放棄されて久しい町並みの中で轟音と地響きが鳴り響いていた。戦術機が模擬戦闘演習を行っているのだ。ペイント弾と模擬刀の交差。跳躍装置の噴出音。着地の地鳴り。回りを喧騒に包まれて自分はボーっとしていた。横転した戦術機の中である。
なぜこうなったかを思い出すと呆気なさに苛立ちすら覚える。ようは開始直後に落とされたのである。理由は不明。前方の涼宮機から威嚇射撃を受けたと思ったら上空からペイント弾の雨を受けたらしい。被害報告は、頭部、両肩、及びコックピット部分の大破。あとで教官になんと言われるかわかったものじゃない。
今乗っている疾風にはMLドライブを搭載している。故に本来ならラザフォート場を張れるが、今回その機能はオミット。そんなものを使ったら演習にはならないからだ。外の様子はわからない。網膜投影も停止しており分かるのは音だけ。一言でも喋れば「死体が喋るな!」と怒号が響くので迂闊な発言はしない。
要するに月詠機かヤス機が上空に舞っていたのだろう。地上にいた涼宮機は囮、足止めの役目。柏木が考えた勇を主軸とした連携による各個撃破は自分が落ちた時点で破綻したはずだ。まったくもって面目ない結果だ。結局自主訓練で頑張ったマニューバもお披露目することなく終わったのだ。
いつしか教官が言っていたことを思い出した。疾風の機動力は今までの戦術機以上に3次元的な動作が可能となっている。つまり上空からの奇襲はそれを考慮しなかった自分の浅はかさに他ならない。空中機動に特化した疾風には高々度への急上昇など容易に違いない。やったことはないのでわからないが……。
周囲の音が止んだ。模擬戦が終了したのか。目の前に教官の顔が表示され「全機帰投。午後は今回の反省を踏まえた講習だ」と言って通信は終わった。おそらくは久しぶりに腕立て伏せをやらされるかもしれない。曇り空のような気分になった。
構成は自分、勇、柏木。相手がヤス、月詠さん、涼宮だ。さっきの戦闘の映像を元に講義が始まった。
模擬演習が開始と同時に敵機が後退、そして散開した。自分達がそれを追っている。自分達の作戦はさっきの通り、各個撃破。早々に月詠機、安部機が姿を消していた。無論映像記録には空中に舞った月詠機と自分達の背後に回る安部機が見えた。罠に嵌める事を前提とした戦い方だったのか。映像記録には囮の涼宮機を追って空中の月詠機のペイント弾の雨を直撃する自分の機体が映っていた。真っ赤な装甲が緑に塗りつぶされていく自分の機体は余りに情けなく不恰好だった。
その後の展開は白熱したものだった。背後から迫る安部機をいち早く罠に気づいた柏木機が相手をする。射撃でけん制しあわよくば接近し模擬刀での一撃を狙う戦い方だ。ヤス機は攻めきれず長期戦にもつれ込む様子だった。勇機は空中の月詠機に対して射撃を行い涼宮機の相手も忘れない奮闘をしていた。一度態勢を整えようとしたのかヤスとsが引き、月詠機が勇に対して特攻を仕掛けていった。勇がブーストジャンプにより空中へ戦いの場を移し、さながら戦術機によるドッグファイトとなっていた。
月詠機が突撃砲をばら撒きそれを掻い潜るように小刻みに全身のブーストを吹かしジリジリと近づいていく。月詠機が勇機を中心に大きく円周を描くように旋回しようとすると、それにあわせて勇もくっついていく。食いついて離れない。
月詠機が逃げるようにブーストを吹かし一直線に飛行する。それの後ろを勇は追いかけた。突撃砲を一定間隔で撃ち相手に圧力をかけていく。左右にそれを回避し月詠機は逃亡の構え。それを崩したのは月詠機だった。猛スピードで直進していた月詠機が高度を少し下げ急停止したのだ。戦術機の前面部分に設置されているバックブーストを使ったらしい。空中停止した月詠機のすぐ上を高速度で勇機が通過した。勇も慌てて速度を落とすが間に合わず先ほどの構図とは真逆、勇は背後を取られてしまった。月詠機はブーストを吹かし勇機に向かいながら突撃砲を連射する。一瞬、勇は驚き反応に遅れたのだろう。自ら速度を落としたのも災いとなり回避行動を取る間もなく背中をペイントに塗りつぶされていった。
