マーファ本神殿の食堂でブラドノックと一緒に食事を終えて、まったりくつろぎタイム。正直なところ、マーファ本神殿の食事は肉気が足りないので村の酒場に行きたいところだが、前回のアレがあったばかりで行きづらい。
「う~ん、髪の毛が大分鬱陶しくなったなあ」
そこで、ふと、自分の前髪をつまみ、サシカイアはぽつりと呟いた。微妙にのびてきた前髪が目にかかりそうな長さになり、少しばかり邪魔臭い。適当に切って視界を確保すべきだろう。──それならば。
「ついでにばっさりやって、ショートにでもするかな」
そうすれば印象も代わり、村に出ても騒がれなくて済むようになるかも知れないとの、淡い期待もある。そもそもエルフ自体の数が少ないので、淡い以上には期待できないが、何もしないよりはマシだろう。
ところが、それまではぼんやり話を聞いていたブラドノックがその言葉に目をむいた。
「な、何を言っているんだ。そんなことが許されるわけがないだろう!」
力強く駄目出しをしてくるブラドノックに、サシカイアは顔を顰める。
「許す許されないって、何でお前にそんなことを言われなくちゃならないんだ?」
「言うさ」
ブラドノックはサシカイアの言葉を封じるように声を出し、この世の真理を告げるみたいな口調になって続ける。
「いいか、サシカイア。エルフと言ったらロング。これは世界の定めたルールだろうが」
「……何を大げさな」
またこいつ馬鹿なこと言い始めたぞ、とサシカイアは白い目で見るが、ブラドノックは気にしない。
「ディードに始まり、ルシーダ、セレシア、マウナ、シルヴァーナ、シャイアラ、ナジカ、ユーリリア、みんなロングだろ?、エルフ娘ってのは、金髪ロングであるべきなんだ! コレは世界の定めた摂理。決して破ることの出来ないルール。……あ、あと銀髪もあり」
握りしめた拳を震わせながら、歴代リプレイキャラやら小説キャラやら、ずらずらずら~とエルフキャラの名前を並べてブラドノックが力説する。
「……リーフはショートだろ?」
「あれはハーフエルフ」
マウナもそうだが。ユーリリアもハーフだっけ? とりあえず、自分の意見に都合の悪い部分についてはスルーするつもりだと、その発言で知れる。まともな議論が出来ると期待してはいけないと言うこと。──話題からして既にアレだが。
「兎に角、エルフって言うのは、金髪ロングでなければいやなんだよ。金髪ロングであるべきなんだよ」
ぶんぶん手を振り回して力説するブラドノック。
「世界の摂理とか言って、お前の趣味じゃないか」
それを鯖目で見ながら呆れ気味に言って、サシカイアは処置無しという風に首を振る。
「俺の髪型を俺がどうしたって、俺の自由だろう。──だいたい、長い髪の毛って割と邪魔っけなんだぞ。洗うのも大変、濡れりゃ重いし、なかなか乾かないし。おまけに引っかけると痛いと来ている」
「だが、それでも、それでも、俺はエルフに金髪ロングを求め続ける! 何故か? そこにエルフキャラがいるからだ!」
「勝手にやってろ」
処置無し、とブラドノックとの不毛な論戦を打ち切ろうとするサシカイア。
しかし、それでもなおブラドノックが言いつのってくる。金髪ロングエルフは男の浪漫だの、金髪ロングから覗く長耳がたまらないだの、やはり髪の毛を洗うときはティ○テの格好をするのかとか、非常に鬱陶しい。
いい加減我慢の限界を迎えたサシカイアは、実力行使で黙らせようかと考え始める。それを誰に責められようか、いや、責められない。反語表現で気持ちを定め、その方法としてチョイスするのは精霊魔法のスリープ。兎に角コレで眠らせれば、望めば永遠におとなしくさせることが出来る。何しろこの精霊魔法スリープによる眠り、ディスペルマジック等で解除をしない限り、地震雷火事親父、何が起きたって絶対に目覚めない。しかも眠りは魔法的で、何年だって、そのままの姿で眠り続ける。老けもせず、床擦れだって出来ないすばらしさ。そんなすごい魔法なだけに、昔は離れていても使えたはずが、いつの間にか魔法行使に接触──相手に触れている必要ができてしまい、戦闘時に使いづらくなってしまった。しかし、今ブラドノックに使う分には、その制約もなんら問題ない。
