<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4919] 第8話 襲撃
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/01 00:08

ある意味、此処が第2の開始点であった。
もう下がる事は無く、後は上がるだけ。
これからは愛美の条件を満たす為に迅速な行動を必要とする。
それは同時に約半数の首輪の解除を意味していた。

JOKERの解除方法はすぐに教えてくれた。
既に前回変更から1時間以上が経過していたらしく、目の前で実践してくれたので判り易くて助かる。
それにより絵柄を2番に変更して置いた。
姫萩はこれまでに4回の変更を行っていた様だ。
4と7の他に、手塚の言葉の確認の為に俺の3と、そして御剣のAである。
御剣自身の言う解除条件を確かめたかったのだろう。
これで一応5回目の絵柄変更となった。
後は5回の変更をするだけなので、72時間経過までは大分先なのだから問題は無いだろう。
今最も重要なのは皆との合流だけだった。

急いでいた為に御剣達には出発後に、ルール9と各プレイヤーの番号と性格を歩きながら伝えた。
現状明確に敵対的なのは7番何某かと、消去法で残ったものがこれしか無いので10番の手塚。
二人以外は互いに協力し合える関係である事を伝えた所、御剣達も安堵してくれた。
やはり全員と殺し合うかも知れないという恐怖があったのだろう。
7番のPDAにより罠を回避し隔壁も抉じ開けつつ順調に進み、2時間ちょっと歩いて4階への階段に辿り着く。
此処までに更に2回のJOKER変更も行っていた。
5番を経由して現在は6番である。
予定ではこのまま8、9、10で終了だ。
こうすれば何回変更したのかが判り易い為だった。

また3階に上がったばかりであった御剣達の武装はクロスボウしか無かった。
その他の荷物は3人とも殆どが飲食物と簡易コンロや水入れなどの調理用具の様である。
そして御剣のPDAに擬似GPS機能と地図拡張が、姫萩のPDAにプレイヤーカウンターが入っていた。
そんな状態だった為、俺とかりんが持っている武器を一部彼等に貸し与える事にする。
かりんが持っていたアサルトライフルと俺の予備の自動式拳銃を御剣に渡しておく。
姫萩と渚には俺とかりんの予備の拳銃を持って貰った。
これで俺の持つ拳銃は1つに成ってしまったが、仕方が無い。
かりんには予備のサブマシンガンを使って貰う。
姫萩達に武器を持たせる事については御剣から反対が出たが、今は自衛が出来なければ困ると言い聞かせた。

俺達は愛美の事もあるので、移動を急ごうと階段を昇り切る。
警戒はしていたが、階段ホールには誰も居なかった。
周囲には爆発物で深く抉られた壁が内側の建材まで露出させている。
麗佳が言っていたグレネードか何かが何発か当たった跡だろう。
3階のホール近辺にも誰も居なかったので、麗佳達は無事に昇ったと思われる。
無事に高山達と合流出来ていると良いのだが。
PDA探知でも周辺に光点表示は無い。
手塚は何処に行ったのか?
5階にある幾つかの光点以外に1つだけの光点が見当たらない。
考えられるのはPDAが壊れたか、ジャマーソフトだ。
後者の場合は厄介だが、7番の彼も探知は出来ないし兎に角早い合流を目指そう。

此処から一番近くにある、本来封鎖されていた階段へと向かい歩き始める。
そこは俺達が降りる時に爆破しているので、直通で6階まで行けるのだ。
今何故か高山達だろう2つの光点が5階の袋小路な部屋に居る様だが、以前言っていた拠点だろうか?
5階には他にも移動中なのだろう光点が3つ固まっているが、麗佳達が拠点に向かっているのだろう。
どちらにしても5階には上がる必要がある。

油断して無かったとは言い切れない。
十字路を抜けた時、それは突然やって来た。

    ボヒュッ --ゥ

とガスが抜ける様な音と共に正面から何かが飛んで来た。
あれは、ミサイル?!
マジかっ!

「全員後退!早く逃げろー!」

皆を銃身で追い散らしながら下がる。
全員がすぐ後ろの十字路に避難した時、背後で大爆発が発生した。





第8話 襲撃「自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ」

    経過時間 34:33



ジャマーソフト。
つまりは探知系ソフトウェアに引っ掛からない様に成るソフトウェアである。
これが入ったPDAの近くにあるものは探知出来ない。
だが攻撃して来た者が7番の場合は、こちらにはそもそも探知不可能だ。
完全に失念していた、と言うよりも油断していたと謂わざるを得なかった。
こちらが身を隠しているのは十字路なので逃げる事に不自由は無いが、5階への階段に向かう通路を封じられたのは痛い。
時間は掛かるが本来の正規階段を目指すか?

状況を見ようと角からちょっと顔を出した所、かなり遠くに銃口が見えた。
確認後に銃撃が加えられたが急いで首を引っ込めたので怪我は無い。
誰が撃って来たのかは確認出来なかったが、敵である事は間違いなかった。
さてどうしようか、と考えていると奇妙な音が鳴り響く。

    カン カン カラカラ

覗いて見ると通路の向こうに何か円筒状の缶が転がっている。
20メートルほど先に転がった為、あそこで爆発してもこちらには被害が出ないだろう。
しかし次の瞬間、それが浅はかだった事を思い知らされた。
それは音響手榴弾、つまりはスタングレネードと言われる音で相手を無力化しようとする武器だったのだ。
爆発したと思ったら脳を揺らすような高周波と轟音が撒き散らされる。
距離が離れていた事が幸いしてかこちらに気を失うものは居なかった様だが、皆がふらついていた。
だが意識がある以上は反撃は可能であり、その状態で相手は突破して来るのか?
案の定相手は突撃をして来ない。
なら何の為にあれを投げたのか?

「うぅ耳が痛い」

姫萩が顔を顰めて呻いている。
彼女は耳が良いらしいので、余計に堪えたのだろうか?
確かに耳がキーンときて聞こえ難いが…。

「しまった!周辺に注意しろ!」

大声で皆に注意を呼び掛ける。
御剣は直ぐに反応して周辺を見回した。

「何だ、あれは?」

御剣が疑問の声を上げたので御剣の向いている方を見ると、十字路を挟んだ向こう側に不恰好な鉄の塊があった。
ずんぐりむっくりした円筒形の動体に4つの車輪がついているそれが、こちらへと向かって来る。
その動体の中央には銃身が取り付けてあった。
自動攻撃機械かっ!

「全員退避ー!」

完全な十字砲火と言って良いだろう。
いや本来の意味とは異なるが、それはどうでも良い。
こちらが撤退するより早く、まだかなり遠いのだが自動攻撃機械からの攻撃がやって来る。
それに対して俺も反撃を行った。
何発か被弾したようだが、防弾チョッキで銃弾は止まる。
しかし御剣はそう言う訳にはいかなかった。

「ぐぅっ」

「御剣さん!」

姫萩を庇ったのか、彼女の目の前で左腕に幾つかの血の花が咲いていた。
その間にも機械からの攻撃はやって来るので、続けて銃撃を加えてやっとの事で沈黙させる。
距離があった事もあるが、中々当てるのが難しいものだ。
しかしこんな機械1つで俺達を完全制圧出来ると考えたのか?
これならまだ、あのスタングレネードを俺達のど真ん中に投げ入れる算段をした方が良かっただろう。
自動攻撃機械の回り込み、そしてスタングレネード、特殊手榴弾?
神経ガス弾も特殊手榴弾と言える!
高山のレクチャーで教わった薀蓄を思い出した。
同時にEp1での麗佳の戦術が脳裏に浮かんだ。
もしかしたら逃げる先を制限しての殲滅か?!
周囲を見た所、この付近の通路には部屋に入る為の扉が皆無だ。
その上この十字路を除けば周りの道に枝分かれは当分先となっている、一本道である。

