「ところでブラ、一つお願いがあるんだが」
と、サシカイアは唐突に言った。
「ブラって言うな。──で、何だ?」
「俺に古代語魔法を教えて欲しい」
「はぁ? 何でわざわざ? ぶっちゃけ、レベルアップしんどいぞ」
そう言うブラドノックは仲間達の中で一人だけレベル9である。古代語魔法はそれくらい経験値食いなのだ。今、1から習得を初めて、まともに使えるレベルになるまでに、果たしてどれだけかかるやら。パーティのことを考えるなら、サシカイアには高レベルのいないシーフの方をがんばって上げて貰いたい。
また、サシカイア個人のことを考えるのであれば、シュリヒテの様に能力値を上げていくのも有りだろう。特に1.5クレスポしか無くて一撃くらえば戦闘不能になりかねない低い生命力とか、2上げればボーナスが増える精神力を上げた方が良さそうに思えるのだ。……妖精族なので効率は人に比べて悪いのが、ネックだが。
しかし、サシカイアの決意は固かった。
「使いたい魔法があるんだよ」
「使いたい魔法?」
「シェイプチェンジ」
「ああ」
と、それを聞いてブラドノックは納得した。シェイプチェンジで何に──いや、どう変身するのか。そんなモノはわざわざ教えて貰わなくても明白である。
「なるほど」
「まあ、そう言うわけだから頼む」
ブラドノックは納得して素直に頷いた。その気持ちは分からないでもない。たとえどれほど理を説いたとしても、サシカイアがその意志を曲げることはないだろう。
感謝して立ち去っていくサシカイアの背中を見送り。
「──分からなくはないんだけど。ぶっちゃけ、もったいなくね?」
何しろ見た目、ものすごい美少女だし。中身とは合っていないが、そのギャップがまた良いではないか。
幸いと言うべきか、サシカイアはあの魔法の存在に思い至ってないらしい。考えてみれば、低レベルばかりで遊んできた自分たちである。7レベルの古代語魔法なんて知らなくても、気が付かなくとも不思議ではない。実際にソーサラーをやっている自分ですら、高レベル古代語魔法になると今ひとつ理解し切れていない自覚があるくらいだし。
──と言うわけで。
ブラドノックは、「ポリモルフ」と言う他者を強制的に変身させる魔法を、今すぐにでも自分が使えることは秘密にすることにした。
シェイプチェンジの方は、ソーサラーは経験値食いだからしばらくは大丈夫。サシカイアが使える様になるまでにはかなりの時間がかかるだろう。また、教えるのが自分だからなんとでもなると考え、にやりと笑った。そう、某スリープクラウドのように、世に遺失魔法はあふれているのだから。
ロードス島電鉄
06 Bの悲劇
アダモの村にマーファ神殿から人が送られてきたのは、魔神の襲来のあった翌日の昼過ぎだった。ぶっちゃけ、手遅れ。下手をしたら村人が全滅していた所にやってきて、何しに来たんだお前ら、てな感じになりかねないところだった。
だから、4人組ががんばったのは、彼らにとっても幸いだっただろう。
マーファ神殿から送られてきたのは、神官戦士が4人と、ドワーフの戦士が5人。職構成の偏りがあるのは仕方がない。何しろマーファ神殿関係者だから、偏る方があたりまえ。
アダモの村の人間としては正直、遅いんだよ、もう少し早く来いよ、と勝手な思いを抱くのは避けられないところ。
──が、間に合わなかった事を先んじて、それも真摯に詫びられては文句なんて言えるはずもない。元々、わざわざ人を寄越してくれたのだって、全くの無料奉仕に近い行動だし、冷静になれば文句を言う方がおかしいのである。
更に言えば、彼らはこれからいったん村を離れ、マーファ神殿でご厄介になろう、なんて計画も立てている。文句を言って『家主』の心証を悪くするわけにも行かないのだ。
もちろん、個人レベルではそんなことを考えずに感情を暴発させた者はいたが、アダモ村の総意としてはそんな感じである。
そして何より。
そのメンバーの中に、超がつく程の有名人がいたりしたから、村人の多くは逆に、へへ~てな感じで頭を低くして、彼らを──いや、彼女らを迎えることになった。
