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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 第K話 失意
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/25 20:01

私の持つPDAはゲームマスター用の特別製だ。
もう1人のマスターの持つPDAのバッテリーの大容量化とは異なり、こちらには最初から幾つかのソフトウェアがインストールされていた。
但し今回の様に他のプレイヤーに持たれた場合を考慮して、最初は表面に出ていない。
ある特定の操作を行なう事でこれを使用可能にする事が出来るのだ。
私のPDAは今回のゲームマスターが経験不足なのもあって、サブマスターにも係わらずほぼ全てのソフトウェアが最初から導入されていた。
もちろんそれはショーを面白くする為のものであり、プレイヤー間に混乱を齎す筈の機能である。
そうは言ってもバッテリーは従来のPDAと同じである為、調子に乗って使用すれば長くは保たないだろう。

だが今回用意された私のPDAは戦闘禁止が解除された6時間経過後間もなく、あるプレイヤーに持っていかれてしまう。
そのプレイヤーは私のPDAを一切使用せず、大事に取っていた様である。
私が先ほど首輪を外す為に受け取った時、バッテリーはほぼ満充電状態だったのだ。
今首輪の外れていないプレイヤーは4人。
その内1人は同じくほぼ満充電状態である9番のPDAに導入された「進入禁止エリアへの侵入が可能となる」ソフトウェアで以って、その命を繋ごうとしている。
残りは3人なのだが、私のPDAに入っている同じソフトウェアで助けられるのは当然1人だけである。

助けたい人が居た。
弱い癖に頑固で、臆病な癖に大胆で、誰も信じていないと言う癖に他人に背中を預けてしまう人。
何故彼がそこまでするのか疑問だった。
何故そこまで出来るのか不思議だった。
ただ彼は自分を裏切れなかっただけ。
どんなに周りが醜くても、どんなに彼を苛んでも、彼は自分を失わないだけ。
彼は言う。
生き延びろ、と。
だから生きて欲しかった。
皆を助けようとする彼を。
皆を救って来た彼を。

だけど今このPDAの機能を知れば彼はこれを誰に使うだろう?
他の2人のどちらかになる可能性は高い。
なら時間ギリギリにこれを押し付ければ良い?
それも上手く出来る自信が無い。
しかしこの機能は有用に使われるべきものだ。
残り少ない希望なのだ。

今彼は、同じく首輪を着けたままの少年と共に部屋を出て行った。
1つの言付けを私に託して。
何をしようというのだろう?
本当に説教でもするのだろうか?
もう時間は30分を切っている。
急がないと大変な事になるだろう。
やはり私では上手い手は考え付かない様だ。
それでも彼ならば何か考え付くだろうか?
このPDAは彼に託すのが最良の気がする。
だから渡してしまおう。
そして出来れば、彼に使って欲しかった。

一縷の望みを託す為に、私は立ち上がった。
奥の木箱の上に座っていた私は小走りで部屋の扉に進む。
他の人が何か声を掛けて来るが、私は急いでいたので無言でドアノブを掴み、そのままノブを回して引き開けた。
ドアは軽い力で開き、部屋の中と同様な薄暗い埃塗れの廊下が視界に入る。
開いた扉から出た廊下の向こうには2人の男性が居た。
通路の中側寄りに居る青年が私の求めていた人だ。
何か2人の様子が、と言うか格好がおかしい。
まるで彼が隣の人に拳銃を突き付けられているかの様な感じである。
疑問には思ったが、彼に早くこの事実を知らせなければ成らない。
そんな時彼の口から彼らしい言葉が紡がれた。

「良いか?御剣。お前達は生き残れ。
 生き延びて、皆でそれぞれの場所に帰って、ハッピーエンドを掴み取るんだっ!」

そうです、その通りです。
だから貴方も一緒に生きて帰りましょう。
私が掴んでいたドアノブから手を放し一歩進んだ時、それは起こった。

    ガァァン

鼓膜を震わせる音がした次の瞬間、私の求めていた人が後方の壁へと叩きつけられて行く。
そんな光景を、私はただ見ている事しか出来なかった。





第K話 失意

    経過時間 71:43



銃声を聞きつけたのか、私が開いたままにしていた扉から何人かの人が飛び出して来た。

「早鞍ーっ!!」

小柄な動き易い服装をした少女が、壁に叩きつけられた後崩れ落ちていく彼に駆け寄っていく。
私はふら付く様に何歩か彼等に近付いた。

「早鞍っ、しっかりしろっ!死ぬなよ、なあっ、嘘だろっ?!」

崩れ落ちて行く彼の身体にしがみ付いて、涙を流して彼を揺さぶろうとしている。
しかし彼の身体は彼女の力では大きくは動かなかった。
それでも必死に成って彼の意識を保たせようと声を掛けているのだ。
しかし彼の瞳はもう何も見えていない様子である。
死期が近付いているのだろうか?
死ぬ?
彼が死ぬの?
何故?
頭の中をぐるぐると取りとめも無く思考がループする。
そんな時、小さなとても小さな声がかりんちゃんの声に紛れて聞こえた。

「……生き、延びろ…」

その言葉を最後に彼の身体から力が抜けていく。
それから数秒後。
耳障りないつもの警告音が幾つかのPDAから鳴り響いた。

    ピー ピー ピー

多分それは、プレイヤーカウンターが初めて生存者数の更新を行なった音なのだろう。
たった1人の死亡者のカウントを。

    カタンッ

電子音が鳴り始めたとほぼ同時に、総一くんの手から彼を撃った拳銃が零れ落ちる。
その音を聞いた彼の身体にしがみ付いていた少女が涙を拭わないまま絶叫した。

「御剣ぃィィっ!!」

怨念で人が殺せたならば彼女のその恨みで彼を殺せただろうか?
心の底から響くような、そんな声だった。
けれど武器を持たない彼女には御剣は殺せない。
そして彼女の声もまた別の音で遮られた。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事にクイーンのPDAの持ち主を殺し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

「なっ、何だってっ?!!」

当の音声が流れている首輪を着けた者が真っ先に驚きの声を上げる。
その彼の首輪にあるインジケーターは間違いなく緑色のランプを点滅させていた。

「嘘っ!」「何で?!」「総一君、貴方っ?!」

「そんな馬鹿な話があるかっ!咲実さんはまだ生きているんだぞっ?!」

周りでも思い思いに疑問の声が上がる。
それに総一くんの絶叫も重なった。
そう、嘘だ!
そんな事は有り得ない。
だってクイーンのPDAは保有者である姫萩咲実自身が叩き壊したのだ。
此処に居る大半の者が、それを目の前で見届けている。
確かにエースの解除条件はクイーンの初期配布者ではなく、現在クイーンのPDAを持つ者を殺せば条件を満たす筈だ。
しかしそのPDAそのものが無いのに条件を満たせる筈が無い。

「御剣っ!何で貴方がそれを持っているの?!」

「えっ?」

「その銃よっ!」

先ほど総一くんが手から落とした銃を拾い上げながら、麗佳さんが興奮気味に叫ぶ。

「これ麻酔銃よ?と言うより、麻酔弾を装填していた銃なのよっ!
 ほらこれ、グリップに緑のラインが入っている奴。
 私の荷物に入っていた筈なのに…」

麻酔銃?
何でそんなものが?
何故そんなもので彼を撃ったの?

