場所をゲイロードの館の片隅、練兵場へと移して行われたベルドとシュリヒテの一騎打ちの結果は、順当なモノとなった。
もちろん、それはベルドの勝利。
シュリヒテは練兵場の床に仰向けにひっくり返り、荒い息を吐いている。
対するベルドは、多少息を荒げてこそいるが、まだまだ余裕はありそう。おまけに、こちらはきちんと二本の足で立っている。
勝者と敗者が、非常に分かり易い。
ちなみにギネスは早い段階でノックアウトされて、練兵場の片隅にひっくり返っている。これまた、順当な結果だろう。
「まあ、最初から予想されていた結果だよな」
どちらが勝つか、なんて賭は成り立たなかった。何しろ、仲間であるサシカイア達からして、シュリヒテの勝利なんて欠片も信じていないのだから。どころか、おそらくシュリヒテ自身だって、己の勝利なんて想像も付かなかったに違いない。
「すごいですね」
一緒に戦いを眺めていたニースが、感嘆するしかない、そんな風に言葉を漏らす。
息が詰まりそうな緊迫感を持った睨み合いから、転じてすさまじい斬撃の応酬。訓練用の刃引きされた剣とは言え、その勢いであれば掠めただけで致命傷となりそう。そんな斬撃を、時に受け、時にかわし、時にいなす。めまぐるしく立ち位置を変えて、己に有利な場所を占位しようとし、激しく身体をぶつけ合う。
ニースとて戦士の訓練を積んでいる。だからこそベルドとシュリヒテ、この2人の呆れる程に他と隔絶した強さがよくわかるのだろう。そして同時に、この2人のレベルになってようやく戦える、魔神将の強さも。ニースの眦に浮かぶ険しいモノは、これから先の魔神との戦いを思ってのものに違いない。その戦いは熾烈を極め、多くの犠牲者を出すだろう。そのあたりが、善人のニースには辛いのだろう。
「しかし、正直なところ、シュリヒテはこっちの予想以上によく戦えていたなぁ」
「そうなのですか?」
サシカイアの言葉に、ニースは小さく首を傾げる。コレは、原作のベルドの強さを知っているサシカイアと、知らないニースの認識の差。ニースにしてみれば、シュリヒテだって頭抜けて強い戦士なのだ。
ベルドとシュリヒテ。
その戦いは、先刻の言葉通り、サシカイアの戦う前の予想よりも良い勝負だった。仲間甲斐のないことだが、圧倒的に強いベルドにシュリヒテが蹂躙される、そんな戦いになると思っていたのだ。しかし、実際にやってみれば、意外にも両者の戦いはほぼ互角と見えた。
「考えてみれば、いくらベルドが強いって言っても、レベル的にはシュリヒテと1しか違わないんだよな」
原作フィルターがかかりすぎていたのか?、と、サシカイアは自省する。シュリヒテ10レベルファイター、ベルド11レベルファイターで、その差はサシカイアの言葉通り1でしかない。能力値だって、圧倒的な水を空けられているわけではない。どちらもシュリヒテ不利は間違いないが、相手にならない程の極端な差はついていないのだ。その時の賽の目次第では──もとい、その時の心身の状態や運の善し悪しで、簡単にひっくり返ってしまう程度の差でしかない。
「レベル?」
と横でニースが首を傾げている横で、サシカイアは己の思いに沈む。
シュリヒテの思わぬ善戦。これは良い。仲間は弱いよりも強い方が良いに決まっている。だから、良い事なのだが、少し気になったこともあった。そして、それはこうして考えているよりも直接答えを聞いた方が早いと、ベルドの方に向かうことにした。
ベルドの横では、フラウスが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。汗を拭うためのタオルを渡し、喉を潤す為の水を渡しと、まるで世話女房のよう。そのフラウスがベルドに接近するサシカイアに気づき、途端、何かを警戒するような色を瞳に浮かべた。
「……気が変わって、やっぱり俺の女になる気になったか?」
ベルドも同様にサシカイアの接近に気が付くと、阿呆な事を言ってきた。
「その気は欠片もないよ」
ひらひらひら~っと手を振って、主に、今のベルドの台詞で警戒の度合いを高めたフラウスに告げる。
サシカイアの見るところ、余計なことを言ってくれたベルドの口調には真剣味が感じられなかった。本気で言っているわけではないのだと簡単にわかる。と言うか、じゃないと嫌だ。それをいちいち真面目に受け取るフラウスは、そう言う性格だと言うこともあるのだろうが、それ以上に、いわゆる恋は盲目状態。事が事だけに余裕がないのだろう。原作では割と物わかりのいい女、ベルドの浮気に寛容だったが、アレはベルドの女になってからの話。それ以前の今の段階では、そうした余裕を持てないのだろう。
「横に抱き心地の良さそうな人がいるんだから、そっちを口説けばいいんじゃないか?」
睨み付けてくるフラウスの視線に、矛先を逸らす必要を感じてサシカイアは提案してみた。アライメントがあちら寄りであるし、早急に対処しないと、邪悪認定されて滅ぼされてしまう危険もある。
「なっ」
フラウスはコレを受けて絶句。僅かに頬を赤く染める。あうあうと、咄嗟に言葉が出てこないようで、助けを求めるみたいにして視線を左右に彷徨わせている。
これでサシカイアを警戒する余裕もなくなった様子。試みは成功したと、僅かに安堵。
しかし、ベルドはフラウスを眺め、言った。
「こいつは硬すぎる」
