「し、死ぬかと思った……」
「死んだんだよっ!」
「おふぅ」
開口一番、のんきに呟いたシュリヒテに、サシカイアは思い切り裏手つっこみを入れた。良い具合に入ってしまい、せっかく気が付いたシュリヒテの意識を再び飛ばしかける。しかしシュリヒテは何とかぎりぎりで踏みとどまったようで、苦労して腕を動かすと己の首をなでる。身体がうまく動かない様だが、これは予想されていた事。蘇生の儀式で命を取り戻しても、一週間程度はまともに動けないのだ。
「……夢じゃなかったのか?」
尋ねてくるシュリヒテに、サシカイアは重々しく頷いて見せた。
「あ~~、まじかよ」
シュリヒテは顔を両手で覆い、うなだれる。
「せっかく地道に積み上げてきた、ニース様への俺の好感度がパーかよ」
「安心しろ、元々ゼロはパーになってもゼロだ」
「……落ち込んでるところにひどくね?」
「こっちを死ぬ程吃驚させた罰だ」
サシカイアはにべもなく言い捨てる。実際、心臓が止まりかねない程、アレは吃驚した。シュリヒテがこっちは本当に心臓止まったんだけど、とか言っているが無視だ。
「で? 何か質問はあるか?」
「スリーサイズは?」
「もっぺん死ぬか?」
間髪入れずに聞いてくるシュリヒテに、殺意に満ちた視線を向ける。
「冗談だ」
小さくお手上げ、降参のポーズをして、シュリヒテは首を動かして周りを見る。
「ここは?」
シュリヒテが寝ているのは、草木が複雑に、がっしり組み合わさって作られた半径5メートル、高さ2メートル程のドームの中。そんなところに寝るのはごつごつしてしんどそうだが、ところがどっこい、床、地面の部分はびっしりと丈の短い草が生え、意外に柔らかくて寝心地が良い。おまけに適度に暖かく、適度に涼しい。何というかやたらと心地の良い空間である。フィトンチッド、マイナスイオンもたっぷり発生してそうだ。
「俺の作ったプラントシェルの中だ」
「おお。これが」
テント代わりに便利な精霊魔法である。
「で、こいつは?」
と、次いで自分の隣でうんうんうなりながら寝ているギネスを指さす。
「お前が死んだのに吃驚して意識を失った。蘇生の儀式に参加して欲しかったんだがな」
死者をよみがえらせる蘇生の儀式は、参加する術者の人数で達成値をプラスできるのだ。
「てことは、ニース様が?」
「そう言う事だ。後でお礼言っとけよ」
同行者にニースがいたのは実に幸いだった。何しろレベル11プリーストで超英雄ポイント持ち。蘇生の魔法を任せるのに、これ以上安心できる人材はロードスどころか、フォーセリアの世界中探したっていないだろう。
「ああ」
シュリヒテは素直に頷く。
「で、敵はどうなった?」
「敵は俺が転ばせてドワーフさん達が倒してくれた」
あの後、慌てて放った精霊魔法のスネアによって、アザービーストはあっさりと転がった。これは余計な事だったかも知れない。アザービーストは既に死にかけで、ろくに動けもしないみたいに見えた。アレが、最後の力を振り絞って繰り出した終の一撃。既に抜け殻、転がって、起きあがるためにもがく事すら苦しそうだった。そこへドワーフの戦士二人が駆け寄って、あっさりととどめを刺した。
「……何で、剣を止めた?」
愚問と知りながら、サシカイアは尋ねずにはいられなかった。
あの瞬間、明らかに先にアザービーストへたたき込まれようとしていたシュリヒテの剣は、その寸前で止められた。同時に、身体の動きも。その瞬間、シュリヒテは全くの無防備になっていた。そこへ、アザービーストの捨て身の攻撃が、これ以上ないくらいの見事な角度で入り、シュリヒテは首を飛ばす事になった。
「これで殺せると思ったら、これでこいつが死ぬと思ったら、身体が動かなくなった」
顔を両手で覆ったまま、シュリヒテが応じる。
今更、と言う感もある。あるが、それでもそう言われれば、理由としてすとんと納得していまう。自分たちは、殺し殺されることに、どうしようもなく慣れてない。そして、下手に能力が高かったばっかりにリスク管理をなおざりに、その場のノリと勢いで行動し、その覚悟も決めていなかった。
