サイトが帰ってきてから3日後、一通の手紙が届いた。
差出人は『ロングビル』。
マチルダとの約定、ちゃんと守ってくれて良かったぜ。
手紙を開こうとして、デルフが置いてある事に気がついた。
「また置いていって」
「また置いていかれたぜ」
デルフを置いていったサイトは、ここ毎日ゼロ戦の点検をしていて今部屋には居ない。
「で、誰からの手紙だい、娘っ子」
「一人で読みたいからデルフは外ね」
手に取り引きずって自室のドアを開け、隣の壁に立てかける。
「なんだい、知られたくねぇってか?」
「知られて良いなら貴方を外に出さないわよ」
「ちげぇねぇ!」
ドアを閉めて椅子に座りなおす。
封を開けて手紙を取り出す。
開いて文面を見れば……。
「はぁ、これはまた……」
トリステイン国内の貴族たちの名が記されていた。
数は約20、中小貴族からトリステインの司法機関、『高等法院』の長の名まで記されている。
一番上に書いてある名前、リッシュモン、もう定番といって良いほどの守銭奴。
二次創作じゃ極めて高い確率で裏切ってるからな、裏切ってるだろうなぁと言う想像は簡単についた。
その他書かれている名前、有名な者から全く知らぬ者まで、全てがレコン・キスタと関わりを持つ者だった。
一部の者は証拠もあるらしい、リッシュモンなどは無かったが。
「よく調べたわね……」
これはかなりの価値はあるだろう情報。
『土』系統にして、中まで入り込む『風』の如き。
生まれもって来る属性を間違えたんじゃないか、マチルダは。
マチルダにとりあえず1000エキュー加算、何か近頃面白い位に金が出て行くな。
「……どうしようかしらねぇ、終戦後にアンへ教えようかしら」
……脅迫してもつまらんしな、良い事起きなさそうだし。
金は……、今のとこは十分。
この貴族たちが使えそうなら、レコン・キスタと手を切らせて自分の手足とするのも良いか……。
なんにせよ今は保留、さっさと決めて、後で「こうしとけばよかった、ああしとけばよかった」なんてなったら嫌だから。
この情報の有効な使い道を選ばなければいけない。
馬鹿と鋏は使いよう、阿呆と剃刀は使いようで切れる。
そんな感じ。
「……やっぱり、大分腐ってるのね」
政治は黒いとかよく聞いたが、保身に走る者はやはり多い。
中の情報を売って身の安全の保障をしてもらう、プライドより命をとる者もやはり居る。
現状負けるだろう陣営と共に散る、俺だって嫌だしな。
その情報を売る者たちの中には、執政に関わる者たちも居る。
秘密とせん情報の半分以上が暴かれているだろう。
もう丸裸と言ってもいい状況、やはりゲルマニアと同盟を組んでいないとあっさり落ちていた可能性があったな。
レコン・キスタからすれば面白い位情報が流れてくるだろう。
アルビオンの誇る空中艦隊を手に入れ、地上戦力も7万とトリステイン・ゲルマニア同盟軍の戦力を上回っている。
これで負ける方がおかしいと言える戦力を手に入れている、……それをひっくり返すのが俺達なんだが。
この状況を凌ぎ、アンアンには立派な王女様になってもらおうか、困れば手を貸してやるし、困った時には手を貸してもらおう。
広場でゼロ戦のエンジン起動に喜ぶサイトとコルベールを眺めながら、次の展開を考えていた。
タイトル「足りなければ何でも使う、何でも」
その日の夜、日が落ちてからもゼロ戦を磨いていたサイトがようやく帰ってきた。
蝶番が壊れそうな勢いでドアを開け、部屋に入ってくる。
「ルイズ! 回った! エンジンが掛かった!」
「知ってるわよ」
大きな音を立てながら回るプロペラを見たのだ、あれでエンジンが掛かってないと言う奴を見てみたい。
「他の部分は大丈夫? 油圧とか……有るのかは知らないけど」
「固定化のお陰で殆ど無事だった、後はガソリンがあれば飛べる!」
「そ、期待してるわ」
「……そっけねぇな」
「そんな事無いわよ? 今もワクワクしてるわ」
自分で操作できないのはちょっと残念だが、俺と同年代の男ならパイロットに憧れたものだ。
第一戦闘機に乗る機会なんぞ全くと言って良いほど無かった、金出せば乗れただろうがその金も無い。
だから乗れない、乗れなかった。