「ベルド!」
ベルドの言葉にフラウスは激しく反応した。
「訂正を要求します。確かに私は戦士としての訓練を積んでいますから、普通の女性より筋肉質なのは認めます。しかし、まだ十分女性としての柔らかさを保っているはずです。だいたい、女性に向かってそのような──」
「頭の話だ」
その剣幕に辟易したように、短くベルド。
「……」
かぁーっと、音を立てそうな勢いでフラウスの顔が赤く染まっていく。多少冷静になって、自分が興奮して何を口走っていたのか、理解してしまったのだろう。
それを眺めつつ、サシカイアはフラウスに抱いていた当初の苦手意識が解消されていくのを感じた。
割と話が通じる。と言うか、結構からかい甲斐のある人間なのでは?、これまでのやりとりを見てそんな風に感じた途端、緊張し身構えている必要を感じなくなったのだ。
結局の所、サシカイアがフラウスを苦手に感じたのは、一般人が警察官に抱く苦手意識のようなモノだったのだろう。別に悪いことをしていなくとも、警察官を見かけると、思わず緊張してしまう。そうした小市民的な感覚。しかし、その警察官の中身が知っている人であれば、緊張は軽減される。それだけの話。
「それで、何の用だ?」
こいつをからかいに来た訳じゃないんだろう?、とベルドが聞いてくる。
「ん。いくつか聞きたいことがあるんで」
と頷き、前置きして、サシカイアはいくつか質問させて貰うことにする。
「うちのエースはどうかな?」
「強いな」
返事は即座に帰ってきた。その口調、表情から、サシカイアはこれはリップサービスではなく、ベルドの正直な感想だと判断した。そもそもベルドは、その種のリップサービスをする人間だとも思えないし。
「正直なところ、ここまでやるとは思わなかった。残念ながらやり合ったことはないが、ヴァリスの白の騎士とか、ドワーフの鉄の王あたりとも十分戦えるんじゃないか?」
大絶賛。これは、最大級の賛辞と見て良いのではなかろうか。
しかし。
「割に、あんまり楽しそうじゃなかった理由は?」
「……気が付いていたのか?」
そう、それがサシカイアの感じた疑問。ベルドはシュリヒテとの戦いの途中から、極々僅かながら、興が失せたという表情を見せるようになっていたのだ。ベルドと言えば戦い大好き。それも、一方的な蹂躙ではなく、強い相手とのぎりぎりの戦いに喜びを感じるタイプ。サシカイアはそう言う認識をしている。それが、一見良い勝負をしている最中にその表情。サシカイアでもなくとも気になるだろう。
「実は、手を抜いて相手をしていた?」
「いや、本気だった」
サシカイアの考えた可能性に、ベルドは首を振って否定する。
「俺は世辞は言わん」
特に、戦いについては、お世辞がそいつを殺すことになりかねないからな、とベルド。
己の力量を正確に測れず戦うことは、時に死を招く。そして、ベルドのような有名で圧倒的に強い人間の言葉は、過剰にして過分な自信を与えてしまう危険がある。「あのベルドが認めたのだから」、と自分の実力を実際より高く見誤ってしまいかねない。だから、お世辞は言わない。弱いならば弱いとはっきりと告げる。ベルドは口にこそしなかったが、そう言うことだろうと、サシカイアは理解した。
「じゃあ、あの表情の理由は?」
「あいつは確かに強い」
未だ練兵場の地面に転がって立ち上がれないシュリヒテをさしてベルド。いつの間にかニースがそちらへ行って、水なんかを渡している。これは見栄を張る場面だから、未だ寝ていると言うことは、本当にろくに動けない程に疲労しているのだろう。そして、それを承知の上で、邪魔をしなければと言う思いがサシカイアの頭を掠めるが、流石にベルドとの会話中と言うこともあって、涙を飲んで自制する。
「だが、怖くない」
サシカイアの内心の葛藤に気づくはずも無く、ベルドが続ける。
「怖い?」
首を傾げて聞き返すと、僅かに考えてベルドが補足する。
「あいつには俺を倒そうという気持ちが無い。俺に勝てると初手から思っていない。勝てるはずがないと思っていやがる。実力こそ劣るが、その点では、あっちのドワーフの方がマシだった」
と、端っこの方に倒れたギネスを指さす。
しかし、それは当然だろうとサシカイアは考える。
何しろベルドと言えば、ロードス最強の、否、フォーセリア世界最強の戦士である。シュリヒテが、シュリヒテごときが勝てる相手ではない。勝って良い相手ではない。そんな思いがある。もちろん、勝てる方が魔神との戦いが楽になるものわかっているが、原作ファンとしては、なかなかに譲れない一線でもある。やっぱり、ベルドを含む6英雄には強くあって欲しいのだ。
「もちろん、あっちがどんなつもりだろうが、俺は負ける気はない。それが、初手から勝つ気のない相手なら、なおさらだ」
「だからと言って手を抜いているわけではないと思うけど?」
「そう言う話じゃねえさ」
精神論的な話だろうか?、とサシカイアは首を傾げる。
ベルド自身も、うまく説明出来ない様子。あるいは、その気がないのか。
何となく、サシカイアは沈黙してしまう。
「さてさて」
そこで手を打ち鳴らして注目を求めたのはゲイロード。あまりこちら方面の興味はなさそうに思えたのだが、しっかり同道してベルドVSシュリヒテ戦を一緒に見学していた。その横には、彼を師匠と崇めるようになったブラドノックと、そこまでは行かないが一定の尊敬を抱いた様子のウォートがいた。
