魔法構築は魔導師なら基本的に思念操作を中心に、機械のサポートによって映像化された構築式を見ながら行うのが一般的だ。しかし、前世でキーボードに慣れ過ぎた俺は手入力の操作でも式を弄れるようにしている。どうにもプログラミングをしている時はキーボードを打っていないと落ち着かないのだ。それに思念操作オンリーだと疲労で脳が痛くなってくるから、キーボードによる手入力も全く意味が無い訳ではない。さすがに操作速度は思念操作に一歩譲るのだが。 しかし、である。非魔導師や思念操作の苦手な者しか使わないだろう手入力での構築作業。これを魔導師が自由自在に使いこなせるようになると、裏技が一つ使えるようになる。つまり、「いーとーまきまき、いーとーまきまき、ひぃーってひぃーってトントンっとくらぁ。くひっ、くひひひひひ」 空中投影モニターが、凄まじい勢いで変動していく。思念操作とキーボード操作、その両方を同時に行っている為、複数箇所が同時に構築・修正されているのだ。魔導師としては割とメジャーな技能である所の思考分割、いわゆるマルチタスクを使っての一人二役の二倍速戦法だ。キーボードの方が遅いのでせいぜい1.6倍速ぐらいだろうが、それでも一人の手でやっているとは思えないぐらいに凄まじく速度が出る。唯一の欠点は脳が痛くなるのを通り越して愉快になってくる事だ。脳内麻薬がドパドパ出てテンションが天井知らずに上がっていく。結果、さらに速度は速くなるので結局二倍速に届いているかもしれない。「アイリーンさん、います? ヴィータ隊長に呼んで来るよう頼まれて――失礼しま゛っ!?」「良い所に来た、実に良い所に来てくれた、エリオ。ちょうど今。そうたった今完成したんだ! 良い奴だな!」「なにがですか!? なんなんですか!? 何が起こってるんですかぁっ!?」「いやだなぁ、エリオくん。君が俺を呼びに来たんだろう? 今は気分が良いからキスしてやろう」「ちょ、ちょ、ちょーっ!?」 ちょうど最後の箇所を構築した所で、我らが前衛エリオ・モンディアル三等陸士が部屋の扉をノックして入ってきた。しかし、俺の顔を見るなり180度転進して逃げ出そうとしたので、その首根っこを引っつかんで引き寄せる。なんというグッドタイミングでやってきてくれる少年だろうか。仕事が完成した喜びも重なって、頬に口付けしてやろうと顔を近づけたのだが思い切り手で防がれてしまった。むぎゅっと間抜けな声を上げる羽目になってしまったが、今の俺は怒らない。だって、相手は大事な大事なイケニ……テスターなのだ。「ぷはぁ。悪かった悪かった、キスはしないから」「はぁ、はぁ……な、なんか嬉しいことがあったのは分かりましたから、正気に戻ってくださいよ」「いや、それがな! お前に頼みたい事があるんだよ!」「頼みたい事?」 口を塞いでいる手をなんとか振り払うと、赤毛坊主が息を荒げながら警戒心を露にしていたので、自分の使える最大限の笑顔を浮かべる。これがタカマチ隊長やスバルちゃん達なら気の一つも使うが、素を知られてしまっているエリオが相手だ。用件を単刀直入に伝えることにした。「試作魔法の実験台になってくれ」「いいいいいいいいいやああああああああだあああああああああああああああ!!!!」 唐突に腕の中に捕まえているエリオが喉よ枯れよ裂けよと言わんばかりに絶叫を上げながら、暴れ始める。なんだ切れる十代って奴か? と首を傾げながら、ソーセキに命じて両手足を捕縛魔法で拘束した。今の俺はオンナノコの身体な訳で、訓練で鍛えている体育会系の少年が暴れるのを取り押さえるのは物理的に無理だ。なので、特製リングバインド(両手足を括り、首に嵌ったリング型バインドが施術者の後を追う自動追尾機能付き)で輸送する。選ばれて照れるのは分かるが、あまり手を掛けさせないで欲しい物である。 一徹で眠気の妖精が頭の上を回っているようで、廊下を歩きながら欠伸を噛み殺す。昔は二徹三徹ぐらいじゃなんともなかったのだが、現在は年のせいか一徹ぐらいでも身体に堪えてしまう。