その下では柏木が孤軍奮闘していた。一体二の一方的な防戦だった。相手はヤスを前衛、sが後衛としてサポートする万全な構え。対する柏木はたった一人で戦うという最悪な状況だった。柏木は地形を盾に勇の攻撃を免れていた。距離を離し建物の影に隠れ相手の射線に入らぬように移動する。それを繰り返してはいたが月詠機が合流した所で状況は終了した。逃げ場を失った柏木が撃たれて終わりである。
「今回の敗因はなんだかわかるか? 日高」
「……自分の先制攻撃への警戒のなさです。あとは疾風の性能を理解しておらず空中からの攻撃を考えの中から除外した結果です……」
「その通りだ。疾風は空中機動に優れていると教えたのはつい最近だ。にも関わらず貴様はそれを思考の隅に追いやった。反面、安部達は疾風の性能を熟知しそれを作戦の一つへと組み込んだ。一番理解しているのは月詠か?」
「はい、今回の作戦も月詠訓練兵提案のものです」
涼宮がどこか誇らしげに告げた。当の本人はあまり興味はないという顔つきだった。
「月詠と田所の空中戦は疾風の特性をよく理解した戦闘だった。疾風の推進装置の数の多さ、MLドライブによる空中機動の容易さ、そしてなにより今までの戦術機にないバックブーストをうまく使った月詠の動きは素晴らしいものだった。田所も良い動きをしていたが背後を取られる寸前に速度を落としたのは致命的だ。止まったものから撃ち落とされるのは当然だ。相手に背後を取られると思ったらならその場で振り向いて射撃するなり速度を上げて相手との距離を取るなり方法はいくらでもある。突飛な動きに躊躇したのだろうが戦場で同じことが起これば必ず死ぬ。気をつけておけ、田所訓練兵」
「はい!」
勇が立ち上がって大きな声を張り上げた。
「明日も午前より実機による戦闘演習を行う。午後も今日と同じ講習だ。構成も変更はない。日高、明日も早々に撃墜したらどうなるかわかっているだろうな? 残りの時間は明日に向けて作戦を練ろ。以上だ」
解散後、PXにて自分たちは作戦会議を行っていた。みんなから自分のミスを攻められることはなく次はどうするか、に思考を切り変えていた。
「私達も考え付かなかったしあそこにいたのが私だったらやれてたのは変わらないと思う」
柏木はそう言って、どんまいと一言だけ言って終わらせた。勇もそれに同意する形で何も言わない。
「明日は俺が空中からの攻撃に対処しようと思う。月詠さんに負けっぱなしじゃ面白くないからな」
勇は息を巻いてそう告げた。柏木がうーんと唸っている。
「でもたぶん明日も同じ戦法ってわけじゃないだろうから作戦としては不十分だね。用は相手が空中機動を持ち込んできたときにどう対処するかだから……勇が向かうってだけじゃダメ。むこうで一番空中機動に優れてるのは月詠さん。だから来るなら月詠さんがくると思うんだけどたぶん私や日高君じゃ太刀打ちできない。だから勇が行くって言うのは賛成なんだけど……」
そこまで言って考えに耽りだした。後頭部に手をあて上をあおぎうーんと可愛く唸っている。
「それならまず月詠さんを攻略したほうがいいんじゃない? 空に上がったら勇が応戦して自分達が援護って」
「そんな簡単にはいかないと思うよ? ヤス君や晴枝だっているわけだし二人は無視できるほど弱くない。むしろ無視なんてしてたら簡単に落とされちゃうよ。考えたんだけど、月詠さんが飛ぶ前に落とす。つまり無防備なブーストジャンプ時に弾幕を張って頭を押さえるってのはどう? 勇がピッタリ月詠さんをマークして私がその援護とヤス君たちの警戒。日高君が空中機動で常に上空を押さえておく。これをやるにあたっての注意点は日高君が月詠さんの付近、つまり勇との距離が近くないと私が援護できないってこと。分断されないことが前提条件だけどどう?」
確かにいい案だ。自分が空を制圧するっていうのはできるのか自信はさっぱりだが悪くない。勇が月詠さんをけん制してくれればこちらに月詠さんの鋭い攻撃がくることはない。仮に空に飛びあがろうとしたならそれを撃ち落とせばいいのだ。
