Fate/zero×spear of beast 25 ――憎い。 気が狂いそうなほどに憎い。 この世のあらゆるものが憎い。 ――殺してやる。 ありとあらゆる苦痛が、葛藤と絶望が、怒りに変わる。 胸に湧き上がってくる憎悪は臨界点を超え、獣のような咆哮が、咽喉の奥から漏れた。「殺せっ!!」 叫んだ。「殺すんだ!! バーサーカー!! あいつらを殺せっ!!」 震えた。全身が。 苦しい。立っていられないほどに憎い。 その瞬間である。 大きな力が、雁夜を包んだ。 バーサーカーが雁夜を、いかついのその腕で抱えていた。「落ち着け、ますたー」 そう言われて、落ち着けるものではない。 全身を悶えさせるように、暴れる雁夜。 しかし、その視界に、己のサーヴァントの顔をみつけて、僅かばかり冷静さを取り戻した。 地獄から抜け出てきたような悪鬼の形相で、憤懣に満ちた相貌で、キャスターとそのマスターを睨みつけていた。 怒りに打ち震えているのは、自分だけではない。 このサーヴァントも、狂いそうな焦燥を抱えている。「……よく見ろ。聞こえるか?」 言われたとおりに耳を澄ます。 指をさされたモノ。桜の口から、ほんの僅かだが聞こえた。「……………………………………ぁ…………」 呼吸音だ。微かだが間違いない。 鼠が喉を鳴らすかのようなか細い声だが確かに聞こえた。 もう、既に常人ならば息絶えていて当然の傷だが、しかし、桜にはまだ息がある。 魔導の家系ゆえの奇跡だろうか? それとも、間桐の“教育”ゆえに、苦痛に対する耐性を、獲得したのかもしれない。 あるいは、それ以外の全く別な要因かもしれないが、それはどうでもいい。 ――桜ちゃんにはまだ息がある。 その事実が、雁夜を正気に戻した。「あの気色悪い青瓢箪は、ワシがぶち殺す。だが……」 わかっている。あのジル・ド・レエと名乗ったキャスターを血祭りに上げるよりも、優先させなくてはいけないことがある。「……ああ、解ってる」 あのサーヴァントを殺すよりも先にやらねばならないことがあるのだ。 できるだけ早く、この場所から生き残った幼子を保護し、桜を連れて脱出しなくてはならない。 この場所から桜を連れだしたとして、治療が可能な医療施設はあるだろうか? あの傷は、素人目に見ても致命傷だ。治癒魔術が使えぬ我が身がもどかしい。 自分にできる魔術は、翅刃虫を使役して襲いかからせることのみ。海魔の一匹や二匹を撃退することは出来たとしてもその程度だ。治療魔術のような魔術は刻印虫の後付魔術回路を体中に這わせただけの雁夜にとって、あまりにも高度すぎる。 場合によっては監督役の聖堂教会に、なんらかのペナルィを覚悟で助力を請わねばならないかもしれない。あるいは錬金術と治療魔術でその名を轟かせているアインツベルンに、多大な譲歩と引換えに治療を依頼せねばならないかもしれない。 しかし、それは全て、キャスターから桜を奪い返した後のことだ。「ぬかるなよ、ますたー」 大量の怪魔から視線をそらさずに、バケモノはそうつぶやいた。「ああ、解ってる」 自分にできるのは、凛を抱えて守りながら戦況を把握し、サーヴァントが宝具を使う際のサポート程度がせいぜいだ。しかし、ならばその役割を果たすまでだ。 雁夜の言葉を聞くと、バケモノは逆巻く風のように海魔の群れへと突貫した。 ただ、雁夜にだけわかる憤怒の臭いを後に残して。 むせ返るほどの腐乱臭を吹きすさぶ烈風が切り裂く。まるでバケモノは汚泥のなかに降り立った竜巻だった。 大量の青黒い触手が金色のバケモノの、爪に、脚に、顎に引き裂かれ、踏み抜かれ、噛み砕かれ、拍子抜けするほどにあっさりと乾いた血の海に無造作に散らばった。 いかに大群とはいえ、雑兵の群れ。 吹けば飛ぶ籾殻のように海魔の体ははじけ飛んだ。 