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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 挿入話3 「彷徨」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/20 20:05

今回の「ゲーム」はトラブル続きである。
「ゲーム」進行の総責任者であるディーラーは開始前から起こり続けているトラブルに、何度も頭を悩ませていた。
そしてまた彼の元に1つのドラブルが舞い込んで来る。

「キングがまだ寝たままだとっ!」

先ほどまで目玉であるAの少年達とイレギュラーの邂逅を固唾を呑んで見守っていたディーラーが、その報告に叫びを上げる。
既に3時間を過ぎている中でまだ目覚めても居ないプレイヤーが居る。
それは現状を理解する時間が減る事でプレイヤーの立場を著しく悪化させてしまう。
Kの少女は一番では無いにしろ、それなりの背景を持つ注目のプレイヤーの1人だ。
その為彼女にベットしている客も当然それなりに居る。
このまま彼女を不利な状態にしては、客の不興を買うのは判り切っていた。
その為には彼女に救済措置が必要となる。
彼女にはお金の為に戦って貰いたいので武器が良い。
だがまだ戦闘禁止の6時間以内である。
それ成りの武器ではあるが、すぐに使えないもの。
そう言えば近くに2番が居た。
彼は契約を重視する傭兵だ。
彼と彼女を早期に出会わせれば、彼女も戦い易く成るだろう。
それならば彼にだけ使える武器を用意すれば良い。
彼のPDAにはルール8があるから安全だろう。
ディーラーは高速で思考を巡らして、1つの決定を下した。

「キングの近くに大口径の拳銃を配置しろ!」

マイクに向かって指示を出す。
通信先は配置担当の責任者に繋がっている筈だ。
配置は正常に行なわれた。
しかし2番がKと出会う前にイレギュラーが彼女と接触してしまったのだ。
これもまた彼等の誤算だった。





挿入話3 「彷徨」



3番のPDA「3名の殺害」を解除条件に持つ青年と別れた彼女は、階段へ向けて歩を進めていた。
彼に言った館内を迷っていたと言うのは嘘である。
彼女は出来るだけ序盤で他のプレイヤーと遭遇しておきたかったのだ。
自分の解除条件であるJOKERが欲しいのもある。
それ以上に死者を少なくしたかった。
こんな「ゲーム」など無くしてしまいたい。
そしてこの「ゲーム」による被害者を少なくしたい。
だからこそ彼女は汚れ仕事を引き受けているのだ。

そんな彼女が再び他者と出会えたのは、経過時間が9時間を過ぎた頃である。
出会った彼女達は見た目に害の無さそうな、ほんわかした雰囲気を周りに振り撒いていた。
彼女を見付けても彼女達は怯える事も無くただ近付くのをボーっと見ているだけである。

「こ~んに~ちは~」

第一声はフリルが沢山付いた服を着た女性だった。

「こんにちは、と言うよりこんばんは、かしら。初めまして、あたしは陸島文香。
 良かったわー。本当に誰も居ないんじゃ無いかと思うくらい、出会えないんだもの」

苦笑を交えて話す彼女に、2人共何の事か判らないと言う様に首を傾げる。
これには文香もおかしいと感じたのか、ちょっと焦って話を続けた。

「えっと、2人共現状判ってる?取り敢えずは上に上がらないといけないんだけど。
 それ以外にもそれぞれの解除条件を満たして、首輪を外さないといけないのよ?」

「あ~、そうでしたね~」

「そう言えば忘れてましたね。渚さんのお話が楽しかったから、つい」

2人はにこやかな笑顔でとんでもない事を言い出す。
全く危機感が無いその態度に文香は疼き出した頭を親指と人差し指で押さえた。
しかしそれなら自分が出会った意味は大きいと気を取り直す。
彼女はこの2人を引っ張って上に上がる事をまず目標にするのだった。

2人の名前とPDAは簡単に明かされた。
フリルの付いた服を着た女性は、綺堂渚。
普通の服装を着た少し若い女性は、生駒愛美。
愛美の方は疑いも無くPDAすら文香に手渡してしまう。
やはり危機感は皆無の様だ。
更に渚の方はPDAを持っていなかった。
文香が話を聞く所によると、愛美の登場の騒ぎの中でPDAを外原早鞍と言う人間に渡したままらしい。

