二年ほど前からやや不本意な形で始まった管理局での仕事だが、俺にとってマイナス要素しかなかった訳では決してない。給料が入るようになって専門書を買う金には困らなくなったし、他の人間、それもプロが扱う構成式を見られるというのは実にありがたい。アイリーンに転生してからというもののひたすら一心に勉強してきたつもりではあるが、やはりそれは本頼りの独学だ。所詮ペーペーに過ぎない俺にとって、プロの中に混ざって仕事出来たのは非常に有意義な経験だった。 そして、不本意な推移を経て働き出したこの機動六課の仕事も、やってみれば利はそれなりに見えてくるものだ。「それじゃあ……もうちょっと込める魔力を少なめにした方が良いのかな」「うん、そうなるね。増幅魔法はどうしても伝える魔力にロスが出ちゃうし、ブースト一種類で済ませようとするんじゃなく、もっと軽くて早い術式で複数強化した方が結果的に効率は良くなるよ。せっかくキャロちゃんのケリュケイオンは左右の手袋型デバイスで別々に処理出来るよう作られてるんだから、多重起動も出来るようにならないとね」「う、うん。それは分かるんだけど……でも、わたし、右と左両方とも使って強化魔法するのが精一杯なんだけど」「それは今使ってる術式が重いからだよ。まあ、もちろんキャロちゃんの技術の向上幅はまだままだあるから頑張らないといけないけど。理想としては右4、左4で8種類の魔法を同時に発動させられるようになることかな」「え、ええっ!? いくらなんでも無理だよ……」「いけるいける。ケリュケイオンはブースト特化の超高性能機体だし、充分実現範囲内だって。……まあ、まずキャロちゃんが使いこなす技量を身に付けないと8種同時はさすがに厳しいけどね」「うぅ……アイリーンちゃんの意地悪……」「あ、あのー……アイリーンさん、僕の方はどうなりました?」「チッ……刃に魔力を被せる魔法はかなり効率が良くなっていましたが、雷を使った魔法は全体的にまだまだ粗いですね。あれならまだ自己強化に魔法を使った方がマシなんじゃないですか? せっかくの魔力変換資質が泣いてますよ、エロオ三等陸士」「色々酷っ!? せ、せめてちゃんと名前は呼んでくださいっ!!」 さすがに冗談である。セクハラ小僧相手とはいえ、仕事はきっちりこなす主義だ。 機動六課の始動前はタカマチ隊長の使い走りに本部片付けの陣頭指揮と雑用仕事ばかりこなしていた俺だったが、フォワード陣が着任した後は本来の仕事に入っている。俺の担当は新人フォワード4人だが、開幕式から一週間、キャロちゃんとエリオのライトニング分隊二人を中心に改善を行っていた。スバルちゃん達を完全放置という訳ではないのだが、なんせスターズ分隊の二人は二年前まで俺がつきっきりで見ていたのだし、休日にチェックしてやったことも皆無ではない。なので、とりあえずの修正は極々短時間で容易に行えたのだ。一方、完全に魔法を持て余しているキャロちゃんと、まだまだ流用してきた魔法に振り回されているエリオは改善の余地が山ほどある。機動六課の予算で作っているという、スバルちゃん、ティアナさん用の新デバイスがまだ出来上がっていないこともあり、集中的に子供二人の修正を行っている訳だ。 無論、戦闘に関しては完全に素人の俺があれこれ勝手にやった所で失敗するのが関の山なので、修正の方針は事前にタカマチ隊長との入念な相談によって決めてある。タカマチ隊長としては、各個人の素の能力を(タカマチ隊長曰くのびのびと)伸ばしてやりたいそうなので、俺も伸び代を作ってやる事を第一に考えて修正を施している。エリオが修正というより矯正になってしまっているのは、まあ本人の為なので仕方ない事である。「……と、大体今回の修正点は以上。お疲れ様、二人とも」「なんか、頭がぐらぐらする。