金色の英雄王の憤怒は、決して生来の癇性によるものでだけではない。 バケモノの言葉が、金色の王の急所をしたたかにに衝いていたからだ。 いかな栄華を誇った王も、常勝不敗を旨とした武将も、最強の称号を欲しいままにした英傑も、この世を統べる無常の理の前には塵芥と等しいものだと。 永遠を生きることのできる人間など、この世には存在しないのだと。 この世全ての知恵を集め、魔導の秘術の限りを尽くし、冥府に魂を売ったところで、永遠を叶える人間はこの世にはいない。 もしもかりに、それを叶えられる存在がいるとしたら、それもうは人間ではありえない。 それがこの、この世のすべてを我が物と信じて疑わない英雄王であっても。 人間である限り、永遠であり続けることはできない。 そのことを理解しているものは、この場には誰も居ない。 沸きたつ怒りにその身をゆだねている、英雄王本人でさえも。「目障りな狗めが」 もはや口を開くのも煩わしいというように、言葉少なく吐き捨てる。 空間が波紋を広げ、途轍もない数の宝剣と宝槍。目視でその数はざっと五十を超える。それらすべての刀身が、冷たい水のように月光を反射して、主の号令を待っていた。 どれ一つとして凡将などいない。 全てが世界に記録された英雄であり、その数だけ忘れられることのない伝説があり、色褪せることのない武勲に彩られている。 救国の将軍。龍殺しの英傑。乱世の奸雄。暴虐者の首切り刀。深淵の怪物。 それらの武具が、全てバーサーカーの方向へと向けられて、主人の号令を待っていた。「……ありえない」 誰かがうめくように呟いた。 それは、宝具の数について向けられたつぶやきだろうか。 それとも、その強力さについてであったろうか。 瞬きの音さえ、聞こえるほどの静寂。 不意に王の宣告が夜の闇に下った。「とく消えよ」 その冷然とした一言とともに、全ての武器がバーサーカー目掛けて疾走する。 この現場にいるマスターと、サーヴァントの全てが確信した。この戦いはこの瞬間に決着をみると。 いかにバーサーカーのスペックが桁外れであっても、この規格外な宝具の物量を前にしては、鏖殺されるのは必定だ。一撃でも直撃を許せば、致命傷を免れることの出来ない魔力に満ちている。 音速にも昇る宝具の雨。 爆撃音と魔力の奔流が静寂を粉砕し、倉庫街にいくつものクレーターを作り出して地形を塗り替える。 アスファルトに隠されていた土砂が、大量に巻き上げられて視界という視界を覆い尽くした。 いかなるサーヴァントであっても、どんなステータスのサーヴァントであったとしても、この爆撃を全てを避けることなど不可能。 ゆえにバーサーカーの脱落は、規定事項なはずだったのだ。 有り得ないことだった。 驚愕以外の感情を、眺めている誰しもが持たなかった。 粉塵に遮られた視界の中で、そのバケモノは己へと殺到する死の流星を、その太い腕で弾き飛ばし、刀剣のような爪で打ち返し、猛獣の口で噛み砕き、肉食獣の脚で避けて躱し、必殺のはずの宝具を全て打ち払っていた。 そればかりか、隙あらばアーチャーの喉笛を噛み千切らんと、猫科の猛獣特有の、前掲の構えを見せて、距離を推し量っている。 宝具をあたかも無尽蔵のように使う攻め手も、その攻撃を野獣のように弾き返す受け手も、ともに尋常ではない。 先程のセイバーとランサーの戦法とは全く対照的な、闘争本能と物量の激突である。 瞬殺を確信していたアーチャーの表情に、憤怒以外のものが、わずかばかり浮かぶ。 しかし、それは刹那の事。わずかに混入した驚愕の色は、罠にかかった獲物を嘲笑する喜悦に塗りつぶされた。 あり得ぬことだった。 バーサーカーの分厚い胸筋から、ぬるりと赤黒い血に濡れた刃が生えていた。 一本ではない。七本の宝具が、バーサーカーの身体を貫いている。「……………………………おっ?」 誰の目からも、明らかな致命傷であると知れる負傷だ。 バーサーカーの牙の間から鮮紅色の液体が吐き出される。 一体いかなる魔力を秘めた武具であったろうか。