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No.4894の一覧
[0] 魔法世界転生記(リリカル転生) test run Prolog[走る鳥。](2011/01/31 01:14)
[1] test run 1st「我輩はようじょである。笑えねーよ」[走る鳥。](2010/10/27 00:34)
[2] test run 2nd「泣く子と嘆く母親には勝てない。いや、勝っちゃあかんだろう」[走る鳥。](2010/10/27 00:35)
[3] test run Exception 1「幕間 ~マリエル・コッペルの憂鬱~(アイリーン3才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:36)
[4] test run 3rd「ピッカピカの一年生。ところでこっちって義務教育なんだろうか?」[走る鳥。](2010/10/27 00:40)
[5] test run Exception 2「幕間 ~ノア・レイニー現委員長の憤慨~(アイリーン6才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:37)
[6] test run 4th「冷たい方程式」[走る鳥。](2010/10/27 00:41)
[7] test run Exception 3「幕間 ~高町なのは二等空尉の驚愕~(アイリーン6才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:38)
[8] test run 5th「無知は罪だが、知りすぎるのもあまり良いことじゃない。やはり趣味に篭ってるのが一番だ」[走る鳥。](2010/10/27 00:41)
[9] test run 6th「餅は餅屋に。だけど、せんべい屋だって餅を焼けない事はない」[走る鳥。](2010/10/27 00:42)
[10] test run 7th「若い頃の苦労は買ってでもしろ。中身大して若くないのに、売りつけられた場合はどうしろと?」[走る鳥。](2010/10/27 00:42)
[11] test run Exception 4「幕間 ~とあるプロジェクトリーダーの動揺~(アイリーン7才)」[走る鳥。](2010/10/27 00:38)
[12] test run 8th「光陰矢の如し。忙しいと月日が経つのも早いもんである」[走る鳥。](2010/10/27 00:43)
[13] test run 9th「機動六課(始動前)。本番より準備の方が大変で楽しいのは良くある事だよな」[走る鳥。](2010/10/27 00:44)
[14] test run 10th「善は急げと云うものの、眠気の妖精さんに仕事を任せるとろくな事にならない」[走る鳥。](2010/10/27 00:45)
[15] test run 11th「席暖まるに暇あらず。機動六課の忙しない初日」[走る鳥。](2010/11/06 17:00)
[16] test run Exception 5「幕間 ~エリオ・モンディアル三等陸士の溜息~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2010/11/17 20:48)
[17] test run 12th「住めば都、案ずるより産むが易し。一旦馴染んでしまえばどうにかなる物である」[走る鳥。](2010/12/18 17:28)
[18] test run 13th「ひらめきも執念から生まれる。結局の所、諦めない事が肝心なのだ」[走る鳥。](2010/12/18 18:01)
[19] test run Exception 6「幕間 ~とある狂人の欲望~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2011/01/29 17:44)
[20] test run 14th「注意一秒、怪我一生。しかし、その一秒を何回繰り返せば注意したことになるのだろうか?」[走る鳥。](2012/08/29 03:39)
[21] test run 15th「晴天の霹靂」[走る鳥。](2012/08/30 18:44)
[22] test run 16th「世界はいつだって」[走る鳥。](2012/09/02 21:42)
[23] test run 17th「悪因悪果。悪い行いはいつだって、ブーメランの如く勢いを増して返ってくる」[走る鳥。](2012/09/02 22:48)
[24] test run Exception 7「幕間 ~ティアナ・ランスター二等陸士の慢心~(アイリーン9才)」[走る鳥。](2012/09/14 02:00)
[25] test run 18th「親の心子知らず。知る為の努力をしなければ、親とて赤の他人である」[走る鳥。](2012/09/27 18:35)
[26] test run 19th「人事を尽くして天命を待つ。人は自分の出来る範囲で最善を尽くしていくしかないのである」[走る鳥。](2012/11/18 06:52)
[27] test run 20th「雨降って地固まる。時には衝突覚悟で突撃することも人生には必要だ」[走る鳥。](2012/11/18 06:54)
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[4894] test run 15th「晴天の霹靂」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/30 18:44
 部屋に、キーボードを叩く音が木霊する。魔力で作った投影タッチパネル式の擬似キーボードではない。もっと使い慣れた、プラスチック樹脂の”本物”のキーボードの音だ。ディスプレイモニターに映っているのは確か……昔取引先から依頼されたソフトの一部、そのクラスファイル。プログラムにエラーが出てしまって、どこにミスがあったのか確認しようとしたのだけれど、どうしても原因の部分が追い切れない。ああ、そうだ。まだこの時は新人で、しかも半分以上他人が作ったプログラムだったので、どうしても大体の”当たり”が付かなかったのだ。この手のミスは、慣れてくると大体どの辺りがエラーの原因なのか見当付いてくる。しかし、最初の内はエラー文を見て一つ一つ辿っていくしかないのだ。
 同じ場所をぐるぐると何回も回らされるオブジェクト指向のプログラムの流れは、まだ拙い俺にしてみれば迷宮にも等しかった。しかし、数百、数千のファイルに刻まれた言語の一つ一つが全て意味を持った部品であり、ソフトとしての働きを成している。だから一単語、一文字でも間違いが起こってしまえばエラーを引き起こしてしまうだろう。

 頭を使うのは苦手だった記憶がある。子供の時は身体を動かす方が好きで、サッカーやバスケを友達連中と毎日のようにしていた。親譲りの体格があったおかげだろうか、クラブに入って専門でやっている連中相手にも互角以上にやりあえた。
 それがいつからか、言語や数式の海に魅せられるようになった。一つ、理解が深まる度まるで広がっていくように感じられる世界に、喜びを覚えるようになった。自分の思い通りに世界を構成出来るようになってからは、楽しくて仕方なかった。
 ”記憶”の中の俺は、だぁっ、と頭を抱えて仰け反る。大方、煮詰まってしまったのだろう。決して楽な仕事だった訳ではない、むしろどんなに勉強しても足りないぐらいに要求される知識に、どんなに働いても終わらないデスマーチと、はっきり厳しく辛い職種だっただろう。

