戦乙女の祝福を受け、戦いの歌に背中を押され。高らかに雄叫びを上げて戦士達が飛び出していく。目指すは魔神。その瞳に迷いはなく、その心に怯懦はない。まるで歴戦の勇者の如く、敵に向かう。勝利を、彼らの戦乙女に捧げるために。
「何の罰ゲームだよ、こんちくしょう」
その背中を見送って、彼らの戦乙女──サシカイアは顔を真っ赤にして小声で毒づく。カンペを握りつぶして投げ捨て、踏みにじる。独創性のない、どこかで聞いた様な恥ずかしい台詞の羅列。普通なら駄目出しだ。
「だいたい必要あるのか、こんな真似。既に戦いの歌でみんなノリノリだっただろうに」
他の冒険者を仲間に引き込むのは簡単だった。
実際に戦場に出る前に、一度効果を試してみようと戦いの歌をギネスに歌わせてみた。正直、歌の効果よりもギネスの方が信用できなかったりした訳だが、その心配は杞憂に終わった。ギネスも生き残るにはそれしかないと理解して根性を見せた。それを歌っていれば、自分は戦わなくて良い、と言うのもプラスだったかも知れない。とにかく、まだまだ怯えを多大に残しながらもギネスは戦いの歌を歌い。その効果の確かさを4人は実感した。
そこで、嬉しい誤算があった。
戦いの歌の効果は、術者が任意に除外しない限りは聞こえる限り。だから、宿屋にいた他の冒険者達も、この歌の恩恵を受けることになった。はっきり言って使い物にならない、隅っこで震えているだけだったしょぼい冒険者連中も、これで一転、戦える気になったのだ。──人のことを言う資格は4人にはないのだが、それはそれ、である。
そこで、ブラドノックはすかさず共同戦線を組むことを提案した。
サシカイア程悪辣なことは考えなかったにしろ、仲間を増やして危険を分散するというのは、ブラドノックも良いアイデアだと理解していた。戦争は数だよと、偉い中将様も言っているではないか。
他方、冒険者達の方にしてみれば、この提案は渡りに船だった模様。先ほどのシュリヒテの一撃は彼らの度肝を抜いている。いよいよ宿屋はやばげになってきて、外に出なければ焼け死ぬのは必至。自分たちのみで戦うよりは、寄らば大樹の陰。4人と共同戦線を組んだ方が、生き残る確率は高まるだろうという打算。
協力体制は、提案したブラドノックが拍子抜けする程あっさりと結ばれた。
ならば後は簡単。戦う準備を整えた後、揃って宿の外に出て、戦いの歌の恩恵を受けつつ、サシカイアの号令の下に敵へと向かう。
「やって損にならないことは何でもやってみるべきだろ? 命がかかっているんだぜ。たとえ無駄に思えても、やっておく価値はある」
サシカイアのぼやきに応じたのはブラドノック。開戦前の演説。それを提案したのも、やっぱりこいつだったりする。
この二人、そして、戦槌を胸の前で握りしめて戦いの歌を歌うギネスは、戦士達の後方に控えて様子をうかがっている。幸い、シュリヒテ含む戦士達が奮闘しているおかげで、こちらへ抜けてくる魔神やその眷属はいない。だから、こんな会話を交わす程度の余裕があった。
「だったら、シュリヒテにやらせろよ。この手のことは、戦士にやらせるのが王道だろうに」
「それでも良かったんだが」
ブラドノックは言って、サシカイアの上から下へ、視線を巡らせる。
「中身はアレだしお腹の中は真っ黒け。──とは言え、今のサシカイアは見た目だけなら最高だからな」
お腹の中は真っ黒け、の部分を特に強調して言われ、サシカイアはばつが悪そうに視線をそらす。
「……アレはだな、そうアレは、場を和ませようとする冗談だったんだよ」
「確かに、その効果があったことは否定しない」
サシカイアの言葉なんぞ欠片も信じていないとブラドノック。
「こういう場合の定型が戦士とはいえ、男のシュリヒテが発破をかけるよりは、綺麗な女の子の方が嬉しくないか? 少なくとも俺は嬉しい。絵面もその方が良いだろう? 荒くれ者どもに凛々しく号令を下す美少女、萌えるっ!」
「……そんな理由かよ」
「これ以上ないくらいの重要な理由だ」
悪びれない堂々としたブラドノックの言に、サシカイアはがっくり肩を落とした。
「さて」
サシカイアの呆れなど知ったことではないとブラドノックは軽く流し。前方の戦闘に視線を向けると面を引き締める。初撃と勢いで今は互角以上に戦えているが、時間がかかれば地力の差できつくなるだろう。だから、速攻でけりを付けたい。そのためには──
