アラニアは地震頻発地帯である。と言うわけで、結構な数の温泉があったりする。
マーファ本神殿でも、源泉から引いてきた素敵な温泉が存在する。そう言うことに今勝手に決めた。
それを、中身日本人のサシカイアが見逃すはずがない。何しろ、現代日本人はほとんど潔癖性なまでの綺麗好きで知られる民族なのだ。自分は別に綺麗好きじゃないぞ、と言う人でも、毎日お風呂に入るという人は珍しくないだろう。しかし、これが世界全体で見ると酷く希有なことだったりするのだ。先進国だってそうじゃない国が割とあったりする。むしろ、臭いがセックスアピールだなんて言う国もあるくらい。
だから、アダモ村から廃棄砦での戦闘までの数日間、お風呂に入れなかったのは中身日本人のサシカイアらにとっては非常に不快で辛いことだったりした。
そのサシカイアがマーファ本神殿に温泉を発見して、入らずにいることが出来ようか。出来るはずがないのである。
ロードス島電鉄
EX ミッション・インポッシブル
自作の「清掃中」の看板なんかを入り口に立てると、うきうきとスキップ踏みかねない勢いでサシカイアが脱衣所に消える。
それを見送る怪しい影。
「こちら、スネーク。本部、応答願います」
通話の護符と言われる遠距離通信マジックアイテムに小声で囁く怪しい男。
『こちら本部、スネーク、状況を報告せよ』
護符からはすかさず返答が帰ってくる。
「目標は、鳥籠に入った。繰り返す、目標は鳥籠に入った」
『状況了解』
「これより、潜入作戦を開始する」
『スネーク、相手は鋭い、大丈夫か?』
「偽装は完璧だ。気取られる心配はない」
それに、とスネーク──もといブラドノックはほくそ笑む。
こちらはシーフ技能を目標当人に教えて貰うことで習得している。あちらは、こちらが戦闘時の回避力アップのために習ったと本気で信じている。その油断をつかせて貰う。
さらには言葉通り、偽装も完璧である。たとえあちらのシーフレベルの方が格段に上でも、発見される心配など皆無だ。
「……何をしているんですか?」
そこで、思い切りうろんなモノに向けるみたいな声が投げかけられて、ブラドノックは飛び上がった。
まさか、ばれた?
そんなはずがないと思いながらも、覗き穴から確認。
そこにいたのはニース。まっすぐにこちらを見ている。どうやら、ばれているらしい。
「くっ、さすがはおファンタジックな世界、こちらの常識が通用しない」
口の中で呟く。
「声からすると、ブラドノックですよね、その中にいるのですか?」
中身までばっちりばれてる。
仕方がないのでブラドノックは完璧な偽装──すっぽりとかぶっていた箱から外に出る。やはり、段ボールでなかったのが画竜点睛を欠き、ニースに発見される運びとなったのだろうか。
「……かくれんぼですか?」
ほとんど信じていませんよ、と言う口調でニース。ニースの視線はブラドノックと近くの脱衣所の出入り口を行ったり来たり。
「もちろん、かくれんぼです」
力強く、ブラドノックは断言した。やましい所など欠片もありません、そう信じたくなる程にきっぱりと。
それを聞いて、ニースは良かった、と大きく頷く。
「何しろ、もし覗きをしようとしていたのなら、マーファの戒律に従って、ちょん切らなくちゃいけなくなりますから」
「ちょ、ちょんぎる?」
ブラドノックの声はみっともなく裏返ってしまった。
「な、何をちょん切るんですか?」
「……」
ニースは答えず、にっこりと笑った。
ものすごく魅力的な笑顔だったが、ブラドノックは冷や汗が流れるのを止められない。腰も引けている。しかし、男ならば仕方のないことだろう。
と、そこで、ブラドノックはニースがマイ洗面器を持っているのに気が付いた。
「ニース様もお風呂に?」
「ええ、ようやく時間が取れましたので、気分転換も兼ねまして」
覗いたら、ちょんですよ、と、指ではさみを作って何かをちょん切る仕草をする。
「ええと、今、サシカイアが入っているんですが……」
「じゃあ、背中の流しっことかできますね」
ニースは嬉しそうに両手を軽く打ち合わせる。
「どうも神殿の人たちだと、私が背中を流しましょうかと言っても恐縮されてしまって、なかなか仲良く洗いっこってできなかったんですよ」
サシカイアなら大丈夫ですよね、と本当に嬉しそうに笑う。子供っぽいかも知れませんが、憧れていたんですよ、と屈託のない笑顔を見せる。
否、違う意味で全然大丈夫じゃないです、とか思ったが、あまりに嬉しそうなニースに水を差すわけにも行かずに、ブラドノックは曖昧な表情で応じる。曖昧な表情は得意だ。だって日本人だから。
「それでは。──繰り返しますけど、覗いたらちょん、ですよ」
と、ニースは言って、脱衣所に消えていく。清掃中の看板はスルーだ。
「あ~、まあ、良いか。今のあいつはちょん切られるものもないし」
その背を見送ったブラドノックは何となく天を仰いで、全ての問題を棚上げした。
『こちら本部、スネーク、どうした?』
そこへ、本部──あてがわれた自室で療養しているシュリヒテからの通信が入る。後でイリュージョンによる再生を約束しているので、おとなしく待っているわけだが。
「こちらスネーク。残念な事に……いや、幸いなことに、作戦実行前にニース様にばれた。いま、ニース様は脱衣所に入った」
『……どうする? 作戦を続行するか?』
「あ~~~、やめとく。マーファの戒律とやらがかなりヤバイし、なにより、サシカイアならともかくニース様にセクハラしたら、本物の悪者になってしまう」
サシカイアが聞いたら憤慨すること間違い無しだが、護符の向こうのシュリヒテも納得して大いに頷いている様だ。
と、そこへ。
「え、ちょ、ニース? 何で?」
温泉の方から、サシカイアの悲鳴に近い声が聞こえてきた。
EXTRA STAGE マーファの湯・極秘潜入作戦
MISSION FAILED……
獲得経験値 0
成長
シュリヒテ なし
ブラドノック なし
ギネス なし
サシカイア ちょっぴり大人になった
お風呂編。
時期的には廃棄砦の一戦の後、マーファ本神殿でウサギとにらめっこしたりでぐだぐだしている頃と考えてください。