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No.5049の一覧
[0] Fate/zero×spear of beast (Fate/zero×うしおととら)7/26[神速戦法](2014/07/26 18:17)
[1] Fate/zero×spear of beast 01[神速戦法](2009/05/12 02:03)
[2] Fate/zero×spear of beast 02[神速戦法](2008/12/05 08:58)
[3] Fate/zero×spear of beast 03[神速戦法](2008/12/05 08:59)
[4] Fate/zero×spear of beast 04[神速戦法](2008/12/07 21:31)
[5] Fate/zero×spear of beast 05[神速戦法](2009/01/07 01:17)
[6] Fate/zero×spear of beast 06[神速戦法](2008/12/10 00:52)
[7] Fate/zero×spear of beast 07[神速戦法](2008/12/20 16:32)
[8] Fate/zero×spear of beast 08[神速戦法](2008/12/20 16:31)
[9] Fate/zero×spear of beast 09[神速戦法](2008/12/20 16:29)
[10] Fate/zero×spear of beast  10[神速戦法](2009/02/16 00:20)
[11] Fate/zero×spear of beast  11[神速戦法](2009/02/16 00:26)
[12] Fate/zero×spear of beast  12[神速戦法](2009/09/16 19:35)
[13] Fate/zero×spear of beast  13[神速戦法](2009/09/16 19:34)
[14] Fate/zero×spear of beast  14[神速戦法](2009/09/16 19:38)
[15] Fate/zero×spear of beast  15[神速戦法](2010/10/21 22:45)
[16] 番外編--遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです(キャラ改変あり)[神速戦法](2011/04/26 00:14)
[17] Fate/zero×spear of beast 16[神速戦法](2011/04/26 00:15)
[18] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです2[神速戦法](2011/05/21 17:43)
[19] Fate/zero×spear of beast 17[神速戦法](2011/07/18 17:57)
[20] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです3[神速戦法](2011/08/18 21:08)
[21] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです4[神速戦法](2011/08/20 18:32)
[22] Fate/zero×spear of beast 18[神速戦法](2011/10/15 23:55)
[23] Fate/zero×spear of beast 19[神速戦法](2011/10/21 11:38)
[24] Fate/zero×spear of beast 20(リョナ表現注意)[神速戦法](2011/11/30 18:32)
[25] Fate/zero×spear of beast 21[神速戦法](2011/12/25 03:54)
[27] Fate/zero×spear of beast 22[神速戦法](2012/02/04 19:35)
[28] Fate/zero×spear of beast 23[神速戦法](2012/03/08 11:31)
[29] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです5[神速戦法](2012/03/10 08:33)
[30] Fate/zero×spear of beast 24[神速戦法](2012/03/29 12:19)
[32] Fate/zero×spear of beast 25[神速戦法](2012/06/03 23:47)
[33] Fate/zero×spear of beast 26[神速戦法](2013/03/31 10:41)
[34] Fate/zero×spear of beast 27[神速戦法](2013/06/15 03:48)
