「久方ぶりじゃな。頼んでいたのはどうじゃ?」
「いやあ、流石は元"偉大な魔法使い"、クリーンなもんよ。無能な上に全体主義者でなきゃあ、世の役に立ったかもしれねえぞ」
「全体主義者とは…、言い得て妙じゃな」
「そうそう、アイツら自分たち魔法世界の正義が絶対の正義と思っていやがって、それを他人に強要するでやんの。昔々の旧世界ではそんな方々に散々苦労させられたと言うのに…」
部屋には男二人、一人は近衛近右衛門ともう一人は魔法使い日本支部所属の監察主任。
二人とも日本生まれの魔法使いで、所謂昔なじみ。腹を割って話せる間柄と言う奴だ。
「まあ、なんじゃ、お前さんがここに来たと言うことは何かしらの収穫があったんじゃろ?」
「ああ、5年ほど前から不明瞭な金の動きが幾つかあった。全て"あの連中"がらみだ。それと先日のアレ、合わせ技で行けばいい所まで追
い詰めれると思うぞ。訴追まで行けるかはお前さん次第だ」
「ふぉふぉふぉ、そこまで行く気はないぞい。あくまでも"そこまで"じゃがな」
人を食ったような笑みを見せる近右衛門、それを見た相手も笑い返す。
「なるほどな、"そこまで"は行かないのかそれを聞いた本部の連中はどうするかは別にしてな」
そうして意思疎通を終えた二人は酒を酌み交わす。
その酒が何を意味するのかは本人達のみが知る。
****
6月始め、この時期は5月に続いて良い時期である。
先日まで続いていた中間テストも終った。僕の成績は問題なく(特に理数系)、クラス平均は学年3位となった。
テスト前日に行った勉強会が良かったのか、エロDVDをエサにしたのが良かったのかは解らないが。
前の期末の時はエロ本、ほんの一部を見せただけであれだけ能率が上がるなんて…、中学生って解りやすいなあ。
え?「あんなエロ過ぎるのをほんの一部見せるなんて生殺しをされたらイヤでも能率上がる」って?
ネギの方は学年3位、短い天下だったなあ。
で、だ、神楽坂は矢張りというか、必然的というか、成績が落ちて最下位になってたそうな(ネギ談)。
つーか、平均点落とした最大の要因お前だろ。
他のバカレンジャーの面々はやや落としたぐらいで、楓ちゃんだけちょっこと上昇。
テスト前の土日に山の使用料代わりに勉強見てやったからなあ。こんなことなら神楽坂も教えてやれば良かったかねえ、金取るけど。
まあ、そんなこんなで半月後に迫った学園祭、それの出し物を今朝のホームルームで決めるのだ。
にしてもだなあ、中学でも金儲けOKってどんな校風だよ。超包子やネギの時も思ったが、労働基準法に真っ正面からケンカ売ってんな。
聞く所によると各種阻害魔法を掛けてある上に、表面化する前にOB・OG使って潰してるから問題ないそうだけどね!
やっぱ権力って素晴らしいね!!
「班長、いいんですか?あの屋台の子達どう見ても中学生ですけど…、それとあのロボは一体…」
「両津、いい加減に馴れろ。ここはそう言う所だ。明けに奢ってやるから、な?」
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出し物は一発で決まった。
「委員長殿のカレーショップがいいと思います」「異議無しー」「当たり前だお」「当然だろ、常識的に考えて」
…絶対打ち合わせしただろお前ら。
とは言え、決断は早いほうがいい。
特に僕のカレーは冷蔵庫で一週間ほど寝かせてから使うので、今から注文してもいいぐらいだ。
その材料だってあれこれ使ってるから、八百屋や肉屋や魚屋に乾物屋に米屋と注文先が多岐に渡る。
それに加えて食器や炊飯器に冷水器、テーブルにイスにクロスにお盆と色々とレンタルしなければならん。
遅いと同業に採られてしまうからな。あ、券売機かレジスターも頼まなきゃ。
さて、決めたのなら決めたでやる事が多くなる。
一日当たりの集客人数設定はどれぐらいにするのか、メニューは一種類にするのか複数にするのか、内装はどの様にするのか。
そして何より、客単価をいくらにするのかが問題だ。
毎週作っているのは金のかかった趣味みたいなものであって、自分が満足出来る範囲の材料を使えた。
ただ、それをそのまま出すと単価が相当高くなること請け合いであり、学祭で出るカレーの価格ではなくなってしまう。
そらそうだ、元はホテルで出されてたカレーなんだから。
それを学祭で出してもいい価格帯に押さえつつも、超包子やらの競合店と争える味にする。これはかなり難しい問題である。
材料の大量仕入れである程度抑えられるだろうし、クラスの連中を使えば人件費が要らないので更に抑えられる。
それでもちょっと高くなりそうなのがなあ、初期投資もかなり要るだろうし。
それに何より、ぽっと出の、それも素人のカレーがどれだけ売れるのか?それが最大の問題だ。
自慢ではないが、僕の料理の腕は調理師専門学校一年課程卒業者より上だと自負している。
と言っても、ここのお料理研究会に所属している訳でもなく、身内連中を除けば殆ど知られていないのが現状で、対外的にはシロートだ。
いくら食べて貰えれば価格以上の価値が有ろうとも、食べてもらわないと話にならない。
さて、どうするかねぇ?