 だが、結局好きだったのだ、その仕事が。機械の中のプログラムという限られた、けれども広大な世界が。俺はどうしようもなく、気に入っていたのだ。

 だから、こそ。





「……なんか、変な夢を見たような気がする」

 ベッドから身を起こした俺は、ぼさぼさになってしまった透き通るようなアクアブルーの頭を掻き回した。伸び過ぎた前髪が目に掛かってしまって少々ウザったい。髪の手入れこそマリエルに五月蝿いぐらいに躾けられているので六課で寝泊りしてる時も欠かしたことはないが、それ以外は基本的にノータッチだ。マリエルやギンガにはまめに美容院に通って整えてもらうように言われてるんだがね。元男の身としては高い金を出してまでわざわざ足を運ぼうと思わない。
 ベッドの上で猫のように伸びをすると、ほんの僅かに背中の骨が鳴った。凝りや疲れとは無縁なのが、まだ若過ぎるこの身体の最大の利点だろうか。一晩ぐっすり寝てしまえば、すぐに回復してくれるのだ。欠伸を噛み殺しながら、ベッドを降りる。部屋の中を見回せば、ピンク色の壁紙や家具に大量のぬいぐるみ、そして無骨で頑丈一徹なパイプ棚と作業台が実にアンバランスな雰囲気を醸し出していた。お世辞にも、趣味が良いとは言い難い。マリエルは少女趣味一色に染めたかったみたいだが、自分で購入した物は頑丈さと安さを優先して選んだので部屋の二極化が進んでしまったのだ。
 そう、ここは六課の部屋ではなく、実家の自室である。実は約一ヵ月半ぶりの帰宅だったりするので、案の定というかなんというか、昨晩は物凄い大目玉を食らってしまった。

『そこに座りなさいっ! アイ!』
『ご、ごめん、かーさん。仕事が忙しくて』
『だからって帰って来ることぐらい出来るでしょっ。アイは、アイは……お母さんより仕事の方が大事なのねっ!!』
『なにその倦怠期に入った妻の台詞』

 いやぁ、拳骨まで貰ったのはアイリーンになってから初めてだ。空港事件の時は入院してしまったので手は上げられなかったし。何時間も説教を食らい、ごちんごちんタンコブがいくつも出来そうなぐらいに頭を叩かれて半分泣きが入って来た所でようやくクロエの仲裁が入って解放された。忙しかったのは事実だけど、帰り辛くなってずっと帰ってなかったからな、怒られるのは当然か。実は機動六課にまで乗り込もうとしていたらしく、クロエが必死に止めてくれていたそうだ。さすがにこの年で職場に親に乗り込まれるのはきついので助かった。9才だけど。
 カーテンを開くと、お日様の光が部屋に差し込んだ。さらに窓を開けば、早朝でまだ多少寒いが実に清々しい。水玉模様のパジャマ姿の俺は、窓枠に手を付いて身を乗り出し、目一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。

「んー……良い天気だなぁ、絶好の出張日和だ」
「【出張先は別次元世界ですので、ミッドチルダの天候と関連性はないかと】」
「気分の問題だよ、気分の」

 テーブルの上に置いてあるソーセキの、生真面目なんだか冗談なんだか分からない台詞に軽口を返しながら、パジャマの上を脱ぎ捨てる。生まれて初めて別次元の世界に行くのだから、仕事でとはいえ多少浮かれてもバチは当たらないだろう。
 とまあ、そういう訳で。出張先では制服だと駄目らしいので、怒られるの覚悟で私服を取りに家に帰って来ていたのだ。管理外世界、発見はされているものの時空管理局がまだ介入していない世界らしい。タカマチ隊長やヤガミ部隊長はそこの世界出身らしく、仕事も兼ねて里帰りと洒落込むそうだ。職権乱用のような気もするが、今回の仕事であるロストロギア捜索の為の拠点は現地で知人に世話になるらしいし、上手いこと職権乱用にはなってないのだろう。公私混同は否定できんだろうが。
 管理外ということで、出張先の世界の情報はまだ貰っていない。しかし、何にしても初の異世界旅行だ。実に楽しみである。

「アイー、ご飯よー?」
「はいはい、かーさん。今行くよ」

 出張の準備はマリエルの微妙飯を食ってからだな。
 水玉パジャマの下も脱ぎ落として下着姿になると、さてどれを着ようと収納の中を漁り出す。服に関してはマリエルの趣味一色なので、フリルの付いた奴とか、丈の長いスカートばっかりで別の意味で選択に困る。スバルちゃんみたいにラフな格好が一番楽なんだけどなぁ。どうも俺の服のセンスは皆無らしく、自分で買った服を着て行くと周りにダメ出しされることが多い。仕方無しに、何度かマリエルに着せられた服を何着か取り出して、どれが一番マシだろうと首を傾げる俺であった。





 評価は高かったが、俺の不手際で色々問題も巻き起こしてしまった試作空中歩行魔法。新魔法として登録に必要だという事なので初めて付けた正式名称「フリーウォーク」(俺の中での愛称はバイバイニュートン)は、あれからさらに何度かテストを繰り返して一応実用に耐える物に仕上がっていた。が、一応と付くことから分かるように、まだまだ改良の余地はある。細かな調整や魔力ロスの改善など基本的なことは勿論、エリオの引き起こした”酔い”に対する問題も今後の課題になるだろう。内臓に掛かる負荷等は加重軽減魔法によって問題ない筈だったのだけれど、重力の変動によって術者に掛かる負担というのを正直甘く見すぎていた感がある。エリオの使った設定では、0Gと1Gが著しく変わる(魔法によってGが変わるのは足場を作り乗せている間だけ、足が離れた瞬間に元のGへと戻る)が、テストに協力してくれたフェイト隊長曰く「便利だけど感覚が狂う」らしいのだ。頭では分かっていても、自分の体重がゼロになったり元に戻ったりという状況に感覚の方が付いていけないそうである。まあ、その感覚に慣れれば良いだけの些細な問題だとは言っていたが、それまでバランスを崩したり、気分が悪くなったり等と起こりかねない。運動神経が多少必要だとは考えていたが、この問題は俺の想定外だ。
 そして、最大の問題点はエリオの使ったような上下反転も含めた多重連続起動だ。常に下方向にGを発生させている状況なら良いが、90度、あるいは180度といった方向にGが発生するよう魔法を使うと、使用者にはまるで”ぐるん”と世界が回るように感じられる。それを聞いただけでも三半規管にそれなりに負担が行きそうだが、問題の上下反転連続使用時に至っては世界が常に回っているに等しい。おまけに足を離した瞬間Gの向きが変わるのだ。これは酔わない方がおかしいだろう。まあ、エリオの使った機動の場合は足を付いた瞬間0Gなので、無重力→地面方向に1G→無重力→地面方向に1G→……で、ぐるぐる回るのとは違うけれど、それでもGの方向が術者視点で変わり続けるのには違いない。

