今回別作品とのクロスオーバーです。
ご注意下さい。
彼は正直なところ、敵をなめていた。
自分たちに比べれば脆弱な生き物。軽く撫でてやるだけであっさりと死に至る。その程度の相手。敵と表記する事すら大げさに過ぎると。
ここのところ、連中のコミュニティーを襲いに行った一軍が全滅したり、ねぐらにしていた砦を落とされたりと、ろくな事が起きていない。いないが、それも敵の強さを示す出来事ではなく、全ては襲撃隊イヌさんチームや守備隊ミミズクさんチーム連中の怠慢や無能が招いた結果だと思っていた。愚かな仲間を持つと苦労する。尻ぬぐいも楽ではない。しかし、こうやって無能が淘汰された以上、これから先は多少は仕事も楽になるだろう。そんな風に彼は考えていた。
そして彼は、本隊ライオンさんチームの特攻隊長として、直属の上司と共に、ゾンビの群を率いていくつものコミュニティーを滅ぼしていった。
ほら見ろ、やっぱりこいつらは弱っちい。自分たちが本気を出せば簡単に滅ぼす事が出来る、との確信をあらたにしながら。
しかし。
彼らの前に立ちふさがった長耳娘が、彼の傲慢をあっさりと焼き尽くした。
ロードス島電鉄
RF 新牧場物語
それは、圧倒的な火力だった。
炎の精霊王イフリートが睨み、フェニックスが羽ばたく。その絶対的な火力によって、率いていたゾンビの群はほとんど一瞬で焼き尽くされ。幸い彼自身は直撃を避けたモノの、その余波だけで全身に重度のやけどを負う事となった。
そして長耳娘の一撃は、彼にやけど以上に深刻な傷を与えた。彼の精神に恐怖という名の傷を刻み、その心を叩き折ったのだ。
敵は脆弱な生き物。
彼の抱いていた確信は、ただの幻想、己に都合の良すぎる勘違い。敵は脆弱どころか圧倒的、恐怖を覚える程に強かった。
劫火を背後に、薄い胸の前で腕組み、仁王立ちする長耳娘。アレは化け物。アレは既に滅びたはずの王国魔術師並の生き物。アレは彼のチームの隊長ばりに突き抜けた存在だった。彼の事など、蚊を叩きつぶす程度の労力で、あっさりと屠ってしまう事が可能。そう言うレベルのモンスター。
心を折られた彼は、最早戦士たりえず。最早、戦場にとどまる事も出来ず。
ライオンさんチームの特攻隊長としてのプライド。順調に進んできた出世街道、将来への展望。
そんな、全てのモノを投げ捨てて、彼は後ろも見ずに逃げ出した。
追いかけてくる長耳娘の幻影に怯え、兎に角遠くへ遠くへと恐怖心の命じるままに必死で逃げまどい。
気が付けば1人、何処とも知れぬ場所に迷い込んでいた。
そもそも、このあたりは彼の、彼らの世界ではない。文字通りの異世界。地理に不案内であっても、何ら不思議な話ではない。
しかし、今の状況でこれは最悪だった。
強靱な肉体を誇る彼であるが、それにしたって呑気をしていられない程の全身のやけど。何時またあの長耳娘が現れないとも限らないというのに、チームとはぐれてただ1人。自分を、心細さ、なんて軟弱な感情とは無縁の生き物だとこれまで思って生きてきたが、それは大きな勘違いだった。今は何より仲間が恋しい。1人孤独に、寄る辺なく立つ事が、とんでもなく心細い。
彼は仲間を求めて闇雲に歩き回り、体力を消耗させていった。
彼の傷は深い。その上、食事や睡眠を省略した無茶な行動は、確実に彼をむしばんでいく。積み重なる疲労。そうして遂に彼は力尽きてしまう。
普段の調子であれば、なんて事のないぬかるみ。そこに足を取られ、次の瞬間には地面に倒れていた。そして、そうなってしまうと、彼には立ち上がる体力、気力が残されていなかった。
このまま、自分は死んでしまうのか。
こんな、何処とも知れぬ異界の森の中で、仲間ともはぐれ、1人寂しく。
冗談ではない。チームの特攻隊長として、赫々たる戦果を上げ、順調に出世街道を歩んできた自分が。
誰からも省みられることなく虚しく死を迎える。
そんな話が認められるわけがない。
と、喚いたところで体力を消耗させ、死を近づけるだけ。
泣き叫び、喚く事を堪えるのに、彼は超人的な努力を払う事となった。
そして。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか意識を失っていたらしい。誰かの声が耳朶を打ち、それによって彼は覚醒する。
気が付けば、金髪の少女が彼を見下ろしていた。
「酷い怪我をしているようですが、何か私にして欲しい事はありますか?」
おっとりした声で、少女が彼に話しかけてくる。
苦労して彼らの言葉ではなく、下位古代語を思い出しつつ、水と食べ物が欲しいと告げる。
「わかりました」
彼に一つ頷くと少女はきびすを返し、近くにあった家の中に入っていく。