この事態は渚に取っても失策であった。
あのPDAが無ければ運営との連絡も取れないのだ。
指令の為に早く目玉の御剣と合流しなければと焦っていた。
焦っていただけでPDAを忘れるのもおかしな話だが、気付いた時には既に外原と離れていたのである。
優希のPDAもさり気無く持って行っている事から、渚は彼がこの「ゲーム」について熟知している可能性を考えた。
もしかするとあの反「組織」勢力である「エース」の工作員かも知れない。
だがそれを報告する為に必要なPDAは彼に盗られている。
他の人間のPDAでは「組織」との通信には使えない為、愛美のPDAには手を出す必要性が無い。
どうにも手詰まりに成っていたのだった。

一方愛美にとっては頼りに成りそうな女性の同行者が増えた事は喜ばしい事だった。
この薄暗く不気味な感じのする建物内で渚の存在は彼女を精神的に支えてはいたが、それでも不安だったのである。
文香の見た目にもしっかりとした様な雰囲気は、不思議な安心感を齎した。
その為愛美は文香を全面的に信用したのだ。

その後3人は楽しく話をしながら階段を目指す。
渚と愛美はPDAの地図をまともに見れなかった為、先導は文香が務めた。

「へえ~、愛美さんはお兄さんが居るんですね~」

「はい。周りの人には勘違いされ易いですが、本当は優しい兄なんですよ」

いとおし気な笑顔で話す彼女は、本当に兄が大切そうだ。
だから渚は彼女を上に上げなければ成らない。
それも1つの使命であったのだ。

「でもこんな所につれて来られちゃって、お兄さんも心配しているでしょうね」

「そうですね。でも兄も時々何も言わずに4、5日くらい家に帰らなくなったりしますから、お相子でしょうか?」

文香の問いに愛美はくすくすと笑って返す。
本当は凄く心配するのだろうが、今彼女達に言っても仕方が無いので愛美は明るく返したのだ。
それに兄が半年か一年に1回くらい数日ほど姿を消すのは本当である。
3年前からの奇癖であり毎回大小の怪我をして帰って来るが、何をしていたのかは頑として答えてくれないので諦めていた。
それでもきちんと帰って来てくれているのだから。

「やんちゃなお兄さんの様ね?そういう人はしっかりと躾けなきゃ駄目だと思うわ」

文香が軽い調子で言うが、愛美は曖昧な笑みを返すだけだった。

そうして彼女達が談笑を交わしている時、突然断続的に鳴り響く音が聞こえて来る。
丁度PDAの確認がしたいと言った文香の方へ愛美が寄って行った直後であった。
音の直後に渚と愛美の間の床に火花が散る。

「愛美ちゃんっ!」

文香は急いで愛美の身体を引き寄せる。
先ほど聞こえた音は彼女にとっては馴染みのある音、銃撃音であった。
その後も続く銃撃音と床に散る火花に、2人は追われる様に移動するしかない。
立ち止まればその銃弾を身体に受けて死ぬのだから。

(情報と違う?)

これまでの「ゲーム」のデータを纏めた情報によると、1階に銃器は無い筈である。
特例で持たされた例が全く無かった訳では無いが、それでもそうそう特例が発生するとは思えない。
周囲を見渡しても、遠くへと逃げる渚以外の人影はおろか銃口すら見えない状況に困惑が増す。

「愛美さん、もう少し行けば2階への階段があるわ。そのまま2階に逃げましょう」

片手に持ったままだったPDAの画面を見ながら提案する文香に、恐怖で文香について行く事しか出来ない愛美は答える事が出来ない。
その様子を横目で確認すると、愛美の手をしっかりと握り締める。
そして未だやって来る銃撃から身を翻して走り出すのだった。

銃撃は渚の目の前に着弾した後、彼女をも追い立てた。
この事態に身体は瞬時に対応して着弾点から離れる様に後退する。

(PDAを盗られる様な駄目なゲームマスターは切られたって事?)