 多少の負担はあるが長時間その環境下に置かれなければ人体の健康に支障はない、と医療担当の先生には太鼓判を押して貰っている。なのでひとまずはエリオの使ったような上下反転連続使用は禁止し、同一方向での使用か、数回のみに抑えるよう通達して正式配備になった。そう、正式配備だ。陸戦フォワード陣、つまり新人達全員にこの魔法は配備された。感無量ではある。しかし、エリオの時のミスを忘れてはならない。遂に俺の魔法を本格的に扱う人間が出てきたのだ、些細なミスも出ないよう褌を締め直して改良していく必要があるだろう。

 新魔法を使い始めて数日ほどだが、この魔法を使う新人達を相手するタカマチ隊長からは「すごく厄介になった」とお褒めの言葉を頂いている。
 ある程度制限が付いてしまったとはいえ、エリオとこの魔法の相性の良さは初出動で見せた通りだし、スバルちゃんはウイングロードと連携する形で初速と加速度をアホみたいに増している。ウイングロードに足を乗せっ放しなので、前方向に擬似重力が働くように設定した。下方向のGを軽めにして、魔力による瞬間ブーストも合わせて使えば、未使用時の最高速度をいきなり叩き出すことも不可能じゃない(もっとも初速でブースト全開でぶっ飛ばしたら、スバルちゃん自身がぶっ飛んだが)。それでいて「一番厄介なのはティアナとキャロかな」との事だ。まあ、後衛があの時のエリオより少し劣る程度の速さで距離を取ってくれるのだから気持ちは分からないでもない。そっちは概ね俺の思惑通りだ。元々フリーウォークはエリオやスバルちゃんが使っているように攻撃の為に設計したのではなく、みんなの安全を考えて作った代物だ。逃げ足が早くなるのに越したことはない。

 その一方で、隊長達は使用を見合わせている。伸び盛り、まだまだ発展途上の新人達と違って、隊長達の戦法は既に確立されているからだ。この魔法を本格的に使おうと思えば、かなり戦法(あるいは戦術レベルから)を変えなければならないらしいし、この魔法がなくても自前の飛行魔法や高速化魔法がある。後々使うかもしれないにせよ、今はまだ六課の大事な時期で自分に時間を使っていられないとのことだ。機動性重視のフェイト隊長には後で個人的に使わせて欲しいと頼まれているのだが。
 ああ、それと例外はもう一人いた。

「なーなー、あたし用にも調整してくれよ。加重”軽減”じゃなくて、逆に重くすることも出来るんだろ? ほら、これ見ろ。あたしの切り札のギガントだ。ぴったりだろ?」
「あくまで”擬似”重力制御ですからね? ようは浮遊魔法の亜種でそう見せかけてるだけなんですから、こんな巨大な質量の重量をさらに増すのは無理ですって」
「むぐぐぐ、ならあの高速機動だけで良いからさぁ。あたしなら、ちょっとやそっとで酔いもしないし。なーなー」
「はぁ……新人達が落ち着いた後にやってあげますから。後で要望をまとめて書類にして渡して下さい。データ媒体でも紙でも良いですから」
「よっしゃあっ!」

 出張先に移動する為のトランスポート施設(ミッドチルダでは転移魔法の使用に著しい制限を掛けていて、トランスポート施設以外での転移は基本的に禁止。特に次元間の転移魔法は結構重罪)に向かわなければならないので、”ヤガミ部隊長と愉快な仲間達”と一緒に屋上のヘリポートへ向かっていたのだが。その途中でヴィータ副隊長に見事絡まれていた。知っての通りヴィータ副隊長の魔法は古代ベルカ式なので、ミッドチルダ式からコンバートするのはかなり骨の折れそうな作業だ。というか、今の俺の知識だけでは無理。専門書と睨めっこをして勉強しながらやるしかないだろう。だがまあ、前に頼まれていたヴィータ副隊長の魔法を改善してくれという頼みよりは格段にマシだ。半分以上諦めた気持ちで了解の返事を返すと、俺の首に腕を回して逆の拳を振り上げて喜ぶヴィータ副隊長。ヤガミ部隊長と同じ誰でも抱きたがるような悪癖ではなく、ほぼ同身長同体格なので絡み易いとは本人の談。きっぱり迷惑である。タカマチ隊長クラスなら喜べるのだが、子供に抱きつかれても嬉しくもなんともない。

「なんや、随分仲良しになったなぁ、あの二人」
「良いのですか、主はやて。あの者は地上本部の人間でしょう? ヴィータが仲を深めるのはあまり……」
「あー、心配せえへんでも、あの子は問題ないない」
「……主はやてがそう言うのでしたら」

 ヤガミ部隊長とライトニング分隊の副隊長が何やら嫌な会話をしているのが聞こえてくるがあえて無視する。機動六課の試用期間が終わったら管理局を辞めるのだから、下手に首を突っ込んで権力闘争になんか巻き込まれたくない。稼いだ金とコネで、今度こそ俺が目指している便利魔法の開発に入りたいと思う。
 問題は便利魔法が非常にマイノリティで、市場に出す為のノウハウがまるでないということか。ミッドチルダでのサービス分野や技術関連になると、魔法単体ではなく魔科学とでもいうべき魔力をエネルギー源にした機械技術、科学技術の分野になってくるのだ。魔法行使の補佐をするデバイスがその技術の結晶であるし、自動車などの乗り物、冷蔵庫のような製品もそれに類する分野だ。ようするに、そういった生活に密着した機能は才能に左右される魔法単体では不向きも良い所なのである。魔法は選ばれし者の力ってのは中二病に感じるがミッドチルダ全体の常識であり、共通見解でもあるしな。どんなに便利で皆に使える魔法を開発した所で、民衆が見向きもしてくれなければどうしようもない。管理局の開発部に属していたって看板掲げて、どっかの企業に持ち込み・売り込みでもするしかないかもしれない。管理局の中だと、どうしても戦闘用の魔法に偏らざるえないし。民間の大手企業か資産家にでも目を止めて貰えると嬉しいのだが、そこまでは高望みし過ぎだ。結局、持ち込みや副業等でさらに金とコネを溜め、自力で会社を起こすなりなんなりするしかないのだろうか。

「そう考えると、もう少し管理局に残って実績を積むべきか? ……いやいや、これ以上いたら絶対抜けられなくなる。でも、ノウハウもなしに個人経営はさすがに」
「おい、なにぶつぶつ言ってんだよ。着いたぞ」
「はいはい、みんな集合ー!」