「それでヤスたちが空中機動に移ったらどうするんだ? 祐樹じゃヤスと涼宮を相手にできないだろう」
「それは私がなんとかするよ。そのとき二人とも空にあがったら私がノーマークになるだろうし晴枝かヤス君残ったらこっちで一人押さえる。ノーマークになったら支援突撃砲で援護する。できればそのまま落としてみせる」
その顔は自信に満ち溢れていた。きらきらした瞳を凛々しく形を変え自分と勇を見つめる。有無を言わせない様子だ。勇がわかった、それでいこうと言うと凛々しかった表情は笑顔に変わりよしと気合いを入れていた。
「頭を押さえるのはいいけど自分はどう動いたらいい?」
「空中から月詠さん狙って弾幕張ればいいと思うよ? そうしたら迂闊に動けないし動かないと勇にやられる。動いた場合は回避と同時に上昇する可能性もあるから弾幕+回避行動直後の月詠さんを攻撃できる状態を常に作っておくこと。これができないと意味はないよ」
「わかった。頑張るよ」
「ただこれは月詠さんが空中にでるっていうのが前提だ。もし地上戦を仕掛けてきた場合どうする?」
「その場合は…」
話は遅くまで続きPXが閉まるまで居てしまった。PXの職員に追い出された後はイメージトレーニングをするとして各自部屋に戻った。自分はというと書き終わったレポートを提出しようと香月博士の元へ向かっていた。この行動もすでに5回目である。いい加減受け取ってもらえないかと祈りながら副指令室を覗くと部屋は暗く誰もいない様子だった。
自分はレポートをデスクの上に置き周囲を見渡した。紙やディスクが散乱し、とてもじゃないが整理整頓のできる人間ではないことが伺える。この散乱している物の中には機密と言えるデータもあるんじゃないのか? そう考えたが興味が先行して自分は手を伸ばした。
「キミ、機密を勝手に覗くなんて簡単な処罰じゃ済まないぞ? 止めておきたまえ」
「な!」
後ろから声をかけられ振り向いて見るとスーツを着た男が入り口に立っていた。ドアが開いた音はしなかった、となるとこの男は最初から部屋の中にいることになる。明りをつけていかなかったから気づかなかったのか、それとも気配を消す能力を身につけているのか、自分はまったく気づくことはなかった。
「キミが日高祐樹か。ふむ、大した特徴もない所が白銀武そっくりだな。或いはその特徴のなさが特徴なのか、中々奥が深い男じゃないか」
男はこの状況を意にもとめず話を進めていく。この雰囲気を自分は覚えていた。
「どうかね? ハワイ島の土産がここにあるんだ。受け取ってはくれないか?」
「え、はあ、ありがとうございます」
「受け取ったか、ならその代価を受け取らねばなるまい」
「え、代価って何か取るんですか!? ならいりませんよ」
「人から受け取った物を送り返すなど無粋な男だな、日高祐樹。代価にはキミの…」
そう言い掛けた所で部屋の明りが灯された。香月博士である。博士は入室と同時に男を一瞥し「なんであんたがここにいるの!」と怒号を飛ばしてその鋭い目線を自分に移し、「余計なことしゃべってないでしょうね?」と釘を刺された。特には何も、と答えるとほんの少し安堵した顔を取り戻したがまたすぐに厳しい表情を取り戻す。
「鎧衣課長。今日はなんのご用かしら?」
そう、男の名前は鎧衣左近。さっきは暗くよく見えなかったがスーツはくたびれ帽子も少しよれよれ。一見老人のように見える男は伸びた背筋が老いを感じさせない不思議な男だ。
「なに、またハワイ島へ行ったのでその土産でもと。まあそこの男にあげてしまったのでもうないのですがね」
「用事が済んだのなら早く帰りなさい。用件があるのならさっさと言って」
「ふむ。何か急ぎの仕事でもあるのですかな?」
「余計な話は結構よ」
「ならば、ドードー鳥の生態を少し」
「鎧衣課長!」
ドードー鳥の生態。ゲームの中で言っていたやつか。ドードー鳥の生態はそんなに面白いのだろうか?
