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No.4768の一覧
[0] ロードス島電鉄 (現実→ロードス島伝説)[ひのまる](2009/07/11 17:28)
[1] 序章 進め!未来の超英雄[ひのまる](2009/07/11 17:26)
[2] 01 ロードス島へようこそ[ひのまる](2009/01/10 22:15)
[3] 02 食卓にエールを[ひのまる](2009/01/10 22:15)
[4] 03 どらドラ[ひのまる](2009/01/10 22:17)
[5] 04 僕たちには勇気が足りない[ひのまる](2009/01/10 22:17)
[6] 05 戦場のヴァルキュリア[ひのまる](2009/03/01 16:09)
[7] 06 これが私の生きる道[ひのまる](2009/01/10 22:18)
[8] 07 Bの悲劇[ひのまる](2009/01/10 22:18)
[9] 08 バカの壁[ひのまる](2009/01/10 22:19)
[10] 09 僕の小規模な失敗[ひのまる](2009/01/10 22:19)
[11] 10 隠し砦の4悪人[ひのまる](2009/01/10 22:20)
[12] 11 死に至る病[ひのまる](2009/01/10 22:20)
[13] 12 夜空ノムコウ[ひのまる](2009/01/10 22:20)
[14] 13 ベイビー・ステップ[ひのまる](2009/02/19 20:04)
[15] 14 はじめの一歩[ひのまる](2009/01/10 22:21)
[16] 15 僕たちの失敗[ひのまる](2009/01/10 22:21)
[17] 16 傷だらけの栄光?[ひのまる](2009/01/10 22:22)
[18] EXTRA ミッション・インポッシブル[ひのまる](2009/01/10 22:22)
[19] RE-BIRTH ハクション魔神王[ひのまる](2009/01/10 22:23)
[20] 17 命短し、恋せよ乙女[ひのまる](2009/03/18 15:29)
[21] 18 気分はもう戦争[ひのまる](2009/01/19 17:26)
[22] 19 どなどな[ひのまる](2009/01/19 17:27)
[23] 20 屍鬼[ひのまる](2009/01/25 20:11)
[24] 21 残酷な神が支配する[ひのまる](2009/01/25 20:12)
[25] 22 ベルセルク[ひのまる](2009/02/19 20:05)
[26] 23 ライオンキング[ひのまる](2009/02/06 17:10)
[27] 24 激突─DUEL─[ひのまる](2009/02/06 17:11)
[28] 25 ブレイブストーリー[ひのまる](2009/02/13 17:12)
[29] 26 ビューティフルネーム[ひのまる](2009/02/19 20:06)
[30] 27 うたわれるもの[ひのまる](2009/03/07 16:27)
[31] REACT 我が青春のアルカディア[ひのまる](2009/03/14 15:31)
[32] RF 新牧場物語[ひのまる](2009/04/18 18:53)
[33] 28 少年期の終わり[ひのまる](2009/03/18 15:29)
[34] 29 ああ、勇者さま[ひのまる](2009/03/28 13:11)
[35] 30 陽あたり良好[ひのまる](2009/04/12 21:01)
[36] 31 呪縛の島の魔法戦士[ひのまる](2009/04/12 21:02)
[37] 32 ドキドキ魔女審判[ひのまる](2009/04/12 21:02)
[38] 33 Q.E.D.─証明終了─[ひのまる](2009/05/13 16:16)
[39] 34 GO WEST![ひのまる](2009/05/17 10:11)
[40] SUPPLEMENT オリジナル登場人物データ、他[ひのまる](2009/06/06 17:06)
[41] 35 山賊たちの狂詩曲[ひのまる](2009/05/23 19:44)
[42] 36 尋問遊戯[ひのまる](2009/06/06 17:07)
[43] 37 ドリーム・クラブ[ひのまる](2009/06/06 17:07)
[44] 38 笑っていいとも[ひのまる](2009/06/20 18:26)
[45] 39 電鉄の勇者の伝説[ひのまる](2009/06/27 17:57)
[46] DICTIONARY 幻想用語の基礎知識 第一版[ひのまる](2009/07/11 17:27)
[47] RE-BIRTH02 今日からマの付く自由業[ひのまる](2009/07/18 17:58)
[48] RE-BIRTH03 なまえのないかいぶつ[ひのまる](2009/07/18 17:59)
[49] 40 絶望[ひのまる](2009/08/18 19:06)
[50] 41 神々の山嶺[ひのまる](2009/09/01 17:06)
