<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.4894の一覧
[0] 魔法世界転生記(リリカル転生) test run Prolog[走る鳥。](2011/01/31 01:14)
[1] test run 1st「我輩はようじょである。笑えねーよ」[走る鳥。](2010/10/27 00:34)
[2] test run 2nd「泣く子と嘆く母親には勝てない。いや、勝っちゃあかんだろう」[走る鳥。](2010/10/27 00:35)
[3] test run Exception 1「幕間 ~マリエル・コッペルの憂鬱~(アイリーン3才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:36)
[4] test run 3rd「ピッカピカの一年生。ところでこっちって義務教育なんだろうか?」[走る鳥。](2010/10/27 00:40)
[5] test run Exception 2「幕間 ~ノア・レイニー現委員長の憤慨~(アイリーン6才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:37)
[6] test run 4th「冷たい方程式」[走る鳥。](2010/10/27 00:41)
[7] test run Exception 3「幕間 ~高町なのは二等空尉の驚愕~(アイリーン6才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:38)
[8] test run 5th「無知は罪だが、知りすぎるのもあまり良いことじゃない。やはり趣味に篭ってるのが一番だ」[走る鳥。](2010/10/27 00:41)
[9] test run 6th「餅は餅屋に。だけど、せんべい屋だって餅を焼けない事はない」[走る鳥。](2010/10/27 00:42)
[10] test run 7th「若い頃の苦労は買ってでもしろ。中身大して若くないのに、売りつけられた場合はどうしろと?」[走る鳥。](2010/10/27 00:42)
[11] test run Exception 4「幕間 ~とあるプロジェクトリーダーの動揺~(アイリーン7才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:38)
[12] test run 8th「光陰矢の如し。忙しいと月日が経つのも早いもんである」[走る鳥。](2010/10/27 00:43)
[13] test run 9th「機動六課(始動前)。本番より準備の方が大変で楽しいのは良くある事だよな」[走る鳥。](2010/10/27 00:44)
[14] test run 10th「善は急げと云うものの、眠気の妖精さんに仕事を任せるとろくな事にならない」[走る鳥。](2010/10/27 00:45)
[15] test run 11th「席暖まるに暇あらず。機動六課の忙しない初日」[走る鳥。](2010/11/06 17:00)
[16] test run Exception 5「幕間 ~エリオ・モンディアル三等陸士の溜息~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2010/11/17 20:48)
[17] test run 12th「住めば都、案ずるより産むが易し。一旦馴染んでしまえばどうにかなる物である」[走る鳥。](2010/12/18 17:28)
[18] test run 13th「ひらめきも執念から生まれる。結局の所、諦めない事が肝心なのだ」[走る鳥。](2010/12/18 18:01)
[19] test run Exception 6「幕間 ~とある狂人の欲望~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2011/01/29 17:44)
[20] test run 14th「注意一秒、怪我一生。しかし、その一秒を何回繰り返せば注意したことになるのだろうか?」[走る鳥。](2012/08/29 03:39)
[21] test run 15th「晴天の霹靂」[走る鳥。](2012/08/30 18:44)
[22] test run 16th「世界はいつだって」[走る鳥。](2012/09/02 21:42)
[23] test run 17th「悪因悪果。悪い行いはいつだって、ブーメランの如く勢いを増して返ってくる」[走る鳥。](2012/09/02 22:48)
[24] test run Exception 7「幕間 ~ティアナ・ランスター二等陸士の慢心~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2012/09/14 02:00)
[25] test run 18th「親の心子知らず。知る為の努力をしなければ、親とて赤の他人である」[走る鳥。](2012/09/27 18:35)
[26] test run 19th「人事を尽くして天命を待つ。人は自分の出来る範囲で最善を尽くしていくしかないのである」[走る鳥。](2012/11/18 06:52)
[27] test run 20th「雨降って地固まる。時には衝突覚悟で突撃することも人生には必要だ」[走る鳥。](2012/11/18 06:54)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4894] test run 20th「雨降って地固まる。時には衝突覚悟で突撃することも人生には必要だ」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d 前を表示する
Date: 2012/11/18 06:54
 俺の入院とティアナさんのスランプ、それに派生した悪影響でしばしの間足踏みを強要されていた機動六課であったが、ここ最近でようやく持ち直してきた感があった。機動六課全体の仕事量も増えているので忙しいことには変わらないが。それでも正常に回り出し、負債に負債が重なって連日連夜の徹夜作業を強制させられる人間も少なくなってきていた。本当は今回の騒動の主因たる俺も寝る間を惜しんで仕事場の改善に勤しむべきなのだけど、マリエルとの約束もあるのできちんと帰宅している。泊まり込みの方が楽なのは確かだけど、今まで散々心配かけたのだ。こればっかりは仕方ないだろう。

 予定していた各所の土下座参りは合間を見てきちんと行った。こっちは子供なので、なあなあで済ませてしまっても周りは大目に見てくれるかもしれない。しかし、そうやって子供扱いを一度受け入れたらもうお終いである。表面上は許しても、二度と対等の扱いなんてしてくれないに違いない。信頼は一度失うと中々取り戻せるものではないのだ。ただでさえ忙しい時期に事故を起こして休んでいたのだから、誠心誠意頭を下げるぐらい行ってしかるべき。幸い各部署の面々は怒ることなく謝罪を受け入れてくれたので良かった。逆に心配をかけてしまったようで、隊長達はもちろん普段ほとんど顔を合わせない部署の人間にまで体調を聞かれた時には苦笑を隠せなかった。もっとも用意した高めの菓子折りを差し出したら向こうの方が顔を引き攣ったので、そぉい!と強引に押し付けて問答無用で逃げ出す。こういうのは即物的でも形として残して方が有効なのだ。これからもよろしくして貰わないといけない訳だしな。ん? 贈賄? さぁて、何の事やら。
 しかし、俺の不在で事務関係に多大なダメージを与えてしまったのだが、その中でも特にリインフォース・ツヴァイ空曹長とグリフィス・ロウラン准陸尉の忙しさといったら目も当てられないレベルだったらしい。リインフォース空曹長は部隊長とフォワード部隊の補佐兼ホットライン、グリフィス准陸尉はロングアーチ(機動六課の後方支援隊、つまりは総務)の統括だ。そして、俺は基本的に脳筋な隊長達の事務の大半を仕方なく面倒見ていた。つまり、三人で密接にラインを繋げて処理していたのに分断されて、おまけに俺がフォローもクソも用意していなかったもんだから引継ぎも上手く行かず、てんやわんやになってしまったらしい。ただでさえ忙しい二人が自分の仕事をしながら、俺の穴を埋めることになってしまったのだからその苦労は計り知れない。というか、通勤記録を見た限りでは二人ともろくに寝ておらず、連続勤務時間は両者が六課での断トツトップだ。デバイスのリインフォース空曹長だって疲れるものは疲れるし、グリフィス准陸尉に至っては尋ねた時頭をふら付かせてくっきり目元に濃い隈を作っていた。それはもう平謝りして、菓子折りの他にも色々と差し入れを上納しておいた(栄養ドリンクとか熱冷まシートもどきとか)。せっかくだから、これからも定期的に差し入れを行おうと思う。まあ、空曹長は栄養ドリンクよりケーキなんかの方が良いかもしれない。