「かりん!渚!止まれっ!そっちは駄目だ!」

叫びながら必死に走る。
俺とかりんにはガスマスクがあるが、渚には無い。
しかもかりんにガスマスクをつける機転が回るかも問題である。
かりんが先頭になって退路を進んでいる中で曲がり角の手前まで達した時、その先に円筒形の缶が転がった。
まさか手榴弾か?
最悪の事態に背筋が冷える。

「えっ?」

「かりんちゃん!」

数秒後ガスを放出し始めた缶を見て渚が躊躇して足を止めるが、好都合だ。
此処で神経ガスはある意味助かった。
破片手榴弾だったらかりんは死んでいたのだ。
かりんは至近で立ち昇るガスを一気に吸った様で、身体から力が抜けて膝から崩れ落ちていく。

「引けっ、渚!かりんは俺が引かせるっ!」

急がないとかりんが危ない為、俺にもガスマスクを着ける暇は無かった。
走っていた所為で前のめりに倒れていくかりんを倒れる前に何とか確保する。
そのまま曲がり角のこちらに引き返そうとするが、慣性が邪魔をして曲がり角へと流れ出てしまう。
やはりと言うか、そこを曲がった先の廊下から銃撃が降り掛かって来た。
右脇腹と右肩が熱く燃える様に、痛い。
防弾チョッキを貫通した?!
しかしこのままでは狙い撃ちになる。
気力で踏ん張り曲がり角の手前に身体を引き戻すが、痛みとガスの影響でかりんを支えたまま倒れてしまう。

「ぐっ、づぅ」

3発だろうか、銃弾を受けた所がズキズキと痛むがこうしている訳にはいかない。
かりんのバックパックの横に提げていたガスマスクを、俺の3番のPDAと共に渚へ投げ渡して叫んだ。

「かりんを、連れて、逃げてくれ、頼む!」

息が苦しい。
血がドクドクと身体から流れ出て行くのが判る。
立ち上がる事も出来ない位に苦しくてだるい。
ガスが周囲に満たされていく真っ只中に居る俺の意識は、程なく落ちるだろう。
だから頼む、行ってくれ。
もう、言葉が出せない。
目で渚に懇願する。
俺の訴えを理解してくれたのか、渚はガスマスクを被ってかりんを担いだ。
2、30kgもある撮影器具を装備したまま3日間を過ごせる渚の筋力なら、かりん一人くらい大丈夫だろうと思いたい。
ガスを吸うようなヘマもしていない筈だ。
その時、男の声が聞こえた。

「そのまま逃がす訳無いだろうがーーーっ!!」

曲がり角の向こうから、声と共にバタバタと走り寄って来る足音が聞こえて来た。
馬鹿が、もっと静かに行動すれば良いものを。
酷く冷めた思考に侮蔑が混じる。
バックパックを下ろして、傷で動きが制限される為にゆっくりと成ったが、中から手榴弾を取り出した。
もう俺は駄目だ。
どうせ死ぬなら奴を道連れにして、皆の安全を確保しよう。
そう考えてピンへと痛みで震える指を掛けようとした時、その手榴弾を叩き落された。

「早鞍さん、まだ終わっていませんよっ!それとも私を見捨てるんですか?」

意外な事に渚が流暢な口調で俺へと言葉を紡いでいる。
これが彼女の本性なのだろうが、今の俺にはそれよりも気になる事があった。

「見捨てる?」

何を見捨てるというのだろう。
彼女の同行条件は御剣と姫萩が満たすだろうし、解除条件そのものは時間が経過するだけだ。

「貴方が此処で爆発したら、私のPDAはどうなると思ってるんですか?!
 それと共に麗佳ちゃんも助かりませんよっ!」

渚の指摘に愕然とする。
そうだ、今俺は渚のPDAを持ったままだった。
そして今7、9、Jを持ったまま吹き飛べば麗佳の解除にも支障が出かねない。
そちらは良く考えればまだ問題無かったのだが、渚の剣幕にこの時の俺は納得してしまう。
俺が呆けて居ると、渚が俺の頭越しに何時の間にか持っていたかりんのサブマシンガンを掃射した。

「うわっと。綺堂、てめぇ裏切るのかっ!」

「裏切りなんて言い掛かりよ。生駒くん、大体貴方は出しゃ張り過ぎなのよ」

「くそっ、邪魔してんじゃねぇっ!」

7番が吼えるが渚の正確な射撃に角から全く身体を出せない様だ。
感情的な相手と冷たいくらいに平静な渚。
それぞれの声が対照的である。
いこま?
何処かで聞いたような名前だが、今はそれ所ではない。
これで駄目なのなら、渚に俺の持つ全てのPDAを渡せば問題は消えるか?

「な、渚。PDAを、持…」

「早鞍さんっ!立ってっ!まだ終わってないのよっ!」

奴に対しての声とは全く質の異なる激しい言葉が俺に降りかかる。
まだ終わっていない。
そうだ、俺はまだ生きている。
這いずってでも生きなければ。
証明するんだ、俺が間違っていないと!
何を?
ズキリと頭が痛む。
それでも身体の痛みもあってか、その痛みが無視出来てしまった。
…そうだ、俊英お前は間違っていたんだ!
朦朧とする頭をはっきりとさせる為、映画などで良くある様に脇腹の傷を自らの指で抉る。

「ぎぃぁ」

叫ぶまいとしていたが喉から絞り出てしまう。
だがこれである程度意識が戻った。
これで行ける。
俺は生きて生きて、皆を帰すんだ。
冷静に奴と渚と自分の位置関係を考えて、どうすべきかを模索する。
そして寄り掛かっていたバックパックを再度漁って、3つのものを取り出した。
更に横に提げていたガスマスクを急いで装着する。
奴の位置からそれは見えたかも知れない。
取り出した物の一つ、円筒形の缶に付いたピンを素早く引き抜いて曲がり角に入らない位の手前に転がした。

「早鞍さんっ?!」

さっき言ったのにとでも言いたいのか、渚が驚いたような抗議の声を上げる。
それには構わず直ぐに立ち上がりながらバックパックを背負い、次の円筒形の缶のピンを抜いて安全レバーを持ったまま走り出す。
右半身を怪我しているので、アサルトライフルは捨てて行く事にした。

「渚、逃げるぞっ!!」

大声で叫びながら2つのピンが人差し指に嵌ったままの左手、その親指を立てた。

「早鞍さん、貴方…。判ったわ」

一瞬迷って居たが、俺の顔に投げ遣りな感じが無いのを見て取ったのか、言う通りに撤退を始めてくれた。
しかしかりんを担いだままなのに動きに淀みが無いとは、かなりの怪力である。

「逃がすかって言ってるだろっ!」

ガスマスクを着けている7番が影より出て来て、銃口を向けながら銃を乱射して来た。
と言ってもオートモードでは無かった様で、その射撃間隔は大きい。
やはり出て来たか。
最初の3発に対して取り出していた3つ目のアイテム、予備の防弾チョッキを奴との間に左手で翳した。
この予備の防弾チョッキを御剣に着させていれば良かったとは思うが、今更なので措いておく。
奴から放たれた銃弾は翳した防弾チョッキを貫通はしたものの次の防弾チョッキ、俺の着たものは一つも貫通出来なかった。
そして俺への着弾の少し前にチョッキの向こうでは眩い閃光が走る。