異世界に来て、その機会が来たのだから運が良いとも言えなくは無い。
……飛ぶ先が戦場なのはいただけないが。
「サイトこそ嬉しいでしょう? 昔の戦闘機とはいえ操縦できるんだから」
「そりゃあ勿論!」
「勿論私も乗せてもらうわよ、乗らなくちゃいけないもの」
「あー、その前にシエスタとの……」
「……そうね、シエスタが戻ってきたら一番に乗せてあげなさい」
それは無いだろうが。
まもなく会戦する、そしてゼロ戦の行く先は戦場。
乗れる事を喜ぶのは不謹慎か。
「サイトのお手並み、楽しみにさせてもらうわ」
「任せとけ!」
サイトは上機嫌でデルフを取り。
「お! ついに錆取──」
どかしてキュルケから貰った剣を磨き始めた。
「あいぼぉぉぉーーーー!!」
「……いい加減磨いてやりなさいよ」
部屋には悲しみのあまり震えるデルフと、上機嫌でキュルケの剣を磨くサイトと、それを呆れた視線で見るルイズが居た。
結婚式、トリステインとゲルマニアの同盟と言う名の結婚式は一ヶ月と三日後に行われる。
それに先立って神聖アルビオン共和国の特使、国賓を持て成す役を仰せつかったのはラ・ラメー伯爵。
その伯爵は俗に言う貧乏ゆすりで足を揺すり、約束の刻限を過ぎても来ない国賓に苛立っていた。
「ええ、まだか。 犬畜生どもは!」
「伯爵殿、その気持ちには賛同しますが、そう大声で言うのはあまり気持ち良いものではありませぬぞ」
「ふん、恥も無く自らの王を手に掛けた者などに、頭など下げたくも無いわ!」
仰せ付からなければ、絶対にこのような役を断っていただろう。
それほどまでに見下げた品位のアルビオン共和国に怒っていたラ・ラメーだった。
「む、来たようですな」
ラメーが乗船しているフネ、トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号の艦長のフェヴィスが声を出した。
艦長と同じ方角を見るラメー、雲の切れ目から姿を現したのは巨大な船首。
レキシントン号が先頭に、アルビオン艦隊が降下してきていた。
「……凄まじいな、伊達に『王権』を名付けられただけのことは有る」
「確かに、彼のフネは200メイルを超えていると聞きます。 これだけのフネは世界中探しても見つかりはしませんでしょう」
同じフネ乗りとして、最高峰のフネを操ってみたいと言う心もあった。
だが、今はそんな事を思っていて良い状況ではない。
降下してきたアルビオン艦隊が、トリステイン艦隊と同高度に並び、併走してくる。
「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝スル、アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長」
「……艦長名義とは、確実に嘗められていますな」
「ふん、あれほどの物を与えられて、勘違いを助長させたのだろうな」
仕方がないと、ラメーは考える。
彼我の戦力差は一目瞭然、ゲルマニア空軍と併せても並ばないほど強大なアルビオン艦隊。
侮辱されているとわかっても、これ以上怒ることなど無い。
自分が逆の立場に居たならば、同様に見下していただろうと考えていた。
「返信、『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎スル、トリステイン艦隊司令長官』、以上だ」
それを聞いた仕官が復唱、マストの水兵も復唱して旗流信号をはためかせた。
のぼった旗流信号、それにレキシントン号は礼砲で答えた。
空気振動、空の大砲から放たれた礼砲は肌を打つ様な衝撃が辺りに走った。
「ッ、礼砲にしてここまで届くか」
弾が込められてはいない大砲、込められていたとしてもこの距離では届かない。
それを分かっているラメーは冷や汗をかいた。
「答砲用意!」
「何発撃ちますか?」
「七発で良い、簒奪者には最下位で構わぬだろう」
それを聞いてフェヴィスが口端を吊り上げて笑う。
「答砲準備! 順に七発、準備出来次第撃ち方始め!」
答砲、順に七発撃ち出された空砲は、アルビオン艦隊の一艘を撃沈した。
それから一刻も立たず、アンリエッタがゲルマニアへの出立でおおわらわであった王宮に一報が届いた。
