「皆さん、お元気でいらっしゃいますか? 世界平和をあなたと共に考える、愛と誠のレポーター、ブラドノックです。私は今、皆さんよ~くご存じの、あの、銭湯に来ております。ごらんのように、清掃中の札がかかっております。つまり中では、サシカイアが服を脱ぎ、サシカイアがかけ湯をし、サシカイアが湯船に浸かり、そして、サシカイアが身体を洗う。とまあ、そう言った、良くある光景が繰り広げられております。私も正直言って、このどきわくを、隠し仰せることは出来ません。──世界に平和を。人類に明るい未来を。と言ったところで、早速中に入ってみたいと思います」
ブラドノックが蛇男劇場の乗りで、カメラ目線でべらべら~と言葉を続ける。
もちろん、マイクを握りしめる手、その小指は立っていた。
ロードス島電鉄
REACT 我が青春のアルカディア
ブラドノックの前には、マーファの湯、入り口があった。入り口にかけられたのれんに大書きされた文字は「女」、そう、ここは女湯だった。
自作の「清掃中」の立て看板を用意して、サシカイアが中に消えたのはついさっき。
それを見送ったブラドノックは、静かに行動を開始した。
前回の失敗。それは、この世界が自分たちの知る現実世界とは似ていて、しかし違う世界であると言うことを軽視したため。そう、ここはおファンタジックな世界。神が、魔法があたりまえに存在する似て非なる世界。あちらの世界のお約束が、こちらの世界では通用しない。そんな当然のことを見落としていたのだ。今にして思えば、失敗したのはあたりまえのことだった。むしろ、致命的な状態になる前にそれが発覚したのは、幸運だったとすら言えるだろう。
「しかし、俺は諦めない。待ちに待った時が来たのだ。多くの英霊が無駄死にでなかったことの、証のために!」
今回、ブラドノックが選んだ方法。
それは前回の反省を生かし、この世界のルールに則った力。
即ち魔法。古代語魔法のコンシール・セルフ。この魔法は、術者の存在を他者から完全に隠匿する効果がある。見えず、臭わず、音を立てても気が付かれない。ドラ●もんの道具で言えば「石ころぼうし」がこれに近い効果を持つ。そんな効果が、術者の集中している限り継続する。気が付かれずに女湯に潜入するのに、これほど適した魔法はないだろう。まさしく、その為に作られたと言っても過言でもない程に。
「再び男の理想を掲げるために。男の浪漫実現のために。マーファの湯よ、私は帰ってきた!」
既に、本当にその効果があることは確認済みだ。ぶっつけ本番で行動する程ブラドノックは無謀ではない。
それでも最初の一歩を踏み出すには勇気が要った。己を鼓舞するように拳を握りしめて宣言すると、ブラドノックは慎重にのれんをくぐった。
そこで感動にしばし身体を震わせる。女湯に入る。成年男子に決して許されることのないその行為を、今自分は誰に咎め立てされることなく行っている。それが、ブラドノックに大いなる感動を与えたのだ。この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、ブラドノックにとっては偉大な、偉大すぎるくらいの一歩なのだ。
とは言え、何時までもここで感動しているわけにはいかない。
ブラドノックは歩を進めると、ゆっくりと視線を巡らせて脱衣所内を観察する。
脱衣所は閑散としている。これは想定通りのこと。サシカイアが元々人の少ない時間を見計らい、更に入り口に「清掃中」の看板を勝手に掛けて入浴制限してしまっているため。貸し切り状態もおかしな話ではない。
ブラドノックは大きく深呼吸。その場の空気を胸一杯に吸い込む。気のせいかも知れないが、ブラドノックは場の空気がピンク色をしているように感じていた。
今、男の自分が、不可侵の領域であった女湯、脱衣所にいて、その空気を吸っている!
