気づいたら、フェイトがアルフ(仮)を使い魔にしていた。
いつものようにさっさと一人で寝入ってたら、次の日の朝ごはんでミルクを貪っている子狼を見つけてしまった。
これは多分、アルフだと思う。同じ個体かは今となっては知る由もないけど。
自分は、こうなってから早寝早起を自然と実践する形になっていたけど、まさかこんな風に裏目に出るとは思わなかった。
同じ生活を繰り返している所為か、最近、時間感覚が凄く曖昧だったりしたのも原因だろう。乳歯が抜けた程度で大騒ぎしてる場合じゃなかった。
地味にショックだったりもする。私がいるのに使い魔を作るほど家族愛に飢えていたのかと。お風呂とかいつも一人で入ってたのがまずかったかな。まずかったよね。
ともかく、これではもうフェイトをこちら側へ引き込むことは諦めないといけない。
この子狼が成長し終えるまで待つつもりはなかった。
最近、プレシアの病状が目に見えて悪化してきていて、それに伴う形で機嫌も悪くなっている。
自分の命の刻限が段々と見えてきて焦っているのだろう。
同じように私も焦っている。プレシアの焦りと病の進行は、交渉の難度をそのまま引き上げるものだからだ。前と交渉の内容を大きく変えたことも影響している。
痛みは、いとも簡単に理性を剥ぎ取ってしまうし、それに薬が加われば尚更だ。
現に適切なターミナルケア等を受けてるわけでもないし、まともにコミュニケーションできるうちに交渉しなければならない。
最悪の場合、私自身が研究を引き継いでプレシアを蘇生させる必要があるかもしれないが、知識がなければまず無理だろうし、今から身に付ける時間があるとも思えない。
それに、先にジュエルシードという手段を己で見出してしまえば、態度も硬化してしまいかねなかった。
最初はリニスがプレシアとの精神リンクを行うまでは待って、事情を聞きだしてからフェイトとリニスを引き込んで改めて相対するつもりでいたけど、よくよく考えてみれば穴だらけな指針だった。
まず、プレシアがぶっ倒れているのをリニスが見つける保証がどこにもない。
原作知識なんてものは存在に対する前知識でしかないのだから。流れまで同じ様になるわけがない。自分も最近はちょっと曖昧に考えていたけど。
アルフまで都合よく見つかったのだから、もしかしたらリニスも同じ様に発作を起したプレシアを都合よく見つけるかもしれないが、さすがにそれは背筋がぞっとしない。
決定論の証明なんていう悲劇は創作の話だけにしたい。運命の名を冠するものは私の姉一人で十分だ。
私は今、おやつをぱくつきながら書庫で自習をしている。フェイトとリニスは多分訓練場だろう。
魔法訓練の時間は別のカリキュラムを進めるようになった。他の授業はまだまだフェイトと一緒に受けているが。
こんな放置を食らってるのには一応の理由がある。どうやら自分は術式制御能力が人より優れているらしく、初級魔法過程を終えてからは習得スピードが飛躍的に上がり、最後に設けられた最終課題までもあっさりと終わらせることができてしまったからだ。
こればかりはリニスに感謝しないといけない。基礎的な術式は一旦身に付けてしまえば、所々で流用が利いたし、即席でアレンジできる程度の応用力も得ることができたのだから。
あの時、デバイス前提でのカリキュラムに切り替えていたら、こんな速度で習得できていたか怪しいし、自分の資質に気づくのにも時間がかかったと思う。
つまりはその所為で、リニスが教えることのできる限界にまできた私は、自習が主になった。
"使い道"も意識しているんだろう。現に今自習している内容は遺跡発掘に従事する魔導師向けの対トラップ訓練講座だ。
遺跡のトラップといってもつまりは廃棄施設に残されたセキュリティ設備というわけで基本的にミッドチルダの科学水準と変わらない。むしろそれ以上のものさえある位だ。
手元のマニュアルにはそれらを分類分けし実際に設置されていたケースを手本に無力化する方法が書かれている。
そういえばアルフ(仮)もどこぞの非合法部門向けの市街潜入マニュアルを絵本のように読んでいた気がする……。
