杉は告げた。

「天河の言う通り、艦長とユリカさんはプロタガンタに使われている。んで、一月後ぐらいにナデシコBに乗って
この辺りに来るらしい。スピーチとかもやるみたいだし、遠くからでもいいから見に来ないか?」
「それも、遠慮しておくよ」
「……頑固だなお前」
「そうじゃない」

 気まずそうに視線を逸らしながら、天河が言う。

「俺は自制心にも欠けているんでな。もし直接ユリカの姿を見てしまったら……」

 微笑み、というよりは自嘲混じりの苦笑。

「たぶん、攫ってでも連れて行きたくなる」

 だがそれは、先ほどまで浮かべていた冷笑に比べればはるかに、写真の中にいる昔の天河アキトの表情に近かった。






      #########






 某月某日。某戦艦内。そこはいつも以上に人が溢れていた。軍人もいるが、なぜか民間人も多い。
 大別すると、彼らは二種類に分ける事が出来た。無論、年齢でも職業でも性別でもない。彼らを分けているのは、
やっとこの時が来たと歓喜に震えているか、一発食らわせてやらんと気がすまん、という至って精神的なものである。
 と、誰も彼もがやかましく口を開いている中で、ひときわ甲高い声が、ブリッジ内で鳴り響いていた。菫色の長髪を
持つ妙齢の美女が、やけに額の目立つ少年の背中をビシバシと叩きながら声をあげている。

「キャーもう聞いた!? 聞いた!? 攫ってでも連れて行くだって、攫ってでも連れて行くだって、攫ってでも連れて
行くだって!」
「痛いです、痛いです。ユリカさんそれ痛いです……」

 少年の抗議をまるで聞き入れる様子もなく、コミュニケに録音されたある青年の声をエンドレスに流しながら、
ひたすらにその女性は一人で盛り上がっていた。
 また、ブリッジ内の別の場所は別の場所で盛り上がっていた。銀髪金瞳の少女が無感情に、だが底知れない圧力を
持って薄っぺらな書類を読み上げている。それを拝聴している青年は、なぜか後ろ手に縛り上げられ、全身に
『裏切り者』『内通者』『二枚舌男』『蝙蝠野郎』『七回は死ね』等々の落書きや張り紙で覆われていた。

「艦長より高杉大尉に通達。その一、通達日より向こう五年間のトイレ掃除。その二、通達日より向こう十年間の
有給休暇返上。その三、通達日より向こう十五年間の減俸」
「違うんです違うんです違うんです聞いてください艦長オレだって辛かったんです別に騙してたわけでも隠してた
わけでもないんですでも事情があったんで話せなかったんです俺だって話したかったんです本当です信じてください
艦長っていうかそもそもなんでばれたんですかぁ!」
「ボランティアの協力者による高杉大尉への盗聴器設置によってです」
「犯罪だあああああ!」
「続きです。その四、アニメTシャツを着て昼間のコンビニへ行き、箱ティッシュとコンニャクを買う。……誰ですか
これ書いたの?」
「あ、それ俺」
「ウリバタケさん! あんただってブラックサレナの開発に」
「あん? 黒百合がなんだって? 園芸には興味ねーしなぁ。それに俺には(ネルガルの用意した)アリバイも有るし
(ネルガルの用意した)証人だっているんだぜ」
「薄情者ををををを!」
「続き……ではなく、これが最後ですね。その五、高杉大尉の過去から現在にいたる女性遍歴を全てデータ化し、
スバル・リョーコのもとへ送る」
「いー! やー! だー!」
「ではリョーコさんどうぞ」
「え?」

 ごんごんごんごん。ただひたすらに不気味なBGMと共に、気化したドライアイスが吹き上がる。その中でゆっくりと
せり上がって来るゴンドラに、笑顔のスバル・リョーコが仁王立ちしていた。

「さーぶーろーうーたー」
「ぐぅーぐぅーぐぅー!」

 小動物のように震えながら寝たふりをはじめる高杉。が、むろん仮借なく、リョーコは己の激情を物理的にぶつけ
はじめた。
 背後で起こっている血の喧騒にも気づかず、自分の世界に浸っていたユリカへ、ルリがそっと声をかける。

「ユリカさん、いよいよですね」
「う、うん。でも、やっぱりちょっと緊張するかな」
「では、諦めますか」

 にっこりと、満面の笑顔でユリカは否定する。
 そうして彼女はかつてのように立ち上がり、かつてのように指を振り上げ、ブリッジ内にいる全てのクルーへ聞こえる
ほど大きく澄んだ声で、かつてのように、高らかに叫んだ。


「ナデシコ、発進!」



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