前もってセットしておいた電撃魔法(弱)がパシッ、パシッ、と音を立ててソーセキを握る手に炸裂している。程よい痛みが気持ち良かった。「んん……お日様が黄色い。終わったら寝るかな」「今すぐ寝てください! っていうか前回も寝不足で頭おかしくなってたから失敗したって言ってませんでした!? 反省しなきゃって言ってたじゃないですかぁーっ!」「ああ、うん。反省したした。それじゃ、テストをしようか」「してないっ、絶対反省してないこの人ー!?」 失礼な。前回の失敗を糧としない技術屋がどこの世界にいるというのか。前回は眠気と怒りに任せてセクハラ赤毛小僧をロケット花火にしてしまったが、今回はしっかり考えての行動だ。割と不器用でイエスマンなスバルちゃんに、デバイス容量ぎりぎりで頭の硬いティアナさん。逆にデバイス容量はあってもまだまだ不安定で影響され易いキャロちゃんと、他の面子はことごとく試作魔法のテスターには向いていないのだ。そして、ヴァイス陸曹辺りの部外者に頼むよりは実際使う新人に使わせて意見を聞いた方が良いのは明らかだ。そして何よりも「エリオ。お前しかいないと思ったんだ」「……え」「上空ン千メートルまでぶっ飛んだり、あんな不具合満載の魔法を扱おうとして無駄足踏んだり、色んな意味で自爆野郎のエリオなら今更多少の失敗ぐらい何でもないよな?」「一瞬でも期待した僕が馬鹿だったよ! うわぁーんっ!!」 うん、まあ冗談だ。半分ぐらいは。 そんな漫才を交えながら遂に訓練場まで辿り着く。機動六課の訓練場は予算の半分以上を注ぎ込んだ陸戦用空間シミュレーターが導入されている。海上に浮かぶ特徴的なプレート群の上に空間魔法の一種で望んだ地形を自在に出現させられる、魔法やファンタジーというよりも完全にSFな超施設である。出現する建物や地形はあくまで魔法で擬似的に出現させているものであり、プレート上から弾き飛ばされれば消失してしまう不安定な物質だ。完全に魔法寄りの物ならまだしも、専門ではない科学技術(?)と融合した魔導技術の塊になってくると俺にも良く分からない。なので、この解釈も意訳に過ぎないのだが。元は魔法文明のない日本から来た俺が科学技術混じりだと分からなくなるってのもおかしな話だ。まあ、日本の物と同一である訳がないのだし、仕方ないのかもしれない。 しかし、今回はこの訓練施設を使用する訳ではない。俺が許可無しに勝手に訓練施設を稼動させるのは不味いし、何よりもわざわざ地形を用意せずともシミュレータープレートのすぐ横に試作魔法を試すのに適した場所があるのだから必要ないのだ。 俺がバインドを解くと、もう逃げられないと観念したのか渋々といった様子でエリオが立ち上がる。「アイリーンさんは強引過ぎる」などとぶつくさ文句を言う姿は実に男らしくないが、どうもこういった態度は俺限定らしい。隊長達や他の職員のエリオに対する評価は一環して”素直で実直な少年”である。気を許されているのか、舐められているのかは微妙な所であるが、イエスマンになられるよりは99%マシであろう。「ヴィータ隊長の呼び出しは良いんですか? 何か相談したい事があるらしいから、隊長室まで来てくれって話だったんですけど……」「ん、そっちも行くけどその前にちょっとだけな。10分も掛からないから大丈夫だ」「……はぁ。それで試作魔法って、やっぱりその……飛行魔法、ですか?」「んふふふ……そうだとも言えるし、違うとも言えるかな」「なんです、その笑顔。気持ち悪……いたっ!?」「良いからさっさとストラーダを寄越せ」 余計なことを口走ったエリオの頭を叩いて、待機状態のストラーダを奪い取ってソーセキ経由で試作魔法α版を転送する。うーん、データ転送するだけで新しい魔法を覚えられるって、つくづく卑怯な技術体系をしていると思う。もちろん本人の習熟なしには使いこなせるとは言えないのだろうが、俺のように魔法を”軽く”して難易度を下げてやれば使用する程度は誰だって問題なくなる。