[51] 42 マイ・フェア・レディ[ひのまる](2009/09/01 17:07)
[52] FINAL THE SPIRITS M@STER SASSICAIA[ひのまる](2010/09/18 21:08)
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[4768] 41 神々の山嶺
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/01 17:06
「神よ、私は美しい」
 豪華な調度品に溢れた一室で、メイドに持たせた一抱えもある鏡に己を映して悦に入っている男。名前をゲイロードという。アラニアの王族にして、ノービスの街の領主の地位にある。
 確かに、公平に見ればその、いわゆる貴族的な容貌は整っているし、50過ぎという年齢にしては引き締まった身体をしている。
 しかし、突っ込みどころのありすぎる呟き。
 それでもそこはプロフェッショナル。鏡を抱えるメイドは眉毛の一本も動かしたりしない。沈黙は金。決して突っ込みなど入れたりはしない。なにしろおかしな反応をしようものならば、まず間違いなく職を失う。最悪、不敬であると命すら落としかねない。アラニア貴族にとって、平民なんてこの程度の軽さなのだ。ちなみに、椿の花の方は奉公開始早々に、ゲイロードによってすでに落とされてしまっている。このメイド娘だけではなく、この館で働くある一定以上の容姿を持つ女性はみんなそうだ。何しろ、ゲイロードは自称、女性と芸術を愛する紳士なのだから。
 政治に関心が無く、女性と芸術をこの上なく愛している。これはゲイロードに限った話ではなく、アラニア貴族の典型だ。むしろ、ゲイロードは女性限定なだけ、まだまともな存在と言えるかも知れない。アラニア400年以上の歴史は、その貴族達を見事に腐らせている。
 また、ゲイロードは王族なだけあって、もう一方のアラニア貴族のたしなみ、王都アランで日常の如く繰り広げられている激しい権力争いからも一歩引いた立場にあった。既にゲイロードはアラニア第二の都市ノービスの領主である。これより上の地位となると、もはや至高の座しかない。そこまでの野心はないし、王を目指すのはリスクが大きすぎると判断している。全てを得ようとして全てを失ったのでは意味はない。それよりも足るを知り、今の地位で満足して安寧に過ごす方がいい。実際、今の地位でも趣味嗜好的に概ね満足な生活は出来た。美女に傅かれ、芸術に囲まれた、素晴らしき悠々自適の生活。これが王ともなれば、ただ煩わしいだけの政治へも今以上に関わらねばならないのだから、趣味の時間を減らす必要が出てくるだろう。だから、これで十分。
 こうして、これまでゲイロードは女性と芸術に耽溺する生活を日々続けていた。


 平時であれば、それで問題なかった。
 いや、問題はあるのだが、それが表に出る事はなかっただろう。
 別段ゲイロードが直接出張る必要はなく、たとえ遊びほうけていても何とかなってきた。街の行政は役人がやってくれるし、領地の経営は徴税官と巡察官に丸投げで問題ない。アラニア王国の歴史は400年以上を数え、膨大な量の前例という形で、そのあたりのノウハウを貯め込んでいるのだ。特に優れた人材がいなくとも、その前例に従って対処しているだけで何とかなってしまうのだ。
 そう、平時であれば。
 今回の魔神の跳梁のように、前例のない特殊な事態に陥ると、途端にそのやり方では対処できなくなってしまう。
 役人、徴税官、巡察官達はこれまでマニュアルに沿って、言い換えれば自分の頭で考えることなく仕事をしてきた。仕事が出来た。これが、自分の頭で考えねばならない事態になったとき、これまでぬるま湯のような仕事を続けてきた弊害が一気に表に出る。状況に合わせて自分で判断、思考、実行する能力が彼らから失われていたのだ。
 問題の他者への押しつけ。責任の放棄。たらい回し。右往左往。指示待ち。先送り。棚上げ。お蔵入り。辻褄合わせにもなっていない辻褄合わせ。いわゆる「お役所仕事」と陰口叩かれそうな、いい加減な仕事が横行し、これまで大きな問題なく行われてきたアラニア国政は大きく滞ってしまっていた。
 また、魔神との戦いについても、うまく行っているとは言い難い。
 多くのアラニア王国の貴族にとって、モス公国なんて、この世の果てにあるド田舎の小国、この程度の認識でしかない。そんな遠隔地で魔神がどれだけ暴れていようが、全く関心がない。極論すれば、モス公国など滅びてしまったって全然問題ない。だから今のところ、積極的に魔神との戦いを援助するつもりなど無い。勝手にやってくれればいい。自分たちに影響がなければ、完全に無視しただろう。
 しかし、魔神はここ、アラニア王国でも活動をしていた。
 しかも、ここノービスの街も魔神の襲撃を受けている。魔神の目撃報告は多数寄せられ、実際に少なくない数の被害者も出ている。
 それもゲイロードの住まう領主の館にまで魔神は侵入してきていた。館に被害こそ無かったが、この魔神をゲイロード自身も目撃していた。