ゲイロードはまるで舞台俳優のように、周りの人間の視線を計算しているかのような大仰な仕草で告げる。
「どうやら決着が付いたようですな。まことに見応えのある、見事な戦いでした。まさしく、お二人の強さは勇名に違わぬモノ。このアラニア王族である私、ノービス公ゲイロードも心から感服いたしましたぞ」
べらべらべら~っと2人の戦いを賞賛すると、話題はこの後のパーティの話となった。こちらの方が主題だろう。確実に言葉に入っている力が違った。
長々としたゲイロードの語りは右耳から左耳へ。要約すれば、ゲイロードは、サシカイアらの歓迎のパーティを盛大に開いてくれるというのだ。そして、それだけわかれば十分だった。
「部屋と着替えを用意いたしました。そちらでパーティの時間までおくつろぎ下さい。なお、パーティは大宴会場「ベヒモスの間」で夕刻よりを予定しております。皆さんお誘い合わせの上、是非参加してください」
と、事務的な補足は、ゲイロードの後ろに控えたメイドからなされた。
そして、ここからが、サシカイアの悪夢の始まりだった。
ロードス島電鉄
42 マイ・フェア・レディ
「止めろ、しょっ○ー、ぶっとばすぞぉ!」
「誰がその、しょっ○ーですか?」
サシカイアの心からの叫びは、ニースにあっさりと切り捨てられた。
「ニース、こちらなんて良いと思いませんか」
メイドさんの手によって、サシカイアにあてがわれた部屋に運び込まれたドレス掛け。そこにいくつも並べられたドレスの中から、草色のモノを選んで、フラウスがニースに同意を求めてくる。流石はアラニア王族ゲイロードの用意させたドレス。デザインも素材の品質もお針子の技術も、全てが最上級。着用者の魅力を高めること間違いなし。その種の事に興味のないサシカイアでも、自分に関わりがなければ、最大級の賛辞を送る、そんな逸品。
「てか、何でフラウスまでいるんだよっ!」
「せっかく協力してくださるというのに、その言い方は感心しませんよ」
めっ!、とニースがサシカイアを窘める。
パーティまでの休憩時間、旅の汚れを落とした後、与えられた部屋でくつろごうと考えていたサシカイアの計画は、あっさりと破綻した。この2人、ニースとフラウスの不意の襲撃によって。
「いや、いいから。俺には必要ないから」
サシカイアはぶんぶん手を振って否定する。
「俺は普段着で十分だから」
「ダメです」
しかし、ニースはにべもない。あっさりとサシカイアの言葉を切り捨てる。
「せっかくの滅多にない機会です。サシカイアも、きっちり着飾ってパーティに出るべきです」
そう、どんなに素晴らしいドレスも、自分が着用しなければならないとなれば、素直に評価できなくなる。
普段通りの格好で良いやと気楽に考えていたサシカイアに、ニースらは駄目出しし、きちんと盛装、ドレスに着替えることを求めたのだ。
「ゲイロード公はアレでアラニア王族ですからね。その彼が開くパーティです。村の祭りとは違うのですから、きちんとした格好をしなければ失礼に当たります」
「何でそんなに積極的なのさ」
ドレスを持って迫るニースに、サシカイアの声は悲鳴に近くなる。
「てか、ここは、『このようなご時世に贅沢なパーティを開くだなんて。世の中には食うや食わずの人たちが溢れているというのに』……とかって、眉を顰めて否定的な態度とるんじゃないのか?」
「……誰の物まねですか」
無駄にシーフ技能を使って見事に物まねをして見せたサシカイアに、不機嫌な表情を向けるニース。しかし、ここで怒るのも大人げないとでも思ったのか、頭を軽く振ると感情をリセット。一転、優しい声になって言い聞かせるみたいに告げてくる。
「ええ、サシカイアの言うようなことは承知しています。いますが、ここでそれを言っても詮無いことも同時に理解しています。ゲイロード公にそれを告げたところで、彼が生活を改めるとも思えません。パーティの為に準備された食材が、飢えた人たちに回されることもないでしょう。ならば、せめて我々が用意されたパーティを楽しまなければ、本当に全てが無駄になってしまいます。締めるところは締める。抜くところは抜く。常に緊張状態では、これから先、おそらく長期戦になるであろう魔神との戦いを切り抜ける事は出来ません。大事なのはメリハリです」
ニースってこんな頭柔らかかったっけ?、と首を傾げるサシカイア。それから我に返り、慌てて言う。
「楽しむってのが主眼なら、俺は普段着で良いから。ドレスなんか着たら色々と楽しめないから」
「そうなんですか?」
ニースが小さく首を傾げて尋ねてくる。
「そうなんです」
ここが大事と、サシカイアは瞳に巌の意志を込め、真っ直ぐにニースの目を見ながら頷く。
しかし。
「……でも、だめです」
「え?、ちょっ」
問答無用ですか?、何でそんなに乗り気なんだよ、と色々サシカイアは考えるが、わかったことは一つ。ニースには譲る気は欠片もないと言うこと。
ならば、と頭を切り換える。
正面突破が無理ならば、別の方向を考える。押してもダメなら引いてみろ。舌先三寸がダメなら、腕先一尺で。いや、流石にニースに暴力は拙いので、それ以外の方法で。
つまり。
サシカイアはにげだした。
「逃がしませんよ」
しかし、まわりこまれてしまった!
