間もなく2月の週末、エヴァ宅でまったりと焙じ茶啜りながらミカンを食べていた時だった。
こちらに来て協定を結んで以来、時々遊び来ている。
「そう言えば、小僧の世界とこの世界では時間軸がズレている、と前々言っていたな。どれぐらいズレているんだ?」
エヴァがこんな事を聞いていたのだった。
呼び方が小僧で定着しているのは何とかして欲しいが、それはさておき。
「んー、僕が生まれたのが西暦2010年、こっちに来る直前で2024年。二十年以上ズレてる事になるな」
そう、なのでゲームやインターネットの回線速度が最大のカルチャーギャップだった。
SO〇YはSE〇Aみたいな事になったし、光回線で100MBがやっととは…遅いなあ、1TBぐらい出ないのか?
「ふむ、それなら下に見てしまってもしょうがないな。私だって二十年前と今を比べるとな…」
「でも、幾つかは同じ水準かそれ以上まで達している所があるのがね…。工学部の連中が弄ってるのもあっちにはない物が多かったし」
小型量子コンピュータや茶々丸なんか、ミッドでも無いと作れない気がするからな…。流石異世界。
「まあ、それは超の技術が大きいな。あいつの知識は百年は先に行っていると言っても過言ではない」
超鈴音か…、無料盗聴器のお得意様で「超包子」に食べに行った時に世間話するぐらいの関係止まりだな。
今度、ちゃんとした話をしてみよう。
「話は変わるが、小僧は割と気軽に情報提示するな。このカートリッジだってそうだ、取引のつもりなのか?」
そのエヴァの手には学園で製造したカートリッジがある。魔法を使う時に欠かせなくなっているみたいだ。
「取引材料兼ブービー・トラップって所だね。それにウチの祖父さんの教えで、生き残る事を最優先にする考え方になってるんだよ、僕は」
ブービー・トラップの事を知っているのは僕とエヴァンジェリン一家の面々だけだ。
潜在的に対立しているこの一家ならバラしても言いふらすまいと思っている。
それに、管理局ならば"呪い"を解ける可能性がある。後々接触出来た際に、協力者として便宜を図ることも締結済みだ。
「祖父さんの教え?旧ソ連時代の軍人だとか行ってたな。どの様な教えだ?」
祖父さんはGRU(参謀本部情報総局)傘下のスペツナズ要員としてアフガニスタンで従事中、事件に巻き込まれてしまい、公式には戦死扱い。
帰ろうにも、乗っていたヘリは木っ端微塵で部下共々生きているはずがない状態に、その間に世話になった局員の薦めで入局した人だ。
「第一に生き残る事が最優先、多少の規則を守って死ぬぐらいなら破ってでも生きろ。第二に使える物は何でも使え、必要ならライオンの皮でも被っておけ。他にもあるが、こんなもんか」
「ライオンの皮?ああ、イソップ寓話にあったな「ライオンの皮を被った驢馬」の話が。小僧にとってのライオンの皮が時空管理局という訳か」
「そう、最初の名乗りの時に管理局を知らない世界だと分かったから、
どれだけ恐ろしく巨大な組織であるか、僕の魔法が全く違う進化を遂げた物であり研究対象としては極上だという事を教えた訳ね」
救いようのない馬鹿でもない限り、アンカンシェルクラスの兵器を保有する組織と対立したくはないだろうし、研究対象を処分する気にはならないだろう。
「だが、いいのか?帰れたとして、情報漏洩の廉で処分されるかもしれんぞ?」
それは覚悟している事だ。だが、只では済まさない為にもこちらも努力している。
「だから、こっちの魔法を教わっているんじゃないか。局側も調査するだろうけど「ミッド式術者視点による異世界の魔法」は貴重だぞ?」
何年かすれば局の調査チームが調べ上げるだろうが、その取っ掛かりとしては価値がある。
喩えれば、ロゼッタストーンに書かれていた固有名詞を解読したトマス・ヤングみたいな感じだ。
ヤングのアプローチを元にシャンポリオンが完全解読した様に、調査チーム達には重宝されると思う。
「なるほど、関東魔法協会とのパイプとその調査成果を使って上層部と取引をして、無罪放免を目論んでいると。そう言う事だな?」
「そそ、こっちも生き残るのに必死なの。いざとなりゃあ、祖父さんと愉快な仲間達に助けてくれと頼んでみるよ」