……あ、う、ううん、別にアイリーンちゃんの話が難し過ぎたってことじゃないよ? でも」「……でも、内容が濃すぎて。もうちょっと手加減してくださいよ、アイリーンさん」「ちゃんと分かり易いよう、噛み砕いて話してたんだけどね」「「お、お馬鹿でごめんなさい」」 異口同音に頭を下げる桃頭に赤頭。それはスバルちゃんの台詞だ。この一週間で何回か二人の前でスバルちゃんを苛め……弄ったので、感染してしまったのかもしれない。 とはいうものの、キャロちゃんもエリオも、決して馬鹿などではない。それどころか郡を抜いて優秀だ。子供特有の頭の柔らかさの分を差っ引いてもかなり頭の回転が速い。自分の使う魔法のことだから、どう修正を施したかは全て説明しているのだが。俺としては大体の所を覚えてくれればそれで充分だと思っていたののに、この二人と来たらちゃんと”理解”してしまうのである。正直、二桁にようやく掛かった年齢の子供とは到底思えない優秀さだ。ミッドチルダは早熟で、学校のクラスメート達もしばしば大人っぽい会話は交わしているが。それと比較してもこの二人は飛び抜けていた。同列に並べていいとしたら、小さい頃のギンガに、やはり特別優秀なノアちゃんぐらいだろうか。ティアナさんの子供の頃はどうだったのかね? つくづく周りには天才が溢れている。 まあ、せっかくさらに理解しようと必死になってくれているようなので、黙っていよう。生まれ持った才能以前に、この二人の才気は溢れんばかりのやる気と向上心が支えているものだろうし。だったら悪いが勘違いの一つや二つしていて貰おう。「それじゃ、夕食にしようか。これ以上遅くなると、食堂のおばちゃんが帰っちゃうし」「もうそんな時間なんだ。エリオくん、今日何食べる?」「うーん、焼き魚定食……かな」「また? 魚ばっかり食べてないで、肉と野菜も食わないと成長しないよ、モヤシ君」「ぼ、僕の勝手でしょ。ちゃんと他にも付いてますしっ。そういうアイリーンさんはまたラーメン一択なんじゃないですか?」「昨日はゴマ味噌ラーメン、今日は塩ラーメン。チャーシューも野菜もたーっぷり」「どんだけラーメン好きなんですか!?」「あ、あはは……エリオくんもアイリーンちゃんも仲良くね」 魔法の修正に関しての説明は基本訓練後に行うことにしている。朝や昼休憩前に時間を取って貰ってもいいのだが、余計なことに体力や精神力を使うと訓練で死にそうになるのだ。一週間経って少しは慣れてきたのかこうやって話す余裕もあるが、開始数日はほとんど死人で俺も気を使いながら、でもしっかり説明した。「体力を使いきったあと頭にトドメを刺しに来る」とはエリオの言。タカマチ隊長の軍隊真っ青の訓練量は思わず顔を背けたくなる惨状であるし、そもそも体力だけでなく頭も使わないとあっさり全滅するらしい。でも、残念ながらこれってお仕事なのよね。手加減も手抜きも出来ん。 まあ、そんな日々を繰り返した結果、遠慮なく接せられるほど二人と仲良くなれたのは僥倖だった。エリオはガンガン不満を口に出してくれるし、キャロちゃんもおずおずとだが上目使いに意見してくれる。何度か言っているが、修正する立場の人間にとってイエスマンの使用者ほど困る存在はいないのだ。仲良くなるのに骨を折った甲斐があったというものだろう。キャロちゃんは明るい性格なのだが人に意見を譲りがちだし、エリオは一見前向きなようで一度気にしだすとうじうじ小僧のセクハラ野郎だし。 ……やはり子供相手は苦手である。仲良くなる以前に、二人の事を理解するのに相当苦労する羽目になった。そもそも俺が何かを教える立場だというのが間違いな気がする。俺は根っからの技術屋なのだ。引き篭もって魔法の研究さえ出来ていれば幸せという人間には教師など致命的に向いてないだろう。