次元世界には数え切れないぐらいの種類の魔法が存在するらしいのだが、汎用性に特化したミッドチルダ式魔法が主流になっているのはそうした魔法群を吸収して流用していく為なのかもしれない。理論上、ミッドチルダ式はありとあらゆる魔法を扱えるからだ。あくまで理論上は、だが。「【マスター、転送完了しました】」「OK、ストラーダも魔法起動には問題ないな」「【問題ありません】」「ほら、エリオ。この前みたいにいきなり打ち上げられたりはしないから安心しろ。失敗して落ちても海だから、怪我まではしない。どっちにしても誰かが試さなくちゃいけないんだ、だったらエリオの方が適当なのは分かるだろう、男なんだし」「……ああ、もうっ。分かりましたよ! アイリーンさんに試せなんて言わないですよっ!」 いや、他の三人の事を言ったつもりだったんだが。自棄になった様子でストラーダを槍形態に起動させるエリオに首を傾げる。……確かに自分で試すのが一番手っ取り早いのではあるけれど、今回の試作魔法は適正云々以前に、多少の運動神経を必要とするものになってしまっている。α版で運動神経のぶち切れた俺が試すには少々辛いのだ。失敗しても俺に問題があるのか、魔法に問題があるのか分からなくなってしまうのだ。まあ、並程度の運動神経があれば良い筈なのだから、俺が忌避する所である”人を選ぶ魔法”ではない。でも、なんかすげー悔しい。悪かったな、周回遅れの運動音痴で。「アイリーンさん?」「ああ、はいはい。良いか、今回の魔法はだな……」 訝しげな声を掛けられ、我に返った俺は試作魔法の概要を簡単に説明し始める。さて、久しぶり、いや人生初であろう他人に本格的に扱わせるオリジナル魔法だ。気合を入れて説明せねばな。 海を見ていた。いや、正確には海からゆっくり浮かび上がってくる赤毛の頭を、であるが。その海坊主は随分ゆっくりとした動きで岸、俺のすぐ目の前までやってくるとびちゃりと音を立てて地面に手が掛けられた。海中から身を引き上げたエリオの顔は無表情で……前髪から海水を滴らせながら無言で俺に視線を合わせてくる。黒の半袖シャツに長ズボンといった格好のエリオだが、これでもれっきとしたバリアジャケットだ。着水した衝撃や、海水で身体を冷やすといった事は無い筈だが……。 しばしの間、無言で見つめ合う。やがて、沈黙を破ったのは掠れるような声で言葉を紡ぎ出したエリオの方だった。「……なんですか、これ」「ん、なんだ。問題あったか?」「問題は……ない、ですけど。これって」「これって?」「……か、身体に羽が生えた、みたいでした」「気に入ったか?」「……すごく」「……」「……」「凄すぎですよっ、これ!? なんですか、この魔法!」「いよっしゃあああああああ!!」 ゴールを決めたサッカー選手の如く。俺は両手を握り締め、雄叫びを上げながらガッツポーズを取った。間違いなく掛け値無し、最大級の賛辞だ。 ストラーダとのデータリンクは上手く行っている。送られてきたデータを軽く参照した限りでは、α版にしては基本動作にほぼ問題なく、多少のロスが見られるのみだった。これ以上ないぐらいの完璧な成功である。これほどの爽快感は前世も含めて早々あった事はない。眠気など喜びのあまり全て吹き飛んだ。だらしなくニヤけてくる顔を隠す為、俺はエリオの首に腕を回してヘッドロックを掛けてやった「い、痛いっ、痛いですって!?」「これぐらい我慢しろよ。良い魔法だろ? そうだろ?」「み、認めますけど! ……これって飛行魔法に分類されるんでしょうか?」「んー、どうだろう。これで空を飛べば飛行魔法として規制対象には入るだろうけど……分類は別物だろうな。そもそも副数種を使った複合魔法だし」「これがですか? その割には全然負担にならないぐらい簡単でしたけど」「褒め殺しかこの野郎! 大好きだっ!!」「うええっ!?」 テンションは天井知れずにうなぎ上りだ。