「そろそろこちらも仕事をしよう」
「そうだな」
サシカイアは両の頬を平手で叩いて気合いを入れる。それからふと、ブラドノックに向き直る。
「それは良いが、お前、精神力は大丈夫か?」
冒険者達の剣や鎧に魔力を付与したのはブラドノックである。その魔法自体はレベルが高いこともあって楽に使えるが、何しろ人数が多かった。一回一回はともかく、トータルな精神力消費は結構大きくなっているはずだ。
「自前の精神力は温存して、屑魔晶石をいくつか使い潰した。だからまだ余裕だ。──そう言うそっちこそ大丈夫か?」
「まあ、何とかなるだろう」
サシカイアも初撃のシュートアローで結構な精神力を消費している。こちらも一発あたりの消費は少ないが、魔力の拡大で目標を増やしたから手持ちの魔晶石では賄いきれず、仕方なく自前の精神力を消費している。
「こっちはサポートに回るから、大技はそっちに任せる」
腰のポーチから屑魔晶石をいくつかつかみ出して掌で転がす。割合簡単な精霊魔法でも、戦っている者達のフォローは出来る。
「分かった、じゃあ行くぞ」
「了解」
そして、二人も戦闘に参加する。
ロードス島電鉄
06 これが私の生きる道
夜が明けて。
アダモの村はほとんど壊滅してた。
それはもう酷いモノである。生き残りも少なくない数いるが、犠牲となったのは必死で戦った男達が中心。要するに働き手。生き残りは女が中心、男は老人子供ばかりだ。そのダメージは死者の数字以上にでかい。だから、壊滅と表現しても大げさではないだろう。
建物の損害も馬鹿にならない。大慌てででっち上げた柵なんかは当然崩壊。村の中にまで進入した魔神のせいで半分以上の家が焼け落ち、崩れ。──中には調子に乗った、乗りすぎたサシカイアやブラドノックの魔法で焼け崩れたモノもあったりするが──彼らが戦わなければ全滅必至だったし、そのころには既に大概ぼろぼろであったので、村人はそれについては気がつかなかった振りをした。
それでも、何処彼処で家人や財産を失ってしまった者達の嘆きの声が聞こえ、現状の村の見た目もあって、アダモは酷く寒々しいことになっている。
村の鍛冶屋、タンカレーは片手を三角巾で吊り、無表情で焼け落ちた自分の家を見ていた。彼は生き延びた。タンカレーが自分で思っていたより強かったと言うこともあるが、主たる要因はそれではない。単純に運が良かったのだ。何より発見が早く、見つけてくれたエルフ娘がヒーリングを使えたことで、魔神の一撃を食らってうち捨てられ、ほとんど死んでいたタンカレーはぎりぎりで命を繋ぐことができた。腕を吊っているのは、未だ違和感があるから。エルフ娘のヒーリング一発で怪我一つ無い健康体に回復したが、しびれが残ってうまく動かせないでいる。身体が吃驚していると言うべきか、怪我が治ったからと言って、即座に元通りとは行かないのだ。ただこれは、決して重大でも珍しくもないこと。時間が簡単に解決してくれる程度の問題だ。
「なるほど、癒しの魔法で速攻解決、万事オッケー、とは行かないのか。現実は数字だけでは表せないって事か。覚えておく必要があるな」
などと、エルフ娘は難しい顔でよく分からないことを呟いていた。
とりあえず、このエルフ娘ともう一人、なんだかおどおどしたマイリーの神官。この二人がいなければ、死者の数は更に増えていただろう。二人が癒しの魔法を使ったことによって、本当なら死んでいたはずの重傷者が、少なくない数、助かっている。
「ヒーリング使えるの便利だが、なんだか納得いかねえ」
などとエルフ娘はよく分からない嘆き方をしていたが、この娘を含め、大車輪の働きを見せて助けてくれた4人組はよく分からないところが多い。助けて貰ったこともあり、そいつらの出身地方の風習かとスルーしているが、そうでなければ立派な不審人物だろう。それでも、恩人だ。だからタンカレーはこれ以上考えない事にする。
その後、二人は魔法の使いすぎでぶっ倒れてしまっている。本当に頭が下がる。少なくとも、村人のために全力を尽くしてくれたことは間違いないのだ。