「よーう、そこのちみっこトリオ。今から飯か?」「どうもちみっこAです。こんばんは、ヴァイス陸曹。訴えますよ」「ははは、そりゃあ怖えな。そんなことより飯なら早くした方が良いぞ。ナカジマがお代わり連発して皿の山作ってたからな。本気モードとか騒いでたし」「ぶっ!? 二人とも急ごう! スバルちゃんの本気モードが通った跡はペンペン草も残らない!」「ええっ!? 食いっぱぐれたら倒れますよ僕!?」「わ、わたしもお腹すいた……」「ヴァイス陸曹、失礼します! 行くよ!」「「しつれいしまーす!!」」「……仲良いなぁ、あいつら」 まあ、それでもなんとか上手くやっている。今の所、六課の生活もそう悪い物ではなかった。 金が手元に入るようになり、専門書を自分で購入出来るようになってから、何が一番変わったかというと近代ベルカ式の構成にもそれなりに造詣を深められた事だった。実際にスバルちゃんやギンガの魔法を弄っていたというのもあるだろうが、ちゃんと勉強出来るだけの環境があればミッドチルダ式ほどではないにしても詳しくなっていた。つまり、ようやくまともに”弄れる”段階にまで到達する事に成功していたのだ。 まあ、だからこそ、こんな事になっていたのだが。「だーかーらっ! シールド強度は限界まで上げるべきなんだよっ! ほんの少しでも破られる可能性は減らすべきだ!!」「だから! こっちも言ってるでしょう! これ以上強度を上げると、魔力消費量を馬鹿みたいに食うようになるんです! シールドの強度は1.1倍。けど、魔力消費量は1.7倍ってアホですかっ!!」「ああそうだよっ!! アホみたいに強度を上げろっつってんだっ!! どんなに効率が良くたって破られた段階でシールドは何の意味もねーんだよっ!!」「ふ、二人とも、一旦冷静になって……」「なのはは黙ってろっ!!」「タカマチ隊長は黙ってて下さいっ!!」 激しく俺と言い争いをしているのは赤毛チビ、もといスターズ分隊副隊長ヴィータ三等空尉だ。場所はタカマチ隊長の自室。内容は新人フォワードのフロントアタッカー、いわゆる前衛を務めるスバルちゃんの防御魔法についてだった。 ライトニング分隊の隊長・副隊長は普段出払っているので、新人達を教導しているのはスターズ分隊の隊長二人。俺の直接の上司に当たるのだが、一度三人で徹夜の勢いで論議してからというもの、タカマチ隊長の自室に集まって新人達について意見を交換するのが当たり前になっていた。タカマチ隊長はその馬鹿みたいに大きな魔力を除けば至ってベーシックなミッドチルダ式魔導師だが、ヴィータ副隊長はなんと古代ベルカ式という近代ベルカ式の元になった魔法の使い手だった。 ここで少々分かりにくいので、”ベルカ式”と呼ばれる魔法について説明しよう。元々ベルカ式とは、昔ミッドチルダと戦争していたベルカという国が使用していた魔法なのだそうな。詳しい史実は俺も良く分かっていないので省くが、汎用性に優れるミッドチルダ式魔法に対し、ベルカ式魔法は単一目的の使用に特化し(戦闘スタイルとしては近接戦闘特化ばかりだったらしいが)凄まじい成果を誇っていたらしい。古代ベルカ式なんて呼ばれるように、元のベルカ式は国の崩壊と共に使い手が滅んでしまったようだが、最近になってミッドチルダ式を下敷きに仮想エミュレート、模倣したベルカ式が開発されたということだ。それが近代ベルカ式。ミッドチルダ式と近代ベルカ式に互換性があるのは当たり前の事だ。広義に見ればどちらもミッドチルダ式魔法なのだから。 かなり端折った説明ではあったが、ようするにヴィータ副隊長はこの元になった古代ベルカ式の使い手なのである。おまけに近代ベルカ式の戦技教官の資格まで持っているのだから、間違いなく”ベルカ式”のプロだ。