 真っ黒なのっぺりした人型。同じく真っ黒な顔にナイフで切れ込みを入れたかのような、三日月を横にしたような真っ赤な口。
 その忌まわしい姿を思い出しただけで、背筋に冷たい汗が浮く。
 そんな化け物が、自分の街を、自分の館を自由自在に出入りしている。
 ゲイロードにそれを許容できるはずがなかった。
 ゲイロードは即座に館の警備を強化する一方、遅まきながら配下の騎士達に街中の巡回をさせることとした。
 だが、残念なことに、その結果は芳しくなかった。
 騎士達は下位魔神を一匹、屠ることに成功した。それは喜ばしいことだったが、その為に払った犠牲がいただけない。3人の死者と、5人の重傷者。下位魔神一匹にこの被害。どう考えたって収支は赤字だ。
 この結果に、ゲイロードは過剰に反応した。
 魔神とは、かくも強力な存在なのだ。恐怖したゲイロードは、周辺から兵士を集めてノービスの街に厳重な警備態勢を敷いた。ノービスの街に魔神の跳梁を許すまいとするそれは、今のところうまく行っている様子。最近では、襲撃どころか目撃報告すら減少している。
 ほっと安堵の息を零し、これで枕を高くして眠れるとゲイロードは考えたが、そうは問屋が卸さなかった。
 今度は魔神ではなく人の問題。周辺の街や村からの突き上げが始まったのだ。


 ノービスの街に集めた兵士達。彼らをどこから集めたと言えば、周辺の町や村からである。過剰なまでの戦力の偏りにより、周辺の町や村の防衛力は格段に落ち、魔神の前にほぼ無防備で差し出されることになってしまった。
 ノービスの街でこそ、魔神の襲撃、目撃報告は減少した。
 しかし、その減った分は周辺の町や村へ移動しただけの話。倒したわけではないのだから、魔神の数は変わっていない。むしろ、被害の大きさで言えば増している。
 何しろ戦力は有限。一点集中した結果、広範囲の無防備地域が出来てしまったのだ。そこを襲うことを、魔神達が遠慮する理由など有りはしない。各地の街や村が、為す術無く魔神に蹂躙されることとなった。
 被害を受けた住人、そして、これから受けるかも知れない住人達が、アラニア王国に、ノービスの街に、守護を願い出てくる。
 残念なことにゲイロードの中では、そちらへ振り分ける戦力など何処にも有りはしなかった。王都に援軍を要請したが、あちらの事情もノービスの街と変わりはしない。ゲイロードを含むアラニア貴族達にとって、優先すべきは己の命であり己の財産だ。兵士達に守らせるのは、そう言ったモノになるのはあたりまえの話。その他、平民の命や財産など、優先順位は下から数えた方が早いくらい。民とは、貴族のために犠牲になるモノだ。真顔でそう言い捨てるのが、アラニア貴族だから。
 陳情にやってきた住人達を、わがままを言うなと怒鳴りつけて帰すような一幕もあり、確実に住民達の心はアラニア王国から離れていっている。
 そして、それは徴税拒否として表に現れてきていた。
 自分たちを守ろうとしない国に納めるものなど無いという住民達の当然の主張は、アラニア貴族にとっては住民の義務を果たさぬ許されざる暴挙と見えた。両者の主張は何処までも平行線で、折り合いを付けることなどは不可能。ただただ緊張感だけが高まっていくという最悪の悪循環。
 その住民の動きを牽制するためにゲイロードが打った手もまた、最悪と言っていいモノ。
 今回の徴税拒否の黒幕、民衆を扇動して混乱を呼び込んでいるとして、ノービスの街のマーファ神殿を封鎖してしまったのだ。
 これにより、きな臭さは一気に増した。マーファ本神殿がアラニア国内にあることもあって、その信者の数は馬鹿にならない。そうした人たちを全て敵に回したようなものなのだから。
 これ以上下手をうてば、アラニア全土において大規模な反乱が巻き起こるかも知れない。そうした危機的状況。


 そんな最中に、ノービスの街に招かざる客がやってきた。
 砂漠を越えてやってきた3人組の「百の勇者」。
 きっぱり、お呼びでない。とは言え、無視するには彼らのネームバリューがありすぎた。
 ライデンで壮絶な戦いの果てに魔神将を屠ったという、ロードス最高の戦士、「赤髪の傭兵」ベルド。
 各地の王に招聘され、その度に有益な助言をして名前を高めた魔術師、「荒野の賢者」ウォート。
 ヴァリス神聖王国はファリス本神殿、神官戦士団団長、「ファリスの聖女」フラウス。
 いわゆる百の勇者の中でも、トップクラスに有名な者達。気づかなかったふりをして無視するには、あまりに大物過ぎた。
 ゲイロードは仕方がないと諦め、この3人を館に招待することにした。下手に街中を自由に動かれて、ろくでもない事になるのを避けるため。手元に置いて行動を掣肘、もしくは監視と言う理由もある。きっぱり、気が進まないが。
 それとほぼ時を同じくして、更にろくでもない事態が起きたとの報告があった。
 次期マーファ本神殿、最高司祭最有力候補、氷竜ブラムドを古代魔法王国の呪いから解放してその盟友になったと言われる「竜を手懐けし者」、「マーファの愛娘」等の二つ名を持つ高司祭ニース。
 彼女が城門に現れ、その身柄を確保したとの報告があったのだ。
 ゲイロードはこれを聞いて頭を抱えた。