「いや、それは早鞍さんが持てって言ったもので…」

「戦闘禁止エリアに居る時に、矢幡の荷物を外原が漁っていたな?!」

総一くんの言い訳に高山さんが答えを出した。
彼が、彼自身が態々総一くんに銃を持たせた?
そしてその言葉に、私は「それ」に気付いた。
咲実さんはPDAを叩き壊した時、事前にそれが自分のPDAだと確認していた?
彼が手渡した後、ちょっとだけ画面を見ただけでは無かったか?
あの確認した画面は本当に待機画面だったの?
疑問が浮かび上がるが、それ以外にも麗佳さんが気付いてくれた事で望みが出て来た。
その事実が私の停滞していた思考を動かし始める。
急がなければ成らない。
彼の言葉を実行しなければ。

『御剣と姫萩の首輪が外れる時が来たら、即座に外してくれ』

流石に彼のこの言葉は半信半疑だった。
如何に彼と言えども、この2人の首輪を同時に外すのは無理だと思っていた。
クイーンのPDAが壊れたと思った時点で諦めていたのだ。
でも今なら可能な筈である。
そうで無ければ今の事態は発生しないのだから。

「総一くんっ!早く首輪を外してっ!早くっ!!」

時間との勝負になる。
人間は死んで5分以上経つと脳細胞が死に始めると聞いた事があるから、早くしないといけない。
もう大切な人を失いたく無かった。
突然の私の剣幕に我に返ったのか、総一くんは首輪を外し始めてくれる。
PDAを差し込むと先ほどと同じような音と声がそれぞれ流れて、首輪は2つに割れ外れたのだ。
それを見届けるとすぐに彼の身体へと向かった。

「かりんちゃん、どいてっ。早くしないとっ!」

「………渚さん?」

「早くっ!」

「あ、うん…」

涙の跡も拭かずに放心しているかりんちゃんを急かす。
のろのろとだが退いてくれたので、彼の身体の傍にしゃがみ込みその身体を探った。
多分左半身の何処かのポケットに入っている筈だ。
彼はあの時「それ」を左手で受け取ったのだから。
そして彼のジーパンの左前ポケットに1台の壊れていないPDAが入っているのを見付けた。
急いで画面を確認する。
やはり、在った。
目的の物を見付けたので、すぐにその身体から数歩離れて叫ぶ様に彼等を呼んだ。

「高山さんっ!耶七くんっ!彼を、彼をお願いしますっ!!」

切羽詰っていた。
何としても助けたかった。
もう死んでいるのだとしても諦めたくなかったのだ。
鉛玉では無く麻酔弾だったお陰か、左胸の傷の出血も少ない。
もしかしたら、と希望が芽生えた。
私の言葉に急いで彼等は駆け付けてくれる。
後は彼等に任せよう。
例え無理なのだとしても、望みは繋げていたかった。

彼のポケットから取り出したPDAを持って、咲実さんの前まで進む。
残りはまだ10分以上残っているが、早く外してしまう方が良い。
彼女は総一くんの隣で、彼を肉体的にも精神的にも支えていた。

「咲実さん。首輪を、外して下さい」

言ってから、両手で1台のPDAを差し出した。
そのPDAの待機画面に描かれていたのは、トランプの<ハートのQ>である。
PDAの画面を見た咲実さんは驚いて私に問い詰めて来た。

「えっ?!何で…私のが此処に?
 壊した筈なのに、何でっ?!」

「考えてみれば判りますよ。
 2、4、5、6、そしてキングは、麗佳さんの首輪を外す為に壊しています」

「ええ、そうね」

麗佳さんを見て言った私に、彼女は頷きを返してくれる。

「そして残りのPDAですが、エースは総一くんが、7は高山さんが、8は麗佳さんが、
 9は耶七くんが、10は手塚さんが、ジャックは私が、そしてクイーンは此処にあります。
 JOKERは高山さんが壊しています。残りは何でしょうか?」

「3番?!」

麗佳さんの叫び声が上がる。
その答えの通り、あの時咲実さんが壊したのは多分彼のPDAだったのだろう。
もう彼は首輪を外す気なんて、無かったのだ。
だからあの時咲実さんがPDAを壊すだろうと判った時点で、自分のPDAを差し出して壊れるのを見届けた。
どんな気分だったのだろうか?
そしてそんな後なのに彼は動じる事無く、今まで通りの行動を取り続けたのだ。
しかし麗佳さんの言葉に咲実さんが反論をした。

「でもっ、私の壊したPDAには確かに首輪探知のソフトウェアが入っていました!
 あれが入っているのは私のPDAだけですっ!外原さんもそう仰っていましたっ!!」

「いや、それは、ないっ」

「高山さん?!」

「首輪探知、ならっ、俺が拾った、ボックスを、こいつに、渡して、おいた」

彼の心肺復帰を試みながら、私たちに答えてくれる。
高山さんの言葉に私を含めて全員が驚いた。
咲実さんの言葉が真実ならば、彼女が確認したのは待機画面では無く機能の画面だったのだろう。
そして機能には首輪探知が有り、あの数時間前に彼女のPDAにしか首輪探知が無い旨は彼の口から伝えられていた。
つまり彼はこの事すら予想していたと言う事なのだろうか?
彼女があの場面でPDAを壊すかも知れない事を。
しかしそのお陰で咲実さんは決心し、総一くんは頑張る様に成り、その上で今此処にPDAが残ったのだ。
だから今は疑問よりも早く彼女を解放しないといけない。

「さあ、咲実さん。首輪を外して下さい。総一くんと一緒に生きるんですよね?」

未だに伸ばした私の両手の先にはPDAが摘まれている。
咲実さんはそれをゆっくりと受け取った。

「さあ」

更に促す。
咲実さんはまだ首輪が外れていないのに、ポロポロと涙を零し始めた。

「はい。…有難う御座います」

礼を述べてから、そのPDAを首筋のコネクタへと接続する。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に2日と23時間の経過まで生存し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

音声と共にインジケーターが緑色に点滅した数秒後、首輪は2つに割れ落ちた。
これで彼の小さな、そしてとても大事なお願いは果たされたのである。

外れましたよ、早鞍さん。
貴方のお陰で皆さん無事です。
だから、戻って来て下さい。
遠くから彼の身体を見つめる。
止まった心肺を復帰させる為、高山さんと耶七くんが一生懸命に努力していた。
時々幾つものスタンガンを使う事による電気ショックも加えている。
何も出来ない事がもどかしかった。
あれからもう5分が過ぎそうである。
早く、早くしないと。
焦る私の心が通じたのだろうか?
彼の身体がビクンッと不自然な感じで大きく震えた。

