「オラの盾をみるだよ~」
と盾を構え、シュリヒテが敵中に飛び込む。
以前の盾を魔神将にたたき割られ、新調したシュリヒテの盾は「勇気ある者の盾(シールド・オブ・ザ・ブレイブ)」と言う魔法の品物。この盾には敵の攻撃を持ち主に集中させるという厄介な効果も付随している。それはほとんど呪いのようなモノで、好き勝手にオン/オフは出来ない。今回は敵が強いから集中攻撃は勘弁と思っても、この盾を持っていればどうやったって集中攻撃を受けてしまうと言う常時発動型。本来コマンドワードを唱える必要はないのだが、これはもうお約束という奴だ。
ところで、何でまた、そんな厄介な付随効果を持つ盾を?、と問われれば、実はこの盾、それ以外の部分を見れば結構高性能なのである。また、シュリヒテなりにサシカイアの体力の低さを考えてのこと。攻撃を喰らえば一撃で死にかねない貧弱なHPのサシカイアである。だから、なるべくそちらへ攻撃が行かないように、サシカイアの倍以上のHPで防御力も高い自分が壁になってかばおうと考えたのだ。……残念なことに、後者の理由を口にしていないせいもあって、サシカイアは物好きな奴と思っている程度。その心遣いに全然気が付いていなかったりするが。
「フレイムたん、萌えぇ!」
更に、新たに手に入れた炎の魔剣フレイム・タンのコマンドワード。剣は即座に応え、萌え擬人化、幼女フレイムたんになる──事はなく、その刀身が真っ赤な炎に覆われる。所持者の精神力を消費して、擬似的なファイアー・ウエポンの効果を発生させる。それが、この魔剣の特殊能力。
赤い閃光。残光を宙に焼き付け、シュリヒテが鋭く魔剣を振るう。
途中、その軌道上にあったモノはあっさりと分断される。熱したナイフでバターを切り裂く以上に、本当にあっさりと。だてに打撃力が上がっているわけではない。
途中にあったモノ。それは魔兵スポーン。魔神が自分たちの数の少なさを補うため、黄金樹の枝を原材料に、何だかよくわからない方法で加工して作り出した疑似生命体。主に戦闘や雑務に利用する、ぶっちゃけてしまえば雑兵。それでもモンスターレベルは3あるから、一般人や駆け出しの冒険者あたりであれば、十分な脅威。……流石に10レベルファイターであるシュリヒテの相手としては、全然物足りないが。
盾の効果でスポーンの集中攻撃を受けながらも、シュリヒテは危なげなく、順調にその数を減らしていく。一刀ごとに撫で切りにしていくその様は、一方的な蹂躙。大人げない程に強さが違った。
そのシュリヒテと並んで、ギネスも同様にスポーンを打ち倒していく。こっちだって8レベルファイター。戦神マイリー信仰に目覚め、へたれでなくなったギネスは十分以上戦力として数えられる。おまけに攻撃はシュリヒテに集中しているから気楽なモノ。反撃をさほど恐れる必要もなく攻撃専念。スポーンを一方的になぎ払っていく。
「馬鹿な、魔神が、こんなにあっさり……」
絶対の強者と位置づけていたらしい魔神が一方的にうち減らされていく様を見て、山賊のお頭が呆然と呟く。
しかし、サシカイアらには順当すぎて驚くことなど何も有りはしない。これまでは精神の脆弱さでスポイルされていたが、きっちり実力を発揮すればこれくらいは余裕なのだ。──調子づいて油断していると、また誰かの首が飛ぶかも知れないので気は抜けないが。
「田舎者はそっちだったな」
サシカイアがにやりと笑って言ってやると、山賊のお頭は悔しそうに顔をゆがめ、それでも必死に虚勢を保つように言い返してくる。
「くっ、まだだ。こちらにはまだ、主力の火炎王が──」
「ヴァルブレバーズな」
「そう、それがいる」
「いた、だな」
もう過去形だ。
そう告げるサシカイアの言葉通り、その両腕の攻撃をかいくぐって接近したシュリヒテの一撃が、あっさりとお頭の希望を開きにする。
「──なっ」
驚き、言葉を失う山賊たち。
ヴァルブレバーズの売りはその生命力。うえ、こいつまだ動いているぞ、なんてシュリヒテに気味悪げな声を出させるが、それだけ。流石に開きにされてしまっては、最早ちぎれたトカゲの尻尾がぴくぴく動いているのようなモノ。気味は悪いが無力、戦闘能力はない。旺盛な生命力と言っても、当然限界はある。このまま放っておいても、多少は時間がかかるかも知れないが、あたりまえに死に至るだろう。
「もう一度問います。悔い改めて、自ら罪を償おうと言うつもりにはなりませんか?」
ひっひっふーと、サシカイアが教えた怒りを追い出す呼吸で自分を取り戻したニースが、慈悲深いところを見せる。
「ふざけるなよ」
しかし、お頭は己の得物を振り回して叫ぶ。追いつめられた表情。顔と言わず全身汗にまみれ。それでも意地を張る。張り通す。