「がぁぁ」

悲鳴と共にガシャンと金属音が鳴った。
ライフルを落としたのだろうか?
奴は転がした缶を、奴が使ったものと同じく神経ガス系のものと勘違いしていたのだろう。
俺がガスマスクをわざわざ装着した事もその原因に成っていると思う。
渚に撤退指示を出したのは、後ろを向かせる為でも有ったのだ。
左手の防弾チョッキを捨ててから、その閃光に紛れて2つ目の缶を投げる。
曲がり角付近の横の壁に当てて跳ね返るようにして転がした。
カラカラと転がった缶は、その音からすると狙ったように曲がり角の向こうへと転がって行った様だ。
未だ曲がり角のど真ん中で立ち往生をしている奴には直撃だろう。
暫く寝てな。
心の中で合掌をしてから、背を向けて耳を塞ぐ。
大音響を響かせたその缶は、スタングレネードだったのだ。

これで良い、と前を見たら新しい自動攻撃機械に攻撃されている御剣達が目に入った。
ガスマスクを被ったからと言って、今まで吸ったガスの効果が抜ける訳ではない。
落ちそうに成る意識を無理矢理保ち、御剣達に向かって走る。
その時御剣が銃弾を受けながら放った銃弾が、自動攻撃機械を沈黙させた。
御剣は良くやったが、しかし機械の位置が二人に近い。
確か、文香はあいつの自爆で怪我をした。
『ゲーム』であった強襲部隊との戦闘が頭に浮かんだ。

「皆、その機械から離れろ!」

通り様に倒れ掛ける御剣を左肩を使って腰から抱え上げる。
その装備も含めてかなり重いが、短い距離なら行ける!
近くに居た姫萩も俺の剣幕に押されてか、後ろについて走り始めてくれる。
もしかすると御剣の身体を俺が確保しているので、それに付いて来ているだけなのか?
素早く移動した為だろうか、自動攻撃機械が自爆した時には俺達は相当の距離を稼ぐ事が出来たのだった。

最大の窮地は脱したと見て良いだろう。
傷の痛みは容赦なく俺を襲うが、俺は意識が飛ばない様にと努める。
降ろした御剣は姫萩に託していた。
彼も何とか意識は保っているが、姫萩が肩を貸して歩くのがやっとの状態である。
意識を完全に失っているかりんは渚がそのまま担いでいた。
渚はかりんで行動を制限されているし御剣も期待出来ないとなれば、俺がしっかりしないと駄目だ。
だが神経ガスの効果は俺の意識を落とそうと頑張ってくれている。
それでも窮地が続いている以上は落ちる訳にはいかない。

手塚の追撃に遭っている為である。
敵は7番だけではなかったのだ。
あの自動攻撃機械を操っていたのは手塚であった。
考えてみれば、PDAが無くては扱えない機能を7番が使用出来る筈が無い。
もっと早く気付いても良かったのだ。
このタイミングが良い連続攻撃は、2人が手を組んだと見て間違いないだろう。
曲がり角から立て続けに乱射される銃弾を曲がり角に避難して避ける。
それに対して特攻されない様にと御剣に渡していたアサルトライフルを左手で扱って牽制をした。
渚もかりんを担ぎながら、危険そうな時はサブマシンガンで牽制を助けてくれる。
そんな事を1時間以上の間、繰り返していた。
そろそろ俺と御剣の意識も限界だ。
御剣は自動攻撃機械に受けた傷による出血で、俺は傷に加えて神経ガスの影響がある。
逆に傷の痛みのお陰で意識が保っているのではないだろうかとも思うが、気分の良いものではない。

「もうちょっとだ。皆頑張ってくれ!」

7番のPDAの画面を時々見ながら、皆に先を急がせる。
そんな俺達にPDAから電子音が響いて来た。

    ピー ピー ピー

    「2階が進入禁止になりました!」

手元のPDA画面に載っていたのはそんな文章であった。
これで1日と半が経過した事になる。
愛美の残り時間は半日、12時間しか無くなった。
再会した者達からそれぞれの事情を聞くのに時間を掛けた事で、大分残り時間が少なく成ってしまった様だ。

退却中の御剣は意識が朦朧として歩くのがやっとの様だ。
それでも歩かないと皆を死なせてしまう事が判っているのか、何とか歩いていた。
そうして漸く目的の場所を皆が通り過ぎてくれる。
その瞬間に俺は、先ほどの警告画面から地図画面に戻しておいた手元のPDAを操作した。
ゆっくりと隔壁が下り始める。
すぐに落ちないのか?
嫌な予感が当たってしまったが、この隔壁が閉じるには時間が掛かる様だ。
俺達は急いで奥へと退避する。
それを確認した手塚がこちらへ突っ込んで来た。
距離はまだまだ遠いが、隔壁の下りる速度がゆっくりなので余裕で間に合ってしまうだろう。
だがそれも予想済みで有り、対抗策も考えている。
荷物から取り出していた対人地雷をボーリングの玉さながらに、大袈裟な動作のアンダースローで投げ放つ。
当然、左手を使ってだが。
投球後地雷は埃の積もった床を滑って行く。
隔壁下に到着したのを確認してから、手塚に見える様にしてPDAを使い地雷を起動させた。

「何ぃぃ?!」

起動した事を示す沢山のランプが明滅するその怪しい物体に、手塚は危険を察知した様だ。
大分距離があるとは言えその威力が判らないので、急停止後速やかに向きを180度変えて一目散に逃げ出した。
ちなみにこれは脅しではなく、本気である。
隔壁がまだ6割程度しか下がってない状態で、その対人地雷は「ピーーーー」爆発した。
それは周囲の壁に無残な焼け跡を残す。
これを見ればその威力は一目瞭然であろう。
そして俺はもう一つの対人地雷を同じ様に投げた。
隔壁の下りる地点近くに鎮座する地雷を警戒して、手塚も隔壁が下りるのを遠くで見ているしかなく成ったのだ。
そうして隔壁が下りてから、俺達は近くの倉庫に移動する。
やっと俺は意識を手放せたのだった。



身体が熱い。
それも当然だ。
俺は今、真っ赤に燃え上がる大きな家を眺めていた。
家の中には俺の家族がまだ居る筈だ。
偶々厩舎に個人的な用で外出していた俺は、この火事に巻き込まれずに済んでいた。
そうして眺めていると、火達磨になった誰かは判らないモノが玄関からふらふらと歩いて出て来る。
その物体は玄関から数歩歩くと、倒れて動かなくなった。
体格的には母だろうか?
人が火に塗れるとあんな感じに成るのかとぼんやり考える。
現実味が全く無かった。
そうしてこの日俺は両親と曽祖父、そして住むべき家を失くしたのだった。

火事の原因は放火だった。
犯人は見付かっていない。
後に4つ下の従兄弟が言うには、親戚連中が共謀したとの話だった。
それではまず犯人は見付かるまい。
動機は財産目当てと思われた。
たまたまでは無いだろう。
夏季長期休暇で実家に戻って来ていた際の出来事である。
多分俺も狙われていた筈なのだ。
その従兄弟、俊英は親戚連中が許せなかったらしい。
数日後の葬式の日まで何度も会ったが、その度に常軌を逸していく俊英を見るのが辛かった。
俺が慰めれば一時的には回復するのだが、また数時間経つと影で親戚達に憎しみの目を向ける。
夜も全く眠れない様で、充血した目をしていた。
昔から彼は親戚達には良い感情を持っていない上に、可愛がってくれた曽祖父を彼等が殺したのである。
その彼の報復は無残な結果を生み出したのだった。

