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No.4708の一覧
[0] 歩く道先は 憑依・TS有り (旧題 ゼロの使い魔、憑依物?テスト)[BBB](2010/02/12 04:45)
[1] タイトル、なんにしよう・・・ 1話[BBB](2010/06/17 04:00)
[2] 以外にご好評で・・・ 2話[BBB](2010/06/17 04:00)
[3] 今回は前二つより多め、しかし原作なぞり 3話[BBB](2010/06/17 23:10)
[4] まずは一本立ちました 4話[BBB](2010/06/17 23:10)
[5] 大体15~20kb以内になっている・・・ 5話[BBB](2010/06/17 23:10)
[6] まさかの20kb超え 6話[BBB](2010/07/04 04:58)
[7] 区切りたくなかったから、25kb超え 7話[BBB](2010/07/04 04:59)
[8] 14kb位、そういうわけで原作1巻分終了の 8話[BBB](2010/08/21 04:01)
[9] 2巻開始っす、しかし7話は並みに多く 9話[BBB](2010/07/04 05:00)
[10] やばいな、中々多く…… 10話[BBB](2010/07/04 05:01)
[11] 区切りたくないところばかり 11話[BBB](2010/10/23 23:57)
[12] 早く少なく迅速に……がいい 12話[BBB](2010/10/23 23:57)
[13] やっぱこのくらいの量が一番だ 13話[BBB](2010/10/23 23:58)
[14] 詰まってきた 14話[BBB](2010/10/23 23:58)
[15] あれ、よく見れば2巻終了と思ったがそうでもなかった 15話[BBB](2010/10/23 23:59)
[16] こっちが2巻終了と3巻開始 16話[BBB](2010/08/21 04:07)
[17] これはどうかなぁ 17話[BBB](2010/03/09 13:54)
[18] 15kb、区切れるとさくさく 18話[BBB](2010/03/09 13:53)
[19] 区切ったか過去最小に…… 19話[BBB](2010/03/09 13:57)
[20] そんなに多くなかった 20話[BBB](2010/08/21 04:08)
[21] ぜんぜんおっそいよ! 21話[BBB](2008/12/03 21:42)
[22] 休日っていいね 22話[BBB](2010/03/09 13:55)
[23] 詰めた感じがある三巻終了 23話[BBB](2010/03/09 05:55)
[24] これが……なんだっけ 24話[BBB](2010/10/23 23:59)
[25] 急いでいたので 25話[BBB](2010/03/09 03:21)
[26] おさらいです 26話[BBB](2010/01/20 03:36)
[27] 遅すぎた 27話[BBB](2010/03/09 13:54)
[28] 一転さ 28話[BBB](2009/01/10 03:54)
[29] スタンダードになってきた 29話[BBB](2009/01/16 00:24)
[30] 動き始めて4巻終了 30話[BBB](2010/02/12 04:47)
[31] 4巻終わりと5巻開始の間 31話[BBB](2010/03/09 05:54)
[32] 5巻開始の 32話[BBB](2010/10/23 23:59)
[33] 大好評営業中の 33話 [BBB](2010/08/21 04:12)
[34] 始まってしまった 34話[BBB](2010/08/21 04:09)
[35] 終わってしまった 35話[BBB](2010/02/12 04:39)
[36] まだまだ営業中の 36話[BBB](2010/01/20 03:38)
[37] 思い出話の 37話[BBB](2010/01/20 03:39)
[38] 友情の 38話[BBB](2010/02/12 04:46)
[39] 覚醒? の 39話[BBB](2010/08/21 04:04)
[40] 自分勝手な 40話[BBB](2010/08/22 01:58)
[42] 5巻終了な 41話[BBB](2010/08/21 04:13)
[43] 6巻開始で 42話[BBB](2010/10/24 00:00)
[44] 長引きそうで 43話[BBB](2010/10/24 01:14)
[45] あまり進んでいない 44話[BBB](2011/11/19 04:52)
[46] 昔話的な 45話[BBB](2011/11/19 12:23)
[47] もしもな話その1 このポーションはいいポーションだ[BBB](2010/08/21 04:14)
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[4708] 4巻終わりと5巻開始の間 31話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/09 05:54

 ラグドリアン湖から帰ってきて、ベッドに丸まっていた。

 震えていると言っても過言ではなかっただろう。
 未来がここまで怖いとは、思いもしなかった。
 被った毛布の中から、もう一つのベッドを見る。
 規則的な呼吸をして寝ているサイト。

 ラグドリアン湖に水の精霊の涙を取りに行く前の徹夜、学院に帰ってくるまでたった四時間もない仮眠。
 果ては激しい戦闘と、二度の大怪我。
 治癒の魔法で怪我が治ったとは言え、体力が回復するわけじゃない。
 そんな傷つき、疲れ果てた体をガンダールヴで支えていたはずだ。

 本当なら、もっと怪我は小さかった筈だ。
 もっと疲れていなかった筈だ。
 ……そんな状況に変えてしまったのは、俺。

 以前、『ルイズ』になる前に感じていた未来への漠然とした不安感。
 このままで良いのかと、現状に対して意味の無い不安を感じていた。
 これはただの不満足、もっと良い暮らしがしたいとか、もっと良い物を食べたいとか。
 欲求不満と言ったものだろう。

 そんなつまらない感情とは違う、心の底から感じ取れる塊。
 話の変化に対して、確固として存在する『恐怖』と言う感情。

「………」

 この変化がどう捩れて現れる?
 知らない奴が出てきたりしないか?
 敵が増えたりしないか?
 致命的で、対処できないような事が起こったりしないか?
 それが原因で死んだりしないか?
 そうなった場合に責任が取れるのか?
 償いが出来るのか? 