ただ、自習まで進んでいるとはいえこれが強さとして現れるかといえば別の話だ。
非殺傷設定でなければ問題ない。奇襲なら防御させる間もなく無力化させられるからだ。雷は迅く人の体は脆い。
殺すだけならそのまま出力を上げるだけで事足りるし、なんなら他の手段を取っても良い。まだ覚悟はできてないし、できるかも解らないけど。
ただし、互いに非殺傷設定というまるで雪合戦のような温い不文律を律儀に守り始めると、途端に弱くなってしまう。
不意打ちして先手をとっても、魔力ダメージにしかならないし、たとえ、わざと非殺傷設定の精度を落として衝撃力などに換えても戦意の喪失や気絶までもっていけるかは不安定で決め手に欠ける。
そしてなによりそんなもの、模擬戦では使えない。
私は、術式制御能力のおかげでフェイトより多少上手く飛べるものの、それが実効的な空戦機動に繋がっていない。
こればかりはしょうがない。『前』もデスクワークばかりだったし。ただ、こうなってからもっと運動音痴になった気がする。
かといって、どこぞの魔王のように砲撃のような重い一撃に適正があるわけでもない。防御系魔法の出力適正も、強みにできる程ではなかった。
格闘能力もフェイトの方が上だ。
まあこれは「体が出来てないこの歳で、それも空中で格闘戦とかふざけてるの?」と思っていたりする自分の心構えの所為もあるかもしれない。
人より秀でた術式制御能力は、効率的な魔力運用の体現には有用だったけれど、それは戦闘継続時間を引き伸ばすものでしかなかった。
即ち、私の戦い方は地道に『避けて、当てる』しかない。徹底したコスト意識の元、相手の攻撃を避けられる距離を覚えて維持した上で、時間当たりの火力を稼ぎ、一方的に当て続ける。
理論上では、同程度の相手かつ正面からの射撃戦だけなら、効率の差で相手が先に倒れることになる。
ただし、この戦い方は酷く危うい。
既にリニスに指摘されフェイトが実践しているが地形戦、つまりは遮蔽物を使われるだけで崩れてしまう。
射線を切られそのまま格闘戦に持ち込まれたり、接触時間を絞ったバインドからの砲撃や一斉射などの瞬間火力で事故ってしまった時なんかクソゲーと叫びたくなったりする。ゲームならコントローラーを投げるレベルだ。
そもそも相手が一度でも防御を抜いて、非殺傷設定を解いた攻撃を叩き込んでくればその時点で終わり。
とてもおかしな話ではあるけれど、敵対する相手のことを信用できなければ成立しない強さだった。
戦術の核となる魔法が限定されてることも、一応の原因ではある。
自分がいくら術式制御能力に優れてるとはいえ、アレンジやバリエーションにも限界があるからだ。
プレシアはとても優れた魔導師ではあるが、戦闘魔導師というわけではなく、やはりというか奥の手はリニスにも伝えずに秘匿してある様だった。
そして、戦闘用の魔法が民間で流通している訳も無く、自然と使える魔法はリニスから教えてもらうものに限られてしまう。
一から魔法を組んでみようとも考えたが、それには術式を記述している言語をしっかりと覚えなければならないし、組み上げた術式を検証していくのは、とても大変な作業量の様に思えた。
(……でも、もうこれ以上のことは望めない)
時間をかけ錬度を上げていけば、まだ強くはなれるという感触はある。だけど、肝心のその時間がない。
それに今でも勝つことはできないだろうが、やりようによっては自衛だけなら十分可能だと踏んでいる。
(そもそも、勝つ必要なんてないもの)
最後のおやつをお茶で流し込んだ私は、プレシアの位置を確認しはじめた。
◆ ◇ ◆
/.地下の書庫
『――あさん、かあさん』
文献を漁っていると、珍しい相手から念話が飛んできた。予備素体。
普段ならすぐに念話の使用を咎めるところだったが、それどころではない。
あの呼び方はアリシアのものだ。
(記憶が戻った?)
思い当たる節はそれしかない。
『……オルタナ、私は忙しいの。リニスから聞いてるでしょう?』
平静を装って対応するが、内心ではどうすべきか迷っていた。
とりあえず、と現在位置を走査するが、その結果に目を疑う。地下へ続く階段の前。
(この距離なら、そう消耗しない?)