バリアジャケットを解けば水気なんて残らないエリオと違って制服姿の俺は濡れっ放しになるのだが、そんなことお構いなしに赤毛頭を抱えて振り回す。戦闘用魔法として使われてしまうのは気に食わない、しかしそれでもアイリーン人生初めての大成功だ。誰かに使われてこその魔法。簡易用バリアジャケットの方が出来上がりは先だったが、あちらは共同制作の上に未だテストテストばかりで実際の登用には程遠い。まあ、その意味じゃ今回のもテストではあったが、バグ取りが終わったらすぐにでも使ってくれるだろう。 しばらく頭を抱えたままじゃれあって、エリオの方がぐったりしてきたのでようやく解放する。顔色が真っ赤になっていたので酸欠にでもなったのだろうか。やや反省するものの、浮き足立ったテンションは早々に落ち着いてはくれなかった。「……で、でも、うん。本当にすごいですよ、この魔法。もう今日から使えるんですか?」「え、ああ、いや。使用はまだ2、3日待ってくれ。まだ仮組み立てしたばかりのα版だからな。これから今の使用データを参考に組み直したり、修正入れたりしなくちゃならんから。上空でいきなり使えなくなるのは不味いだろ?」「あ、はい、そうですね。それまでは使うの止めておきます」「そうしてくれ」 なんせまだバグ取りも終わらせていない魔法だ。今ちゃんと動くからといっても、いつ停止するか分かった物ではない。それにこの魔法を使う事によって戦い方も随分変わるだろうから、タカマチ隊長やヴィータ副隊長にも正式に上申し、通さなければならない。有用だという自信はあるし、実際扱うエリオがここまで大絶賛してくれているのだ。通らないことはないだろう。まあ、新人フォワード陣の中では特別エリオに適した魔法なのだが。「おい、てめえら! 何道草食ってんだ!」「ヴィ、ヴィータ隊長!」 早速とばかりに今のテスト結果であるデータをチェックしていると、背後から罵声が飛んできた。目を吊り上げ、肩を怒らせて歩くその様は内心をまざまざと表している。エリオにも負けない鮮やかな赤毛を長い三つ編みにして垂らしているその人はエリオの教官であり、俺の直属の上司でもあるヴィータ副隊長である。時間を見ると……テストを始めてから30分は経過している。無論、呼び出しの事はすっかり忘れていた。 エリオが条件反射的に敬礼を取るが、そのドタマにヴィータ副隊長のデバイスである長細いハンマーが振り落とされた。ガツンッ! と痛烈な音が鳴り響いて声にならない悲鳴を上げながらエリオが蹲る。うわぁ……さすが本職の教官。容赦ねえ。続いて俺にデバイスを向けてきたので、高速で後退しながら両手を顔の前で振り回す。非戦闘員、非戦闘員だから俺。「エリオ、お前のせいで早朝訓練が始められねーんだ。これ以上なのは達を宿舎前で待ちぼうけにすんな、さっさと行け。駆け足!」「は……はひ! 失礼します!」 哀れエリオは敬礼もそこそこに涙目のまま走りだした。俺がフォローを入れる隙もない。すまん、後で何か埋め合わせするから。 とまあ、俺も人に同情している場合ではない。いつもの釣り目気味の目がさらに釣り上がっているヴィータ副隊長は、その幼い外見に反して滅茶苦茶怖い。視線をこちらに向けられただけで、危うく漏らしそうだった。まあ、幼いといっても、俺とほぼ同身長なので迫力があまり軽減されなかったというのもあるんだろうが。「で、アイリーン。お前も呼んだ筈だよな。あいつに聞いてなかったのか?」「ごめんなさい! 聞いていましたが遅くなりました!」「……別にお前は叩きやしねえよ。新人どものデバイスの事で会議があるんだ。さっさと来い」 ゲートボールの木槌のように柄が長く先の小さなハンマーを肩に担いだヴィータ副隊長は、呆れ半分怒り半分の口調で告げてくる。デバイス……ああ、六課の予算を下ろして新造するとかいう新人達用の新デバイスの事だろうか。新デバイスのデータ自体は回って来ていたが、出来上がりはまだ先の事だった筈である。予定が早まったのだろうか? 