いつの間にか、ニースとアイコンタクトか何かで意思疎通したフラウスが、逃げ道を封じるように部屋の入り口の方に移動していた。いくら敏捷度に自信のあるサシカイアとはいえ、行動を先読みされては出し抜くことが難しくなる。おまけにフラウスだって能力値は悪くないのだ。扉の前に踏ん張られてしまえば、それを抜いて脱出というのは不可能だろう。
入り口は封じられた。ならば窓か?、幸いシーフ技能持ち。多少の高さであればシーフ技能で無傷で飛び降りることが出来る。この部屋は二階に位置している。いくら天井の高い立派なお屋敷とは言え、飛び降りても全く問題ない高さだ。
だが、部屋の入り口へ行こうとしてその後の方向転換。その一瞬の無駄が、明暗を分けた。
がしっと。
音が立ちそうな勢いで、背後からニースの手がサシカイアの肩に乗せられていた。
「逃がしませんと、言いました」
にっこりと、もの凄くステキな笑顔でニースが言う。肩に乗せられた手は万力の如く──と言うのは言い過ぎだが、非力なサシカイアでは振り払えない程度に、しっかりと捕まえている。
「話せばわかる」
「問答無用です」
ニースはあくまでステキな笑顔を崩さない。
「ドレスで着飾るのはもちろんですが、お化粧もしっかりしましょうね」
結婚の守護者でもあるマーファ流お化粧術の腕の冴え、見せて上げましょうとニース。コレでマーファ神官は、数多のカップルをゴールに叩き込んできたのですよ、とノリノリである。
「化粧までっ!」
満面の笑顔のニースとは逆に、絶望に顔色を変えるサシカイア。
「……正直、良い機会だと思うんですよ。素材の良さの上に胡座をかきっぱなしで、その種の努力を全くしてこなかった人が着飾るには」
「努力をしないでコレ?」
フラウスも、何だかとっても納得いかないという顔をして、サシカイアの方に近付いてきていた。
「ルシーダの時も思ったけど、これだからエルフはっ」
「ええ、全く、これだからエルフはっ」
2人の連携の理由はコレか?、と思い当たるも、それが救いになることはない。
「とりあえず、剥きますか」
「そうですね、とりあえず剥きましょう」
どころか、不穏当な会話を成立させている。
「ちょ、待て、いや、待ってくださいっ!」
もちろん、2人は待たなかった。
「無駄な抵抗は止めてくださいね」
「ちょ、や、やめっ」
悲しいかな、サシカイアは非力だった。ニースはもちろん、それ以上に力持ちのフラウスにはなおさら敵わない。必死に脱出チェックを試みるのだが、これは筋力ボーナスを使う判定なので、非力なサシカイアでは本当に無駄な抵抗にしかならない。
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうね」
「だ、だから、やめっ」
「あら? 何ですか、この色気のない下着は」
おまけにこんな駄目出しまでしてくる。
中身男のサシカイアとしては、女の子女の子した下着の着用には躊躇いを覚えてしまう。その為に、一応女性用と言えなくもないが、男性用でも通用するんじゃ?、なんて言う微妙な感じのモノを選んで着用している。きっぱり男用にしないのは、それもまた何か違うような気がするという、微妙な、多分サシカイアにしかわからないであろう微妙なこだわりによるモノである。
そのあたりのサシカイアの微妙なこだわりは、残念ながらニースらには通じなかった。特に今の2人は、変なスイッチが入っている状態。第三者の制止がなければ、何処までも突き進んでしまいそう。そしてここには第三者はおらず。まるで、これが神に与えられた己の使命だとばかりに、容赦がない。
「コレも着替えですね」
「え?、ちょ、ホントに?」
「さあ、脱いで、脱いで」
「ちょ、それはヤバイって、本当にっ」
「うふふふ、何か背徳的な喜びに目覚めそうです」
「ら、らめぇええっ!」
サシカイアの悲しい叫びがノービス領主、ゲイロードの館に響いた。
八本の柱で支えられた巨大な広間。その中央には白い布を敷き詰めた食卓がいくつも並んでいる。
二十人を超える楽士が音楽を奏で、道化が即行劇を演じている。正装した執事やひらひら分の多い美形のメイドさん達──いわゆるパーラーメイドさん達が、飲み物や食べ物を、これでもかって位に運び込んでくる。
「流石接客の為に厳選されたパーラーメイドさん、美女、美少女揃いだ」
と、それを見て感心するのがブラドノック。
パーラーメイドとはお客の取り次ぎ、客間での食卓の準備や給仕役のメイドのこと。その仕事の性質上、主人や客の前に出る機会が多いため、基本、容姿の整った者が選ばれるし、着用しているメイド服も、その容姿を更に高めるようなモノになる。具体的には、フリルやらレースやらを多用した、見た目可愛らしく美しいモノに。メイドの花形と言えば、このパーラーメイドである。