家族の葬式は俊英が中学生から8年間世話になった親戚の家で行われた。
大地主だった曽祖父の葬式とあってそれなりの規模で執り行なわれたそこには、あの曽祖父の血を引いている筈の親戚達が全員集まる。
その場所は醜悪極まっていた。
皆が皆、曽祖父が持つ遺産をどう分配するかを唾を飛ばして語り合っていたのだ。
唯一残った直系である俺に媚を売ってくる者も居た。
吐き気がするような状況に逃げ出したかったが、一応形だけは喪主なので場を去る訳にもいかない。
苦痛の時間が過ぎる中、俊英から一つ頼み事をされた。

「お寺さんを火葬場に連れて行くの、鞍兄に頼むよ。先に入っててくれない?」

俺は大学で地元を離れていたし、何より段取りが判らなかった。
そんな俺に代わって兄の葬式をしっかりと見ていたのだろう俊英が、その身体の不調にも係わらず式の流れを抑えてくれている。
現在は訪問客も全て返して、親戚達のみが家に残った状態だった。
特に親しかった人でどうしてもお骨を取りたいと言われる人には、先に火葬場に行って貰っている。
元々家族は焼死しているので火葬の必要は無いのだが、形式だけでもと段取りに含んでいたのだ。
そうして俺はお寺さん、つまりはお坊さんを連れて車で山を登る。
火葬場は山の上にあり、俺の村が良く見下ろせる場所にあった。
親戚達が中々来ない為に火葬処理の段取りが進まず、骨を拾いに来た方々に俺は謝りながら時が経ていく。
来る気配の無い親戚達を訝し気に思いながら外に出て景色を眺めると、赤い光が目に入った。
あれは数日前に目の前で見たものと同じもの。
ごうごうと燃え盛る炎は遠目でもかなり大きいのが判る。
燃えていたのは従兄弟の家、つまりは葬式の会場と成った家だった。

親戚は例外無く全員焼け死んだ。
そう、例外は無い。
嫁や子供なども含めて全員である。
そしてあの俊英も何故か一緒に燃えたのだ。
この火事は親戚のタバコの不始末によるものと判断されて、事故で終結した。
真相は多分俊英がやったのだろう。
段取りを組み、親戚達だけがあの家に残る様にしたのは彼だからである。
だが何故俺だけを火葬場へと逃がしたのか。
犯人も一緒に死んだのだから、全てはもう闇の中だった。

愛着のある土地ではあったが此処に居るのは苦痛だったので、曽祖父が信頼していた弁護士を頼って土地などの全ての財産処分をお願いした。
それと同時に農場などの経営も出来なく成ったので、お金を無駄に出来ない事もあり大学院を止める手続きを行う。
資産はこれから細々と自分が暮らしていく糧にする予定だった。
教授は引き止めてくれたが俺の決意は固く、覆る事は無い。
そんな中で数十億円に上るその資産を、信頼していた弁護士が持って逃げたという知らせを耳にする。
これで俺は家族も親戚も金も、全てを失ったのだった。



身体が熱い。
まだ夢の中に居るのだろうか?
吐き気と共に目から溢れる涙に気付く。
何故忘れていたのだろうか?
俺は何もかもを失ったのだ。
だからこんな『ゲーム』の中と言う「夢」に閉じ籠ったのか?
実際に撃たれた傷は現実のものと言って良い激しい痛みを齎すが、これでも夢だと言うのか?
夢の所為なのか、痛みの所為なのか判らない涙をそのままに思考を巡らせるが、答えなど出る筈も無い。
そんな俺に声が掛けられる。

「早鞍!起きたのか?!」

懐かしい、いや逆か?
どうも夢を見た所為で記憶が混乱している様だ。
この声はかりんのものだろう。
ゆっくりと起き上がるが、その際に上半身に激痛が走った。

「ぐぅっっ、これ、は。きつい」

つい弱音が出てしまった。
右脇腹と右肩の傷は手当てがされている様だが、それでも痛みが無くなる訳では無い。
だがしっかりとしたその手当てされている様子に感心をしてしまう。
ズキズキと痛む怪我に顔を顰めていると、目の前にかりんが膝立ちに成って様子を見て来た。

「早鞍、無理するな。もう少し寝てろって」

本気で心配してくれているその様子に、俺は胸が熱く成った。
それは不信と感動の両方の意味を持っている。
他人なんか信じられない、と言う気持ち。
人間は他人を気遣う事が出来るものだ、という気持ち。
どちらも否定出来ない自分。
どっちつかずの自分が嫌に成る。

「やっぱりまだ具合悪いんじゃないか。ゆっくり寝てろ」

かりんが傷付いていない左肩を押して、寝かせようとする。
その手から暖かい体温を感じて、急速に意識が覚醒した。

「かりん!今は何時だ?!いや、経過時間は何時間だ?!」

そうだ、愛美の時間が無いのだ。
こんな所で寝ている訳にはいかない。

「うぇ?ちょっ、ちょっと待って」

そう言ってショートパンツの右前ポケットに入ったPDAを取り出して確認する。
気持ちは逸るが、それを抑えてかりんの返答を待つ。

「今は39時間42分。まだ8時間はあるよ、大丈夫」

「馬鹿っ、もう8時間しか無いんだ!
 手塚達に狙われながら移動しなきゃ成らないんだぞ?!」

「うぅ、御免」

興奮していた所為か語調が強くなっていた様で、かりんが萎縮してしまう。
彼女の泣きそうな顔を見て頭に昇っていた血が一気に下がる。
何をやっているんだ俺は?
こんな子供に当たって。
自分でも相当焦っているのが判る。

「すまん、かりん」

かなり気落ちをした様子のかりんに謝る。
この苛立ちは今も意識を回復していない御剣が、横目に入っていた所為でもあった。
彼が愛美に会わなければ条件を満たせないのだ。
3階で手塚には会っている。
だが7番にはどうやって会わせる?
それも問題だ。
後8時間でこれら全てをクリアする必要が有る。
それでも今までと同じ様に、動かなければ状況は打開出来ないのだ。

「渚、御剣の容態はどうだ?」

「余り~、良くないです~」

沈んだ声で答える渚。
その口調は一時期の凛々しいものではなく、何時もの間延びしたものに戻っていた。
彼女が座っている直ぐ横には今まで見たものよりも大きめの救急箱が置かれている。
やはり渚が俺達2人を手当てしてくれたのだろう。
姫萩やかりんに本格的な治療が出来る訳も無い。
しかし彼女が良くないと言うなら大分悪い可能性もある。

「動かせ、そうか?」

絶望的でないなら動かしたい所だが。
早く5階に行きたいのもある。
俺の問いに渚は黙って首を横に振った。
演技も難しい程に酷い状態なのか?
拙い、拙過ぎる。
残る手はたった1つしかなくなった。
右上半身が痛むが壁に手を突いて立ち上がる。
それだけで息が上がり、眩暈に襲われ、吐き気がした。
それでもガスを吸った時の様な暗闇へと落ちる感覚は無いので、意識は保てる。
だが、傷の所為か薬の所為かは判らないが、右腕の感覚が殆ど無かった。
全く力が入らない訳ではないが、細かい作業は無理だろう。