返答を待たず背を向けてさっさと歩き出すヴィータ副隊長の後を追いながら、俺は新人達のデバイスに付いて記憶を掘り起こしていた。スバルちゃんの回転ナックル(正式名称リボルバーナックル)は亡きクイントさんの形見でかなり高性能のアームドデバイスだが、シューティングアーツに必須のローラーブーツはスバルちゃんお手製の自作品である。訓練校時代から使っているものだし、当然、プロが作ったものより性能はかなり劣る。同じくティアナさんの銃も自作デバイスだった筈だ。デバイスに篭められる術式の保存容量は性能と共に芳しくなく、苦労してやりくりしていたのだが……そこに六課の予算を使った個人特化の高性能デバイスだ。正直、かなり羨ましい。いや、ソーセキだって俺の為に作ってもらった高性能インテリジェンスデバイスなんだけど。新しい方が高性能ってのは日進月歩、技術業界の常だ。差が出来てしまうのは仕方ないだろう。……うん、その内パーツを増設したり、もっと性能の良いのに交換してやるからな、ソーセキ。 そんな考え事をしていると、前を進んでいたヴィータ副隊長が振り返ってきた。う、考え事に集中していたのは不味かっただろうか。先ほどのエリオの制裁が後を引いて、思わず一歩引く。しかし、彼女は何も言わずすぐに前を向いて再び歩き出した。何やら物言いたげで……何事にもストーレトで、回りくどい事が嫌いなヴィータ副隊長らしくない。六課本部に向かいながらも嫌な沈黙が流れていたので、仕方なくこちらから切り出す事にした。「ところで、ヴィータ副隊長」「……あんだよ」「アイスのバニラはチョコチップ有りと無し、どちら派ですか?」「断然有り派……って、本気で何なんだよ、いきなり」「いえ、何やら私に用事がありそうだったので。自然な話題振りを」「無茶苦茶不自然だったぞ!?」「まあ、何でも良いので話して下さい。らしくないです」 エリオほどでないにしても、その次ぐらいに素で接せられるようになった同僚なのだ。変な遠慮で壁は作って欲しくない。友人付き合いとまではまだまだ行かないが、それでも同僚なりには仲良くしたかった。仕事にも支障が出兼ねないしな。 ストレートに言いたいことをぶつけると、ヴィータ隊長は大きく溜息を吐いた。少し歩む速度を緩めたので、意思に従って隣に並ぶ。ここまで勿体ぶるという事は、仕事というより個人的な相談か何かだろうか?「……あのよ」「はい」「お前、ベルカ式もある程度知識あるよな」「ええまあ、ミッドチルダ式ほどではないですけどそれなりには。でも、ベルカ式はヴィータ隊長の方が全然詳しいでしょう?」「いや、そりゃそうなんだけどよ……そのなんつーか」「なんつーか?」「黙って聞けよ! ……新人達の面倒見るついでで良いから、あたしの魔法も一度見てくれねえか?」「……はい?」 実に予想外の頼み事だった。ヴィータ副隊長は外見こそこんな成りだが、正真正銘本物のプロで、その中でも歴戦の空戦魔導師なのだ。普段新人達のミーティングで言い争いになるのはあくまで新人達の教育方針だからであって、素人の俺がプロのヴィータ副隊長にアドバイス出来る事など何一つない。素人考えでどうにかなるほど、戦闘というのも甘い物ではないだろう。それはヴィータ副隊長も分かっている筈なのだが……。 隣を歩くヴィータ副隊長は俺の疑惑に満ちた返答に、手持ち無沙汰に待機状態に戻している自分のデバイスを弄ったり、落ち着かない様子でいたが、やがてガリガリ真紅の頭を掻くと溜めた物を一気に吐き出すように話し出した。「あたしが人間じゃねえってのは知ってるか?」「あ、ええ、はい。資料に書いてあるぐらいは知ってますけど。ヤガミ部隊長の使い魔……みたいなものなんでしたっけ?」「まあ、それで大体合ってるな。古代ベルカ式を使ってるのも、その関係だ。元々はベルカの出なんだよあたしらは」「はぁ……それで、私に魔法を見て欲しいっていうのと何の関係が?」 正論だろうその問いに、ヴィータ副隊長はそれまで以上の大きな溜息を吐いた。足を完全に止めて、正面から俺の目を見つめてくる。