 隊長や新人達のフォワード部隊の方も、こっちはこっちで普段の調子を取り戻し始めているようだ。相変わらずハラオウン隊長と副隊長二人は任務が忙しくまともに隊舎にも戻ってきていないが、タカマチ隊長の教導は本格的に再開。今日も新人達は元気に砲撃の雨に晒されている。いやまあ、タカマチ隊長とのガチ対決ばっかりしているように聞こえるけれど、きちんと体力を付ける為の基礎トレーニングや反復訓練などは欠かしていない。鬼畜教導官殿とのガチンコバトルは訓練の締めに必ずやるので、派手な印象としてガチ対決ばかり記憶に残ってしまうのだが。
 そして最後に、問題のティアナさんである。

「――つまり、あくまで構成式に用いる命令文はあらかじめインプットされた細かな動きの略式であり、構築に掛かる重さの軽減を図って使用されています。一見回りくどい暗号めいた処理をしているように思えるかもしれませんが、それはあくまで既存の仕組みや命令コマンドを簡易化させた物に過ぎず、特に魔法構築における精度は簡易であればあるほど上がって行きますから、ロジカルな処理が得意なデバイスに命令を実行させて」
「……お願い、ちょっと待って」
「分かりました、待ちます。それより、その式、経路が間違ってますから修正して下さい。そのままだとエラー引き起こして緊急停止する羽目になりますから。あ、どう直したらいいか答えは教えませんけど、パイパスなんて作ってその場しのぎしたら怒りますからね。あと頼んでいたフォワード部隊の消耗品に関する報告書と申請書は出来ましたか? 今日の17時には提出しないといけないので、ちゃんとお願いしますね」
「どれだけ人に仕事押し付ける気よ!? っていうか、待ってないでしょそれ!?」
「なんでも良いからやって下さい。上司命令です」
「ぐっ……!」

 魔法の検分・再構築作業をやっている俺の横で、同じように投影モニターを開き四苦八苦しながら作業しているティアナさんの姿があった。10分に1回はティアナさんが愚痴を垂れ始めるが、全て聞き流して先に進めるよう促してやると、苦虫を噛み潰したような表情で投影モニターに向き直る。そう、今の俺にはティアナさんに命令出来る権利があり、ティアナさんは俺に従う義務がある。
 今頃隊舎の外ではスバルちゃん達三人がタカマチ隊長に地獄を見せられている頃だろう。だがしかし、ティアナさんは隊舎の執務室で俺と一緒に魔法構成と戯れているのであり。机の上には俺が今まで買い揃えてきた専門書が山のように乗せられていて、その内の一冊。俺が小さかった頃にクロエにねだって買って貰った入門書が今まさにティアナさんの前に広げられていた。

「確かに……変な気遣いするなとは言ったわ。でも、これはないでしょう?」
「良いじゃないですか。将来的にためになりますよ?」
「将来って、何の将来よ。私はまだ……諦めたつもりなんてないのよ? それを、こんな……」
「私に言われてもどうしようもありません。それより今は仕事して下さい」

 興味のない振りをして素っ気無くティアナさんの静かな声を受け流す。と、凶悪な目付きで苦々しく睨みつけられた。その内夜道で背中から刺されてもおかしくなさそうな剣呑な雰囲気を放っているティアナさんの視線に、思わず背筋が寒くなる。こりゃまた恨まれてるなぁ。いや、恨まれているというか、爆発する寸前というか。でも、そう。今回の件に関しては、本当に俺に言われても困るのだ。まさかフォワードとしての訓練の半分以上の時間を、俺の部下としてデスクワークさせるなんて発想が俺から出てくる筈がない。というか、先日あんまり触れないようそっとしておこうと決めたのに誰が自分から関わろうとするか。
 元凶たる人物が脳裏でどや顔を決める。先ほど見せられたので、あまりに鮮明に浮かぶその顔はあまりにウザい。思わず俺からも深い溜息が漏れた。そもそもこんな無茶を誰がしたかといえば……。



「もう私天才ちゃうかなー。どうよ、この名采配」
「わ、わぁい、さすがはやてちゃんですね。いよっ、日本一!」
「おほほほほっ、もっと褒めてもええんやで?」
「いよっ、次元世界一の名監督! です!」

 蹴り開けた部隊長室では、どや顔のヤガミ部隊長が椅子の上でふんぞり返り、リィンフォース空曹長に紙吹雪を舞わせて調子に乗っていた。うぜえ。明らかに出待ちしてコンビ漫才を始める子狸隊長と妖精空曹長に本気の殺意を覚える。

 今朝方、出勤した俺の机に上からとある辞令が届いていたのだ。内容は要約すると「ティアナ・ランスター二等陸士はアイリーン・コッペル特務准尉の元で教育・指導を受けること」。ちょっと待て。色々待て。隊長達がトラウマを負ってしまったティアナさんにどういった対応を取るのか気になっていたが、まさかの丸投げである。素人の俺に教導なんて出来る訳がない。今まで新人達の面倒を見てきたとはいっても、全て隊長達と散々教育方針を打ち合わせてきたからで、個人的に言ったことなんてアドバイスの領域を越えていない。教導側にいるといっても、俺はあくまで扱う魔法を効率良くするだけなのだ。その辞令が書類として事務的に渡された俺は当然、部隊長室に突撃をかけた。そしたらこの始末である。