『艦隊全滅』
矢継ぎ早にアルビオン共和国からの宣戦布告文が届き、誰もが目と耳を疑った。
曰く『自衛の為にトリステインに宣戦布告する』と、どう考えてもおかしな物であった。
それに対する行動の為に、将軍や大臣たちが素早く集められ会議を行っていた。
その会議室の上座に座る、ドレス姿のアンリエッタ。
表情は凛々しく、飛び交う意見を全て耳に入れていた。
「アルビオンへの特使を派遣する、双方の誤解で全面戦争に発展しないうちに──」
「成りません」
悉く発せられる意見を取り入れ、マザリーニ枢機卿が特使の派遣を提唱した所にアンリエッタが口を挟んだ。
俯き、指にはめられていた風のルビーを強く包んだ。
「特使など派遣しても無意味です」
「……何故です、特使を派遣して誤解を解かなければ──」
「考えても御覧なさい、自らが拠って立つ王を辱め、あまつさえ亡き者にした者たちが策を弄して攻め入ってくるなど、恥も外聞も無い見下げた人間が統べる国ですよ? 言ったではありませんか、条約締結の際にその可能性が十分に有ると」
確かにそう言った、ルイズの入れ知恵であったが納得するだけの説得力があった。
アンリエッタがそう言っても、殆どの者たちが一笑して無視したのだ。
その結果がこれ、全面戦争に発展しかけている状況となった。
アンリエッタのみが声を発し、以外が声を失う中、急報が届いた。
「急報です! アルビオン艦隊が降下して占領行動に移りました! 場所はタルブ、ラ・ロシェール近郊のタルブです!」
息を切らす伝令、その言葉に誰もが起きては困る戦争を予感した。
その頃、渦中のタルブの町ではアルビオン艦隊から降下してくる竜や兵士で阿鼻叫喚。
家々に火を放ち、逃げ惑う住民を殺して回る。
領主の軍勢は当の昔にワルドによって蹴散らされ、進行を阻む者は居なかった。
「……こんなものか」
無表情、かつての祖国を蹂躙するワルドは、何の感情も無く風竜に跨り辺りを見回す。
有る程度の命令を飛ばしているものの、積極的に虐殺に加わる訳でもなく。
ただ兵の進行の邪魔になるであろう家々を燃やして回るだけ。
ワルドの下を通り過ぎる住民を何度も見逃した、率いられる竜騎兵たちもワルドの思惑に賛同、逃げる平民たちには一切攻撃を加えなかった。
運が良かった、住民が逃げるその方角は南。
南の森を目指して逃げる住民たちの中に、黒目黒髪の少女とその兄弟たちも居たのだ。
もし、ワルド率いる竜騎兵隊が攻撃に加わっていたら、シエスタたちは風によって切り裂かれていたか、火炎によって火達磨にされていたに違いなかった。
ワルドは命令を出す、まだ存在している家屋を焼き討つために。
「こっち! 早く!」
シエスタたちは風竜の下を走って通り抜け、今だ形を残す家々が並ぶ通りを抜けて、町の外へ出る。
そのまま草原へ入る、一番足の遅い弟を抱えて走る。
息が切れるが、走り続ける。
辺りには疎らながら人が見える、同じように南の森へ逃げ込もうとしている人たちだろう。
振り返り見れば、燃えるタルブの町。
上空には竜騎士たちが飛び、町には兵士が居る。
早く逃げなくちゃ、と恐怖で痺れる体を無理やり動かす。
額に汗流し、弟たちを連れて、南の森へ駆けていくシエスタたち。
心にサイトを浮かべて、助けを求めていた。
翌朝だった、会戦の一報がトリステイン魔法学院に届いたのは。
トリステイン艦隊の壊滅と宣戦布告文、今後の行動を決める会議。
それらによって対応が何度もずれ込んで、今し方一報が届いたのであった。
その一報、急使の言葉を聴くオスマンは唸った。
「会戦……とな」
「はい、敵艦隊は巨艦レキシントン号を筆頭に十数艦、すでに降下した兵が三千に及び、タルブの町を占領下においてその近くの草原に陣を張っております」
「戦況は如何か」
「掻き集めた兵は約二千、地上兵力だけならば勝てる可能性がありましたが……。 敵艦隊の支援砲撃で迂闊に攻撃を仕掛けられない状況です」
「援軍要請は?」
「すでに、しかしながら到着は三週間後と絶望的であります」
「……駄目じゃな、見捨てる気であろう、ゲルマニアは」
机に肘を着き、指を組んで静止するオスマン。