「おい、無茶すんなって」

かりんの言葉に首を横に振った。

「御剣が動けない以上、愛美を此処に連れて来る以外、解除条件を満たす方法が無い。
 俺達に御剣を運べれば良かったんだが、流石に今の俺じゃ運べないからな」

渚なら担いで行けそうだが、いや流石に無理か?
それに彼女もそこまでは協力してくれまい。

「渚、姫萩。すまんが、御剣の看病を頼むぞ。
 絶対にそいつを殺すんじゃないぞ」

「早鞍さん~。大丈夫ですか~?」

「大丈夫でなくとも、此処で立ち止まれば愛美が死ぬんだ。
 無茶でもやるしかない!」

渚の瞳を見返して強く語る。
彼女は辛そうにその目を逸らした。
今はまだ彼女を責めまい。
運営との板挟みもあるだろう。
出来るだけで良いから、このまま彼等を守っていて欲しい。

「私も~、一緒に行きます~」

「えっ、渚さん?!」

渚の提案に姫萩が驚く。
2人きり、しかも御剣は動けない状態では1人で居るのと同じ事に成るのが不安なのだろう。
確かに渚が手伝ってくれれば助かるが。

「駄目だ、絶対に駄目なんだっ」

「でも~」

「24時間、達成しているのか?時間的にはまだ満ちていない筈だ。
 今お前を、御剣達と離す訳にはいかないんだ」

俺の説明に渚も自分が危険な事を理解した様だ。
いや彼女の事だ、そんな事は判っていたのかも知れない。
だからと言って彼女の犠牲を受け入れる訳にはいかないのだ。
此処でまた忘れそうに成っていた事を思い出した。

「渚、お前のPDA、返しとく」

チョッキの左ポケットに入っていたJのPDAを取り出して、渚に左手で差し出した。
今回のような事があれば、彼女まで道連れに成りかねないのだ。
渚はそれをじっと見詰めた後、首を横に振る。

「渚?」

「これは~早鞍さんが、持っていて下さい~」

少し寂しげに俺の左手を両手で包み込む。
近付いた渚は俺にだけ聞こえる小声で呟いて来た。

「帰ってくるのでしょう?だったら貴方が持っていても同じよ。
 私には71時間経過まで猶予があるのだから」

これは俺を信用したという事だろうか?
渚の言葉に小さく頷きを返すと、彼女はやはり寂しそうなままだったが、微笑んだ。
姫萩は言わなくても御剣に付いていてくれるだろう。
残りのかりんに向いて話を切り出す。

「かりんも、彼等を頼む、と言…」

「あたしは一緒に行くからなっ!」

言ってもどうせ付いて来るんだろ?と続けようとしたら、挑むように言い放たれた。
苦笑して左手をかりんの頭に乗せる。

「ああ、判ったよ。一緒に行こう」

「っ、おうっ!」

俺があっさり引き下がったので驚いた様だが、それでも元気良く返事をした。
しかし男らしい返事である。
もうちょっと可愛らしくしても良いと思うが、俺が変な気を起こしても拙いし今ぐらいが良いか?

「それじゃ俺達は出る事にする。姫萩、PDAは手放さないようにな?俺が追えなくなる」

そう言って荷物を用意する。
傷の所為で大きな物や重い物は制限する必要がある。
簡易コンロなどの調理用品や一部の食料を優先的に、色々と抜いて置く。
右に傷を食らったので、困った事にアサルトライフルは左に吊るすしか無くなった。
俺の持っていたアサルトライフルは十字路付近に放って来たので、これは御剣に渡していたものだ。
もし此処が襲われたら拳銃のみでは対処出来ないだろうが、元々御剣がこの状態では絶望的なのだ。
誰にも襲われない事を祈るしかない。
これで何処まで対応出来るか。
しかし防弾チョッキを貫通する弾か。
厄介な代物である。
いつもの装備と今までよりかなり中身の減った荷物を持って、俺とかりんは御剣の寝る倉庫を後にした。



地図を確認すると5階への正規の階段が近く、普通の速度で歩いても30分くらいで辿り着ける位置にあった。
ある意味助かるが、別の意味では拙いとも言える。
御剣が手塚達に狙われ易く成るのだ。
それでも今は気にしている暇は無いので、そのまま5階に上がる。
周囲にPDAの光点は無いし、動体センサーにも反応が無かった。

そう、今の俺達は動体センサーのソフトウェアを使用出来た。
正確には館内の動体センサーが拾った情報をPDAの地図上に投影する機能である。
バッテリー消費はそれほど多くないし有用なソフトウェアなのだが、もしも仮にジャマーソフトがあった場合は他と同様に探知出来ない。
と『ゲーム』では説明されていた。
ジャマーソフトはそう言う意味では最も厄介なソフトウェアの1つだが、バッテリー消費が極大なのが欠点である。
長時間は使用出来ない、筈だ。
この動体センサー検知だが、実はツールボックスを拾って得たものではない。
このPDAはJOKERである。
たまたまJOKER更新で次の8番に偽装した時、このソフトウェアが入っている事を知ったのだ。
便利な機能である為にそのまま使用させて貰っている。
まああちらのバッテリーには影響は無いので、気にする必要も無いのだが。

「矢幡さん、ナイスなソフト拾ってくれたみたいだね」

「ああ、出来れば、奴らの襲撃前に欲しかったなー」

明るい口調のかりんに俺も笑顔で返す。
傷が痛むので今まで通りの速度は出せないが、かりんは文句も言わずついて来てくれる。
彼女の真っ直ぐな一生懸命さには精神的に助けられていたのだった。

各ソフトウェアのお陰で高山達が麗佳達と合流した事は以前から判っていた。
しかし意外な事に、彼等はその袋小路の拠点から出て移動を始めたのだ。
JOKERを見ていたかりんがこれを知らせてくれた時は、俺も驚いた。
拠点から出る利点が一つも無い。
こちらの御剣が負傷して動けないと知っていたなら動くのも頷けるのだが、それを知る術はあちらには無い筈だ。
だが実際に移動を始めているので、JOKERをかりんから受け取って彼等の行方を地図上で追跡して見る事にする。
バッテリー消費が気になる上に一時的な情報しか得られないPDA検索よりは、動体検知の方が使い勝手が良かったのだ。
5階を昇ってから少し歩いた所に居た俺達は、立ち止まって10分ほど地図を見ていた。
それから察するに、彼等はこちらを目指している様だった。

「矢幡さんのソフトウェアで、あたし達に気付いたのかな?」

「だが、動体センサーだけでは俺達と特定は出来ないな」

かりんの疑問に否定意見を出す。
どう考えても動体センサーだけでは人物の特定は出来ないので、動く理由としては弱い。
予測すらつかないだろう。
他に探知系ソフトウェアを見付けたのか?
考えられるのはそれくらいだが、安易に考えて良いものか。
どちらにしろ彼等のPDAは全部同じ所にあるし、俺に敵対する理由は無いだろう。
あちらから来てくれると言うのなら合流する事は悪い事ではない。
これなら大分短縮出来るかも知れないのだ。

「あちらの気が変わるといけないから、こちらからも近付いてみよう」

「了解!」

シュビッと敬礼の真似をして答えて来る。
その額を指で突っつくと、かりんは笑い返して来るのだった。

合流しようと動くが、そのルートを悉く隔壁が邪魔してくれる。
俺達の方はドアコントローラーで無理矢理開いて突き進む。
鉄格子の時とは違ってあっさりと隔壁は開いたし、ただの嫌がらせで閉めているだけの様だった。
だが高山達はそうは行かない様で、通路の途中で立ち止まっては引き返す事を繰り返している。
1時間弱そうやって鼬ゴッコを繰り返した後、漸く彼等も気が付いてくれたのかその行動を止めた。
それから更に1時間を大分過ぎた頃、俺達は隔壁に寄り添って食事に勤しむ面々を見付けたのだった。
うっわ、羨ましい。
そう言えば、腹、減ったな。
20時間近く何も食べて無い事に今更気付いた。