嫌な予想が脳裏を過ぎるが、やはり答えは与えられないままである。
結局彼女は追い立てられるままに迷路の奥深くまで行かざるを得なかったのだ。
彼女には確認する術は無いが、この時の経過時間は10時間過ぎ。
丁度愛美の解除条件を満たさない時間に調整されたものであった。



文香達は2階に昇ってからはあの銃撃を受けていない。
階段ホールではただ攻撃者が追いついていないだけかと思っていたが、随分先に進んだにも係わらずあれから攻撃を受ける事は無かった。
渚が心配ではあったが、このまま1階へ降りても再度攻撃を受けるだけだと断念する。
彼女には頑張って自力で上がって欲しいと願うしか出来ない。

(あれは「組織」の介入としか思えないわ。それも丁度愛美さんの解除条件に係わる時間にして来た)

文香は運営の意図を読んでいた。
この「ゲーム」が何を目的としているかを知っているので、それが何を意味するのかも判っている。
つまりは愛美が簡単に解除出来てしまうと客を満足させられない為だろう。
そこまで読んだが、彼女には愛美を守る事以外に出来る事が無かった。

「文香さん、大丈夫ですか?」

「ええ、心配有難う」

不安そうに尋ねて来る愛美に文香は笑顔で軽く返す。
愛美も逃げ続けていた時は怯え切りすぐに上がっていた息も、あれから時間の経っている今は落ち着いていた。
いざと言う時に全く役に立たない事は今回で良く判る。
それが文香には不思議であった。
「ゲーム」をエキサイティングにする為には、ここぞと言う時に思い切りの効く人物の方が盛り上がり易い。
逆にこの様に萎縮するだけの人物では見世物としては詰まらない事甚だしいのだ。

(人選ミス?)

「組織」に限ってそれは無いだろう事柄である。
大体この「ゲーム」には数ヶ月に及ぶ準備期間があるのだから。
慎重に移動を続ける彼女達は途中の部屋も一応探してみていた。
その中で彼女達は物騒な物を見付けてしまう。

「文香さん、これは…」

「コンバットナイフね。こんな危険な物もあるのね」

文香は白々しく呟く。
彼女にはこんなナイフだけではなく、銃はおろかサブマシンガンやライフル、手榴弾まである事を知ってはいる。
しかしそれを今話しても愛美を怯えさせるだけだ。

「これはあたしが持っておくわね。良いかしら?愛美さん」

「あ…はい…」

少しは事の重大性が判って来たのだろうか。
その返事は力が無かったのだった。



彼がこの建物内で起きた後、机の上にあった小さな機械を見付けはした。
だがもう定年も間近の碌にパソコンも触った事の無い彼には、その機械については何も判らない。
ただこれ以外手掛かりが無い為持って来たは良いものの、時折電子音を鳴り響かせるその機械に辟易していた。
その彼、葉月克己が有利だったのは、彼が2階への階段近くに初期配置されていた事だろうか。
だがそれは同時に不幸な事でもあった。
誰にも会わずに彼は6時間以内に2階へ上がってしまったのだ。
途中で6時間経過や戦闘禁止エリアの前に立った事によりPDAからの警告音を聞いていたが、PDAを操作出来ない彼には事態がさっぱり判らない。
どちらも画面に出ていた1ページ目だけを読んだだけである。
しかしそれでも戦闘禁止エリアと言う一文に安心して、彼はそこに立ち寄った。
その時は開始してからまだ7時間しか経っていなかったが、異常な状況で精神が張り詰めて居たのかソファーで座ったまま寝てしまったのであった。

起きた拍子に、PDAに手が当たったのだろう。
元々表示されていた<クラブの4>ではなく、様々な数字や文字が並んだものが葉月の目に入った。
「解除条件」目が吸い寄せられて、無意識にそこへと指をやる。
その時ピッという電子音と共に画面が切り替わり、小さな文字が並んだ。

    「他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。首を切り取っても良いし、解………」

画面一杯に並ぶ文字に葉月は目を見開く。

(首を…切り取る、だって?!)

その後の文章を見ればその必要は無いのが判るのだが、彼はショックでその時には考えが及んでいなかった。
そんな馬鹿なとは思うが、この非常識なほどに大きな建物や首輪などの仕掛けを見ると冗談にも思えない。
彼の不幸はこれまでに協力的な人物と出会えなかった事であろう。
そんな彼にやっと幸運が舞い降りる。
彼が自分のPDAに書かれてあるルールを見る前に、この部屋に他者が来たのだった。

カチャリと扉が開き、外から2人の女性が入って来た。

「あら?先客が居るわね。こんばんは、あたし達も失礼させて頂くわね」

にこやかに笑って挨拶をするが、文香の内心は非常に警戒をしていた。
相手は首輪をしているから大丈夫だろうとは思っていたが、逆にルールを知らない者がいきなり攻撃して首輪を作動させるかも知れない。
一度も見た事の無い彼にその危険を考えたのだ。