    ゴフッ ゴボッ

彼の口から少量の吐瀉物が噴き出る。
何も映していなかったその瞳は、薄っすらとだが意思の光が宿り始めていた。

「早鞍っ!!」

その彼の様子に放心していたかりんちゃんが真っ先に声を掛けた。
身体を揺すって意識を繋ぎ止めようと必死に成っている。
此処が正念場である。
高山さんも頬を伝う汗を拭う事無く、作業を継続していた。

「………みつ、ぎ……く…わ……」

掠れた途切れ途切れの小さな声が、その口から漏れる。
目は焦点が合っていないまま何かを言おうとしているのだ。

「ああ、大丈夫だ!御剣も姫萩も、首輪外れたよっ!
 もう大丈夫だからっ!だから戻って来いよっ!!」

かりんちゃんは必死になって縋り付き声を掛ける。

「陸島!覚醒剤か興奮剤か、何でも良い、何か無いか?麻酔が効いて身体機能が低下して来ている!」

「でもこの状態でそんなの…」

「このまま眠ったら、そのまま心身も落ちるぞっ!安定するまで起こしておく必要がある!」

「~~~、判ったわ」

苦渋の表情で文香さんは決断し、痛む身体を庇いつつ部屋の中へと走って行った。
3分程度で何かのケースを持って出て来る。
そのケースから注射用の本体と針を取り出して接合した後、慎重に中の空気を抜いてから彼の腕の動脈に針を刺した。
彼女が注射器を押し込むと、徐々に内容液が注ぎ込まれていく。

「ふぅ、これで良し!」

彼の腕から針を抜いた文香さんが一息をつく。
暫くすると薬の効果とかりんちゃんの必死の声掛けもあり、ギリギリで命を保っていた彼の瞳に光が戻って来た。

「うぅ、ぐ。此処、は?」

「早鞍っ!良かったっ!!」

「かりん?はぁっ、づぅ。今、何時間だ?」

「71時間49分。後10分ね」

彼の言葉にすぐに答えたのは麗佳さんだった。
その返答に彼の顔が歪む。

「10分か。ふぅ、皆、出来るだけ、俺から、離れろ。
 セキュリティの、攻撃に、巻き込まれ、るなんて、洒落に、成らんだろ。
 後は俺が、1時間、逃げ切る、だけだっ」

時々朦朧と意識が消え掛けながら、彼は息も絶え絶えに訴えた。

「早鞍さん…」

総一くんの呟きが聞こえる。
他の皆は早鞍さんの言葉に絶句していた。
しかし彼の言う通りなのだ。
このままでは彼の首輪は72時間経過と同時に作動してセキュリティシステムに狙われる。
だが彼の言うセキュリティシステムから逃げ切る事は、はっきり言って不可能だ。
今までにも1時間逃げ切れば良いと何名かが挑戦したらしいが、成功した例は皆無だった。
それを果たす事など死に掛けの彼が出来る筈も無い。
首輪が作動すれば、彼の命は確実に失われるだろう。
だが、それは許さない。
絶対に彼の命を奪わせたりなんかしない。

「皆さん、保管してあるもの及び今外れたものを含む全ての首輪を集めて下さい!
 お願いします。時間が無いんですっ!」

私の要請に皆が即座に動いてくれた。
現存する首輪は彼の荷物の中の2つと先ほど外れた私の首輪が1つに総一くんと咲実さんのもの。
合計は5つだが、この他に手塚さんの首輪を外す為に途中で5つ作動させた事は聞いている。
更に文香さんの秘密部屋でセキュリティシステムの実験に1つ使用した。
これで11個で、残りは早鞍さんと耶七くんの着けているもので13個であり、数は間違いない。

「手塚さん、この5つを遠くで破壊して下さい。ソフトウェアの有効範囲に入って、誤作動を起こされると迷惑ですから」

「ん?おう、やって良いってんなら、やるぜ?」

「宜しくお願いします」

破壊活動ならこの人に任せた方が良いだろう。
丁度手持ち無沙汰で暇そうですし。
手塚さんは高山さんの荷物から幾つかの物を取り出して、首輪の破壊に向かってくれた。
これで残る首輪は2つで、1つは9のPDAで守られている。
残りの1つは…。

「早鞍さん、皆さんを避難させる必要なんてありません」

壁に寄り掛かって蹲る彼の前に座り、静かに語り掛ける。
そして私のPDAをあのソフトウェアを起動した状態で、力の入っていないその両手にしっかりと持たせた。

「私のPDAにもあの機能が入っています。貴方が守り通したこのPDAのバッテリーはほぼ一杯です。
 充分に、1時間以上保ちます。だから、貴方は助かるんです」

ずっと我慢して来ました。
だけどそれももう無理です。
私は溢れ出て来る涙を、止められなかった。

「生き延びて、下さい。お願いします」

涙で声が掠れた。
やっと私は救う事が出来る。
今まで騙して、裏切って、殺す事しか出来なかった私が、初めて誰かを助ける事が出来るのだ。
その思いを胸に言葉を紡ぎながら、私は彼に抱きついたのだった。





第K話 帰還「PDAを5台以上収集する。手段は問わない」

    経過時間 72:00



    ピー ピー ピー

    「6階が進入禁止になりました!」

俺の持つJのPDAの画面には、とうとう館内全域が進入禁止エリアになった事を告げる文面が載っていた。
身体の中では麻酔薬と覚醒系の麻薬が鎬を削っており、眠くなったり覚醒したりする所為で頭がグラングランしている。
とは言え、俺を生き返らせる為に尽力してくれた皆を責めるつもりは毛頭無い。
それよりもこんな事をした俺の方が責められるかと思ったのだが、皆涙を流して喜ぶだけで責められる事は無かった。
有り難い事だと思う。
そして喜ばしいとも思う。
他人が生きている事に喜べる事が。
それをお互いに分かち合える事が。
そして嬉しかった。
俺も色んな意味で「帰って」来れたんだという事に。

見ていたPDAを胸ポケットに戻す。
その時カサリと音がした。
何かと思い見てみると、この「ゲーム」の最初の頃から持ち歩いているルール表があった。
それには1つの丸い穴が空いており、殆どの部分が赤黒く染まっている。
4つ折にされたものを開こうとしても、付着した液体が固まった所為か開く事が出来なかった。
多分開いても内容を読む事は出来ないだろうが。
思えばこれにも随分と助けられた。
情報交換という序盤で重要な役割を、この1枚で果たせたのだ。
この薄い紙で銃弾の勢いを弱めたとも思えないが、その空いた穴が「俺は命の恩人だぞ」と紙が主張している様にも見えた。
下らない擬人化を振り払って、その紙を胸ポケットに戻す。
感傷かも知れないが、これがあると安心感が湧いたのだった。



現在周りの皆は幾つかのグループに分かれて話をしたり、飲み物を飲んだりしている。
俺が生き返ってから皆が元の大部屋に戻っていた。
戻った直後に俺は御剣達にまず事情を聞いてみる。
俺を撃つ前の理由付けに対しても余りにも順調な物分かりの良さに疑問が有ったのだ。
理由は簡単だった。
結局『ゲーム』と同じ様に文香が御剣と姫萩へと真相を話していたと言う事だ。
この説明で文香が「エース」の工作員である事が皆に知れ渡る。
葉月は知っていた様であるが、渚や麗佳達はこれに驚いていた。