「こちとら、こんな稼業に身を落としたときから覚悟は決めているんだ。今更悔いも、償いもねえ」
「あ、俺、反省してます」
「俺も、俺も」
「お頭に脅されて、仕方なくやってたんです」
「うん、俺たち本当はこんな事やりたくなかったんです」
しかし、その配下の下っ端連中は、お頭程の覚悟を決めてはいなかったらしい。武器を足下に放り捨てホールドアップ、あっさり掌を返して責任をお頭に押しつけようとする。
「……て、てめえら」
それなりに苦楽を共にしてきたというのに簡単に見捨てられて、呆然とするお頭。
サシカイアもその見苦しさに顔を顰め。──同族嫌悪とか言ってはいけない。罵り合いを始めた山賊連中に付き合うのも面倒臭いとばかりにブラドノックに目配せする。
ブラドノックはそれに応えて呪文詠唱。いきなり山賊たちを包み込むように煙が上がる。
これは、基本的な古代語魔法と言っていい、眠りの雲(スリープクラウド)の魔法。名前の通り、効果範囲内、発生した雲を吸い込んだ人間を眠らせるという魔法。低レベルから使える、非常に重宝する魔法だ。……近い将来、アレクラスト大陸はオーファン王国のごくごく一部で、遺失呪文扱いされたりするが。
とにかく、それで戦いは終わりだった。
ロードス島電鉄
36 尋問遊戯
「ふうっ」
と呼気と共に緊張を解き、サシカイアは額の汗を拭う。
生きている人間と戦うのはこれが初めて。今回はレベル差が大きくて、殺さずに無力化することも余裕だろうという推測もあり、何とか取り乱すことなく戦えた。しかし、それでも結構緊張していたらしいと、額を濡らした汗から判断。魔神と戦うことは大分慣れた──ような気もするが、それでも人との戦いは別物か。やっぱりゾンビとも違う。嫌な感じに血が冷える。
これから先、モスに入れば人とも戦う事になる。百の勇者に参加すれば、魔神側に寝返るマスケト兵との戦争イベントはおそらく必至。はてさてその時戦えるか──と考え、そこで思考停止。それはその時考えようと、問題の先送り。何しろサシカイアはぼんくら。未来のことを早くから真剣に考え続けていられる程、緊張感の続く人間ではない。早めに覚悟を済ませておいた方が良いに決まっているのだが、ソレが出来ないが故にぼんくらなのだ。きっぱり、夏休みの宿題もぎりぎりになって慌てるタイプだ。
それより今は目先のこと。
魔法の効果で眠ってしまった山賊連中を、サシカイアは手際よく武装解除。更にシーフ技能を生かしたロープワークで手早く拘束。
「おおぅ、見事な後ろ小手縛り」
と、横から見ていたブラドノックが感動の声を上げている。何だか自分も縛って欲しそうに見えるのが不安だ。ところで後ろ小手縛り、これはいわゆる江戸時代の罪人縛りという奴。時代劇なんかで見たことある人も多いだろう。現代日本では趣味でやる人くらいしかいないが、もちろんサシカイアは実用的な束縛方法としてやっている。
スリープクラウドによる眠りは、精霊魔法スリープなんかとは違って、ごくごく浅いモノ。山賊達はすぐに意識を取り戻すが、後ろ手に縛られてしまっていては、最早抵抗することも不可能。お頭はぶすっくれた表情で、サシカイアらを睨み付けるだけ。
他の山賊連中は、反省しているのに酷いだの、お頭が全て悪いだのうるさかったので、黙らないと物理的に永遠に黙って貰うと軽く脅しをかけると、すぐに静かになってくれた。
「さて」
手をはたいて埃を落とし、サシカイアは腰に手を当てると、山賊たちを見下ろす。
「お前らの仲間はこれで全部?」
「……」
お頭は口をへの字に、顔を背ける。お前に漏らす情報はないと全身で主張している。
しかし、そんなことは無駄な行動。
サシカイアが顔を他の下っ端連中に向けると、彼らは先を争うように答えてくれた。
彼らの言葉を信じるならば、この山賊たち──暁の山賊団というらしい、は、ここの5人で構成員の全てであるらしい。ねぐらにしている山小屋の場所まであっさり吐いてくれたが、魔神との関係については芳しい情報が得られない。そもそもこいつら、魔神のことを魔神と解っていなかったみたいだし。
一応の用心と、こっそりセンスライの魔法を使ったブラドノックに確認すれば、嘘は付いていないとの返事。
こいつらからこれ以上の情報を引き出すことは出来そうにないと、あまり期待はしていないが、一応、黙りを決め込んでいるお頭にも向き直る。
「あんたにも、知っていることを余さず吐いて欲しいんだが?」
「……」
お頭は強情そうに口をへの字に曲げてそっぽを向く。
ふん、とその態度にサシカイアは鼻で笑う。