「なら、それでもせめてかわすとか……」
「あの瞬間、世界がすごいゆっくりになったんだ」
ゾーンとかフローとかピークエクスペリエンスとか言う状態か? 極度の集中状態による時間の遅延、引き延ばし。一流のアスリートがしばしば経験するとか言われている、特殊な状態。後、交通事故の瞬間とか、命の危機にはそこいらの一般人でも経験できたりする。でも、何もできなくて結局ぶつけてしまったりする。実際何もできなくてぶつけた。
「まるでスローモーションであいつの腕が迫ってきて。避けるのはすごい簡単だと思ったのに、身体が全然動いてくれなくて。そしたら、頭の中にこれまでの人生とか、パパとかママとか姉ちゃんとかの顔が浮かんで……」
こいつ、パパとかママとか言ってるのか? 何処のぼんぼんだよ、とは思ったが、さすがに空気を読んでそれを指摘するのは避ける。
「……どうせ、健康体に戻るまでに一週間かかる。それまでここにいるわけにはいかないが、とりあえず今日は休め」
サシカイアは言って、小さく入り口開閉のための合い言葉を唱えると、プラントシェルの中から外へ出る。その背中に、シュリヒテの嗚咽が聞こえてきたが、礼儀正しく聞こえないふりをした。
ロードス島電鉄
012 夜空ノムコウ
プラントシェルの外へ出ると、既に日が落ちかけていた。
大きな木の下、下生えに隠れ、頭の上に張り出した木の枝で煙が拡散して目立たない場所に竈を作り、その上に大きな鍋を置いて夕ご飯の支度が始まっている。
調理しているのは白い布巾を頭に巻いたニース。お玉を口に付けて味の確認をしている姿にサシカイアは目を細める。
ああ、何というかすごく癒される光景だ。是非とも、先にご飯にしますか、それともお風呂?、とか言って欲しい。
「あ、シュリヒテさんはどうでしたか?」
「じゃあ、ニースで」
「え?」
こちらに気が付いて尋ねてくるニースに、反射的に応えてしまってげふんげふんと咳払い。
「気が付いたけど、かなり落ち込んでるみたいだ」
「そうですか」
少し表情を沈めてニース。
「と言うわけで、こっちのシェルはあの二人専用で。──まあ、ニースが落ち込んでるシュリヒテをいじめて楽しみに行きたいというのなら、別に止めないが」
「そんな悪趣味な真似はしません。……サシカイアじゃありませんし」
後半は小声で。しかし、しっかり聞こえてますよニースさん。
「……まあ、もう一回言わせて貰うけど、本当にありがとう。おかげで助かったよ」
それでもしっかりお礼を言っておく。礼儀は人間関係の潤滑油です。
中途半端な沈黙で気が付いたのか、聞こえちゃいましたか、と口の前に持ってきたお玉の向こうでこっそり舌を出し。それからニースは胸の前で両手を振る。
「いえ、お礼を言われる様な事じゃありませんから。それに、ギネスさんも蘇生の魔法、使えるんですよね?」
そのはずなんだが、どうなんだろう。正直、今五つくらい不安だ。
「あ~。お腹空いた~」
と、そこへブラドノックと、ドワーフ、神官戦士の合計4人が戻ってくる。こちらは今まで、すっかり平らになってしまった砦跡で、生き残りがいないか調べていた。特に問題はなかった様子だ。
「もうすぐ食べられますよ」
ニースがにっこり笑ってねぎらう。
「じゃあ、ニース様で」
「え?」
反射的に応えたブラドノックがげふんげふんと咳払い。
何だろう、すごく落ち込む。ひょっとして俺って、ブラドノックと思考形態が似てる?、とサシカイアは愕然とする。それは人として終わっているのではなかろうか。
「サシカイア、シューは?」
そこへ、やはり気になるのか、ブラドノックが尋ねてくる。
「意識取り戻した」
「そうか、よかった~」
ふ~~~、と大きく安堵の息をついて、しゃがみ込む。