 俺が現実と理想の狭間で苦悩していると、呆れ混じりのヴィータ隊長に背を叩かれて我に返る。いつの間にか着いていたヘリポート上では、タカマチ隊長が手を叩いてその場にいる全員を呼び集めていた。面子は機動六課のフォワード陣フルメンバー。順に敬称略で、スターズ分隊隊長ナノハ・タカマチ、副隊長ヴィータ、分隊員スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター。ライトニング分隊フェイト・T・ハラオウン、副隊長シグナム、分隊員エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、その召喚竜フリード。それに加え、部隊長のハヤテ・ヤガミに医療担当のシャマル、ヤガミ部隊長のユニゾンデバイス、リィンフォース・ツヴァイに使い魔の狼で11人+2匹の大所帯だ。
 ヴィータ副隊長、シグナム副隊長、つい先日世話になった医療のシャマル先生にリィンフォース空曹長と青い毛並みの狼、この全員がヤガミ部隊長の私的な使い魔(もどき)だというのだから驚きだ。っていうか、面子の半分がヤガミ部隊長個人の保有戦力じゃねえか。タカマチ隊長やフェイト隊長もヤガミ部隊長の幼馴染らしいし、機動六課が部隊ごとの保有魔導師ランクを超過しているのは部隊長が自分の親しい友人を誘ったらそうなっただけなのかもしれない。いや、公的組織として周りを身内で全て固めるその集め方はどーよと思わないでもないが。戦国時代の大名・武将でもあるまいし。
 ヘリの操縦の為にヴァイス陸曹もいるが、そっちはトランスポート施設まで俺達を送ったら引き返すことになっている。まさか管理外世界、管理局の存在が公に知られていない世界で堂々とヘリを乗り回す訳にも行かないし、送り迎えのタクシー代わりって訳だ。

「……本当に来たのね、アイリーン」
「何その反応。私が来ちゃいけなかったんですか?」
「だって、アンタ。根っからの引き篭もりで、普段から前線には絶対出ないって言ってたじゃない」
「今回の任務は危険がほとんどないらしいし、広域探査(エリアサーチ)の手が足りないっていうから裏方を手伝うだけですよ。あと引き篭もりって言うな」

 隊長達に軽い敬礼を済ませたティアナさんがこちらへとやってくるなり、実に心外な言葉を浴びせてくれた。いや、確かに普段六課本部からほとんど出ないし、家でも暇さえあれば自室に篭って魔法作ってるけど。それでも一応外にはちゃんと出ている。……訓練場とか、学校とか。学校は最近忙しくて行ってないけど。
 まあ、ティアナさんが不思議がるのも無理はないかもしれない。俺もタカマチ隊長から手を合わせて可愛く「お願い♪」をされなければ出なかっただろうし、別次元世界に興味を引かれたからこそ今回の出張を引き受けたと言える。さすがにガジェット絡みの危険任務だったら断ったが、今回は危険度なんてほとんどない捜索・捕獲任務である。医療担当のシャマル先生が出ているぐらいなのだから、大丈夫だろう。

「アイリーンちゃんはわたしが絶対守って見せるからね!」
「ぼ、僕だって守ってみせます! アイリーンさん、絶対僕達より前に出ないで下さいね!」
「いや、そもそも近寄らないし。とりあえず落ち着いて、二人とも」

 そして、何故か一緒の任務だと聞いた時からヒートアップしているスバルちゃんにエリオの前衛コンビ。二人の世話になる危険性が少しでもある任務だったら、絶対着いて来ないっていうのに。やる気があるのは良い事なのだが、二人のテンションがおかしなほどに急上昇していることに不安を覚える。困って残りのメンバーであるキャロちゃんに視線を送ると、花開くような可憐さで微笑まれてしまった。

「えへへ、一緒の任務だね。頑張ろうねっ、アイリーンちゃん」
「……ああ、うん、そうだね。頑張ろうね」

 この新人達とのやる気の差はなんなんだろうか。任務のついでに観光旅行だなんて考えて来た俺が悪かったかもしれない。むぅ、長いこと子供をやってたもんで基準が緩んだかな。一旦、旅行気分は心の棚に上げておくとして、仕事に集中しよう。異世界旅行は仕事が終わってから存分に楽しめば良い。

「タカマチ隊長、そろそろ出張先について教えて貰えませんか?」
「ん、とりあえず乗っちゃおう? 移動しながら、皆に説明してあげるから。現地の人と待ち合わせもしてるし、遅刻しないようにしないとね」

 まだ事前情報を仕入れてなかった俺はタカマチ隊長に進言したのだが、もっともな返答に頷き返す。ある程度の荷物や機材を持ってがやがやと騒ぎながらヘリに乗り込む一同。先ほどの点呼といいやっぱり旅行気分だよなぁ。……うん、見た目仕事による出張というより学生の団体旅行にしか見えないのは普段と違って皆が私服であることと、全員10代若い連中ばかりだからだろう。タカマチ隊長以下、フェイト隊長になんとあのヤガミ部隊長まで全員19の同い年だという驚愕の事実を先日耳にしたばかりだ。上から下までこんな若い連中だけで一部隊を作ってしまうのだから、つくづく異常な部隊である。日本人視点の俺だからそう思うのであって、低年齢化が進んでるミッドチルダじゃ普通……とまでは行かずとも、絶対ありえないってほどじゃないんだろうけど。
 かくいう俺も下ろし立ての真っ白なワンピース、水色の髪を赤いリボンでポニーテールに纏め、ヒール低目のブーツサンダルを履いてガラガラ旅行用鞄を転がしている。まったくもって緊張感無いこと甚だしい。結局どの格好にしたらいいか絞りきれなかったので、マリエルに頼んだらこんなことになってしまったのだ。まあ、俺も自分の趣味が似合わないことは自覚しているし、もうこうした少女趣味の格好でいるのに慣れてしまったので別に良いんだが。Tシャツミニスカートで活動的なファッションのヴィータ副隊長と、麦藁帽子が可愛らしいフリル付きピンクのワンピースを着たキャロちゃんに挟まれているので若干へこむ。今の自分も大差無く見えているんだろうと客観的に見せられている気分になるからだ。
 隊長陣に続いて新人+αの俺もヘリへと乗り込む。これだけの大人数を、余裕を持って乗せられるのだから凄い。迅速をモットーとする六課がフォワード陣全員を運ぶ為の大型人員輸送ヘリだ、思わず目も眩むような予算を使っただけの事はあったという物だろう。実は前の人生も含めて初めて乗るヘリなので、ほんの僅かだけ緊張しているのは秘密である。飛行魔法でも、せいぜいビル3・4階ぐらい分までしか飛んだ事ないしな。