「不味いぞ、諸侯軍も間に合わんじゃろう?」
「はい、一番近い領地の軍でも一週間ほどと……」
「二千の手勢では三週間も持たんじゃろう、一週間も怪しい、その間に奴らはトリスタニアを陥落させてくるじゃろうな」
学院長室に張り付いていた二人、急使を案内したルイズとサイトは一部始終聞いていた。
顔を見合わせ、すぐに口を開く。
『サイト、サイトはゼロ戦を動かす準備を、私はコルベールを起こしてくる』
『……ああ、助けに行かなきゃ』
『無事かどうかは分からない、探すより先に艦隊を叩き潰す』
『どうすんだ? ゼロ戦に爆弾なんて積んでないぞ?』
『爆弾代わりに俺が行く、まとめて吹っ飛ばすよ』
歩き出す、杖を取り出しながら思考を冷やしていく。
『あんなでかいフネ、一発で吹っ飛ばせるのかよ』
『何も全壊させるわけじゃない、飛べなくすれば良いだけさ』
浮力の要、風石を爆発で吹き飛ばす。
それだけで良い、問題は幾つかあるが。
『さっさと行く』
背中を叩いて押し出す。
そのまま走り出すサイト。
それを見てコルベールの研究室に向かって走り出した。
「ミスタ・コルベール、起きてください」
「ふむぅ……、どうしたのかねぇミス・ヴァリエール」
「ガソリンは用意できていますか?」
「ああ、サイト君が言っていた量はすでに出来てるよ、ほら、そこに」
研究室の隅に樽、5本のガソリンが満杯に入った樽が並んでいた。
「ゼロ戦の所まで運んでいただけますか?」
「今から出ないと駄目なのかね?」
あくびをして、眠たそうに言うコルベール。
「はい、今すぐでないと間に合いません」
渋々と言った表情でレビテーションを樽に掛けて浮かす。
そのまま二人で押してゼロ戦の所まで運んだ。
広場に着くとすぐにゼロ戦へガソリンを注ぐ。
「ミスタ、プロペラが回った後前方から風を吹かせてもらえませんか?」
「ん? 何故かね?」
「この広場では十分な速度が出る前に壁にぶつかってしまいます」
「前から風を吹かしたら、余計に遅くなるのでは?」
「揚力です、翼の周りに空気を循環させて揚力を得るんです」
「循環? ふむ、この翼はそういう構造なのか……、分かった、動き出したら風を吹かせよう!」
操縦席に座り、計器を弄くっていたサイト。
立ち上がって手を差し伸べてくる、それを掴んで翼の上に乗って座席の後ろに乗り込む。
「通信機邪魔ね、戻ってきたら外しましょう」
「相手が居ないんじゃ意味ないしな。 先生、お願いします!」
コルベールは頷き、ゼロ戦から離れて杖を取り出す。
それを見てキャノピーを閉める。
コルベールが杖を振るとプロペラが回りだし、エンジンが始動する。
計器を見てスイッチを触り、発進に最適な状態へゼロ戦を移す。
「行ける?」
「ああ、余裕」
ルーンが機体の状態を教えてくれて、問題無しと判断。
シエスタから貰ったゴーグルを付けてブレーキを解除、高速で回り始めるプロペラによってゼロ戦が前進を始める。
ルイズがコルベールへと手を振れば、風が吹き始め、サイトがプロペラの回転をさらにあげる。
車輪を操舵、ゼロ戦を最長の滑走距離に位置付ける。
次第に加速し始め、3秒と経たずに人が追いつけない速度に到達。
風の強烈なものになり、機体がゆれ始める。
「行けるぜ!」
「まだだ、まだ足りねぇ」
サイトの声にデルフが答え、まだ滑走が必要と声を出す。
「相棒、ギリギリまで引き付けろよ」
「わかった、ギリギリだな」
それで飛べるとデルフは言った。
ルーンもギリギリでなくては飛べないと教えてくる、サイトはそれに素直に従う。
「カウルフラップ、ピッチレバー、スロットルレバー……」
点呼するかのように、次に行う操作を言いながら動かす。
最後の操作が終わった途端、比にならないほど加速し始めるゼロ戦。
グングンと学院の壁に近づいていく。
「まだだ、まだだぞ」
唾を飲み込む、失敗すれば壁に激突だがそんな気はさらさら無い。
パチンパチンとスイッチを入れ、操縦桿を少し引けば車輪が微かに跳ね始める。
「まだ、まだ、まだ……」
最大速度まで後数秒、壁激突まで後数秒。
一瞬の見切り、それをデルフに任せた。
「まだ、まだ、まだ──今だ!」
「おらぁ!」