[35] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです6[神速戦法](2013/08/06 03:02)
[36] Fate/zero×spear of beast 28[神速戦法](2020/06/27 21:33)
[37] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです7[神速戦法](2014/07/26 18:17)
[38] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです8[神速戦法](2020/06/27 22:05)
[39] Fate/zero×spear of beast 29[神速戦法](2020/09/15 22:14)
[40] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです9[神速戦法](2020/07/05 14:58)
[41] 遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです10[神速戦法](2020/07/26 21:22)
[42] Fate/zero×spear of beast 30[神速戦法](2020/09/16 17:32)
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[5049] Fate/zero×spear of beast 19
Name: 神速戦法◆0a203bcd ID:6aee6c44 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/21 11:38




 言峰綺礼が遠坂時臣の書斎を訪れたのは、雁夜とサーヴァントが間桐邸を飛び出したのとほぼ同時刻だった。
「ほう、ついにキャスターを補足したか」
 弟子からの報告に時臣は満足そうにうなずいた。
「さすがに魔術師の英霊であって、“アサシンたち”であっても気取られること無く工房の中まで潜入するのは不可能です。よって、工房周囲にアサシンを展開し、監視下に置いています。また、キャスターは現在工房の中におらず、外部にて活動しています」
「ほう? キャスターが工房から外に出て活動していると?」
 それは聞き逃せない。情報であった。
「はい」
 防衛戦は最強でありながら、それ以外は最弱のクラスであるキャスターにとっての定跡は、穴熊であり、それ以外の戦略を取るということは、間違いなく自殺行為だ。
 しかし、その自殺行為をしているということは間違いなくそれに見合うだけの多大なリターンが存在するはずなのだ。その狙いが何なのか? アサシンのクラスならば、もうすでに掴んでいよう。
「綺礼くん。キャスターの目的は。当然掴んでいるのだろう?」
 時臣は今まで一度も口に出したことは無いが、この弟子に対する信頼には絶対的なものがあった。
 いかに旧知の友人の息子であったとはいえ、元はといえば敵対している組織は異端殺しの代行者。魔術師と敵対する組織の最前線にいた人間をよくここまで信頼する気になったものだと思う。
 それほどに、この綺礼という男は優秀で理想の弟子だった。
 いかなる苦行にも、いかなる試練にもこの弟子は耐え、そして常に師の期待に応えて来た。
 まるで、苦難を求めるように。いや、この言峰綺礼という男は、苦難こそが自分を成長させ、そして人間の魂を研ぎ澄まさせるということを知っているのだろう。
 そして今も献身的に自分に尽くしてくれている。
 この戦いが終わったとしたら、この弟子は派遣された聖堂教会へと戻るのだろう。しかし、この綺礼という青年を手放すのが惜しいと感じている自分に時臣は気付いていた。
 もしもかりに本人が望むのならば、凜の兄弟子として自分を支えてほしいと願い出るつもりである。教会の代行者を弟子として抱えるなどという
「それが、その…………」
 いつも寡黙に、献身的に自分に仕えてきた綺礼が物言わぬ貝のように押し黙るのは、珍しいことではない。
 しかし、このようになにか言いにくそうに口を閉ざし、そしてまた、なにかをこちらに伝えようとすることは初めてだった。
「なんだね? 遠慮せずに言いたまえ」
 報告しにくいほどに重大な案件であることは予想が付いた。
 しかし、それほどに厳しく重大な問題であるならば、それを受け止めるのは師である自分の責務だ。もしも、打ち明けてもらうことが出来ないのならば、それは、三年もの間、この弟子と共に居て信頼関係を築くことが出来なかった自分の責任だ。逃げることも糾弾することもしない。
 柔和に、しかし威厳を持って語りかける時臣に、綺礼は淡々と出来る限り感情を交えずに報告した。
「キャスターとそのマスターの二人は深山町はおろか、新都全域まで股にかけて就寝中の児童を誘拐して回っています。家族が目を覚ました場合は皆殺しにするという挙に出ているとの報告です。また、キャスターは人目に憚ることなくその魔術を行使し、一切の証拠の隠滅、魔術の秘匿を行っておらず、目下のところ聖堂教会のスタッフが対処に当たっています」