 確かにゲイロードは、徴税拒否の動きの背後にマーファ神殿がいると決めつけて、ノービスの街の神殿を封鎖、そしてマーファ神官を捕らえるようにと命令を下していた。
 しかし、これは相手が悪すぎる。
 ニースは大地母神の生まれ変わりとすら言われているような女性なのだ。ニースが捕らえられたと聞けば、アラニアに住むマーファ信者は黙ってはいまい。間違いなく武器を持って立ち上がるだろう。下手をすると、国王以上の影響力を持つ。それが、高司祭ニースという女性なのだ。
 しかも、ニースは氷竜ブラムドや北のドワーフ族を動かせると言う。そんな連中まで敵に回ったら、いかに千年王国アラニアと言えど、酷いことになってしまう。
 また、そのニースのお供もろくでもない。
 アラニア北部を荒らしていた魔神将を、凄絶な戦いの末に追い払ったという「光の剣」、自由騎士シュリヒテ・シュタインヘイガー。
 同じく、アラニア北部での魔神との戦いで名前を高めたエルフ娘、勇者を導く者、「戦乙女」ペペロンチャ。
 他二名。
 片方の組だけでも手に余るというのに、よりにもよってもう一組、まるで示し合わせたように時期を合わせてノービスの街にやってくる。
 正直、勘弁して欲しい。
 とりあえず、ニースらは捕縛ではなく、賓客として遇するように配下に命令を出す。
 その一方で、ゲイロードは思い切り力を入れてめかし込んでいた。気が付けば、鼻歌なんぞまで零れ始めていることに気が付き、咳払いをして誤魔化す。
 鏡を支えるメイドは、礼儀正しく、その鼻歌に気が付かない振りをする。そのあたりの教育は完璧である。
 ゲイロードは、髭の角度を整えて、満足げに頷いた。
 完璧だ。
 鏡の中には、完璧なまでにダンディーなアラニア貴族の姿が映し出されている。
 ニース高司祭は、若く美しい女性だと聞いている。ペペロンチャも、この世の者とは思えないような美貌の持ち主だとか。
 そんな美しい女性達を迎え入れるのだから、アラニア貴族として、精一杯めかし込むことはあたりまえのこと。
 ゲイロードは、50歳を超えている。
 しかし、日頃から節制をしているため、醜く肥え太ってはおらず、まだまだ壮年の容姿を保っている。貴族的な品のある顔も、年齢を重ねた事で深みが出て、最早いぶし銀の渋さを持ち合わせるに至っている。いわゆるロマンスグレーという奴だ。
 と、ゲイロードは思っている。
 そして。
 恋とは、いつ生まれるかわからぬもの。
 多少の年の差など、問題にならない。親と子程も年の離れた男女が恋仲になる。そうした事例だって、珍しいかも知れないが皆無ではない。そして、今回がその事例だという可能性だってあるのだ。ただ、初手から諦めてしまったら可能性は皆無に、ゲームは終了してしまう。それだけははっきりしている。無駄かも知れない。それでも、欲するならば行動するべきなのだ。
 既にゲイロードの頭の中からは、アラニア王国を、そして自分を取り巻くろくでもない状況について等は綺麗さっぱり消え失せていた。替わって、いかにして2人の美少女を口説くか、そんな思いに占拠されてしまっていた。
 そして、それこそがあたりまえの「アラニア貴族」だった。


 ロードス島電鉄
  41 神々の山嶺


 何だか項垂れた男連中と共に、サシカイア、ニースはノービス領主の館へと案内された。
 絵画や彫刻に埋め尽くされた感のある部屋は、応接間のようである。さすがは貴族、それも王族のそれとあって、豪奢きわまりない。ないが、残念なことにサシカイアには芸術的素養が無く、せっかくの一流の絵画、彫刻も、猫に小判、馬の耳に念仏状態。一応シーフスキルで鑑定出来るが、それは知識から値段のゼロの数がわかるというだけ。本当にその価値を理解できているのかと問われると、非常に心許ないのだ。
「私の屋敷にようこそ」
 にこやかな笑顔を浮かべた初老の紳士が、ソファーから立ち上がって迎えてくれる。
 台詞から察するに、この男がノービス公ゲイロードらしい。
 同時に、サシカイアはちょっと安堵していた。名前が名前であるから、ソファーに座ったままで服の胸元を開いて「あの台詞」を口にされたら、回れ右して逃げ出すしかなかったところだから。──いや、今のサシカイアは女性だから、その場合の守備範囲外か。とは言え、芸術以上にBL的素養のないサシカイアである。自分に被害がないからと言って、ゲイロード×シュリヒテとかを許容できるかと言えば、そうでもない。そう言うモノは、遠く離れた、自分の気が付かない場所でやって欲しい。
「私が、ノービス公ゲイロードです」
「ニースと申します」
「スパゲ……いえ、サシカイアです」
 ぎろりん、とニースに睨まれて、サシカイアは素直に名乗りを上げる。
 それを受けて、ゲイロードは微妙に眉を動かす。
「コレが、ペペロンチャです」
 ニースが補足し、ゲイロードの疑問に答える。
 しかし、「コレ」は無いのでは?、とサシカイアはニースに視線を送るが、まるで気が付いていないふりをされて無視されてしまう。
 次いでシュリヒテ、ブラドノック、ギネスも名乗りを上げる。ちなみに、ゲイロードもやっぱり後者2人の名前に聞き覚えはないらしい。