「何の相談もなしにどういう暴挙だ、この野郎。終いにはそのドタマぶち抜くぞ」
「ひぃっ!? 人格が変わるぐらい滅茶苦茶怒ってますよ!? だからわたしはやめようって言ったですよー!」
「ひどっ! 仮にも産みの親でマスターの私をあっさり裏切りおった!?」
「そういう漫才は良いからっ! 説明して下さい!」

 俺は足早に歩み寄ると両手を執務机に叩きつけて一喝した。地球だろうがミッドチルダだろうが、仕事の基本はほうれんそう(報告、連絡、相談)だ。上司だから一方的に命令していい? はっ、笑わせんな。こんな小規模な会社、もとい部隊で上と下の密接なやりとりが途絶えたら、回る物も回らなくなる。今まで新人達の扱いはフォワード部隊の隊長達と散々協議しながら決めてきたのだ、それをよりにもよって現在一番デリケートな扱いを要求されるティアナさんに対して、権力によるゴリ押しはいくらなんでも認められない。つーか、俺に押し付けられても困る!
 多大な借りのある部隊長といえども、問題は俺よりティアナさんに関わる事柄だ。視線を強めて変な誤魔化しは許さないと抗議の視線を送ると、ヤガミ部隊長は大きく肩を竦めた。

「はいはい、冗談はこれぐらいにしとこか。ストライキでも起こされたら敵わんしな。……アイリーン、率直に聞くけど。ティアナの件、あんたはどう思っとる?」
「どう、と言われましても。運が悪かったとは思いますし、同情します。同僚として、そして仲の良い知人として出来るだけ力になって上げたいです。でも……」
「あー、ちゃうちゃう。聞き方が悪かったな。アイリーンがティアナをどう好きかやなくて、あの子の今の”待遇”についてや」
「待遇……?」

 その言葉に、思わず眉を潜める。待遇とはつまり、今現在六課がティアナさんに向けている現状維持……腫れ物に触れるような扱いのことだろうか? 銃が握れなくなった、つまりデバイスが使えなくなったということだが、戦闘系の魔導師にとってデバイスが担う比率は非常に大きい。デスクワーク主体の魔導師にとっては便利な道具程度の物でも、武装局員のように直接戦闘を行う魔導師には絶対に欠かせない拡張ツールだ。一応デバイスなしでも魔法が使える以上戦うことも出来ないことはないのだろうが、棒高跳びの競技でわざわざ棒無しで跳ぶようなものだ。いくらティアナさんが優秀でも、他のデバイスを使う人間の基準には絶対届かない。つまり、今の彼女は新人どころか訓練生以下にまで落ち込んでしまっているのである。
 タカマチ隊長が言うには、戦闘そのものにこそ足が竦んで動けなくなってしまったりなどの症状は出ていないそうだが、バリアジャケットを張るので精一杯の彼女を模擬戦に参加させる訳にもいかない。仕方なく現在訓練中はひたすら基礎メニューを繰り返させて、模擬戦などでは外野から三人の指示を出させているような状況らしいのだ。タカマチ隊長が現状を良しとしないのは知っている。とりあえず支給品のストレージを持たせようというのも、問題の銃型デバイスではなく杖型で少しずつデバイスに慣れさせて復帰させられないかとタカマチ隊長が捻り出した案だ(偶然にも本人の方から同じ要望が来たが)。現在も、何人ものカウンセラーや精神科医に相談を持ち掛けて必死に改善方法を探っている。しかし、『一旦危険な前線から遠ざけてリハビリを行う』、『専門の病院に入院、もしくは通院して長期的に心療治療を受けてみる』などと極々一般的な手段のみで、有効そうな治療は今の所見当っていない。体の傷と違って心の傷というのは非常に厄介だ。追い込んで荒療治するにはティアナさんのトラウマは深すぎるから、出来ればこのまま前線から引かせたくない隊長陣、引いて六課は結局中途半端な対応しか出来ていないのが実状なのである。

「一応、代わりのストレージデバイスの準備は進めてますし、数日中には渡せる予定です。元々新人達の全体指揮を任されていたランスター二等陸士ですから、後衛で指揮と援護に徹すれば隊の維持は充分可能とタカマチ隊長は判断しています。その場合、ルシエ三等陸士がある程度アタッカーとしての役目を果たす必要はありますが……」
「そこまではこちらとしても報告書で聞かされとる。で、アイリーン個人としては?」
「……いささか、無理があると思います。完調だったティアナさんでも、あんなことになってしまいましたから。次、またティアナさんや他の新人が同じ目に合う危険性がないかと言えば……」
「ふーん。……意外やな。アイリーンはティアナを外した方が良いと思ってるん?」
「応援したい気持ちはあります。でも、これ以上傷を深くして欲しくないです」

 ……どうしたって俺にしてみれば、ティアナさんの”夢”よりも彼女自身の方が大事なのだ。さすがに管理局の仕事が危険だからで他人の夢を妨害するような真似はしないが、身心まともじゃない状況で背を押せるほど俺の肝は太くない。おまけに事はティアナさんだけでなく、他の新人三人、下手をすれば隊長達だって害の及ぶ危険性がある。この前クロエの言われたことが耳に残っている。怪我どころか、本当に死んでしまうかもしれない。どこの誰が、親しい人間をそんな所に置いておきたいと思うのだ。
 それでも、ティアナさんの撤退を無理に進言しないのは、重要な選択肢を他人が決めるべきではない、助言はしても最後は自分で決めるべきだ。というのが”前”から変わらぬ俺の主義だからだ。何をするにしたって、本人の納得は最低限の条件だ。周りが本人の意思を無視してまで決めたってろくなことにはならない。

「ですけど。我侭を言わせて頂ければ、彼女にもう少し時間をあげて下さい。このまま進むにしても、引くにしても。考えて、悩んで、納得出来るだけの時間が彼女には必要です」
「その為の現状維持……まあ、なのはちゃんはもっと前向きにティアナを復帰させる為の時間が欲しいみたいやけどね。けど、医者の診断書によるとそう簡単なもんでもない」
「……前線から、完全に外すんですか? 彼女の意思を無視してでも」