そんなメイドさん達が忙しく働く中、シュリヒテらはお客さんであるから、既に席に着いている。こちらはサシカイアのように否定的感情を抱く理由もなく、フォーマルな装いとなっている。──たとえばブルマパンツにラメ入りタイツであったりしたら強硬に反対しただろうが、幸い、そうではなかった。もちろん、その服装はゲイロードに借りたモノである。ギネスは自前のマイリーの神官衣を着ているが、聖職者であればコレが正式な装いなので問題ない。
問題となりそうなのは、ベルドの格好。こちらは、正装、何それ?、俺たちゃ裸がユニフォーム、とばかりに半裸に近いいつもの格好。例の得体の知れない獣の毛皮を纏ったまま。ベルドは蛮族の出であるから、コレが正式な格好と言えば、言えなくもないのであるが。
ゲイロードはベルドの格好を見て僅かに眉を顰めたものの、何も口にすることはなかった。いくらアラニア貴族、王族とはいえ、ベルドに物申すのは怖い、そんな感じだろうか。学校の先生だって、怖い不良には服飾違反の警告を何となく控えたりする物だし。
そのゲイロードに執事が耳打ち。途端、ゲイロードの顔が喜び一色に染め上げられる。
「どうやら、今夜の主賓達の準備が整ったようです」
この言葉に、俺らはそうじゃないの?、と思った者もいたかも知れないが、すぐにその感情は消えた。
「ニース様、ペペロンチャ様、フラウス様、ご入場です」
執事の先触れの声に続き、部屋に入ってきた2人の女性の美しさに、少々の不満など吹き飛んでしまう。ゲイロードを筆頭に感嘆の叫びが上がる。
豊かな黒髪を結い上げて、白いシンプルなドレスに身を包んだ美少女。髪の黒とドレスの白のコントラストが素晴らしい。大きなぱっちりした瞳は、夜空よりもなお深い色合い。小振りだがすっと通った鼻筋に、桜色の小さな唇。良くできたお人形さんのようにできすぎな容姿。その表情、雰囲気の静謐さで、メリハリのある体型の割に不埒な感情を抱かせない。「清楚」とタイトルの付いた至高の芸術作品。そんな美少女はニース。
このニースを見て、ゲイロード、ウォートが素直に感嘆の言葉を口にする。
もう1人は金髪の美少女。いつもは短くしている金髪にウィッグを付け足して、花飾りを付けている。宝石、エメラルドのごとき色合いの瞳には強い意志を感じさせ、少女に凛とした印象を与えている。着用したドレスは空色の、大きく肩を露出させたモノ。胸の谷間もばっちりで、普段のお堅い格好との大きな落差が、得も言われぬ色気となっている。こちらの美少女はフラウス。
「……化けやがった」
フラウスを見て、大きな反応を見せたのはベルド。口元に酒杯を運ぶのを忘れてしまったように動きを止め、一言呟く。
2人はゆっくりとパーティ会場であるベヒモスの間に踏み込み。
直後に回れ右。
扉の向こうに引っ込むと、もう1人の両手を捕まえて引っ張り出してくる。
「おおぉ」
と3人目を見て思わずといった具合に歓声を上げるのが3人。
「へ?」
と顎を落っことしそうになったのが3人。
後者の3人は、シュリヒテ、ギネス、ブラドノック。
何しろ、3人目は、きっちりドレスに着替え、化粧までしたサシカイアだったのだから。
「遂にそっち方面に転んだのか? あいつ?」
「俺、転ぶかも知れない。転びそう。てか、転ぶ」
「目を覚ませ。寝たら死ぬぞ」
「そっちは行っちゃダメだよ」
ぼんやりと夢見るように呟いたブラドノックに、シュリヒテらが思いとどまるように必死で声を掛ける。ダメだ、そっちは奈落に通じるヤバイ場所だ。踏み込んだら最後、元の無垢な自分には戻れなくなるぞ。なんて声を掛けているが、それはブラドノックにと言うよりむしろ、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
えっへんと言った具合、己の手柄を誇るみたいにして両者ともに豊満な胸を張るニースとフラウス。
その2人に左右を固められて立つ着飾ったサシカイアは、ちょっぴり目がうつろに見えるのがマイナスだが、それをさっ引いても十分に、十分以上に魅力的だった。
後頭部で編み上げた鮮やかな金髪。微妙に目尻が上がり気味の目元には、普段はないくっきりとしたアイライン。小さな唇にも、鮮やかな紅が挿してある。ほんの僅か。本当にごく僅かなお化粧が、また普段と違う印象を与えている。元々の天国的な美貌に、素晴らしいアクセント。そしてその身を包むのは、草色のドレス。割合ぴったりしたタイプのドレスなせいで、そのありえない程の腰の細さが際だっていた。胸や尻の肉付きは、ベルドの台詞ではないがエルフ故に当然薄いのだが、それを補って余りありそうな腰の細さ。それだけで体型に大きなメリハリがついている。
「これは、3人とも素晴らしい」
歯が浮きそうな賞賛の言葉を臆することなく口に出来るのは、流石は百戦錬磨のアラニア貴族と言うべきか。ゲイロードがしきりに褒め称えながら席を立つと、エスコートしようと三人娘の方に向かっていく。