「お前は、知っていたんだよなぁ?」

文香の真相を聞いた時の俺の反応からだろうか、手塚が俺だけに聞こえる小さな声で問い掛けて来た。
彼だけは無線機での「エース」主導の「組織」への襲撃の話を聞いているから構わないだろう。
手塚の言葉に小さく頷いて返しておく。

「成程ねぇ。だからあいつ等の拘束に、あの女の名前が出たのか」

拘束、と言うのは俺が階段ホールで撃たれた後の事だろう。
そう言えば無意識に文香の名前も出している。
適任者を出していたら当たっただけだったのだが、疑問に思われていたとは迂闊だった。
手塚の疑問はそれで終わった様だ。
追求が無いのは助かるが、思ったよりもあっさりと納得したものである。
そして周囲もこの状況なので、文香の話は一旦置いて貰えた様だった。
もう1つ、何故長沢が居るのかと言う事なのだが、これには彼等も良く判っていないらしい。
長沢も気付いたら薄暗いがそれなりに綺麗な部屋に閉じ込められて居り、8時間前くらいに部屋の鍵が外れて外に出られたとの事だった。

「あ~っ!館内全ロック解除です~。
 早鞍さんがぜ~んぶ解除しちゃったから~、彼の保管部屋のものも解除しちゃったんですよ~」

だから渚はあの時止めたのか?
この渚の言葉には文香達の方が驚いて、何か俺達に言いたそうだったので先に答えておく。

「御剣、一応言っておく。
 渚と耶七はこの「ゲーム」を主催した「組織」側の人間だ。ゲームマスターって存在らしい」

「何だってーっ!」

御剣達が驚くよりも前にかりんが驚きの声を発した。
あれ、言ってなかったっけ?
そう言えば都合が悪いから説明を飛ばして居たのを思い出した。
宙を遠い目で見ながら思い出している俺を、麗佳が半眼で見ながら恨みがましく言って来る。

「私も初耳ですよ、早鞍さん?」

「…そういやお前等、戦闘禁止エリアで寝てたっけ。優希も聞いてないよな~」

「ね~。…何で教えてくれないかな~?」

「あはは、済まん済まん。作戦会議時に言うのを忘れてた」

上目遣いで頬を膨らませて睨んで来る優希の頭を撫でながら、かりんと麗佳にも謝っておいた。
忘れてた訳では無くわざと言わなかったのだが、これを言うと無駄な労力を割かれそうだったからである。
頭も身体もだるいので余計な事はしたくないのだ。
そしてそれを話すと言う事は「組織」との取引も話す必要が出る可能性が高い。
これを73時間以内に話しては「観客」に知られてしまうので、拙い事に成るのだ。
「組織」もプレイヤーが全員集まる此処以外映す場所が無いから、誤魔化す事も出来ないだろう。
まだ、俺達の「ゲーム」が続いている事を、少なくとも俺だけは忘れてはいけない。
政財界の大物がカジノ船だけに居るとは限らないのだ。
パソコンなどで見ている各地の一般人のベット客の様に、遠隔地から見ている者が居るかも知れないから気を抜けない。
もし大物客の機嫌を損ねれば、それこそこちらの命など吹き飛ぶだろう。
そして全員を帰す為には、まだ俺は死ねないのだから。
俺は朦朧として来る思考を抱えながら、意識を保とうと努めるのだった。



横にある木箱の上に湯気を立てたコーヒーが、その独特の薫りを振り撒きながら置かれている。
それは持って上がった飲食物の中に有ったドリップ用機器を用いて作られた、インスタントではないコーヒーであった。
コーヒーカップにはストローが入っている。
腕を上げるのもダルイ俺の為に用意してくれたのだが、これは恥ずかしい。
飲みたいが飲めない、そんな葛藤を無意味に味わわせてくれる。
プライドを優先して飲まない方を選んだ俺は、未練を振り払う様に周囲を見回した。
それぞれ集まっているグループの方も『ゲーム』とは大分様変わりをしている様だ。
御剣と姫萩の2人はいつも通り。
次に葉月を中心として、文香と愛美と長沢が固まっている。
その近くには耶七が1人寂しく紅茶を啜り、心配そうに愛美を見ていた。
そろそろ妹離れをしろと言いたいが、後は時間が解決するだろう。
高山は渚と麗佳とかりんと優希の4人グループを少し離れて見ていた。
一緒に居れば良いのにとは思うが、彼なりに恥ずかしいのだろうか?
手塚は何故かその高山の近くで、しつこく高山に話しかけていた。
『ゲーム』と同じ様にこの「ゲーム」の後で組まないかとでも言っているのかも知れない。
そんな手塚につれない態度を取り続けている高山が、とてもクールに見えるのであった。



しかし本当に上手くいったものだった。
御剣は言葉で俺を殺せと言っても絶対に従ってくれなかっただろう。
それは『ゲーム』で良く判っていたから、あんな手を使った。
問題は死亡の条件の方だった。
『ゲーム』内で死んでいた者達を考察すると、「死亡したな」と思ってから程なくプレイヤーカウンターが反応した。
プレイヤーカウンターが反応したならそれは死亡判定が成されたと言う事である。
その時の状態を見ると、時間的にどう考えても体温低下では無さそうだった。
だったら脳波?
有り得るかも知れないが、それだとしてもカウンターの反応は早過ぎだった。
もう1つ、そして一番有り得たのが『心臓停止』である。
だからこれは賭けだった。
死ぬのは良い、必要なのだから。
だがその後復活する為には、肉体の過剰な損傷は控えなければ成らない。
それでも「御剣が殺した」事にする為には、一撃で死ねなければ成らなかった。
御剣に2度も俺を攻撃させるのは不可能だからだ。
だから麻酔銃によるショック死は苦肉の策と言えた。
ショック死出来た事も、蘇生出来た事も、どちらも偶然の産物である。
だからこそ、この奇跡に本当に感謝したいと思ったのだった。
全く良かった、と俺は匂いに釣られて隣にあるコーヒーを飲む。
ストローを銜えて。
…はっ!しまった!