魔法技師とはジャンルこそ違えど齧っただけの俺などよりはよほど詳しいだろう。なので、新人フォワードの近代ベルカ式に付いてはヴィータ副隊長の意見を重視していたのだが。 それでも認められる意見と認められない意見がある、というお話だ。「いいか、戦闘なんかやらねー後方担当の頭でっかちにも分かるようはっきり言ってやる。シールド魔法ってのは前衛にとって最強の盾でなきゃなんねーんだ。特にフロントアタッカーみたいなボジションにはな、その盾に自分の命と背後の味方の命を任せなきゃならねえんだよ。消費が1.7倍だろうか2倍だろうが、ほんのちょっとでも盾が分厚いってのはフロントアタッカーポジにとって最重要なんだ。……分かったらとっとと直せこの頑固チビ!!」「だったらこちらも言わせて貰います。魔力を突っ込めば突っ込むほどシールド魔法の強度が上がるっていうのは幻想で妄想でファンタジーです。身の丈に合わない魔法がどれだけ無意味な物かはヴィータ隊長だって知ってますよね? シールド魔法だって同じです。使用者個人に合わせた適切なランク、適切な調整をした魔法でなければ、いずれ必ずどこかで破綻が来ます。シールド魔法が最重要だっていうなら、なおさら無理を重ねた魔法なんか使わせるべきじゃないですね。……つまり、水漏れさせてる欠陥魔法なんか使わせられないって言ってるんですよ、ロリータ隊長!!」 がっつんがっつん額を打ち合わせながら、相手を睨む俺とヴィータ副隊長。我ながら意固地になってしまっている自覚はある。しかし、さすがにいくら何でもこの言い分は丸飲み出来ない。戦闘の事は戦闘のプロに全面的に任せよう、確かに俺はそう言ったが。スマン、ありゃ嘘だった。既に決まった方針を捻じ曲げるような真似はしないが、検討段階なら俺もガシガシ意見を言わせて貰う。で、俺の意見はやはりそれはない、だ。 そもそも魔法の構成というのは魔力を込めれば込めただけ威力を発揮するというものでもなく、最初から上限を決めて構築するものだ。どこぞの少年跳躍漫画ではあるまいし、「それはメラゾーマではない。余のメラだ」みたいなことにはならない。例外といえば魔力=出力で直接ぶっぱなす砲撃魔法ぐらいなもんだ。砲撃魔法にしたって、想定外以上の魔力を込めれば暴発しかねない。低ランクの魔法に過剰な魔力を込めるぐらいなら、ちゃんと高ランクの魔法に適切な量を使用した方がよほど効率が良い。 フロントアタッカーを務めるスバルちゃんは陸戦魔導師Bランク。現在使用しているBランクのシールド魔法から一つ上げるにはまだちと早すぎると踏んでいる。これはいくらヴィータ隊長がいった所で、実際の魔法使用のデータと検討しての事なので間違いない。ちょうど今のスバルちゃんの実力はBとAの中間辺りなのだ(戦闘の実力だけを見るならAにも手が届いているらしいが)。これ以上防御力を上げたいというのなら、魔法の改善ではなく本人の実力が上がるのを待つべきだ。それが、俺の主張である。「ふぅふぅ、ふぅ……よ、よし。あいつらがもうちょっと腕上がったら、出力重視のシールド魔法を、使わせるんだな?」「はぁはぁ、はぁ……え、ええ。もう一段階難易度の高い魔法になれば、その方針でも充分数字は出せます。……げほっげほっ。んんっ。今は現状維持ということで」 罵りあいに取っ組み合いまで途中混じったが、どうにかその旨をヴィータ副隊長に伝えると服装と息の乱れを整え座り直す。クライアントのリクエストに答えるのはシステムエンジニアの仕事だが、現実に出来る範囲内でクライアントを納得させるのもまた大事な仕事なのである。ここまでガチに怒鳴りあったことはさすがにそう何度もあった事じゃないけれど、前世では良く電話越しに喉が痛くなるぐらい話し合ったものだ。 しかし、こう喉が痛くなってくると飴が欲しくなってくる。