「早鞍お兄ちゃんっ!」

遠目でお互いを確認した中で、真っ先に優希が俺に駆け寄って来る。
背の高さ的に腰にしがみ付く事に成るが、これが俺に大打撃を与えた。
いや金的じゃないよ?
食事風景に油断していた俺の右脇腹の傷を、モロに触ったのだ。

「~~~~~~」

言葉も無く悶絶する俺に、かりんは慌てて優希を俺から引き剥がす。
しかし時既に遅く、俺の意識は一瞬何処かへと旅立つ。
もう、疲れたよ、パ○ラッシュ…。
皆が何か言っている様だが、俺は床に倒れ込んだまま何も聞こえなく成っていった。



皆での行動は初めてではあるが、隊列は綺麗に纏まっていた。
先頭には俺と麗佳。
殿には高山と文香。
中央付近に前から順番に、かりん、優希、愛美、葉月と並んでいる。
優希に昏倒させられ掛けたが、それでも気力で復活して皆にこれまでの経緯を話した。
それで御剣の容態を理解して貰えたのか、皆で4階に降りる事を了承してくれる。
隊列は自然に出来たものだったが、現状の人員からすれば妥当と言える配置だ。
先頭の俺達二人は情報交換を行ないながら、PDAの情報を確認しつつ進軍する。
それによると高山達は麗佳と合流する前に、謎の部隊の襲撃を受けたらしい。
その武装は明らかにこの中で拾ったものではない統一された感じであり、動きも正規の訓練を受けたと思えるものだった。
拠点に篭り重機関銃を用いて牽制していたが、麗佳と合流した時には弾数が心許無かったので拠点を出る事にしたという。
奴等は何故か動体センサーに検知されなかった為、階段付近に検知されたものを俺と仮定して動く事にしたとの事だ。
仮定は当たって、今やっとの事で合流出来たのだった。

途中勝手に落ちて来る隔壁もPDAの機能で停止させて突き進む。
停止というか上に上げ続けるというか。
あの鉄格子のように下まで落ちなければ、こちらからの干渉でイーブンまでは持っていける様であった。
これを見てもゲームマスターかディーラーかは知らないが、その干渉は頻繁に成って来ている。
回収部隊まで動いていると成ると、その妨害は激しさを増して来るだろう。
その前に愛美の首輪は外して置きたい。

「本当、鬱陶しいわね。手塚がドアコントローラーでも手に入れたのかしら?」

何度と無く行く手を遮ろうとする隔壁に、麗佳が嫌気が差したとばかりに呟く。
実際は手塚では無いのだろうが、言う訳にもいかない。

「それでもまだ何とか成ってる。また分断されるのは御免だな」

溜息をついて後ろを覗き見る。
しかし首だけで後ろを向くのも辛い。
それは傷の所為だけではなく、高山から受け取った新しい防弾チョッキの為である。
等級の高い防弾チョッキらしくライフルの弾も防ぐらしいが、重いし動き辛いしで非常に難儀していた。
また防弾チョッキだけでなく、幾つかの装備も高山から貰っている。
その中には俺が使ってもう無かった閃光手榴弾や音響手榴弾の他に神経ガス弾まで有ったのだ。
俺に手渡された時の文香の微妙そうな顔が忘れられない。
回想していると、先の俺の言葉に麗佳が頷いていた。

「そうね、もう離れ離れは困るわ」

うっ、ドキッとするような台詞だな。
PDAが要る彼女だから離れると困ると言う事なのだろうが、彼女のような美人に言われると男としては変に取ってしまいそうだ。
三叉路に入る中でチラ見で右に居る麗佳の顔を確認しようと横目で見た時、横の通路の向こう側に何かを見た。
動体反応には何も無かった筈なのに、やはりジャマーなのか?
だがジャマーだとすると、その使用時間が長い気がするが。
疑問を振り払い、慌てて麗佳の腰を抱えて後ろに下がる。

「きゃぁ」

「うわっとっ!」

麗佳の悲鳴といきなり下がって来た俺を避けるかりんの声がするが、その声は次の音に掻き消される。
三叉路の横の壁に何か大きなものが激突したかと思ったら、それが爆発した。
火の粉が掛かったのか右腕の一部が熱いが、麗佳には被害が無いのを確認したので措いておく。
手塚の奴、派手にやってくれる。
一瞬だけ見えた野戦砲の様な物の向こうに見えたのは、あの手塚だった。
動体センサーにもPDA探知にも反応は無かった筈だが、やはりジャマーソフトか?
前に十字路で攻撃を仕掛けてきた時も同じくジャマーで隠れていたのだろう。

「手塚だっ!全員後退しろ!」

何か最近後退指示ばかり出している気もするが、後手後手に回っているのでは致し方無い。
しかし砲を置く位置がおかしい。
置くならこの先の階段ホールへの出口に直面する様に置かないか?
あれでは殺せても1人か良くて2人である。
まあ手塚としてはあの砲で首輪が壊れても困るのかも知れないが、それにしても不可解だ。
念の為PDAを覗き込む。
手塚はあっちに居るので、見るのはJOKERの動体センサーだ。
俺達の立てる振動が地図の中心に幾つもの波紋として広がっている。
出来れば皆に静かにして欲しいが、手塚が追って来るかも知れないこの状況では無理か。
挟み撃ちがあるだろうこの状況に、次の一手を先に知り得ないと誰かが死ぬ可能性がある。
微かな情報の漏れでも拙いとばかりにPDAを凝視して見ると、本当に微かな異変が目に入った。
皆の大きな波紋に紛れる様に、小さな波紋が立っているのだ。
重なっている波紋。
誰かの荷物によるものだろうか?
PDAの地図は二次元の平面図だ。
Ep2の御剣と同人版の手塚の行動が思い出される。
しまった、もしかして奴は、ダクトか!
上にダクトが通っているかは判らないが、状況的に可能性が高い。

「高山!文香!上だ。奴が居るぞ!」

俺の言葉に他の者は全く意味が判らない様だったが、流石に指名した2人の反応は早かった。
文香はライフルを一掃射、高山に至ってはライフルに取り付けていた単発のグレネードを天井に向けて放ったのだ。
しかも装填されていた弾は焼夷弾系だった様で、これには俺も肝を潰した。
全員が急いで、グレネードの直撃により壊れた天井の破片と降ってくる爆炎から逃げ回る。
破片の一つが優希に向かうのが目に入った。
優希はそれが目に入っていないのか反応出来ないのか、避ける気配が無い。

「優希っ!」

飛びついて優希を押し倒した時、俺の頭に何かが直撃した。
激痛の後に生暖かい液体が顔の表面を流れていく。

「づぅ、くそっ」

鈍い痛みに顔を顰めながら立ち上がる。
周囲を見ると燃えた破片がそこら中に散乱していた。
奴に対しては正確な位置は判らなかったので直撃には成らなかった様だ。
だがダクト内を爆炎が舐めたのか、身体の一部に炎を灯してグレネードで空いた穴から奴が落ちて来た。

「少しは頭を冷やしなさいっ!」

「ぶぉわぁっ」

文香は何故か持っていた小型消火器のノズルを7番に向けて、中の消化剤を派手にぶちまける。
いや、消化剤で頭は冷えないと思うけどな。
そして彼のその手に手榴弾が握られているのに気付いた時、背筋が寒く成った。