「……ダメだ」

 こんなセカイより、極めて死ぬ確率が低い世界からの強制的な召喚。
 数多無数に存在する平行世界の中の一つの世界から引っ張り込んだ。
 つまらない、つまらなさ過ぎる自己満足の為に一人の人間の命を『殺そうとしている』
 死なせたりしてしまったなら、どう足掻いても償いなど出来ない。
 永遠に失われた命を取り戻す術など無い。

 伝説と言われるほど強力な『虚無』であろうと、命の蘇生など出来ないかもしれない。
 殺人に対する償いなど、『死ぬ前の完全な状態に戻す』と言う奇跡以上の有り得ない事をしなければいけない。
 この世界がファンタジーに属する物でも、『生命の蘇生』と言うご都合主義な物は一切無いはず。
 少なくとも系統魔法では絶対に出来ないだろう。

 死んだら死者、生きていれば生者、決して前者から後者へと移行する事など無い。
 旧き水の力を持つアンドバリの指輪、力としては凄まじい物であるが、やはり変わらない。
 死者は死者、動く死体に過ぎない。

 つまり取れない責任と、償えない過ち。

 自己嫌悪とストレスの渦、抜け出せない螺旋のループ。
 泥沼、それも底なしの。
 たった一人、沈み行く思考。





 完全に夜が明けるまでの短い時間は、一瞬の永遠だった。



















タイトル「意味の有る嘘、意味の無い嘘、後者は悪辣」




















 終わりの無い、回り続ける思考。
 切っ掛けが無ければ浮かぶ事が出来なかっただろう。
 ベッドに入ってからずっと同じ姿勢で、気が付けば窓から朝日の光が入ってきていた。
 外は完全に日が昇っているのだろう。
 それを認識できる状態に意識を引き戻したのは声、サイトの寝言。
 何かを呟いているが、なんて言ってるのかは分からない。

「………」

 毛布を退けて、ベッドの端に腰掛ける。

「お、娘っ子はもう起きたのか」
「黙ってなさい、サイトが起きるでしょう」
「……そりゃあすまねぇ」

 一喝、そのまま黙りこくるデルフリンガー。
 頭が痛い、たった一日程度の徹夜で頭が痛む。
 『解除<ディスペル・マジック>』で精神力を使いすぎたのか。
 だが解除を使ったときに『無くなる』感覚はしなかった、削る必要が無い位に溜まっていたらしい。

「………」

 唇が乾いている、喉が張り付いてくるような感覚。
 立ち上がる、何か飲もうと落ち込んだ頭で考える。
 ネグリジェを脱ぎ捨て、何時もの服装、白のブラウスに黒のプリーツスカートを着付ける。
 その動作一つ一つが鈍い、精彩を欠いている。
 そしてはぁ、と吐き出すため息。
 何でこんな風になったんだろうか、理由など分かりきっているのに考えてしまう。

 全てが自分、両親に自分が違うと打ち明けたのも、アンアンが変わるよう吹き込んだのも、サイトを無理やり召喚したのも。
 全て自分でやったことだ、全て、自業自得。
 それだけならよかった、自分だけが変わった結果を受けるのだから。
 だが、これは違う。
 皺寄せが俺だけじゃなくサイトにも来る、アンアンにも来る、タバサにも来る、キュルケにも来た。
 果ては国さえも滅ぶかもしれない。

 ……憶測、全てはただの妄想。
 片手間に吐き捨てていい内容、それなのに怖い。
 否定も肯定も出来ない、どちらとも『こんな風になるわけがない』と言う判断できる証拠が無い。

「ィッ……」

 いつの間にか歩いていた、そしたらドアにぶつかった。

「おいおい、娘っ子。 だいじょぶか?」

 額を摩りつつ、ドアノブを回して外に出た。



「……どうしたってんだ?」

 ふらふらと出て行くルイズを見ながら、デルフリンガーは呟く。
 先ほど娘っ子が『黙れ』と発した姿と、その迫力が一瞬で見る影も無くなったその姿、明らかに違う存在に見えた。
 覇気が無い、その一言で表せるような姿だった。

「……ルイ、ズ……むにゃ……」

 そんな状態の娘っ子を知らない相棒は呑気に寝言を言っていた。

「……どうしたのかねぇ、娘っ子は」

 ルイズの豹変したその姿に、デルフリンガーは唾の金具を鳴らした。











 ルイズは一人、廊下を歩く。
 寮の廊下を歩く、階段を下りる、食堂への通路を歩く。
 その間に一切人とすれ違わなかった。
 食堂のドアに手を掛けないで、ドアがある壁沿いに沿って歩く。
 1分も歩けば食堂の裏口が見える、大量の食材を運び入れる搬入口、その隣の人員用勝手口。
 それを潜り抜けて、厨房内に顔を出す。

「ヴァリエール様、おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」

 ルイズの顔を見るなり頭を下げるメイドたち。
 その動きは湖が割れるかの如く、ルイズがまっすぐ歩けるよう道が開けた。
 中には笑顔を向けてくる者さえ居る。

 道を譲る、道を開ける、他の貴族でも出来るだろう。
 だが、メイドたちは笑顔を向けはしないだろう。
 言えば、ルイズだからこそ向けてきているのだが、この日の本人は全く見向きもしていなかった。





 搬入口から聞こえてくる声、それは挨拶で、挨拶されている方の名前が耳に入った。
 振り向いて見れば、私より背が低くて、私より綺麗で、私より偉い人。
 ピンクブロンドの、腰まで伸びた艶やかな髪を揺らして現れたルイズ様。
 本当なら名前で呼ぶには恐れ多い貴族様で、でも他の貴族様とは全然違う御方で。
 ルイズ様本人は『名前で呼んで良い』と仰っていましたが、殆どの人は『恐れ多い』とルイズ様を家名でお呼びしています。
 『ルイズ様』と呼ぶ人はほんの数人、マルトーコック長やシエスタさんと言ったルイズ様と親しい人ばかり。
 私もルイズ様と呼べない中の一人です。

 何時もなら微笑を湛えて挨拶を交わしているはずなのに、今日に限って無表情でした。
 マルトーコック長が元気よく何時もの挨拶を掛けても、一言二言返すだけ。
 誰だって機嫌が悪い日だって有りますよね、ルイズ様もそういう日なんだろうと思っていました。
 ですが、良く見れば機嫌が悪いだけでは有りませんでした。
 顔色も悪く、学院に戻って来た時には雨で濡れていたようです。
 風邪でもお引きになったのかと考えましたが、風邪を引いた時に見られるような事はしていませんでした。

「紅茶を、裏のテラスに持ってきて」

 その声、心なしか棘を含んでいたようでした。
 やっぱりただ御機嫌が悪いだけなんでしょうか、それとも風邪?
 どっちにしても心配です、何時もならあのようなお顔を見せないような方ですので……。

 そんなルイズ様の身を案じていれば、後ろから肩を叩かれ振り返るとお姉ちゃんがトレイを持って佇んでいました。

「そんな顔して、ほら、ヴァリエール様に持って行きなさい」

 そんな顔?

