それはふとした一言だった。 ライダーのしつこい勧誘を、鬱陶しそうに袖にした何気ない言葉。「だいたいわしは、よわっちい人間とはちがうのよ。火もはけねえ、姿も消せねえ、ちょっこっと小突いただけでくたばっちまうようなくだんね~人間と、なんで慣れ合わなきゃなんね~んだよ?」 しかし、それはくだらない茶番を、瞬間的に険呑な戦場へと引き戻した。「ほお、つまりアレか? 貴様は余の力に不満があると、そう言いたいわけだな?」 その声が本質的に変わったことに気がついたのは、やはり百戦錬磨のサーヴァント達だった。 セイバーとランサーはお互いの得物を確かめる様に握り返し、バーサーカーはライダーを威嚇するように指を鳴らし刀剣のような爪を伸ばした。「ふふん、ならば是非もない。余の力を貴様に示すだけのこと。我が車輪で蹂躙されたうえで改めて我が臣となるか、それとも朽ち果てるか貴様自身が決めるがよい」――ぶちのめして、そのうえで無理矢理家臣として加える。 傲岸不遜としか形容できない、ライダーの言いようにバケモノは心底おかしそうに笑った。 マスターたる雁夜や、あの無機質な少女が見たことのない捕食者の笑顔だ。「いいぜぇ、てめえ」 ピンク色の舌を剣山のような牙の間からぬらりと出し、そう応じた。「小難しいことをベラベラいわないぶんだけ、そういう分かりやすいのは大好きよ」 バケモノの全身が落雷を放つ前の積乱雲のように帯電し、四方に閃光を放つ。「けれど、ワシにそういうバカなケンカを売ったやつはみんなこういうのよ」 それに呼応するように、ライダーの神牛も隆々とした筋肉をうねらせて蹄を虚空に擦りつけ、大気が稲妻とともに抗議の声を上げた。「ほほーぅ? そりゃおもしろい。聞かせてもらおう」 揶揄するような口調であるが、わずかにこわいものが混じっていた。先程までの放言にはなかったものである。 そのライダーの声を、バーサーカーは哄笑とともに応じた。「やめときゃよかったってなぁ」 その言とともに、魔力の入り混じった稲妻を滾らせる。 たまらないのはマスター達だ。サーヴァントの後ろに隠れているとはいえ、こんなふざけた戦場のど真ん中に何の因果か布陣して、ついさっきまで漁夫の利を狙おうとしていたのに、こんな降って湧いたギャンブルに、自分の命さえ含めた全ての掛け金をつぎこまなくてはならない状況は、雁夜とウェイバー二人の理性をあっさり超えて、令呪を使うという、マスターとしての基本的な思考さえ頭蓋の外に出るほどにうろたえていた。「やめろっバカ。ふざけんな」「バカバカバカっ!! お前らのいってることとやってること、どれも全部メチャメチャだ」 とくに雁夜は自分の戦闘能力と状況を、正確に把握していた。 自分の体調はほんの少々持ち直しているとはいえ、所詮は即席の魔術師で、半死人のありさまだ。 サーヴァント同士の戦いであのバケモノの足を引っ張ることになるだろうし、魔術師同士の戦いであったとしても互角に渡り合うなど夢物語だろう。 ゆえに全ての戦闘に姿を現さず、使い魔の『見蟲』を差し向けて状況を把握するという算段だった。 マンホールの蓋をこじ開けて下水道の中にでも潜み、戦闘はすべてバーサーカーに任せようという心づもりであったのだが……。 よもやまさか、ここまで己がサーヴァントがおバカだったとは、想像の範囲と理解の限度を超えていた。「や―――やめろ! バカ、おぉ、おまえ。マスターのめいれっ、やめろ!! こんなところで無駄な力使うんじゃないっ!! このバカっ!! なに考えてんだ!! 考え直せ!! ふざけんなぁ!!」 勝利へ繋がるか細い糸を、なんとか手繰りよせようとしているのに、なんかダメダメである。色々な意味で。「そうだっ、らっいだぁああああ、よせっ、やめろ。せめてっ、ぼっぼっぼっ僕を戦車から降ろしてからに……」 こっちもダメダメだった。あらゆる意味で。 そんなマスター達の体たらくを、まるで見えないもののように無視し、二頭の猛獣は交錯して、倉庫街に金色の光が満ちた。 渦巻く稲妻。人妖と征服王の錯綜。 二つの青白い雷が水平に地表を駆け抜けてお互いの喉笛を噛み千切ろうと衝突する刹那、両者とも疾走を止め、強引に軌道を捻じらせて独楽が跳ねまわる様にスピンし、コンクリートの地面をえぐりながら急停止した。 なにが起きたのかと思いを巡らす閑もあればこそ、ライダーとバーサーカーの激突したであろう地点を、金色の流星が着弾しクレーターを作り出す。 吹きあがる土埃と粉塵と化したアスファルトが視界を遮る中、雁夜は身をよじらせるように振り返った。 煙が晴れる。 眩しい。 暗がりに慣れた右目に多大な負荷を与えるような黄金の光が、雁夜の遥か上にあった。 