 とてもではないが、魔術師であるならば、看過できないようなことである。
「…………なぜ、そのようなことをする? そのキャスターのマスターは何者だ?」
 魔術師が人間を攫い、魔術の実験台にすること事態は珍しいことではない。しかし、術の痕跡を消さず、一切の秘匿を行わないなど、常の魔術師のすることではない。
「キャスターの召喚者は以前から似たような犯行を繰り返し行い続けていたような男で、正規の魔術師ではなくアサシンたちの報告を勘案しますと、巷で騒がれている冬木市の悪魔、連続殺人犯ではないかと」
「……なぜ、そのような男が聖杯に選ばれたのか……」
 独白のような時臣の問い。平静を装いつつも、心中は穏やかではない。
「キャスターは一番最後に召喚されましたゆえに、過去に存在した数合わせということではないでしょうか?」
「なるほど。ありえる話だ。過去、魔術の資質も素養も無い一般人が選ばれたということは無いわけではない。それで、そのキャスターとマスターの素性の手掛かりは?」
「マスターは雨竜龍之介と、キャスターは青髭と名乗っています。キャスターの真名はその行動と言動から察するに、ジル・ド・レェ伯で間違いないかと…………」
「それで、キャスターとマスターの目的は? それだけの生け贄を集める以上、大掛かりの儀礼魔術を行うつもりなのだろう?」
 未熟なマスターが、人間の魂をサーヴァントの供物にするというのは、珍しいことではない。しかし、それにしては誘拐した人間の数が多すぎる。
「……それが、理解しがたいことなのですが、その二人。集めた児童をなんの儀式に使うわけでもなく、ただ、自身の享楽のために殺しているようなのです。むしろ、聖杯戦争は二の次で、殺すことそのものが目的であると断じざるを得ません」
 苦渋に満ちた沈黙が部屋を包んだ。
 最強のサーヴァントを召喚し、これ以降はもう消化試合でしかなかったはずが。これほど常軌を逸した案件が迷い込んでこようとは
 しかし、悪い報告はこれで終わらなかった。
「……それと、非常に言いにくいことなのですが……」
「なんだね? 遠慮せずに言いたまえ」
 内にある動揺を、優雅さと余裕で塗り固めた表情で覆い隠し、弟子にうながす。この綺礼という完璧なる弟子の報告を聞くことに、躊躇いを与えている己が未熟を恥じながら。
 やがて意を決したように綺礼は口を開く。重々しい扉が引き攣った音を立てて動き出すように。
「………………その、拉致された児童の中に…………御息女がいらっしゃる様なのです」
「―――――――なんだと? 凜がっ!?」
 声を荒げていることさえ忘れ、時臣は叫んでいた。
 何のためにあの娘を、禅城の家に預けていたのか、いや、それ以前に、禅城の家を見張っていたアサシンは一体何をしていたのか。そう問い詰めようとする時臣に、綺礼は更に言いにくそうに続ける。
「いえ。そちらの御息女ではなく、間桐の家にいらっしゃるほうの桜さんが……」
「――――――――――――――――――――――――」
 その綺礼の報告に、時臣の顔が苦渋に満ちる。
 なぜ、この弟子がここまで言いよどんでいたのか理解した。
 間桐邸を定期的に観察しているアサシンは居た。しかし、桜が自分の娘であることまでは知らない。責めるわけにはいかない。
 そもそも、あの娘はもうすでに遠坂の管理下ではない。
 間桐の家にて、間桐の魔術師になるべく訓練を受けている。それはつまり、魔導の世界においては、断絶を意味する。どれだけ想いが募ろうが、そんなものはあの娘たちにも自分にも足枷でしかない。そんなことはわかりきっていることなのだ。判り切っていると言うのに。
「間桐のご老体は何をしているのだっ!?」
 常に余裕を持って優雅たれという家訓から、程遠い物言いであることを理解しつつも、そう言わざるを得なかった。
 魔導の素養が枯渇しかかっている間桐にとって、桜はありとあらゆる犠牲を払ってでも護らなければならない至宝であるはずなのだ。
「……それが、聖杯戦争が開始し、全てのサーヴァントが召喚されてから、間桐臓硯の姿は確認されていないとの報告です。これはアサシンの情報を勘案した上での私個人の感想ですが、恐らくは召喚したサーヴァントに弑逆された可能性が高いかと――」
 唇をきつく噛み締める。
 あの男が、あの落伍者が、あの強力なサーヴァントを御せるとはとても思えない。間桐の怪老とはいえ、サーヴァントに不意を衝かれてはひとたまりも無いだろう。
 私情と魔術師としての理を秤に賭ける。
 キャスターを放置しておくことは魔術師の遠坂時臣としても看過できない。
 聖杯戦争以前に冬木のセカンドオーナーとして、魔術を秘匿せずに行使する外道を放っておくこと事態がそもそも論外だ。
 そう自分に言い聞かせながら状況を整理し策を練る。
 この状況を打破する方法は一つしかない。いかに最弱のクラスのキャスターとはいえ、サーヴァントに対抗するにはこちらの最高戦力を投入せざるを得ない。 相手はサーヴァントとそのマスター。クラスはキャスターであり、このアーチャーならば、一方的に鏖殺可能だろう。マスターは猟奇殺人犯とは言えただの人間。戦力としては考慮する価値さえない。