 ヘリのローターが回り始める音が響き、胃の所に重しが乗ったような負荷が掛かる。機動六課初出張ならびに、俺の初外回り仕事の開始であった。





「前の出動の時は緊張しててあんまり覚えてないけど、やっぱりこれ凄いね!」
「スバル、子供じゃないんだから窓の外見てはしゃぐんじゃないわよ、恥ずかしい。エリオやキャロ達ぐらいならともかく、あんたは年考えなさいよ」

「あ、エリオくんっ、下の海見て! 今魚が跳ねたっ」
「えっ……キャロ、良くこんな距離で見えるね。僕には建物だって霞んでしか見えないんだけど」
「えへへ。遠くを見るのは慣れてるから」
「凄いね、キャロ」

「……ティア。わたしなんか別の意味で恥ずかしく、ううん虚しくなってきたよ」
「言わないで、頼むから」

 なんだかんだで雑談に付き合ってるだけティアナさんも観光気分が抜けてないように見える。微笑ましい新人達を横目に、俺は手渡された資料に目を滑らせていた。今回の任務は紛失したロストロギア、六課の本業である所の古代遺物の捜索である。管理外世界にロストロギアらしき反応がばら撒かれたのを、常駐していた監視システムが発見したらしい。それだけなら危なくて俺がこうして着いてくることなどなかったが、どうも正規の企業が事故でばら撒いてしまった物らしい。
 攻撃性は皆無。が、その他に逃亡機能にこちらの探査から逃れるステルス性能、果ては囮を多数生み出すデコイ機能まで兼ね備えているらしいので、その手の技術が高い俺に仕事が回ってきたのだ。まあ、さすがに本職には叶わないとは思うが、それでも直接戦闘などと比べて俺の領域に入っているのは確かである。

「しかし、タカマチ隊長。管理外世界だってのによく監視システムなんて都合の良い代物がありましたね。……実はこの仕事、裏があるとか言いませんよね?」
「あはは、違う違う。私達の出身世界だって言ったでしょ? 私が魔法に関わるきっかけになったのも、やっぱりロストロギアの紛失事故が原因でね。その時の調査に使った監視システムがそのまま置いてあるんだよ」

 資料から顔を上げて訝しげに問う俺に対し、タカマチ隊長は笑ってそれを否定した。何でも管理外世界で使った監視衛星の類は回収せずにそのまま常駐させる事が多いらしい。犯罪者は管理外世界に逃げ込むことが多々あるし、それでなくても今回のように事故で管理外世界に流れる可能性は充分にある。次元世界はそれこそ星の数のようにあるが、人の住める世界・惑星というのはさほど多くなく、管理外世界でのそういった場所で使った監視システムは慣例としてそのまま残しておくのだそうな。陸のレジアス中将も散々人手不足を嘆いていたが、海も海でやっぱり人手不足らしいしな。事件で立ち寄ったついでに監視衛星をばら撒いておくぐらいやらなければならないのだろう。
 それにしてもロストロギア、ね。古代遺物、滅んだ次元世界の喪失技術で作られた物の総称らしいが、オーパーツと聞くと途端に胡散臭い代物にしか思えなくなる。危険なロストロギアになると次元世界の一つや二つ吹っ飛んでしまうような代物もあるらしいし、それを回収する機動六課の存在価値も認めるけど。規模がでかすぎてどうしても現実味がないというか何というか。ノストラダムスだって世界滅ぼすのに恐怖の大魔王を用意したってのに、道具一つで滅んでいたならいくつ世界があっても足りないだろ。

「小市民からしてみれば、核兵器が降って来るかもしれないって話だもんな。そりゃあ現実味もないか。心配するには事が大きすぎて手に余るし」
「もう、アイリーン? 嘱託とはいえ自分も管理局員だって忘れちゃダメだよ。その問題が手に負えなくなるほど大きくなる前にロストロギアを回収するのが私達機動六課の役割なんだから」
「……そうですね、配慮に欠ける言葉でした。申し訳ありません」

 思わず口から零れた独り言に、隣に座っているタカマチ隊長が反応して注意されてしまった。確かに思ってはいても言葉にするには局員として不味かったかもしれない。口は災いの元とは良く言ったもので、冗談で言ったつもりの言葉がトラブルを生むことなんてままあることだ。”前”の仕事の時、クライアントの前で零した軽口を本気にされて、後々クライアントと同僚の両方に土下座まですることに発展したのは今でも忘れていない。無理ですから、その期限でそんな量の仕事。生言ってすみませんでした。
 ……それはさておき。俺がタカマチ隊長に軽く頭を下げて謝罪すると、そんな気にしないでいいよと慌てて両手を振ってフォローを入れてくれる彼女はやはり少し子供っぽい。実際、もっと幼い頃から管理局員だったらしいし、こんな魔法と暴力が交差してるような組織に所属していてよくスレなかったものだと逆に感心してしまう。俺の視線を受けて、不思議そうに小首を傾げる仕草は可愛らしい。そういえば彼女はまだ20にもなっていない、精神年齢だけで言うなら俺より10以上も下なのだ。エリオ達ほどではないにしても、随分と離れている。年上としてもうちょっと、俺が気を配るべきだろうか。上司ではあるが。

「そういえば、アイリーン。今ちょっと気になったんだけど」
「小腹でも空きました? 私の糖分摂取用の一口チョコならありますよ、あげましょうか」
「どうしていきなりそんな子供を見るような目で優しくするの!? ……こほん、そうじゃなくて。アイリーン、良く核兵器なんて代物知ってたね。数ある質量兵器の中でも、禁忌中の禁忌だよ?」

 ぎくり、と。全身が強張った。同時に血の気が顔から引いていくのも自覚する。どうやら、軽口を自制しようと考えるのがワンテンポ遅かったらしい。クリーンな魔力をエネルギー源として第一に考えている魔法世界ミッドチルダでは、原子核反応を利用したエネルギー施設などもちろん認められていない。都市に賄われるエネルギーも、魔力で動く魔導エンジンで発電されているし、当然兵器転用などバッシングどころか世紀の大犯罪者だ。そういう理論の存在こそミッドチルダでも確認出来ているが、その手の知識は大いに禁忌とされて学校の教科書にも、専門書にさえ詳しいことは何一つ書かれていなかった。……質量兵器信者の村八分。昔冗談で考えた単語が頭を過ぎる。

