”アイリーン・コッペル”も6才となり、俺はミッドチルダの普通校の初等部に入学した。普通校というぐらいだから、普通じゃない学校もある。それは魔法学校だ。字の読んで如し、魔法を学ぶ学校。なのに何で俺が普通校に入学しているのかというと理由がある。 別に魔法への熱意が冷めたとか、魔法学校なんかレベルが低くて通ってられない、などと言った理由じゃない。ついでに言えば、マリエルが魔法オタクの俺についに切れてぶち込んだとかそういう訳でもない。 なんで魔法=戦闘なんだよ、ふざけんな。 入って一番最初に学ぶのが、バリアジャケットと簡易射撃魔法だというのだからふざけている。そして、戦闘する為に必要な魔法を順々に学ばされて、管理局への就職率が8割強だとか。ざけんな。 開き直っているのか、魔法学校は普通校に対しての通り名で、正式には魔法訓練校である。つまり、魔法学校は管理局の教育機関なのだ。 一応、聖王教会という日本でいう所のカトリック系の学校のような魔法学院はあるんだが、そちらで教えているのはベルカ式というミッドチルダ式とまた別物の魔法だ。確かに目新しいベルカ式を学べるのは魅力的だったが、まだまだミッドチルダ式で遣り残したことがたくさんある。今の状態で二束の草鞋を履けるほど、俺は優秀じゃない。下手すりゃごっちゃになって進展所か今より悪くなる可能性すらある。 それにベルカ式はミッドチルダ式より方向性が特化しているとかで、柔軟性に難があるらしい。どちらにしても、そちらへ進むことは出来なかった。 もちろん、訓練校も戦闘用魔法しか教えていない訳じゃない。しかし、ある程度の習得は必須だし、いざ他の魔法をと思っても、通信士コースとか、医療士コースとか……ようは管理局に入って働くことが前提なのだ。管理局に入らない二割弱はどちらかというとドロップアウトの人材らしいし。 ようは魔法学校は魔法の実践を学ぶ所で、構成や原理といった理屈めいた物を学ぶ場所ではないということだ。調べた所本格的に魔法構成について学びたかったら、それ専門の研究機関に入るしかないらしい。もっともそこは国立な上に年齢制限、知識量、コネと入るだけでも超難関。構成を学ぶ為に構成を勉強するってどれだけ本末転倒なんだ。しかも、入ったら入ったらで守秘義務や色々と制限がついてしまって身動き取れなくなってしまう危険性がある。却下だ。 まあ、本当に簡単な、知識だけの授業なら普通校にもある。そしてそれを教えるからには教師も魔導師なので精々個人的に教えてもらうことにしよう。などと思っていたのだが。 ……うん、分かってたさ。普通校にいる魔導師なんて齧っただけの対したことない人間だってことは。まさか感覚で構成練ってる魔導師が教師をしているなんて思っても見てなかったが。 なので結局、ソーセキ先生監修の元独学を続けるしか選択肢がなかった訳である。 あれ、学校に時間拘束されてる分環境悪くなってね? 俺はいわゆる転生者だ。前世は光の戦士なんぞではなく、ごくごく一般的な社会人。なので、知識量から言えば周りの同級生達なんぞ目ではない。ミッドチルダの知識にしたって、0歳児の頃からがっつり知識を吸収しているのである。負ける訳がない。 まあ、たまにこっちの知識と向こうの知識が混ざって失敗するんだが。日本の慣用句をこっちの言葉に直したって通用しないし。もしも、矢でも鉄砲でも持って来い、などと弾みで口に出したら質量兵器信者と思われてあっという間に村八分だ。 ちなみに質量兵器というのは、地球で使われていた武器全般……というか、魔力を使用していない殺傷兵器全般を指すらしい。日本刀も銃もアウト。大砲も駄目なら、火薬の類も全て質量兵器だ。 誰でも使うことが出来る質量兵器より、本人に資質がないと使えない魔法の方が取締りが楽だということだ。一部テロリストが他の世界から密輸入して使ってるらしいが。