彼女──しっとりした黒髪の小柄で清楚な美少女。大地母神マーファの白い神官衣も良く似合ったその娘の名前はニース。マーファの愛娘とも呼ばれている敬虔な大地母神マーファの神官で、最近ではロードスに住まう5匹の古竜のうちの1、北の白竜山脈に住まう氷竜ブラムドを従えた、なんて噂もあるくらいの有名人である。
これだけの有名人が来たのである。アダモの村は軽く見られていたわけではない。村人の多くは自尊心をくすぐられ、それだけで十分に満足した。当初マーファ神殿に抱いていた不満(元々かなり自己中な不満だったし)は、すっかり消え失せていた。
また、アダモの村へ到着後の彼女らの行動も、文句が付けようになかった。
休んで旅の疲れを取ることもなく、到着した直後から彼女とその一行は怪我人の様子を見たり、後始末の手伝いを始めりと、精力的に活動を開始したのだ。
命に関わりそうな怪我を負った者こそ昨夜の内にサシカイア、ギネスが治療しているが、そうでない者は後回しにされて、村人の手による簡単な治療を受けたのみ。何しろ、魔法を使うには精神力を使い、高レベルで効率的に使えるとしても、やっぱりそれは有限だ。全員を完全に治療することは二人にも不可能だったのだ。
マーファの神官達は、手慣れた様子でそうした怪我人の治療を神聖魔法と薬をうまく使い分けながら行い。ドワーフの戦士達はその屈強な肉体を使って崩れた家の始末やら、死体を集めて荼毘に付したりと──葬儀は簡略になったがニースが責任者となって行った──大車輪の働きを見せた。村人は命がけの一夜の後、どこか呆けて気の抜けたようになっている人間も少なくなく、作業は一行に進んでいなかった。彼らの手伝いがなければ、いつまで経っても後始末が終わらなかったところだろう。下手をすると放置されてた死体が疫病の原因になる、なんて事にもなりかねなかったから、いろいろな意味で幸いだった。
同時に、彼女らは情報の収集も始める。
異形の影を見たという放棄された古い砦。昨日の襲撃の様子。魔神王復活以前は、魔神なんて、呪われた島ロードスでもそうそう見かけるモノではなかったのだ。だから初見の魔神も少なくない。その容姿、種類や能力なんかは、出来うる限り知っておきたい。今回襲撃されたのはアダモの村だが、既にこれはアダモの村だけの問題ではすまないないのだ。被害の拡大を防ぐため、魔神に対処するためには、慎重に情報を集めて適切な対処をする必要がある。
そして。
そう言った話をするのであれば、獅子奮迅の働きによって魔神の襲撃を撃退した冒険者の話題が出てこないはずがない。
その話を聞いてニースが興味を抱くのはある意味当然。強い冒険者。魔神王を倒すことすら視野に入れているニースにとって、魔神に対抗する強者の情報もまた必要不可欠なモノだったから。
だから、自らその4人組の冒険者に会うこととした。
だけどちょっぴり時は戻り。
「んん~」
と大きく伸びをして、焼け残った民家の寝床を借りてたっぷり休憩を取ったサシカイアは目を覚ます。しっかり6時間以上の睡眠。ゆっくり休んだおかげで、精神的な疲労は消えている。
「………」
周りを見回し、自分の髪をつまみ、耳をいじり、胸を確かめ、サシカイアは大きくため息を零す。ため息の理由は、胸がぺたんこに近いからと言うわけではもちろん無い。
昨日からのアレは全部夢でした、なんて言う超展開を期待していたのだが、目覚めてもやっぱり自分はエルフ娘で、目覚めた場所も自分の部屋とは似ても似つかない場所。悪夢はまだまだ続くらしい。そう言う理由。
やれやれと、手櫛で寝乱れてた長い金髪を適当に整えながら、徒然と昨日の、昨夜のことを思い出す。
初撃のシュートアローの後は、スネアで転ばしたりホールドで動きを止めたりと、戦っている戦士連中のフォローに回った。戦闘終了後は怪我人の治療のためのヒーリング。正直、何でヒーリング使えるんだと不満に思ったが、使えるモノは仕方がない。いや、実際かなり便利ではあった。