他のサーヴァントと、地上に並び立つことを良しとしないためであろうか? 金色の輝きは、安定した地表より一〇mほどの高さの街灯頂上にあえて不安定な現界を果たした。 整い過ぎた相貌。溶岩のように輝く双眸。金色に輝く甲冑とその偉容。口元に浮かぶのは、侮蔑と傲慢さだ。「我(オレ)を差し置いて、“王” を称する不埒な賊が、よもや二人も湧くとはな」陶器のような唇をゆがめて不愉快げに放言する。不意打ちにも等しい所業をしておきながら、その表情に悪びれるなどまるで見られない。その甲冑姿から、クラスはキャスターではないだろう。残されたクラスはアーチャーのみだ。肌が泡立つ。雁夜は地べたを這いまわるような姿勢でその姿を捕えた。――時臣のサーヴァント見紛うはずもない。かつて時臣邸で、アサシンを一瞬のうちに屠り去った英雄だ。大地に残した傷跡の規模から察するに、今の一撃はどう考えても宝具でなくては有り得ない。自分の虎の子である宝具を開帳しておきながら、相手を仕留め切れなかったという悔恨や惜癪の色は皆無だ。雁夜が召喚したバーサーカーとは全く違う金色に身を包んだアーチャーは、冷酷に、そして無慈悲に足元のサーヴァントとマスターたちを見下ろすと、「しかし、一人はどこの馬の骨とも判らぬ雑兵に手傷を負い、もう一人は犬と戯れる。いかに有象無象の雑種とはいえ、仮にも“王” を僭称する程度には名を馳せた猛者であろうに、嘆かわしいにもほどがあるな」アーチャーは侮蔑の見本としか言いようのない物言いを、さらりと言い捨てる。 この物言いに、剣の英霊たるセイバーは唖然とし、ランサーは鼻白み、ライダーはいかつい掌で顎鬚を玩んだ。 ようするにこの場にいる人間すべてが毒気を抜かれてしまったのだ。 それでもなんとか気を取り直した人間がいた。ライダーである。「難癖をつけられてもなぁ? イスカンダルたる余は、世界に知れ渡る征服王にほかならぬのだが?」「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下に我(オレ)ただ独り。あとは有象無象の雑種にすぎん」 あまりにも度を超えた放言でありながら、それを超える自尊心と傲慢さがその言に説得力を与えている。 ライダーの度量をもってしても、アーチャーの高慢さは手に余るものであったらしい。二、三、考えるような仕草をしたのち、溜息をついてから口を開く。「そこまで言うんなら、まずは名乗りを……」そうライダーの混ぜ返す声に、バーサーカーの笑い声が混じる。「くかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか」 可笑しくて可笑しくてたまらないという笑い声だ。 この倉庫街に集まった中で、唯一アーチャーの存在感と物言いにのまれていない。 バーサーカーは、アーチャーを指さして、笑いながら転げまわっていた。「ヒトのケンカに横槍入れて、なにを抜かすかと思えば、“王様”だぁッ!? “雑種”だぁ!? バッカじゃねえのっッ、オメェ?」 その笑い声が、よもや自分に向けられたものだとは気がつかなかったのだろう。 数瞬遅れて、アーチャーの艶やかな美貌に青筋が浮かぶ。「…………………………………………度し難いほどに不愉快だ、時臣。おまえはこんな獣(ケダモノ)の戯言を聞かせるために、我(オレ)をこの時代へと喚んだのか?」 アーチャーはここにいないマスターに、憤怒の念話を送る。 今にも噴火する前の活火山に表情があったら、こんな相貌をするかもしれない。「誰に許しを得てこのオレに話しかけている? 犬の分際で、人語を解すだけならまだしも、我(オレ)に、数々の無礼な物言い…………」「うるせぇんだ、バカ!!!! 座なんかで寝ぼけた人間が、ドタマまで腐らせやがって!! 王様だかオレサマだか知らねえが、結局ぁ、空も飛べねえし、なんかあったらすぐにおっちんじまう、一〇〇年も生きられねえ人間だろうが? それを偉ッそうに」 なにかが盛大に切れる音がした。 アーチャーの顔色は赤を通り越して青味を益し、眉間の縦皺が剥き出しの殺意に漲る。 怒りのあまり、爛々と燃える両眼をバーサーカーに向けた。「…………………………………………愚か者めが。犬の分際でその不敬、万死程度で償えると思うなよ。もはや塵一つ残さぬぞ!」 アーチャー周囲の揺らぎ、ゆっくりと空間に波紋が広がり、燦然と輝く無数の刃が出現していた。 剣、槍、刀、鎚、斧、ありとあらゆる武具が、豪奢にして壮麗な装飾と、常識では考えられない魔力に満ちていた。 その全ての武具が、バーサーカーへと向けられている。この時点で、バーサーカーとアーチャーの対決は不可避となった。