群れをなす怪物の群れは、抵抗の手立てを持たない一般人には恐るべき脅威となったであろう。しかし、神秘の具現化、尊い幻想となったサーヴァントには、薄く重なった紙の防壁にすぎない。 突っこんだバーサーカーに、全方位からおぞましい吸盤に覆われた触手が蛇のようにまとわりついて、鉄骨さえも粉砕しかねない万力のような力で締め上げる。深海の大王烏賊の触手にも勝る緊縛である。常人ならば全身の骨を、文字通り粉砕されて、瞬時に死に至ったことであろう。 しかし、バーサーカーはこともなげに全身に稲妻を漲らせ、一瞬で触手を焼きつくす。おぞましい腐臭を放つ粘液に覆われた海魔の触手は、煙さえ残さず蒸発して消滅する。そして、金色のサーヴァントはその光景を気にもとめず、また突進を繰り返す。 最優のサーヴァントであるセイバーを超えて、白兵戦能力においてはバーサーカーは最強の級(クラス)である。空間を埋め尽くす触手から放たれる牙も、爪も、溶解液も、全てなんの痛痒も与えていない。 キャスターのサーヴァントが召喚した海魔たちを前に、バーサーカーは殴り、引き裂き、食いちぎり、襲いかかった。 確実に一匹また一匹と、海魔を血祭りに上げる。 迫りくる怪物を千切り投げ飛ばし焼き尽くしたその量は、数えるのも馬鹿らしい程に甚大だ。 だというのにおかしい。 バーサーカーが倒した海魔の数は、もうすでに一〇〇体をゆうに超えている。 それなのに、敵の数が減っていない。 雁夜の疑問はすぐに氷解した。 打ち捨てられた怪物の死骸から、血溜まりから、蒸発した体液から、次から次へと新たな海魔が再生されては、バーサーカーへと挑みかかる。 あたかも汚泥から新たな生命が誕生するかのように続々と。 バーサーカーが海魔を殺す速度よりも、新たに召喚され再生される怪異の数が多いのでは、永久にキャスターへとバーサーカーの牙が届かないことになる。 いかに紙のように薄い防壁とはいえ、それが無限に続くとなれば話は別だ。 どんなに薄い紙であっても、無限に続くのならばいかなる刃も押し留めてしまうことだろう。 桜を助けるために短期決戦を目論んで、敵陣深くへと突貫したはいいが、これでは埒があかない。 バーサーカーもそう感じたのだろう。 青白い轟雷。閃光と爆音が室内を満たした。 バーサーカーが放った稲妻が、キャスターを狙ったのだ。それを防ごうと大量の海魔が覆いかぶさり、分厚い盾となる。 四〇匹。たった一度の稲妻が、瞬時に屠りさった海魔の数だ。 しかし、それだけのこと。もうもうと立ち上る煙と肉が焦げる悪臭の中、バーサーカーの稲妻が開けた穴は泥沼が塞がるように瞬く間に埋まり、元通りの肉の壁に戻る。その様相はあたかも泥沼に竪穴を穿ったかのようで。 こうなってしまっては、持久戦の様相を呈してきた。 それは不味い。バーサーカーは雁夜に負荷をかけまいと、意図的に雁夜からの魔力供給を絞っている。持久戦こそ最も避けねばならない局面だ。マスターからの魔力供給がなければ、膨大なバーサーカーの魔力もいずれは枯渇するだろう。「うぉおう。すっげえ! 今の稲妻、マジかっけえ! オレ死ぬかと思った! ねえ、アンタ。アンタの使い魔、サーヴァントっていうの!? 写真とってもいいかなァ! 旦那もすげえけど、アンタのもすげえよ!」 そう奇声を張り上げて、今にも笑い転げそうな表情の龍之介が、海魔の壁の向こうから雁夜に話しかけてきた。「ほら、アンタ知らない? アメコミのさあ!! なんて言ったかな!! 全身から雷出すヤツ!! あれ俺すっごい好きで、ああ、もうホントマジかっけえよ、ビリビリって何でもかんでもぶっ殺ししちゃうやつ!!」 薬物でも摂取しているかのようなテンションで笑い転げながら叫ぶ。「ひゃはは、でもざんねーん。