「いえ……その手の兵器がある、ということを。何かの本で読んだことがあります。過去に別次元で使われたという記述だったでしょうか。詳細は存じません」
「んー、そっか。やっぱり忌避感あるよね」
「ええ、当然ありますが……まるでタカマチ隊長はないとでもいうような言い草ですね」
「当然あるよ。ただね、私達の故郷の世界では普通に使われている技術だから」
「そんな物騒な兵器がですかっ!?」

 最後の驚きの声は俺でなく、近くで俺達の話に耳を傾けていたティアナさんだ。それぞれの雑談で騒がしかったヘリ内がその大きな声で静まり返って、注目が集まる。当然だろう、タカマチ隊長の故郷、つまりそれはこれから行く世界の事なのだ。ティアナさんの過剰反応っぷりに苦笑したタカマチ隊長は否定するように首を振る。

「核兵器がって意味じゃないよ。原子力発電所とか、核のエネルギーを使ってる施設が普通にあるってこと」
「でも、それもかなり危険では……」
「そうだね。私達の世界でも、反対する人はいっぱいいたよ。けど、それでも普通に使われてる技術なんだよ。危ない世界って訳じゃないから」
「正直、私達の世界の汚点もいい所やからなぁ……魔法がないから仕方ないんけど」

 タカマチ隊長の説明に合わせて、同じ世界出身のヤガミ部隊長がぼやくように言葉を重ねる。それっきり、何とも言い難い沈黙の時間が流れて、重苦しい空気がヘリの中を支配した。それだけ、魔法世界に生きる人間には重い、許し難い事実だということだ。しかしまあ、より深刻さを醸し出しているのはティアナさんを始めとした新人フォワード陣の4人のみ。ヘリパイで話に参加していないヴァイス陸曹と新人達を除き、他の人間はその世界に住んでいたことがあるのだろう。ヤガミ部隊長の使い魔であるヴィータ副隊長以下数名が涼しげな顔をしているのがその証拠だ。もちろん、以前は日本で暮らしていた俺も原子力発電に関して必要以上に思う所はない。日本では30%近い電力を、原子力発電に頼っていたのだ、気にしていたら日本人なんてやっていられないだろう。いやまあ、原発を全面肯定する訳じゃないけれど、一般人は実際被害を被らなければそんなものだ。核アレルギーの日本は地球の先進国の中じゃそれでも敏感な方である。
 そんな沈黙を破ったのは、能天気なスバルちゃんの声だった。

「……あれ? ってことは、なのはさん魔法のない世界出身なんですか!?」
「管理外世界だからね。というよりも、スバルは私達の故郷の世界のこと、知ってる筈だよ? ついでにアイリーンもね」
「へ?」
「私も、ですか?」

 問い返されたスバルちゃんがタカマチ隊長の言葉に疑問符を浮かべる。青天の霹靂は俺も同じだ。俺もスバルちゃんもミッドチルダから一歩も出たことはないし、特に調べたこともない。ミッドチルダ以外の魔法というのは興味あったが、現状ミッドチルダ式に近代ベルカ式、ヴィータ隊長関連で古代ベルカ式とその三つで手一杯だ。スバルちゃんにしたって、別次元世界に興味を持ったなんて話は聞いたことがない。
 揃って疑問符を浮かべる俺達の事が面白かったのか、小さく笑ったタカマチ隊長は人指し指を立てて、言った。

「第97管理外世界の『地球』って言えば分かるかな?」
「ああ! お父さんに聞いたことあります、ご先祖様が住んでた世界だって」

 ……は?

「スバルの名前って私達の国だと、あんまり珍しくない名前なんだよ?」
「中島昴かぁ。確かに八神はやてや高町なのはよりは居る名前やろなぁ」
「スバルも隊長達も変わった響きの名前だと思っていましたけど、ルーツは一緒だったんですね。でも、管理外世界から魔導師にって相当珍しいような……って、アイリーン。何よ、いきなり立ち上がって」

 隊長達の会話に率直な感想を口にしていたティアナさんが席を思わず立ち上がった俺に不審そうな視線を向けてくる。でも、俺はそれどころじゃなかった。二度と、自分の口以外から聞くことなどないと思っていた単語が他人の口から当たり前のように語られ、呆けるほどに動転していたのだ。そうだ、動揺しない筈がない。俺の暮らしていた場所、理不尽に引き離された故郷、俺が物心付いてからずっと生きてきた世界なのだ。
 自分でも不思議なぐらいに感情が溢れ出してくる。胸をかき乱したくなるぐらい、強い望郷の念。息が上手く出来なくなる。喉が引き攣った。涙が零れ出さないのが奇跡ですらあった。



 ずっと、帰りたかった。

 朝起きたら、別人に。まったく知らない世界で、知らない人達の子供として生を受けた。
 訳が分からなかった。こうなってしまった理由を知りたかった。
 死んだ訳でもない、何かの事件に巻き込まれた記憶もない。
 酒をかっくらって寝て起きたら、別人になっていた。今の人生が夢でないなんて誰が保障できる? 誰が証明出来る?

 親父とお袋はどうしているだろうか?
 いきなり一人息子が消えて、どれだけの心労を与えただろうか?
 確かめる手段がない。それに今の自分は元の”俺”とは似ても似つかない別人、証明する手段がなければ前の”俺”は思春期の子供の妄想と同列だ。

 ふわふわと足元の頼りない感覚。まるで雲の上を歩いているような、実感のない生活。
 異世界、別の両親、赤子になり女になった自分。魔法使いが飛び交い、だというのにそこに暮らしているのは元の場所と変わらない人間達。全部が全部、実感の伴わないあまりに不安定な現実。”俺”がいた証拠などどこにもない。”俺”を知っている人などどこにもいない。
 それが、実在した。手の届くところにあった。次元は違っても、確かに”俺”の居た世界と繋がっていたのだ。



「アイリーン? ……ちょっとアイリーン、どうしたのよ?」

 気付けば、俺はティアナさんに肩に手を置かれて揺すられていた。屈むようにして俺の顔を同じ目線の高さで心配そうに覗き込んでいる。そのティアナさんの瞳に映った顔、”アイリーン”と名付けられた少女。能面のように感情を失った表情で、真っ直ぐに俺を見ている。俺は元の故郷があると知って喜んでいる、その筈だった。無邪気に手を上げて、これから行く世界を楽しみにすれば良い筈だった。

