最終話 希望を胸に、全てを終わらせるとき
遂に魔神戦争も終局を迎えようとしていた。
名も知れぬ迷宮の底で対峙するのはサシカイアと魔神将ゲルダム。
疲労も激しく膝を付くサシカイアに対して、余裕の表情で見下ろしてくるゲルダム。その黒山羊の顔には勝利を確信した歪な笑みが浮かぶ。
その笑みが、折れかけていたサシカイアの心に火を灯す。怒りという名の火を。
「チクショォオオ」
その叫びは不甲斐ない己に対してか、それとも、目の前で笑うゲルダムに対してか。心の内の衝動に押されるままに、サシカイアは疲労した肉体を叱咤して立ち上がる。こいつを倒す。その目障りな笑みを止める。こいつの「におい」を止めてやるッ!、その思いに突き動かされ、萎えかけた足を前に進める。同時に、あまねく世界に存在する精霊達、その王に語りかける。最早出し惜しみをしている場合ではない。最後の切り札、それを切るのは今。
「食らえゲルダム! 新必殺魔精霊アトン!」
サシカイアの叫びと共に、呼びかけに応えて顕現した地の精霊王ベヒモスを中心として、火の精霊王イフリートが、水の精霊王クラーケンが、風の精霊王ジンが1点に収斂していく。彼らは混ざり合って変質し、サシカイアの手の中に、一振りの漆黒の剣を形作る。全ての色を混ぜ合わせれば黒となる。そうした黒さ。さらに剣は貪欲に周囲の精霊力を喰らい、より暗く、黒くなっていく。それは、黒よりもさらに暗い闇。
「さあこいサシカイア!」
対してゲルダムは己の大鉈を構える。掠めただけで人など簡単に消し飛びそうな凶悪なそれを振り上げ、己に向かってくるサシカイアに向かう。その顔には、未だ余裕の表情が張り付いている。サシカイアを格下と見下し、あざ笑う。
「俺は実は一回刺されただけで死ぬぞォォ!」
言わなくていいことまで口にしたのは、その余裕が故か。
しかし、対するサシカイアは失言を聞く余裕すらなかった。魔精霊アトン。それは確実にサシカイアの手に余った。周囲の精霊力を貪欲に吸い禍々しさを増していくアトン。無差別に吸い上げる精霊力。その精霊力には、サシカイアの持つそれも含まれていたのだ。サシカイアの感情の精霊力──怒りが、悲しみが、喜びが、寂しさが。肉体に宿る精霊力──火の、水の、地の、風の、そして生命の精霊力が吸われていく。一歩ごとに目が霞み、力が萎え、思いが薄れていく。それどころか、己自身の存在すら虚ろになっていく。全てを吸い取られて消えていく。恐怖を感じたのはほんの一瞬。次の瞬間には、その恐怖すら消えていく。その先にあるモノは漆黒の奈落。一切の無。
ただ、サシカイアは最初の勢いの惰性で、剣の切っ先をゲルダムに向けて進んでいく。それは隙だらけ、無謀きわまりないバンザイアタック。
ゲルダムの失敗は、勝利を確信し、サシカイアをさらに嬲ろうと考えたことか。素直に、無防備なサシカイアの頭に大鉈を振り下ろせば、それで終わっていただろう。しかし、ゲルダムはさらなる戦い──否、一方的な蹂躙の継続を望んだ。猫が虫をいたぶるように、サシカイアの心が折れるまで、嬲り続けることを望んだ。彼ら魔神にとって、他者の絶望こそ甘露。
また、サシカイアの構える武器が剣の形状をしていたことも、ゲルダムの油断を助長した。ゲルダムは剣に対する絶対的な耐性を禁呪/ワードパクトの魔法によって得ているのだ。例え、身体をバラバラにされても、それが剣によるモノであれば絶対に死なないという呪い。必殺のはずの一撃が効果なし。それを知った瞬間に浮かべるであろう絶望の表情を見る為であれば、わざと我が身でその攻撃を受けて見せる事も選択肢の1つとして考えるほどに油断していた。
そして、その油断が生死を分けた。
ゲルダムは大鉈でサシカイアの構えた漆黒の剣を払いのけようとし──その大鉈が消し飛んだ。触れる端から、魔法の武具であるゲルダムの大鉈が塵すら残さず消え失せる。そのろくでもないまでの威力。
驚きの表情を浮かべるゲルダム。ようやくサシカイアの構える漆黒の剣、その禍々しさに気が付くも、既に全てが遅かった。