消化剤による一時的な酸欠もあってか、奴の意識は落ちた様で捕獲する事が出来た。
ピンを抜く前だった手榴弾を含む各種武装を解除しておく。
此処で俺には大体予想は付いていたが、皆にとっては意外な事実が判った。

「お兄様!何故このような所に?!」

呆然と7番の男を見詰める愛美。

「お兄さん?」

「の、ようだな」

文香と高山の言葉も愛美には届いていない。
気を失っている7番に近付こうとする愛美を引き止める。
これだけ近付いていれば解除条件は満たしているだろうから、これ以上危険な位置には行かせなくて良い。
彼と愛美の詳しい性格や背景が判らない以上は安易な判断が出来ないのだ。

「早鞍さん?何故兄が此処に居るのでしょう?」

「それは、まあ。ゲームに参加して、お金を得る為だろう」

軽い言葉で返すがこれに納得するのは、あの狂気的な言葉を聞いた俺を含めた5人だけだろう。
俺の言葉にかりんがまた余計な事を考えているのか、複雑な顔で生駒兄の姿を見ていた。

「文香、こいつの手当てを頼む。
 他の皆は怪我とか無いか?」

「頭から血を流してる奴が言う台詞では無いな」

あ、そうか。
高山の突っ込みに怪我をしている事を思い出した。
頭もそうだが右腕も火傷したんだったか?
見渡してみても俺以外に目に見える怪我をした者は居ない様だ。
麗佳とかりんに無理矢理座らされて手当てを受けながら、痛いなぁと暢気に考えるのだった。

何時起きるか判らない生駒兄、耶七と言うらしい、はその場に放置して通路を再度階段へ向かって進む。
先ほど俺達とは係わらない銃撃戦の音が聞こえたのだ。
生駒兄もあそこに居たので、考えられるのは同じく探知ソフトに引っ掛からない回収部隊と手塚が交戦した可能性だった。
だが彼等に交戦する理由は一切無い。
先ほど砲撃された三叉路を覗き見ると、野戦砲は置きっ放しなのだが人影は見当たらない。
その反対側にある壁には、先ほどの砲撃を受けた被害状況が浮き彫りになっていた。
たった一撃でその壁は大きく陥没し、その周囲は罅割れだらけである。
野戦砲の威力を余す事無く表現していると言えた。
その通路先を見続けながら皆を通る様に促す。
俺の後ろを高山を先頭に皆が次々と通って行くが、野戦砲付近には何の変化も無かった。

「早鞍さん、全員通ったわ」

最後の文香が通る時に声を掛けてくれる。
後ろ向きに後退しつつ、通路へと後退した。
腑に落ちないまま、俺達は階段ホールまで通ったのだが問題はそこにあった。

「ちっ、挟み撃ちかよっ」

後方の俺まで手塚の焦り声が聞こえて来る。
階段ホールに居るのか?
野戦砲を放棄してまで、此処に来る意味があったというのか?
挟み撃ちと言う事は手塚に敵対するものが俺達と手塚の直線上に居る事を表す。
階段ホール手前で立ち止まっている高山を追い越してホールの状況を見る。

「外原、出るな!」

後ろの高山の声に少し後退した。
状況はどうなっている?
階段ホール内に幾つか立っている柱の1つに身を隠しながら銃を構える手塚。
それに対して2方向から完全武装な兵士姿の奴らが4人ずつで手塚を牽制していた。
多勢に無勢とはこの事である。
位置的には、このまま階段まで俺達が何事も無く通り過ぎる事は可能だろう。
この状態で通り過ぎようとする俺達に手塚がちょっかいを出そうものなら、回収部隊に後ろから迫る事を許してしまうだけだ。
回収部隊からの攻撃は此処までは届かないだろう。
手塚を無視していけば何も問題は無い様に思える。
しかし…。

「高山、麗佳。皆を連れて4階に降りてくれ。かりん、高山達を御剣の所まで案内するんだ」

「外原、お前」

「無謀よ。大体そんなの感謝すると思うの?あいつが」

眉を顰める高山に、手塚が気に入らないのか吐き捨てるように言う麗佳。
それでも此処で彼を見捨てると言う事は、これまでして来た事を否定する事なのだ。

「だから皆は先に行ってくれ。これは俺の我侭だ」

左肩から提げているアサルトライフルを抱え直し、回収部隊の連中を見詰める。

「早鞍、あたしは…」

「お前が行かないと誰が御剣達の居る所に案内するんだ!行けかりん。愛美を頼む」

残り時間は3時間と少しである。
此処からなら余裕とは言え、余り悠長にしている場合では無いのだ。
そして動体センサーで位置が判るからかりんの案内は要らないのだろうが、それを指摘されてかりんに残られるのも拙い。

「北条、行くぞ」

説得は無駄と判断したのか、高山は階段へ向けて慎重に歩を進める。
皆が階段を降りたのを横目で見ながら、階段ホールの膠着した状態を再度確認する。
何故かたった一人の手塚に回収部隊は攻めあぐねている様だ。
何故なのか?
JOKERの画面に何かの反応が出る。
あの位置は、とホール内を見た。
成程、やつらの隠れている通路の出口脇に自動攻撃機械を配置しているのだ。
飛び出たらその銃撃を手塚本人の銃撃と共に食らわせると言う事か。
だが2方面居るので、これでは抑え切れない筈なのだが。
攻め切れない理由とは?
…そうか、時間か。
Ep4の内容を思い出す。
回収部隊は一定時間しか回収行動が取れなかった筈だ。
それがネックに成っているのであろう。
だとすれば今なら俺は動き放題という事か?
手塚はそれを知らないから動けないのだろうが、俺は違う。
相手のインターバルが終わらない内に行動しなければ成らない。
その場にバックパックを降ろして中を漁る。
必要な装備は、と2つのアイテムを取り出した。

それなりに手塚達に近付く為、ホール内の階段に一番近い柱の陰に隠れる。
その柱の陰から身を出して思いっ切り円筒形の缶を投げ放った。

「手ー塚ーっ!」

「外原っ!?」

手塚の方へライフルを向けてその遥か頭上に向けてシングルショットで2発ほど引鉄を絞る。
反射的に手塚も俺に応戦しようとして此方を向くが、その銃口の向きを見て呆気に取られていた。
その間にも左手で投げた缶は高い放物線を描いて手塚の頭を越えて、回収部隊達の前で着地した後に何度か跳ねている。
その直後、手塚に後光が射して見えた。
うわっ、眩し。
咄嗟に柱の影に身を隠して目を庇う。

「「「ぐぅぉぉぉおお」」」

複数人の呻き声が聞こえる。
手塚を逃がす為には手塚にも被害が出る音響手榴弾は使えなかった為、仕方無くこれを選んだ。
しかし光弾対策を取って無いとは、馬鹿じゃないのか?
こっちが閃光弾を持っている事は判っていただろうに。
まあ相手の顔周辺の装備見てたら、対策をしていないのは判るけど。