「き、君達は何者、かね?」

いきなり部屋に入って来た人物に警戒をする葉月。
その彼に文香はまず自己紹介を行なった。

「初めまして、あたしは陸島文香。こちらの女性は生駒愛美さんよ。
 あたし達も此処にいきなり連れて来られて困っていたの。
 ちょっとお話良いかしら?」

「あ、ああ。どうぞ…」

文香の言葉に葉月は敵意が無いと思い、躊躇いがちにだが頷いた。
男の了承を得て対面のソファーへと座った2人は、やっと一息をつく。
渚と別れてからずっと緊張しっ放しの歩き通しで、2人共疲れていたのだ。
逆に葉月の方は2人の女性がどんな人間なのかが判らないのでオロオロとしていた。
一応危害を加えてくる気配は無い様だが、どんな目的があるのかが気になる。

「…それで僕に、何の用があるのかね?」

「あら?あたし達は戦闘禁止エリアがあったから入っただけ。
 フフ、おじ様もそうなのでしょう?でも、偶然だとしても人に会えて良かったわ。
 それで、おじ様の名前を教えて頂けると嬉しいのだけれど?」

文香は彼の態度から多分強制参加者だろうと読む。
全く何も知らないものがこの「ゲーム」に参加させられた場合は、この様に何も判らずに彷徨う事もあるのだ。

「僕は、葉月克己。一体、この建物は何なのかね?」

「御免なさい葉月さん。それはあたし達にも判っていないの」

文香は少し落ち込んだ様子で返答をする。
だが彼女はこの「ゲーム」を良く知っていた。
それでも知っている事そのものを知られる訳にはいかない。
今もこの遣り取りは「組織」に見られているのだ。
そして彼女には重大な使命があるのだから。

「それで葉月さん。ルールは何処まで知っておられますか?」

「ルール、かね?」

そう言えばさっきそんなものを見た様な気がした葉月だが、彼には思い出す事が出来ない。
今PDAの画面を見れば表示されている中に「ルール」タブも在ったのだが、彼がそちらを見る事は無かった。

「ええ、ご存じ無い様ですから、1から述べますね」

文香は数時間前に会った外原と言う男性から教えて貰ったルール表の内容をそらで述べていく。
元々歴代の「ゲーム」のルールは大きく違いは無いので、文香には覚え易かったのだ。
ルールの1から8を述べてから、再度葉月へと話しかける。

「以上の様に成っていまして、首輪が作動するとほぼ確実に死ぬようです。
 ですから首輪が作動しない様に、あたし達は各々の解除条件を満たす必要が有ります。
 出来れば葉月さんの解除条件を教えて頂けないでしょうか?」

「…済まない、それは…出来ない」

荒唐無稽なルールと先ほど見た首を切り取ると言う文章を思い出した葉月は、自分の解除条件を明かせなかった。
彼にはまだ、解除された首輪を使うと言う文言も目に入っていなかったし、考えもしていなかった為である。
葉月の様子に文香も無理に聞くのは拙いと感じて、追求は控えるのだった。

「それで、葉月さんはこれからどうされるのですか?
 あたし達は一旦此処で休んでから、3階を目指す予定ですが」

現在の経過時間は13時間37分である。
1日目の23時37分ともなれば、眠くなっても当たり前であったのだ。
葉月は少し考えてから、文香に聞いてみる。

「僕は、出来れば他人とは争いたくない。その、勝手だとは思うが、一緒に行っても良いだろうか?」

この葉月の申し出は文香には歓迎すべき事であった。
出来るだけ仲間を増やせば、対応出来る事が増えるだろう。
他人を足手纏いだと思う事が無い彼女らしい考えであったと言える。

「ええ、願っても無い事です。これから宜しく御願いしますね、葉月のおじ様」

ニカッと笑って文香は葉月に握手を求めたのだった。



経過時間17時間18分。
戦闘禁止エリアで3時間程度の短い時間睡眠を取った彼女達は葉月と共に3階を目指した。
3階への階段は戦闘禁止エリアから比較的近い場所に存在していたので、昇る事には問題無かったのだ。
3人はその性格の為か意気が合った。
特に戦闘が苦手そうな葉月と愛美はこの状況では似たもの同士なので共感した様だ。
唯一腕に覚えのある文香が先頭に立ち、見難いPDAの地図を見ながら4階への階段を目指す。
1時間程度歩いただろうか。
その時に文香は気付かなかったが、葉月が踏み板式のスイッチを踏んでしまう。
葉月は愛美と楽しく話をしながら歩いていたので大分文香と離れていたのが災いとなった。
その葉月達と文香の間に隔壁が降りて2組を遮断したのだ。