予想外に重い話……なんだろうか? 正直、人間だのそうでないだのという話は着いていけない。魔法世界に転生して馴染んでは来ているものの、やはり俺の価値観は日本人として育てられた物だ。人と全く同じ姿で人ではないと言われても、現実味がまるでない。これが口から火を吐きながら目からビームでも放って突如暴れ出すとか言うなら恐れの対象にもなるんだろうが、見た目も中身も普通の人間と変わらないのでは差別も区別もしようがない。というのが俺の正直な所だ。 しかし、「実はあたし人間じゃないから苛められてるんだ」なんて内容ではなかった。「頭打ちなんだよ、あたしの強さは。人間と違って体力や魔力はこれ以上成長しねえ。戦闘経験ももう腐るほど積んだ。デバイスも最新鋭機に近いぐらいチューンナップしてる。あたし自身も訓練は欠かしてねえけど、ほとんど鈍らない為の……誤差の範囲内程度にしか役に立たねえ」「……いや、副隊長、確か二アSランクですよね? 充分じゃないですか」「充分じゃねえ! なのははあたしより強い。そして、そんななのはでも撃墜される事はある……ちっとも、充分なんかじゃねえんだよ」「理屈は分かりますけど。……無い物ねだりじゃないですか?」「それも分かってる。でも、日々手に取るぐらいに分かるほど成長していくあいつらを見てると、歯痒くなってくる。あたしだけ、その場で足踏みしてる気分になるんだ」 ヴィータ副隊長の顔はかなり暗い。痛みを堪えているような、苦虫を噛み潰したかのような、内に秘めた感情を滲ませる表情だ。相談内容は強くなりたいなんて中二病染みたものだが、その実質は重たい人生相談に限りなく近い。とても俺に解決してやれるような内容には思えなかった。しかし、その一方で理解できる部分もある。現状維持という奴は、向上心のある人間には時として耐えがたい苦痛を与える物なのだ。「それで……私ですか?」「ああ、お前の理論は長年生きてきたあたしにも無縁だった領域だ。強くなれるかもしれない、その可能性だけで大違いだ」「買い被りだと思いますよ。それに、近代ならともかく古代ベルカ式は正直専門外です」「それでも良い。ほんのちょっとの可能性でも良いんだ。……一度、見てくれ。頼む」「……」 ぬぬぬ。なんて難しいことを言ってくるんだ、この人は。ヴィータ副隊長が何年生きているかは知らないが、物言いからして人間の平均寿命を軽く越えるぐらいには年を食ってそうだ。そんな人が長年練ってきた魔法を手直しする、しかも知識がろくにない古代ベルカ式で。無茶振りにもほどがある。大体”強くなる”魔法など、俺の専門分野ではないのだ。アマチュアとはいえこうして仕事でいる以上、出来ない仕事は引き受けるべきではない。ましてやヴィータ副隊長は色んな意味でこの事に命を掛けている。とても俺如きがやって良い仕事ではない……のだが。 中身はともかく、9才の子供でしかない自分に対して上司が深々と頭を下げている。一体、どこの誰が断れるというのだ。「……分かりました。見るだけは見ますから、頭上げてください」「助かる」「そんな期待しないで下さいよ。一昼一夜で行かないことだってヴィータ副隊長にも分かるでしょう?」「わーってるよ。六課の仕事のついでで良いから」「ついでで済むほど軽い仕事じゃないですよ……」「上手く行ったら腹が破裂するほどアイス奢ってやるからさ!」「それぐらいじゃ釣り合いませんって」 これならまだ誰でも使える飛行魔法の方が無茶振りではなかったぐらいだ。古代ベルカ式に興味があったのは確かだが、先が全く読めない仕事というのは胃にキリキリ来る。出来る見込みの無い仕事を引き受けるほど無責任な事もないだろう。ヴィータ副隊長は笑って背を叩いてくるが、俺はもう溜息しか出なかった。 ……まあ、ヴィータ副隊長の心情に答えたい、そう思う部分もあったのではあるが。心底から言いたい。どうしてこうなった。「あ、やべえ。予定の時間からもう一時間も遅れてる」「うえっ。い、急ぎましょう!」