仕方が無いので、折角淹れてくれたものを無駄にするのは勿体無いし、と思ってそのまま飲み続ける。
まったりしていたら、かりんが俺の傍に寄って問い掛けて来た。

「早鞍ってさ、渚さんのPDAが無かったら、本気でセキュリティシステムとやり合う気だったのか?」

素朴な疑問と言った所だろう。
実際には無茶な話である。
それでも俺はやるつもりだった。
他に方法が無かったのだから。

「ああ、それしかないなら、ヤるだけだ」

俺の小さい声での返答に周りは呆れ返っている様だ。
何もそこまで呆れ返らなくても良いと思うのだが。
他に手が有ったのなら、こっちが知りたいくらいだ。

「絶ってぇー無理だってっ!本当にお前は無茶苦茶だよっ!」

セキュリティシステムの内容を色々と知っている耶七が言って来る。
更に追撃で麗佳が言い募って来た。

「大体1回死んで生き返るなんて、そのまま死んでたらどうするのよっ?!」

全く終わった事を愚痴愚痴と言うのは止めて欲しいものだ。
これ以上追求されても面倒だし、俺は話を打ち切る為にふらつく頭で少し考える。
そして俺はニヒルに口の端を上げて、言い切るのだった。

「フッ、ヒーローってのはな?仲間のピンチの時に華麗に復活して、活躍するものなのさっ!」

「うっわっ、またこいつ変な事言い出したっ。薬、効き過ぎたか?」

隣に座るかりんが心配そうに俺を覗き込んで来た。
酷いです、かりんさん。
俺はグラグラする頭を手で押さえながら、内心で涙する。
あ、本当に視界が歪んで来た。



とうとう時間経過の時が来た。
画面の経過時間表示が73時間に、そして残り時間が0分に成ると同時に何時もの警告音が鳴り出した。

ピー ピー ピー

PDAの液晶画面に「Game Over」の文字が縦長のフォントで表示される。
そのすぐ後に、首輪とPDAから音が発生した。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に73時間経過まで生き延びて、勝利者となりました!
     勝利者は無条件で首輪が解除されます!Congratulations!!またのご利用を当方はお待ちしております!」

音声が流れ終わると、丸3日以上嵌っていた首輪が左右に割れ外れた。
これは多分エクストラゲームではなく標準仕様では無いだろうか?
結局あのエクストラゲームの勝利条件は、「ゲーム」の通常の勝利条件と同じなのが引っ掛けと言えたのだ。
『ゲーム』において誰も突っ込まなかったのが不思議である。
そしてその電子音声の内容は腹立たしいものであった。
もう二度と利用するかってんだ。
内心で悪態を吐きながら耶七の方を見ると、彼の首輪も同様に外れている様だった。

「早鞍っ!やったーっ!外れたっ!外れたよーっ!!」

かりんが叫んで抱き付いて来る。
その勢いで寄り掛かっていた木箱に俺の背中が叩き付けられた。
叩き付けられた背中だけじゃなく、右半身の怪我や全身の打撲傷も連鎖的に疼き始める。

「お、ぐぅ」

呻き声を上げて俺は真っ白に燃え尽きた。
あ、いや、まだだけど。

「うわっ、ごめん、早鞍」

やっと気付いてくれたのか、かりんが俺から離れた。
いや、もうちょー痛かったです。
それでもかりんや優希が素直に喜んでくれていたのは、嬉しいものだった。
耶七の方も愛美が満面の笑みで喜んでいるのが見える。
ついでの様子で葉月や文香も喜んであげている様だ。
麗しい友情に乾杯。

「はぁ、これで一安心だな?
 皆、移動を始めるぞ」

「何処へ行くの?」

溜息の後に提案した俺の言葉に麗佳が返して来る。
そんな彼女を始めとする皆に片目を瞑って答えた。

「戦闘禁止エリアに決まっているだろう?こんな埃臭い所はもう飽き飽きだっ!」

両手を広げて言い切る。
それを聞いた皆は納得した様な顔で頷いてくれたのだった。



相変わらず此処だけ清潔な様相を呈している戦闘禁止エリアは正に憩いの場所と言えた。
全員首輪が外れた事で、ルール違反も気にする必要が無くなったのだ。
脱出をどうするのかと言う問題もあるので、まだ暫くこの館内に居なければ成らない。
完全に「ゲーム」が終了したので館内カメラを気にする必要が無くなっただろう。
これを受けて俺は全員に「組織」との交渉内容の一部を話し出した。

「前にも言ったが渚と耶七が、この「ゲーム」開始時のゲームマスターだ。
 そして「組織」と「エース」の関係も理解して貰えていると思う。
 簡単に言えば「ゲーム」の撲滅が目標なのが「エース」だな」

1人用のソファーに座る俺に対して、皆は3人用ソファーや絨毯の上に座ったり立ったままで言葉を聞いている。

「そして今のゲームマスターは俺だ」

「「「「はぁ?!」」」」

文香を筆頭に数名が素っ頓狂な声を上げる。
一部の知っている面子を除いて、彼等の顔は驚きに満ちていた。

「途中、手塚の首輪を外した後に回収部隊を拘束したんだがな。彼等の装備に通信機が有ったんだよ。
 俺はこれを用いて、「ゲーム」を運営していたディーラーと言う男とコンタクトを取る事が出来た。
 そこであいつ等兵隊達の目的を聞いたんだ。だからそれを餌に俺はある条件を追加したのさ」

此処で一旦言葉を切る。
兵隊達の目的についてはぼかしておく。
優希の件を軽々しく言う訳にもいかないからである。
皆の反応は様々だが、特に文香の反応が大きかった。
彼女にとって俺の行為は、「エース」に敵対する事なのだ。
睨みつけて来る視線をスルーして、話を続ける。

「条件の1つにして最大のもの、それは「ゲーム」の終焉だ」

「終焉?」

「そうだ麗佳。今回の「ゲーム」を最後に、こんな殺し合いの娯楽は終わらせる事。
 それが俺の提示した条件だ。そして「組織」のボスはこれを受けた」

俺の表現に訝しげな顔をした麗佳に頷いて、追加の説明をする。
この説明で殆どの者が理解を示した様だ。
しかし一部の言葉に引っ掛かった者が居た。

「「組織」のボスと話したの?!」

「そうだ。直接、と言っても通信機越しだったが、交渉して努力すると言う返事を得た。
 ただ、今回の「ゲーム」は既に始まっており、観客が居る為に止める事が出来なかった。
 その上、「組織」内の過激派が「ゲーム」進行を乗っ取って、俺達への殺害を止められなく成ったらしい。
 だから73時間後も兵隊達が動けていると問題が有ったし、そうでなくても結局命懸けに成ってしまったがな」

肩を竦めながら文香の疑問に答える。
そして彼女には、此処からの話の方が困った情報に成るだろう。

「さて、そのボス何だが。
 カジノ船と言われる、観客達が詰め掛けているこの「ゲーム」の中枢を担う所が有ったらしいんだが、そこへ向かっていたらしい。
 だが、今それは中止して貰った」

「何ですってっ!!」

やはり文香は驚いた。
もうそれは驚愕なんてものでは無い。
そのまま膝が折れて床に着いたほどの、絶望と言って良い様子であった。
膝立ちで項垂れる文香に周囲の視線が集まっている。
ほぼ全員が何故彼女がそこまで気落ちしたのかが判らない、と言う顔をしていた。

「残念だったな文香。お前達「エース」がエクストラゲーム提案後に発動した作戦は、これで失敗だ。
 だが「エース」の悲願は叶うんだ。別に構うまい?お前達はその為の組織なんだろう?」

その言葉に文香は顔を上げて俺を睨み付けて来た。
一体何が不満だと言うのか。
「ゲーム」は終わるのだから、目的は果たしている。
それとも「エース」がしなければ気に食わないと言う事だろうか?
しかしそれは聞けない。
「エース」になど任せられないのだ。
勿論「組織」も許せるものでは無いのかも知れないが、優希の事を考えれば今は妥協するしかない。
そんな時文香から疑問が出る。