「しまった…」

葉月は自分のミスであると実感していた。
これで危機対処能力が乏しい自分と愛美だけで生き抜かなくては成らないのだ。
静かに隔壁へ手を突くと、葉月は呆然と項垂れたのだった。

もう一方の文香はいきなり降りた隔壁に他者の介入を考えた。
更にタイミングが悪い事に、そこには彼女以外に他の者が居たのだ。

「ケッケッケ、得物が勝手にやって来たぜぇ」

文香の前に通路を塞ぐ様にして立っていたのはチンピラ風の男、手塚であった。



6時間経過時の戦闘禁止解除直後に御剣達を襲ってから、彼はずっと1人で館内を彷徨っていた。
彼としては特に急いではいない。
それと言うのも、こんな状況ではいずれ時を待たずにお互いが争いあうだろう。
自分はその種をばら撒いていけば、この「ゲーム」の参加者どもは自滅していく。
そうすれば時間と共に首輪は作動していくと、彼は考えたのだ。
この2階でプレイヤーカウンターを手に入れていた手塚は、この時はまだ安易に考えていた。
10時間経過頃に3階の奥まった所にあった戦闘禁止エリアで、一度ぐっすりと6時間眠ってから再度行動を開始する。
途中の小部屋にあったプレイヤーカウンターを手に入れた時の様な真新しい段ボールを見付けたので、期待して中を覗いてみると予想外の物が見付かった。
プレイヤーカウンターと共に入っていたコンバットナイフよりも大きな、両刃の長剣である。
鞘を持たないその長剣は、覗き込んだ手塚の顔を映し返すほどに綺麗な刀身をしていた。
その柄を持つと、ずっしりとした重量感を感じる。
刃に指を当てると刃引きしていない鋭さを感じ取り、ゴクリと喉を鳴らした。

(おいおい、これで殺し合えってか?連中は何を考えているんだ?)

手塚にはまだこの建物へと13名を閉じ込めた「組織」の意図を測りかねていた。
怨恨や金銭では無いと思う。
エントランスホールで出会った奴等は、余りにも共通点が無さ過ぎた。
それでも生き残る為には彼は5人に死んで貰わなければ成らない。
口の端を歪めて、彼はこの部屋を後にしたのだった。



目の前に佇む男を見て文香は戦闘体勢を取りながら、彼を観察した。

(彼が手塚?)

外原に聞いた特徴にピッタリと嵌る彼の容姿に緊張が走った。
彼の右手には剥き出しの長剣が握られている。
それはコンバットナイフよりも取り回しは悪いものの、そのリーチと威力は比べ物に成らない。
障害物の無い、この様な廊下では圧倒的に有利な武器であった。
彼にとってこの事態は別に狙っていた訳ではない。
集団が近付いて来る音を聞いたので少し先で待ち伏せしていたら、勝手に分断されてくれたのだ。
それもこちらが少ない方と来た。

「美人の女神様は、俺様に勝てって言ってくれてるみたいだなぁ?」

少しずつ近付いて来る手塚に対して、文香は退がらなかった。
退がれば隔壁を背にする事になり、身動きが取り辛く成るからだ。
後一歩で長剣のリーチに入ると思われたそのタイミングで、それまでゆっくりと動いていた手塚がいきなり大きく踏み出して横振りで切りつける。
縦よりも横の方が素人には避け辛い為であった。
だが文香は彼の構えからこれを読んでおり、踏み込んだ瞬間に前方へ転がり込んだ。

「何っ?!」

突然足元までやって来た文香に手塚は素早く右手の長剣を手放して重量の慣性を最小限に抑えつつ、左手で腰の後ろに挿したコンバットナイフを握る。
逆手で握ったナイフを足元の彼女へと振り下ろすが、文香は連続して前方に転がって手塚の後ろに回り立ち上がった。