俺の旦那はもっとすげえんだぜぇ! なあ旦那! とびっきりCOOLに決めちゃってよ!」 話しかけられたキャスターは、温和に微笑みながら龍之介に振り返ると、「まだまだこれからです。先を急いてはいけませんよ。よく見ておいでなさい。貴族の戦いというものを貴方に教えて差し上げましょう。いまこちらに攻め込んできているあの怪物の憤怒に満ちた獰猛な顔が、いずれ困惑し、諦観に塗りつぶされます。恐怖し、絶望し、屈辱に歪むのです。ああ、その勝利の美酒に酔いしれることに比べれば、即座にとどめを刺すことなど勿体無くて出来るものではありません!」 業腹だがキャスターの放言の通りだった。あのバケモノが屈辱にまみれている様子など想像できないが、魔力が枯渇すれば負けるのは必然だ。 歯噛みする雁夜に、キャスターの手にした装丁本が目に入る。 誇らしくキャスターが掲げるその本は、雁夜の素人目にも解るほどに、高密度の魔力に満ちていた。 海魔たちが再生され増殖するたびに、その魔力がうねり迸る。 そもそもが、である。キャスターがいくら魔術師のクラスであるとはいえ、何の詠唱もなくこれだけの雑兵の群れを召喚、使役し、再生させることなど魔術師の常識から考えれば不可能だ。 この異様な事態を作り上げているのはあの本。「バーサーカー。あの本を狙え!!」 そうと分かった瞬間、雁夜は声を上げていた。『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』――それこそがまさに、この戦況を作り出している元凶だ。詠唱もなく、こんな常識外れを行える以上、それは宝具でしか有り得ない。 しかし、だ。そう叫んでから、雁夜は自分の口にしたことの矛盾に気がついた。 あの宝具を狙うには、どうしても、キャスターに近寄らねばならない。しかし、宝具がある以上近寄れない。 突き付けられたのは単純極まりないパラドックス。ふざけた物量を一気に焼きつくす方法でもあれば話は別だろうが、そんな方法は果たして……。 際限なく出現しては打ち捨てられる海魔の群れ。 いったい幾度目であろうか? 僅かに動きの止まったバーサーカーを無数の触手が覆い尽くし絡め取り、バーサーカーに万力のような力を込めて締め上げる。 このままではいつまでたっても埒があかない。また、稲妻を使って焼きつくすか? しかし、それではいずれ魔力が枯渇する……。 そのときだった。バーサーカーがこちらを振り返ったのは。 確信に満ちた表情で、雁夜を覗き込んでいる。 バーサーカーの唇が、こう動いたような気がした。「ワシの考えていることぐらい解るだろ」と。 その瞬間に雁夜は全てを悟った。「バーサーカー! 行けるな?」 雁夜のその問いかけに、バーサーカーは全身を触手に巻きつかれながらも僅かに首肯いた。「さて、お客様。末期の祈りは済みましたかな? ウフフ。それでは窒息してお果てなさい。大丈夫です。寂しくなどありません。あなた達を慰めるために、このすぐ後に、無数の子供たちがあなた方の後を追いますから! それではおさらばです。名前も知らない英雄よ!」 悦に入った嘲笑。 しかし、その嘲りは雁夜にもバケモノの耳にも入っていなかった。 視力の残った右目が見据えたのは、右手に刻まれた令呪だった。 三画のうち一画。聖杯戦争を勝ち抜くための切り札。桜を助けるために使うことに一切の迷いはない。 雁夜は凛を抱きかかえながら、全力で声を上げる。「間桐雁夜が令呪を持って命ずるッ!! バーサーカー!! 宝具を使い、この戦いに勝利せよッ!!」 ――そうして間桐雁夜の身体は令呪を一画、文字通り飲み込んだ。 令呪という圧縮された魔力の塊が、封印を解かれ元の圧倒的な質量へと変貌を遂げ、擬似的に後付された刻印虫の魔術回路から溢れだし、髪の毛の一筋にまで、毛細血管の一本にまで魔力が漲る。 ――さながら全身を台風が駆け抜けたかのような、迸る力の波。 その圧倒的なエネルギーが全て経路(パス)を通じてバーサーカーへと流れ込んだ。 バケモノの体が金色に帯電し、周囲に颶風が吹きすさぶ。 この貯水槽という閉鎖空間が全てバケモノの放つ光によって満たされる。 バケモノはまるで一つの魔力炉だった。 猛然と稲妻を漲らせ、その圧倒的な輝きは、今まで放ってきた雷撃の比ではない。 近くにいた海魔たちは触手もろとも瞬時に蒸発し、近寄ることさえ出来ずにいる。 それを見て取ったキャスターは全力で螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を稼働させ、触手の壁を増やそうとするが、もう遅い。 雁夜の素人目でも、見ても解る。文字通り、アレは全てを焼きつくすだろう。もうアレは止まらない。「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」 バケモノが吠えた。 その猛り狂う叫びとともに、帯電していた雷撃が解き放たれる。「ひぃいいッ!?」 主の窮地を救おうと、大量に召喚された海魔たちが全力で群がって膨大な肉の壁となる。 しかし、それは無駄なこと。 どんなに紙が分厚く群がったところで、近代兵器の集中打を防ぐことが出来ないように。 稲妻が吠える。 その敵を灼き尽くせと。 ここにいるのは雷神の化身。 解き放たれた電撃は更に電圧を増し、文字通り一瞬で無限の循環の源だった、撒き散らされた屍肉の山もろとも、全ての海魔を飲み込んだ。 その青白い稲妻は荒れ狂う竜のようにうねり、奔り猛り狂う。 誰が知るであろう。 過去、九つの尾を持つ大妖を屠りさった最強の稲妻であろうと。 瞬く間に一〇万の化物を灰へと変えた破邪の轟雷であろうと。 その稲妻は勢い余って、貯水槽そのものの天井を崩落させ、天へと登り、そして静まった。 対人宝具でも大軍宝具でも不可能な破壊規模。最大の出力を誇り、城さえ落とす対城宝具でなくては不可能な破壊規模だ。 一撃でキャスターの無限の軍勢は、灰燼へと帰した。 襲い来る静寂。 もしも、キャスターの後ろに桜と気を失っている子供たちがいなかったのならば、バケモノはそのままキャスターもろとも正面方向に稲妻を放っていただろう。背後に人質がいる以上、バーサーカーの宝具の雷鎚は前方の海魔を焼き払うにとどまったのだ。 しかし、それも、キャスターの寿命をほんの僅かに伸ばしただけにすぎない。「あ、あっ」 たたらを踏んで後退り、言葉もなくその場にへたり込むキャスター。「あ、ああっ」 なんとか再び海魔を召喚しようにも、目の前にいる怪物はそのような隙を与えるはずがない。 霊体化して逃走しようにも、この貯水槽は袋小路だ逃げ場所など有りはしない。 全身を魔力が駆け抜けた余波から、未だに立ち直り切れない雁夜ではあったが、その瞳は怒りに滲んでいる。「あ、ああああああああああ、来るな来るな来るな来るなああああああああああ!!」 キャスターは表情を歪め、よだれと鼻水を垂らしながら叫ぶ。 いかに自信過剰なキャスターとはいえ戦闘力は最弱のクラスである。なんの策もなく戦闘力は全クラス最強のバーサーカーを前に太刀打ち出来るわけがない。 驚愕のあまり螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を取り落とし、それを拾おうとする細腕を、バケモノの脚が無造作に踏みつけた。“べきりッ”と乾いた音がする。「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」 こうなってしまっては、最弱のサーヴァントたるキャスターに逆転の要素はない。 