今から無防備になるのを待つわけにもいかない。記憶が戻っていた場合、フェイトやリニスに余計なことを洩らす可能性がある。
『ごめんなさい。でも、直接会ってお話したいことがあるんです』
『今は手が放せないの。そうね、夕食の時にお話しましょう?』
そう言いながら次元跳躍の術式を組んで、発動する直前。
『ワガママ言ってごめんなさい。……今じゃないとダメなの。保存室の前で待ってるから』
その言葉に驚いて組んでいた術式を霧散させてしまう。
急いで位置を走査し直すと、既に階段を降りきった後らしく確かに保存室の前だった。
こうなっては次元跳躍魔法は使えない。外すことはないが万が一のことを考えると撃てない。
(何なのかしらね)
タイミングが絶妙すぎる。
読んでいた文献を机に置き、椅子から立ち上がる。掛けていた足掛けをそこらへ無造作に放り投げ、バリアジャケットを纏ってから、右手にデバイスを呼び出す。
こんな動作を行うだけでも酷く気力を使う。動くのがひたすらに辛い。
閉所なので魔法戦闘を行うことは考えていない。そう、戦闘にしてはならない。前と同じように不意の一撃で無力化する必要がある。
でなければアリシアを危険に晒してしまう。
とはいえ、このまま向かって安全装置の射程圏内に入り次第、発動させるだけで事足りる。
予備素体の目的は読めないが、知る必要はない。無力化して記憶を書き直せばどちらにせよ同じことだ。
この書庫と保存室は、地下の廊下を挟んで繋がっている。書庫を出て扉が閉まるのを確認してから、廊下へ出る。
予備素体の姿は廊下を出てから既に見えていた。階段から差す日の光が逆光となりとても見辛いが、こちらを向いているのだけはシルエットで辛うじて解る。
そうしてすぐに目が慣れて姿を確認できた時、思わず絶句してしまった。
バリアジャケットに訓練用デバイス。これは戦闘前提での装備だ。
何度か目にした事のある予備素体のバリアジャケットは、術式の進歩により自由度が確保された現代のデザインとしては異様と言う他なかった。
まず露出部が頭部以外にない。予備素体の全身を覆う艶消しされたスキンタイトなアウターの胸元からは首の根元まで覆われた同色のスキンスーツらしきものを伺うことができる。そして、それだけしかない。他には一切ない。
無機質なそのフォルムは、儀礼的なフェイトのデザインとは対照的だった。
咄嗟に体が強張るが、すぐに右手のデバイスに視線を向け意識した。少なくともオートガードは今でも発動する。(
そうこうしてるうちに安全装置の圏内に入る、が……発動しない。何度も発動させようと試みたが、結局一度も発動しなかった。
(動作不良……?)
確かにハンドメイドかつ後付のものなのでその可能性も否定できない。だが、一年や二年で動作しなくなるほど柔な物を作った覚えも無い。
後は、対策された可能性だが、脳内のそれを取り出すなり無力化するには外科的な知識が必要な筈だ。
(そんなもの、この予備素体には……リニス!)
内心、解っていたのだろう。すぐに思いついた。あの使い魔なら、私の知識の多くを分け与えたリニスなら確かに可能だ。定期報告時に妙な視線をこちらへ向けることが稀にあったが、この事だったか。
まったく、あの生意気な使い魔はどこまで主人に逆らえば気が済むのか。
(だけど、今回ばかりは、少し無頓着が過ぎた様ね)
先程の会話から、いきなり戦闘装備で来るとは予想できなかった。しかし、会話事態が予兆だったともいえる。
つまり、ただ私が抜けていただけだ。気づいた時にしっかり問いただしておくべきだった。
もう隠す必要もない。大きく息をつき、焦りを抑える。
こうなってしまったらここで戦闘は行えない。互いにデバイスのオートガードがある以上、周りに被害を齎さずに一撃で無力化することは不可能に近い。
むしろ予備素体が何を要求してくるかに興味が湧いてきた。
不要な事ばかり付け加えてきていたリニスからの報告を思い出す。
優秀な生徒だという事は解っている。今は、付け加えられていた不要な事の方が重要になる。
「オルタナは先程報告したフェイトとは正反対で、基本的に独りでいることを好み、甘える素振りすら私には見せません。
それどころかまるで私を避けているような節さえあります。
姉であるフェイトにすら同じ態度を取るので最初は自閉症の類かとさえ思いました。
が、一通りのコミュニケーションはきちんとこなし、簡易な検査ではありますが、器質的にも問題ありませんでした。
……そして、理由は解りませんが魔法に強い学習意欲を見せおり、修得ペースも目を見張るものがあります」
そしてここだった。あの非難するような、探るような視線。この時、簡易な検査とやらでリニスは安全装置を見つけて除去していたのだろう。
あの視線は予備素体の性格の原因を私が処置したそれの所為だと思ったからか。ただ、幸いにも補助脳まで見つけることは適わなかったようだ。
平時に記憶野として機能しているあれを摘出していたら、今頃予備素体は他の実験素体と同じ末路を辿っていたに違いない。
「これらに関して原因が私には解りませんでした。――ただ、プレシア、実の母親である貴方なら心当たりがあるのでは?」