地面に無造作に打ち払われた宝剣のいくつかが、人手によらず宙に浮き、バーサーカーの背後から襲いかかったのだ。 攻防の均衡がそれで崩れた。 大量の魔力を帯びた宝具に貫かれたとあっては、もうバーサーカーの脱落は間違いない。 かかるうえは、捨て身の突貫を用い、せめて相打ちを試みようとするバーサーカーを、アーチャーは汚らわしいものを見るかのように一瞥し、「消えよ。醜悪なる妖」 まばゆい閃光とともに、アーチャーの無数の宝具がバーサーカーの特攻を無慈悲に撃ち落とした。 無数の宝具を雨あられのように浴びせられた大地は、アスファルトをはぎ取られ、地形を変え、あたかも近代の面制圧兵器を手加減抜きに大量使用したような有様だ。 鼓膜が聞き取れる量を遥かに超えた大音響が、倉庫街に響き渡る。 大量の宝具によって、大地に縫いとめられたバーサーカーは、魔力が解れ、姿が霊体化し、断末魔の悲鳴とともにその存在が聖杯へとくべられる……………………そのはずであったのだ。いかにこの世の理から外れたサーヴァントであっても、無敵を誇った英霊であったとしても、それが摂理であり、戦場の掟だ。 よもやまさか、濛々と吹きわたる粉塵の中から、大地に縫いとめられたバーサーカーが、突き刺さった数多の宝剣を無造作に引き抜いて、その朱色の体躯を起こすなど、この眼で見てもそうやすやすと信じられる者はいなかった。 バーサーカーは健在だった。大量の宝具に千切られた手脚が、ずるりずるりと地面を擦りながら巻き戻されたフィルムのように復元し、鮮血に彩られた長身を気にかけた様子もない。 今までと異なるのは喜悦に染まった表情だ。爪にこびりついて固まった血を、ピンク色の舌で、ぬらりぬらりと舐めとりながら、狂暴な捕食者の笑みを浮かべている。「……やるじゃねえか。弱っちい人間のワリには」 たとえ耐久値が桁外れで、再生能力を持っているサーヴァントであろうとも、あり得ぬ現象だ。 不死属性の宝具か、保有スキルの効果でなくては。この目の前に起こっている現実は、説明がつかない。 この世全ての不遜を切り取って形にしたかのようなアーチャーですら、その異様な現象ゆえに初歩的な戦術を見誤った。 バーサーカーの消滅を確信していたのだろう。 殺したはずの相手が立ちあがったのならば、戦場では王も匪賊も関係なく、間髪入れずに止めを刺し、再度墓穴に叩きこむのが当然の行動である。 宝具の投擲による追撃を、バーサーカーが立ちあがってから、丁度、呼吸三つ分中断するという隙を見せてしまった。 当然その隙を見逃すバケモノではない。 風さえのけぞり返るような勢いで、疾駆すると一気に間合いを詰めて、金色のアーチャーの喉元を狙う。 アーチャーは紅蓮に瞳を燃やし、即座に宝具投擲にて迎撃を試みた。 しかし、バーサーカーは止まらない。バネ仕掛けの人形が跳ね上がるように、森の木々を縫い跳び回る山猫のように、必殺の宝具群をすり抜ける。すり抜けられぬ宝具はそのまま避けずに喰らいながら前進した。逞しい腕が、カモシカのような脚が引き裂かれ、大地に零れ落ちても、このバケモノは停止しない。 バーサーカーとアーチャーの距離は僅か三間。バーサーカーの脚力ならば、踏み込めば刹那の距離だ。 当然、様子見などに徹するバケモノではない。 相手の戦力を推し量る様子もなく、狂乱の戦士が獲物にそうするように、頭から襲い掛かる。 たとえいかな宝具を投げつけられようと、際限なく続く無限の宝具であろうが、バーサーカーの牙が甲冑ごとアーチャーを噛み砕くのが先を行く間合いだ。 その様子を見るのが速いか、アーチャーは戦略を変更した。 アーチャーの手元の空間が揺れる。 その手には大鎌が握られていた。 宝具の投擲でバーサーカーの動きを絞り、その手に握った宝具でバーサーカーの首を刈る。これがアーチャーの戦術だった。屈折延命の不死殺し。不死系スキルを無効化する怪異滅殺の蛇狩りの鎌。これで首を落とされれば、いかなる不死身のサーヴァントであっても絶命は免れないだろう。 急加速して突っ込んだバーサーカーは、自ら首を落とされに来た罪人も同然だ。 