モテモテなネギ。関係者以外立ち入り禁止の筈だが、クラスメイトだから関係者だと強弁を張って入ったのだろう。
「彼女だって言ったら出入り自由なぐらいですからね。ザルな警備体制だよ」
助教に「腕立て150回!!」と言われるぐらいザルだな。でも、ここは全体的にこんなもんだぞ、ある意味完結した世界であるが故だろう。
学園都市内には数多く(主に教育関連)の仕事があって、そこで働く人たち目当てに数多くの各種商店が出店していて、一人暮らしから家族までの住居も土地も揃っている。
そんな所で育てば外に出る必要性が薄くなり出不精になるだろう、ここで事足りるんだもの。
そう言う所じゃあ、結婚相手は大体同郷になる傾向が強い。みんな出不精になってるんだもの。
で、そんな両親の間に生まれた子供も必然的にそうなる、それが何世代か続けば内部への警戒心はかなり薄くなる。
要約すれば、便利な田舎の集落や都会の長屋と同じ様なものだ。「みんなご近所さんって感じなんだね」
「…んー、でもさっきのアレは「気」って言うより…、「魔法」ってカンジに見えたかなー」パルが異様な勘を働かせた直後、
こっちにお鉢というか火の粉が飛んできた。
「で、アリョーシャの方はどうなの?あのUFOみたいな動き見りゃ「気」とか何かが使えることは確かなんだけどねー、でもくーふぇや他の人が使うのとかとは違う様な気がするんだよねー。ネギ君のにちょっと似てた気もするけど」
共通点を薄々感じとってるし。
コイツの恐ろしい所はこの直感だ。創作で感性を鍛えられている為なのかして、エラく勘がいい。その上洞察力もいいと来たもんだ。
曖昧に答えると逆に更なる核心を突きかねない、故に明確な嘘をつくことにする。
…後でバレるの知ってるから別に話してもいいんだけどね。そこの三人が「言わないでくれ」と目で訴えてるから。
「あんな風にされたら素直に応じるのが一番だとヴィヴィオは思うのですよ。アリョーシャ君はどう思うのかな?」
念話で念押しされてるし、応じるしかないでしょ?
「あー、パルよ、旧ソ連が"超能力"を研究していたのは知ってるな?」
「知ってるよー!KGBがそれを利用して色々してたってのは聞いたことあるけど、それがどうかしたのかな?」こいつはゴシップが大好きな女である。
「実はだな、我らがソヴィエトは"超能力"だけではなく、"気"も研究していたのだ!それどころか実戦投入までしていたのだった!!」だから食いつきそうな話を持ち出してみる。
案の定、「ほほう、それは初耳ね。詳しく聞かせてもらえるかなー?」食いついてきた。つか釣れた。
「KGBや軍が中心となって研究・運用していてな、研究の発端は中国共産党にいた"気"の遣い手についてのレポートがスターリンに送られたのが切っ掛けで研究が始まったとか」
「おおっ、KGBは当然としてもそこでスターリンが出てくるか!?」
うわー、がっつり食いついてる。どういう性格かはよーく分かってたつもりだったが、こうして改めて見るとなあ。
「KGBの特殊工作員向けに続けられていた研究に軍が参加した切っ掛けがダマンスキー島事件だ」
政治的・領土問題において水面下で対立していたソヴィエトと中共が本格的軍事衝突を起こした事件。全面戦争や核のパイ投げにエスカレートする可能性まであった重大事件である。
この様な事実を混ぜると嘘は見破れにくくなるのだ。対尋問訓練で教わった。
「珍宝島事件の事ね、あまりに変な名前だから知っているのさっ!…女の子に何言わせんのよぉっ!!」
女の子って、同人女で腐女子だろお前。ナニを書いたりしている癖に恥ずかしがるな。