何処の世界でも皆やることは一緒だ。 もっぱら学校では魔法も勉強も独学でガンガン進めている。授業をサボったりはマリエル達に心配を掛けるのでしないが、授業中の内職は常に行っている始末だ。ミッドチルダ社会についての勉強、日本教育でいうところの現代社会と歴史については学ぶ所も大いにある。が、他の場所となると前の自分の知識で十分足りてしまい、正直授業を受ける意味があまりない。数学の分野に至っては、日本の方が進んでいるぐらいだ。すげえ、日本。ファンタジーに勝ったぜ。 まあ、今は算数の領域なんでそれこそ意味ないんだが。 昔の経験から言って、小学校は勉強する所というより友達を作る所という印象の方が強かったが……実はあまり出来ていない。いや、皆無と言って良い。6才のバカガキと対等に付き合うのは無理だ。せめて、ギンガレベルの常識は欲しい。スバルちゃんは対等に扱うにはちょっと頭が足りないので却下だ。 さすがに本を読んでばかりで引き篭もり、という典型的な問題児をやるつもりはなかったので、それなりに同級生達に付き合っていたのだが、クラスではいつの間にか保護者のような位置に納まってしまった。問題が起こるまでは見守るのに徹し、いざ問題が起こって子供達の手に負えないと判断したら横から手を出す。そして、クラスの意見をまとめて、先生に抗議する役目も俺だ。「いいんちょー、抜き打ちテストなんて酷いよな。止めさせてくれよ」「向こうもそれでご飯食べてるんだから、大人しく受けてあげなよ。テストはどうせ今までやってた授業の範囲なんだから、誰かにノート見せてもらえばいいでしょうに」「…ぐずぐずっ、いいんちょ。ゲーム先生に取られちゃった」「あーあー。帰りに返して貰えるように行ってあげるから。泣くのをやめて、鼻噛みなさい。汚い」「いいんちょー、花瓶の花が枯れてるー」「つーか、私は委員長じゃないって。そもそも園芸委員がいるでしょ、お花係が」 クラスでのあだ名は「いいんちょ」。いつも本を読んでいて、賢そうだからだそうだ。無論、言った通り俺は委員長じゃない。美化委員だ。何故か先生に学級委員の仕事を普通に渡された事があるけど。 ジェネレーションギャップどころか生まれた世界自体が違うので、ハブにされないよう媚びへつらうように同級生達に気を使った結果がこれだ。最近じゃ女言葉にも抵抗を覚えなくなっている。その内頭の中まで女言葉になってしまうんじゃないだろうか? 前世の俺は、それこそ平々凡々だった。学生時代はそれなりに勉強して、それなりの順位にいたがどの教科もトップクラスになんてなれず、こんなもんかと諦めていたのを良く覚えている。今俺がこうして同年代から飛び抜けているのも、ただのチートに他ならない。子供の体のせいか、覚えは早いが他の子供と比べるとむしろ遅いくらいだろう。「ぜー…はー…ぜー…はー…」「いいんちょ、遅すぎー」「う、うるさい…はー…ぜー…はー…」「がんばれ、いいんちょー」「ぜー…鬼のように…はー…頑張ってるのが…ぜー…目に入らんのか…はー…」 ぜーはーぜーはーうるさい。自分の事ながら。 俺は前の”俺”から知識や経験を全て持ち越して今のアイリーンになったが、身体まで持ってこれた訳じゃない(いや、大人の身体がマリエルから生まれたらそれはそれでスプラッタな話だが)。幼児時代から運動は同年代より遅れていたが、ここに来てそれはさらに広がった。学校の休み時間には魔法の構成を考えて、放課後は速攻帰って実践を繰り返していたのだから、当然の結果ではあった。 が。前の”俺”は特に何もしなくても中の上程度の運動能力を持っていたので、これはちょっとショックだった。むしろ、こっちに来てからは精力的に動きまくっているんだから、少しぐらい体力付いてもいいのに。 体育の授業は地獄だ。小学校の時、運動の苦手な女子を見て「どうしてあんなに遅くしか走れないんだろう。