「ああ、急げ!」 とりあえず優先すべきは新人達である。俺とヴィータ副隊長の二人は、ミーティング室まで駆け足で進み出すのであった。 さて、ここでミッドチルダに存在するデバイスについて少し触れようと思う。そもそもデバイスとは何なのかであるが、端的に言ってしまえば「魔導師の補助をする機械杖」の総称である。まあ、機械杖といってもデバイスにとって基本形が”杖”であるだけでその形は千差万別に存在しているし、その役割自体も様々に分かれている。魔法の術式を溜め込んでおく保存媒体だったり、魔法を制御する為の演算を肩代わりしてくれたり、もっと直接的に武器として振るわれたりとだ。 まず、デバイスの中では標準的で一番普及されているだろうストレージデバイス。storage(保管、貯蔵)の意味する所から分かるように、究極的には魔法の記憶を目的とする装置だ。演算機能こそ低めではあるが、単純な機構と取り扱い易さも相まって、大部分の魔導師がこれを使用している。安価で安定した性能なのだから普及するのは当たり前だろう。管理局の標準デバイスにもこのストレージが採用されている。 一方で、俺の持つソーセキのようなインテリジェントデバイス。知性、人格を持ったいわゆるAI付きの高性能デバイスだ。魔法処理の為の演算機能を重視し、あらゆる面でストレージデバイスを凌駕する性能を秘めている。さらにはデバイス自身の意思で魔法を行使したり、データ処理的なことまでやってくれるので一家に一台インテリジェントデバイス、メイド○ボもびっくりな一品である。……が、もちろんメリットだけの筈も無く、インテリジェントはかなり癖の強い種類のデバイスなのだ。まずAIと魔導師本人の相性が悪くてはろくな性能を発揮してくれない。魔導師の才能にかなりの個人差があることは前に話したが、インテリジェントデバイスがその真価を発揮する為にはその才能に合わせた調整がまず必要となってくる。全適正をカバー出来るデバイスなど存在せず(存在したとしても一体どれだけの予算が必要になるか)、通常はその魔導師に合わせて作成される上に使用される日々でAI自体が魔導師に合わせた学習・最適化を行っていく。要するに、完全個人に専用特化されたチューンナップ機なのだ。しかし、そこまでやっても、結局相性が合いませんでした、で使えなくなるのもインテリジェントデバイスなのである。人と人との付き合いが難しいように、人とAIの付き合いもまた難しいということなのだろう。車一台買うような金額を払って不良品かもしれない、そんな博打要素がインテリジェントデバイスのもっとも嫌われる部分である。 次にアームドデバイス。スバルちゃんの回転ナックルやエリオのストラーダ(槍)がこれに当たる。正確にはストレージやインテリジェントと同列にするのは不適当で、武器の形状をしているデバイスの総称がアームドデバイスと呼ばれる存在だ。なので、ストレージのアームドデバイスやインテリジェントのアームドデバイスが存在する。まあ、そこら辺の分類はかなり細かくなっている上にかなり定義が曖昧なので省略するが、非人格型だろうが人格型だろうが武器の形状を前面に押し出したデバイスが、アームドデバイスとなる訳だ。アームドデバイスはガチンコの殴り合いをするという用途上、他のデバイスよりも頑丈に作られる傾向が強い。丈夫なのは良いことだが、物騒ないことこの上なく、俺のような技師には一番縁遠い種類のデバイスだろう。 他にもキャロちゃんが使っているブーストデバイスや、リーン空曹長のようなユニゾンデバイスもあるが全省略させて貰う。さすがにそんな希少種まで説明すると文面を食って仕方ない。 デバイスは使用者、魔導師に合わせて欠点を補助、あるいは長所をさらに伸ばす為の道具だ。魔導師が欲しい部分を補強する、とでも言い換えた方が分かりやすいだろうか。結局何が言いたいのかというと、新人達に用意する新デバイスも当然本人たちの使用目的に合わせたデバイスを用意する必要があったという事である。