「……はぁ、自分で分かっちゃ居ないなんてねぇ。 ……ヴァリエール様にお礼を言いたいんでしょう? チャンスなんだから、しっかり言って来なさい」

 お姉ちゃんが言っている事が良く分からないけど、ルイズ様にお礼を言わなきゃいけないのは確か。

「うん!」

 頷いて、ティーポットが乗ったトレイを受け取る。
 そのまま駆け出すように、搬入口へ足を向けた。





「はぁー、あの子ったら……」

 嬉しそうだけど不安そうな、何とも微妙な表情で駆けて行った。
 自分が奉仕をするメイドだってこと、分かってるのかしらねぇ。

「年頃の子なら、あれで良いと思うがよ」
「でもここは貴族様が通う魔法学院、下手な粗相はとても危ないと思いますが」
「普通ならダメだが、ルイズ様ってんなら話は別だ」

 いつの間にか後ろで頷くマルトーコック長。

「……コック長、仕事、止まってますが」
「おっと、いけねぇ!」
「……まったく、誰も彼もヴァリエール様ヴァリエール様。 貴族様と平民だってこと、分かってるのかしらねぇ」

 あの子だけじゃない、マルトーコック長やシエスタ、その他大勢のメイドはヴァリエール様を違う者として見ている。
 確かに他の貴族様とは全く違うお方、あの子の怪我の治療費を出したし、職場の環境改善を施したのは記憶に新しい。
 そこで考える、どうしてこんな事をするのか。
 他のメイドなら『心がお優しい』、なんて考えで済ませられるかもしれない。

 だが彼女にとってはそんな事は『ありえない』と言って良かった。
 ここで働いてもう5年ほどになる、それだけ居れば数多の貴族をその目に焼き付ける事になる。
 数にすれば数百人、勿論全部覚えているわけではないが。
 メイドの中では古参の部類に入る、それより長くこの学院に奉仕している平民は相当に少ない。
 そんな彼女にして、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』は異質と言えた。
 何故異質か、彼女が見てきた貴族の中で、平民を見下さなかった貴族は『たった一人も居なかった』。

 故に異質、おかしな貴族様だと考える。
 そもそも何故優しくする必要があるのか、ヴァリエール様は貴族様で、それに見合った高圧的な態度で接して来ればいいのに。
 酷い言い方だが、別にあの子の怪我を治してやる必要も無い。
 怪我が原因であの子が辞めさせられても、決してヴァリエール様の所為ではない。
 ……同情? 自分が貴族でお金持ちだから情けを掛けてやろう、と言う事なのだろうか。

 言い訳としてはそれがぴったり来る、やっぱり見下しているのだろうか。

「……変な貴族様だね」

 その答えはヴァリエール様しか持ち得ない。
 聞いてみるのも良いけれど、今はあの子の事の方が大事。

「さぁーて、今日も頑張りましょうか!」

 一度手を叩いて小気味良い音を鳴らす。
 ヴァリエール様のお姿を見て消沈していたメイドたちを動かした。
 
 







 風でなびくピンクブロンドの長髪を見つけ、ルイズ様が座るテーブルへ足を向ける。

「し、失礼します」

 自分でも分かる吃った声。
 ルイズ様を前にして、緊張しているのが分かる。
 少し震える手で、ソーサー、ティーカップの順で置く。
 残ったポットを手に持ち、トレイを脇に抱える。
 ゆっくりとティーカップにポットを近づけ、傾ける。
 薄い紅色の液体が注がれる。

「どうぞ……」
「ありがと」

 頬杖を着いたままルイズ様が一言。
 その視線は一度としてこちらに向く事は無く、遠い空を見つめたまま。

「………」

 呆っと眺めているだけかと思ったら、時折小さく呟やくルイズ様。
 声が小さすぎて、草木が揺れる音だけで聞こえなくなる。
 やっぱり具合が悪いのでしょうか。

「……あ、あの」
「……なに」

 冷たい声、何時もと全く違う感情。
 親しみを持てない様な声。

「あの……、その……元気を出してください」

 つい出た言葉がそれ。
 何の脈絡も無い、ただ励ますだけの言葉。
 ですが……。

「出せるならとっくにそうしてるわ」
「あ……あの、お加減が悪いのでしょうか?」

 やっぱり風邪を……。

「……ねぇ、貴女」

 と、顔だけを向けてきた。

「はい!」
「貴女は、大切な人は居る?」
「大切な人、ですか?」
「ええ……、とても大切な人」

 ……誰か、ルイズ様にとって大切な方がお亡くなりに……?
 だからこんなに落ち込んでいるのでしょうか。

「居ます、父さんや母さん、姉弟の家族。 それにお姉ちゃんだって、とても大切な人です」
「……そう」
「それが何か?」
「……貴女は、大切な人が危なくなったらどうする?」
「危なく? ……助けます」
「助けようとしても貴女の手が届かない、助けられない時はどうするの?」
「頑張ります、手が届くように、一生懸命頑張ります」
「頑張っても、届かなかったら?」

 手が届かない、助けられない。
 それは自分の頑張りが足りないから。
 だったらもっと頑張る、手が届くように。
 私は貴族様ではないし、魔法を使えないけど。
 頑張る事だけは出来る、だから……。





「それでも、頑張るしかないと思います」
「………」
「頑張って頑張って頑張り抜くしかないと、私はそう思ってます」
「そう……」

 頑張るしかない、か……。
 そうだよな、頑張って何としても無事に帰さなくちゃいけない。
 悩むだけで行動しないなんて、やること一杯有るだろ……。

「そう、そうね。 頑張るしかないわよね」

 それしか手は無いのに、怖がって対策を考えないとは。
 結構参っているのかもしれない、心身共に休息が必要かも。

「はぁー……」

 深呼吸のようなため息。
 湯気を立てていたティーカップを手に取り、一気に呷る。

「……熱い」

 ティーカップを置く、口の中や舌がヒリヒリと紅茶の熱で痛む。
 だが、それで多少頭が冷えた。
 考える、どうあるべきかを考える。
 ポジティブに考えろ。
 例えば、危険な状況が改善されるかもしれない、味方が増えるかもしれない。
 どっちかが起きれば、あるいは両方起きれば原作以上に良い方向へと進むかもしれない。
 ネガティブになりすぎて悪い方向にしか考えなかった、良い方向にだって行く筈だ。