 俺に届けられた辞令はティアナさんの面倒を俺が見る、つまり前線部隊から後方への異動だ。生真面目過ぎる彼女はこの処遇に耐え切れるだろうか? あれだけ張り詰め、今なお意地で二本の足で立っている彼女だ。ある意味左遷とも取れるこの人事はトドメを刺すことになりかねない。機動六課のトップの判断としては間違っていないだろう。俺だって、今のティアナさんは前に出るべきじゃないと思ってる。……だけど、その事実はいつだって向上心溢れて上だけを見てきた彼女の心を致命的なまでに傷つけてしまうのではないか。張り詰めていた糸がぷつんと切れるように、壊れてしまうのではないか。そんな”もしかしたら”が、何よりも怖い。
 無言の睨み合いが、ヤガミ部隊長との間で行われる。俺の言動は全てティアナさんの都合しか考えていない、組織人としては失格物の意見だ。それでも、彼女を見捨てたくない。今はまだ早すぎる。もう少しだけでも、ティアナさんに考える時間を作ってやりたかった。

 会話に参加していなかったリインフォース空曹長が空気の重さに耐え切れず、宙でMPが吸われるような奇妙なダンスを始めた辺りで、ヤガミ部隊長は唇を歪めた。いや、笑ったのだ。一瞬、怪訝さに眉を潜める、が。次の瞬間、その笑顔を見た俺の背筋に覚えのある悪寒が走り抜けていった。

「どうやら、私達の意見は一致しとるようやな」
「……は?」
「このまま半病人状態のティアナを前線に置いとくのは、私でも庇い切れん。こちとら監督責任ちゅーもんがあるからな。フォローの為の追加人員は探しとるけど、このまま現状維持しとっても悪化こそすれ良い方向に向かうとは思えんしなぁ」
「いや、あの……」
「もちろん心配せーへんでも、完全に訓練から外す気はないよ? ただ下手に頭悩ませるよりは、一番忙しい部署で悩む暇ないくらい仕事押し付けた方が良いと思ってなー。いやぁ、心優しいアイリーンが責任持って傷ついたティアナの面倒見てくれるなんて助かったわぁ」
「ちょ、ちょ、ちょっ!?」
「私は信じとる。なんせ人生経験豊富なアイリーンやからな。部下を諭すのも慣れたもんやろ? あ、実際どんな仕事させるかは全部アイリーンに権限預ける。だから、安心して仕事に励み?」

 畳み掛けるように、いや畳み掛けられた俺は反論も出来ずにぱくぱくと縁日の金魚の如く間抜けに口を開閉した。今までのシリアスなやり取りは全部俺を嵌める為の猿芝居……!? しかも人生経験豊富って完全に脅迫入ってるじゃねーか。ほら見ろ、空曹長が不思議そうに首を傾げてる。っていうか、零細企業でまだ二十代半ばだった俺に部下なんて持った経験ねーよ!? せいぜい社長に新人の教育を押し付けられた程度だ。今回みたいに……今回みたいに? 何、そういうことなのか。これは公私の両方の理由から面倒臭い仕事を押し付けられようとしている上司と部下の構図、そういうことなのか!?

「あ、あの、はやてちゃん? アイリーンさん頭を抱えて蹲っちゃったんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。はぁー、すっとしたー。新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝みたいな気分やわ」
「はやてちゃん、その表現お下品です……」

 頭を抱えて蹲り、ぷるぷると震える俺は勝ち誇るヤガミ部隊長の声を聞きながら屈辱を噛み締めていた。丸投げされた。権限じゃなくて、責任押し付けられた。しかも今一番ホットで重要な所をだ。今まで俺がやってきたことをやり返せたのだから、そりゃあ気分も良い事だろう。おのれっ、責任者め、責任取るのが仕事だろう。部下に丸投げすんなっ!



 と、簡単に回想すればこんな所である。いつも通りといえばいつも通りなんだろうな。結局また言いくるめられたのだ。”前”はクライアントとの打ち合わせや契約条件の締結などで揉めることも少なくなかったので、それなりに弁論には慣れていた筈なのだが。毎回毎回あの子狸隊長や古狸のレジアスのおっさんには掌の上でころころ弄ばれてしまっている。レジアスのおっさんはともかくとして、(精神年齢では)年下のヤガミ部隊長までに負けっ放しとはどういうことか。これがエリート中間管理職と零細企業の下っ端平社員の差だとでもいうのか。がってむ。
 俺に押し付けられた仕事はティアナさんを俺の部下として下働きさせることではなく。ティアナさんが悩む余地を無くすほどに忙しく働かせることだ。最近はタカマチ隊長の補佐というより、フォワード部隊の事務担当みたいになっているので書類仕事には事欠かないし、新人達の魔法をひたすらテストと修正の繰り返しが待っているので常に何かしら仕事はある。なので、今まで俺の処理能力の限界である程度省いていた部分のテストを彼女に任せながら、ついでのように教育を施すことにした。ティアナさんも前から魔法を自分で弄っていたが、それは素人の手遊び程度だ。教えられることは山ほどあるので、この際きちんとした専門知識を突っ込んでシステムエンジニア……もとい、魔法技師としても働けるように仕込んでやろう。何、手に職にあって損はしない。魔法至上主義のミッドチルダなら尚更だ。
 しかし、そういった仕込みはともかく、一体全体どうしろというのか。俺は医者でもなければカウンセラーでもない。一度ばかり多く人生を過ごしてるだけの、単なる技術屋のおっさん(?)だ。当然、中・高校生ぐらいの年頃の女の子が考えてることなんて異次元の彼方だ。それとも何か? 隊長達じゃ年食いすぎてジェネレーションギャップに耐えられないとでもいうのか。アイリーンの9才にしても、八重の3●才にしても、隊長達より年齢離れてるんだが、俺。

 改めて隣で並んで座っているティアナさんを盗み見る。現状、俺のデスクがあるタカマチ部隊長の執務室にもう一つデスクを持ち込んで仕事している訳だが、忙しくさせることには成功していても、気を逸らさせるといった本来の目的は達成出来ているだろうか? そりゃまあ確かに無策に効果の薄い訓練を続けさせるよりはマシかもしれない。だが、やっぱりティアナさん自身の気持ちは考慮されていない決定なのだ。ヤガミ部隊長が非情な訳ではなく、本人の意思を考慮するよりも、無視してでも遠ざけた方が良いと判断したからだろうが、今のティアナさんに迂遠な上司の気遣いなんて気付ける余裕があるとは到底思えない。結局、前線から外されて自暴自棄になってしまったのでは何の意味も……。