『閣下も頼まれると嫌とは言えない所がありますからね』
祖父さんは事故の時には少将だったが、中将への昇格が内定していた。
低ランカーの出世頭なので同じ低ランカーや高ランカーを技量だけで叩きのめした事もあって魔法が使えない連中の人気が高い。
ベルカ式の使い手からも老いても尚高い技量から尊敬されているほどだ、孫にも容赦ない人なんだけど。
訓練で手加減しないんだもん、他の時はいい祖父さんなんだけどな。
「鬼のジジイも孫は可愛いか。まあどうにかするべく努力はしているのだな」
「そう、だからもっと教えてくれ。血はそれなりにな、三ヶ月待てるなら400ml吸ってもいいぞ」
ここでは授業料や別荘の使用料として、血を提供している。最初は結構吸われたなあ、超包子でレバニラをしょっちゅう頼んでたぐらいだ。
「400mlで三ヶ月とは、日赤の献血じゃないんだぞ。それにお前の血は癖があると言ったろ?旨いんだが、多く飲むとそれが気になってきてな。少しずつ飲むのがいいみたいだ」
癖が気になってくるって…。僕の血はリキュールかなんかか?それも薬草系の。
「それはそうとして基礎はマスターしたな?始動キーは決めたのか?詠唱は上手くなったか?小僧は詠唱が下手だからな」
そう、これがこっちの魔法を学ぶ上で最大の問題だった。
早口言葉は苦手だ、始めなんて2回に一度は噛んでたからなあ、だからこっちの魔法は嫌いなんだ。
「長年生きてきたが、"火よ灯れ"を噛む奴なんて初めて見たぞ」
くくくっ、と笑いながらこっちを見る。
「魔力の扱いは一級品、まああんなややっこしい術式を平然と扱うんだから当然だな。だが、詠唱はシロート以下。発音も怪しいと来た」
使われるのはラテン語か古典ギリシア語と来たもんで、慣れていない発音の為に唱えたつもりが何も起こらなかったりした。
ロシア語と日本語とミッド語しか出来ないんですけど、僕。
祖父さん辺りだと、教養の一環として単語を知ってるだろうが、ミッドと日本じゃ全く使わない。
なので、別荘まで使ってのスパルタ式ラテン語講座と古典ギリシア語講座を受ける羽目になってしまった。畜生、だから嫌いなんだ。
「喜べ、小僧ほど下手くそな奴は、私の長い人生の中でも初めてだ」
読むのは問題ないんですよ、詠唱が苦手なだけで。
「そして何より、ミーシャの方が出来がいいのが傑作だ」
くくくっと悪そうな笑みを浮かべつつ痛い所をついてくる。くそう、この悪幼女め。
そう、詠唱の特訓中、戯れに「お前もやってみろ」とミーシャを杖の上に置いて詠唱させた所、
成功してしまった。
これには全員唖然とした。まさかデバイスがこっちの魔法を使えるなんて夢にも思ってなかった。
エヴァも「魔法を使える機械なんて初めて見たぞ」と言っている。
使えると分かったら後は早い、何せ記録媒体ですから、あっという間に上位古代語魔法も使える様になってしまいました、デバイスが。
その一方、ひいひい言いながら古典ギリシア語に苦戦しているそのデバイスの主人。
悔しくなんか無いやい、目から出てるのは汗だい。
「まあ、それはさておいてだ。起動キーは決めたか?ミーシャ」
何でミーシャから先に聞きますか。アナタは。
「小僧よりミーシャの方がいい生徒なんだよ。自分で唱えるよりもコイツ経由で使った方がいいんじゃないか?」
またまた悪そうな笑みを浮かべてくくくっと笑う。どうせ出来の悪い生徒ですよ、悪うございましたね。
『まあまあ、同志。確かに私の方が噛む事もなく、古代高等魔法でも問題なく使用出来ますが…』
くう、コイツは主人を殆ど立てないデバイスだからな。祖父さん、何を思ってこんな性格にしましたか。
『それも貴方の強大な魔力があるからです。最初のマスターであるお祖父様も、お父上も、魔力が少なくて苦労しました。ですが、貴方はこの年でAAA+クラスの魔力を持っている。成長すればSランク級の魔力も夢ではない。そんなマスターを持てて光栄です』
その反面、たまに恥ずかしくなるほど褒めるから余計質が悪いんだ。
『まあ、魔力量だけで魔力放出量の関係上Sランクは無理です。AAAが限界でしょう』
オチを付けるのを忘れないのが一番質が悪いんだがな!!