さて、と手を伸ばしてブラドノックに触れる。コレで悪は滅びる。ロードスは救われるのだ。ひょっとしたらこの功績で、超英雄ポイントだってゲットできるかも知れない。「?」、と首をかしげているブラドノックに構わず、もにょもにょと精霊に語りかけ。
しかし、そこで。
「何をしているのですか?」
周りの迷惑になりますから、こんな所で騒がないで下さい。
そんなニュアンスを交えた声をかけてきたのは、ニースだった。
ロードス島電鉄
30 陽あたり良好
「いけません」
事情を説明してブラドノックの説得をニースにも頼んでみたのだが、コレは失敗だった。
何故か、ニースはブラドノックと共同戦線を組んで、サシカイアの説得を始めてしまった。
「なんでだよ。俺の髪の毛を俺がどうしようが、別に構わないだろう?」
「もったいないじゃないですか、せっかくの綺麗な金髪なのに」
ニースまでブラドノックと同じ事を言うのか。いい加減、原作登場人物が別人になりすぎ。そろそろ悔い改めないと怒られるぞ、と思いながらサシカイアは反論。
「そんな大騒ぎする程の問題か? 髪の毛なんてほっといてもまた伸びるだろう?」
「そう言う問題ではありません」
いいですか、とニースは指を一本立ててサシカイアに言い聞かせるように続ける。
「世の中には金髪に憧れても、どうしようもない人間だって少なくないんですよ?」
ちなみにニースは黒髪である。
「染めればいいじゃないか」
そう言う染料はSW世界にきちんと存在する。たとえば、バブリーズのリプレイに出てきた宗教国家アノスの女神官戦士の金髪は染めたものだったはず。
「そんな不自然な行為、マーファ様的に許されません」
そこまで大げさか、とサシカイアは首をかしげる。
そのサシカイアにニースは手を伸ばし、髪の毛を一房つまみ上げる。
「こんなに綺麗な金髪を──て、これ、どんな手入れをしているんですか?」
「ん? 特に何も」
まじまじと髪の毛を見つめるニースにサシカイアは気楽に応じる。何しろ中身は男である。だからほとんどヘアケアに気を使っていない。元々の世界でも、寝癖を直すくらいしかしなかった。気を使うとしたらもう少し年をとってから。それも、わかめを食べたり不○林だったりサク○スだったり等のハゲの警戒くらいか。ノーモアザビエルを合い言葉に頭皮を刺激する、それくらいだろう。
だから正直に答えた途端、ニースからなにやら無言の圧力を受けたような気がした。それもかなり黒い感じの。
エルフは妖精族。人に比して長い寿命を持つ上、老けると言うことがない。1000年くらいの寿命だが、20才くらいの容姿に成長したら、後は老けず、そのままである。そしてサシカイアはそのエルフでもまだまだ若年の設定。アンチエイジングとか言っても、やっぱり、本物の若さに勝るモノはないだろう。お肌の曲がり角?、なにそれ?、経年劣化、活性酸素だってへっちゃら。髪の毛さらさらお肌つやつやで、それがず~っと続く。人間の女性から見たら、これなんてチートと、文句を言いたくなるのもおかしな話ではない。
「……コレだから、エルフは」
「え?」
「いえ、何でもありません」
おほほほほ~と、ニースはなにやら誤魔化すように笑う。横でブラドノックが黒い雰囲気に中てられたのか、ガクガクブルブル震えている。サシカイアも、藪をつついて怖いものを出す趣味はないので、これ以上の追及は避けようと心に誓った。
「兎に角、ショートは無しで」