「中共側に遣い手がいたからさあ大変、前線の被害は甚大な物になり、戦車部隊の投入と砲兵隊の一斉砲撃でようやく殺せたそうな。"気"の威力を身をもって知った軍上層部が合流、スペツナズ要員向けにも始められたと」
ここはまるっきり嘘です。クォーク一個分ぐらいの事実は含んでいるかも知れないが。
「へー、そういうことなのか。所でさ何でアリョーシャはこんなこと知ってんの?軍人家系なのは知ってるけど、流石に知り過ぎじゃないかなー」
さあ、更に食いついてきました。と言うか飲み込んでます。
「ウチの祖父さんと親父は適性アリの元スペツナズ要員。技術と経緯はその二人から教わったし、曾祖父さんは導入後の地上軍参謀本部特殊戦部長経験者。知ってて当然なのだ」
これも事実だったりする。但し、第97管理外世界での話だが。
「曾お祖父ちゃんにお祖父ちゃんにお父さんみんなが関係者で当事者って、確実すぎる話ねー。なら聞きたいんだけどさ、あれはどうやってんの?」
「ん?あれというと…」
物の見事に引っ掛かってくれたパル。嘘は上手に吐ける様になりましょう、そっちの方がお得だから。
…嫌だねえ、ごく自然に嘘が吐けるってのは。仕事柄必要と解っててもね。
パルを上手いこと騙くらかした後、始まったせっちゃんと神楽坂の試合。
結果は知っているから別にいい、会場に向かう理由は別にある。
「おや、アンドレイ君。そちらのお嬢さんは?フフ…そうですか、それが君の…。宜しければ紹介して頂けますか」
「よう、食っちゃ寝司書。僕の彼女で、同僚だ」
「初めまして、司書さん。時空管理局の者です」
棄権が確定している準決勝、お店の方が大事だからね!その時用の打ち合わせが目的だ。
「何で小僧とお前が知り合いなんだ、ええ?」隣のエヴァは放っておくのが一番です。
「アナタへの秘密を共有する仲ですよ、エヴァンジェリン」
****
同時刻、学園地下深く魔法使い達と関係組織・企業以外には機密の場所
「進捗具合はどうかね?」
各種工作用に用意された特別室、そこを学園長が訪れた。
「順調ですが…、すいませんこんな格好で。暑いもんでつい…」
この部屋を受け持つのは弐集院教諭、応対したのはいいが今Tシャツ一丁に首にタオル、膝までまくったズボンに「トイレ」と書かれた木製のサンダルとまあだらしなく、上司を応対するには不向きなことこの上ない格好である。
何時もはスーツ姿の彼だが、この様な姿なのには理由がある。
「スマンのお、今夜までには冷房を調えさせるのでな、もう少しガマンしてくれ」
「いえ、スパコンと関連機器の整備が最優先だったのは解っています。ただ…、涼を感じさせる物を用意して貰えませんか?冷やそうにも風は暑い空気をかき回すだけで、水はショートを起こしかねないので使えませんし…」
この部屋の主のごとく鎮座する箱、大学部が発注し学園祭明けに納入予定だった空冷式2TFLOPS級スーパーコンピュータ、これが発する熱が原因である。
運良くメーカーによる最終点検が終了していたそれを今回の為に強奪同然に納品させ、機密保持の関係で本来用意されていた場所ではなくこの特別室に仮設させた。
当然の事ながら、大量に発生する熱対策は施されいない場所であり、武道会開催までに出来たのは何とか熱暴走を抑えられる程度の空調が精一杯だった。
そこに大量の人員が入るのだ、人いきれとスーパーコンピュータと関連機器の出す熱が加わり真夏の温室状態となっている。
この様な環境で作業するのだ、あの様な格好になるのは自然なこと。事実、彼以外も男女問わず似た様な姿だ。
使命感で耐え、機器に向かい合ってはいるが耐えかねて逃げ出してしまってもおかしくないこの状況。
物事の重要度合いにおいて居住性というのは下の方にある物、それをまざまざと見せ付ける光景が広がっていた。