「うーん、やっぱり羨ましいなぁ……オーダーメイドの超高性能機」「【マスターのデバイスになるには不適格だと思いますが】」「いやまあ、こんなガチガチの戦闘用デバイス貰っても困るけど。……って、ソーセキ、もしかして嫉妬してる?」「【していません】」 妙に可愛い言動で机の上で揺れている兎型ペンダントに頬を緩ませながら、俺は渡されたデータに再び視線を戻した。空中投影モニターに表示されているのは四つのデバイス。スバルちゃん達新人に配布された新デバイスの詳細データであった。新デバイスといっても、正確にはスバルちゃんとティアナさんの分だけで、エリオのストラーダ、キャロちゃんのケリュケイオンは六課集合前から二人に渡されていた新造デバイスだ。それにリミッターを掛けて、最低限の機能しか働かせていなかったのである。今回出来上がったスバルちゃんティアナさん二人の新デバイスに合わせて、ライトニング分隊のデバイスリミッターも一段階解除されることになった。実質、全員が新デバイスへと変更されたような物であり、余裕の出来た容量と演算能力を使って何を入れるべきか、どう構成データを伸ばしていくべきか検討していたのだ。 勿論俺一人で考える内容でもなく、本来はタカマチ隊長達やシャーリーさんと相談すべきことなのだが、今現在俺一人が暇なのである。隊長陣や新人達はスクランブル出動中なので。 そう、ガジェットが実際に現れ、現在六課は緊急体制でテロ対策に乗り出している所なのだ。「別に後でデータはくれるんだから、今見せてくれたって良いのに」「【権限がないので仕方ないでしょう】「そうなんだけどな。……やっぱ落ち着かん。どうにも歯がゆい」「【正式に管理局に所属しなければ難しいと思われます】」「ですよねー……」 今の俺の身分は外様の出向技術局員という立場なので。尉官待遇ではあるが、指揮権含めて実際の権利はほとんどない。だもんで、現在テロリストと戦っているだろう新人達の様子を見る事は出来ないのだ。後に事件終結後に戦闘データの確認はさせてもらえるだろうが、やきもきする気持ちは少しも解消出来る手立てはない。暇に空かせて新デバイスのデータチェックなんぞしていたが、集中出来る筈もなかった。 スバルちゃんは無事だろうか。ティアナさんは無茶してないだろうか。キャロちゃんは怪我なんてしてないだろうか。エリオはちゃんと盾になってるだろうか。 心配で心配で、思わずベッドにダイブして、枕を抱えたままごろごろ転がった。もちろんテロリストと戦闘なんて見れた所で俺が何か手助け出来ることなんて何もない。それどころかスバルちゃん達がそんなのと向き合っている所を見たらぎゃーぎゃー喚き散らしてしまいそうだ。管理局で二年も仕事をしてきて、ある程度は理解も出来ていたが、それでもやっぱり良い職業だとは思えなかった。身内が警察官になったり、自衛官になったりして喜ぶ家族がいるだろうか? 危険なことは他人に任せて、身内にはもっと安全で平和な職業に着いて欲しい。……日本人の平和ボケした考え方なのかもしれないけれど、それが俺の正直な気持ちだった。 あーだのうーだの言って転がっている内に段々と睡魔が襲ってくる。そういえば、昨日から徹夜だったんだ、と思い出せば一気に眠気が強くなった。どうせ起きて待っていても頭を悩ませて仕事にならないんだから、もういっそ寝て待った方が良いかもしれない。真昼間に眠る理由を理論武装で固めた俺は、ソーセキに連絡があったら起こすよう頼むと意識を手放した。 枕を抱き締めて、身を丸め、無事に帰ってきますようにと祈りながら。■■後書き■■この作品は初出動の際ハブにされるキャラが主人公になっています。(ry新魔法に関しては次回以降に持ち越し。もったいぶってごめんね!いやまあ、感想で色々考察して貰っていますが、大した物ではありません(たぶん)。比較的次回は早めに上げられると思いますので、適当にやきもきしながら待っていてくれると嬉しいです。