恐る恐る頭を上げるとそこには、憤怒に満ちた表情のバケモノがいた。「……終わりだ。外道ども……」 雁夜はバケモノの代わりにそうつぶやく。「バーサーカー。とどめを……」 そのときだった。 雁夜とバーサーカーにあらぬ方角から声がかけられた。「動くな! だ、旦那を放せ! コイツを殺すぞ!」 そこにはコトネと呼ばれた少女を抱え、みすぼらしい刃物を少女につきつける龍之介がいた。 それは恐らく苦し紛れの悪あがきだったのだろう。 よもやこの襲撃者に人質が有効だ、などとは思わなかったにちがいない。 しかし、それは思わぬ展開をもたらした。 いまにもキャスターを食いちぎり引き裂こうとしていた牙と爪はなりを潜め、雁夜の表情に苦渋が満ちる。 これには、龍之介も呆気にとられた。自分たちに襲いかかってきたのは、ウィンドブレーカーを目深に被り顔の半分が硬直した怪人と、豹のような獅子のような電撃を纏う怪物であったのに。よもやまさか、子どもを一人、人質にした程度で、その怪物どもが動きを止めるなどとは、想像だにしなかったのだ。「悪あがきをっ……!」 雁夜は苦々しげにそうつぶやいが。こうなってしまっては相手の出方を見るしかない。「コトネを離しなさい。人質なんてとって恥ずかしくないの!?」 凛は叫んだが、その言葉も空しい。龍之介とキャスターにとって、今やコトネは空から降ってきた、救いの糸だ。自分たちが逃げ出すまで、決して手放すことなどありえない。「まずは、旦那を離してくれないかなあ? 俺達が、ここを逃げ出したら解放してあげるからさあ……」 龍之介がそのナイフをコトネの首筋に当てながら言う。 余りにも刃とコトネの頸動脈の位置が近い。 如何なサーヴァントといえど、相手に先んじるには不可能な距離だ。「…………ちっ……」 バケモノは小さく舌打ちすると、キャスターを踏みつけていた脚をどけた。「おおおおおおおおおおおおお、リュウノスケぇええええええええええ!! 貴方という人はぁああああ!!」「旦那ぁ、大丈夫かい!? すぐにここから逃げようよ!!」 二人は、固く抱擁を交わし感涙にむせび泣く。 雁夜はその二人を苦渋の表情で睨みつけるが、残念なことに襲いかかる隙がない。 人質をこれ見よがしに盾としながら、キャスターどもは貯水槽の入り口までじわりじわりと歩を進める。「その子を放せ」 なんとか人質を奪い返し、仇敵を仕留めようとしている雁夜とバーサーカーに、龍之介はひとの悪い笑みを浮かべる。「あー。アンタたちさあ」 そう呟き、コトネの喉をナイフで切り裂いた。「人良すぎだよ」「――!?」 何が起きたのか理解できない。 この少女は、あのキャスターどもにとって、あらゆる犠牲を払って守らねばならないチェスのキングではないのか?「慌てない慌てない。この出血量だとさあ、一〇分ぐらいで死んじゃうかな? その間にさあ、医者に連れていけば助かるよ。つまり、俺達にかまってるヒマはないってわけ。解る? それじゃあね?」 ヒラヒラと手を振ると、コトネを放り出し、二人の狂人は脱兎のごとく逃げさっていった。「――!! バーサーカー、飛べるか!?」 極めて業腹で有るが、敵ながらうまい手だ。まだ息のあるコトネや桜を無視するわけにはいかない。こうなってしまっては、今はあの二人にかまっているヒマなどない。 コトネの首から溢れ出る鮮血を手のひらで押し留めながら、雁夜は叫ぶ。「ああ、ワシにかかればひとっ飛びよ」 そう頼もしく相棒はそう告げるとうなずく。向かう先は、冬木新都の聖堂教会。 あそこならば、聖杯戦争の隠蔽工作のスタッフや医療魔術の使い手が何人か詰めていることだろう。 そう。これは時間との戦いだった。今までずっと間に合わなかった雁夜にとって。そして、傍らに立つバケモノにとっても。