「そう言う態度に出る人間をどうやって素直にするか。いろんな方法があるって知ってる? 算盤責めとか簑踊りとか……」
にっこりと魅力的な笑顔を浮かべ、サシカイアは腰のポシェットを探る。
正直なところ、魔法を使うのが一番手っ取り早い。たとえば、ドライアードの力を使った魅了の魔法で惚れさせる。そうすれば、良いところを見せようと、情報をぺらぺら吐いてくれること確実。男とはそう言う悲しい生き物なのだ。
しかし、背後に魔神が控えているとなれば、ここはマジックポイントを温存しておきたい。
MP使用制限するならば、シュリヒテの呪歌によるチャームという手もある。効果時間を除けば精霊魔法のソレと大差ないから、それでも良いのだが。サシカイアには、ここで一つ試しておきたいモノもあった。
試してみたいモノ。
サシカイアが取り出したモノは。
「パンパカパーン、今回はこれっ!」
「……そ、それはっ」
ファンファーレを口で、高々と掲げて見せつけるようにしたソレに、恐れおののきの声を上げ、顔面を蒼白にするのは仲間の3人。1人ニースは、何故それをそんなに恐れる必要があるのかと、きょとんとした顔で首をかしげている。
「ま、まさか、そいつはっ」
お頭はかなり小物、おまけに山賊稼業に身を落としてからの時間はごくごく短いと見えるが、それでも裏に生きた人間。これの恐ろしい用途については。これを使った血生臭い歴史については、知っているらしい。
逆にニースは益々首をかしげている。こちらはこれでいい。真っ当にお日様の下で生きてきたニースは知らなくて当然。これからもそのまま、何恥じることなく、お日様の下を真っ当に生きていって欲しい。──何だか自分たちで色々ろくでもない影響を与えているような気もするが、多分、これならまだ大丈夫。大丈夫だと思う。……大丈夫だよね?
「そう、そのまさかだよ」
とりあえずニースのことは棚上げ。まずはこちらと、サシカイアはソレを指先で弄びながら、自分でも冷酷と思える笑みを浮かべてやる。
そうして目配せをすると、心得ているシュリヒテ、ギネスの2人が両側からお頭を押さえつける。もう1人は「サシカイアの拷問? ハァハァ」とか言っている。ダメすぎる。
じんわりとした頭痛を覚えるも、とりあえずそいつは無視。ゆっくりお頭の背後に回ったサシカイアは、手早くその拘束を解く。
お頭は両手が自由になったと見るや、すかさず暴れて逃れようとするが、シュリヒテ、ギネスの2人に、即座にその両手を掴まれては抵抗も虚しい。そのままあっさり地面にうつぶせに。
「やめろ、やめろぉおおおお」
必至で首をねじ曲げて、背後に立つサシカイアに向かってお頭は叫ぶ。その瞳は恐怖に揺れ、涙目になっている。
しかし、サシカイアは止めない。酷薄な笑みを貼り付けて、お頭のシャツの裾を掴む。
「大陸、ロマールの盗賊ギルドで代々伝えられている尋問の秘術。その身で味わってみるがいいさ」
吐かぬなら、殺してしまえホトトギスと、サシカイア。
ロマールと言えば、アレクラスト大陸最大の裏マーケットや闘技場を誇る国である。この国の盗賊ギルドは国から正式に認められている上、そんな暗躍しがいのあるモノを持つわけだから、その規模は相当に大きい。そのロマール盗賊ギルドでは、尋問・拷問専門の屈強な精鋭部隊が、日夜これを手に情報引き出しに励んでいるという。
「さあ、恥か死か、好きな方を選べ」
言いながら、どちらかを選びやすいように、その手にした「ピンセット」をお頭に見せつけながら弄ぶ。
ロマール盗賊ギルド式の恐るべき尋問。
それは背中毛の長さを測り、どころか、背中毛をピンセットで抜くという恐ろしいモノ。どんな屈強な男も、背中が綺麗になる前に泣いて謝ると言われるソレをすると言われたお頭の心は、遂に折れた。
※注釈
背中毛の拷問とは、SWリプレイNEXT、ぺらぺら~ずで出てきたネタです。
これは、最初は冗談で、ロマールの盗賊ギルドで背中毛の長さを測って拷問する、なんてのが登場し、その後ことあるごとにこの話題を繰り返しているうちに、いつの間にか半公式みたいな形になって行ったモノです。
盗賊ギルドに預けたNPCから情報引き出せたか尋ねたら「3センチだった」。
敵が、PLがロマールの盗賊ギルド所属と知って「あの背中毛の……」と恐れおののく。
そんな繰り返しがあった後、ロマール盗賊ギルドでは、筋肉ムキムキ、半裸の精鋭部隊が、ピンセット片手に背中毛の長さを計り、背中毛を抜く拷問をしている。
と言う具合になって行きました。
今回の背中毛の拷問とは、これをそのままネタにしています。
知らない人には本当に解らないネタで申し訳ありません。