 部屋には、巨木を輪切りにした丸テーブルがあり、その周囲に精緻な彫刻の施された椅子が並べられていた。勧められるままに5人は腰を下ろし、その際に、誰がニースの横で座るのかでちょっとした悶着があったが、特筆する程でもない。結局ホスト権限でゲイロードと、外見は同性と言うことでサシカイアが左右を固めることになった。
「マーファ教団は、反乱を扇動する意志はありません」
 全員が座るやいなや、前置き無くニースが口を開く。
 ゲイロードはそれを受けて、何度か小さく頷く。
 そして、2人の間で現状について、真面目な会話が繰り広げられる。両者ともに、住民の反乱なんて望んでいない。ゲイロードは保身のため、ニースは住民に死傷者が出ることを嫌ってと、互いの内心は大きく乖離しているが。
「すげえ、メイド喫茶のなんちゃってじゃない、本物のメイドだよ」
 その間、サシカイアらは飲み物やちょっとしたお菓子を持ってきてくれた本物のメイドに感動して、小声で囁き合っていた。
「本物は思ってたよりシックな感じの格好だね」
「やっぱりミニじゃなくて、ちゃんとしたロングスカートじゃなくちゃダメだよね」
「お持ち帰りしてえ」
 ニースとゲイロードの会話は続く。
 両者の温度差は大きい。
 ニースは、民のために貴族、騎士が奉仕するのはあたりまえのことだと考えている。しかしゲイロードの方はその逆。貴族、騎士のために民が犠牲になるのはあたりまえだと思っている。しかし、ゲイロードがニースの意見に表向き迎合する形で、話し合いは進められる。
「メイドさん、メイドさん、お名前は?」
「彼氏いる? いなかったら俺なんてどう?」
「シュー、抜け駆け厳禁だよ」
「あ、あの、ご趣味は?」
 ニースのこめかみに井桁が浮かんだが、サシカイアらは気が付かない。
 結局の所、2人の話し合いは、ニースが譲歩することとなった。アラニア王国の不始末から始まった、今回の民衆のプチ反乱。それを、ニースが、マーファ神殿が取りなす、と言う形でまとまったのだ。
 ゲイロードにしてみれば、この結論はしてやったり、と言うところ。自分たちの、アラニア王国の不手際をマーファ神殿に押しつけることが出来たのだから万々歳。実際、一瞬とはいえ表情にそれが出てしまっていた。
 ここで反乱が起きるとなれば、民衆に大きな被害が出るし、現在ロードス最大の脅威である魔神との戦いにも影響が大きい。人と人が争う。それは魔神達を利するばかり。であるから、ニースは色々譲歩して仲裁役を買って出たわけだが、やはり面白からぬ思いが生じるのは避けられない。世間一般の評価はともかく、ニースとて人間である。理不尽な物事に対しては怒りが生じるし、納得できない思いも抱く。
「メイドさん、メイドさん、ジュッテーム」
「シュリヒテ・シュタインヘイガーは世界中の誰よりもあなたを愛しています」
「ねえねえ、メイドさん。ピーマンすき? ニンジン食べれる? お納豆にはねぎ入れる方? え? ホント? 僕たち、気が合うかも」
「生まれる前から愛してましたっ!」
 そう、世の中の理不尽な物事に、怒りを感じるのだ。だからニースは、その怒りの全てを己の足に込めた。
 ずどん、と。
 結構な音がニースの足下付近から聞こえ、堅牢、結構な重量があるはずのテーブルが僅かに浮いたような気がした。
 直後、サシカイアの顔が真っ赤に、直後真っ青になる。
「あ、足~~」
 涙目になってサシカイアは慌ててヒーリング。机に突っ伏すみたいに身を伏せて、己の足を押さえる。
 その格好から、ニースの方に咎める視線を向ける。
「……何か?」
 しかし、絶対零度の視線で迎撃されて、サシカイアは静かに目をそらす。ヘタレと言う無かれ。思わずそうしてしまう程、ニースの瞳には物騒な光がちらついていたのだ。
「と、兎に角」
 ゲイロードの声も、僅かに震えているような気がした。
「直ちにマーファ神殿の封鎖は解きましょう。高司祭殿には、神官や信者達の説得をお願いします」
「承知しました」
 ニースは頷き、差し出されたゲイロードの手を取って握手をする。その瞬間、きわめて僅かながら、ニースの眉が顰められた。おそらく、ゲイロードの手を握る事に対する嫌悪感だろう。
 いい加減離せよ、と横からサシカイアが突っ込みを入れそうになるくらいゲイロードはニースの手の感触を楽しんでいたが、それはノックして入室してきた執事らしき人物によって終わりを迎えることとなる。
「どうやら、別のお客人が見えたようです。あなた方もお会いになりますか? 魔神将を倒した英雄ベルド殿とそのお仲間なのですが」
「ベルド? 魔神将殺しの?」
 ちらりと、ニースの視線はシュリヒテに。
「……どうせ俺は倒せなかったよ」
「いえ、そう言う意味では」
 若干慌て気味にニース。
「てか、倒せるあちらの方が変なんだって」
 ひらひらひら~と、軽く手を振るサシカイア。本来魔神将なんて、倒せる敵として設定されていないはず。フォーセリア世界には、こういうどうしようもないレベルの敵もいますよ。そんな感じで、サプリメントの一つとして設定されたような敵。それが魔神将なのだ。
「そうも言ってられないのが魔神戦争だろう?」