「何故、「エース」の作戦の事を知っているの?あれは極秘事項の筈よ?!」

当然来る質問だろう。
しかしこれは返答に困る。
知っている筈の無い知識だからだ。
それでも誤魔化す必要性がある。

「鴻上って知っているか?多分お前の上司だっけ?あいつが穏健派ってのは冗談としか思えないがな。
 俺はあいつが各地の一般参加者に対して粛清行為を行なう事を知ってたんだよ。
 だからお前達「エース」に任せられなかった。ある意味、第三勢力かね」

「なっ!…だとしても、こんな「ゲーム」に参加してる時点で共犯じゃない!」

「お前等の言っている事は1つの極論だ。殺し合いを娯楽としているから全員粛清?
 だったらホラーやサスペンスの本や映画を楽しんでいる奴等も粛清するか?
 一般参加者にとってはそんなものなんだよ。モニター向こうの他人の死なんてのはな。
 それを直接殺しに行こうとするお前等の方が、余程罪深いぞ。正にテロリスト、か?」

冷静に淡々と述べる俺に文香は唇を噛み締めて睨み付けて来る。
彼女がどれだけ言おうと、あのBadEndを見た俺は「エース」を受け入れる気は無い。
理念は立派だったんだけどな。
幾ら言った所で彼女の言い分が通る事は無いのだが、それでもまだ言うなら反論する用意は有った。
それにこの問答で、俺の正体についてから話題が離れて行ってくれている。
文香も一般人への粛清に付いては初耳だろうし、それを許容する性格でも無い。
だから俺から紡がれた言葉に動揺して、それ以上は言って来なかった。
その様子に彼女との問答は終わりと思い、俺は皆に向き直る。

「そういう事で、「組織」の一部は協力関係に成っている。
 このまま待っていれば、その内連中が来るだろうから、此処で待っていようと思う」

俺はこれで締め括った。
他にも色々と言って無い事は多いが、言う必要も無い。
だるい身体をソファーに預けて一息吐く。
他の皆ももう何を言っても無駄な事を理解したのか、それとも諦めたのか。
文香も暫くの間悩んでいた様であるが、本部と連絡が取れない今の彼女には判断が付かないと考えたのだろう。
その内俺に対して以外は普通の応対をする様に成っていた。
他の者も「組織」とか「エース」などとは関係無く、それぞれのグループに分かれて行く。
その内に、この部屋に来る前の様に雑談が始まるのだった。



先ほどから「組織」の通信機で何度かコンタクトを取ろうとしているのだが、反応が全く返って来なかった。
本来なら勝利者を一旦薬で眠らせて再び外へと運び出すそうなのだが、その為の作業要員は回収部隊として全て拘束されている。
俺達は途方にくれていたのだ。
まああちらも「ゲーム」が終了した事で優希を回収しなければ成らないだろうから、何らかの部隊が此処にやって来るだろう。
その時再度交渉しなければ成らないが、取り敢えずそれまでは皆で休む事にした。

精神衛生の良い所に移ったのが良かったのか。
あの説明以後暗かった皆の表情も、どんどんと目に見えて明るくなっていった。
もう誰も争わなくて良い。
命の心配も、お金の心配も、今は要らない。
そんな安心感が漂っていた。

「くぁぁ、暇でしょうがねぇ」

「お前は寝てろ」

言葉の通り暇そうに俺の斜め前のソファーで大欠伸をしている手塚に冷たく返す。
マッタク雰囲気が台無しだ。

「あぁ?もうちょっとでメシだろ?寝られる訳無ぇじゃねぇか」

手塚は退屈そうにキッチンを横目で見て言う。
それでも彼が食事を楽しみにしている事は窺い知れた。
現在キッチンでは、渚を中心として愛美と麗佳と姫萩が食事の準備をしている。
他の女性であるかりんと優希は料理が出来ないので、皿などの手伝いに奔走していた。
経過時間がそのままなら現在は74時間経過の手前くらいだ。
現実の時間でも正午に成る時間帯なのだが一向に「組織」の連中が来ないので、俺達は昼食を取る事にしたのである。
調理中の渚達は本当に楽しそうであった。
その他として、文香は耶七に大人の常識を滔々と教授している。
此処に来るまでも耶七の空気を読まない態度や発言が目立った所為であった。
どうも俺や愛美に対して以外は性格が矯正されていない様だ。
だが文香の説教に、もう勘弁してくれと言いたそうな耶七が微笑ましい。
戦闘能力、つまりは運動性能は凄まじかったが精神的にはまだまだ子供、と言ったところか。
御剣は葉月と何か話している様だ。
高山は俺の座るソファーの後ろで壁に寄り掛かって佇んでいる筈だ。
見えないので確かなのかは判らない。
そうして食事が出来るまで、ゆっくりと待つのだった。

大きな応接机の上だけでは大量に用意した食事を置けずに一部は床にまで皿を並べての、ある意味戦勝祝いである。
実際ソファーの座席は8名分しか無いので、床に座って食事を取る者も居るから問題は無い。
此処の冷蔵庫にもアルコール類は入っておらず、手塚と高山と耶七、ついでに文香と葉月も落胆していた。
しかしこんな場所でアルコールなんてばら撒いたら大変な事に成るのは明白なので、無くて当然だと思う。
誰も酔っ払い同士の殺し合いなんて見たくないだろう。
思い思いの飲み物で乾杯してから、色々と用意された食事に手を伸ばす。
考えてみれば俺達と渚が競争する様に大量に食料を持って上がっていたので、かなりの量が残っていた。
今回の宴会に使った分も全体の3分の2くらいだろうか。
まだもう1食分はいけそうだ。
ずっと戦勝モードだったのだが、この様な宴会と成ればまた異なる様で、皆本当に明るい笑顔で食事をする。
そうして楽しい時は過ぎ去っていった。

食事が終わり、皆が食後の飲み物を楽しんでいる時である。
葉月が1つの提案を真剣な面持ちで語り出す。

「みんな。こうやって全員で生き残れた事はある意味奇跡と言って良い。
 多分それは総一君と早鞍さん、それに高山さんのお陰だと思う。
 だけど、こう言ってはなんだとは思うんだけどね。
 総一君の亡くなった彼女さんのお陰でもあるんじゃないかって、思うんだ」

「葉月さんっ、それはっ」

「文香さん、僕は酷い事を言っているかも知れない。
 けれどね、こうやって僕達が生きているのは、総一君が彼女の言葉を忘れないで居たからなんだと思うんだ」

彼等だけの時に何かあったのだろうか?
葉月の言葉は彼自身にも言い聞かせる様な響きがあった。
その先は葉月は言い難い様だ。
ならば、引き継いでやろう。

「つまり、だ。桜姫が死んだ事によって、何もかもが上手くいったって事、だろ」

「早鞍さんっ!!」

姫萩の声が響くが、俺は言葉を続ける。

「御剣、ただ死んだってのよりはさ、桜姫は此処に居る皆を助ける為に死ねたんだって思えば良いんじゃないか?
 辛いだろうが、無意味な死よりはマシだろう?無意味な死なんかよりは…」