 ものは考えよう、別の方向から見れば良いだけだ。
 惚れ薬もタバサへの疑惑を植え付けるだけじゃなかった、魔法の行使に必要な精神力の蓄積もあっただろう。
 天秤に掛ければ、明らかに悪い方だと傾くが。

「必要以上に考える意味は無い……、必要は無い……」
「ヴァリエール様……?」

 あらゆる出来事に対して対策を立てるのは必要だ。
 何たって命が掛かっている、自分だけじゃなくてサイトやトリステインの国民の命。
 だが立てるだけでもダメだ、その状況に対して臨機応変に対応しなくてはならない。
 もう原作どおり、元より原作の世界ではないのだから完全に原作通りには進まない。
 ならばどうするか? 答えは簡単! と言いたいがそうでもないから困る。

 達成できるかどうかを除けば、ジョゼフとヴィットーリオの暗殺だろう。
 イリュージョンで人目を気にせず侵入、居場所を見つけ出して毒を塗りたくったナイフで一刺し。
 その程度で危険は無くなる、敵が居なくなるから何も危ない事は無い。
 ……確かに危険が無くなるが、最も大きな問題が一つ浮き上がる。

『サイトが帰れるかどうか』

 これが最大の問題。
 二人を消して安全を確保できた、次は世界扉の習得だが……。
 覚えられる確率が低い、そもそも覚えられるのかが疑問だ。
 デルフが必要になれば読めるように、使えるようになると言ってたはずだ。
 今最も必要としている世界扉、それが見えない、読めない、使えない。
 これから時が過ぎて読めるようになるのか? 多分無理だ。

 虚無には属性がある、一括りに出来ない。
 俺が『攻撃』属性であり、ヴィットーリオが『移動』属性である。
 『世界扉』が世界を股に掛けて『移動』する門、ならばヴィットーリオが世界扉を覚えて当然だろう。
 攻撃属性の俺が、移動属性の世界扉を覚えられるのかが分からない。
 火属性のメイジが水属性の魔法を覚えにくい、覚えられないように、対になる属性、あるいはかけ離れた属性を覚えられないのと一緒。
 系統属性で証明されている事が、虚無の中でも当てはまる可能性がある。

 そう考えて始祖ブリミルは規格外で笑えてくる。
 膨大な精神力に、恐らく全ての虚無魔法を行使できるイレギュラー。
 少なくとも攻撃属性の爆発と、多分移動属性の世界扉も行使できてた。
 後者はそういう描写があったかどうか覚えてないので自信がないが、少なくとも移動属性に含まれるだろう世界扉もどきを使えていた。
 完璧な虚無の担い手、正直めちゃくちゃ羨ましい。
 本人に会えるならその頭を叩いてやりたい。

 弟子達が虚無を受け継いだ時に分かれたりしたのだろうか、それなら完全な状態で受け継げよ……。
 もしそうなってたら今より酷い事になってそうだが……。

 ご都合主義に『始祖の祈祷書をたまたま開いて見てみたら、色んな虚無魔法が見えて使えるようになってました!』とかありえんし……。
 確かティファニアが祈祷書を見てみても、爆発すら読めなかったような。
 必要としていないだけだったのかもしれん……、だがサイトと一緒に居たいとか思ってたはずだ。
 戦渦に巻き込まれ、戦う力を望んでたりしてなかったか?
 もしそう思っていたなら読める可能性があったはずだ。
 そうなると、『必要になった時に読める』と言うのは信憑性が低いと言う事になってくる。

 『必要になった時に読める』と言うのは『【真】に必要になった時に読める』なんて解釈もありか。
 命の危機が迫っていたりとか、よほど切羽詰った状況でなきゃ読めないのか?
 じゃあ何故祈祷書を初めて手に取った時、俺は三つの魔法を読めたのか。
 知識があるから読めた? 必要としていたから?
 それなら世界扉も読めていても可笑しくはないはず。

 なら今の俺は必要としていないのか?
 『絶対にサイトを元の世界に返す』と言う誓いは偽りなのか?
 それこそ可笑しい、これは絶対的な義務、決して降ろす事は出来ない責務。
 必要としていないなんてありえない。

 実は裏設定とか有るんじゃないだろうな? 何かをしなければいけないとか、何かが必要になるとか。
 ……始祖の秘宝? 特定の魔法はそれらが必要なのか?
 祈祷書とルビーだけじゃダメなのか? 虚無の魔法が全部記されてたりしないのか、祈祷書って。

「………」

 ……くそ、分からない事ばかりで嫌になる。
 こんな状況になったのは自分の所為だし、もっと考えて行動すればこんな事にはならなかった筈だ。
 自分に向けても解消されないイライラが募る、他人に向けるなんて事も出来ない。

「──……エール様、ヴァリエール様!」
「……っと、何?」
「……あの、紅茶の御代わりは如何なさいますか?」
「ええ、貰うわ」

 思考にのめり込んだ所為か、殆ど声が聞こえてなかった。
 ……考えすぎもダメか、周りが見えなくなっている。
 道先が見えない、不明瞭で不透明で不安が膨れ上がる。
 如何すれば……。

「……ぞ、……リエール様?」

 また聞こえなかった、やっぱり休息を取った方がいいだろうな……。
 いや、考えすぎるのを直すべきか。

「ありがとう……、貴女のお蔭で少し気が晴れたわ」

 極簡単な事さえ気が付かない、このメイドさんが居なけりゃ今もベッドで震えてただろうな。
 頑張らなくては、色んなものの為に。

「精一杯頑張ってみるわ」

 顔を上げ、向き直ってメイドさんに言う。
 そうしたら、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

「いえ! ありがとうございます!」

 声を上げて頭を下げるメイドさん。
 ……礼を返された、何がありがとうか良く分からないが。

「……どうしたの、いきなり」
「えっと、先日のお礼を……」

 ゆっくりと顔を上げれば、はにかんだ笑顔。

「先日……、何かしたかしら」
「はい、ヴァリエール様に怪我の治療費を出してもらいまして……」

 セーラー服の時か。

「……あー、あれね。 綺麗に治った?」
「はい、ヴァリエール様のお蔭で綺麗に」

 と言いながらメイドさんは、自分のスカートを捲り上げた。

「ちょっ!」

 ドロワーズが少し見えたところで反射的にスカートを掴んで引き下ろす。
 周囲を確認、自分とメイドさんしか居ない。

「ちょっと、誰も居ないからってスカートを捲っちゃダメでしょ!」
「す、すみません……」

 綺麗に治った事を確認させる為であっても、同性とは言え女の子が簡単にスカートの中身を見せちゃいけないだろ。
 ……そういや怪我を確認する時、この子のスカート捲っちゃったな……。
 しかも、多数のメイドさんの前で。