黄金の王の不死殺しの刃が、バーサーカーの首を目掛けて振り下ろされる。 避けようのないはずのない一撃。たとえそれがサーヴァントであっても。決して避けようのない一撃だ。ただの人間のサーヴァントには。 一体何度めの驚愕であったことか。そのバーサーカーの首が、絶命の刃を躱しつつ、大蛇のように伸びて敵の顔面を狙うなど一体誰が想像し得ようか? 双方の罠、異形の戦法。 時間が凍り、そしてバーサーカーの身体が弾き跳ぶ。 交錯の雌雄を決したのは全くの偶然だった。 アーチャーが無意識のうちに放った、巨大な戦鎚がバーサーカーの胸板を打ち抜いたのだ。 もしかりに、宝剣や宝槍のような質量の小さい宝具であったのなら、どちらかの攻撃が先に致命傷を与えていただろう。 大地に叩きつけられたバーサーカーを、アーチャーは紅蓮の瞳で一瞥した後、「なるほど。犬は犬でも山狗か……」 憎悪だけに支配されていた口調に、わずかながらにその口元に浮かぶ表情が緩む。笑みというよりはもっと別なものに支配された表情だ。 頭部から一筋の赤い糸が、アーチャーの端麗な美貌を彩る。 先程のバーサーカーの特攻が、頭部の皮を霞めたのだ。 金色のサーヴァントの相貌が、今までの殺意とはまた別のものに塗り替えられる。「そうか……ならば、山狗にふさわしい死にかたをくれてやろう」 そう玲瓏な声で口にした瞬間、アーチャーの視線が遥か彼方のあらぬ方向へと向けられる。 鷹の目で見据えるのは深山の住宅地。己がマスターを憤懣やるかたない眼でにらんでいた。 口の中で、いくつか誰に聞こえるでもない会話を繰り返した後、「時臣め。これほどの怒りを我に抑えよとは。忠臣面をしていても、案外厚顔の徒であったな」 そう誰ともなく吐き捨てた。 瞳には依然と憤怒は燃えていたが、もうこれ以上この場での戦いを続けるつもりがなかったのだろう。「命拾いしたな、雑種ども。精々喰い合って数を減らしておくがいい」 文字通り見下しながら言う。 その言葉とともに、空間に展開された無数の宝具が鳴りをひそめ、音もなく虚空へと消えた。「……それと山狗。貴様は必ず我が殺す。二度とこの世に迷い出てくることの無いようにな」 そう言い放つと街灯の上の踵を返す。 鎧の輝きが減じたかと思えば、その姿が周囲を威圧するオーラとともに消失する。 実体化を解いてマスターのもとに帰還したのだろう。後には、闇だけが音もなく残っていた。 セイバーは、凛とした表情とは裏腹に戦慄していた。 バーサーカーとアーチャー二人の、常の法を超えた激突にである。 聖杯戦争を勝ち進めば、いずれ間違いなくぶつかる相手だ。 宝具を湯水のように使い捨てる金色の王も、異形の戦法を見せたバーサーカーも、つい先ほどまで相対していた槍兵も、悠然と佇む征服王も、安易な敵は誰一人としていない。 己が腕にある最強の聖剣が使えるならば、遅れを取るつもりなど僅かばかりもない。 しかし、それはランサーとの戦いで左指の傷を負う前の話だ。宝具を使えないというハンデは、あの怪物たちを前にしてはあまりにも大きすぎる。 アーチャーに天空から地面へと撃ち落とされたバーサーカーが、音もなくむくりと起き上がる。並のサーヴァントならば致命傷になるはずの一撃をまともに食らっておきながら、何事もなかったかのように。全身の体毛は自身から出た血液と埃で汚れきっていたが、当の本人は、何の痛痒もなかったかのようにかつて標的のいた場所を、射るような眼光でにらみつけていた。 それからなにかに気がついたように、周囲をブンブンと見渡すと、なにやら倉庫街の隅に打ち捨てられているボロ布をぶらんと持ち上げる。よく見ると、宝具射出の巻き添えを食らって吹き跳び、気絶している自分のマスターのようだ。マスターとサーヴァントは似たものが召喚されるというが、豪気なサーヴァントの割にはどうにも釣り合いがとれていない。 残された四頭の猛獣の中で、静寂を破ったのはランサーだった・「……名残惜しいが、我が主からの命令だ。今夜はここで引かせてもらう」 この英霊の外見には似合わない、苦渋に満ちた声色だった。 