その気持ちはよく分かる。ニースの実力を疑うわけではないが、普通の現代人には、蘇生の魔法で生き返る、と言われても、それってなんてファンタジー?、である。首ちょんぱされた死人が甦るなんて、今ひとつ、信じがたいのだ。
「でも、大分落ち込んでいるな。あと──」
言って、サシカイアは手を差し出す。
「言わなかったのか?」
「言わなかったな」
くっ、とブラドノックが悔しそうに呻き、懐から金貨を取り出してこちらに寄越す。
実は二人でちょっとした賭をしていた。気が付いた瞬間に、あの台詞を言うや言わざるや。あの定番の台詞──「知らない天井だ」である。ブラドノックは言うに賭け、こちらは賭けなかった。つまりはこちらの勝利である。さすがにそんな台詞を言っている余裕はないのだろうと読んだのだが、実際はもっと間抜けな台詞だった様な気がする。
そんなやりとりをしている内に、ニースの手による料理は完成した。それぞれ器についで貰って食事を始める。ニースと神官戦士はその前にマーファ神に向けるお祈りをしていた。こちら二人はもちろん「いただきます」だ。
「ニース様の手料理~」
と、テンション高いのはブラドノック。今回は器に盛るのが自分だけ少量、なんて事もなかった事に、涙を流しそうに感動している。
持ってきていた穀物と、その辺で摘んできた山菜と、その辺で捕まえてきたウサギ肉の煮込みという、ワイルドでシンプルな料理だったが、結構美味しかった。一口食べてみて分かったのだが、かなり空腹だったのも、素敵な調味料の一つだろう。──ちなみにウサギを捌く現場は見ない様にしていた。
自分の腹が満足してから、シュリヒテやギネスの分を持っていこうとする。と、ブラドノックに止められた。
「?」
「俺が持っていく」
「別に良いが、そんなに力を入れて宣言する事か?」
首をかしげるサシカイアに、ブラドノックは分かっていないと首を振った。
「シュリヒテは身体がろくに動かせないんだぞ? つまりは、持っていった者が食べさせるという事。ニース様やお前がシュリヒテに、「ふ~ふ~」して冷ましたり「あ~ん」なんて食べさせる。そんな美味しい思い、させてたまるかっ!」
「……まあ、がんばってくれ」
確かにやる方も屈辱かも知れないと、サシカイアはあっさりとブラドノックに任せる。
任せられたブラドノックはシェルへ向かい。
「馬鹿野郎、お前じゃなくてニース様を。それがダメならせめてサシカイアを要求するぞ。チェンジだ」
「ははは、馬鹿め、そんな美味しい思いをさせてたまるか」
なんてやりとりが入り口が閉じるまでの間に聞こえてきた。シュリヒテも大分元気を取り戻している様であるから、重畳としておこう。さすが、馬鹿は立ち直りが早い。
ちなみにギネスはまだうなされていた様だ。
食事が終わると手早く片づけ。
その後、夜営時の見張りの順番を決める。シュリヒテ、ギネスの二人は戦力外とし、残りの6人で順番に3交代。サシカイアはブラドノックと組んで一直目となった。これは、二人とも魔法を使って疲労しているだろうと言う事から。同じ理由で、ニース、神官戦士の二人が3直目となった。6時間連続して睡眠を取らないと精神力は回復しないのだ。一番きついのは寝て起きて見張りをしてまた寝る二番目である。あるが、ここは前述の理由もあって、すんなりドワーフ二人が引き受けてくれた。
たき火のそばに腰を下ろし、周囲を伺いながら、ブラドノックと会話する。
「……死んじゃったな」
「……ああ、見事に死んだ」
二人して沈黙。
沈黙は結構な時間続き、それに先に耐えられなくなったらしいブラドノックが口を開く。
「やっぱり、ゴブリン相手にしとくべきだったな」
手頃な相手だと思えたんだけどなあ、とブラドノックが己の判断を悔やむ。その辺り、サシカイアやシュリヒテも責められない。シュリヒテは自分でやる気になっていたのだし、サシカイアもあっさりゴーサインを出している。
「こちらは後衛だから、自分の手で殺すって言う感覚が希薄だからなあ」