殆ど倒れ込むようにして突き出された剣の切っ先は、冗談じみたあっさりさでゲルダムの胸板を突き破り、背中へと抜けた。防御点無視の反則武器、カシュー王の愛剣ソリッドスラッシュだってここまではいかないという反則級の威力。
そこで、ゲルダムはありえないことが起きていることに気が付いた。剣に対して絶対の加護を得ているはずの自分。だと言うのに。だと言うのに、己が死に向かっている。滅びに向かっていることを理性によらず理解したのだ。
「グアアア! こ、このザ・フジミと呼ばれる魔神将のゲルダムが……こんな小娘に……ば、バカなアアアアア」
その叫びを残し、ゲルダムは絶命した。
ロードス島電鉄FINAL
THE SPIRITS M@STER SASSICAIA
どことも知れぬ場所、どことも知れぬ部屋で。
3匹の異形の怪物達が出待ち……もとい会話をしていた。
彼らもまた、ゲルダムと同じく魔神王に仕える魔神将。魔神の軍勢の最高幹部達。4枚の翼をもった人型、頭頂部に太い角、長い牙を持ったイブリバウゼン。梟の顔を持つ醜悪な幻術使いデラマギドス。強靱かつしなやかな体躯に獅子の顔を持つラガヴーリン。どの魔神将も、並の人間では太刀打ちできない凶悪無比な能力を誇る。
「ゲルダムがやられたようだな……」
同じ魔神将のシンパシー故か、ゲルダムの死に気が付いたイブリバウゼンが視線を宙に彷徨わせて呟く。彼の目は、ここではない場所で絶命したゲルダムの姿を捕らえているのかも知れない。
そのイブリバウゼンの言葉を、デラマギドスがせせら笑う。
「ふふふ、……奴は魔神将の中でも最弱」
「人間ごときにやられるとは魔神将の面汚しよ……」
その言葉に同調し、ラガヴーリンも嗤う。
しかし、直後に彼らの笑いは凍り付く。
蝶番を吹き飛ばしそうな勢いで部屋の扉が開き、飛び込んでくるのはサシカイア。その手にした漆黒の剣は、はやにえの如くゲルダムを貫いたまま、禍々しき切っ先を3匹の魔神将に向けている。
「くらええええ!」
思わぬ場所で3匹の魔神将と遭遇したサシカイアの驚きは一瞬。アトンの主たる精霊力吸収の対象が一時的にゲルダムに移ったが故か、僅かに取り戻した活力を吐き出すような叫びと共に、身体ごとぶつかるようにして魔神将達に向かう。犠牲者を得てさらに禍々しさ鋭さを増した切っ先は避ける暇も与えず、次々に魔神将達の身体を捕らえていく。
「グアアア」
その威力は特筆モノで、魔神将達は悲鳴1つを残し、次々に絶命していく。
「やった……」
瞳は霞み、膝は震え、息は絶え絶え。己の頬を両側から思い切りはたくという自傷行為で消えかけている感覚やら感情やらを必死で取り戻し、サシカイアは額の汗を拭う。
苦悶の表情を浮かべて絶命した4匹の魔神将を見下ろし、大きく一息を付くと、サシカイアは決意を新たにするかのように呟く。
「遂に魔神将を全滅させたぞ。……これで魔神王のいる「最も深き迷宮」の扉が開かれる」
最後の決戦の地へ心を飛ばすサシカイア。後は敵の首魁である魔神王を倒すのみ。それで全てが終わる。それで全てが報われる。これまでの戦いの途中で倒れていった仲間達も、それでようやく青空に笑顔で浮かんでくれるだろう。
「よく来たな。戦乙女サシカイア。……待っていたぞ」
そこへ、声が響く。同時に、どこか近くできしりながら開く扉の音。
全ての上に君臨することに慣れた、慣れきった尊大で傲慢な口調のそれは──
「こ……ここが最も深き迷宮だったのか! 感じる……魔神王の魔力を……」
思わずひれ伏したくなるほどの圧倒的で絶対的な存在感。どんなに鈍い人間だって感じられそうな程に濃密な魔力は、既に物理的圧力を持つほどで。
圧倒的な魔力の流れに逆らって進むことに萎えそうになる心を叱咤しながら、扉をくぐり抜けた向こうにあったは謁見の間。サシカイアの視線の先、髑髏で飾られた玉座に座すは黒髪の美しい少女。
だが。
美しい少女のなりをしているとは言え、纏う雰囲気が違う。纏う迫力が違う。瞳の向こうにかいま見える魂の暗さが違う。どうしたって見間違えようのないそれは──最強最悪最後の敵。
──魔神王。