あの時は最後の"母親"という物言いに反応してしまったが今なら確かに心当たりがある。補助脳の臨床では学習効果や、性格の変質等までは考慮していなかった。あくまですぐに結果が解り定量化し易い記憶や器質をテストの主眼としていた。
そういった観点のテストは品質特性に拠る個体差なのか、補助脳によるものなのかといった原因の切り分けを行うことが非常に難しい。
実際行おうとすれば比較対象が必要な上、経過を見る時間も必要な為、省いてあった。
その省いた筈のテストケースが今、目の前にある。フェイトとオルタナ。
補助脳を備えているのは記憶転写のテスト用としていたオルタナだけだ。フェイトは私が諦めて(から起したのでそういった処置は行っていない。
もう一度大きく溜息をつく。一度だけの転写で覚えすぎていたこと。記憶の閲覧が適わなかったこと。
思索の過程で、今まで私を悩ませてきた疑問の原因がぴたりと符号する。今更解っても無意味ではあるが。
もしかしたら記憶の改竄も無意味だったのかもしれない。リニスの報告を再度頭の中で検討する。もし覚えていたなら私達を避けていた理由も魔法への強い執着も理解できる。
改めて予備素体を見やる。
無骨なバリアジャケットの姿で、両手でデバイスを腹の前に提げ、壁に体を預けている。先ほどまで顔に張り付かせていた曖昧な笑みはいつの間にか消えていた。
この状況は偶然ではなく、予備素体の狙ったものなのだろう。
「かあさん、と呼んで良いのかしらね、プレシア。こんな所で話すことでもないし中に入りたいんだけど」
廊下に響いた声は、声音こそアリシアとほぼ同じ予備素体のものであれ、口調は初めて聞くもの。
(これが、予備素体の素顔……)
私にできた抵抗は、いくつかの術式を準備しておくことだけだった。
◆ ◇ ◆
/.保存室
部屋は暗く声しか伺うことができない。
「それで何なの。お話って」
「今から順を追って話すわよ、かあさん」
「……」
「そんな顔しないでよ。
まず――記憶が残っていたのよ。そこにある『私』、オリジナルの、アリシアとして扱われていた頃の記憶が、全てね。
最初は私自身に戸惑ってたけど、すぐに捨てられたことは解った。
……ま、当然よね、リニスの変化やあなたの態度も勿論あったけど、姉とかいう名目で私が一人増えてたんだから。
最初は見るのも怖かった……。あ、今では気にしてないわ。私と姉さんはやっぱり別の人間だものね」
「何が望みなの」
「そうね、今は私の話を聞いてもらうことかしら」
「……」
「ここに来るのも久しぶり……。
プレシアは怒るかもしれないけど今でも自分はアリシアのつもりよ。
代替物(なんてふざけた名前は仇名程度の認識でしかないわ」
「ふざけないで! 素体ごときがあの子の名前を! 私のアリシアを騙るなんて許すとでも思ってるの!」
「別にふざけてるつもりなんてないんだけどね。
そこの『私』、オリジナルと同じ記憶をもっているつもりだし。
そもそも記憶の改竄ミスはプレシア、あなたの落度でしょう? まあ、そのお陰でこうしてここに居るんだけど」
「私の目的はいくつかあるけど……一つは答え合わせにきたのよ。
あなたにあの質問をして記憶を弄られてから、今まで私はずっとずっと考え続けてきた。オリジナルと私の差異を。何故捨てられたのかを。
でもどうしても解らなかった。いや、一つだけ思い浮かんだんだけど、それは余りにも馬鹿馬鹿しいから意識して考えないようにしてきた。
魔力資質は確かに違ったわ。でも他に差異なんてなかった筈よ。
プレシア、あなた……私を造る過程を経験したからって、ちょっとの齟齬で醒めて(私を捨てたわね? まるで人形遊びに飽きた子供みたいに」
「え、ええ、そうよ。素体なんて所詮は人形じゃないの!」
「……まあ、いい。解らなくも無いから。――でも、じゃあ何故、一度は捨てた筈の人形を育てたの? リニスまで造り出して」
「勘違いしないで。私の目的の為に駒が必要だからに過ぎないわ」
「目的? それってこの死体をもう一度動かすこと?」
「オルタナ! あなた一体どこまで――」
「覚えていればそれぐらい気づくわよ、『次』なんて言ってれば調べるに決まってるでしょう……
でもそれにしては偉く手間のかかる駒の用意の仕方よね。他に何か意図があったんじゃない?」
「……」
「二つ目の目的がこれ。
私はね、あなたが目を逸らしていたそのことに賭けてここにきたの。
別にオルタナ(としてでも良い。
――かあさん、私を、いや私達を、あなたの娘として認めてもらいたいの」
「くどいわ。私の娘はアリシアだけよ。私の全てはアリシアのものだもの。あなた達にあげるものなんて何もないわ!」
「あらあら、そこの私は果報者ね。少しばかり重い愛だけど。 ……っとそう睨まなくてもいいじゃない。ただの冗談よ。
でも、忘れないで欲しいわ。
リニスが居たとはいえ今まで私達の面倒を見てくれたのはあなたっていう事実と、私はそこの『私』と何一つ変わらないってことを程あなたが私のことを人形と言った様に、私にとってそこの死体は私の抜け殻でしかない」
「――アリシアはそんな性格じゃなかった」
「そうね、"母親"に捨てられれば、こうなるんじゃない? あ……、御免なさい。言い過ぎた……」
「……ッ……」
「……ん、落ち着いた? 実は今から話すことが本題なんだけど――」