サシカイアもああ~、っと天を仰ぐ。
やはり、剣を持ち、自分の手で生き物を殺す。それは遠距離から魔法で殺すのとは全く違うのだろう。実際、夕飯のウサギ、ニースに変わって自分で捌こうかとサシカイアは思ったのだが、やっぱり断念している。現代っ子には、他の生き物を殺す経験なんて積む機会がほとんど無い。それは平和という事で、良い事なんだろうが、こんな世界に投げ出されるとちょっと困る。いや、かなり困る。……これが自分勝手な思いだと自覚はしているが。
「本当に、このまま冒険者を続けようって言うのなら、どこかで殺す経験つんどかないと、やばいよなあ」
二人が焦るのには、理由がある。
戦いの歌で何とかなるんじゃないか。と気楽には構えていられない。
なぜなら。
「ギネスの神聖魔法、まだ大丈夫かな?」
「さてなあ」
二人は──シュリヒテを入れて三人は、ギネスのプリースト技能が失効する可能性があると判断していた。いや、逆に今使える事の方が不思議に思えてすらいる。当人は余裕がないので、これ以上追いつめるのもよろしくないと、今のところはわざわざ指摘していないが。
ギネスのプリースト技能はマイリー神の信者のモノ。マイリー神は戦の神。正義の戦いを肯定し、祝福し、逆に卑怯な行動や臆病な振る舞いを否定する。どう考えたって、マイリー神が肯定するとは思えないギネスの現状である。あまりにその神の信者としてふさわしくない振る舞いを続けた場合、そのプリースト技能を失効する場合があるのだ。ニースに確認したところ、数は少ないが実際その種の事は起きた事があるらしいとの返事も貰っている。こちらの考えすぎですませるわけにはいかないという事だ。
そしてそれ以上に。
プリースト技能、神聖魔法とは、神に対する祈りの対価。使用するのに信仰心を必要とする。
信仰心。
果たしてギネスがマイリー神を信仰しているかと問えば、答えはノーだろう。ただでさえ、信仰とか神とかに関していい加減な日本人。それが、創作の神様を信仰するか、と訪ねられれば、答えは決まり切っている。ギネスは、これっぽちもマイリー神を信仰していない。しているはずがない。
ならば、神聖魔法を使える方が不思議なのだ。
ゲーム上の処理として、繰り返してその宗派の信者にふさわしくない行為を続けた場合、GMがその技能を取り上げる事ができるとある。今はまだその執行猶予期間なのか。あるいはマイリー神は思っている以上に太っ腹なのか。
信仰心皆無の状態で、ギネスが何故マイリーの神聖魔法を使えるのか。その理由は分からないが、たとえばこの瞬間に、ギネスが神聖魔法を使えなくなったとしても文句を言う資格はないと言うのは分かる。
いつまでも戦いの歌に頼り切っていたのでは、きっと、どこかで手痛いしっぺ返しを受ける事になるだろう。
だから本気で冒険者を続けるのであれば。
今は一刻も早く、自前の精神力で、自前の勇気で、戦える様になる必要があるのだ。
「……とりあえず、その辺りも含めて、もう一度まじめに相談する必要があるよな」
あるいは。あるいはだが、冒険者以外の道を改めて考える必要もある。
サシカイアは改めて天を仰いだ。
見上げた夜空には、ちょっと吃驚するくらいに、たくさんの星が瞬いていた。
そのころ、プラントシェルの中では……
「これ出入り口何処? ちょ、勘弁してよ、まじやばい。やばいよ。僕はトイレに行きたいのに!」
「お前はまだ隅っこでできるだけましだ。俺は身体がろくに動かないんだぞ。──このままだと漏るぜ~、漏るぜ~、超漏るぜ~」
と、出入りの方法、合い言葉を知らないギネス、シュリヒテがパニくっていた。
2ND STAGE 放棄砦攻略戦
MISSION COMPLETE?
獲得経験値 1000
レベルアップ
シュリヒテ なし 残り経験値1000
ブラドノック なし 残り経験値3000
ギネス なし 残り経験値2000
サシカイア なし 残り経験値2500