掛け声と同時に目一杯操縦桿を引いた。
途端にゼロ戦は浮き上がり、車輪が壁に掠り、ゼロ戦は大空に舞った。
そこから空を切って加速、見る間に高度を上げていく。
「うおぉー! 飛びやがったぜ!」
「ったりめぇだろ、そういう風に出来てるんだからよ」
そう言いながら冷や汗をぬぐうサイト。
後ろを見るとルイズは瞼を閉じて、小さく呟いていた。
声を掛けちゃ駄目だとすぐに前を向く。
サイトが思った通り、ルイズは自己にのめり込み精神を高めていた。
そのままスロットルレバーを全開、タルブの村へ急行した
タルブの町を焼いていた火災は収まっており、無残な風景と化し。
町を焼いたアルビオン軍は近くの草原に陣取り、ラ・ロシェールに篭るトリステイン軍との決戦を待ち構えていた。
地上兵力の上に竜騎士隊が飛び、さらにその上に艦隊が停泊し、ラ・ロシェールへの艦砲射撃の準備をしていた。
それをさせまいとトリステインの竜騎士隊が攻撃を何度か仕掛けていたが、その全てが返り討ちに会い撃退されていた。
アルビオン艦隊旗艦レキシントン号艦長のボーウッドは勝敗が着いたと考えていた。
トリステインの艦隊は壊滅、艦砲射撃を防げるだろう竜騎士隊も悉く撃退。
そして間も無くその準備が終わる、ラ・ロシェールに砲弾を撃ち込んで地上の兵士が突撃を掛ければトリステイン軍も壊滅するだろうと。
そんな思惑、それを無に帰す存在がすぐ傍まで近づいてきている事を、知り得もしなかったボーウッドだった。
「あれが……タルブの町かよ」
小さく見えるそれ、黒煙を上げて今だ火が燻る町が見えた。
それを見たサイトは奥歯を噛んだ。
あの小さいながら幸せそうな町が、焼け落ちた。
怒りが込み上げて来る、あの町の中にシエスタたちが居るかもしれないと。
もしかしたら、最悪の状態になっているかもしれないと。
操縦桿に力を込める。
「あいつら……、ぶっ飛ばしてやる!」
聞くと同時に操縦桿を思い切り左下に引っ張り倒す。
機体を左斜めに捻らせ、上昇。
宙返って一気に下降し始めた。
上空、何かが飛んでいると認められた時には、鋼鉄の顎が火竜の頭と首、翼膜を貫いていた。
首に突き刺さった弾丸が、ブレスを吐くために必要な油袋に直撃、破裂するかのように爆発して竜騎兵共々大空に散った。
その横を高速ですり抜け、急降下を続けるゼロ戦。
狙いはその爆発した火竜の遥か下方、爆発に気がついた他の竜騎兵隊。
照準に合わせ、引き金を引く。
撃ち出された二十ミリ機関砲弾と七.七ミリ機銃の二重奏。
秒速500m以上で飛翔する弾丸を避ける事など出来ず、被弾した竜騎士。
ハルケギニアにおいて甚大な火力、20ミリメートルの弾丸は魔法を持ってしても防げない威力であり。
如何に硬い鱗を持つ竜とは言え、まるで濡れた指で障子の和紙を突き破るようかの様に撃ち抜く。
撃ち抜いた事を確認したと同時に操縦桿を引く。
機体を水平にして、同高度の竜騎兵に目掛けて飛ぶ。
またも照準にあわせ、トリガー。
光った時には打ち抜かれ、次々と竜騎士隊は空に散っていった。
「相棒、まだ来るぜ」
計六匹、撃ち落とした所にデルフが警告。
三騎が組んで、撃ち落とそうと狙ってきていた。
すかさずスロットル全開、最高で500km/h以上を出せるゼロ戦に、せいぜい150km/hしか出せない火竜が追いつけるはずも無く、見る間に距離が離れる。
そこでインメルマンターン、縦方向の百八十度旋回。
機体を捻り上げて垂直上昇の後、操縦桿そのままに曲がり、背面姿勢のまま、三騎の斜め上から弾丸が襲い掛かった。
「逃がすかよ!」
火竜のブレス範囲外から撃ち出される弾丸によって一匹目は翼を引き千切られ、二匹目は胴体に深々と突き刺さり落下していく。
それを見て恐怖に戦いた竜騎兵は急降下して逃げようとしたが、七.七ミリ機銃掃射によって穴だらけとなった。
「十ほどこっちに向かってきてるぜ」
「全部落とす!」
操縦桿を引いて反転、飛んで向かってくる竜騎兵隊へ向かい加速した。
「何? もう一度言ってみろ」
「は、竜騎兵隊が全滅しました!」
「たった十分ほどの戦闘で全滅だと?」
トリステイン侵攻軍最高司令官『サー・ジョンストン』は顔色を変えた