 うんざりとブラドノックが告げてくる。
 そう、その通りだから洒落にならない。多分、あのライオンヘッドな魔神将、ラガヴーリンとの再戦はある。そんな予感がする。いや、確信か。少なくとも、見つけたらシュリヒテが突っかかっていくのは決定事項だから、間違いなく巻き込まれることになる。
「どうしますか?」
 とニースが、横道にそれかかったサシカイアらに、会うかどうかを尋ねてくる。ニース自身は、会いたいと思っている。それが顔に出ていた。
「会おう」
 うん、と4人は頷く。
 ニースの思いを無碍にするつもりはないし。それ以上に何より。
「フラウスもやっぱり美人なんだよな」
「ちょっと宗教がかっているのが痛そうではあるけど」
「ベルドラブで、こちらにはつけいる隙がないのもマイナスだよねえ」
「略奪愛で……って、やくざの女に手を出すよりも怖いぞ、それ」
「とは言え、美人は目で愛でるだけでも心を豊かにしてくれますぞ」
 そんな理由ですか、と、宗教がかっているニースが冷めた目で4人を。いや、ゲイロードを含めた5人を見つめた。


 ゲイロードは、ベルドらとの顔合わせを歓迎パーティの会場でと考えていた様子だが、サシカイアらが望み、先に会わせて貰うこととなった。
 執事によって応接間へ導き入れられたベルド達を、サシカイアらは椅子から立ち上がって迎える。
 サシカイアらの興味の中心は、先のようにフラウスだった。そして実際、想像通りフラウスは結構な美少女だった。
 しかし。
 サシカイアらの目を、最も惹き付けたのはベルドだった。
 その通り名の由来でもある長い縮れ気味の赤毛。無骨で、とびきりのハンサムというわけではないが、どこか魅力的な顔立ち。筋肉の段々がばっちり浮かび上がった半ば裸の上半身には、得体の知れない獣の皮を纏い、左腕には小手代わりか、鋲を打った革ひもをぐるぐると巻いた蛮族出身の戦士。確かに非凡な容姿をしているが、それだけでは説明がつかない程、目を惹き付けられてしまう。
「コレがカリスマか? 流石は後の暗黒皇帝、半端無い」
 思わずそんな呟きが零れるくらい、ベルドの存在感は突出していた。将来、黒の導師バグナードや暗黒司祭ショーデル、ダークエルフの族長ルゼーブと言った、一癖も二癖もある者達から真実の忠誠を得る男。それは伊達ではないということだろう。
「本日はお招きに預かり──」
 ウォートは見るからに頭の良さそうな、秀でた額が特徴的な男で、如才なくゲイロードに挨拶をしている。ただ、目元や眉根に寄った皺に、どこか鬱屈したモノを感じさせる。後に偏屈爺になる兆しか。
 フラウスは前述のように、予想通りの綺麗な少女だった。明るい金髪は、動きやすいようにと言うことか、首の後ろあたりでばっさり切り落としている。意志の強そうな青い瞳。太めの眉毛が凛々しい。立ち姿もきっちりしている。きっちりしすぎているくらい。この辺りは秩序を重んじるファリス神官と言うことか。
 ニースとの初対面では騒いだシュリヒテらだが、今回は大人しい。何しろ、ニースと違い、フラウスは冗談が通じなさそうなイメージがある。不真面目な態度をとると、本気で怒られそうな気がするのだ。それにフリーのニースと違い、こちらはベルドの女である。この頃はまだかも知れないが、それでもそのイメージが強い。実際に口にしているが、やくざより怖い男の女にちょっかいを出すのは、やっぱり恐ろしい。
「そちらの方達は?」
 と言うウォートの言葉を受けて、ゲイロードがサシカイアらを紹介する。
 まるで旧知の間柄のように馴れ馴れしいこと、そしてサシカイアのことをペペロンチャと紹介したのがちょっと気に入らなかったが、沈黙を守る。本当は、「いえ、俺の名前はカルボナ──」とやりかけたが、ニースに脛をけっ飛ばされた為の、仕方なくの沈黙だったが。
「なるほど、お三方のご高名は聞き及んでおります」
 俺らはやっぱり無視かよと嘆く2人をうっちゃって、ウォートがニースに握手を求め、それをシュリヒテがインターセプトした。何しろ、原作でウォートはニースといい雰囲気になっている。そのあたり、きっぱり敵だ。他の3人で、いや、ゲイロードまで含めて4人で小さく親指を立てて、シュリヒテのナイスガッツを称える。
「さて、本日は皆さんのために歓迎の宴を開く準備があります。部屋を用意させますので、その時間までどうぞおくつろぎ──」
「いえ、その前に」
 上機嫌に告げるゲイロードの言葉を遮ったのは、ギネスだった。
 ん?、と首を傾げる全員の前を、すたすたと真っ直ぐベルドに向かって歩いていく。その途中で、懐に手を突っ込み、取り出したのは手袋。
 皆の注目の中、ギネスはその手袋を、ベルドの分厚い胸板に投げつけた。
「!?」
 なにをやっているんだ、こいつ。
 と驚愕するサシカイアらの視線の先で、ベルドが笑った。
 口の端をつり上げ、歯をむき出しにした獰猛な笑み。ありがちな表現だが、空気が帯電したかのようにサシカイアは感じた。穏やかだった場所が、一瞬で絶対の死地に変わった。気分としては人食いのドラゴンと一緒に檻に閉じこめられたようなモノ。いや、そちらの方がまだ救いがあるかも知れない。ベルドは人食いのドラゴンなんて程度の可愛らしいモノじゃない。思わずのけぞってしまう、圧倒的な迫力。