とにかく、色々気に入らなくはあったが癒しの魔法を使えた事もあって、酷い傷を負った冒険者や村人を助けるために魔法を使いまくった。屑魔晶石は使い果たし、自前の精神力も限界ぎりぎりまで振り絞ったせいで、眠る前にはほとんど気絶寸前だった。布団に入った途端、すとんと意識が落ち、夢すら見なかった。それはある意味幸いだったかも知れない。何しろ、命がけの殺し合いを生まれて初めて演じたのだ。戦いの歌の助けがなければ、サシカイアの精神は脆弱な現代日本人のものでしかない。下手をしたら、悪夢にうなされたかも知れない。
サシカイアはいつまでもここにいても仕方がないと、ベッドから立ち上がる。大雑把に身だしなみを整えると、家から出る。とりあえず、他の3人と合流してこれからのことを相談せねばならない。
外に出ると、すぐにブラドノックを見つけた。
なんだか隅っこの方で一人、黄昏れている。朝の──時間的には昼をとっくに回っていたみたいだが──挨拶をすると、ぱ~っと表情を輝かせて寄ってきた。犬みたいな奴だ。そう言えば昔ブラドノックをブラノドッグと読み間違えたことがあったなあ、と関係ないことを思い出す。
「何か景気の悪い顔しているな」
ブラドノックに言い放ちつつサシカイアは村を見回し──どうやら、炊き出しをしているらしいところが見えたので、そちらへ向かう。ブラドノックも付いてきた。
焼け跡の片隅で、宿屋で見かけた顔が大きな鍋をかき回していた。たぶん宿屋の主人だと思うが、サシカイアに確信はない。とにかく、腹が減っていたのでそちらへ向かってみる。
その焼け跡では、料理をしている宿屋の主人の他に、柄の悪い連中がたむろしていた。生き延びた冒険者連中。大分数が減っている様に見える。──が、あえてそれは考えない様にしようと首を振る。あいにく、そう言ったことに免疫はない。そうでなくとも、あんなごろつきっぽい連中、出来ればこれ以上関わり合いになるのは勘弁して欲しいし。
そう考えたのだが、面白くもなさそうな顔でカードに興じていた冒険者の1人がふと顔を上げ、サシカイアとばっちり目があった。
男はぱ~っと表情を輝かせる。何だか、なんだかひしひしと嫌な予感がした。
そしてそれは的中。
「我らが戦乙女のお出ましだ」
男が嬉しそうに声を上げると、周りの者達もこちらを見て声を上げてくる。
わいわいがやがや、なんだか吃驚してサシカイアは足を止める。
「我らが戦乙女?」
「サシカイアの二つ名みたいだね」
「……何か敵に捕まったら最後、らめ~とか言わされそうな二つ名だな」
「……」
ブラドノックは呆れた様に沈黙した。
呆れた様な顔は仕方がないと思おう。サシカイア自身も、自分でもその感想は何だろうと思った。だが、前屈みになるのは勘弁して欲しい。何想像したこいつ。
それはともかく。なんだか非常に危険なルートに分岐した様な気がするのだが。てか、この原因はブラドノックのせいじゃないか。
色々話しかけてくる冒険者連中を適当にいなす。サシカイアと会話した、それだけの事実だけで概ね満足してくれたみたいで、それは幸いだった。再び三々五々、適当にその辺りに散ってくつろぎ始める。
サシカイアは大いに安堵した。そのままいつまでもまとわりつかれるのは勘弁だ。
そう言えば、腹が減ってここに来たんだったと思いだし、宿屋の主人に食い物が欲しいと要求すると、パンとスープを山盛りでくれた。そして、何度も何度も助けてもらえて感謝しているとお礼を言われた。そう言う意識は正直あんまり無かったので面はゆい。
こんなに食えないよなあぁ、と、エルフ娘になってからずいぶん食が細くなったのでもてあましそうな大盛りスープを眺め。それでも、にこやかに食べてくださいと言っている主人に突っ返すのも悪いかと思って素直に受け取ると、そこから離れる。同じように食事を貰ったブラドノックも付いてくる。
座る場所は、と視線を巡らしたら、冒険者連中がテーブルを一つ譲ってくれた。
「──で、景気の悪い顔の理由は?」
ありがたくそのテーブルについて食事を始めつつ、なんだか聞いて欲しそうだったので、ブラドノックに尋ねる。
「……魔法使いが恐れられて嫌われているって言う設定を、ものすごく実感したんだよ」
ぼそりと、ブラドノックは呟くように言った。
「そうか?」