遅れてなるかと、慌てて続くシュリヒテら。大慌てで、ちょっと待ったコール。
それぞれが牽制しあい、無言の丁々発止の後、結局、ニースをゲイロードが、フラウスをベルドが、そしてサシカイアを漁夫の利か、ウォートがにらみ合う3人組を余所にエスコート。
こうして、歓迎の宴が本格的に始まった。
宴は、ゲイロードの独壇場となった。
ずっと俺のターンとばかりに、間断なく話を続けていく。その知識量、話術はたいした物であったが、残念なことに話の内容が芸術方面に偏っており、興味を持っているのがゲイロード1人だけという、悲しい状況になってしまっていた。これが、女体の芸術であれば、もう少し追随する人間も出てきたであろうが、三人の美少女の前、流石にそれは自重したようである。
結果、ゲイロードの話に応じるのは、ウォートただ1人。流石にセージレベル11。芸術への造詣も深く、時にゲイロードを唸らせたりもしていた。しかし、せっかくのご高説も、はっきり言って高度すぎ、他の人間にはちんぷんかんぷんな内容になってしまい、どん引き状態。最初から我関せずとばかりに酒杯を空け続けていたベルドに倣い、それぞれ飲み、食べる方に注力する。
それに漸く気が付いたゲイロードは、芸術談義についてはまた後日とウォートと約束して、今度はダンスにニースを、そしてサシカイアを誘いにかかった。フラウスは、ベルドが怖いらしい。それでも、ニースが気が乗らないと断り、サシカイアはうつろに笑うばかりで相手をしないとなると、勇気を出して誘いを掛ける。残念なことに、フラウスは毅然とした態度でその誘いを拒絶したのだが、ブラドノックやウォートあたりは、賢者であるばかりではなく、勇者でもあったのか、と感心しきりだった。
食事が終わり、ダンスをする者もいない。話も合わない。こうなってくると、流石のゲイロードも興醒めしたらしい。所用を思い出したと言って、皆さんは存分にお楽しみ下さいと言い残して退場してしまった。
「やかましいのが、ようやくいなくなりましたね」
と、その背中を見送って、直後に酷いことを口にするのはフラウス。
「手厳しいね、フラウスは」
ウォートが容赦のない言葉に苦笑する。
「ああ見えて、あの方は偉大な賢者で、同時に勇者でもあるのだよ? おまけに芸術の守護者でもある。特に神々の芸術作品、神々の造形への理解の深さは、先に皆が知るとおりだ。確かに、魔神との戦いには役に立ちそうにはないが、もう少し、相応の尊敬を払うべきだよ」
「……」
フラウスはその言葉に、何とも言えない顔で沈黙した。
BGM、歌劇は未だ続いていたが、楽士達はパトロンの退場で目に見えて手を抜き始めていた。単なる雑音、までは行かないにしろ、気の入っていない演奏など耳障りでしかない。しかし、不穏当な会話をするには、やかましさも役には立つ。先ほどのフラウスの言葉が、執事やメイドの耳に届かなかったように。
「ここで一度、お互いの情報を交換したいのですが」
と、ニースが提案する。
これまで、そうした時間は持てなかった。宴前の休憩時間にやっておけば良かったのだが、別のことで時間を潰してしまった。しかし、後悔は欠片もしていないニースだったりする。むしろ、会心の仕事? 素材が良いのはもちろん知っていたが、ここまでの出来になるとは、ニースの想像の上を行った。
「そうですね、確かに、情報は重要です」
と、ウォートの言葉が返ってきて、ニースはよそ事に逸れかけていた気を引き締め直す。
「魔神将を倒されたとか?」
ニースは、無言で酒を飲み続けていたベルドに訊ねる。
この言葉に、ベルドは憮然とした顔になる。
「世間では、そうなっているな」
面白くもなさそうに、ウォートを軽く睨みながらベルド。
それに僅かに苦笑しながら、代わってウォートが口を開く。
「魔神将を倒したのは間違いありません。しかし、世間で知られているのとは、少し事情がね」
言葉を濁すウォートに、ニースはその、世間に知られていない事情を尋ねる。これから先も、ニースは間違いなく魔神と戦う。だから、魔神将の強さを含め、魔神についての可能な限りの情報を知っておきたい。シュリヒテやサシカイアからももちろん話は聞いてるが、情報源はたくさんあった方が良い。おまけに、この4人組の説明はモンスターレベルだの何だのと、聞き慣れない言葉が混じるのでわかりづらいのだ。
「魔神将の本当の強さが伝われば、立ち上がる勇者は1人も──いえ、立ち上がる勇者は殆どいなくなってしまいます」
途中、シュリヒテらを見てウォートは言い直す。つまりは、そう言うレベルでなければ戦えない敵なのだとニースは再確認して、暗澹たる気持ちになる。