「どういうつもりだ?」
 問うベルドの声は、楽しげですらあった。
 応じるギネスは居住まいを正し、きわめて真面目な表情になると迷いのない落ち着いた口調で告げた。
「あなたに、一騎打ちの真剣勝負を挑ませていただきたい」
「アホたれ~~!」
 その後ろ頭を、サシカイアは思い切り殴りつけた。生憎とサシカイアは非力なエルフで、相手は頑健なドワーフ。彼我の被害でいえば、サシカイアの方が大きかったような気がするが、とりあえず拳の痛みに悶絶するのは後回し。今は何より、この馬鹿を止めるのが先決。
「何考えているんだ、お前はっ!」
 涙目で拳を押さえながら、サシカイアはギネスを怒鳴りつける。
「何って」
 涙目で後頭部を押さえながら、ギネスが応じる。
「だってベルドだよ? 赤髪の傭兵だよ? ロードス最強の、いや、フォーセリア世界最強の戦士だよ? マイリーの神官としては、戦いを挑んで玉砕するしかないじゃないか」
 それは、まるであたりまえのことを告げるような口調。どこか、サシカイアの無知、無理解 を咎めるようですらある。
「玉砕前提かよっ!」
 色々突っ込みどころはあったが、まずサシカイアが突っ込んだのはここ。確かに、ただの8レベルファイターが、殆ど人外11レベルファイターで超英雄ポイント持ちに戦いを挑んで勝利することが出来るか?、と問われれば、その通りであるが。
「強い相手との戦いこそ、マイリー神官の誉れだよ。大丈夫、あのベルドと戦って死んだ、なんてなれば、喜びの野でも自慢が出来るでしょ?」
「お前は何処のデーン人だ!」
 ぐるぐるぐると、確実に電波を受信している狂信者の瞳で応じるギネスに、サシカイアは思い切り裏手突っ込みを入れる。確かに喜びの野とか、モチーフはどう考えてもあっちの方だろうが。
「兎に角、決闘ダメ、絶対」
 両手でばってんを作って、サシカイアは駄目出し。
「え~~~」
 不満げにギネスが口をとがらせる。
「お前、俺の従者だろ? だったら言うこと聞けよ。ただでさえうちのパーティ、前衛2人しかいなくてちょっと厳しいのに、ここでお前が欠けてシュー1人なんてなったら、もう、目も当てられないぞ」
 せめてもう1人、可能であれば2人、前衛向きの人材が欲しい。今のパーティ構成では、乱戦になったとき、後衛まで直接戦闘する羽目に成りかねない。そして適正レベル域の敵と接近戦となれば、サシカイアやニースでは確実に力不足。あっさり終わってしまいそう。──その辺の危険を見越して、シュリヒテは攻撃を己に引きつける効果を持つ魔法の盾、勇気ある者の盾を装備しているわけだが。
「で、どうするんだ?」
 ベルドが尋ねてくる。こちらも、戦いに否はないという表情。特に何かの宗派の信者というわけではなかったはずだが、マイリーの信者と言われれば納得してしまう程、戦い好きなのがベルドである。でなければ、魔神将相手に擬きとはいえ一騎打ちなど挑むはずがない。
「とりあえず、模擬戦というか、命のやりとり無しで」
 サシカイアはそこで僅かに考え、シュリヒテの方に顔を向ける。
「ついでにシューも相手してもらえよ。魔神将よりも強い相手と戦っておくのも、良いんじゃないか?」
 ベルドVSシュリヒテというカードを見てみたい。果たしてシュリヒテの強さとは、原作最強キャラに何処まで迫れるのか。そう言う思いもあるが、サシカイアの言葉に嘘はない。サシカイアらは、経験不足の10レベルという歪な存在。だから、ここで少しでも経験を蓄積しておくことは、悪い事ではないはずだ。特に、命の危険なく、自分たち以上に強い相手と手合わせできる経験なんて、素晴らしく稀少で貴重だろう。36回に1回の1ゾロについては考えないでおく。
「……光の剣か」
 ぼそり、とベルドが呟く。
 一応、ベルドにシュリヒテは知られているらしい。俺ってすごい?、と他愛なく喜ぶシュリヒテに、自分たちの知名度の低さから、ブラドノック、ギネスがやっかみの視線を向けている。
「どうせなら、何か賭けるか?」
 なにやらベルドがサシカイアの方に視線を向けて提案してきた。
 ベルドは戦いが好きで好きで堪らないサイヤ人みたいな人種だと思っていたので、条件を出してくるなんてサシカイアの予想の外にあった。ん?、と小首を傾げながら、それでもサシカイアは先を促す。
「俺が勝ったら、お前、俺の女になれ」
「はいぃ?」
 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「もう、いい時分だろう。何より、そろそろ独り寝も飽きた」
 その瞬間、何かの感情がベルドの瞳を掠めたような気がした。ベルドは基本あまり語らない人間だし、豪放な印象があるからわかりづらいが、意外にセンチな部分があるのかも知れない。多分、瞳を掠めたのはゲルダムに殺されたエルフ娘ルシーダの影。サシカイアがどうこうと言うよりも、同じエルフ娘と言うことで口にしたのだろう。ベルドは近い将来「お前が死んだら忘れる」と自分の女になったフラウスに口にする。しかしそれは、要するに「死ぬな」と言うこと。将来のロードス統一への動きもフラウスの遺志に従った格好。実は、周りが思うよりも繊細なのかも知れない。