「早急に用意させよう、とりあえずこれで凌いでくれ」
無詠唱で人の背丈程もある氷塊を出す学園長、流石は学園最強の魔法使いである。
学園祭を警ら中の警官二人組、そのうちの両津巡査があることに気が付いた。
「先輩、作業している所がやけに多いですね。毎年こんな物なんですか?」
その質問に対して、麻帆良OBにして魔法警官・大原巡査部長が答える。
「いいや、開催までに間に合わせるのが基本だ。俺の頃も何とか間に合わせていたもんだ」
各所の路地や屋根に作業服姿の人間が取り付き、何か作業をしている。例年にはなかった光景だ。
その様に気付く人間はいても、結界の作用で些細なことだと認識されて気にされない。一部の抗魔法体質持ちを除いて。
「明日の夕方のイベントの準備じゃないのか?毎年大規模にするからな、警備に機動隊の連中も動員されるのは知ってるだろ?」
大原は巧みに話をすり替える。この部下は認識阻害が効きにくい体質だ、このまま気にされていると何か不味いことになるかも知れない、その様な判断に基づいて逸らした。
実際の所、期間中は麻帆良署の人員だけでは追いつかない為に埼玉県中から応援を集めている。全校イベントがある最終日となると更に応援要員が必要となり機動隊も投入している。
「ええ、機動隊に行った同期からも聞いてます。あ、先輩、差し入れ持って行きたいんですけど、良さそうなの売ってる店知りませんか?」
逸らされたことに気付かない両津は、機動隊にいる警察学校の同期や顔見知りの先輩達への差し入れへと話を移す。
大原に聞くのが一番と思ったからだ。事実、生まれも育ちも麻帆良で卒配以来ここ麻帆良署に勤務している彼の地理の知識は相当なものだ。
今もその土地勘は遺憾なく発揮されている。警らよりも観光客への道案内が主となっているほど。
「お、よくぞ聞いてくれたな。体育会系な奴が多いだろうから…」
斯くして両津巡査の発見は逸らされ、翌日の差し入れ話へと意識が向かう。
彼らは働いていた。何時もなら友人と学園祭を巡り、成功率の低いナンパなどをしながら大学生らしく楽しく過ごしている時期だ。
今はそうではない。担当教授との取引により指示の元働いていた。
らしい生活を続けすぎたが故にこのままでは留年する可能性が非常に高い。よって、取引に応じた。
「メフィストフェレスと取引した気分だ…」学生の一人は呟く。
それに反応して「おうおう、ドイツ文学専攻の彼女持ちは違うねえ。…先週別れたんだったっけ?」友人が茶化す。
「るせえ、本来だったら学祭中に新しい出会いを捜す予定だったんだよ」
「ところが教授の「私の仕事を手伝いなさい。そうすれば出席しなくても「可」を、真面目に受ければ「優」をあげよう。どうかね?」と言う悪魔の誘いに乗っちまったと」
それが取引の中身、魅力故に放つ甘い香りに引き寄せられて何人もの学生が囚われる。
学生達が部品を組み立てている部屋の隣、製図室らしき部屋。メフィストフェレスに喩えられた老人に壮年の助手が尋ねる。
「教授、よろしいのですか?参加者に無条件で「可」を与えるというのは」
教授と呼ばれた初老の男は自虐的な笑みを浮かべて答える。
「構わんよ、学園長と学部長の許可は得てある。超君へのちょっとした復讐だよ。全く、無邪気な天才というのは質が悪い。凡人が何年もかかって見つけた糸口を悪意無く掴み、一気に引き摺り出してくれる」
「糸口を掴んだ人間として感謝はされど名誉は得られず、時を経て奥深く立ち入らねば出ぬ名となりにけり。と言った所ですか」
皮肉を込めて返す助手、その皮肉は誰に向けた者なのかは解らない。