「……いえ、私こそごめんね」
「いいえ、ヴァリエール様は悪くありません!」

 と力強い瞳で見つめられる。

「この事じゃなくてね? 怪我してたときのよ、人前でスカート捲っちゃって……」
「あれは怪我の具合を確かめただけですので、ヴァリエール様に一切非はありません」

 そうは言っても人前でスカートを捲るなんざ、痴漢行為の犯罪です。
 ……と言っても、そう言う法律って貴族に適用され難い過ぎるな。
 偉い人だから云々、揉み消され泣き寝入り、或いは誰にも言えなくてそのままなんて事も大いに有り得るだろうなぁ。

「一つだけ、お聞きしたい事が」
「何?」
「その……、どうして私にお情けを掛けていただいたのですか?」

 至極尤もな疑問。
 自分に情けを掛ける意味はあるのかと言う疑問。

「……そうね、自己満足よ。 私はお金が有り余ってる貴族で、貴女は治療費を出せない平民。 可哀想ねって、同情しただけよ」

 確かにお金を出した、返さなくても良いとも言った。
 それだけで見れば聖人君子のような人間、だが実際はある程度の打算があった。
 『貴族が平民に情けを掛けた』なんて平民の間に広まれば、少なくとも嫌われる事も無いだろうと言う考え。
 嫌われるより好かれた方が良いのは言わずもがな、八方美人に見える。
 その特典、他の貴族より何かしら優先してくれるだろうと言う考えがあってのことだ。

「幻滅したでしょう? 他の貴族と変わらないものね」
「いえ! そんな事はありません! 他の貴族様は決してこのような事は致しませんので!」
「まぁそうよね」

 好き好んで平民に金を出す何処に貴族が居るのか。
 妾とか、お気に入りの娼婦とかには出すかもしれんが。
 こう言った限定的な場所で、しかも金を返さなくて良いなんて貴族としては正気が疑われる。
 疑われてもどうでも良いが。

「ともかく貴女はお金のことを気にしなくて良いし、この事で気に病む事も無いの、分かった?」

 空になったティーカップ、それと一緒に視線を向けながら言い含める。
 金出して感謝される、そしてお礼を言われる。
 自己満足の極み、だがそれが過剰だったりするとなかなか嫌なものだ。
 何度も何度も頭を下げられるといい加減にしてくれって思う、果ては助けなきゃ良かったなんて思ったりもする。
 ならそんな事しなきゃ良いと思うが、これがごく簡単に出来る立場にあるって言うのが問題なんだろう。

 治療費がごく軽く出せる金額で、困っているのがかなり可愛いメイドさん。
 もうこの時点で助けない理由が消える、自分が男だったらフラグが立ちそうな出来事だ。
 可愛い子にお礼を言われるし、その子の生涯を救ったという自己満足もたっぷり。
 これで助けないなんて、凄まじく狭量な人間だろ。

「は、はい……」
「ん、それで良いわ。 紅茶持ってきてくれてありがとうね」

 ティーカップを置いて立ち上がる。
 今度お礼に美味しいものでも用意しておこう。
 メイドさんの肩を軽く叩いてその場を立ち去った。

 後に残るのは、空のティーセットとルイズの後姿を眺めるメイドだけだった。









 ドアが開く音、ノック無しに入ってくるのはキュルケか部屋の主であるルイズのみ。
 振り返ってみれば、ピンクブロンドの小柄な少女。
 脳内シミュレーションはばっちりだ、後は実践するだけ!

「なぁルイズ、その……」
「お早うサイト、昼食は厨房にあるから食べてきなさいね」
「え、あ、ああ……おはよう」

 ごく普通に、普段と変わりなく挨拶。
 出鼻を挫かれて、念密に繰り返した脳内シミュレーションが全部吹き飛んだ。

「………」
「……? どうしたの?」
「……なんでもない、なんでもないよ……」

 デルフが言ってたような、酷く落ち込んだような感じが一切見えない。

(おい、デルフ。 何時も通りじゃねーかよ)

 椅子に座り、テーブルの上に置いてあった本を手に取るルイズ。

(……おっかしいなぁ、部屋を出る前はかなり不機嫌だったんだぜ)
(どこがだよ、なにが『娘っ子を慰めてやんな』だよ)
(いやいや、本当に機嫌が悪かったんだって!)

 ヒソヒソと小声で話す。
 話ながらルイズの姿を横目で盗み見る。
 本当に機嫌が悪いのかと、視線を向ければ。

「………」
「………」

 視線が合った。

「……チラチラこっち見て、何かあるの?」
「いやぁ……ははは……、俺ゼロ戦見てくるよ!」

 何か悪い事をしたわけでもないのに、居た堪れなくて部屋を飛び出してしまった。










「……デルフ、何かあったの?」
「……何も無かった、何も無かったのさ。 ただ相棒は……自分に負けたのさ」
「……?」

 哀愁をたっぷり含んだデルフの言葉。
 なんで自分に負けたのか、そもそも何をして自分に負けたのか。

「気にする事はねぇ、本当に何も無かったさ」
「……そう、ならいいけど」

 何かあったらしいが、何も無い。
 当人が言うのだから間違ってはいないだろう、多分。
 ……いやいや、今はこんな事考えてる時じゃない。
 対策を練っておかなければ。
 えー、次のイベントは……、魅惑の妖精亭か。