 だけど、瞳の中に映る少女の姿を見て、自覚、してしまった。

 呆けていたのは一瞬だったのだろう、けどその一瞬で俺は自分を理解した。ティアナさんの瞳の中のアイリーンが虚ろに笑う。子供のくせに、なんて嫌な笑い方だ。しかし、これ以上ないぐらいに”らしい”笑い方。
 俺はアイリーンとして、生きてきた訳じゃない。そうしなければいけなかったから、そうしなければ生活など出来なかったから、アイリーンの人生を”演じて”いただけだ。何一つ、俺は変わっちゃいない。例え姿が変わっても、例え他人の腹から生まれても、俺は”俺”でしかなかった。

 アイリーンとして生きたいだなんて、これっぽっちも、最初から思っていなかったのだ。






「本当に大丈夫? 誰も着いていなくて」
「大丈夫です、ちょっと寝不足気味で乗り物酔いしてしまっただけですから寝ていればすぐ治ります。それより隊長はご自身の仕事をなさってください」
「一人ぐらい残したって良いんだよ? スバル達も心配してるんだし」
「やめてください。仕事の邪魔はしたくありませんし……気になって落ち付きません。寝ていれば治ります」
「……分かった。だけど、あとで私の姉や友達が来るから、体調が悪くなったらちゃんと言って頼らなきゃ駄目だよ?」
「はい、ご迷惑おかけして申し訳ありません」

 最後まで心配そうにして、念まで押しながらタカマチ隊長は部屋を出て行った。途中で帰還させられたくない俺は表面上取り繕ったが、態度が一変したのは見るに明らかだったのだろう。今回の任務に参加していたほぼ全員から、現地に着くなり休むように指示されてしまった。今は管理外世界、つまり地球の駐屯場所。郊外に建てられた別荘の一室で、ベッドに座り込んでいた。現地住人が提供してくれた物件のようで、SF要素は無理矢理設置した感のある転送装置ぐらい、後は普通のログハウスだ。ログハウスなんて”昔”も泊まった経験などないのに、無性に懐かしく感じる。部屋の隅には大型の液晶テレビが置かれていて、近付いてみれば見慣れた電化製品メーカーの名が記されているのに気付いた。その文字を、愛おしげに親指で撫でる。傍から見れば電化製品に愛情を注ぐ変態だが、構うものか。何度も、何度も執拗にその文字を撫でて掠れさせてしまった。
 擦った指の腹に、塗料が黒くこびり付いている。……しかし、その自分の手はあまりにも小さい。大男だった”俺”の手はもっと大きく、こんな赤ん坊のような手はしていなかった。もう見慣れた筈のアイリーンの手が、凄まじい嫌悪感を呼び起こす。衝動的に腕を壁に打ち付ければ、鈍い痛みが手首に走る。しかし、気にはならない。痛いぐらいでちょうど良かった。

「【マスター、落ち着いて下さい。脳内のアドレナリン量の数値が異常を示しています】」
「黙れ。今話しかけるな」

 躁鬱病のように心が浮き沈みしているのは自覚している。せっかく地球に、そして日本に帰ってこれたというのに、色んな感情がごちゃ混ぜになって自分の心を制御しきれない。寝るなりなんなりして、一度感情をリセットするべきだと頭のどこかで冷静な自分が告げるが、それは出来ない。もう少しすれば、隊長の身内が来てしまうだろうし、そうなれば身動き出来なくなる。”俺”の事情を説明する気がこれっぽっちもない以上、今すぐに動くしかない。
 隊長達に連絡されてはたまらないので通信関係をロックして、首から提げていた兎ペンダント型のデバイスをベッドの上に放り投げる。ソーセキですら、今は邪魔でしかなかった。

「【マスター! 一体どこへ……!】」
「今日中には戻る。隊長達には気分転換に散歩しているとでも言っておけ」

 本当は、仕事中になどではなく、後できちんと申請すれば私的に自由に動きまわるぐらい出来るかもしれない。だけど、もう俺は一分一秒もかけたくない。九年間も引き離されていたのだ。もう死んでいることになっているだろうが、両親に、友人に、仕事仲間にも、会いたくて会いたくて仕方なかった。例え”俺”だと信じて貰えなくても、せめて今どうなっているか知りたい。背後から聞こえる声を無視して部屋を出ると、事前に手渡されていた資料の内の一つ。ここら一帯の地図をポケットから取り出した。皮肉にも、ロストロギアが落下した場所は隊長達の故郷のすぐ近所であり、そしてそれは俺にとっても近所であった。

「……は、ははっ、こんなにも近くで繋がってたのに、気付かないなんてな」

 地図の”海鳴”と書かれた地名に、俺は乾いた笑いを零す。”俺”の住んでいた街だ。実家を出て、この街で”俺”は一人暮らしをしていた。俺がまだ”俺”であった時に、タカマチ隊長達と同じ街で暮らしていたことになる。なんとも、偶然で、奇跡で、間の抜けた話だ。しかも、もう一つ、冗談のような偶然があった。


『アイリーンのお母さんも、この世界出身なんだよ? 知らなかったの?』


 アイリーンの母親、マリエルも地球人だったということだ。知らねえよ、聞いたこともねえ。何か事情があって隠していたのか、あるいは単に言いそびれていただけか。大方、俺が聞いてなかっただけという可能性が非常に高い。魔法なんかに現を抜かして現実逃避しているからそうなったのだ、まさしく自業自得だ。やろうと思えば、帰りたいと行動を起こしていれば、もっと早く帰って来れただろうに。
 コテージから出た俺は飛行魔法を発動して飛び上がった。足もないし、金もない。管理外世界での無許可の魔法使用は禁止されているが、知ったことか。地図で位置関係を確認すると、街のある方向へと飛翔する。単独での飛行魔法は少々負担だったが、デバイスを使えばそれだけ隊長達に露見する可能性が増える。後でばれて処罰を食らう分には構わないが、今だけは邪魔されたくなかった。実家は100キロ近く離れているので、後回しだ。まずは仕事場と、俺の暮らしていたアパート。あとは友人連中の家か。アパートはさすがに引き払われてしまっているだろうが、それでも確認せずには居られない。俺がアイリーンになっていた九年間だけが過ぎた時間とは限らないのだから。
 俺の飛行魔法は単独だとせいぜい時速30kmほどしか出せない。つまり、原付バイク程度の速度しか出ない。それでも道を無視して直進出来るから、あっという間に海鳴の街の上空に辿り着いた。上空から見下ろしたことなんてなかったけれど、それでも潮の香りが漂う海沿いのこの街は、俺に帰ってきたという実感を感じさせるに充分だった。見覚えのある建物、見覚えのない建物、それらは半々という所だったが、それでも全く見知らぬ風景ではない。
 これが、証拠だ。”俺”が居たという証。俺がアイリーンなどではなく、”俺”で在ったということを証明する確たる風景。

