「リーン、ちょっと良い?」「はむ?」「食べてからで良いから」 学校の教室にてクロエ経由で入手した魔法構成に関する最新レポートを読んでいると、クラスメートであり、学級委員長(真)であるノア・レイニーちゃんが声を掛けてきた。ミッドチルダにもあったチョコロールを口に咥えながら振り向いたので呆れた顔をしている。7才児に心底呆れた表情を向けられて少し悲しくなったが、物を食べながら読書に勤しむのは俺の”昔”からの癖である。場は弁えるつもりだが、家だとマリエルに注意されて突っつかれるので学校ぐらい勘弁願いたい。 さて、”リーン”という愛称で分かっただろうが、彼女は俺の友達だ。念願の愛称ではあるけれど、そう呼んでもらうように頼んで実際呼ばれてみるとやっぱり女の子な響きに涙したのは悲しい過去の出来事である。7才になり2学年に上がっても、ガキンチョどもはやはりガキンチョのままだ。しかし、そんな中でノアちゃんはかなり賢い子供だった。少なくともスバルちゃんよりはよほど頭が回る。でなかったら俺が戯れに教えた連立方程式を使って算数の文章問題を解かないだろう。「リリアーナちゃんは果物屋で300円のリンゴを3個買い、スーパーで350円のミカンを2個買いました。帰りにリリアーナちゃんは400円落としてしまい、残りは940円でした。元々リリアーナちゃんはいくら持っていたでしょう?」という問題に税抜きだった場合と税有りだった場合の二パターンの答えを書いたのもちょっとした伝説になっている。 俺? 実はそのテストでお呼び出しを食らった。正規の答えを書いた後にちょっと暇だったもので全自動計算筆記ソフト「テストできるんです」君(問題の読み込みから自己判断でのファジーな答えを出力。文章問題にやや弱く正解率は90%弱、要修正)を即興で作って走らせて遊んでいたらカンニング扱いにされてしまったのだ。当たり前である。幸い俺の成績は明らかで、職員室での説教だけで済んだのだが。 閑話休題。 そんなどうでも良い回想は置いておくとして、ノアちゃんの用件を聞くことにする。が、何故かノアちゃんは渋い顔をして言い辛そうに口を開いた。「それがね、先生がリーンに頼みたいことがあるらしいのよ」「はい?」 首を傾げたのは教師が俺に用事があるという事そのものではなく、何故それをノアちゃんから聞かせられなければならないのかだった。さらに詳しい事情を聞いてみると、なんとも言いがたい用事だった。正直、俺にその用件を持ってくる自体が間違っているとも言える。しかし、たまには世の中に貢献してもいいだろうとそれを引き受ける事にした。”それ”の内容とは……。「ごめんねー、コッペルさん。後で個人的に先生奢っちゃうからっ」「いや、いらないです。他の生徒のやっかみ貰いますからむしろやめてください」「そうですよ、イリア先生。学校でお菓子なんか食べちゃダメです。下校時に寄り道もダメです。リーンの家に届けてあげて下さい」「ノアちゃん、それも違うから。あ、ソーセキ、修正したデータの詳細と修正前のデータはバックアップ取っておいて」「【了解しました】」 俺がやっているのは陸上用の記録機械の調整だった。もちろん、完全に分野違いだったのだが、俺にはソーセキ先生が付いている。物理的な故障で全く動かないのだったらお手上げだけれど不具合を直す程度などお茶の子さいさいだ。短距離や長距離、他陸上競技全ての記録を測定して記録してくれるという超便利機械なのだが、最近はどうしてもその記録に誤差が出たり、上手く保存出来なかったりするらしい。が、実はミッドチルダで陸上競技はあまり盛んではない。正確には魔法を使っての競技が主流で、身体能力のみで走ったりジャンプしたりするだけの陸上競技はあまり人気がないのだ(マラソンもついでに絶滅すると良い)。魔法を使っての競技は個人差が激しいので純粋にスピードを計る競技というのは存在していない。いわゆる障害物リレーに近い物ならあるらしいが。 そんな事情があり、コンマ数秒ずれるとか記録映像にノイズが走るだけの故障では、修理業者に頼む許可が下りなかったらしい。顧問であるこの調子の良い女教師が陸上クラブ所属のノアちゃんを通して俺を頼って来たのはそんな理由だった。魔法の構成の天才として名が知れている俺ならきっと出来るだろうとそういう判断で。きっぱり分野違いの勘違いである。大体そういう時間が経っての不具合は部品の磨耗や整備不足が原因で、プログラムとはほとんど関係なかったりする。しかし、そこはそれ。交換部品がなくてもプログラムの方を弄って誤魔化すことは出来るのだ。「一応直りましたけど、あくまで応急処置です。これ以上イカれるようならちゃんと修理に出してくださいね。あ、中のプログラムを元に戻すのはその時またやりますから、修理業者を呼ぶ前に私を呼んでください」「あ、ありがとー! アイリーンさーん」「感動したフリして抱きついてほっぺむにむにすりすりしないで下さい。