「………」

 魅惑の妖精亭で着る仕事服、あの格好はやばかった気がする。
 確か背中丸見えで、ミニスカート。
 布の面積が結構少なかったような……。

「……恥ずかしいんじゃない?」

 色々際どい。
 接客業、ターゲットが男の飲食店。
 飲食物の代金と、接客した際に貰えるだろうチップで売り上げを出す。
 言い方が悪いが、客を垂らしこんでチップを巻き上げる店。
 それを利用してウェイトレス同士を競わせ合うチップレースもある。
 頑張れば収入が増えるし、お客に気に入って貰えればリピーターとしてまた来てもらえる。
 チップレースの優勝商品の……、なんだっけ。

 えー、何か魅惑の魔法が掛かった服を着て、より一層チップをもらえたりする訳だ。
 要領が良いと収入が高いレベルで安定する職業とも言える。
 それを考え出したスカロン……かどうかは分からないが、考え出した奴は商才があると言えるだろう。

 それでだ、俺は可愛い、美少女と言って憚らない容姿。
 媚びた態度で振舞えば、男の一人や二人、簡単だと思う。
 メイドカフェとかで働けば、一番人気になれる自信もある。
 魅惑の妖精亭であっても人気ナンバーワンにもなれるだろう。

 だから、嫌。
 何で見ず知らずの男に媚を売らなきゃいけないのか。
 そりゃあそうしなきゃいけないのは十分に理解してるが、どうせなら可愛い女の子の方が良かったり。
 ……そういや、美男子風女の子が執事服着て応対するような店があったような。
 全く関係ないが……、とりあえずやらなきゃいけない。
 ガッツリ気力が削れる、……これは仕事だと思って割り切るしかないか。

「はぁ……」

 情報収集って言ってもなぁ、なんか有力な情報ゲットできたっけ?
 精々徴税官が来るだけじゃなかったっけか。
 でもなぁ……、とノートを捲る。
 見れば『魅惑の妖精亭、アンアンが尋ねて来る』と書かれている。
 起こる原作イベントが書かれているノート、当たり前だがこと細かく書かれていない。

 書き始めたときから細かく覚えていないと言う状態。
 確かに原作好きだが、大まかにしか覚えていない。
 ファンブックとかも買ったことないし、買えばよかったか……。

 魅惑の妖精亭に行かなかったらアンアンとすれ違うよなぁ。
 てか、もしかしたら来ないかもしれんよな。
 いや、アンアンの心情が変わったとは言え内政的にはあんまり変わらないか。
 どっちにしろ破壊工作されちゃ堪ったもんじゃない、ゲームのSLGやRTSじゃ内政妨害は当たり前。
 敵の妨害が成功したら手痛い所のダメージじゃなかったりする、物に寄っちゃそれが直接勝敗に関わる。
 如何に上手く凌ぎ、如何に効率よく敵の動きを妨害できるか。

 現実とゲームをごっちゃにするのは良くないけど、現実にされて防げなかったら間違いなく国力低下を招く。
 だからお偉いさん方は警備の強化とか考える。
 アンアンも多少は考えていたのだろう、だから原作で情報収集してくれーって頼んだって事か。

 ……そういや、アニエスが初登場だったか?
 アンアンが新設した平民だけの『銃士隊』、魔法を用いず剣と銃で敵を打ち倒す。
 装備は断然劣るが現代歩兵のような感じか、魔法なんて使えないからそうなって当たり前だが。
 後はそのアニエスがリッシュモンをKill Youだったはず。

「行くか、行かないか……」

 転換期、大筋は変わっていないと信じて原作展開をなぞるか、ご都合主義を信じて全く違う行動をするか。
 ……後者は正直ものすごい抵抗感がある。
 原作の味方が敵になるかもしれない、状況が更に悪化するかもしれない。
 逆に良い方向に行くかもしれない、『かもしれない』故にダメなのだ。

 『分からない』事が二の足を躊躇う所か、別の道へと足を向けさせる。

「……はぁ、どうにかならないかなぁ」

 博打なんて御免過ぎる。
 退路が無い状態で、地雷原に突っ込むしかないならそうするが。
 余裕が有るなら間違いなく迂回するだろう。

「はぁ……」

 この考えを後回しにするかしないか、それだけでも頭痛がするほど悩む。
 ……いや、これは後回しにしなきゃいけなかった。
 何故俺が知っているのか、タバサが話を聞きに来る。
 悩みの種がどんどん増えていく、そして芽吹いて大樹になりそうな感じがする……。

 とりあえず、と言うか絶対にタバサは敵に回すのは止めておく。
 上手くジョゼフを排する事が出来れば、もう一人の女王陛下のお友達が出来る訳で。
 アンアンとタバサ……、もといシャルロットの助力があれば大抵の危険は凌げるだろう。
 問題は何処まで話すか。
 勿論全部は話さない、ジョゼフやヴィットーリオはもう俺の事を『虚無の担い手』として認識されてるだろう。

 どちらも俺の事を取るに足りない小娘的な認識だと思う。
 その慢心が俺にとって最大のチャンスだろう、原作でもそんな感じだった気がする。
 タバサは直接ジョゼフには会わなかったよな、イザベラが命令して任務に行かしてたし。
 他人の秘密など漏らさないだろうタバサ、寡黙な感じがGOODだ。
 まぁそれでも殆ど話そうとは思わないが。

 信頼は時間を掛けて育て上げる、今は大幅ダウン中だが。
 原作10巻位まで生き残れていたなら相応に信頼を勝ち取っているだろう。
 教えられない理由は、敵対しているから色んな方面に危険が及ぶ、とでも言って抑えるか。
 タバサの母親を持ち出せば渋々ながらも納得してくれそうだ。
 『敵ではない、むしろ味方寄りだ』と教えなければ。

 全部教えてイベントがすっ飛んできたら怖いし。

「……はぁ、納得できる言い訳考えておかなくちゃ」

 タバサへの言い訳を思案、自身が望む方向へ舵を取れるかどうかを考えていた。
 そこに割って入ってくるデルフ。

「なぁ娘っ子、さっきから何ぶつくさ独り言言ってんだ?」
「悩んでんのよ」
「朝不機嫌だったのはそれの所為かい」
「そうよ、だいぶ落ち着いたけど」
「……相棒、頑張れよ」
「何か言った?」
「いや、なんでもねぇ」

 ……サイトもデルフも、何かおかしいな。
 こっちにも影響が出てるのか、今のうちにサイトの保身を考えなくちゃいけないだろう。
 隠れ家でも作っておくべきか、領地に引き篭もっても恐らく意味は無いだろう。
 最悪色んなものを捨てて逃げるしかない、……そうならない為に出来る事をしなくては。