真意を測りかねるセイバーに、槍の英霊は続ける。「我が誇りに掛けて、貴様を討ち果たすのはこのディルムッドだ。今宵はこれまでだが、ゆめどこの誰とも判らぬ者にその首くれてやるなよ」 気の遠くなるほどの美貌のくせに、生真面目極まりない表情でセイバーを見据える。 その言葉と態度があまりにも抜き身でありながら、騎士の誇りに満ちたものであったので、剣の英霊の口にも笑みがこぼれる。「ええ、結着はいずれまた……」 その言葉を聴くが早いか槍兵も実体化を解き姿を消した。 潮の風と夜を照らす星の光。 全く気持ちの良い敵であった。かつて、多くの合戦を駆け抜けた剣の英霊は知っていた。 良い敵と言うのは、優秀な味方以上に得難いものであるということを。 そう考えると、残った二人に対する視線は必然的に冷やかなものになる。くるりと残された二人を振り返ると、とてつもなく手厳しい声を向ける。「結局、貴公らはなにをしに出てきたのだ? 再度、我らの決着を邪魔立てしたら、そのときは貴公らとの結着から先につける。なんならば、今この場でも構わぬぞ」 その糾弾に征服王は首を鳴らしながら、「よせよせ、そう気張るでない。その方らは、余を相手にするには消耗しすぎておる。余は勝利を盗み取るような真似はせぬ。セイバーよ、まず貴様はランサーとの因縁を清算しておけ。では、さらば!!」 そう言うが早いか、ライダーは轅を返し、雷を撒き散らしながら走り去っていった。 雷の音が遠くなっていくのを確認してから、セイバーは残った一体に向き直る。「貴公はどうする? この場で私と結着をつけるか?」 本心を言えば、このバーサーカーと戦うのは望ましくはない。あのアーチャーの宝具群を前に一歩も引かず渡り合ったこの英霊を過小評価するほど、セイバーは愚かではない。 しかし、それはバーサーカーが無傷であった場合だ。アーチャーの宝具投擲をその身に喰らっておきながら、何の消耗もないはずがない。もしもそんな不条理が存在するというのならば、それこそ化物だ。決してセイバーが一方的に不利なわけではない。バーサーカーでありながら理性を失っていないこの英霊ならば、今自分と戦って負傷するよりも、出直した方がお互いに良いと計算するだろう。もし、ここで二人が咬み合ったところで他のサーヴァントに利するだけだということは判り切っている。 案の定、小さな舌打ちが聞こえたかと思うと、バーサーカーの身体が綿毛のように宙に浮かんだ。 恐らくは本拠地へと帰還するのだろう。 意識のないマスターを脇に抱え、南西の方角へとゆっくりと飛んで行った。 後にはセイバーとアイリスフィール、波の音だけが残されていた。 ステータスが更新されました。CLASS バーサーカーマスター 間桐雁夜真名 ??性別 不明属性 混沌・中庸筋力B+ 耐久A++ 敏捷A++ 魔力B 幸運B 宝具??クラス別能力狂化:E-筋力をごくわずかに上昇させる。しかし、代償として記憶の一部を消失している。保有スキル対魔力:E-極めて弱い抗魔力。おまじない程度の呪いならば防ぐことが可能。諱の隠蔽:-真名を隠蔽し、看破されにくくなるスキル。しかし、真名を隠蔽してからの方が有名な英傑の場合、意味はない。妖怪変化:A+妖怪が使用可能な透過、飛行、変化、憑依等の能力をBランクで常時使用可能。しかし、ペナルティとして、破邪・聖属性の武器や魔術、結界に対して二〇〇%の追加ダメージを負う。不死:A死という概念に対する耐性。しかし、破邪・聖属性の武器や魔術、埋葬儀式に対しては適応されにくい。高ランクになればなるほど、致命傷を受けても死ににくくなる。また、死亡したとしても、節理として長い時間をかけて蘇生することもある。悠久の知恵:D極めて長い期間生きたとされる英雄に、ごく稀に発言するスキル。生前獲得した知恵や知識、技術を、“思い出す”ことによって使用可能。狂化スキルの影響で、ランクダウンしている。追記 というわけで遅くなって申し訳ございませんでした。ロリ白面の番外編の続きが早く出来てしまいそうな感じで……。全く申し訳ないです。誤字訂正しました。