「冗談は休み休みにしろ!」
「て、敵は一騎、風竜以上の速度で翔け、射程の長い強力な魔法で我が方の竜騎士を次々と討ち取ったそうです」
「ふざけるなッ!!」
伝令に掴みかかろうとするジョンストン。
「ワルドはどうした! 奴も討ち取られたかッ!!」
激昂するジョンストンは喚き散らす。
伝令はたじろぎ後退る。
「い、いえ、被害に子爵殿の風竜は含まれて居りませんが……、姿が見えぬとかで」
「あの生意気なトリステイン人め!! 臆したか! あんな者に竜騎兵隊を与えたばかりに!!」
「落ち着きくだされ、司令長官殿。 その様な姿を兵に見せれば士気が下がりかねませんぞ」
ボーウッドがジョンストンを嗜める。
大声で喚き散らすジョンストンは邪魔以外何者でもない。
「何を言うか! 艦長の稚拙な指揮のせいで貴重な竜騎士隊が全滅したのだぞ! 貴様はどうやって責任を取るつもりだ!!」
さらに声を上げて掴み掛かってくるジョンストン。
ボーウッドは小さくため息を吐いて、鍛え上げられた右拳を打ち放った。
ジョンストンの頬に当たり、転げた後に白目をむいて気絶したジョンストン。
「連れて行け、邪魔なお方を置いておけば勝敗に関わるからな」
そう言って気絶したジョンストンを従兵に運ばせる。
今後の責任を、ただ喚くだけの人物など必要ない。
押してるとは言え、戦場で足を引っ張る味方が居れば簡単にひっくり返りかねない。
「竜騎兵隊が全滅したとて、今だ艦隊は無傷。 子爵も何か策があっての事だろう、諸君らは死なぬ様勤務に励むが良い」
一息ついて、命令を出す。
「艦隊全速前進、左舷砲撃準備」
命令を聞いた水平は復唱、全てのフネに旗流信号で伝えた。
「……英雄か、たった一騎で竜騎兵隊を全滅させるとは……」
だがたった一騎、たった一人で艦隊を撃ち滅ぼせるほどの力を持った個人など居ない。
押し退けられる壁と、そうではない壁がある事をボーウッドは知っている。
レキシントン号を筆頭としたそれは後者、たった一騎に撃ち滅ぼせる壁ではないことを教えてやらねばならなかった。
そう考えて、命令を下す
「左舷を除いた砲門は直ちに弾種変更、散弾に切り替え命令有るまで待機」
視界の奥に見えた天然の要害、ラ・ロシェールを捉えてそこに布陣したトリステイン軍を確認した。
「距離五百! アルビオン軍視認!」
見えた、タルブの草原を進んでくるアルビオン軍。
三色のレコン・キスタの旗をはためかせ、進軍してくるのが見えた。
「ッ……」
静かに、ゆっくりながらも確実に詰めて来るアルビオン軍に、アンリエッタの背筋に恐怖が走った。
振るえ、ユニコーンを撫でる振りをして隠す。
「大いなる始祖よ、我等に加護を──」
そこで祈りは止まる、進軍してくるアルビオン軍の遥か上空に巨大なフネが見えた。
それと同時に、舷側が光り、艦砲射撃がトリステイン軍に襲い掛かってきた。
揺れる大地、砕ける削れる岩壁、舞い上がる砂埃と血飛沫。
暴虐的な力が自軍を容赦無く甚振る、それを見て叫びそうになったアンリエッタだが、何とか押さえ込んだ。
「メイジ隊前へ! 空気の壁を張って砲弾を防ぐのだ!」
マザリーニが命令を掛け、それに呼応したメイジ隊が杖を掲げて振る。
途端に空気の壁が二層三層四層と、あっという間に分厚い壁を作り出す。
そこに目掛けてまたも砲弾が襲い掛かる、空気の壁にぶつかる砲弾は砕け、あるいは逸れる。
だが、貫いてくる砲弾も勿論あり、その度悲鳴が上がる。
「姫殿下、この砲撃が終わればすぐにでも敵は突撃を掛けて来るでしょう」
「……持ちこたえる事は?」
「かなり難しいでしょう、とにかく迎え撃たなくては」
頷くアンリエッタ、少しでも深く考えるようになったアンリエッタは。
戦を知らずとも、勝算が薄い事など感じ取っていた。
砲弾によって傷ついた二千と、無傷で進行してくる三千、どう考えても勝ち目は少なかった。
一方空、ゼロ戦を駆るサイトとルイズは竜騎兵隊を全滅させていた。
遥か先の雲の切れ目に、何時か見た巨大なフネを見つけた。
「ありゃあ……、無理じゃねぇか?」
「……無理かな」
スロットルを開き、上昇しながらレキシントン号に近づいた。