「早鞍、さん…」

俺の家族が死んだ事を知っている渚が、俺の方を見てそわそわしている。
いや、大丈夫なんだけどね。
だからそんなに気にしないで欲しい。
そこへ慌てた様に葉月が話を繋いだ。

「そ、それでだねっ!その命の恩人である桜姫さんの墓参りをさせて貰えないかな?と思ったんだ」

「墓参り、ですか?」

御剣が呆けた様に聞き返す。
それに葉月は大きく頷いた。

「ああ、感謝しているんだ、僕はね。だから是非させて貰えないかな?
 良かったら皆で!」

「ふふ、それは良いわね。皆と会う口実にも成るし、大歓迎よ」

葉月の提案に文香が賛同した。

「では参る日と時間が決まったら連絡を下さい。えっと、連絡網はどうしましょうか?」

「「組織」の~、データベースに~、皆さんの情報があると思うので~、それなら可能でしょうか~?」

麗佳の疑問に、渚が困った様に俺を見る。
何故俺を見る?
しかもそのデータベースには多分、俺のデータは無いぞ?
有ったとしてもプライバシーは…無いんだろうな。

「「組織」がデータくれるかねぇ?俺は望み薄だと思うぜ」

渚の言葉を否定したのは耶七である。
ボスに聞けば答えてくれそうだが、そこまで世話に成るのも考え物か。
少し暗いムードに成り掛けていたから、俺は手を叩いてその雰囲気を飛ばそうとする。

「連絡方法はおいおい考えれば良いさ。それに集まる時期も考えなければ成らないだろう。
 かりんは妹の治療で暫く暇は無いのだからな」

「あ、うん。そうなんだよね。ごめん、皆」

かりんが俺の言葉を受けて皆に頭を下げた。

「いや、良いんだよ。御病気の妹さんは大事にしないといけないからね」

葉月の言葉は本当に心配そうな感じであった。
その言葉にかりんも頭を上げる。
そして彼の視線はそのまま全員へと向けられた。

「時期とか連絡方法とかは問題があるかも知れないが、皆で集まるのは悪くないんじゃないかな?」

葉月の言葉に数名が頷いて、賛同を示した。
それにしても…。

「俺は御剣に助けられた事、無いなぁ」

「お、そりゃ俺も、俺も」

「俺も無いな」

何気に呟いた言葉に、横の手塚と後ろの高山も同意する。

「文句言わず来なさい!!」

文香の一喝が部屋に響く。
ちょっと横暴じゃないですかね?お姉さん。
俺だけではなく男2人の他、麗佳もちょっと引いていたのだった。



そうして時間が経ち、かりんの携帯電話の時刻表示が午後の1時を過ぎた頃、変化が訪れた。
戦闘禁止エリアで寛いでいたのだが、いきなり入り口の扉が開いたのだ。
全員が緊張を顕にして入り口の方へ顔を向ける。
俺のソファーの後ろに居る唯一武装をしていた高山が、肩から提げていたアサルトライフルの銃口を向けたのが横目に見えた。
その他の者は武器が無いので一部の者は怯えている様だ。
扉から入って来たのは、都市迷彩服を来た2名の兵隊であった。
彼等の手や身体に武器の様な物は見当たらない。
そして大き目のバックパックを背負っている。
2人が入った後、開いた扉から1人のタキシードを着た男性が入って来た。
その男はこちらを向いて一礼すると、落ち着いた声で話し掛けて来る。

「お初にお目に掛かります。皆様が、この「ゲーム」の勝利者に成られた事を御喜び申し上げます」

前は雑音混じりではあったが、その声は聞き覚えのあるものだった。

「ディーラーか」

「はい。外原様に直接御目通りが叶い、恐悦至極に御座います」

慇懃無礼、と言えば良いのだろうか。
かなり丁寧ではあるが、本心からは言っていない様な印象を受けた。
それはさておき、このままでは交渉に差し支えそうなので左手を上げて高山の銃を下ろさせておく。
その行為をどう取ったのか知らないが、ディーラーは銃口が下ろされたのを見てから話を続けた。

「それで、優希様はご無事でしょうか?」

彼等から見て優希は俺のソファーを挟んだ所に隠れて居た。
兵隊が突然入って来た事により、自分がターゲットなのを思い出して隠れたのだろう。

「優希、出ておいで」

「はーいっ」

俺が声を掛けると、ソファーの右横からヒョコッと飛び出して俺の前に来る。
彼女の姿を見てディーラーは目に見えて安堵の息を吐いていた。
そして扉の方を向いて深々と頭を下げながら、彼は告げたのだ。

「色条様。優希様が御無事である事を確認致しました」

「何っ!良輔が此処に来ているのかっ?!」

俺の驚きを余所に、1人の男が部屋に入って来た。
ディーラーは彼が入って来たのを慌てて止めようとしていたが、彼は全く意に介していない。
その時、ディーラーと俺の言葉にもう1人大きな動揺を示した人物が居た。

「「組織」のボスっ?!今なら…」

「文香。言わなかったか?
 止めておけよ。今のお前には無理だろう?」

彼女の声に俺の興奮し掛けていた思考が冷めるのを実感した。
俺の言葉に反応した高山がアサルトライフルの銃口を文香へと固定している様だ。
その行為で立ち上がっていた文香は、唇を噛んで悔しそうではあるが座り直してくれた。
今、良輔を害する訳にはいかない。
逆に彼が此処に入って来た事が、交渉の必要も無くこちらの言い分を認めている様なものだったのだ。
これを御破算にするのはちょっとどうかと思う。
そしてディーラーの制止など聞かず、良輔は俺の方へと歩いて来ていた。

「パパーッ!!」

彼が近付いて来るのを見た優希がその元へと駆け出す。
距離は殆ど無いので、優希はすぐに彼へと抱き付く事が出来た。
その彼も片膝立ちの態勢で優希を迎えて、その背に手を回してしっかりと受け止める。

「済まなかった。優希、済まなかった」

「怖かったよぉーっ!うわあぁぁぁ」

父に会えて緊張が緩んだのか、優希は大声で泣き出した。
やはり本当の家族は違うのだろう。
これで、良い。

「外原様。皆様御怪我をして居られます。早急に治療に入りたいのですが、宜しいでしょうか?」

ディーラーが俺の許可を求めて来る。
何故、誰も彼も何時も俺に聞いて来るのか。
それでも聞かれたからには答えなければ成るまい。

「丁寧且つ念入りに頼むぞ。かりん、文香。後、手塚と長沢はすぐに手当てを受けろ。
 高山、お前は要るか?」

「要らん」

後ろから短い返答が来る。
全身の傷の他、右足に貫通銃創が有った様な気がするが、彼が良いと言っているのだから構わないか。
俺はディーラーに向き直り、短く指示を出した。