****
翌日、試算や調理場や機器のレンタル交渉は進めど、何食分作るかが決まらない今日この頃。
朝夕のホームルームは、
「いくら委員長殿のカレーが旨くとも、知名度が低すぎる。控えめにして出費を抑えるべきだ」
数を抑えて出費を少なくしようとする穏健派と、
「クラスのみんなは知ってるだろ?委員長殿のカレーの味を。アレなら売れる、大々的に打って出るべきだぞ」
大々的に打って出るべきだと主張する過激派に分裂して紛糾。
そこに、
「シーフードとビーフがいいと思う」「一種類の方がいいんじゃないの?楽だし」「俺チキンカレー」
メニューを何種類にするか問題に、
「やっぱコシヒカリでしょ」「いいや、ひとめぼれだよやっぱ」「あきたこまちもいいぞ」
米の銘柄は何にするか問題、
「割れた時のことを考えると白いシンプルな皿がいいでしょう」「いや、結構な値段になるって話だから、それなりの皿やスプーンにした方がいいよ」
食器の質問題、等々。
問題噴出、ウィーン会議を皮肉った「会議は踊る、されど進まず」の言葉を地でいくような、日本人だったら「小田原評定」と言った方が解り
やすいか、まあそんな光景が繰り広げられた訳だ。
そんな席でメッテルニヒとタレーランとカレームを兼ねなければならない僕。
その苦労たるや…、現場で分隊指揮をしている方がまだ楽だぞコレ。
今日は金曜。弐集院先生と飲む約束をした日だ。
その前にカレー持ってお邪魔しよう、それがいい、そうしよう。
****
酒豪の人と飲むのは結構好きだ。
酒に恐ろしく強い上に、色んな酒・カクテルを飲み較べるのが好きな僕。
普通の奴だとそんな飲み方すると潰れてしまい、一人酒になってしまう。
一人酒は一人酒で好きよ。でも、アレが旨いのソレがいいだの言いながら飲みたい時もあるの。
そんな時に重宝するのが気の合う酒豪の人。
第34管理世界停戦監視団司令部でも、時空管理局統合士官学校でも、そんな酒豪を見つけては飲み仲間にしたものだ。
そうしてここ麻帆良で見つけたのが弐集院先生。そう言う訳で今から飲みに行くのだ。
飲み代が高くなるのが難点だがな!
「それじゃ、ご主人お借りします」「はい、熨斗付けてお貸ししますわ。この人飲み始めると止まりませんし」
弐集院先生の奥さん(美人)と、「パパいってらっしゃーい。おにーちゃん、カレーおいしかったよー」娘さんに見送られて出発。
で、奥さん見るたびに思うんだが、…どうやって騙したんですか?そうでないとあんな美人な嫁さんはそうそう手に入らないはず…。
「人聞きの悪いことを言うね。これでも恋愛結婚だよ?」
「ああ、その切っ掛けは魔法の◆◇で※※な薬と言う訳ですか」
「使ってない、使ってないよ。で、どこに飲みに行くのかな?」
何やかんや言われてるんだろうなあ、対応が馴れてるし。
まあ、奥さんデブ専なんだろ。
「銀座です。そこに行きつけのバーがあるのです。そこのマスターはかなり若いのですが、腕は一級品です」
「銀座か…、ちょっと遠くないかい?電車で一時間ぐらいかかるし、飛んでいく訳にも行かないよ」
「心配有りません。お忘れですか?僕は大容量魔力の持ち主で、貧乏器用だって事を」
周りに人がいないことを確認し、魔法陣を展開。16進化した座標を唱える。
幾秒後、そこは銀座のとあるビルの屋上。ここの屋上は開放されているから怪しまれずに出入り出来る。
と、到着と同時に変身魔法を使って二十代中盤の容姿にする。流石に実年齢では酒を出してくれませんからね、出してくれてもビール止まりだし。
佐々倉さんフランス帰りだから、その手のことに詳しいからなあ。誤魔化せません。
6丁目にあるビル、上の階には名店「Bar 南」もある。
そこの地下のバーが目的地。
「今晩は」「いらっしゃいませ、コンドラチェンコさん」
ここを知ったのはつい最近。
ただ、第97管理外世界にもここのマスター佐々倉さんはいて、名バーテンダーとして名が知れていた。
同じように姿買えて飲みに行ったことも何度か。