「あー、もう! 面倒臭い! 私の仕事じゃない! こんなの私の仕事じゃないんだってば!」
「……アイリーン、アンタ疲れてるんじゃない? 休んだら?」

 もう嫌になって喚き散らしながらデスクを掌で叩いていたら、よりにもよって、ティアナさんに言われる始末である。なんていうかもう、その内二人揃って切れそうである。多くは望まないから、せめて仕事に没頭出来る環境プリーズ。人型の爆弾を隣に置いて、爆発に怯えながら地雷撤去に勤しむ仕事は嫌でござる。っていうか、全部ヤガミ部隊長が悪い。そもそもティアナさんが事故ったのも部隊長であるあの人の配置ミスだ。そう決めた。
 作業に支障が出ては困ると投影キーボードを消していた優秀なソーセキさんのおかげで、思う存分デスクドラムを楽しんでいた俺は唐突に動きを止める。もう考えるのも悩むのも馬鹿らしくなってきたのだ。本人が頑張りたいってんだから頑張らせてやればいいんじゃね? 15才とはいえ、もう立派な社会人なんだから、そこら辺は自己責任でしょ。と、理論武装を固めた俺は凶行に思いきり引いていたティアナさんを半眼で睨んだ。なまじこうして並んで仕事していると優秀だから性質が悪い。これが地雷要素無しの部下だったらどれほど喜んだことか。まあ、その優秀さ故に一度の失敗でポッキリ折れて再起不能に近くなってしまった感があるのだけれど。
 いかん、疲労で思考が投げやりになってきた。その結果自爆するのが俺なら良いが、被害を受けるのはティアナさんなのである。一旦頭冷やしてこよう。

「……そうですね、ちょっとトイレ休憩してきます。ティアナさんもほどほどの所で一旦止めて、休憩して良いですよ。休憩時間は30分にしますから、小腹が空いてたらご飯でもなんでもどうぞ」
「はぁぁ……せめて一時間にしてくれない? 頭が煮えて死にそうなんだけど」
「一時間だと書類が間に合わなくなるのでダメです。あ、その引き出しに冷えピタ○ールがあるので使うと気持ち良いですよ」
「本当にお優しい上司ねっ」

 ティアナさんの皮肉めいた泣き言を切り捨てて、執務室を後にすることにした。ちょっと空気を入れ替えないと窒息してしまいそうだ。彼女の問題は所詮彼女の物。他人で素人の俺がどうこう出来はしないのだから考えるだけ無駄なのだけど。
 一歩扉の外に出れば、どうしても溜息を押し留めることは出来なかった。





「あ……アイリーンさん!」
「廊下で大きい声出すな。食らえ」
「痛っ!? こ、こんな所で魔法はダメですよっ」
「ふふん、輪ゴム鉄砲だ」
「どうしてそんな得意げなんですか……」

 トイレを済まし、自販機前の休憩スペースで缶ジュースを口にしていた俺に近付いて来たのは赤毛小僧エロオ、もといエリオだった。人目も気にせず手をぶんぶん振りながら駆けてきたので、ポケットの中に入っていた輪ゴムで迎撃する。ぬぬぬ、中学時代に輪ゴム鉄砲が一時流行って、間違えて女子に当てて泣かせるほどの威力を昔は誇ったんだが。この手の小ささじゃ、そこまで速度出ないな。
 まあ、それはともかくとして。

「もう訓練は終わったのか? 随分早いけど」
「あ、はい。タカマチ隊長に緊急の仕事が入ったとかで、早めに終わりました」
「そうなのか、ってキャロちゃんと一緒じゃないのは珍しいな」
「え、そうですか?」
「ああ。セット扱いだからって、あんまりキャロちゃんにセクハラチャンス狙って着け回すなよな」
「まるで事実みたいに言うの止めて下さいよっ!? そんなことないですからね!? ……アイリーンさん、最近特に僕の扱いが適当になってませんか?」
「まあ、それなりに」
「否定してくださいよ!?」

 こんな感じに。いつの間にかエリオとの間では被る猫が居なくなってしまっていたりする。エリオ相手に気を使うのが面倒臭くなったというのもあるが、素を知られている人間に演技するのは意外と恥ずかしいのだ。俺の男口調に関しては、ある程度親しい人間には意外な口汚さとして割合知られているので、そこまで神経質に気にする必要がないという理由もある。それでもとりあえず”私”一人称と敬語を使っておけば、社会では問題が起こり難いので、エリオ以外にわざわざ男口調を使うつもりもないのだが。
 当然のように無断で隣に腰掛けてきたエリオに小さく嘆息すると、飲みかけの缶ジュースを押し付けて、新しく缶ジュースをもう一本購入する。受け取ったエリオは「あわわ」と何故か慌てていたりする。缶ジュース(残り物)の奢りぐらいで大げさな奴だ。

「え、あの……」
「黒糖ハバネロジュースなる物は私には早すぎた」
「僕にだって早過ぎますよっ!? っていうか、押し付けられただけ!?」
「コーヒーソーダならマシかな」
「自分はまともなの確保してるし!?」
「……えっ、お前炭酸飲めたのか?」
「どこまで子供だと思ってるんですか! 大体、僕はアイリーンさんより年上ですってば!」

 最初は機動六課の予算で値段が下がっていると思っていたこの自販機は、最近になって企業の試作品をぶち込まれてるから安いのだと確信している。でなかったら『タピオカ入り微炭酸宇治茶』だの『豚足煮汁オーレ』だなんて意味不明なラインナップは並ばない。一体このチャレンジ精神溢れる製品を作った馬鹿はどこなのか、その内調べて抗議文を送ってやろう。
 冗談交りの雑談をしながら、二人並んで微妙ジュースを飲んでいく。んで? と目線だけで促してやると、若干恨めしげな顔で缶ジュースに口を付けていたエリオが今日に限って一人だった理由を話し出す。

「えっと、実はスバルさんが提出書類を溜めてたみたいで、キャロはそのお手伝いです」
「ああ。ティアナさんがいつもは手伝ってたらしいしな……で、お前は逃げ出して来たと」
「ち、違いますよっ。三人分の軽食を何か買おうと思って食堂に向かってたんですっ」
「ま、そんなところか」
「……あの、何かありました? さっきからちょっと変ですよ」
「……そうか?」
「そうですよ。喋ってて心あらずというか……何か心配事ですか?」