「連合軍が所有するポセイドン、それの演習訓練が近々ここ横浜基地の近海で行われるそうですな」
そう、この話の持ち込み方。ゲームの通りだ。しかし話の内容はまったくだ。この話が重要な事に繋がっているのは明白、なら少しでも理解できる情報がほしい。
「そのポセイドン、この横浜基地の人間も演習に参加はするのですかな?」
その言葉にしばし沈黙して博士はするわ、と答えた。沈黙は答えていいのか考えていたのだろうか、その表情には迷いが伺える。
「そうですか。何、少し不確かな情報を耳にしたもので、こちらとしても考えてはみたのですがどうも……信憑性に欠けましてね? こちらとしても真偽のほどを確かめたいと思いまして」
なによ、と返す博士を尻目に自分は鎧衣左近を見つめる。向こうもこっちの視線に気づいてか少し微笑を浮かべすぐに視線を香月博士に戻した。自分がここに居ても居なくても関係はない。まるでそういうかのような微笑だった。
「最近、とある信仰団体が創設されたらしく、その創立にある男が関与しているという情報を聞きましてね?」
「男ってのは誰よ」
「リチャード・スカイホープ、あなたもご存知ないということはありませんでしょう。連合軍にとっては忘れられない男のはずです」
「……5年前にアメリカ本土で連合軍に対して私設武装組織で喧嘩を売った男ね。あの男がなんで今頃? 死刑だって確定したはずじゃなかったかしら?」
「死刑が確定したのは3年前。しかし未だに執行はされていない。その背景には政治的圧力がかかっているという噂もあります。それが意味することがわかりますか?」
沈黙で心当たりがあると返答しているのか顎に手を当てて動きを止めた。
「その彼が、新しく信仰団体を作り上げた。そして死刑が執行されない理由。それを照らし合わせれば私が言いたい事はわかりますな?」
「……それとポセイドンの演習、どう関係するのよ」
「なに、信仰者は意外にも多い、ということですよ。まあこちらとしても確認のとれない極めて不明瞭な情報ですが…一応小耳に挟んで頂こうと思いまして…ね」
また博士が沈黙した。何を言っているのか自分にはさっぱりだ。白銀武もこんな状態だったのだろうか?
「近衛の一部にも、信仰を同じとするものが存在しているようで。日本政府としてもおそらく、無関係は装えない。だからこそ、あなたにお願いしているのですよ」
「……私に手柄を立てろと?」
「ありていに言えばそうなりますな。演習とは名ばかりのパーティ。ご自身の参加は控えていただけますよう、と言いたかっただけなのですが……ね」
「なら最初からそういいなさい」
失敬、と鎧衣が笑って返すと博士が大きくため息をついた。
「それでは今夜はこれにて失礼することにしますかな。博士も努々、お忘れなきよう。こちらに持ち込まれた新型。お披露目の場でもありますからな」
「……世界統一を目指すこの世の中にあんたみたいな存在がいること自体が悪じゃない。こっちに探り入れる前にさっさとその情報を確かな物にしたらどうなの?」
「ふ、これは手厳しい。それでは、日高祐樹。キミにも期待しているのだよ? 今の会話、キミがどう捉えたのか、ね。キミは香月博士の右腕と聞いている。そのときは頼んだよ?」
「え? はあ、了解です」
右腕やら期待やら言われても今の成績じゃ碌なことはできないと自虐に入りながら生返事を返した。歳をとってもこの男は変わらないのか飄々とした捉え所のない男でだ。今夜のこの会話、自分は忘れぬようにと思い、頭の片隅に残しておいた。
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どうもryouです。
この作品はどんどんオリジナル方向へと進行していきます。二つこの先の案があったのですがこの話で一つに絞りました。スペースや改行を実験的に色々試みております。もしよろしければ読みやすい、読みにくいと感想を頂けたら嬉しいです。
自分は趣味というよりも自分の力がどんなものなのか、話の作り方、小説の書き方が今どの程度なのかを知りたくて書いているのがこれです。最近1話を書き始めた頃より調子を取り戻した気はしているのですが如何でしょうか?
最近題名変えようかなとも思うんですがみなさんどう思います?