で、ひょっとしてこっちの世界にも、と思い探してみればあったじゃないですか。
そうして、常連の一人になったのでした。バーホッパーの伊丹さんにこっちにしかない店やもう閉店してしまった店とかも教えて貰えたし。
あ、バーホッパーってのはバーに顔を出し、数杯ぐらい飲んでは他のバーをハシゴする人の事ね。
ちょっと止まっては跳ね止まっては跳ねなバッタの移動法と似てるからホッパー(バッタ)と名付けられているのだ。
「そちらのお客様は?」
「今の職場の先輩で弐集院さん。前から飲みに行こうって約束してたんですよ。で、飲むのなら佐々倉さんの所にしようって考えてたんですよ」
「それはありがとうございます」
「初めまして、弐集院と申します。なかなかいい店ですね。バックヤードが充実してますし」
お、流石は酒好き。「銀座の酒蔵」と呼ばれる程の充実っぷりに気付くとは…。
まあ、そう言う酒談義は後にするとして…。
「ハイボール、神戸スタイル。そこのボウモアカスクで」
最初の一杯と行きましょう。
強い酒好きが二人いれば盛り上がるものです。
それに比例して増える空のグラス。周りのお客さんも呆れてます。
「ねえ、あそこのお客さんさっきから水みたいに飲んでるけど、お酒よね?」
「はい、あちらのお客様は私の知る限りでも指折りの酒豪です。お連れの方もその口かと」
小声で話していますが、聞こえてますよ。えっと…来島さんでしたっけ?
あれこれ話をする内に学園祭の話になる。
告白阻止とか人混みに紛れて進入してくるゴロツキや、他校生徒との揉め事解消等々、やる事が多そうだ。
「会議が踊っていましてね、どうやったら収拾を付けられるのか」
「指揮官は大変だねえ。でも、テーマは決まっているんだろ?それならそれを目指せばいいじゃないか」
「旅行で言えば行き先が決まってはいる状態なんです。どんなグレードのホテルに泊まるのかや、じっくり見るのかたくさん見るのか、それで揉めていまして…」
「節約するか、大盤振る舞いするのか。それが問題なんだね?」
「ええ、僕としては多少の損害も許容するつもりなのですが、穏健派がね…。初めてのことですから慎重になるのは解るんですよ」
そう、慎重なことは大切だ。但し、慎重なだけではいけません。
かのバーナード・モントゴメリー英陸軍元帥は慎重に慎重を重ね、相手を間違いなく圧倒出来るだけの力を蓄え、一度攻勢に出れば敵に1m与えるすら許さない程の頑強さを見せたという。
やる時はやる、やらない時はやらない、そのバランスが大事なのよ。
と言う訳で、「マティーニ、モントゴメリー将軍で」
「15対1のドライマティーニですね。…どうぞ」
「余り聞かないスタイルだね。何でそんな名前なの?」
「ヘミングウェイの『河を渡って木立の中へ』の主人公が注文したスタイルです。ドイツ軍との戦力比が15対1にならないと攻勢を始めなか
ったことと引っ掛けて命名されたそうです」
「石橋を叩いて渡る人だったんだね」
ただし、渡ったが最後、15倍の戦力差と物量で有無を言わせぬ攻勢に出る。
何でも徹底的にやり遂げないと気が済まない人でもあったのです。
まあ、それが仇になって迅速な用意や変更が効かず、マーケット・ガーデン作戦では失敗するのだが。
じっくり準備してからが強いタイプなんだな。
注文したマティーニを飲みながら思う。…いっちょ攻勢に出てみますか、と。
主導権はこっちが握ってんだ。あいつらがなんと言おうが、僕がいなけりゃあこの企画は進めないんだからな。
人の顔から察したのか、
「お、勝負に出るのかい?人生の先達として応援するけど、どうなっても知らないよ?」
ちょっと無責任なことを言う弐集院先生。他人事と思って…。
しかしそんな事でめげるような育てられ方はされていません。
「決断ですか、いくら良かれと思っての行動でも理解されない時もあります。ですが、一時的に信頼を無くしても前に進める。それが人の上
に立つ素質なのかも知れませんね」
佐々倉さんの一言が染みた、そう、人間前を向いてしか歩いて行けない生き物なのだ。ならば進むしかない!