よほど疲労し、余裕を失っていたのだと、彼は改めて思い知る。こんなに近くに民家があったとは、これまで全く気が付かなかった。それほどまでに視野が狭まり、疲労していたのだ。
程なくして、少女は戻ってきた。
「はい」
そう言って、彼に渡してくれたのは。
じょうろだった。
それも、酷くぼろぼろで穴の空いた。
まじまじと少女の顔を見直す。
少女は、にこにことおっとり微笑んでいた。
もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が首をかしげていると、少女は「あっ」と小さく声を上げて一つ手を打つ。
「そう言えば、食べ物もでしたね」
言うと再び家の中に入り、すぐに戻ってくる。
そうして、彼に手渡したモノは。
くわだった。
それも、酷くぼろぼろでさび付いた。
まじまじと少女の顔を見直す。
少女はにこにことおっとり微笑んでいた。
もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が再び首をかしげていると、少女は「あっ」と小さく声を上げて手を打つ。
「これもお渡ししないと」
そう言って彼に手渡したモノは。
かぶの種だった。
まじまじと少女の顔を見直す。
少女はにこにことおっとり微笑んでいた。
もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が三度首をかしげていると、少女は微笑みながら、彼に告げた。
「働かざる者、食うべからずです」
既にその力も残されていないのですが、と彼は目で訴えるが、少女はまるで気が付かない。
「と言うわけで、あなたにはこの牧場を貸して上げます。がんばって耕してください」
何その超展開、と狼狽える彼に構わず、少女が指し示すのは近くに広がる牧場。と言うか、農場? 厩舎らしきモノがあるにはあるが、老朽化は致命的なまでに進んでそのままでの使用に耐えそうにない。隣接する無駄に広い耕作地らしき場所も、既に放棄して久しいのか、カラフルきわまりない雑草が生い茂り、でかい石ころが転がり、何故か切り株がたくさんの、ただの荒れ地にしか見えない。
「牧場の名前はどうしますか、ラグナさん」
ラグナ? 誰の事?、と首をかしげるが、どうやら彼の事らしい。彼の種族がラグナカングであれば納得のネーミングだが、残念ながらそうではない。しかし、少女は名前がないのは不便ですから、等とぬかし、あなたはラグナさんです、とこっちの事情など一切合切を無視して決めてしまう。
そうして再び、少女は牧場の名前をどうするか尋ねてきた。
「今までは、私の名前を付けてミスト牧場って呼んでましたが、ラグナさんが好きに付けちゃって良いですよ」
それじゃあ別の名前を、と促されるままに考え、すぐに思考停止。何故だろう。好きに付けて良いとか言ってくれているが、別の名前にすると、この少女の機嫌を酷く損ねてしまうような気がするのだ。
いや、そもそも、何故自分はこの少女のペースに乗せられているのか。
気にせず、この少女を頭から丸かじりにして飢えを満たすという選択肢もあり、そちらの方がよほど利口なように思える。──のだが、彼の背中は、何故か冷たい汗にまみれていた。
彼に深甚なる恐怖を味合わせた長耳娘。アレに匹敵する、否、それ以上の恐怖を、彼は目の前の少女に感じていた。彼は、彼の最上級の上司に相対している気分になっていた。逆らう事など、思いつきもしない。
「それじゃあラグナさん、がんばってくださいね」
との少女の言葉を受けて。
彼は、以後、ミスト牧場小作人ラグナとして、農作業に従事する事になる。
世にも珍しい、農作業にいそしんで村人と共存していた魔神は、モスはハイランドからやってきた双子の王子によって討ち取られる事となった。
討ち取られたその魔神は、何故か、解放されたようなすっきりとした顔をして、事切れていた。
彼が何を思って農作業に従事していたのか。
彼が何故、解放されたような顔をして死を迎えたのか。
それを知るものは一様に口をつぐみ、真実は謎のままとなった。
彼が面倒を見ていた畑では、静かにかぶが、収穫の時を待っていた。
呪われた島ロードス。
そこには、一つの噂があった。
モスで解放された魔神王。
それとは別に、アラニアの北、白竜山脈にも、封じられたもう一体の魔神王が存在するという、真偽の定かではない噂が……
例によって短時間、その場の思いつきだけで書いたお話です。
農作業デーモンは無視すると言った舌も渇かないうちにこれ。
いずれ狼が来たと叫んでも誰も信じてくれなくなりそうです。
兎に角、色々問題点はあると思いますが、温い目で見て頂けると幸いです。
ちなみに、ミストさんは最初の嫁、大好きです。