「それこそ、ここのベルドや、そちらの光の剣くらいの人間しかいなくなってしまうでしょう。出来れば、ベルドが一騎打ちで倒したことにしておきたいのです」
この言葉にベルドは顔を顰め、面白くなさそうに酒杯を干した。ウォートの言いたいことは理解する。しかし、自分の手柄でないものを自分の手柄のように世間に広められることは面白くない。これではまるで道化のようだとでも、思っているのかも知れない。
それからいくつかのやりとり。マーファの教えに従い、これが自衛のための戦いと考えるニース。ニースは、魔神との戦いで命を落とす者達を痛ましいと考えている。その上で、彼らを勇者として称えよと言うウォート。そして、正義のためであれば戦う事はあたりまえ、正義の行使のためであれば命をかける事は当然であると考えるフラウス。それぞれの立ち位置、考え方の違いが明らかなになったりもしたが、3人ともにその目的が、ロードスよりの魔神の一掃と言うことで合意は得ることができた。
その上で、ウォートがニースに明かした魔神将ゲルダムとの戦いの顛末は、原作通りのモノであった。
一騎打ち擬きで魔神将ゲルダムを下したベルド。首をはねて勝ったと思った所で手痛い逆劇を喰らって腹に風穴を開けられ、それならばと文字通りの細切れになるまでバラバラにして、さあこれでもう大丈夫、と考えたら、今度もまた、大丈夫ではなかった。そんな状態からも魔神将ゲルダムは数日で復活してのけ、トロフィーとしてベルドが持ち帰った首を取り戻しにライデンへ。そして、たまたまベルドの部屋に1人で残っていたエルフ娘ルシーダを惨殺した。
「それでも、死なないのですか?」
と、唖然とするニース。首をはね、更にハンバーグの材料にするしかない位にミンチにして、それでも復活してくる。こんな相手、殺しようがないのではないか?、どうやれば、そんな相手を倒せるのか?、と驚くニースだが、もちろんタネはある。
それは、禁呪〈ワード・パクト〉。魔神将ゲルダムは、この魔法により、剣に対する絶対的な加護を得ていたのだ。剣の攻撃であれば、どれだけ喰らおうと、それこそ、身体を細切れになるまで切り刻まれても、絶対に死なないという呪い。
「それが呪いなのですか?」
祝福なのでは?、と首を傾げるニースだが、ウォートは首を振って、コレはやはり呪いだと告げる。
うまい話には裏がある。そんな感じで、この禁呪にももちろん巨大なデメリットが存在する。剣に対する絶対的な加護を得る。その一方で、剣以外の攻撃には極端に弱くなってしまうのだ。たとえば、鈍器でこづいてやれば、あっさりと死んでしまう、と言った具合に。うまく条件が合えば絶大な効果だが、外れた場合のリスクが大きすぎるのだ。
その後、魔神将ゲルダムはフラウスのメイスの一撃で屠られている。
しかし、その一撃を叩き込む為に、ウォートら3人は多大なる苦労をすることになった。実は魔神将を倒せていませんでした、なんて事が知れ渡れば、ウォートの目論見は水泡と帰す。であるから、秘密裏に、迅速に退治しなければならない。再度の戦いではウォートも本気を出した。賢者の学園においてはその存在すら秘匿されている、古代語魔法最強の攻撃呪文、隕石召喚〈メテオ・ストライク〉すら使っている。もちろん、ベルドも間違いなく本気であったし、フラウスもそう。それでようやくの、薄氷の勝利。何かの、ほんのささやかなアクシデントでもあれば、簡単に勝者と敗者はひっくり返っていただろう。
「魔神将とは、そう言う存在なのです」
ウォートがそう話を締めくくる。
ニースは、絶句して言葉を返せなかった。
それが。そんな化け物が魔神将。困ったことに、このレベルの敵が確実に一体、おそらくはその他にもまだ数体存在しており、さらにその背後には、魔神将すら膝下におく魔神王が控えている。思わず絶望に目の前が暗くなりそうな、酷い現実だ。
「お話下さいまして、ありがとうございました」
それでも、目を閉ざして逃避をしても、何にもならないことをニースは知っている。たとえ相手がどれほど強大であろうとも、戦うしかないのだ。そう決意するニースだが、僅かに声が震えるのを、堪えきれなかった。
「さて、次はこちらが、そちらの話を聞かせて貰いたいですね」
と、今度はウォートらの側から、質問が飛んでくる。
「私は、魔神将との戦いには参加しておりませんので、そちらはサシカイアやシュリヒテに」
「サシカイア?」
と、ウォートが首を傾げる。ペペロンチャ、では?、と言う視線を受けて、ニースは言った。
「この馬鹿の、ペペロンチャの本当の名前です」
「ペペロンチャというのは偽名なのですか?」
何故、そんな偽名を?、とウォート。
「……魔神将に名を尋ねられ、本名を名乗るなんて危険な真似が出来るか、と。後、勇者だ英雄だと祭り上げられるのも鬱陶しいし、頼られても困る。やばかったら、俺は逃げるから──と言うことらしいです」