「っ……っ……」

 声にならない。目の奥が熱くなり、涙が零れ落ちる。情緒不安定なのは、子供になってしまったからだろうか。やっぱり、一人で来てよかった。取り繕う自信なんて、これっぽっちもない。手の甲でごしごしと目元を擦るが、後から後から涙が溢れ出してくる。嗚咽を漏らさないのが精一杯で、涙は止められそうになかった。

「親父、お袋……」

 ”俺”は親不幸者であった。高校を出てすぐ独り立ちして、仕事漬けでろくに実家にも帰らず、親孝行らしいことは一つもしたことがない。社会人になってから、そしておそらくアイリーンになってからも、自分が食っていければそれで良いと思っていた節がある。例え肉親がいなくても、住む場所を変えても。仕事をして、友人を作って、人間らしい生活を送れればそれで良いと……そう思っていたのだろう。
 けれども、違った。肉親も、仕事も、友人も。今まで俺が生きて繋いできた証だ。代わりなどない。新しい場所で、新しい肉親、仕事、友人を作った所で、代わりになんて絶対にならない。唐突に引き離されてしまったこの世界に、俺はずっとずっと帰りたかったのだ。
 胸から染み出す感情はいつまでも収まってはくれそうもなかったが、いつまでも泣いて立ち止まっていても仕方ない。俺は隠蔽魔法を発動させて街の住人から気付かれないようにすると、高度を下げる。この辺は、会社から自宅への帰り道だ。途中で良く弁当や菓子を買っていたコンビニが、別系列のコンビニに変わっていたのは少し笑えた。しかし、それでも懐かしい。金を持っていたら、久しぶりにコンビニ弁当と缶ビールでも買って飲み食いしたかったが仕方ない。俺は道路に着地すると、自分の足で歩くことにした。例え、俺の部屋でなくなっていても、自分の足で昔のように”家”に帰りたかったのだ。

「こんな所にショッピングモールなんて出来たのか……うわっ、あのゲーセン潰れてやがる。格闘台多くて気に入ってたのに」

 あっちへふらふら。こっちへふらふら。かつて暇つぶしに帰宅ルートから反れては立ち寄った場所に足を運びながら、街を見て回る。途中でゴミ箱に突っ込まれていた新聞紙を見るからに、最後の記憶の年月日から十年が経っていた。マリエルのお腹の中にいた期間を考えれば、”俺”からアイリーンへと変わった時期にタイムラグはほぼない。
 転生、その言葉を改めて俺は考える。あの日、”俺”の最後の記憶。仕事から帰って来ていつものように自宅で夜食と寝酒の缶ビールをかっくらって眠った。突然の心臓麻痺や脳梗塞で死んだのか、あるいは火事でも起こって目覚めず死ぬ羽目になったのか。どちらにしても、アルコールと無茶な徹夜作業が死因のような気がする。はははっ、やっぱり自業自得だ。名前も肉体も変えることになってしまったが、それでも”俺”という存在が続いているのだから、運は悪くないのかもしれない。欲を言えば、男でまた地球に生まれたかったけれど。

「それでも帰ってきた……俺は、帰ってきたんだ」

 遂に、アパートの前に辿り付く。昔はまだ小奇麗だったアパートも、白い壁面に年季の入った汚れが走り、ところどころ塗装も剥がれてかなりの老朽建築物になっていた。だけど、それでも昔のまま、同じ場所に建っている。俺の部屋は二階、しかも一番奥の角部屋だ。仕事から帰ってきて、この微妙に長い距離が疲労感に一役買っていたのを思い出す。ギシギシと嫌な軋みを立てる鉄製の階段を一段一段登って、二階へと上がる。さすがに十年も前になるとろくな近所付き合いをしてなかった同じアパートの住人なんぞ覚えていない。それでも、人数がかなり減っているのは確かなようだ。まあ、こんなボロアパートに新規で入ってくる人間なんていないだろうし、当然かもしれない。

「……って、おい」

 思わず俺は虚空に裏手でツッコミを入れてしまった。一番奥の部屋、つまり俺の部屋だった扉には「八重」の表札が掛けられている。知らない名前ではない、その逆。”俺”の苗字だ。まさか、十年間放置されっ放し? どんだけ人が入ってないんだ、このボロアパート。それにしたって管理人の職務怠慢である。それとも、両親が大家に掛けあって、名札だけでもそのままにしてあるのだろうか?
 じわじわと、嬉しさが困惑を凌駕して胸の内側から込み上げてくる。まさか両親や親戚がこんなボロアパートに越してきているということはないだろうから、無人だろう。ピッキング……いや、中に転移魔法で入ろうか。少しの間、懐かしさに酔い痴れるぐらい、誰にも責められないだろう


 そうやって、扉の前で考え事をしていたから、突如開かれた扉を避けられなかった。


「うぎゃっ!?」
「お? ……って、子供? 悪い、まさか外に誰かいるとは……大丈夫か?」

 思いきり額に扉の角がクリーンヒットして、激痛に蹲る。鼻より先に額にぶつかるって鼻が低いように感じられるが、単純に思考に耽っていたので俯き加減になっていただけだ。そんな俺に頭上から心配そうに、男の声が掛けられる。大丈夫だと手を振るが、痛みに声が出ない。出血はしてないが、たんこぶぐらい出来てそうだ。鍵を開ける音もしなかったということは、鍵は開けっ放しだったらしい。なんと無用心かつ不精な。
 俺の額に多大なダメージを食らわせてきた加害者は動揺しているようで、何度も俺の安否を気遣うように声を掛けてくるが、そこまで大げさな話でもない。数分蹲って痛みがどうにか引いてきた俺は顔を上げて

「あちゃぁ、赤く痕になってるな。……ごめんな、お嬢ちゃん。ちょっと待ってろ、マキロンでも持ってくるから。しかし、こんな場所で遊んでた嬢ちゃんも良くないぞ」
「―――」
「……お嬢ちゃん? どうかしたのか?」



 顔を上げた、先に。俺の視線の先には。

 ”俺”がいた。





■■後書き■■
連載開始当初から、ずっと書きたかった話。
何年もお待たせしてごめんなさい。

リリカルマジカル
アイリーン・コッペルのお話、始まります。


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