黒い巨体が坂の上から飛んだ。 文字通り、一瞬で飛来した。「下がっておれ、セイバーとそのマスター」 そういうが早いか、アーチャーの尻尾は剣針となり、バーサーカーの黒い巨体へと降り注ぐ。――闇に走る銀光。 アーチャーの体毛が変化し無数の針となって降り注ぐ。 ただの針ではない。一発一発が魔力に満ちた必殺の矢である。 高速で飛来するそれは、あえて言葉にするのならば絨毯爆撃だ。 しかし、「うそ? 効いてない?」 有り得ないことだった。 アーチャーの力は凛が一番良く知っている。間違いなく最強。バーサーカーがいかに狂化でステータスを底上げしていたとしても、アーチャーの攻撃を受けて無傷などということはありえないはずなのだ。 しかし、解き放たれた無数の剣針はバーサーカーの肉はおろか皮を裂くことさえ叶わずに地面へとはじき飛ばされる。 黒い巨人は、アーチャーの攻撃には、なんの痛痒を感じた様子もなくいともたやすく懐に潜り込むと、巨大な岩剣を叩きつけるように振るった。 それはあたかも竜巻のような剣撃であった。 一合振るうたびにアスファルトがえぐれ、電柱をなぎ倒しアーチャーの首を狙う。 その破壊の凄まじさは、あえて比べるものがあるとするのならば近代兵器の手加減抜きの集中運用であろうか。 しかし、それらの当たれば絶命を免れない暴風のような剣撃を、アーチャーは一歩も引かずにその尻尾で受け止めている。「ほほ、やるのぅ黒い奴」 いや、引かずに受け止めているだけではない。野獣の如きバーサーカーの連撃を巧みに受け流しつつ、その尻尾をバーサーカーへと叩きつける。 しかし、バーサーカーの躰には傷ひとつついた様子もなく、大剣でアーチャーを薙ぎ払う。「アーチャーっ!?」 ほぼAランクのステータスを誇るアーチャーがはじき飛ばされた。 なんという怪物だろうか? アーチャーの尻尾を物ともせずに戦い続けるあの屈強さ。間違いない。アレは何かしらの能力が付加された加護か、あるいは『法則』か? そうでなければ説明がつかない。 数十メートル弾き飛ばされたアーチャーに、トドメを刺そうとバーサーカーは突進する。 倒れているアーチャーに斧剣を叩きつけようとするバーサーカー。 しかし、白銀の旋風がその斧剣を受け止めていた。「セイバー?」 なぜ、この場にセイバーが居る? 疑問は氷解した。 振り返ると、そこには馬鹿な顔をした赤毛の少年が居た。 無理やり手を引くと、一気にまくし立てる。「なんであんたがここにいるのよ! こっちに来なさい」 そうして物陰に士郎を押し込める。「なに考えてるのよアンタっ! 逃げろって言ったでしょ! 聞こえなかったの? 衛宮くんは戦う手段がないんだからここにいるだけ邪魔な足手まといよ?」「い、いや、そんなに怒らなくても」「怒るに決まってるじゃない。今日一日は私はあなたの味方で、敵になるのは明日からだって言ったわよね? なら、ちゃんとあなたには生き延びてもらわないと困るのよっ!」「えっと、俺が死ぬとなんで遠坂が困るんだ?」 ……そう言われると困る。 これはルールだ。魔術師としての沽券の問題だ。 無関係な人間を巻き込まない。巻き込んだ場合は自分で責任を取る。それが魔術師遠坂凛が己に課したルールだなどと、こんなドシロウトに説教した所で理解されることはないだろう。 そう悶々としていると、「それに、遠坂とアーチャーは俺達のためにああして戦ってるんだろう? ならオレとセイバーが離れる訳にはいかないじゃないか。それに、もし立場が逆だったら遠坂は逃げるのか?」 身も蓋もない、それでいて反論しようもない正論を少年は吐いた。「そのとおりね。判ったわ。でも、これだけは覚えておいて。野垂れ死には自分もちよ?」「ああ、わかってる」 セイバーの加入により、戦況は変わったかに見えた。 しかし、圧倒的な力と速度。それに加えて巨体ゆえの間合い。 いかに高いステータスを有していたとしても、セイバーは少女、アーチャーにいたっては幼女である。 バーサーカーの嵐のような剣撃を受け止めるだけの力を二人は持っていない。 大地ごと叩き割るかのような岩剣の一撃に、セイバーが吹き飛ばされる。 バーサーカーの大剣を受け止めたものの、大きく体勢を崩し膝をつく。 その隙を見逃さずに嵐のように襲いかかる剣をアーチャーが尻尾で受け止める。二人で隙を補い合って、やっと互角の戦い。 絶え間なく繰り出される暴風雨のような攻撃。加えて、こちらの攻撃は、何らかの加護によって無効化されている。これでは勝負になどなりはしない。 一合ごとに削られる体力と、魔力。このままでは最悪二人とも脱落する。 そして、均衡が崩れた。 セイバーが岩剣をかわし損ね、弾き飛ばされたのだ。 なんとか、剣を杖がわりにして立ち上がろうとする少女。 しかし、全身に鮮血が溢れている。ひと目でわかる。もはや立ち上がることさえ不可能な傷。並の人間ならば致命傷だ。「いいわよ、バーサーカー。