「はぁ……」

 窓の外を眺めながら、ため息を一つ付いた。










「ねぇタバサ、私も一緒に行っていいかしら?」

 そう言って声を掛けてくるキュルケ。
 場所は食堂、話を聞きに行くのは昼食をとってからにする事にした。
 そこでキュルケが食堂に現れ、今の言葉を掛けてきた。
 それを聞いて、首を縦に振る。
 歩く、キュルケと平行して寮の廊下を歩く。

 幾つもの疑問、疑惑。
 それを晴らしうる答えを持つ者が、この扉の向こう側に居る。
 右手の杖でノック、返事が返ってくる。
 左手でドアノブを掴んで回す、ドアを押して開いた。
 中で椅子に座っていた人物はこちらを見るなり微笑んだ。

「いらっしゃい、タバサ」
「はぁい、お邪魔するわね」

 椅子に座ったまま、その端整な顔を歪めるルイズ。
 大きなため息さえも吐いていた。

「……キュルケ、邪魔だから出て行ってくれない?」
「もうちょっと包んで言いなさいよ」
「ごめんなさい、言い方を変えるわ。 本当に邪魔だから出て行ってくれない?」
「……酷くなってるじゃないの」
「私はタバサとだけ話したいのよ、キュルケが事情を知っているからと言ってこの話を聞く権利を持ってないわ」

 表情に不快感を露にして、声を荒げるルイズ。

「権利ですって? もう十分関わっているのに知る権利がないって、おかしいでしょ?」
「これから私が話す事は、完全な当事者しか知ってはいけない話なの」
「だから私は当事者でしょ、タバサがどうしてここに居るのか、どうしてあんな任務を押し付けられているのか、知っているのに何故当事者と言えないのよ」
「正直言って、貴女に知って欲しくないのよ。 これ以上関わって欲しくないの」
「あら? 私の事心配してくれてるの?」
「そうよ、そうでなきゃこんな事言わないわ」

 ルイズとキュルケが睨み合う事数秒、すぐに視線を逸らしてこちらに向けてくる。

「タバサ、どうしてもキュルケにも聞かせたいと思ってるなら、この話は無かった事にさせてもらうわ」
「ちょっと! 貴女約束破る気!?」
「ええ、キュルケも聞くと言うなら破らざるを得ないわ」
「……どうして?」

 既にキュルケは知っている、私が誰で、何のために頑張っているのか。
 それなのに聞かせたくないと言うのはどういう事なのだろうか。

「キュルケが部屋を出て行くというなら話すわ」
「ダメ、一緒に」
「……どうしても巻き込みたいの? 下手……しなくても死ぬわよ?」
「守る、あいつの手を一切触れさせない」
「無理よ、貴女は背負いきれないわ」
「そんな事ない」
「貴女のお母様を背負っているのに、キュルケまで背負うの? 冗談じゃないわ、貴女は絶対に背負いきれない」
「守り抜く、絶対に」
「その自信は何処から? 絶対に守りきるって、どうして言えるの? 今も無理しているのに、キュルケも背負ったら守る守れない以前に、貴女が先に終わってしまうわ」

 私が無理をしている?

「貴女は下ろせない、背負った者を捨てれない。 そして貴女は押し潰される、そうなるのが簡単に予想できる、だから余計なものを貴女に背負わせたくは無いの」 






 性根が優しい為に、選べない。
 大切なものだから、その小さな両腕で抱え込む。
 それはとても大きくて、背負うのはとても辛い。
 苦しくてイヤになる、でも大切なものだから下ろせない。
 悪循環、時が経てば思い入れが増えてより重くなる。

 ……嵌っている、たった一人で、『母親』を言う大切なものを背負っているだけで。
 その身と心を軋ませて、15歳と言う少女が耐えられぬ重みに耐え続ける。
 心を凍らせて耐え続ける、既にひびが入っていることも知らずに。
 例えれば凍った湖の氷上、湖面に入り続けるヒビ。
 割れればどうなるか考えも付かない、精神が壊れたりしないか、大してダメージを受けないかもしれない。
 ……予想斜め上の結果が出るかもしれない。

 確か心の形成期は15歳前後から始まると聞いた事が有る。
 その心の形成期の真っ只中のタバサ。
 重鈍な重りを柔らかな心の上に置く、そうなれば歪む所ではない。
 歪み、潰れまいと心を凍らせる。
 そうなってからどれ位の時が経ったか、タバサは……シャルロットの時に見せてくれたあの笑顔は、今はどこにも存在していない。
 重しが無くなっても、あの笑顔は戻ってくるのか。

 あの時の、湖で出会った時の笑顔を浮かべる事が出来るのか。
 原作ではサイトのお蔭で解けてきてはいるが、その殆どが凍ったまま。
 ジョゼフが死んでも、母が正常に戻っても、あのままなのかもしれない。
 心苦しい、ウェールズの時と同じように放って置くのが良いんだろうか。
 救えるなら救いたい、だがそれによって起きる変化が怖い。

 ……やはり、前と同じで放って置くしか無いか。
 タバサやキュルケ、御父様や御母様、姉さま方より……サイトの方が優先順位が上。
 優先すべき事は、タバサの事ではないのだから。

「……そうね、タバサの判断に任せようかしら」
「………」
「私とタバサだけで話し、その聞いた話をタバサの口からキュルケに聞かせるかどうか、それを貴女に委ねるわ」
「あら、意味が無いわねぇ。 タバサは私に話してくれるわよ?」
「聡明なタバサなら、キュルケには話さないと思うからこの提案を出したのよ」

 と言うか、キュルケよく食いついてくるな。
 原作でもこんなんだっけか?