もっと頑張れば良いのに」などと思った物だが。謝れ昔の俺。これでも死ぬ気で頑張って走ってるんだよ。 同級生達に周回遅れにされながら、俺は汗だくでマラソンをする。体育の授業なんてなくなればいいんだ。本当の小学生のような愚痴を思い、俺はへろへろになりながら走るのだった。「いいんちょー。二周遅れだぞー」 黙れ、クソガキ。 さて、唯一対等な友達ともいえるギンガ、おまけにスバルちゃんの話をしよう。 数年前から親しくなっていたナカジマ家なのだが、実は母親のクイントさんが亡くなった。なんでも、管理局の仕事中に殉職されたそうだが、捜査上の機密が関わるとかで詳しい原因は知らされなかった。犯人は未だ捕まってないらしい。家族のゲンヤさんやナカジマ姉妹なら知っているかもしれないが、あえて掘り返すことでもない。 ギンガは母の意思を継ぐつもりなのか……もしくはクイントさんを殺した犯人を自分で探すつもりなのか、管理局の陸士訓練校に入った。もう随分前の話だ。今じゃクイントさん譲りのベルカ式で訓練校の中でもトップクラスの腕前らしいが、微妙にギンガの戦ってる姿が想像できない。いや、魔法の構成に関して相談には乗っているのでどんな魔法を使うのかは知ってるんだが、それが映像としてギンガと結びつかなかった。ベルカ式はほとんど詳しくないので、あまり力になってやれないのが少し心苦しい。 一方スバルちゃんだが、ギンガが全寮制の訓練校に入ると昼間は一人きりになってしまった。なので、ここ数年は俺の家で一緒に暮らしている。もちろん、学校も俺と同じでここの5年に通っている。1年と5年じゃかなりの差だが、家じゃ色々とヤンチャで無邪気なスバルちゃんの世話を焼いて俺の方が年上のようなもんだ。最近は俺がマリエルに変わって飯も作るようになったし、欠食児童のように食事をかっ込むスバルちゃんを見ていると妹が出来たようにも感じる。 スバルちゃんを一人ぼっちにしたことに罪悪感を感じているのか、ギンガは訓練校が休みになると良くうちに顔を出した。そして、ついでとばかりに俺に魔法についての相談をして来た。ああ、この頃には天才児だなんだと騒がれていたので、ギンガも聞く気になったんだろう。じゃなかったら、いくらなんでも7歳年下の子供に真面目に相談なんてしないだろうから。 ギンガと友達というか、対等の仲になったのはその相談のせいだった。ちゃん付けも止め、今じゃ一種の敬意を払ってお互い接している。正直訓練校、引いては管理局に対して良いイメージを持っていなかったが、日本なら中学生の年齢であるギンガが真剣に強くなろうとする姿勢は尊敬に値したのだ。 先ほども言ったように、俺はベルカ式についてほとんど詳しくない。訓練校で教えてもらっている魔法の構成を弄るなんて持っての他だ。しかし、直接構成を弄れなくても、ベルカ式を現在進行形で習っているギンガがいるので、大まかなアドバイスはすることが出来た。まあ、ほとんどは無駄な部分を省いて簡潔に目的のみを遂行する構成にするようにといった意味合いを、言い方を変えながらギンガの頭に叩き込んだだけなのだが。プログラミングはシンプルイズベストである。余計な箇所があれば、リソースを無駄に消費するだけだ。 肝心な俺自身の魔法の腕前は、というと。実はもっぱらの構成を全て制覇していた。全ての、といっても現存する魔法全てを使える筈はなく、広く浅く。基本形の形を全て構成で描けるようになったというだけの話だ。使わないが、戦闘用魔法も一応使える。いや、許可も何もないので使ったら犯罪なんだが。 最近はオリジナルの魔法を生み出すことに凝っていた。ミッドチルダというか、ベルカも含めて、この世界の魔法は戦闘用に偏りすぎている。人命救助などにも魔法は多用されるが、それは戦闘に使える砲撃魔法で邪魔な物を退かしたり等のただ応用しているだけだ。