他の二人。戦士と魔法使いは、戦闘が終わった後は大して働いていない。あれだけの手練れだというのに、二人とも不審な程に死体に慣れていない。村人の死体、魔神の死体を片づける村人を遠目に見ているだけで、頑なに手伝おうとしない。
「つ、疲れているんだ、だからパス」
と、言った戦士の言葉は奇妙に上擦っていた。
騎士崩れらしいから、どこかのぼんぼんかも知れない、とタンカレーは思う。幼少時から訓練を積んできたから腕は立つが、決定的に経験不足。人死にに慣れていない。そんなところだろうか、と好意的に判断する。
なんだか宿屋の看板娘にかいがいしく世話をしてもらい、単純に鼻の下を伸ばしている。このあたりも、いろいろと若く経験不足らしい。
魔法使いの方は──魔法使いと言うだけで嫌悪感を抱いてしまうことだし、お近づきになりたくもないために無視している。こっちも同様に死体は苦手な様子。宿屋の看板娘がまとわりついて世話をしている戦士の方と違って、こちらは寄りつく者もなく完璧に一人。ちょっと寂しそうだが、魔法使いである。だからタンカレーには知ったことではない。
タンカレーは焼けてしまった自宅前を離れ、ゆっくりと村の中を散策する。
本当に酷いモノだ。もはや、この村は立ち直れないかも知れない、とも思う。
軽く話を聞いたところ、村長は村を捨ててマーファ神殿への避難を本格的に考えているらしい。
今更──の感もあるが、こんなモノだろう。失って初めて、結論を出せる。そう言ったことはこの他にだっていくらでもあること。
タンカレーが考えるのは、これから先、己の身の振り方。
あたりまえに鍛冶屋を再開する。それがもっとも堅実でまっとうなやり方。
──だが。
自分が思ったより強いことは分かった。そして、それでもなお、魔神相手には力不足であるとも。だが、敵わないからと言って、このまま泣き寝入りして良いのかという思いもある。
タンカレーは生き延びた。だが、彼が守ろうとした家族はこの世にいなくなっていた。
今のアダモ村にはありふれている悲劇。戦って、死を覚悟した自分が生き延びて。守ろうとした家族は死んだ。何という皮肉。しかし、それでも全く持ってありふれていた。今のアダモには、悲劇なんて一山いくらでたたき売れる程に存在する。特筆することなど何も有りはしない。自分だけでも生き延びたことが、幸運に類する事だ。
実際、不思議と悲しみはない。なんだか現実感が無くて、家族の永遠の不在を知っても涙一つ零れなかった。これから先も悲しくないのかは分からない。だが、悲しくなったとしても、いずれ時が解決するだろう。そんな、奇妙に冷静な確信があった。
だから、このまま素直に元通り鍛冶屋に戻ればいい。それが一番冴えたやり方。そうに決まっている。
だと言うのに、一つの愚かな道が頭に浮かんで離れない。
仇を、魔神を倒す。
ばからしい。自分の力不足は痛感した。雑魚相手に四苦八苦するのがせいぜい。敵を取るどころではない。逆にあっさり殺されてしまうに決まっている。
魔神を倒す。
そう言うことは、あの4人組のような連中に任せておくべきなのだ。
魔神を倒す。
自分みたいな雑魚は、身の程を知っておとなしくしておくべきなのだ。
魔神を倒す。
それでも。
せめても一矢を報いてやりたいと言う思い。自分でも何某かのことが出来るのではないかという思い。
タンカレーは腰に吊った剣を確かめる。
目を閉じ、開く。そして、腕を吊った三角巾を取り去る。
何のことはない。最初から結論は出ていたのだ。とっくに心は決まっていた。
理性的であれとか。そうする事が利口だとか。身の程を知るとか。そんなことはいっさい関係ない。自分の選択が愚かであると自覚して。それでも、これから先、これ以外の生き方は考えられなかった。
──こうして、100の勇者(候補)が一人誕生した。
同様な事はこの頃、ロードスの各所で起きていて。それが大きな流れとしてまとめ上げられるまでに、たいした時間は必要なかった。
1ST STAGE アダモ村防衛戦
MISSION COMPLETE
獲得経験値 1000
レベルアップ
シュリヒテ 生命力20(+3)→生命力20+3(+3) 残り経験値0
ブラドノック シーフLV0→LV1 残り経験値2000
ギネス なし 残り経験値1000
サシカイア ソーサラーLV0→LV1 残り経験値1500