が、残念ながらこちらに喉飴は存在していないのだ。普通の飴は存在しているが妙に粘っこく、腫れた喉を癒してくれる代物ではない。技術や文化レベルはミッドチルダの方が断然上でも、嗜好品の類は日本の方が圧倒的に勝っていたりするから困る。まあ、飽食・浪費国家日本の名は伊達でなかったということなのだろうか。食糧自給率4割切ってたくせに、世界中の料理を金さえ払えばいつでも食えたからな、あの国。……ああ、CCレモンのあの甘酸っぱい味が恋しい。 そうやってヴィータ副隊長と二人してクールダウンしながら喉の調子を整えていると、タカマチ隊長が水を入れたコップを二つ手に部屋へと戻ってきた。というか、いつの間に居なくなっていたんだろう?「お、お疲れ様、二人とも。水いる?」「おう、いるいる」「ありがとうございます、タカマチ隊長」 コップ一杯の水を一息に飲み干す。氷も入っていないぬるま湯のような水であったけれど、枯れ切った喉には甘露のように美味であった。さらに甘い物も欲しくなってくるのは喉飴のことなんて思い出したせいもあるが、頭を使って身体がブドウ糖を欲しているからだろう。そういえば、宿舎にある自分の部屋(当初の予定ではパートタイム勤務の俺の部屋はなかった筈なのだが無理矢理もぎ取った)に貰い物の生チョコ詰め合わせが置いてあった筈だ。 部屋の中の自分の私物には残らずマーキング魔法を施しているので、ちょいちょいと脳内で構成を弄って召還魔法を発動させる。無機物なら、正式な契約を結んでいなくともマーキング程度のトリガーで充分だった。便利系魔法お取り寄せくんVer2である。当然、ソーセキを使わなくても使える程度には軽くしてある。小さな魔法陣が差し出した手の平の上に浮かび、音もなくチョコの箱が出現する。よしよし、魔力ロスもないし、転送にかかった時間も計算通り。成功だ。「総務課のおばちゃんにチョコ貰ったんですけどいります?」「……ん、おう。いるけどよ。ほんと下らないことに魔法使うよな、お前」「む。下らないとは何ですか。私の部屋に取って返ってくる労力がなくなったんですよ、素晴らしい魔法じゃないですか」「確かに無駄にすげえとは思うけどなぁ……」「だからその無駄を無くす為の魔法で……」「ま、まあまあまあ。アイリーンの便利魔法、だっけ? それは面白いと思うし、普段もすごく役に立ってくれてると思うよ。この前だって、私の探してた書類を一発で見つけてくれたもんね」「そうかぁ? 大体、ミッドチルダ上で許可無しの転移魔法ってご法度だろ」「……ミッドチルダ同空間内の物品転送は合法ですよ」 残念ながら、前倒れ型ハンマー魔導師にはせっかくの新魔法も不評だったようである。タカマチ隊長もフォローはしてくれるが完全に認めてくれるとは言い難い口調だ。せっかくの新魔法の喜びを害されて、ちょっとだけむくれながら手元の包装紙を破く。 まあ、これからだ。日常における便利魔法は地味だし、ミッドチルダではまったく浸透してない考え方だ。でも、絶対に需要はある筈なのだ。なんせ便利なんだから。……その内、シールド魔法の改善よりも、こちらの方が真に素晴らしい魔法だということを分からせてやろう。 美味しい美味しいと生チョコを摘み出す二人を見ながら、俺もチョコを口にする。とろけるような甘い味は、とろけるように脳の疲れを癒してくれた。チョコより饅頭の方が好きなんだけどな。 俺の仕事対象である新人フォワード陣が朝から夕方までがっつり訓練が入っている以上、俺の仕事スケジュールもそれに合わせた時間取りになる。新人達の説明から教官役のスターズ分隊隊長二人との打ち合わせ、それは全て早朝か夕方以降に集中するということだ。まあ、逆に言えば朝から夕方まではほぼフリーになる訳だ。