 む、と。口に付けた缶ジュースを傾けている姿勢で思わず動きを止めてしまう。エリオをからかうのはライフワークというか、赤毛スケベ小僧とのデフォ会話なのでばれる筈がないと高を括っていたのだが。どうやら、気持ち半分に適当に言葉を返していたのを見抜かれてしまったらしい。膝の上に肘を付いて、ベンチの横から覗き込むようにこちらの顔を見てくるエリオ。まったく、やりにくいったらありゃしない。近所じゃ『何を考えているか分からないコッペルさんちのアイリーンちゃん』として有名だったんだけどな。いや、不審者じゃなく、天才児として。
 自販機の上に設置された針時計をちら見で確認したが、大体休憩を始めてから15分ほど。まだ休憩時間は半分も残っている。……まあ、わざわざ逃げて回るのもだるい。横目でエリオの顔を確認する。「どうしました?」とにこやかに微笑むのが若干憎たらしい。エリオのくせにと頬を引っ張ってやりたくなってくるのだ。
 ……こいつでも良いか。

「なあ、エリオ。エリオってどうして機動六課に入ったんだ?」
「へ? ……なんですか、いきなり」
「ちょっと気になっただけ……ああ、いや」

 ガリガリと水色の頭を掻きまわして、言い淀む。エリオは”部外者”ではない。新人達には俺以上に関係のあることなのだ。ここで嘘や誤魔化しを吐く理由もないと思い直した俺は、正直に答えることにした。

「ティアナさんのこと。……今は私が預かってるけど、どうしても理解し難くてな。ほら、管理局の仕事って危ないことばっかりだろ? ティアナさんぐらい頭の出来が良ければ、もっと安全でエリートコースを走れる職業だってあったろうに、って」
「それは……知りませんけど。でも、危ないけど、管理局の仕事は誰かがやらなきゃいけない大切で誇れる仕事だと思います」
「どんなに偉い仕事でも、あんなにまでなって続ける仕事かね。”俺”は嫌だな。大切な人間が、こんな仕事するの」

 あえて、エリオにはばれている”俺”という一人称を使ってまで強調する。そう、俺にはそれが信じられない。共感できない。どんな崇高な目標や夢、信念があっても、それは命の危険なんてものを犯してまでやることなのだろうか? 必要なことだとは思う、エリオの言う通り誰かがやらなければならない尊い仕事なのだろう。でも、それは自分が、そして自分の大切な人間がやらなきゃいけないことなのだろうか?
 平和ボケな日本人の国民性なのかね、こういうことを思うのは。いくらエリオ相手でも、ちょっとばかり口が滑りすぎたかもしれない。魔法第一主義、そして、魔法の才能があるのならばそれを生かすべきであるというミッドチルダの価値観から見ると、正直あまり褒められた思想ではない。
 ……しかし。エリオは俺の意見を聞いても、手前勝手な理屈を頭から否定はしなかった。沈黙が俺達の間に流れ、そして、やや時間を置いてからエリオが答えを返してきた。

「……多分、それはアイリーンさんが優しいからそう思うんですよ。どんな事情があっても、誰かが傷付くのが嫌だって……違いますか?」
「それは……いや、臆病で卑怯なだけだよ。その他大勢の他人より身内。そして身内より自分。そんだけだ」
「自分の為に動くのは、悪いことですか?」
「悪くはないんだろうけど。堂々と世間一般に言える内容じゃ、ない、な……?」

 そう言ってる最中に、エリオの手が缶ジュースを握る俺の手を握ってきた。いつの間にか俯いていた顔を上げると、真剣な表情でエリオがこちらを見ている。やっぱりこっちの缶ジュースの方が良かったか? なんて、冗談で誤魔化せる雰囲気ではなさそうだ。
 しばらく。10秒近く俺と視線を合わせたまま黙り込んでいたエリオは、やがてゆっくりと唇を動かして話し始めた。

「僕は……小さい頃、何もかも無くしました。大好きだった両親も、両親に愛されるのが当然だと思って生きてきたそれまでの自分も、全部です。あの時の僕は何も知らない子供で、だからこそ全部なくなってからは何も信じられなくなりました。捨てられた、僕にはもう何もない。そう思いましたから」
「……エリオ」
「聞いて下さい。……迷惑かもしれないけれど、僕の事、アイリーンさんには聞いて欲しいんです」
「……」
「何もなくなった僕は、管理局の保護施設に預けられました。魔法の素質があったし、将来的に管理局で働くことは……多分多少の誤差はあっても、決まってたんだと思います」

 事故での孤児、いや、捨て子か? 俺の貧困な想像力でエリオの話から汲み取れたのは、そんなドラマのような憶測だった。管理局の仕事は危ない、自分や身内にはそんな場所で働いて欲しくない。そんな”我侭”の結果が、エリオのように押し付けられた人間なのだと言われたように感じて、きゅぅと胸が締め付けられた気がした。顔色は、正常だろうか。同情なんて感情を表に出してはいないだろうか。しかし、動揺を押し隠そうとする俺を見たエリオは小さく首を横に振って、言葉を続けた。

「でも、フェイトさんが僕を引き取ってくれたんです。最初は同情だって思いました。管理局になんていたくなくて、元のように両親の所に帰りたい、そう思いました。……それはもちろん、叶わないことなんですけどね」
「エリオ、もう良い。話すな」
「聞いて下さいって言ったのは僕です。それに……僕は今の僕のことを不幸だなんて思ってませんよ。フェイトさんは僕と似た出自の人でした。同情には違いなかったのかもしれないですけど、でも、フェイトさんは僕みたいな人間を助けて、僕みたいな人間が生まれないようずっとずっと頑張ってるんです」

 僕みたいな。それはつまり、自分が不幸であったと言っているようなものであった。”前”も”今”も両親に恵まれた俺には何も言う事が出来ない。何を言いたいのかが、分からない。だから、俺はただエリオが話すままに頷いた。今は聞くことしか出来ない。缶ジュースを握る俺の手を上から包み込むように触れるエリオの手。震えたり、力が篭っていたり、そんなことはないただ優しく触れるだけの手。