訴えますよ」 こういう改造は業者もお手上げになる事がままあるので、データを元に戻せるよう準備しておくのは必須だ。まあ、無駄データをソーセキの中に保存しておくのは嫌だし、後で適当な記録媒体に移して保管しておこう。 先生の頬っぺたスリスリ攻撃はノアちゃんが無理矢理身体を割り込ませて引き剥がしてくれたので、無事開放された。綺麗な状態でハグをしてくれるならまだ嬉しかったかもしれないが、あいにく記録機械と散々格闘した後だったのか先生は油塗れである。はっきりウザい。助けてくれたノアちゃんにお礼を言うとエビフライみたいなお下げをぴょこんっと跳ねさせて照れていた。ノアちゃん、そこは「べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからねっ」だ。 しかし、たまにはこうやって魔法だけでなく機械の方を弄るのもいいもんだ。今こそ魔法陣相手だが、”昔”はパソコンを相手に格闘していたのだ。酷く懐かしい気分に襲われる。 元々地方出身の”俺”は高校卒業と同時に上京し、システムエンジニアとして小さな会社に入社した。大学へ行く気はなかったが、夜間の専門学校に働きながら通った。パソコンのプログラミングについては趣味で習得していたけれど、仕事を始めてから正規の知識が必要だと実感したからだ。親元にいる時にそう考えられていれば金ぐらい出してくれたのかもしれない。が、一人立ちしてから親に頼るのは嫌だったのでそういう選択になったのだ。 決して楽だったとは言わない。しかし、好きなことをやっているので勉強も仕事もそう苦にはならなかった。暇はあまりなく、遊ぶといえば会社の同僚と飲みに行ったりカラオケで馬鹿騒ぎしたり……まあ、その程度だ。忙しくもそれなりに充実していた日々は幸せと言えただろう。 あの日、俺は他の会社から回ってきた急ぎの仕事を三日三晩の地獄ロードを走破して片付けて、一人祝杯を挙げようと缶ビールを片手に家に帰宅した。おつまみのスルメを用意してプルタブを開ける。しかしどっと睡魔が襲ってきて、勿体無いなぁと思いながらも一口も口に付けずにベットに沈み込み……。「リーン!」「は、はい!?」「もうボーっとして。車に轢かれても知らないわよ」「……そこはさすがに注意して欲しいな」 気が付けば、ノアちゃんが顔をドアップなまでに近づけて覗き込んでいた。そう、今の俺は●●ではなく、アイリーン。呆けていたのか、ノアちゃんは呆れている顔をしている。今日何度目だ。周りを見回せば、そこはもう学校ではなく下校中。呆けている間にこんな所まで歩いて来てしまった様だ。 ノアちゃんに謝ると、今度シュークリームを奢る約束をさせられてしまった。うぅむ、小遣いあんまりないんだけどなぁ。「……ノアちゃんはさぁ、いくらぐらいお小遣い貰ってる?」「え。……このくらいだけど」「月で?」「そう。リーンは貰ってないの?」「ノアちゃんと同じぐらいは貰ってるけどね……欲しいのには全然届かないから」「……幾らするのよ?」 俺は無言で、ノアちゃんが小遣いの金額を示すために立てた指を5倍に増やして、さらに自分の手も片手を開く。「マジで?」という顔をされてしまったがマジである。俺が欲しいのは魔法の専門書の類だ。子供の小遣いを何ヶ月溜めたって足りはしない。 何かバイトでも探すべきかとも思うんだが、いくらミッドチルダでも7才の子供を雇ってくれるような所があるのかどうか怪しい。しかし、そろそろ自分の意思で買い物をしたい所だ。現状だとクロエにおねだりすれば買ってもらえたりもするが、上手く行って月に1、2点。マリエルに至っては魔法趣味自体に渋い顔をしているので全然買ってくれない。洋服ならそれこそ頼まなくても山ほど買って貰えるのだが。1割でいいから専門書の類に出資して欲しい。まあ、養われてる身で文句を言える筋合いでもない。だからこそ、多少は自由になる金が欲しい。「あーあ、現金とは言わないけど、分厚い専門書が空から落ちてこないかなぁ」「直撃したら死ぬわよ、それ」「落ちてきた専門書で新しい衝撃緩和魔法でも作るから良いの」「だから、作る前に死んでるから」 まあ、空からお菓子の飴が降って来る事がないように、都合良く専門書が降って来るのもありえない事だ。所詮は現実逃避の無い物ねだりに過ぎない。結局、ノアちゃんと専門店のシュークリーム50個と魔法の専門書1冊、どちらに真の価値があるか熱く議論しながら帰宅するのであった。 ……食ったらなくなる物と、読んでもなくならない物じゃ絶対後者に価値があるとだけ言いたい。 大体50個も食ってまんまるお腹をさらに膨らまsガンッ!■■後書き■■この作品は相変わらずオリキャラ率が異様に高いです。(ryノアが出ているだけで書き下ろし(?)と分かるでしょうが、最新作です。前回と今回で本当は一話の予定でしたが、長くなったので分けました。閑話は今回で終わり。次回から話がどんどん進んでいく予定です。