そいつ再生するから一撃で仕留めなさい」 不味い。セイバーが殺られる前になんとか手を打たないと……。そう考える凛の横から、「こ----のぉおおおおおおお………!!!!」 全力でかけ出した馬鹿が居た。「衛宮くんっ!?」 止める暇などありはしなかった。 おそらくはセイバーをバーサーカーから守ろうとしたのだろう。 その結果、バーサーカーの一撃を士郎は受けた。 腹から下が、抉り取られるような剣撃。 時間が止まった。 アーチャーもセイバーも、そしてイリヤスフィールも、目の前で起きた状況を理解できなかった。「ごふっ--」 肺に溜まっていた空気を士郎ははきだした。 完全に致命傷だ。「--なんで?」 銀髪の少女は信じられないものを見たかのようにつぶやく。「もういい、こんなのつまんない。今日のところはこれで終わりにしてあげる。リン、次会ったら殺すから」 そう言うと、バーサーカーを呼び戻し立ち去った。「…………あんた、なに考えてるの? そんなに死にたいのっ!!」 これ程酷い外傷に、治療魔術など気休めにしかならない。 死にかけている人間を蘇生させるなんて、芸当はこの遠坂凛にはできない。「アーチャーっ! 早く来て、コイツを治せる?」「我をアーチャーと呼ぶでない。まあ、造作も無い。少々魔力を回してもらうことになるが、良いかの?」「いいわ。好きなだけ持って行きなさい」 そう言いながら傷を見る。酷い。背骨だけが残っているが、内蔵という内臓がすべて吹き飛んでいる。 即死でないのが奇跡な部類だ。 しかし、おかしいのはそこではない。 内蔵が、ひとりでにズルズルアスファルトをつたい勝手に治り始めたのだ。「なに? これ? アンタがやってるの?」「いや、我はなにもしとらんぞ?」 おかしい。 仮説はいくつか立てられるが、そのどれもが、疑わしい。「ところで主よ」「なに?」「何やら聞こえぬか?」 聴覚を強化してみる。サイレンの音だ。 こんな路地で、アレだけ派手にやらかしたのだ。 数分以内にこの場所に公権力が来るだろう。「アンタはセイバーを運んで。私は衛宮くんを運ぶから」「了解じゃ、主よ」 そうして凛たちは衛宮邸へと士郎を運んだ。 目を覚ますと見慣れた部屋に居た。 しかし、いつもの目覚めと違うのは……三人の少女が怒りに満ちた顔で士郎をのぞき込んでいることだ。「おはよう、衛宮くん。勝手に上がらせてもらっているわね……」 三者が三者とも、今すぐにも爆発しそうな活火山のような顔をして。「あ、あの。遠坂さん……?」 セイバーもアーチャーも、いかにも怒ってます、という表情だ。「衛宮くん。正座して」「マスター。正座してください」「正座せい」 なぜこの三人がこんなに怒り狂っているのか?「――まて」 思い出した。なにをのんびりと寝っ転がっているのか。 セイバーを助けようとして失敗し、バーサーカーの一撃を食らったのだ。「うっ……」 途端に吐き気が押し寄せてくる。よく見ると腹部に包帯が巻かれて、全身に痛みが走る。「俺……あの怪物に……ばっさり殺られたんじゃ……」「思い出したかの? 自分がどれだけバカなことをしたのか。まさかサーヴァント同士の戦いに生身で突っ込んでくるなど、お主は本物の阿呆じゃな」「その通りです! マスター。貴方はなにを考えているのですか? マスターが死んでしまえばサーヴァントは現界できない。ゆえにマスターがサーヴァントをかばうなど言語道断です!」 二人のサーヴァントに凄まじい剣幕でまくし立てられる。「……遠坂っ」 と助け舟を期待して横目で遠坂を見る。 遠坂は、ふん、と鼻を鳴らしいじめっ子のような表情でこちらを覗き込む。「沢山の説教してもらいなさい。衛宮くん。それが貴方のためよ。もう一度あんなことしたら、今度は誰も貴方を助けようなんて思わないんだからね?」 その言葉を待ってましたとばかりに、二人のサーヴァントは口を開く。「大体じゃな、やられそうに見えたのは、我の演技じゃ!! 本当はあそこから我の華麗な逆転劇が始まる予定だったのじゃぞ!! それをお主が余計な真似をするから仕留め損なってしまったではないか!!」「その通りです。確かに戦局は不利でしたが、私にも決して勝算のない戦いではありませんでした!!」「我の宝具を使えば、あの程度の筋肉ダルマなぞチョチョイのちょいじゃ! それを余計な真似をしおってからに!!」「わ、私の宝具も捨てたものではありません! 確かにバーサーカーは強力な敵ですが、それでも宝具さえ使えれば決して遅れをとることなど……」 二人の美少女の剣幕にたじたじになる。「あ、あの……」「「黙って聞け」」「……はい」 僅かな反論も許そうとしないサーヴァント二人。 その二人を横目に遠坂は席を立つ。「と、遠坂ぁ」 一人にしないでくれと哀願する士郎。「衛宮くん。私は朝食の準備をしてくるわ。その間二人にしっかりとお説教してもらいなさい。それが貴方のためよ」 そうして後には正座して説教される衛宮士郎だけが残された。