「でも、近づかないとな。 そうしないとルイズもなんか出来なさそうだし」
「無理だろうよ、敵が多す──」
左舷艦砲射撃を続けるレキシントン号の右舷がいくつも光った。
途端にゼロ戦に何にかが当たった、キャノピーが割れ、翼にも小さな穴が幾つか開いた。
遅れてきた轟音、破片で頬を切ったサイトはすかさず操縦桿を押して、下降させる。
バレルロール、螺旋を描きながら降下して第二射を避けた。
「散弾だ! 面で狙ってきやがる!」
「くそッ!」
操縦桿を引いて水平に立て直し、スプリットS、インメルマンターンの逆向きで旋回させた。
水平に戻ると同時にスロットル全開、加速して射程外へ逃げる。
「あれじゃあ近づけねぇ!」
「上よ、フネの上」
今までずっと黙っていたルイズが声を発する。
「フネの真上は死角さね、大砲も自分の真上には向けられねぇ」
デルフが補足して言った。
サイトは頷いて、操縦桿を引く。
どんどん高度を上げ、レキシントン号より高く舞い上がる。
後は落ちるようにフネの真上について旋回し始める。
ルイズは座席横の隙間から這い出てくるように抜けて、サイトの膝の上に座る。
そのままキャノピーに手を掛ける。
「唱えるわ、その間は気をつけて」
返事を待たずキャノピーを開け放つルイズ。
顔を打つ強風の中、サイトの肩に乗って掛けてあるベルトの隙間に足を入れて固定する。
杖を力強く持ち、額に杖先を当てていた。
遥か上空、風竜が飛べる最大の高度を飛んでいたのはワルド。
遥か眼下には緑色の竜が飛んでいる。
先に竜騎兵隊が襲われた頃に、乗っている者に気がついていたワルド。
あの中にルイズが乗っていると。
そしてあの竜を操っているのはガンダールヴであると、確認できていた。
正面から戦って勝てるか? そう考えて否定した。
正面に立てば、あの光る何かで他の竜騎士たちのように引き裂かれる。
ゆえに奇襲を選んだ、予想通り大砲を向けられない上空に来るだろうと。
読みは当たり、フネの上空を旋回していた。
「一撃必殺、君たちが本物かどうか……試させてもらう!」
手綱を引いて、風竜を一気に降下させた。
「相棒! 上から来るぞ!」
聞くと同時に操縦桿を倒す、機体が捻り烈風を避けきった。
「ッぉ!」
ゼロ戦が大きく揺れる、当たった訳でもないのに風圧だけで攻撃を受けたような振動が走った。
スロットルを開く、下降しながら加速し始めるが、敵の風竜は見る間に距離を縮めてくる。
「相棒、撃ってくるぞ!」
「やらせるか!」
操縦桿は動かさず、補助翼を左に動かしながら、右フットバーを踏み込む。
機体の水平を保つために、昇降舵を操作して保つ。
それだけで機体が揺れ始め、同じ速度のままゼロ戦が横に『滑った』。
「何ッ!?」
加速し続けていた風竜は、ゼロ戦を簡単に追い越し、視界から消える。
ゼロ戦を探したワルドが振り返った時には、ゼロ戦からのマズルフラッシュだった。
撃ち出したのは機銃、七.七ミリ機銃がワルドと風竜に襲い掛かり、身を抉った。
大きく揺れ、その速度のまま降下する技術『木葉落とし』。
敵の攻撃をかわしつつ、降下させるためサイトは使った。
だがその弊害に敵は元より自機の命中率が下がるのだが、サイトは難なく風竜を捕らえて攻撃に移った。
「がッ!」
ワルドの肩と背中、風竜の鱗を貫いて体内を蹂躙する。
手綱を離し、落下していくワルドと風竜。
サイトはそれを確認して、機体を加速させて上昇した。
そんな激しい軌道の中、変わらずルイズはサイトの肩に乗ったまま呪文を呟き続けていた。
足りない、まったく足りない。
原作並みの威力を実現するには到底足りない精神力。
16年間溜め込んできた精神力であれほどの威力を発揮するのだ。
ちょくちょくと幻像を使っていれば、足りなくなるのは必然。
だが、ここで同等の威力の爆発を使用しなければならない。
でも、それを引き起こせる精神力は足りない。
ならどうすればいいか、この答えなど当の昔に出ている。
エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ。
精神力を回し加速させる。
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド。