「何、彼女を否定している訳ではないよ。長年追い続けた答えを出してくれたことは感謝しているし、その聡明さには尊敬さえしている。しかし…」
様々な感情が入り交じった表情、彼は超鈴音を嫌っていた。
人生を掛けて追求すれば導き出せたはずの答えを横合いから掻っ攫われ、その為に積み重ねていた努力をふいにされたことを恨んでいた。答えを知り得た喜びで多少は薄れていたが。
奥底に残っていたそれに昨日の朝、ちょっとした油が注がれる。その油には上司の許可(実際は少し違ったが)まで付いていたのだ。
そうなれば遠慮はいらない、自分の権限を最大限用いて意趣返しをしてやろうじゃないか。努力の積み重ねを他人にふいにされる悔しさを味わせてやろう。
何、若い内の失望は将来への良き糧となる。自分も似たようなことがあって今がある、だからいいんだ。
教授が浮かべた笑みを見て助手は呟いた。「何だ、結局は嫉妬か」と。
まあ、気持ちは分からないでもない。
彼女は若い、自分たちより多くの時間が使えが故に様々な糸口や答えを見つけるチャンスが教授はおろか自分よりも多くなる。
更にあの知性だ。こちらが知性を得る為に費やした年月もがそのまま、使える時間になる。
こうして客観的に考えてみると、老女が若い女を妬む気持ちが少し理解出来る気がした。どう足掻こうが永遠に得られないものを持っているのだから。
****
「フフ…、それでは優勝賞金で君の店に食べに行くことにしましょう。いい宣伝にもなるでしょう?エヴァンジェリン、あなたもどうですか?」
「いらんいらん、お前のオゴリだと旨い飯も不味くなる。それにだ、ウチのクラスの連中は手伝う替わりにタダと小僧と取り決めてあるのでな。私は例外だが」
せっちゃんと神楽坂の勝負に決着がついた少し後、交渉は決着した。
食べに来るならあの動画が出回って話題になった後、つまり夜の部に来てくれ、宣伝効果が増大する。
「何で小僧に対しては対価を出さんのだ、お前はっ!!私の時はあれだけノリノリで出しておきながら!!」
やっぱりうるさい隣のエヴァ、ネコミミ眼鏡にスク水セーラーを着なくて済んだんだから大人しくしてなさい。
つーか、ちょっと前にもその格好させようとしたな。趣味か?好みなのか?それとも…。
「彼らは私が知り得ない事を知っていて、それを教えてくれる。それが対価の替わりです。まあ…、蒐集させてもらえば更にいいのですが」
公開出来る範疇の情報ならいくらでも教えてやるが、蒐集はさせてやらんぞ。特にヴィヴィオのは。
自分の彼女にこんな変態を近づけさせる訳には行かん。
「心外ですね。私は紳士であって、あれは親しい者に対するユーモアの一種だと言う事はアンドレイ君なら解ってもらえると思っていました」
「ほー、世界は広いものだな、こんな性格の悪い紳士がいるとは。どんな奴か一度顔を拝んでみたい者だな」
わざとらしい目線、ジト目という奴だ。それを向けても蛙の面に何とか、馬耳東風、右の耳から入って左の耳から出ると言う奴で、しれっとした顔で返す。
「一体誰のことですかねえ。教えてもらえませんかエヴァンジェリン」
その時皆の心が一体になっていた、「お前だ」と。まあ、思っていても口に出さないのが大人な対応だ。
「アリョーシャ君、指、指。クウネルさん指さしてるよ」身体は正直だけどな!
一見平和な学園都市、しかしその下では二つの策謀が渦巻き、煮えたぎっている。
二つがぶつかり合ったとき、どの様な結末を迎えるのか。
それを知ることは神ならぬ身である当事者達には解らない。
あとがき:当然すぎる話ですが、新年度初めは忙しかったです。
月末とGWにようやく纏まった時間が取れた程。
後、バトル好きの方に謝罪。