何度目かの感動に心を震わせた後、ブラドノックは一つだけ使用中の脱衣籠に近付いた。
そこには、サシカイアの脱いだ服が入っている。きちんと綺麗に畳まれていたことに意外性を感じつつ、そっと手を伸ばす。
「まだ暖かい、近くにいるな」
等と、阿呆な事を呟きつつ、ブラドノックはそれ以上何をするわけでもなく、その場を離れる。
ブラドノックは自他共に認める変態である。もちろん、女性の下着に興味はある。あるが、それは基本、中身付きの場合である。意外かも知れないが、それ単品を愛でる趣味はあまり持ち合わせていないのだ。何より、優先順位を間違えてはいけない。目標はあくまで、脱衣所ではなく浴場にいる。時間は有限、余計なところにかまけている余裕はないのだ。
ブラドノックはゆっくりと、その必要もないのに足音を殺し、息を潜め、脱衣所と浴場を隔てる扉の前まで移動する。
そこで静かに深呼吸。
この扉の向こうに広がるのは夢の世界。桃源郷。我が青春のアルカディア。
どきどきする心臓を宥めると、ゆっくりと扉の手を伸ばし──
「この時間に清掃中?」
不意に脱衣所入り口の方から聞こえてきた声に飛び上がった。
大慌てで脱衣所の隅っこに移動して身を縮める。コンシールセルフの効果を信じれば、わざわざそんなことをする必要はないのだが、それでも、脱衣所の真ん中に立っているような度胸はない。
「……また、サシカイアの仕業かしら」
声は仕方がないなあ、と言う風に嘆息し、暖簾をくぐって脱衣所に入ってくる。
声の主は黒髪清楚な美少女、ニースだった。
隅っこに寄ってはいるが、隠れているわけではないブラドノック。普通ならあたりまえに気が付かれるところだが、コンシールセルフはきちんと効果を発揮していて、ニースは気が付かない。破裂しそうな程に激しく脈動する心臓を宥めながら硬直しているブラドノックの前で、ニースは脱衣籠を用意する。
これからニースはどうするのか?
答えは決まっている。
お風呂に入りに来たのだから、服を脱ぐに決まっている。
ぐびび、と音を立てて唾を飲み干し。
しかし、ブラドノックは顔面を蒼白にする。
拙い、非常に拙い。
サシカイアはいい。中身男だし、セクハラしても冗談で済む──とブラドノックは考えている。もちろんサシカイアの意見は違うが。
だが、ニースは拙い。
いつかの言葉を思い出す。
ニースにセクハラをしたら、本当の悪者になってしまう。
その通りだ。
ブラドノックは変態である。だが、これまで己に恥じることなく、その道を歩んできた。
しかし、このままニースの脱衣を、入浴を覗き続けたら?
それは悪だ。その時には、最早、元の自分には戻れなくなる。決定的に違ってしまう。
そんな確信があった。
これから先、光の元を歩けなくなる。人生の裏街道をこっそり、ひっそり歩かざるを得なくなる。
その非常なリスク。
一番利口な行動は、即座に脱衣所から立ち去る事。
そうすれば、明日もこれまで通りのブラドノックでいられる。それこそが、一番冴えたやり方。
そんなことは百も承知で。
ぐびび。
とブラドノックは喉を鳴らした。
だが、男として。
このチャンスを棒に振っていいのか?
男には、全てを犠牲にしてでも、やり遂げなくてはならない事、やり遂げなくてはならない時があるのではないか?