先刻の黒い雰囲気が後を引き、サシカイアはニースのその言葉に、ただただ無言で首を縦に振った。振るしかなかった。
ショートにするのに反対したのだから、と言いながら、ニースが髪の毛を切る役を買って出てくれた。いい加減書類仕事の連続に脳みそが茹だりそうになっていたところ、気分転換、これはいい息抜きになる、との事なので、サシカイアはありがたく受けることにした。
今日は天気がいいから、なんて理由で、神殿の中庭で散髪しようと言う運びになり、サシカイア、ニースはそちらへ移動した。
ちなみにブラドノックは、ニースがどこからともなくマイ・ハサミを取り出した途端、青い顔になって腰を引き、慌てた様子で余所へ行ってしまった。何がどうしたのやら、とサシカイアは首をかしげるだけ。それにしてもニースのマイ・ハサミ、コレ、魔法の品では無かろうか。おまけに材質はミスリルのようだし、かなりの謂われのありそうな品物だ。散髪なんぞに使ってもいいのかと疑問を抱く。かと言って、他に何を切るのが正しいのか、サシカイアには解らないわけだが。
中庭へは椅子を持ち出し、ニースはそこへサシカイアを座らせると、早速散髪にかかる。
白い布でてるてる坊主──ただし頭出し、と言った格好になったサシカイアの背後に立つと、まずは梳る。
「本当に、妬ましいくらいにさらさらの髪ですね。癖もないし」
と言うニースは、微妙に猫っ毛なのが不満であるらしい。本当に微妙にで緩やかに波打つ程度。それはそれで似合っていると思うし、サシカイアは気にすることなど無いと思うのだが、それでも当人には不満があるらしい。
「子供の頃には、なんで自分が金髪じゃないのかって、両親に埒もない文句を言ったこともあります」
苦笑しながら、ニースの昔話。
「ニースの髪の毛だってすごい綺麗だと思うけどなあ」
と言うサシカイアの言葉は心からのもの。ぶっちゃけ、ニースの髪の毛だって他者から羨ましがられる類のものだろう。生粋の日本人だってここまではそういないと言うくらいの烏の濡れ羽色、緑の黒髪。おまけに最上質の絹のような艶がある。キューティクル、天使の輪っかも当然のように装備している。
「私はそれなりの努力を払って、この髪質を維持しているんですよ」
と、サシカイアの怠慢、その癖、荒れることなく綺麗なままの髪の毛が妬ましいとニース。
やぶ蛇かと肩をすくめるが、ニースの方からもうこの話題は辞めようと提案があり、サシカイアは間髪入れず飛びつく。
そのまま後は無言で、ハサミの音だけ。
ぽかぽかいい陽気。何時しかサシカイアは眠気に誘われていた。
「はい、終わりです」
それも、ニースのこの言葉に断ち切られ。
縁取りは金細工、精緻な彫り物の施された大きな鏡で前後左右を確認させられる。何だか、この鏡もかなりの魔力持ちの品物に見える。──真実の鏡? まさかな、と首を振って否定する。こんな事に使っていいような品物じゃないし。そんなはずはない。ないよね?──と自分を言い聞かせるサシカイアに、ニースは感想を求めてくる。
正直、サシカイアには前髪が煩わしくなくなった程度。あんまり違ったようには見えなかったのだが、ニースによると会心の出来らしい。なんてやりがいのない、と項垂れるニースを懸命に宥め。後片付け。
「せっかくだから、耳掃除もしましょうか」
コレで終わりかと思えば、ニースがこんな提案。ありがたく受ける。
そばの芝生の上、座り込んだニースが自分の膝をポン、と叩く。
「膝枕?」
「他にどうしろと?」
これはシュリヒテらに自慢が出来る。いや、奴らを嫉妬星人にしないために、黙っているのが賢明か、そんなことを徒然考えながら、お願いしますと、ちょっぴりドキドキしながらニースの膝の上に頭を預ける。
「それじゃあ、始めますね」