渦を作り、数瞬毎に大きくなっていく。
巨大な渦となって、体の中からあらゆる物を精神力に変換して引きずり出す。
今現在生み出されることのない精神力が渦に溜められていく。
ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ。
足でサイトに合図を出す。
気づいたサイトが操縦桿を押し、レキシントン号の真上から急降下し始める。
溜まりに溜まった精神力が、今か今かと暴れている
ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル。
詠唱完了、破壊を生み出す魔法が完成。
そしてその威力を正しく理解して、破壊するものだけをイメージする。
杖先から光がほとばしり、目標に向かって振り下ろされた。
『エクスプロージョン』
光球が艦隊を包み込んだ。
荒ぶる爆風、全方位に広がるはずのそれは、光球の中心から目標に向かって蛇の様にうねり船体の一部を食い千切った。
まるで数多の首を持つ蛇、次々と伸びて風石のみを消滅させた。
「何が……」
レキシントン号の上空に現れた光の球。
それが一瞬にして肥大化し、アルビオン艦隊全てを包み込んだ。
その後、目が焼け切れそうな閃光が辺りを包み、収まれば落下している敵艦隊が見えた。
フネが浮き上がるための絶対必要な風石の消滅、それを知らなかったアンリエッタは呆然と佇んでいた。
落下する敵艦隊の中から、今だ光る何かが飛んでいるのをマザリーニが見つけて叫んだ。
「見よ! 敵艦隊は滅んだ! 始祖が使わした神の竜によって!」
生き残っていた軍人たちが、空を見上げる。
光を放ちながら飛び続ける翼、気づいた者から歓声を上げた。
見る間に歓声は広がり、耳を劈くほどの物に変わった。
その中で、アンリエッタはマザリーニに尋ねた。
「枢機卿、神の竜とは一体……?」
「私にも分かりかねますな」
少しだけ笑ってアンリエッタを見るマザリーニ。
「真っ赤な嘘ですが、強ち間違いではないかも知れませんぞ」
見上げればまだ飛んでいるなにか。
近くで見なければ、それが何なのか分からないだろう。
「しかし、そんなことはどうでも良いのです。 殿下、今やるべき事は敵軍を打ち破ること、違いますかな?」
「そうですね……」
「使えるものは何でも使う、政治と戦の基本ですぞ。 殿下、貴女は今日からこの国を統べる王となるのです、覚えておきなさい」
アンリエッタは頷き、水晶の杖を掲げた。
「始祖の加護は我等に有り! 全軍突撃! 我に続けッ!」
最高潮になった士気は、兵に多大の力を与えていた。
その頃、空のゼロ戦ではルイズがサイトに寄り掛かっていた。
「大丈夫か?」
「何とか、ね」
だるいが体は動かせる。
無詠唱で撃ち放つ魔法よりはきつくは無かった。
「そうか、またあの時みたいに倒れるんじゃないかと思った」
「あれは、無理やり使ったからよ、今回のはちゃんと呪文唱えたから」
感じるのは虚脱感、ではなく喪失感。
今回の魔法行使により失ったものがあり、それは二度と取り戻せない。
「タルブのとこに戻らなくちゃ」
「ああ、シエスタ無事かな……」
「多分ね」
タルブの上空につく頃には、空が赤くなり始めていた。
サイトとシエスタが眺めたあの草原に着陸、キャノピーを開け放ってサイトは立ち上がる。
この草原はさほど変わっていない、そう安堵しながら辺りを見回せば。
「シエスタ!」
森から走ってくる黒目黒髪の少女が居た。
サイトは飛び降りて駆け出した。
ルイズはそれを見て瞼を瞑る。
「……娘っ子、本当に大丈夫なのか?」
「……大丈夫、問題ないわ」
「それなら良いがよ」
サイトはルイズが失った物に気が付かない。
ルイズも言う気など無い、それをサイトが知るにはまだ先の事。
『虚無』を扱う者は心せよ。
志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。
詠唱者は注意せよ、時として『虚無』は『命』を削る。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