そして、今がその時だ。
ブラドノックにはそんな確信があった。
これから先、後ろ指を指されるだろう。陰口をたたかれ、石もて追われるだろう。腐った生卵だってぶつけられるかも知れない。手紙にはきっとカミソリが入る。最早、安息の地はこの世界の何処にもなくなるだろう。安息の時が訪れることもないだろう。その罪過は一生涯ブラドノックの背中にのし掛かり、いずれその重みに耐えきれなくなって押しつぶされるだろう。月のない晩に背中を撃たれ、人の通らぬ路地、ゴミための中に倒れて緩慢に死んでいく。それですらマシと思える、そう言う末路しか、自分には用意されないだろう。そして死してもなお、その罪はブラドノックを責め立て、墓は荒らされ、人類の歴史に最低最凶の極悪人として記されるだろう。救いは永遠に訪れない。
そんな一切合切を承知の上で。
ブラドノックは目を見開いてニースに注目した。
そこには、覚悟を決めた「漢」がいた。
その見事な漢っぷりには、思わず超英雄ポイントをプレゼントしたくなるくらい。
今、人生を賭したこの瞬間の全てを、己の記憶に刻み込む。瞬き一つだって、もったいなくて出来ない。大丈夫。きっと、この記憶さえあれば、茨の道だって歩いていける。
そんなブラドノックの前で、ニースは身をかがめて、マーファ神官の制服、貫頭衣じみた白いワンピースの裾に手をかけた。
その瞬間。
かがめたニースの腰が、椅子の上に置いたマイ洗面器を突き飛ばした。
上に置いたバスタオルや着替えをまき散らしつつ、がちゃんと金属音を立てて洗面器が床に転がる。
「ああ~」
と、自分の失敗に小さく嘆きの声を上げつつ、ニースがしゃがみ込んで散らばってしまった着替えやらをかき集め始める。
その中には乙女の神秘、白い小さな布きれなんかもあったが、ブラドノックの視線は違うモノに引き寄せられていた。
お風呂道具や着替え類に混じって存在するには違和感のありすぎるそれは、落ちたときに金属音を立てたモノ。
脱衣所の灯りを反射する、鮮やかに銀色に輝くそれは。
──大型のハサミ。
「マーファ様に戴いた、大切なものが」
ニースは慌て気味にそのハサミを持ち上げて、付いてもいない埃を払う。
アナライズ・エンチャントをして魔法がかかっているかの確認をするまでもない。明らかに自然とは異なる輝きを灯すそのハサミは、間違いなく魔法の道具。それも、古代語魔法と言うよりも、何か別種の──おそらくはマーファ神の手による祝福を受けている。言うなれば神器、祭器の類。
「ふふふ。ちょん切り丸は、今日もいい感じですね。最近は使用機会がなかなか無いのがアレですが」
しゃきん、とそのハサミで素振り?をして見せるニース。
ブラドノックは即座に回れ右をして、集中を切らさない程度の、しかし可能な限りの速度で脱衣所を後にした。決して、後ろを振り返る事はなかった。
REACT STAGE マーファの湯・極秘潜入作戦Ⅱ
MISSION FAILED……
獲得経験値 0
成長
シュリヒテ なし
ブラドノック 超英雄ポイントあげようかと思ったけど、最後にへたれたのでやっぱなし
ギネス なし
サシカイア なし
お風呂編、その2
ニースの性格がアレだとか、途中で明らかに集中切らしてるだろうとか、色々突っ込みどころだらけだと思いますが、ギャグだと思ってぬるくスルーして頂けると幸いです。
アイテム
名称:神罰のハサミ(ちょん切り丸)
知名度:20(ただし、マーファ神官は必ず知っている)
魔力付与者:大地母神マーファ
形状:大型のミスリル製のハサミ
必要筋力:1(打撃力6)
基本取引価格:非売品
魔力:攻撃力、追加ダメージ共に+3
大地母神マーファ自ら作り、鍛え上げ、人に与えた聖なるハサミ。いわゆる神造兵器。
覗き魔に対して攻撃した場合、必ず命中、クリティカルしてちょんぎる。
このダメージで生命点が0以下になっても、生死判定は必ず成功する……死んだ方がマシかもだけど。
負った怪我はキュアウーンズやヒーリングによる治療が可能だが、リジェネーションによる再生治療は不可能。
覗き魔以外が相手だと、まるで効果無し。ダメージを与えられない。