新人達のデータ取りは大半終わっているし、リアルタイムの訓練データはデバイスマイスターのシャーリーさんが回してくれるのでそちらに取られる時間もない。実際使う新人達やそれの監修を担当する教官二人にリアルタイムで意見を聞きながら修正出来ないのは中々痛いが、それでも一人でじっくり魔法プログラムを構築出来る時間があるのはありがたかった。 そう、新人達に使わせる予定の飛行プログラムが難航しているのである。「どうしても、ツギハギだらけの不恰好な魔法になっちまうんだよなぁ。発想にアンバランスさを感じるというか。……そもそもこんなクソ重い魔法、実用に耐えんだろ」 ヴィータ隊長とやりあった次の日。スバルちゃんの砲撃魔法のバグ取りを半ば惰性でやりながら、ポニーテールをゆらゆら左右に揺らして思い悩んでいた。飛行魔法最大の難所となる空中感覚を、完全にプログラム任せの姿勢制御プログラムで代用すればイけると踏んでいたのだが。肝心のプログラムが予想以上に複雑で”重い”構成になってしまったのだ。 俺自身には空戦適性があり、飛行魔法はさほど難度の高い魔法ではない。しかし、そのせいで三次元空間での姿勢制御という物を甘く見過ぎていた感がある。冷静に考えれば、人型は空を飛ぶのに適した形と言い難く、その難しさは想像してしかるべきであった。このままでは新人達の能力だと空を飛ぶだけで精一杯の魔法になってしまう。必要としているのはただ飛ぶだけじゃなく、飛びながら戦えるほどの”軽さ”である。これでは全く意味を成さない。 俺が常々前世に置ける情報処理技術と、今世に置ける魔法構築技術を同列に並べて考えるのもこの部分が強く関係していた。魔力量が電源に、技術がCPUやメモリに相当する。いや、技術というか、魔法に対する根本的な処理能力に激しい個人差があるのだ。それこそ魔力量以上に、だ。高ランク魔導師が軽々こなしてしまう難度の魔法も、低ランク魔導師が使おうとすれば即座にハングって(フリーズして)しまう。訓練を通して腕前を上げることは出来るが、それは誤魔化しに過ぎず、そもそもの処理能力の差を埋めるには限度がある。非情な現実ではあるが、圧倒的な才能の前には平凡な魔導師など型落ちの旧型パソコンに過ぎないのだ。 実を言えば”電源”……魔力量をカバーする方法は既にいくつか存在している。だからこそ、高ランクと低ランクの魔導師にある差はこの処理能力に置けるスペック差が一番の原因ではないかと俺は考えていた。ミッドチルダの魔法体系では俺よりティアナさんの考え方の方が一般的だ。限界まで無理をする、という意味ではなく。魔法をより強く、より重くしていく考え方だ。そして、処理の”重さ”こそが魔法の難度であり、その”重さ”に耐え切れないのは魔導師として腕前の不足、才能の不足と考える風潮が存在するのである。 俺はそれを良しとしない。前世でソフト開発を主に専門としてしていたSE(システムエンジニア)の立場から見ればそもそものソフト……”魔法”そのものに問題があるように思えたからだ。実際、天才だのなんだのと言われてはいるが、俺と他の技術者の差などこの部分の考え方の違いだけだろう。性能を求める為に”重さ”を犠牲にするのではなく、”軽さ”を求めるからこその性能の向上もある筈だ。 レジアスのおっさんと何だかんだで話が合う筈である。理屈はともかく、やろうとしていることはどちらも低ランク魔導師の引き上げなのだ。将来的には魔法全体の技術の向上となり、高ランク魔導師も”軽さ”の恩恵を受けるだろう。まあ、そこまで俺の考え方が浸透させられるかは怪しい話だが。「……って、何現実逃避してるんだ。とにかく、もっと根本的に考え方を変えないと。姿勢制御プログラムが、生半可なことじゃ軽く出来ないぐらい難しいってのは分かった。