「くそがっ!」

彼の失敗はナイフを逆手で握った事だった。
確かに取り出し易かっただろうが、下に居る相手に刺すなり斬るなりする為には逆手では大きく膝を折る必要がある。
またその後に正面に居る相手に対して攻撃するのにも不利だったのだ。
それを彼が攻撃した後に悟り順手に持ち直して立ち上がった時には、文香は既に数十メートル先を走っていた。

「待ちやがれっ、このアマがっ!」

全く反撃して来ない事を馬鹿にされたと感じた手塚は、感情に流されて文香を追うのだった。

文香は手塚の追走から必死になって逃げ続けていた。

(危なかったわ)

今でも背中の冷や汗が服を張り付かせて気持ち悪い。
手塚は運動神経も思考回路も悪くなかった。
逆に一般人に比べればかなり良い方だと思える。
だが如何せん彼は素人であった。
これがプロであったなら、彼女は既に死んでいただろう。
それでも今彼に追われている間は気が抜けない。
せめて拳銃くらいは無いと彼を黙らせる事が出来ないと、文香は考えていた。
それはある意味間違いである。
この思考が「ゲーム」を加速させる元である事など彼女には判っていない。
それは「ゲーム」の見えざる悪意だった。

3階には一応拳銃も置いてある。
手塚も文香もまだ手にしていなかったが、それは確実にあるのだ。
それをまず手に入れたのは手塚の方だった。
ただ追い掛けるだけだった彼は、疲れて近くの部屋に入った。
気分がそうだったから、それだけが理由だったのだが、その彼に用意されたものは一挺の拳銃である。
普通の38口径の通常弾を使用する回転式弾倉のものである。
既に入っている6発の弾の他にも段ボールの中には予備の弾も30発近く入っていた。
新しく手に入れた武器(おもちゃ)を手に取って眺める手塚。

「クックック、こりゃぁ良いや。これで殺せってかぁ?こいつは派手なゲームになりそうだなぁ」

心の底から楽しそうに、手塚は笑い出すのだった。

文香は全速力で廊下を数十分も疾走した事で疲れ果てていた。
考えてみれば、あの隔壁の場所で長剣は捨てているのだから、応戦出来たかも知れない。
それでも男と女の筋力の違いが出るかも知れない。
彼女は壁に手を突いて息を整えながら、とりとめも無く考えてしまう。
暫くしてPDAを出して付近の地図を確認しようとするが、闇雲に走って来た所為で自分の位置を見失っていた。

「参ったわぁ」

本当に困った調子で文香は落胆した。

それから暫く道なりに歩いていると階段ホールに到着した。
階段を見る限り上へ昇る方は瓦礫で封鎖されている様には見えない。
PDAの地図で上に登れる階段の付近を確認して、自分が居る所と今まで歩いて来た通路の形状を比較するとピッタリと一致した。
やっと地図の価値が復帰したと思い、階段ホール内へと足を運ぶ。
彼女には悩みがあった。
此処で昇るか、3階に残るかである。
葉月達と文香が分断された場所は進行中に殆ど地図を見ていた彼女には判っていた。
そこから今文香が居る所までの距離と葉月達が、あの通路を封鎖されてから回り道をして来る距離では3倍以上の差がある。
その上彼女はその殆どを走っていたのだ。
更に葉月達に地図を見ながらこの迷路を歩けるかどうかも怪しかった。
つまり彼等はまだ3階に居ると思われる。
合流するなら3階を探索すべきであるが、闇雲に探しても出会えるかが問題であった。
そんな思考を巡らせていた文香の耳に発砲音が聞こえたと同時に左肩を銃弾が掠める。

「つぅっ!」

完全に彼女は油断していた。
続けて2度発砲音が鳴り、1発が彼女の右足を掠める。
遮蔽物の無い階段ホールでは狙い撃たれるだけなのは判っていたので、一番近い通路である4階への階段へと入った。

「チッ、仕留め損ねたか。狙いが上手くいかねぇな、こりゃぁ」

元々拳銃は遠距離狙撃には向かない。
この距離なら当たればラッキーなのだが、手塚はこれを自分が慣れていない為だと思っていた。
一応今撃った3発を取り替えて、6発をきちんと装填し直す。

「さぁてっと、狩りの時間だぜぇ」

楽しそうな声を上げて4階への階段に足を掛ける。
その時彼のPDAから軽快な音楽が鳴り響いた。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

今まで出て来たどの音とも違う音楽に手塚は困惑した。

(何だ?何があった?)