「ベルドっ!」
 しかし、今はそんなことよりも重要な問題があると、一気に場が騒然とする。その中で、誰よりも早く、そして大きな声を出したのはフラウスだった。
「女性をモノのように扱うのは感心しませんっ!」
「冗談だ」
 本当に冗談だったかどうか。
 いや、サシカイアは心から冗談であって欲しいと思うが。
 ベルドはフラウスの説教を煩わしそうに適当に応じ、ぼそりと言う感じで呟いた。
「正直、エルフは顔立ちが整っているのは良いが、胸や尻が絶対的に足りなくて、あまり抱き心地が良くないしな」
 基本、エルフは華奢である。ベルドの言葉通り、人の女性に比べると、胸やお尻の肉付きが圧倒的に足りない。サシカイアも当然そうで、胸などは寂しい限りだ。原作戦記でも、エルフ娘のディードリッドが、人間娘シーリスと我が身を比べて悲観していたりする。が、中身男のサシカイアとしては、でかい胸がついていた方が扱いに困ってしまうので、コレはコレでオッケーと思っている。なにより、真面目にベルドにロックオンされても困るし。
「絶望したっ! 赤髪の傭兵ともあろうモノが、そんな道理のわからないことを口にするなんて、絶望した!」
 そこへブラドノックが余計な口を挟む。
「貧乳はステータスだ! 希少価値だ! 確実にそう言うニーズも存在する。たとえば俺。サシカイアのちっぱいも、素晴らしく貴重で、素晴らしい個性で、素晴らしいおっぱいだ!」
 拳を振り回して力説までしている。
「う~ん。俺はある程度の大きさは欲しいなあ。やっぱり、こう、挟めるくらいの」
 とシュリヒテまで会話に加わる。しかし、挟めるって何だ。
「それを考えるとトリスは素晴らしく理想的な……、くぅ、トリス」
「はいはい、湿っぽくなるのは無し。僕としてはやっぱり掌にちょうど収まるくらいの適乳が良いかな。大きいのも良いけど、年取って垂れると目も当てられないと思わない?」
 コレはギネス。誰もその趣味など聞いていない。のだが、誰しも絶対に譲れないモノがある。そしてコレがそうだとばかりに、3人は場も弁えずに盛り上がり始めている。
「俺は今に生きるっ! てか、マイリー神官が未来のことなんか口にしても説得力ねえよ」
「う、確かに」
 基本、突撃ハッピーなマイリー神官。どこぞの迷宮街の住人達以上に生命線は短そうである。
「ダメだダメだダメだ」
 納得しかかるギネスをブラドノックが叱り飛ばす。
「貧乳こそ最高なんだ。良いか、想像してみろ。己のちっぱいにコンプレックスを感じているサシカイアが、毎晩姿見の前で、少しでも育てようと、涙目で己の胸をマッサージなんぞしている姿をっ! そこに萌えはないか?」
「おかしな想像をするなっ!」
 呆れ気味、引き気味でおっぱい談義を眺めていたサシカイアだが、おかしな事実を捏造されるのは我慢できないと怒鳴りつける。
「う、ちょっと良いかも」
「うん、宗旨替えしても良いかも、なんて思った」
「そっちもだ、人をネタにおかしな想像は無しっ!」
 げしっと、ブラドノックをけっ飛ばしながら、シュリヒテ、ギネスも怒鳴り飛ばす。
「いや、しかし、これは人生におけるもの凄く大事な事柄だよ?」
「そう、やっぱり巨乳こそ正義」
「なにを? 貧乳こそ至高」
「お前らいい加減に──」
「いい加減にしたまえ」
 意外にもそこで、威厳に溢れる口調で阿呆なやりとりを制止したのは、ゲイロードだった。腐ってもアラニア王族か、真面目な顔をすると、それなりに偉そうに見える。いや、実際に偉いのだが。
「貧乳だ、巨乳だ、とレディの前で愚かしいことを」
 もっともな言葉だったので、シュリヒテ、ブラドノック、ギネスの3人は項垂れる。ようやく、ニースやフラウスが汚物でも見るような視線を向けてきていることに気が付いた様でもある。ちなみに事の発端とも言えるベルドは楽しそうに傍観していた。
「いいか、君たちはまだ若いから、色々と世の中の道理がわかっていないと言うこともある。だから、それを咎めるつもりはないが、年長者、先達として一言だけ言わせて貰おう」
 ゲイロードはそこで一息つくと、これまで以上に厳かに口を開いた。その様はまるで、神の言葉を伝える預言者のよう。
「世の中の女性の胸に、貴賤はないのだよ。大きいモノには大きなモノの、小さなモノには小さなモノの。もちろん、適度な大きさのモノには適度な大きさのモノの、それぞれにすばらしさが存在する。そう、全ては神々の作り給うた素晴らしき天然の芸術作品。その全てが究極にして至高。文字通りの、神の造形なのだから。全ての女性の胸に対して尊敬と慈しみを持って接する。それこそが真の紳士というモノだ」
 全然一言じゃない、と言うか、お前もかゲイロード!、とサシカイアは内心で突っ込みを入れるが、呆れたことに男連中はその言葉に感心、感動しているようだった。
 そして。
「いやはや、これこそまさしく賢者の言」
 感極まったように結論するウォートの言葉を受けて、サシカイアは思い切り脱力した。


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