 聖杯戦争の敵を討つ。魔導の道から外れた鬼畜をセカンドオーナとして処理する。
 どちらも理は通っている。
「綺礼君。キャスターの根城の位置はつかめているのだろう?」
「はい」
「王の中の王に出陣を促す。同行してくれるね」
 そうして時臣は綺礼を真正面から見据え――
「――」
 言葉にならならなかった。
 今見たものは見間違いであろう。そう言い聞かせて時臣は踵を返した。
 きっと気のせいのはずなのだ。あの献身と克己に満ちた理想の弟子が、よもや、このような師の苦境に際して――っているなど。
 そんなことあるはずが無いのだ。





 アーチャーは遠坂邸の思いもよらぬところに居た。
 即ち、綺礼の部屋だ。
「時臣よ。貴様は(オレ)を愚弄するつもりではあるまいな?」
 綺礼のキャビネットから酒瓶を取り出して勝手に飲みあさっているサーヴァントに、キャスターを補足したゆえ出陣するように進言する時臣に、呆れ返ったかのような声でそう応えた。
「ライダーのあのけしからぬ放言を覚えて居よう? 王を僭称する下郎ではあるが、しかし、その言には一理ある。あの侮蔑を受けて姿を現さぬ鼠など、(オレ)が狩り落とす獅子には値わぬ。まさか(オレ)に鼠を狩れと進言するつもりではあるまいな?」
 アーチャーのサーヴァントとしての自覚など一切無い放言の数々を浴びせられながら、それでも時臣は不快な顔を一つせずに再度説得を試みる。
「しかし、王よ。あのキャスターめを放置しておけば、この戦いに致命的な影響を与えることになりかねません。どうかご決断を……」
「くどい」
 時臣の説得をアーチャーは、きっぱりと斬って捨てた。
「鼠を捕るのは貴様ら召使の仕事であろう? 下がれ」
 そう一蹴すると、綺礼の部屋の酒をグラスに注ぎ直し、一気に呷る。
 もう、これ以上、時臣に付き合うつもりが無いということは見て取れた。
 一礼し退出する師父を見送った後、綺礼はアーチャーに向き直る。
「綺礼、貴様は下がらぬのか?」
「ここはもともと私の部屋だ」
 そう毅然と言い返す。いかに、伝説となった英雄王とはいえ、所詮は師の時臣に仕える存在。それならば自分と同じ時臣の配下として、無暗に恐れる必要も、へりくだりおもねる必要も無い。
 そもそもが、である。
 このアーチャーは、無断で人の部屋に居座って酒をかっくらっているくせに、悪びれる気配も無い。
 飲んでいるのはル・モンラッシェの75年物。白ワインの最高峰だ。緻密な風味と味わいが特徴的なワインである。
 あの酒の真価を知っているものならば、目をむいて怒り狂い、追い出しているところなのだろう。しかし、綺礼の奇癖により収集した逸品ではあるが、本人自体には、それほどの愛着があるわけではない。いかに、どれだけ芳醇な風味であろうが、通人の舌を蕩かそうが、綺礼の心を満たしてくれるものではない以上、所詮は値段が高いだけの液体でしかない。
「さて、貴様ならば知っていよう? 時臣が何を隠して(オレ)にあのようなことを言い出したのか。話すが良い」
 ワイングラスを手で玩び、照明にかざしながらアーチャーは綺礼を見据える。
「なに?」
「時臣が(オレ)に隠していることがあるであろう? それを話せといっておるのだ」
 その言葉は少なからず綺礼を驚かせた。師父である時臣は、おくびにも私情をはさめず、ただ出陣を促したようにしか見えなかった。しかし、この英雄王はその魔術師の奥底に潜む懊悩を、目ざとく見つけたようだ。
「どうなのだ?」
 師父の私情の内実を同じ下僕に全て話すことなど、本来はあるまじきことなのだろう。しかし、この人心を惑わす魔力に満ちた赤い瞳を前に隠し事などできる人間など居るわけがない。それは、この感情が碌に働いていない綺礼であっても例外ではなかったようだ。
 いや、そうではない。このサーヴァントが、師父の胸中を知ったときに、どう反応するのかが知りたかったのだ。
 いくら傍若無人な男とはいえ、遠坂家の特殊な事情を知り、時臣の胸中を斟酌すれば重い腰を上げるかもしれない、そう期待してのことだと綺礼は思うことにした。
 アーチャーはわずかに口の端を歪めて笑った。
「なるほど、事情は判った。(オレ)が現界していられるのも時臣の魔力あってのこと。臣下の身命を賭しての願いであれば聞き入れぬわけにはいかぬな。つまらぬ男だとは思っていたが、なかなかどうして見所があった。これだから人間というものは度し難い」
 もってまわったアーチャーの言い回しに辟易しながらも、綺礼は促す。
「ならば、手遅れにならないうちにキャスターのを狩りに行くがよい。居場所は未音川を遡った先にある貯水槽だ。」
「なぜだ?」
 心底意外そうにアーチャーは混ぜ返す。
「貴様は先ほど師父の願いならば聞き入れぬわけには行かないといったばかりではないか」
「勘違いするなよ、綺礼とやら。確かに臣下の願いを聞いてやるのはやぶさかではないが、それは忠臣の身命を賭した魂の慟哭だけだ。時臣のアレでは(オレ)を動かすにはもの足りぬ。時臣の義理立てを加味しても、我に鼠を追い回す道化をさせるほどのものではない。気付いておらぬのか、綺礼よ?」