「そうですね。こんなところで躓いていては出世は出来ませんからね。と言う訳でもう一杯!同じのロックスタイルトリプルで!!」
「僕も同じのを」
「ト…、同じの…」「ダブルブラックホール…?」
ちょっと顔が引き攣ってますよ、佐々倉さん。誰がブラックホールですか、来島さん。
****
「えー、皆さんに任せていてはいつまでたっても決まらないので、学級委員長としての強権を発動します。反論は僕を納得させられる物以外
受け付けません。自分さえ納得させられない反対意見に対しては肉体言語を持って返しますので悪しからず」
翌日の放課後HR、攻勢に出た。それも有無を言わせないような。
個人的プランを黒板に書き出し、これで進めることを宣言したのだ。
とは言え、独断ではない。皆の意見の中を大いに取り入れてある。
但し、金の掛かる方の意見ばっかだが。
僕のカレーは高級ホテルの流れをくむカレー、貧乏ったらしくしてお客様に出すのは双方に無礼に当たる。
出すのなら金を掛けようじゃないか、超薄利多売になるけどな。
案の定ざわめく、
「おい、誰か反論してみろよ」「無茶言うな。委員長殿は頭がいいが弁も立つ、そんな人を納得させられるか?」
「ムチャクチャ強えーしな。古部長が認めてるぐらいだぞ?敵うもんか」
「この前、部の先輩が挑んでやられて、血尿出たって言ってた。容赦ねえからなあ」
「この企画は委員長殿がいないと成り立たないしなあ…。従うしかないか?」
ある種、僕の意見を肯定する空気の中、反論を試みる奴も出てくる。
反論というか質問だけどな。
「委員長殿。黒板に書いてあるプランだけど、金が掛かり過ぎねーか?俺たちに学生だからそんなに出せねーぜ?」
そう、穏健派はそれが心配で慎重になってしまっている。
中学生が出せる金額という物はどう頑張っても高が知れているからな。
「心配するな。コレで多少の問題は解決する」
懐に手を入れ、取り出したるは銀行の封筒。その中身を見せた瞬間空気が張り詰める。
「取り敢えずは100万ほど用意した。初期費用はコレから出す」
昼休みに引き出してきた。資本主義社会においてお金は正義です。
「えーと、委員長殿…自腹?」
「自腹、皆を僕の我が儘に付き合わせるんだ。これぐらいの負担は当然だろ?」
静まりかえった後、歓声が上がった。
「流石は委員長殿!男だぜ!」「予算の心配が無くなったぁ!思いっきりやれるぞぉ!」
うんうん、いい奴らだ。(形式上)部下がやる気を出したのなら、それを伸ばしてやるのが上司の役目。
「よーし、役割分担決めてくぞ。飲食店の三本柱は調理と給仕と洗い場の三つだからな、ビシバシ教えていくぞ!」
「サー・イエス・サー!!」
****
さて、物事はするべき事が決まればスムーズに進むもの、カレーの試作兼調理訓練や各種機器のレンタル、給仕の特訓等々。
押し並べて順調に進んでいるのだが、通常では解決出来ない問題が幾つか。
知名度と単価だ。男ばっかで華もないし。
女装案もあったが、即刻却下した。
そこで、知名度を上げ、客足を増やすことが出来そうで、ついでに華を増やせる。
そんな一石三鳥な事をとある人に頼みに行くことにする。使える物は親でも使うからね、僕は。
「そう言う訳で、力貸せ」「うん、いいよ。でもみんながなんて言うか…」
「取り敢えず、今日の夜にお邪魔するわ。新田先生当たりに話しておけばいいかな?」「うん、新田先生がいいって言えばいいと思うよ」
「…と言う訳でして、お願いしますよ。新田先生」「新田君、私からもお願いしますよ。コンドラチェンコ君の評判は君も聞いているでしょう?」
「確かに聞いてはおりますが…。先輩直々に頼まれましたら嫌とは言えないじゃないですか。…卑怯だね、君も」
さて、この方策が上手くいくのか失敗するのか。
それはやってみないと解らない。
あとがき:気付いている人はお気付きでしょうが、作者はスーパージャンプ読者でファンです。
特に「王様の仕立屋」が好きです。無論「バーテンダー」も。