「手塚っ、早く通路に退避しろ!逃げるんだ!」

「なっ、てめぇっ。どういうつもりだ?!」

「そんなの良いから早く行けっ!そいつ等が復活するだろ!」

「~~~、くそっ」

俺の正論に返す言葉が無いのか、吐き捨てると素早く身を翻して奥の通路へと消えていく。
良し、俺も階段へ逃げよう。
しかし走り出そうとした俺へ向けて火線が走った。

「どわぁぁぁ」

多人数の怒りの銃撃であった。
拙い、これは死ねる。
反射的に柱の陰へと戻ってしまうが、これで俺は出るに出られなく成った。
このまま2方面から挟み撃ちされれば終わる。
これは、確実に死んだか?
…いや駄目だ、絶対に此処では死ねない。
奴らは1分の制限時間でも、この条件なら俺を殺すのには充分だろう。
まだ背負っていなかった手元のバックパックを一度置いて中身を漁ると、煙幕弾が引っ張り出される。
スタングレネードが良かったが、幾つも出しておけないし何より時間が無い。
煙幕弾の缶の頭部分を口で銜えながらもう一つだけと袋の中の缶を掴んだ。
引っ張り出されたのは神経ガス弾である。
効くのか、これ?
柱から少しだけ顔を出して奴らの装備をもう一度確認する。
直ぐに銃撃に見舞われたので急いで隠れるが、奴らの顔にマスク系のものは装着されていない事は確認出来た。
ゴーグルが無いのは確認していたが、奴らの装備品は貧弱である。
所詮は回収の為の部隊か。

奴らの銃弾を何発か食らう覚悟が要るが、やるしかない。
渚にPDAを返さないといけないのだ。
此処で死ねる訳が無い。
寝不足と空腹、そして右上半身と頭の傷が俺に休めと囁き掛けて来るが、断固として無視した。
だが、どうやる?
特殊手榴弾が奴らに効くとしても対象人数が8人と多い。
それら全部を1つや2つで完全に無効化出来るのか?
さっきは不意打ちだったから効いたかも知れないが次はこうは行くまい。
思考を巡らせていると、ポケットに入れているPDAから電子音が鳴った。

    ピー ピー ピー

一旦缶を置いてPDAを引っ張り出し、画面を見ると次の文章が目に入った。

    「3階が進入禁止になりました!」

45時間経過である。
残り3時間、高山達は御剣の所を目指せているだろうか?
そして俺はこの窮地…窮地?
再度階段の位置、自分の位置、そして奴らの位置を頭で整理する。
俺より相手に近かった手塚は2方向からの攻撃に隠れる様に柱の陰に立っていた。
それでも充分に隠れられていたのだ。
そして今俺は手塚の位置よりも遠くの位置に立っている。
死角は手塚の時よりも大きい。
またその死角は考えれば、此処から階段まで真っ直ぐに行かずに途中の死角から行った方が距離が短い。
更に…階段ホールと言えば監視カメラを仕掛ける絶好のスポットである。
此処を映さない筈は無いって位の場所だ。
自分の頭が不自然に冴え渡っているのが判る。
最後の命の炎って感じで嫌だが、今は全力を尽くそう。

さあ行動を開始しよう。
PDAをポケットに収めて床に置いた缶を拾った。
バックパックを片側の肩に背負い直して2つめの缶は傷は痛むが右脇に挟み、口に銜えていた煙幕弾を左手に持つ。
さっき閃光弾を投げた時に左手で投げるコツは何となく判った。
口でピンを抜いて安全レバーを外してから数秒待つ。
1、2、3…よしっ。
その缶を部隊の居る方向でも階段でも無い、全く関係無い方向へ向けて投げた。
投げた瞬間に煙に撒かれないように、柱による死角内を階段へ向けて少し移動する。
煙幕弾は投げて5メートルも飛ばずに空中で煙を撒き散らした。
その煙が満ちる空間を奴らの銃撃が幾本も通り過ぎる
右脇に挟んだ缶を左手に戻してピンを口で抜き、銃撃を横目に見ながら柱の逆方向からアンダースローで部隊の片方が屯する通路へと投げる。
そして階段に一番近い死角場に待機して待つこと数秒、神経ガス弾は効果を発揮した。

「「ぐはっ、げほっ」」

4名ほどがガスを撒かれて苦しんでいるのが聞こえる。
今しかない。
俺は階段へ向けて疾走した。
倒す事は無理だが、こうやって逃げるくらいなら出来る。
そう思って走っていた俺の左足を銃弾が掠めた。
冷静な奴が居たか?
それでも止まらず走るが、煙が広がり悪くなる視界を接近して補おうとしたのか、2名の部隊員が銃を撃ちながら距離を詰めて来ていた。
拙い、このままだと階段に入った後も追われてしまう。
今はカメラ停止期間なのか、堂々とやって来る事に戦慄を覚えた。
右腕が万全で無い事が此処で響いている。
出来ればもう一つ、音響手榴弾も用意するべきだったのだが、短時間で連続的に攻めるには文字通り手が足りなかったのだ。
左肩より下げるライフルを使うべきなのか、とライフルのグリップを握り締めた時、階段の方から声がした。

「そのまま走って。止まらないの!」

言葉と同時に彼女はその手に持ったライフルを連射する。
こちらに突っ込んで来ていた2名はこれを避ける為に、俺が隠れていた柱の裏側に隠れた。
攻撃が止んだ事で走り続けられた俺は、階段に向けて頭から飛び込んだ。

「格好良かったわよ、早鞍さん」

階段ホールに銃口を向けながら、片目を瞑って声を掛けて来たのは文香であった。

「今はそうでもないけどね」

ププッと笑いそうな顔で俺を見る。
ああ、そうだろうさ。
俺は階段に飛び込んだ事もあり、段差の上を転がる覚悟だった。
それを空中でキャッチされたのだ。
今はうつ伏せの状態で膝立ちした高山に横抱きされている。
お姫様抱っこを半回転させたような感じだろうか。
俺が左肩に引っ掛けていた荷物は外れて階段の踊り場に転がっているが、受け止めた時には荷物の重さも受けていた筈だ。
飛んで来る荷物を持った人の身体1人を受け止めるこいつは、本当に人間だろうか?
現実逃避を試みるが上手くはいきそうにない。
非常に人に見られたくない構図を、さっき階段に降りて行った筈の面々に見られていたのだった。

「羞恥プレイかよ…」

俺の呟きは空しく階段へと消えていった。

取り敢えず何時追撃が来るか判らないので、早々に降りて傷の手当をして貰う。
麗佳ももう手馴れたものである。
しかし全員が残っていたらしく、かりんと愛美が目に入った俺は強い口調で声を上げた。

「何で先に行ってないんだ?愛美、自分がやばいんだって判ってるのか?」

先ほど鳴った残り3時間を知らせるPDAのアラームに気付いていないのだろうか?
幾ら此処からなら30分程度しか掛からないと言っても、悠長にしていて良い事態では無い。
それと共に此処に優希が居るという事はあの回収部隊に狙われ続けるという事だ。
先に行っていれば多少は時間が稼げるから、その間にでも距離を離せた。
しかしこのままでは奴等の追撃を受けながら御剣の所に行かなくては成らない。

「貴方が心配で残っていたのよ。一人で無茶しないで」

「だったら愛美だけでも先に御剣と合流させるべきだろう!!命が懸かっているんだぞ?!」

俺の剣幕に麗佳は言葉を続けられなかった。
皆の心配は嬉しいが、考える優先順位がおかしい。
今最優先するのは愛美の時間制限なのだ。
だが今問答していても仕方が無いか。
手当ては終わった様なので立ち上がって身体の調子を確認した。
置いて行けと言っても聞かないのだから、俺が動かなくては成らない。
追撃もだが、早く移動しないと何をされるか判らないのが怖かった。

「早く移動するぞ。奴等が犯人側だとすると、何でも有りだ。何をされるか判らないんだぞ?!」

言いながら率先して階段を走って降りる。
各所の怪我が痛むが気にしていられない。
だがそれはもう遅かったのだ。

ガガガーッという音と共に、階段を塞ぐシャッターが俺の目の前で下ろされたのだった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02564001083374