魔神王はサシカイアに、全てのモノが自分より下の存在であることはあたりまえだと言った傲慢な視線を向け、口を開いた。
「サシカイアよ。……戦う前に一つ言っておくことがある。お前は私を倒すのに魔剣ソウルクラッシュが必要だと思っているようだが」
そこからこぼれるは衝撃的な言葉。
「……別になくても倒せる」
「な、なんだって!?」
設定無視も甚だしい告白に、サシカイアは驚きを隠すことができない。
そこへ追い打ちするが如く、魔神王の告白は続く。
「そしてお前が元の世界へ戻るためのディメンションゲートは私の後ろの開いておいた。後は私を倒すだけだな、クックック……」
確かに、言葉通りに魔神王の座す玉座、その背後に浮かぶ銀色の鏡に似たものは、魔法のゲート。こことは別の場所へと繋がった扉。繋がる先は、魔神王の言葉を信じるならば、懐かしきサシカイアの世界。
帰れるのだ。あの扉をくぐり抜ければ、懐かしい自分の世界へ。
走馬燈のように、ロードスでの思い出が脳裏を流れていく。楽しかった思い出がある。悲しかった思い出がある。辛かった思い出がある。幾度と無く繰り広げられた、命を賭した激闘。出会った顔、別れた顔。いくつもの大切な記憶。サシカイアは元の世界に戻っても、それを、それらを一生忘れることはないだろう。誇りと共に永遠に心に刻まれた、黄金の記憶。
そこで頭を振って故郷に飛んでいた思いを現実に引き戻す。まだだ。まだ、それを考えるのは早い。早すぎるのだ。
元の世界に戻るためには、故郷に戻るためには、超えなくてはならないハードルが存在する。
──そのためには、目の前の魔神王を倒さねばならないのだ。
しかし。
しかし、倒せるのか?
魔神王の強さは圧倒的。己の魂を磨り潰すような思いをしてようやく倒した先の魔神将でも、その足元にも及ばない。これだけのお膳立てをしてくれたのは、魔神王の、自分が負けるはずがないという絶対の自信の現れであり、実際に彼我のデータを見比べる限りでは魔神王の考えは正しい。
それでも。
サシカイアは口元に笑みを浮かべた。
「フ……上等だ」
浮かぶ笑みは何の暗さもない最高の、心からの笑み。
状況は非常にシンプルで分かり易く、それは即ち素晴らしい事だ。
サシカイアはそう思ったのだ。
これ以上に分かり易い事はない。悩みも躊躇いも戸惑いも、何もかも一切が必要ない。余計なことなど考える余地はなく、只勝ちを目指して戦えばいい。勝てば全てを得、負ければ全てを失う。オール・オア・ナッシング。勝ちさえすれば、全ての問題が解決する。当たり前で酷く単純。本当にそれだけだ。
覚悟を決めると、気持ちがすとんと落ち着いていくの感じた。
疲労は変わらずある。あるが自分は、これから現状で最高のパフォーマンスを発揮して戦うことができるだろう。
その確信。
ならばもう一つ。
「俺も一つ言っておくことがある」
もう一つ、己の最大の秘密を明かして、全ての心残りを取り払おう。それはまた、色々とお膳立てをしてくれた魔神王に対する礼儀でもあるような気がした。
サシカイア最大の秘密。それは──
「俺はLV10シャーマンで美少女エルフのような気がしていたが、別にそんなことはなかったぜ!」
「そうか」
魔神王は素っ気ない口調ながら、そこに驚きの気配を感じてサシカイアはまた笑う。
本格的な戦闘開始の前に、既に一矢は報いることができた。これは非常にさい先が良い。
サシカイアは笑みを納め、魔神王に向き直る。
最早語り合うときは終わりを告げた。
それを両者同時に理解する。
後は戦って決着をつける。それだけ。
「うぉおおおおおお」
雄叫びは意識することなく口から零れた。意識は完全に切り替わり、これよりサシカイアは一個の戦闘機械となる。
「行くぞ!」
「さあ来い、サシカイア!」
魔神王の叫びを受けて、サシカイアは前に踏み出す。
そして、ロードスの──世界の運命をかけた最終決戦が始まる。
サシカイアの勇気が世界を救うと信じて。
ロードス島電鉄、ご愛読ありがとうございました。
ネタです。
本編で新必殺魔精霊アトン無双とかは考えていません。
ただ、更新が滞ってしまった場合は、これが正式な最終回になる場合も……