「それでいいなら話すわ、ダメなら話さない。 言っておくけど無理強いは無駄だから、よく考えてね」

 一応言っておく、実際されたら即吐くだろうが。

「……それで良い」
「そう、良かったわ」

 タバサは目配り、キュルケは頷いて部屋を出て行く。
 そしてドアを閉める前に一言。

「いい、ちゃんと全て教えなさいよ?」

 そう言い切って、ドアを乱暴に閉めた。





「座って」

 促され、テーブルを挟んだ向こう側。
 ティーカップを二つ、それを置いて紅茶を注ぐルイズ。

「それじゃあ、タバサが聞きたい事に答える方式で良いかしら?」

 頷く、要点だけを話してもらえる方が良い。

「私のことは何処まで知ってるの?」
「その前にサイレントをお願いして良いかしら、それと探知もお願い」

 頷く、杖を握ったまま呪文を詠唱。
 小さく振ると外から聞こえて来ていた音が全て無くなる。
 その後探知、この部屋の中を隈無く調べ上げる。

「異物は無い」
「ありがとう、貴女も他人に聞かれたくないでしょうしね」
「話して」
「……貴女の本名は『シャルロット・エレーヌ・オルレアン』、今は亡き現ガリア王国国王ジョゼフ一世の弟、シャルル大公の一人娘。 現在は偽名としてタバサと名乗りトリステイン魔法学院で修学中、時折ジョゼフ一世から出される任務を『北花壇騎士団員17号』としてそれを処理している」

 抹消された事実、今何処に居るのか、そもそも生きているのかすら分からないはずの私の事を知っている。
 秘匿とされている北花壇騎士団の存在も知っている。
 どうやって調べたのか、団員同士さえ知らない号数まで言い当てた。

「どうして調べ上げる必要が?」
「必要だったから、そうしなければいけないから」

 それを聞いて、ルイズが少しだけ笑った。

「そうね、どうして必要か。 これが一番大事よね」

 ルイズがティーカップに注がれていた紅茶を口に付ける。
 その動作一つ一つに注意を払う。
 見逃さない視線に気が付いたのか、少しだけ笑うルイズ。

「私が貴女を調べた理由、それはね……」

 一言一言区切る、まるで焦らすかのように。

「貴女の叔父、『ジョゼフ』が私の敵だからよ」
「───」

 てき? 『てき』とはあの倒すべき『敵』?
 彼女が、ルイズがあの男を敵と見ている?
 相容れぬ、滅ぼさねばならない存在?

「……どういう、意味?」

 帰ってきたのは明確な答え、御父様に付いている人達が心に思っても口には出さなかった言葉。

「そのままよ、ガリアの王は私にとって倒すべき敵。 殺し殺され、命を狙い合う関係」

 ねらいあうかんけい?
 何故? トリステインの公爵家の三女と、ガリアの王が殺しあう必要があるの?

「何故狙い合うのか、それはまだ言えないわ。 私が言わなくても貴女は知る事になるけど」
「何が……」
「タバ……シャルロットがジョゼフを狙い続けるなら、絶対に知らなければいけない事が有るの。 ……違うわね、知ってしまう事がある、ね」

 知ってしまう事?
 あいつと敵対するに値する何かを、目の前の人物は持っていると言うのか。

「何故教えられないか、それはシャルロットが何れ必ず知る事になるという事と、……貴女と、貴女の周囲に居る人物に危険が及ぶかも知れないからよ」

 周囲の人物、母やベルスランに危険が及ぶ。
 その一言で、杖を握る手に力が入る。

「もしそれがジョゼフに知られれば、問答無用で貴女と、貴女の周囲の人物を消しに来るでしょうね」
「……そこまで大きな事?」
「ええ、とても大きいと思うわ。 通常じゃ考えられない事でしょうし」
「考えられない……」
「今それを知れば、貴女は重大な支障を来たすかもしれないわ。 だから教えられないの」

 どれだけの事実か、全く予想が付かない。
 掴むにしても手掛かりが少なすぎる。

「……どうしても?」
「言えないわ」
「………」

 顔色を変えず、答えるルイズ。

「調べる事も止めておいた方がいいわ、恐らく監視されてるしね」

 窓を背にしているのは、唇から読み取られるのを防ぐためだろうか。

「他には何かある?」
「……今はない、聞いた事だけを知りたかった」
「そう」

 ルイズがまたティーカップを手に取って飲む。

「……それを知る時が来たら」
「………」
「この話の意味を、もっと詳しく話して」
「ええ、その時が来たら貴女は権利を……いえ、聞かなければいけない義務が発生するわね」

 それを聞いて立ち上がる。
 背を向け、ドアへ向いて歩いていくが、問いかける様な声が聞こえてくる。

「私は貴女の敵ではない、でも……、味方でもないわ」
「どういう意味?」
「今私は貴女の事を支援できない、でも敵対をする気は無い。 私は貴女の行動をただ見るだけしか出来ないわ」
「………」

 杖をカツンと音を立てて、サイレントを解除。

「押し潰されないよう、心を強く持ちなさい。 誰にも屈しないよう、とても強くね」

 言われなくとも、奴をこの手で倒し、母を元に戻すまで終わらない。
 それが誓い、違える事が無いよう水の精霊で交わした誓約。





「……凄いわね」

 タバサが部屋の外へ出て行ってから一人呟く。
 あれが復讐者の瞳か、異様な眼力がある。
 瞳の奥で何かが蠢いている、比喩ではなく本当に何かが蠢いている。
 力強いと言えば良いのか、圧倒されるモノがあった。
 現代日本じゃ決して見られる事が無い瞳、圧倒的な意思が込められている。

 正直に言えば恐ろしかった。
 小柄な、15歳の少女がする瞳ではない。
 狂気を宿していると言っていいかも知れない。
 それだけ母親は大事な存在なのだ。
 それで言えば、俺の大切な人はサイトとなるだろう。

 自身より上に置かれる存在。
 失う事への恐怖、守りきれなかった事への後悔。
 理解できるが故に、怖いのだ。
 あのタバサと俺は、同じ思考をしているかもしれない。
 大切なものを守るために、『他の者を切り捨てる』という考え。
 どうでもいい人物なら、容赦なく切り捨てる。
 あのタバサも切り捨てる事が出来るだろう。

 ……15歳の少女が、そういう考えを持つのは非常におかしい事だが。
 『虚無』なんて物が無ければ、タバサは今もあの時の笑顔を浮かべていただろう。
 虚無によって狂う、担い手も、その周囲の人々も。
 狂信も劣等感も、全て無くて……笑って過ごせていたかもしれない。






 幾ら考えようと答えは出ない。
 ただの人間の考えなど、まるで意味が無い。
 例えどんな道だろうと進むしかない、それしか方法が無い。






 歩く道先は、光か闇か。
 生きて進むか、死んで止まるか。
 未だ終わりは分からない。


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