病院で使われる治療用の魔法も、ある意味戦闘用と言ってもおかしくないものではあるし(ホイミ的な意味で)。探知や解析、転移といった便利な魔法はきちんと存在しているのだから、雑用魔法が生まれる下地は十二分にある筈なんだが。 しかし、俺がやりたい新魔法の開発ってのは基本的に民間で行われていないらしい。現在流通している魔法は個人が実践で組み立てて行った物が発表された物と、管理局の中で独自に開発された物、そして政府子飼い……もとい閉鎖的な国立の研究機関の三種類だ。まあ、攻撃魔法なんぞ開発しても管理局に差し押さえられるか、摘発されて捕まってしまうのだろう(そこらの法律には詳しくないので具体的にどういう罪で捕まるのかは分からない)。ついでにいえば雑用便利魔法なんて代物の開発はどこでも行われてない。何故身の回りを快適にする雑用魔法って発想って発想に誰も辿り着かないのか不思議である。 魔法技術を機械に組み込んで製品を作っている企業はかなりあるのだが、俺の望んでいる物とはいささかずれている。使っている技術レベルが違うだけで、地球の技術者と基本的にやってることは変わりない。俺がやりたいのは機械弄りではなく、魔法弄り。ハードではなく、ソフトなのだ。”誰でも使える”を基本コンセプトにしている以上ハードの方も勉強しなくちゃならないんだろうけど。 そんなミッドチルダの魔法事情もあって、一大革命を起こすべく雑用魔法を作ろうとしている訳だ。まあ、魔法の資質がないと使えないのが不便だが、それも将来的には電池式みたいな形で再現出来たら良いなと思っている。魔力を使ったエンジンのような物が存在していることは確認しているので、絵空事にはならないと思う。 とりあえず、今まで作った魔法の中で便利なのは重い荷物を運搬するための魔法だ。まあ、これは言ってしまえば飛行魔法の応用でしかないのだが、人間を2、3人を支えるのが精一杯の飛行魔法と違ってこれは一トンまで普通の飛行魔法とそう変わらない魔力量で物を運べる。飛行魔法から機動性と速度を極限まで削って作ってみたのだが、思ったよりも便利な代物になった。一トンの荷物が飛んでいかない風船のような重さになるのだ。家具を動かすのも自由自在だし、買い物もどれだけ買い込んでも大丈夫。魔法に突っ込む魔力量さえ増やせば、一応理論的には10トンまで行ける筈だから工業でも使える魔法だろう。まあ、根本的に改良すれば限界値をさらに伸ばせるかも知れないのがこの前判明したので要見直しだ。 もちろん、失敗作も沢山ある。マラソンを楽しようと、身体を物理的に強化する構成を考えてみたのだが、理論の段階で行き詰った。どう考えても、上がった身体能力に人体の耐久度が耐えられないのだ。耐久度そのものを上げようとしても、今度はその耐久度を上げた為に耐久度が足らなくなる。ようは硬くなりすぎた身体に間接や内臓等が悲鳴を上げて、逆に身体を傷付ける結果になりかねないのだ。いたちごっこを続けていけばその内完璧な身体強化魔法が完成するかもしれないが……それだったら、まだバリアジャケットにロケット噴射でもくっ付けた方がマシである。体育の授業でバリアジャケットなんぞ使える筈がない。却下である。 こういう便利な魔法は使ってこそ華なのでばらまいてもいいんだが、それが他人の金儲けの種になるのはなんとなく納得が行かない。なので、独り立ちするまで溜めておいて億万長者になってやろうと画策している。まあ、おそらく利権やらなんやら取られて手元に残るのは少しだけってオチが待っているだろうが。 そういや、ミッドチルダに特許ってあるのか? 今度確認しておこう。■■後書き■■この作品はこうしてグダグダ主人公が手探りで生きていく物語です。そういう物に(ry今回は特に難産でした。本編との設定のすり合わせって大変だよね、と。そこらの言い訳はウザいので興味のある方は感想の方で。