今日はぽかぽか気持ちのいい天気。お日様は心地よく、先刻の眠気がすぐにぶり返してきて。サシカイアが覚えていたのは、ここまでだった。
ニースが気が付けば、サシカイアは静かに寝息を立てていた。
無防備な寝顔に自然に口元に笑いが浮かんでしまう。
黙って立っていれば、吃驚するくらい整っている顔立ち。目尻が上がり気味なせいもあって、下手をすると冷たさすら感じさせるまでの美貌。しかし、やんちゃ小僧じみた表情のせいで冷たさを感じさせることは滅多にない。当人には秘密だが、ころころ変わる表情とピコピコよく動く耳のおかげで、割と考えていることが読みやすかったりする。
「寝ていると、ホント、天使のようね」
と、ニコニコ見つめていたが、次いでニースは飛び上がり、腰を浮かせかける。
「冷たっ。え? よだれ?」
それは勘弁して欲しいと、それでも静かにサシカイアの頭を持ち上げると、ゆっくりと膝を抜く。白の神官衣を濡らしたサシカイアのよだれに困った顔をしながら、頭を芝生の上に降ろす。枕が無くなったことでサシカイアの眉根にしわが寄るが、それもすぐに消え、規則正しい寝息が戻る。
そろそろ、こちらも仕事に戻らないとマッキオーレあたりが困っているかも知れない。とは言え、サシカイアをこのままここに放置するわけにも行かず、こんな無防備な寝顔を見ていると起こすのも忍びない。
さて、どうしようか、とニースは天を仰ぎ、太陽のまぶしさに瞳を細める。
今日は本当にいい天気だった。寒いターバ村の、ごくごく短い過ごしやすい時期。その時期でもとびきり素敵な陽気。今日はそんな日。
「さて、どうしましょうか」
そんなことを呟きながら、素敵な陽気に誘われて、ニースは小さくあくびをした。
「ニース様は?」
息抜き、休憩にと執務室を出てから、一向にニースが戻ってこない。
石の王との約定に従うため、モスへの視察に出かけることを決めたニースは、ここ数日、引き継ぎのための業務なんかで24時間戦えますか状態。流石に休憩を、と勧めたのはマッキオーレの方だが、ここまで戻ってこないと何か問題でも起きたのかと心配にもなる。ニースの決済を待つ書類も結構たまってきているし。
そんなわけで神殿内を探し回り、中庭近くで見かけた女神官に声をかけてみると、返答は唇の前で立てた一本指。
「?」
静かに、と言うことかと口を閉ざしつつ、理由がわからず首をかしげるマッキオーレ。
その不審顔を理解したのか、女神官は顔で中庭、芝生の方を示して見せた。
マッキオーレがそちらを見れば。
美しき眠り姫が2人。
サシカイアとニース、2人仲良く寄り添ってお昼寝中。
思わず苦笑してしまったのは、2人の格好のせい。
大の字、両手両足を放り出すような女らしくない豪快な格好で眠るサシカイア。相変わらず、その美貌に反比例しているかのように、行動その他が暴力的というか破壊的というか。そのギャップがいいという意見もあるが。
そして、そのサシカイアの左腕を枕に、横向き、僅かに身体を丸めるようにして静かに眠るニース。こちらはまさしく眠り姫と言った風情。あるいは小動物か。愛らしく、清楚でたおやか、そんな印象は眠っていても変わらない。
何だか、2人の性格の違いが表れてように見えて、それがおかしみを感じさせた。
女神官が用意してきたらしいタオルケットを2人を起こさないようにと慎重な手つきで腹にかけ。
それから、女性の寝顔をまじまじと眺めるのは感心しませんという具合にマッキオーレの退場を促す。
さて。
とマッキオーレは外を眺め。
今日は本当にいい天気。お昼寝するには最高の陽気。
最近のニースは働き過ぎ。もう少し休ませて上げても問題ないだろう。……もう1人の方にはもう少し何か仕事をしろと言いたくもあるが。
このまま2人は眠らせて、自分たちで出来る仕事を片付けていくかと、マッキオーレはきびすを返した。