「では、やってくれ」

「畏まりました。6名の衛生兵を連れて参りましたので、その者達が対応します。
 女性には女性兵を付けましょう」

随分と手回しの良い事だ。
ディーラーの合図で入り口から先に入った2名と同じ格好をした4名の兵隊と、スーツ姿の女性が1名入って来た。
その女性には何となく見覚えが有ったが、口から名前が出そうに成るのをグッと我慢する。
危ない危ない、また口が滑る所だった。
男女3名ずつの衛生兵は特に怪我の酷い文香に2名が付き、その他に1名ずつが付いている。
何故か俺にも1人。

「何で俺が対象なんだ?言って無いだろ?」

ソファーに凭れたまま治療を受けている俺は疑問を口にした。
その返答なのか、後ろから冷たい声が降り掛かる。

「一番重傷なのはお前か陸島だろう。
 大体死に掛け、と言うか死んだ人間が下らない事を言うな」

何か後ろでブリザードが吹き荒れているかの様に後頭部が寒い気がするが、気のせいだろう。
そして治療を受けている俺に色条親娘が近付いて来た。

「イレギュラー、いや外原早鞍、だったな。娘を助けてくれて有難う。
 ディーラーから開始当初からの話も聞いた。君には感謝しても、し足りない様だ」

「エクストラゲーム前についてまで出されるとは思わなかったな。
 それについては、約束を守ってくれればそれで良いさ。2つ、覚えているよな?」

俺の返答に良輔は力強く頷いた。

「「ゲーム」を今後しないと言う方は、流石に無理かと思っていた。
 が、何とか成りそうになってしまったよ。こればかりは私も驚きだ」

彼の言葉に首を傾げる。
続いて説明をしてくれるが、その内容は確かに予想外だった。

「まずは、元々「組織」は肥大化する「ゲーム」を持て余し始めていたのだ。
 今回で判る様に余りにも複雑化した上に、そのハードルは年々上がるばかりだ。
 観客の要望もきつくなる一方だったし、その為に必要な情報や事後処理も膨大に成っていた。
 そして今回「エース」の襲撃により、カジノ船が襲われた事で、観客達の一部が危険に晒された。
 当然この責任は一部我々に有るが、それでも彼等はこの「ゲーム」で齎される危険性を感じ取った様だ。
 このまま続ければ第二、第三の「エース」が出て来るだけだとな。
 だから、観客の足が少しずつ遠のくだろう。それは「ゲーム」の運営に影響が出ると言う事だ。
 つまりは、過激派の連中が続けようとしても、採算が合わなければ続けられないと言ったところだな」

このメタメタに成った状況の所為で必然的に「ゲーム」を再開出来なく成ったとは、これまた何と言うか。

「勿論君との約束があるから、「ゲーム」をしようと画策する連中は私が抑える予定だ。
 それともう1つの方も、私がこの様に無事ならば問題は無い。
 安心してくれて良い」

「もう1つの約束?」

当然の様にボスに突っ込む麗佳。
考えて見ればこいつも物怖じしないな。

「何だ、皆に伝えていないのかね?」

「そう言う事は、言わぬが華って言うだろ?不言実行?まあどうでも良いや。
 あんまり善意を押し付ける気は無いんだ。可能ならそれで良いよ」

良輔の問いに投げ遣りに答える。
正直、おまけ要素の強いものだ。
だがそれでも数名かはこれで1つの苦境を脱するだろう。
前の良輔との話でも言ったが、後は本人が何とかすれば良い。
俺の言葉に良輔は微笑みながら頷いた。

「判ったよ。その内容については後日に話す事にしよう。
 郷田、撤退の準備は出来ているな?」

「はっ!コントロールルームの確保及び我が部隊員達の居場所の特定も出来ました
 屋上のヘリの補給も先ほど終えた旨、報告が挙がっております。
 自動攻撃機械の排除も完了していますし、問題は無いでしょう」

手元で何かの端末を弄っていたスーツ姿の女性が、良輔の言葉に対して流れる様に返答をする。
その言葉に良輔は満足そうに頷いた。

「これで此処から出る事が出来るだろう。その後、各自を家に送り届けよう。
 …そう言えば君の家は無かったな。
 外原早鞍。君は一体何者だったのかね?」

今更と成るが、良輔は真剣な顔で聞いて来た。
こちらの世界には俺の戸籍が無いのだ。
だからと言って、此処は私の世界ではゲームと成っている舞台であり、そこからゲームに入り込んで参りました、何て言えない。
言ったら確実に都市伝説の黄色い救急車に連行されるだろう。
だが、どう説明すれば良いのか。

「あー、多分俺に戸籍が無い事を、言っているんだよな?」

「その通りだ。幾ら調べても「そとはら さくら」と言う同姓同名の人物はこの日本には存在しない。
 だが日本人ではない、とも思えないのだが、何処かの工作員かね?」

良輔の目が細められて、鋭い眼光が俺を貫く。
周囲の者達もこの事実に驚愕している様だ。
何か俺は驚かせてばかりだな。
しかし同姓同名すら居ないのか。
読みだけならそんなに珍しい名前でも無いと思ったのだが。
そして俺には良輔の問いに返せる答えが存在しない。
ふむ…仕方が無いか。

「実は俺はな?
 天の御使いだったんだよっ!いやもう、この不浄の世の中を正す為に、孤軍奮闘をす…」

「こんな時まで巫山戯るなぁっ!!」

とうとうかりんから実力行使の突っ込みが来た。
あれ、前にも有ったっけ?
グワングワンと揺れる脳味噌が、そろそろ限界に近付いていた俺の意識を刈り取ろうとしていた。

現実感が無くなって来た意識にふと過ぎる思考。
今居る場所は昏睡する自分の夢なのか、それとも本当に『ゲーム』の世界に入り込んだのかと言う疑問。
今まで何度か自問していた事。
痛みや苦しみは明晰夢としても有り得ないくらいのものであった。
それでも俺はこの世界の人間では無い事は、戸籍が無い事からも明確である。
今更答えの出ない事だ。
それでも俺はこの世界で生きていけるのかと言う不安も有り、思考が乱れて来る。
乱れるのは薬の所為もあるか。
ふと目を開いて見ると、かりんが心配そうに何かを言っている様であった。
口が動いているのは見えるが、喋っているその声は聞こえない。
残念だが俺の意識はもう落ちる様だ。

皆に言っておきたい事があった。
これで終わり、やっと皆が「帰る」事が出来る。
だからこれはその宣言。
俺は力が抜けていく身体へ今一度力を振り絞って言葉を紡いだ。

「皆、色々有ったが、やっと帰る事が出来るんだ。
 それぞれその先には、まだやるべき事などあるだろうが、精一杯生きてくれ。
 良く頑張った。誇って良いぞ。お前達は、最後となる「ゲーム」の勝利者だっ!!」

力強く言い切った。
皆が俺を見て呆けている。
どうしてそんな顔をしているのか。
もっと皆笑って欲しい。
折角のハッピーエンドなのだから。
そうして意識を保ち切れなく成った俺は、ソファーの上で意識を手放したのだった。


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