けど、問題はその空中の姿勢制御こそ陸戦魔導師が空を飛ぶのに欠けていることであって、それをなんとかしないと……」「なんとかしないと?」「うひゃぁっ!?」「わわっ、っと」 心臓が飛び出るかと思った。自室に一人で篭り、椅子の背もたれに体重を預けて後ろに反り返った所で、目の前に人がいたのだ。そのまま後ろに引っくり返りそうになった所で、脅かした張本人であるタカマチ隊長が支えてくれた。見た目より結構大き目の膨らみが後頭部に当たる。ちくしょう、もっとやってくれ。じゃなくて。「タカマチ隊長……助けてくれたのにはお礼を言いますけど、ノックぐらいして下さい」「え? 何度かしたよ? でも、反応がなかったし、ドアの前から通信っていうのも変かなぁって」「あー……うー……そうですね、気付かなかったかもしれません」 入ってきたのにも気付かなかったぐらいだ、ノックの音ぐらい聞き逃していてもおかしくない。申し訳ありません、と丁重に謝り、やや惜しみながらタカマチ隊長の胸から脱出する。気持ち良いが起つ物もないので興奮まで行かず、若干の虚しさだけが残る。数年後には同じ贅肉が俺の胸にもへばりつくのだろうか? 心中複雑極まりなかった。 気を取り直してタカマチ隊長に向き直る。いつもの六課の制服にサイドテール、手ぶらで俺の部屋の中央に佇んでいた。構成データを弄り回していた所を後ろから覗き込みでもしていたのだろうか。……というか。「で、隊長、訓練の方はどうしたんですか? まだ終わる時間じゃないでしょう?」「え、えーっと……全員撃墜で休憩中。今ヴィータちゃんが見てくれてるから、私はアイリーンが今何やってるかなって様子を」「……手加減誤って全員昏倒させて、居辛くなったから私の所に逃げてきたんですか?」「う゛っ……」 俺のジト目にタカマチ隊長が笑顔のまま口元を引き攣らせる。タカマチ隊長は普段の優しげな様子と裏腹に、訓練ではスパルタで実に容赦が無い。ついこの間、非殺傷設定の魔力ダメージだけとはいえ、光の洪水のようなゴン太ビームにスバルちゃんが飲み込まれるのを見た時は絶対死んだと思ったぐらいだ。座右の銘は「全力全開」だそうで。いや、2ランク分も魔力を抑える出力リミッター付けてるからって、それでもAAランクだ。新人達相手に本気になるのは止めて欲しい。 目を泳がせ、脂汗を流し始めたタカマチ隊長に、疑念から確信へと昇華させて溜息を吐く。まあ、きちんと戦技教導官の資格を持ったプロなんだ。考えがあっての行動には違いないだろう。「か、勘違いしちゃ駄目だよ? 確かに皆気絶しちゃったけど、訓練とはいえ気を抜いて失敗したら大変なことになるって知るのは大切なことで、ちゃんと安全を確認した上で砲撃を」「いえ、弁解は必要ありませんよ。そちらの分野に関しては詳しくありませんが、タカマチ隊長の事は信頼しています」「……アイリーン」「でも手加減失敗したんですよね?」「うん」「……」「……い、今のは違くて!」「もう良いですから」 とまあ、軒並み愉快な人である。能力は優秀すぎるぐらいの人なので、これぐらい欠点があった方が好感を持てるというものだ。これぐらいは愛嬌というものだろう。……昏倒させられるのは俺じゃないし、これからも気にしない方針で行くとしよう。 それはさておき、せっかくタカマチ隊長が来てくれたのだから意見を求めることにする。飛行魔法に関しては個人的に話をしているものの、正式に書類にして許可を求めた訳ではない。ここらでちゃんと真面目な意見を一つ貰っておくのも良いだろう。 飛行魔法が今の所芳しくないこと。新人達を飛ばす重要性について。教官並びにスターズ分隊隊長としてどう思うか、俺が説明と質問を次ぎ早に飛ばすと、タカマチ隊長は一つ一つに丁寧に頷いて、そして表情を渋らせた。