「僕は憧れました。フェイトさんみたいになれたらって。何もない僕だけど、これから誰かに必要とされる”何か”になることは出来るんだって、教えて貰ったんです。……管理局に入ったのはフェイトさんが管理局の執務官だったってことと、入り易かったからですね。引き取ってくれたフェイトさんは普通の学校に行く事を勧めてくれましたけど、断りました。だから、今機動六課にいるのは僕自身が選んだことです。……これが、僕が六課に来た理由です。答えになりましたか?」
「……」

 肩を震わせてしまう。エリオの手に手を包んで貰いながら、情けなくも反応を返せない。”幸せ”に生きて来た俺には返す言葉がない。掛ける言葉がない。だから、俺はエリオの顔を見た。そこにいたのは”不幸な少年”ではなく、生き甲斐を見つけて元気に生きる少年で……。
 俺はエリオの手をそっと解いた。右手を握り締めて、拳を作る。身体を斜めにして、腕を引き。時間を掛けて、ようやく用意出来た言葉を……拳と共に口にした。しかし、不意を打ってやったのにいとも容易く避けられる。おのれ、エリオのくせに生意気な。

「重過ぎるわっっ!! 何でちょっとした質問からそんなクソ重い身の上話になるんだよ、この馬鹿っ!」
「え、ええーっ!? ちょ、顔面狙いはダメですっ、っていうか何で殴られそうになってるんですか僕!?」
「いいから殴らせろ! まともに罪悪感抱いたら殴れなくなるだろ!」
「理不尽だっ! 今までで一番理不尽だ!?」

 数分間取っ組み合って、体力の差でエリオに強制的に落ち着かされることとなった。いやまあ、本気でボコボコにしてやろうとまでは考えてなかったんだが、一発ぐらい入ると思ったのに、全然敵わないでやんの。嫌になるわ。ぜーはーぜーはーと大きく肩で息をする俺に、ほとんど息を乱さず両肩を抑えてくるエリオ。無情すぎる。”前”なら絶対勝ったのに。

「と、とにかくですね! 自分が危険だってことよりも、叶えたい願いや夢はあると思うんです!」
「……分からないでもな……いや、やっぱり分からん。別に危険に晒されなくたって、立派な人間にはなれるだろ? 管理局の前線魔導師以外の仕事がそれに劣ってるなんて言われたら、世の労働者が暴れるぞ。私も暴れる」
「暴れないで下さい。っていうか、そうじゃないんです。えっと、”なりたい自分”になるには、危険から逃げてるだけじゃ絶対なれないっていうか。他の選択肢でもっと楽に、凄くて偉い自分になることが出来るんだとしても、それは”なりたい自分”と違うんです」
「……なりたい、自分?」
「だから、”なりたい自分”になるには今頑張るしかないというか……う、上手く説明出来ませんけどっ、ティアナさんもきっとそうだと思います!」

 エリオの熱の篭った台詞に、思わず俺は目を瞬かせてしまった。言葉がぐるぐると頭の中を回る。本人の言う通り随分曖昧で、分かり難い言葉だ。しかも、感情論かつ根性論というか、すごく子供っぽい。ただ、それは凄まじく……そう、”大人”になった自分には酷く眩しい言葉であった。
 将来、サッカー選手になりたい。将来、飛行機のパイロットになりたい。言っている期間に個人差はあるけれど、それでも大半の人間はいつか言えなくなる言葉。理想の自分は夢と消え、妥協と諦念を覚えた人間には、目指せなくなるそんな領域の話だ。
 ……うわぁ。途端に、俺の顔が火を吹いたように熱くなり、気恥ずかしくなる。中二病よりさらに以前、もっと芯から”将来の夢”を語って、それをそのまま貫き通している。この世で最も純粋な理想だ。擦れてしまった俺が聞いて、恥ずかしくならない訳がない。馬鹿にしている訳じゃない、しかし現代日本でこれほどまでに明確に”将来の夢”を目標に突き進める人間がどれほどいるだろう。俺? 俺は趣味で、現実の物として興味のある職種の勉強を続けてきただけだ。資格を取るのに目標単位を取得していくのと何も変わらない。エリオの純粋な夢と比べるにはいささか地に塗れ過ぎている。


 ……って、ああ、そうか。
 ここに至って、ようやく理解出来た気がする。

 どこか、空気がずれていた。
 機動六課での生活は居心地は良かったが、どうしても芯の所で一体と化すことはなかった。
 それは”前”の人生経験があったから。所詮は外様のアルバイトだから。危険のある戦闘魔導師ではないから。技術屋だから。部外者だから。
 それらは、事実ではある。でも、まだ気付いていない真実もあった。

 ここの人間はそう――要するに。子供っぽく、夢見がちで、無理難題と思える高すぎる理想を、それでも本気で追い続けている集団なのだ。


「……ん、サンキュ、エリオ。なんとなく理解出来た気がした」
「は、え? そ、そうですか? 役に立てたなら嬉しいですけど」
「ああ。……お前、割と凄いんだな、実は」
「え? え? ……ええっ!? アイリーンさんが僕を褒めたっ!? 嘘だぁぁ!?」
「素直に受け取れこの夢見心地馬鹿」
「そ、そうですよね、やっぱり馬鹿にしてるだけですよね! うん、アイリーンさんだ」
「それで納得するのもどうなんだ? まあ、いいけど」
「え、どこかに行くんですか、ってんぐっ!?」
「それもやるわ。休憩終わりだ」

 コーヒーソーダをエリオの口に捻じ込んで、立ち上がる。やらなければならないことは見えた気がする。要するに自分に何が足りなかったか、そういう事だ。時計の長針は半周以上回ってしまっている。臨時の上司とはいえ、さっさと行かないと示しが付かないだろう。





「ティアナさんはいるかーっ!?」
「……うるさいわね、居るに決まってるじゃない。言い出したアンタ遅刻がしてどうするのよ」
「でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。ティアナさんに聞きたいことがあるんです」

 一直線にティアナさんが仕事するデスクに近付いていくと、手を付いて身を乗り出した。困惑顔のティアナさんは身体事引き、表情も引き攣っているように見える。いや、単純に俺のテンションに着いて来れてないだけだろうけど。

「な、何よ、言われた箇所は修正したわよ。書類の方はもうちょっと待ってくれる? もう少しだから」
「見返したくは、ありませんか?」
「は? いきなり何言い出して……」
「訓練を中断してこちらに回されているのは、例の件が原因です。前線メンバーから外される予定は今の所ありませんが、現状で前線に深く関わるのは逆効果だと気を使われた結果です。ようは、まともに魔法も使えないんじゃ足手まとい同然って宣告ってことですね」