「なにがだ?」
「時臣めには、(オレ)に言うことを聞かせる方法が無いわけではないということをだ」
「――」
 言葉に詰まる。
「そういうことだ。(オレ)に桜とかいう小娘を救出させたいのならば、時臣が手の甲に後生大事に仕舞い込んでいる魔力の塊を一画使えばよい。
 (オレ)も忠実な臣下のたっての願いであるならば、無碍に断ることはせぬ。小煩い諫言であったとしても、それを元に誅罰を与えるような真似をするのは王ではない。令呪だかなんだか知らぬが所詮はただの高密度な魔力の塊でしかない。それを使いもせぬ願いを(オレ)が聞き入れる理由がどこにある。
 要するに、時臣にとっては、その桜とかいう小娘よりも右手にある下らぬ痣のほうが大事というわけだ。
 もしも、その様な道理さえも頭の中から抜け落ちてしまうほど桜とかいう小娘のことを想うあまりに狼狽し、(オレ)の前で五体投地でもしたというのならば話は別だがな。
 全く魔術師というものは何を考えておるのであろうな? 自分の娘を助けようとするときですら、下らぬ小理屈をこねて、算盤を弾くのだから」
 一部の反論の隙もない。
 時臣が令呪の使用を拒んでいる真の理由をここで告げるわけにもいかない。それを差し引いたとしても、アーチャーの指摘は致命的なものがある。魔術師として聖杯を求めることと、父親の情というものが両立しないというそれだけのことを、酷薄に斬って捨てる。
「さて、(オレ)が聞きたいことは全て聞いた。用が済んだら去るが良い」
――ここは私の部屋だ
 とは言っても無駄そうであるので、綺礼は口をつぐんだ。
「それにしても、時臣は哀れであるな。このような不義理者を弟子に持って」
 揶揄するような視線が綺礼に掛けられる。
「なに?」
「まったく、主人の苦境の何が面白いというのか。不実な弟子も居たものだ」
「何の話をしている?」
 そう怪訝そうに問い糾す綺礼を、アーチャーは呆けたような顔で眺めたあと、誰に憚るでもない高笑いを上げた。奇跡のような美貌を下品にゆがめ、悶える様な仕草でつばを飛ばしながら。
「――なにが可笑しい」
「気付いておらぬのか――ハッ――これまた奇矯な道化も居たものだっ!! これだから、いつの世も人間というのは面白いな――」
 そうしてアーチャーは、ひとしきり哄笑を上げた後、垂らした涎を手で拭いながら陰惨な笑みを浮かべ、こう囁いた。
「鏡を見てみるが良い、綺礼よ。今の貴様は、いやおそらく、師である時臣が魔術師と父の情を天秤にかけたそのときから――」
 耳を閉ざしたかった。
 それは綺礼が直視しないようにしてきたものだった。
 他人に今まで見抜かれることが無く、自分さえも欺き続けていた核心だ。
「――貴様は笑っているぞ。綺礼よ」
 口元に手を当てる。
 僅かに。しかし間違いなく、口元が釣り上がっている。
 血の気が引く。
 こんなはずはない。
 こんなことがあるはずが無い。
「さて、理解したか? ならばとく去ね。綺礼とやら。(オレ)は不忠者を好まぬ」
 アーチャーの言葉を最後まで聞かずに、綺礼は踵を返した。
 いや、正確には部屋を飛び出した。
 何処に行けばいいのかなど判らない。
 ただひたすら走った。
 これまでに感じたことの無い羞恥と、空虚さが全身に広がる。
 この身体を満たす温かなものがあるというのならば、熱というものがあるというのならば、誰でもいい。それを教えてほしい。回答がほしい。
 ありとあらゆるものをなげうってもよい。
 何でも良い。ほんのわずかでいい。他人が感じているもののほんのわずかでいいのだ。
 この世のどこかにあるはずだと信じて、それでも報われることの無かった渇望。
 もしも、この世のどこかに自分が愛せるものがあるとするのならば、それを自分は全存在を賭けて守ろうとするだろう。この世全てを引き換えにしても、いや、この世の全てを敵に回しても。
 ずっとそう思ってきたのだ。
 だというのに、それが、こんなにも皮肉な形で報われるなどあってはならない。
 このような結論などあってよいわけがない。
 涙を流していた。
 なんの涙かは解らない。
 ただ恐怖だけがあった。
 そして綺礼は祈りをささげた。
 何度捧げたか解らない祈りだ。
 綺礼にとって祈りとは哀願だった。
 この地獄に終わりが来るようにと。
 いずれ世界から与えられる解答が、魂が震えるほどに美しいものであるようにと。
 













 児童たちが再び眼を覚ましたそこは、暗闇であった。
 生臭いほどに濃密な血と腐敗した肉の臭気が、未熟な呼吸器を圧迫し息苦しさを覚え、それでも母親を呼び泣き叫ぶ子供達の中に、間桐桜は居た。
 床に滴り落ちた鮮血はもうすでに血餅となり、足を動かすたびに、ねちゃりねちゃりと不快な音を立てる、
 ただ一人だけ、桜だけが涙を流していなかった。声を上げて涙を流したところで、誰も助けに来ないということを熟知していたからだ。
 あの日から、どれだけ助けを待っても、救出の手が差し伸べられたことなど無い。なんと滑稽なのだろう。呼んでもこないのならば、ただ、押し黙るしかない。そんな簡単なことがなぜこの子たちには判らないのだろうか?