自分に対する周りの視線なんかを思い浮かべつつ、サシカイアは首をかしげる。ぶっちゃけ、そう言う実感はない。むしろ逆だ。逆すぎてやばい気がするくらいだ。
「そうなんだよ!」
ブラドノックは力一杯で告げてくる。
「お前が寝てる間、俺に話しかけてくる人皆無だぞ、皆無! こっちから話しかけようとすれば露骨に避けられるし」
「被害妄想じゃないのか?」
「いいや、アレは確実に避けられてますっ! 嫌がらせも受けたし。誰がやったか知らないけど、いつの間にかポッケの中に鳥の骨が放り込まれてたんだぞ。イジメ、カッコワルイっ! だいたい、今のシチューだって、お前は大盛りなのに、こっちは小盛りだぞ」
何で俺は戦士じゃなくて魔法使いをやろうなんて思ったんだろう。俺だって一生懸命戦ったのに。なんてブラドノックの愚痴をうんざりしながら聞き流す。なんだか苦労したみたいだが、飯がまずくなるので辞めて欲しい。
「なのに、なのに──くそう、シューのやろうっ!」
「そう言えばいないな、どこ行ったんだ?」
首をかしげ、周囲に視線を送る。建物がだいぶ減っているせいで、アダモの村はたいがい見通しが良くなってしまっている。それでも全てを見通せるわけではないが、とにかく、見える範囲にシュリヒテの姿はない。──ちなみにギネスはまだ寝ていた。
「あの野郎…」
ブラドノックの声は、地獄の底から響いてくるような陰々滅々としたモノだった。
「光の剣とか呼ばれて、何でかやたらとちやほやされて、村の娘にもててやがる。俺が一人で寂しく放置プレイを強いられていたって言うのに…」
フォーセリア世界の設定では、かつて魔法使いにそれ以外の者達は蛮族とされ、支配されていた。奴隷扱いされていた。その過去から、魔法使いは恐れられたり嫌われたりしている。原作(戦記の方だが)のザクソン独立運動で、実質の指導者は魔法使いのスレインであったにもかかわらず、自由騎士パーンの名前が前面に押し出されたのは、それ故。魔法使いは信用されないし、人々は英雄を戦士に求めるのだ。つまり、サシカイアらのパーティでは、シュリヒテに。──他にも、貴族身分出身設定のシュリヒテは顔立ちも整っている、と言う理由もある。金髪巻き毛、いわゆる貴族のぼんぼん風に。魔法使いだから25歳、なんて設定のブラドノックでは太刀打ち不可能である。
それはともかく。
「…許せないな、それは」
ブラドノックの勢いに押されたというわけではなく、サシカイアは己の正直な気持ちとして言った。何しろ外見は可憐なエルフ娘だが、中身は男なのである。他の誰かが女にちやほやされていると言われれば、嫉妬もしようというモノだ。理性では先のような事情は分かっている。だが、分かっているのと納得するの間には大きな隔たりがあり、そこを埋める方法などどこにも発見されそうにない。たぶん、それが発見されたとき、この世から戦争行為は根絶されるだろう。
「挙げ句に、宿屋のウェイトレスのねーちゃんと良い雰囲気で、揃ってどっかにいっちまいやがった」
更にブラドノックが火に油を注ぐ。
「な、なんだって~!」
と、サシカイアは愕然とする。
「ウェイトレスのねーちゃんて、あのねーちゃんか? お漏らししてた」
「そう、あのねーちゃんだ」
重々しくブラドノックが頷く。そして補足説明。
「ちょっと野暮ったい感じではあったが、ちゃんと着飾れば結構可愛くなりそうな、そして何より胸が結構でかかったあのねーちゃんだ」
「神は死んだっ!」
サシカイアは大仰に頭を抱えて見せた。
と、ちょうどそこへ。
「よう、サシカイア、ようやく起きたか」
なんか一仕事終えた後のようなさわやかな声で──頬を赤らめて身を寄せるウエイトレスのねーちゃんと連れだったシュリヒテがやってきた。
サシカイアとブラドノックはアイコンタクト。それからイイ笑顔を顔に貼り付けて、ゆっくりとシュリヒテに向き直った。
「……何か言い残すことあったら、今のうちに言っとけよ」
「え?」
と戸惑うシュリヒテに、二人揃って死刑宣告をした。
その後、間をおかずマーファ神殿ご一行が到着し、しばらく後にようやく目を覚ましたギネスとともに、4人はマーファの愛娘と出会うことになる。