「おい、其処の漫才コンビ。それはいいから始動キーを決めておけ」
誰が漫才コンビだ、誰が。
『アフタマート・カラーシュニカヴァで行こうかと思っています』
「「そのまんまだな」」
思わずハモってしまった。お前はAK-74をモデルにして作られたのは確かだが、それでも「カラシニコフ式自動小銃」はまんま過ぎるだろ。
名前も設計者から取ったんだぞ。
「起動キーは自由に出来るからな、好きにしろ。で、小僧は?」
出来の悪い生徒はオマケ扱いですか、へいへい。
「フレブ・ザ・フレブ クロフ・ザ・クロフで行こうかなと」
「パンにはパンを、血には血をか。お前らしいな。まあ、"噛む"なよ」
ロシア語で噛んで堪りますか!一応母国語で、喋れない頃からの付き合いです!
そうして、この話は終わり。
後はたわいない話が続いていた。
「来週から二月か、日本人は大変だな。3日に豆撒いて、14日にチョコ上げたり貰ったり」
ミッドには聖王教会関係の行事以外はあまり無い、有っても他の世界由来の物ばかりだ。
「大変だなって、小僧は半分日本人みたいなものだろう」
「沖縄に豆撒く風習はありません、本土の連中が持ってきた物です。カトリックの聖人の日なんてオーソドックス(正教会)には関係有りません」
一応クリスチャンだ、全く敬虔ではないが。
管理世界にはロシア系コミュニティがあったりする。局にスカウトされたり、事故で来たロシア人の中に主教様が混じっていた為に
ミッドチルダ正教会が存在したりする。小さいが聖堂も持ってるぞ。
祖父さんもそのコミュニティに世話になっていたので、よく聖堂を訪れていた。僕もよく連れられてだが、訪れていたので一応信者になった。
気が向いたらお祈りするぐらいだがな、宗教観は日本人よりマシなぐらいだし。
そのせいか、同期の連中が陛下に払っている敬意が全く解らなかったのは。聖王教会は管理世界の彼方此方にあるからなあ。
管理世界出身で、敬意を払ってなかったのは僕ぐらいだったし。
そんな事を考えつつ、お茶のお代わり貰っていると、茶々丸がこんな事を言っている。
「マスター、来月に来日するのでは?」
「ああ、準備を進めなければな」
何の準備なんだか、悪そうな顔して。
「一体、誰が来るんだ?」
「サウザンドマスターの息子だよ」
ああ、前に教えてくれた、ツッコミ処満載の呪いを掛けた奴のね。
資料を漁っている時に何度か名前が出てたな。でも、そんなに歳取ってなかった様な…。
「確か10歳だったな」ちょっ、それ、労働基準法に、
「数え年で10歳ですので、正確には9歳です」法律違反だー!
「思い切り抵触しているな、だがあのじじいの事だ気にもしていないだろうな。そう言う小僧も同じぐらいから嘱託で働いていたんだろう?」
まあ、バルタ○星人は気にもしてないだろうな。御陰で新聞代を経費として処分出来てるし。
「いや、ミッドチルダは就業年齢が低い世界であって、日本の常識ではその年齢は一寸なあ」
確かにその歳で無茶苦茶やっていたのだが、ある意味それが普通の環境だったからな。
八神家や高町家やハラオウン家の皆さんもそれぐらいで大暴れしていて、それが受け入れられていたんだから僕の暴れっぷりなんて可愛いもんだ。
「これで呪いが解けるな…」
局に解いて貰うんじゃないのか?ミーシャがリストアップしていたぞ、解けそうな連中を。
「悪いが、それは次善の策にさせて貰う。何時接触出来るのか分からんからな」
ふむ、最速の手段に出る事にしたのか。それは結構だ。
「また、追われる様な事になったら言ってくれ。接触後なら便宜を図れる、エヴァなら即採用だ」
世話になったお返しにもなるかは分からないが、局の保護下に入れば賞金稼ぎ共には手が出せないだろう。
「悪い、気を遣わせたな小僧」
「いいって事よ」
そう言ってお代わりのお茶をまた啜る。そうして夜は更けていくのだった。
そして、物語は本格的に動き出す。
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あとがき:情報の扱いが軽いのとネギま魔法嫌いの理由を書いてみました。