 ただ、希望を捨ててしまえば楽になれる。
 それだけのことなのだ。
 勝手に信じて、勝手に期待して、勝手に裏切られる。
 死ぬ前に、そんな独り相撲をするつもりなど、桜には無かった。
 そして、一人、また一人と悟り始める。助けを呼ぶために大声で泣き叫ぶのを止めて、自己憐憫への小さいすすり泣きに変わるのだ。
 だというのに、一人だけ、名前を呼ぶのを止めない物分りの悪い娘がいた。
 まるで、あの人みたいに物分りの悪い娘だった。
「……りんちゃん……りんちゃん……」
 自分よりも強い人には逆らってはいけない。
 助けを期待するだけ無駄なのだということを、まだわからないのだろうか?
 そういう桜自身も、自分を嘲笑う。自分もそのことに気付くのに、蟲倉で三日も悶えていたのだから。
 従順に、そして叫び声さえもあげないことが唯一の対処法だということをなぜ判らないのだろうか。
「…………やだよぉ…………りんちゃん…………たすけてよぉ…………りんちゃん」
 ただ、ひたすら、その娘が呼んでいる名前が妙に癇に障る。
 黒々とした感情が全身に広がる。
「……こわいよぉ……りんちゃん……たすけて……」
 その名前を呼ぶのを止めさせたかった。
 だから、口を開いた。
「あなた、こわいの?」
 そうして、泣いているその娘の頬を白い手で桜は挟み、そっと抱きかかえた。
 桜に抱きかかえられていた少女は、その後も当分泣き続けていたが、ようやく少しばかり落ち着いたのか、あごを引いて肯いた。
「……ぅん」
 普段はとても愛らしいであろう相貌を涙と鼻水と涎でくしゃくしゃに歪めながら、その少女はうなずく。
「こわいことなんてないよ」
 この少女が何を恐れているのか、桜には理解できなかった。
「だれもたすけにこなくたって平気だよ」
 あの二人はただ、苦しめて殺すだけだ。
 生殺しを延々と続けて、飽きたら他の人間を殺すだけだ。
 無限に続く責め苦を続けることなど出来はしない。
 それならば何も恐れることはない。
「死ぬだけだよ。いたいだけ」
 そう少女に言い聞かせる。
「……………いたいのはいやだよ」
 過呼吸気味だった少女の息は大分落ち着いていた。
 もう、あの名前を呼ぶことはない。しかし、それでも震えは治まっていない。
 桜には思い当たることがあった。未知への恐怖だ。
 間桐の屋敷に連れられて、初めて蟲蔵に投げ落とされるときには、自分もこんな風に震えていたのだろう。
「だいじょうぶ、すぐになれるから」
 それならば、ならば恐れることなど何も無い。
 自分のような弱虫でも耐えることが出来たのだ。
 きっとこの娘も耐えることが出来るだろう。
 ことが始まったのならば、泣き叫ぶのだろう。自分と同じように。
 しかし、桜はこの少女が羨ましかった。
 自分が蟲蔵に放り込まれたときは、一人きりだった。
 泣き喚いてもその泣き声を聞いてくれる人間さえも、自分には居なかったのだから。












  更新が予告より一週間ほど送れて申し訳ございません。次回はリョナ表現が満載になる予定ですので苦手な人はお気をつけて。


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