ちょっぴり恥ずかしそうに、ニースが答える。こんなのが、アラニア北部を中心に、信仰に近い支持を集める英雄の、戦乙女の正体だと言うのは、私もあまりにあんまりだと思います。と口にはしないが、表情で告げる。
「嘘を付いたのですか?」
素早く反応したのはフラウス。ファリスの教義では、嘘は悪である。そして、悪即斬もまた、ファリスの教義。流石に斬はなくとも、とりあえずヴァリスのファリス本神殿へ連行して、地下の精神鍛錬コースへ叩き込むべきでは?、なんて物騒な視線でサシカイアを睨み付ける。エルフには信仰という概念が存在しない。だが、その機会に徹底的にファリスの教えを叩き込み、あるいはファリスを信仰するエルフ、なんて存在を作り出すことが出来れば、ファリスの宗教史に金文字で刻み込まれる快挙となるだろうし。
「そいつはいい」
一方で、これまで面白くもなさそうな顔で酒を飲んでいたベルドの方にはうけたらしい。肩を揺らして笑っている。
「ベルドっ!」
どうしてこんな不謹慎なことを面白そうに笑うのですか、とフラウスが怒りの声を上げるが、ベルドは気にしない。
「みんながみんな、ファリス信者じゃないんだ。1人2人はこういう面白い奴がいてもよかろう。世界中の全ての人間がファリス信者だったら、きっと俺は息が詰まる。……まあ、逆にこいつみたいな奴ばっかりでも、それはそれで困るだろうがな」
「そればっかりは、やめてください」
ニースがロードス住人全部サシカイア、みたいな状況を想像し、身震いして拒否する。そうなれば、毎日毎日突っ込みを気の休まる暇もなく続けることになってしまう。それは絶対に勘弁と言うところか。
「まあ、偽名の善し悪しについては、私は論評を避けさせて貰うよ」
ウォートはとりあえずそんなことよりも重要なことがあると、それかけた話を元に戻しにかかる。
「さて、話を聞きたいんだが……ん?、光剣はどこへ?」
「え?」
と、ニースが見れば、シュリヒテの席はいつの間にか空になっている。どころか、ブラドノック、ギネスの姿も見えない。
「一体何処へ?」
と、首を傾げるニース。
疑問に答えてくれたのは、ベルドだった。
「あいつらはメイドと意気投合して、連れだって出て行ったぞ」
「……」
何で私の仲間はそういう人ばかりなのでしょうか。って言うか、つい先日似たようなハニートラップで騙されたばかりなのに、反省は無しですか? 私何か悪い事しましたか、マーファ様。なんて、己の立ち位置に疑問を抱いてしまったらしいニース。
対して、ベルドは再び面白そうに笑ってフラウスに怒られている。
「いやはや」
ウォートも困ったモノだと苦笑して、サシカイアに視線を向けた。魔神将との戦いの顛末について聞くのであれば、こちらでも構わない。いや、むしろ、直接斬り合っていた光の剣よりも、後ろで戦場をコントロールしていたと聞く戦乙女の方が、視野を広く取れ、色々見えていたかも知れないと、己を励ますように考える。何だか、口から魂が零れ掛けているようなサシカイアのうつろな表情が、不安を煽るが。
「それでは、戦乙女の方に話を聞かせて貰うとしましょうか。さて、って、聞いていますか?」
「サシカイア、真面目に答えないと、また──しますよ」
「ら、らめえぇ!」
ニースがぼそりと耳元で呟くと、サシカイアは声を上げて再起動する。
「ごごごごごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
がたがた震えて謝るサシカイアに、何をしたんですか?、とおそるおそる尋ねるウォートの視線に、ニースとフラウスはそれぞれ明後日と一昨日の方向にそっぽを向く。
「何にせよ、コレでは、話が出来ないのですが」
「大丈夫です、ほら、静心〈サニティ〉」
ニースの神聖魔法、心の平静さを取り戻させる効果を持つ、を受けて、サシカイアが強制的に落ち着きを取り戻す。
「……あれ?」
と首を傾げるサシカイアに考える余裕を与えるなとばかりに、ニースがウォートに質問をするように視線で促す。
「それではいくつか質問をさせて貰います。まずは──」
ろくでもない展開が続いたせいか、ウォートも自分の中で纏めていた質問内容を、一時的に失念したらしい。何から尋ねるべきかと首を傾げ、まずは考えを纏める時間稼ぎにコレを、と口にする。
「そう言えば、ハイエルフの協力は、どの程度当てに出来るのでしょうか?」
「ハイエルフ?」
サシカイアは首を傾げた。
「何でいきなりハイエルフが出てくるんだ?」
「何でって、あなたはハイエルフでしょう?」
「え?」
とウォートの言葉に、サシカイアは驚きの表情になった。
「俺って本当にハイエルフだったのか。──って、あっ」
そして、己の失言に気が付いたときには、既に遅かった。
ウォート達からサシカイアに、うろんなモノを見る視線が向けられていた。