何か拙い事でもしたのかと焦りながらPDAの画面を見ると、そこにはかぼちゃ頭に蝋燭を乗せた人形みたいな化け物が映っていた。

「やぁ、ぼくはスミス。手塚くん初めまして。
 今日は良い話を持って来たんだぁ」

耳障りな電子音声が鳴り響く。
手塚はその珍妙な化け物と音楽、そして物言いに顔を歪ませた。

(巫山戯やがって。つまりは遊びって事か?)

手塚はこの一連の出来事が余りにも馬鹿にしていると感じた。
今こちらは殺すか殺されるかのデスゲームの最中である。
それを下らない演出で邪魔されたのだ。
手塚は持っているPDAを睨み付けて次の言葉を待った。

「怖いなぁ手塚くん。そんなに睨まないでよぉ。
 良い話ってのはね。君にあるプレゼントをしようってものなんだ。
 でもタダじゃ無いよ?ある事をクリアすれば良いんだ。
 さぁて…お待ちかねっ「エックストラッゲェーィムッ」。
 内容は簡単さ。上の4階のある一区画に様々な罠を用意したから、それを潜り抜けてゴールである此処まで帰って来る事!
 名付けて「走って潜って回って、ポンッ」だよぉ。
 もし受けるなら、成功報酬として君には様々な武器を与えよう」

スミスの言葉を、手塚はPDAを睨み付けたまま静かに聞いていた。
コミカルに動くPDAの画面などどうでも良い。
その内容が大事であった。
罠と言うのがどれほどのものかは判らない。
だが彼等が自分に武器を持たせたがっているのが何となく理解出来る。
そしてもう1つ。

(奴等、見てやがるのか…)

手塚がPDAを睨み付けた次の言葉が「睨まないでよ」だ。
つまり監視カメラか何かで手塚の、いやそれだけではないだろう。
館内に閉じ込めた者達の様子を見ている。
手塚はそこまで予測した。
しかしその先が判らない。
何故自分に武器を持たせたいのか。
何故自分達をこんな所に閉じ込めて見物をしているのか。

(楽しいから?)

違う気がする。

『少なくとも、この茶番を企画した連中の思い通りは気に入らん』

全域が戦闘禁止の時に会った変な青年の言葉が脳裏に浮かんだ。

(茶番、を、企画、ね)

何かが引っ掛かった。
奴に聞いたら何か答えが出るかもと思うが、今奴が何処に居るのかも判らない。

「どうするのぉ、手塚くん?」

沈黙する手塚にスミスが催促する。
色々と疑問は在ったが今の彼には武器は喉から手が出るほど欲しかった物だ。
だから当然彼はこの提案に乗った。

「良いぜ、やってやる。その代わり、得物は奮発してくんな」

不敵に笑って答えたのだった。



4階に上がった文香は手塚から攻撃を受けていた。
その上何故か罠がその行く手に張り巡らされていたのだ。
これは「組織」も予想外であった。
彼女が3階に降りようと引き返して来たのが誤算だったのだ。
手塚は彼女の出現もエクストラゲームの罠の内だと思い、容赦はしなかった。
彼女がこの4階で防弾チョッキを拾い、着ていなかったら彼女はもう死んでいただろう。
既に胴体には4発、左腕に2発、右腕に1発、左足に2発が当たったり掠めたりしていた。
胴体に当たった弾も傷は深くないが、その衝撃は打撲傷と共に彼女の体力を損耗させる。
途中で彼女はおかしいと思い脇道に逸れて逃げ出した。
それから10分ほど逃げるが、手塚は追って来ない。
彼女の行く手を幾度と無く阻んだ罠も、綺麗さっぱり無くなっていた。
一体何だったのか。
彼女には答えを出せないまま、近くの部屋に入った途端に疲労に耐えかねて崩れる様に眠りに付いたのだった。

彼女がこの「ゲーム」に参加した目的は、館内に様々な工作を行なう事だった。
だが工作は出来れば上層階が良い。
「ゲーム」終盤で番狂わせを行なう為の仕掛けであるのだから、当然の事である。
だから彼女は早く上へと上がってしまいたかったが、彼女のお人好しな性格はそれを許さなかった。
文香が疲労困憊で寝た部屋で起きたのは、経過24時間を大分過ぎた頃である。
早く下に降りて葉月と愛美と合流しなければ成らない。
手塚と言う脅威が彼等に襲い掛かる前に。
彼女は下の階から持って上がっていた食料を少量食べてから、行動を開始した。