「アイリーンの懸念は分かるよ? 確かに隊長陣は全員空戦持ちで、新人のみんなは陸戦。いざっていう時、隊長陣に着いて行けないのは部隊として行動の幅をすごく狭めちゃうと思う」「それでも……新人達には必要無いと?」「うん……そうなっちゃうかな。あの子達を一人前にしてあげたいとは思う。でもね、今のあの子達はまだまだ羽の生え揃ったばかりの雛達なんだよ。四人揃ってどうにか一人前に届くかどうか。そんなあの子達に無理に羽を広げさせて空へ引き上げるのは、私としては反対かな」 ……言い分は分からないでもなかった。陸戦魔導師は陸戦らしく地に這っていろ、そう言えば聞こえは悪いのだろうけど。陸戦魔導師が本領を発揮するのは、やはり陸戦だ。別の土俵で戦わせた所で、ひよっこの新人達では撃墜されるのが関の山。空を飛ぶ手段があるのに越したことはないと俺は考えていたが、先日のティアナさんではないが手段があれば手を伸ばしかかねないのだ。 ちょっと考えが足りなかった、だろうか。タカマチ隊長の言葉はいちいちもっともで、反論の言葉も思い付かない。全ての魔導師が空を自由に飛べるようになれば価値があることには違いない。けれど、今ここで無理を押してまでスバルちゃん達に飛行魔法を使わせる意味があるかと問われれば……。 ……うん?「それだ」「はい?」「ああ、そっか。無理して飛行魔法なんてやらせる必要なかったな。そうかそうか! ありがとうございます、タカマチ隊長。一気に悩みが解消出来ました!」 頭を電流のように流れていったインスピレーションに、俺は喜び狂ってタカマチ隊長の手を握りぶんぶん振り回した。ここ一週間、霧の中を彷徨うようであった思考が、一気に晴れ渡った気分だ。変に空だの陸だの考えるから思考が硬くなる。わざわざ新しい物を考える前も無く、もう既に俺は答えを知っていたのだ。一からの発想ではなく、現在ある物の改良こそが日本人のお家芸。それは俺にも当て嵌まっていたようだ。 一方手を握られ強制的に上下に揺さぶられているタカマチ隊長は、激変した俺の様子に戸惑っているようで、ぎこちなく頷く。「え、うん。役に立てたなら嬉しいけど」「それじゃすぐに仕事に取りかかりますので。ソーセキ、新人達のデータを全部出せ。違う違う、魔法データじゃなくて身体データの方だ。後、数年前に弄ったあの魔法と、これとそれと」「【了解しました】」「あ、あのー……」「ちげえよ! 何年俺のデバイスやってんだ。こっちの魔法じゃなくて、アレだよ、アレ!」「【マスター、命令は具体的にお願いします】」「……忙しいみたいだね」 一度指針さえ見付けてしまえば、一気に道が広がった。アイディアが際限なく頭の中に浮かんできて、ソーセキにデータを表示させる一方で、忘れないようガリガリ紙にペンというアナログな道具でアイディアを書き付ける。ああ、そうだ。昔はテキストファイルだけじゃなく、こうやってメモにアイディアを書き殴ってモニターに貼り付けていたもんだ。ソーセキがあまりに便利過ぎたんでやっていなかった行動だが、馴染んだその行為は俺の脳を非常に活性化させてくれる。 さあ、楽しくなってきた。今夜は徹夜だ。明日の朝までに形にしてしまおう。「……お邪魔しましたー」 背後でドアの閉まった音など俺の耳にはもう入らず。俺は数え切れないぐらい表示された投影モニターに視線を滑らせた。もう頭の中には大体の構図が出来上がっている。後はそれを現実に出力するだけだった。■■後書き■■この作品はワーカーホリックで魔法オタクな幼女が中心に添えられています。(ryたまにこんな話で良いのかと首を捻りたくなる時がありますが、そこはそれ。昔の偉い人は(ファンフィクション的に)心に棚を作れ!といったもんです。気にせず自分のペースでまったりやらせて頂きましょう。