 ティアナさんの顔色が変わる。そんなこと、俺が言わなくたって理解していただろう。しかし、本人も目を反らしたかった事実には違いない。みるみる顔は蒼ざめ、唇は震え始める。反論は言葉にならず、俺を見ながらも動揺して瞳が左右に揺れていた。気の強いティアナさんが、どれだけ精神的に追い詰められているかの証拠だ。掛けていた気持ちが強かっただけに、完璧思考のティアナさんは今回の事件でどれだけ自分に絶望しているか俺には想像すら出来ない。
 ……そう、今回足りないのは”覚悟”だ。ティアナさんの? ああ、それも足りないかもしれない。左遷とも言える命令に逆らえず燻っているのはトラウマを克服できず、流された結果とも言えるのだから、足りているとは言い難い。
 しかし、真に覚悟が足りないのは、他ならぬ”俺”である。

 力になりたい、応援したい、そう何度も思いながら、口にしながらも。俺は他人のことなど責任取れないと常に一歩二歩引いた立場で傍観していた。ティアナさんのトラウマを聞いた時、真っ先に思ったのはスバルちゃん達のようななりふり構わぬ心配ではなく、隊長達のような解決策でもなく。「ああ、面倒なことになった」と他人事であった。
 アイリーンになって、自分の人生をまるで上から俯瞰するように他人事になって、俺は誰にもあまり踏み込まなくなった。その生き方は酷く楽だ。責任を負う必要がない、深く付き合い苦労し、傷付き、涙することもない。本来なら起こるべき経験不足からの軋轢も、俺は”前”の経験で無難にやり過ごせてしまった。だからこそ、気付くのがこんなにも遅れてしまったのだ。

「『ティアナ・ランスターは銃を持てない。以前のようには働けない。心から傷付いてしまっている。だから、せめて元に戻るまで優しくしてあげよう』」
「……う、るさい。うるさい、うるさいっ!! アンタなんかに、アンタみたいな奴に言われないでもそんなこと!」
「そんな気遣い、全部食い破って見返してやらないか。そう聞いてるんですよ」
「……え?」
「銃が使えなくなった? 上等じゃないですか。今まで使ってきた魔法が使えない? そんなの知りません。元々私は戦闘用の魔法なんて専門外なんです、ティアナさんの使ってた射撃魔法を調整したのだって、仕事だから渋々だったんですよ? 元に戻れないなら、違う方向でもっと上を目指せば良いんです。同じティアナ・ランスターなら、銃を持った彼女に私は負けてやる気さらさらないですよ」

 俺だけの都合を言ってしまえば、銃型デバイスのティアナ・ランスターより多様性のある杖型デバイスを扱うティアナ・ランスターの方が、遥かに手助けし易い。それは以前に提案した通りだ。だが、前の代用品などで終わらせるつもりはない。前と同じ道を歩いたんじゃ、出遅れた分以前の劣化になってしまう。あくまで成長するのはティアナさん自身、そうしたタカマチ隊長の判断に乗っかって、俺は深く関わるつもりなんてなかった。せいぜい調整程度で六課の期間を過ごすつもりだった。
 手を差し出す。これは”覚悟”の証。傍観者でいようとしていた俺が、本当の意味でティアナ・ランスターの力になろうという、全力で全開の提案だ。

「手を貸します。ティアナさんが前の自分を越えたいなら、この場で蹲ってるのが嫌なら、私は協力を惜しみません」
「……だけど、私は。ランスターの弾丸を……兄さんを……」
「ティアナさんの事情は知りません。どうしてそんなにも執務官を目指しているのか、知る気もないです。だけど、そうやって立ち止まっているのがらしくないことぐらい、私だって分かりますよ」

 そこはティアナさんの目指した”なりたい自分”ではないのかもしれないけれど。俯き、膝の上で指先が鬱血するほど拳を握り。震えて蹲るティアナさんは、少なくとも彼女が望んだ姿ではない。俺だって、らしくないことをしている自覚はある。放っておけば良いと、他人の人生にそこまで干渉するものじゃないと、”俺”が忠告する。だが

 頭を過ぎるのは、あの絶望の日、雨に濡れながら腕の中で聞かされたあの言葉。


『みんな、アイリーンさんのこと大好きですから』


 ……ああ、くそっ。俺も好きだ。放っておけないぐらい、主義を投げ捨てても良いぐらい、ここの甘ったるい理想主義者のお子様連中が大好きなんだ。

「放っておけません。ティアナさんの力に、なりたいんです」

 差し出した俺の手に、彼女の握られていた拳が、解けた。俯いていた顔が持ち上がり、視線が俺の瞳を見つめた。青い瞳が俺を見る。瞳の中のアイリーンも、真っ直ぐにそれを見返していた。そろそろと伸びた手が、俺の手の上に乗せられる。握ってやると彼女の顔が一気に真っ赤に染まる。絡みあっていた視線はティアナさんが再び顔を伏せてしまったので解けてしまった。ただ、耳まで赤く染まっているので、あまり顔を伏せた意味はないけれど。
 ああ、うん、でもその気持ちは痛いほどに分かった。我に返れば、年下相手に縋り付くって恥ずかしいもんな。

「……よろしくお願いするわ、アイリーン」
「任されました、ティアナさん」

 握った手が、そっと握り返されてくる。その僅かな交流だけでも、幾千の言葉を交わすに等しい価値があったと思う。





「あ、それはそれとして、仕事は終わらせて下さいね。後、これからしばらく眠れないと思ってください。タカマチ隊長には多少睨まれると思いますが、まあそれは私が屁理屈で押し通します。なので、文句言わせない程度には空元気でも良いので気張って演技して下さいね」
「少しは余韻に浸らせなさいよ!? おまけに落ち込んでる人間に演技を強要すなっ!!」
「上司命令です」
「命令で何でも済むと思うんじゃないわよ!?」

 まあ、うん。デスマーチを行う仲間が出来たのはとても喜ばしいことである。俺に丸投げして後よろしくなんて出来ると思うなよ。





■■後書き■■
という訳で、次回から本格的に魔法開発に戻ります。
やったね、アイリーン。仲間が増えるよ!


前を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025581836700439