一応この部屋にあった真新しい木箱を開けてみた。
するとその中には拳銃と弾薬、そして1つの黒いプラスチックの箱が入っていた。
文香は黒い箱を手に取るとじっくりと眺め見る。
初めて目にするが、情報にあったツールボックスと言うやつだろう。
彼女の所属している組織は「ゲーム」に関して様々な情報を手に入れていたのだ。
ボックスの表面には「Timer/OFF-Limits」と書かれている。

「進入禁止時間の表示?」

役に立つのか立たないのか判らない様なソフトウェアだった。
早速インストールしてみると、時間表示である経過時間・残り時間の下に制限時間が表示させている。
経過時間25時間11分、残り時間47時間49分、そして制限時間は28時間49分とあった。

(進入禁止に成るのが54時間目って事ね)

しかしこれでは今居る階しか判らないのかと落胆した。
どちらにしろ今居る階が重要なのかと気を取り直す。
もう1つ入っていた物品である拳銃を腰のベルトに挿して、彼女はこの部屋を後にした。

彼女が慎重に3階へ降りる階段に近付いた時は誰も居なかった。
そのまま3階へと降りて階段ホールを油断無く見回す。
PDAの地図をもう一度確認して、彼等が移動しそうなルートを予測した。
この3階の進入禁止までの制限時間は4階より9時間程減っている。
あと19時間は大丈夫という事だ。
一番短いルートをまず確認しようと文香は1つの通路へ向けて階段ホールを駆け抜けた。
予想外にも手塚からの攻撃は無い。
彼は何処へ行ったのか彼女は気に成ったが、位置が特定出来ない以上、罠と同様に注意する必要があった。

そうして慎重に進んでいったその道は行き止まりだった。
地図には書いていないが、その通路を塞ぐ壁が存在していたのだ。
誰かが罠を作動させたのだろうか。
文香は仕方が無く引き返した。
既に道に罠が無い事は判っているので、人の気配だけを注意して道を歩く。
体力を温存する為出来るだけ早足には成らない様に注意する。
今の自分には拳銃があった。
だから大抵の相手になら勝って見せると意気込んでいた。
階段ホールに戻った時、今度は駆け抜けずに慎重に歩を進める。
そんな彼女に声が掛けられた。

「文香!」

若い男の声。
葉月ではない。
文香はその声の方向に向けて拳銃を構える。
彼女の目に入ったのは1階で出会った外原早鞍と言う人物であった。

「外原さん、無事、だったのね」

一応声を返す。
だが彼は9番の少女の首輪を外す為にエレベーターを使って6階に昇った筈だ。
此処に1人で、それもアサルトライフルやコンバットナイフを装備して、膨れ上がったバックパックを背負っている。
完全武装の彼に背筋が寒くなった。
手塚どころの話ではない。
身体が震えだしそうに成るのを我慢して彼に問い掛けた。

「…何故貴方が此処に居るの?6階を目指していたのではない?」

「文香、誰に攻撃を受けた?」

外原は彼女の問いに答えずに、文香の様子を見て険しい顔で逆に聞いた。
彼に伝えるべきか迷うが、隠す事でもないかと素直に答えておく。

「手塚、って人だと思うわ。貴方の言っていたチンピラ風の男よ」

文香の言葉を聞いた外原は心底困った様な顔で肩を落とした。
そして顔を上げてから文香に微笑みながら言葉を紡ぐ。

「こっちは順調、とは言えなかったが、目的は一部果たしたぜ」

言葉の後に通路の向こうに何かの合図を送っている。
文香は仲間を呼ばれると思い緊張した。
こんな装備の者が他にも居たら絶対に勝ち目が無い。
引鉄に掛かった指に力が入る。
ドクドクと心臓が押し出す血液が頭に良く響いた。
心臓の音が通路の向こうから出て来た者達を見て更に跳ね上がる。
そこから出て来たのはこちらにアサルトライフルを向ける男女と、首輪の外れた2人の少女だったのだ。

「…随分と増えたのね」

文香は拳銃を降ろしながら、明る目の口調で少し笑うのだった。


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