ネギに怒られた、「なんで教えてくれないの!」と。
月曜日のことだ、古ちゃんに近接戦闘教官になって貰ったことをネギに報告したらこうなった。
魔法と一緒に格闘術も教えて貰えると思っていた所に、此方が勝手に決めていたので余計に怒った。
だが、此方にも教えられない訳がある。
僕が使うコンドラチェンコ式近接戦闘術は若き日の祖父さんがリャザン空挺学校の特殊戦部隊教程で教わったのに実戦経験と魔法を使った各種強化を加えて煮詰めたモノである。
基本思想は「理詰めで人体の構造を知り、それを用いての効率の良い無力化」である。
故に、普通の武術では禁止されている目つぶしや金的、脊髄への攻撃等々の禁じ手も普通に使うし、倒れたのを踏んづけもする。
武道家としての心がどうのこうの言ってくる奴もいるが、軍特殊作戦部隊起源だもん、効率第一で別に相手殺してもいいところだし。
なので心身共々鍛え上げた奴でないとマスター出来ない。
軍人として訓練を積んだ奴ならともかく、ネギにははっきり言ってまだ早い。
僕は幼少の頃から基礎訓練をしていたし、知らず知らずに出来る身体になっていたが。
だから、中国拳法の使い手である古ちゃんに依頼したのだ、「ネギに格闘戦の基礎を教えてやってくれ」と。
近い将来教える上での素地作るには十二分すぎる、どっちも理論的なところがあるからネギに向いているだろうし。
しかしこの「複数で教える」遣り方がエヴァにヤキモチ焼くとは思いもしなかった。
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日課の早朝ランニング。
最近は不本意なメニューが加わってしまった。
「アンドレイ・コンドラチェンコ、いざ勝負!!」挑んでくる阿呆共の始末だ。
どうやら古ちゃんが僕の名前を出したらしく、「古部長が認めるほどなら相当な腕に違いない」と考えた皆さんが挑んでくる様になった。
こんな朝早くから良くやるよ…。
最初の方こそはちゃんと(急所攻撃無し)相手していたのだが、こうも毎日相手していると嫌になってくる。
よくもまあやってられるな、古ちゃんもコイツらも。
なのでこの前、一番しつこいの(男)を潰れない程度に金的を蹴り上げ、ダメージが残らない程度の目つぶしをし、血尿が出る程度に内蔵を痛めつけ、
脊髄に損傷を与えない様に気を付けて攻撃してスケープゴートにしたのだ。
あれだけ痛め付けられる様を見せたら流石に減るだろうと思ったのだが…、減らねえでやんの。
スケープゴート君(仮称)も数日間検査入院しただけで、挑んでくるし…。コイツら、Mか?
そんなこんなので片付けた後、世界樹前広場へと向かう、ネギの自主練を見にだ。
アイツには基礎体力を付けさせるために自力でのランニングをさせている、近い内に魔力付加や過重を付けさせるつもりだ。
この時間は走り終わって、古ちゃんから教えてもらった基礎の形の練習をしている最中の筈だ。
そこにはいつもの面々(神楽坂、古ちゃん、せっちゃん)とまき絵ちゃん、伸びているネギというよく判らない組み合わせがあった。
一体何があったの?
…何というか、アイツは時々見た目相応な所を見せるのだが、それが悪い形で出てきたか。
後で文句を言っておこう、引っ込みが付かなくなっているだろうから、撤回はしないだろうが。
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放課後、エヴァの家。まだ帰っていない様なので勝手に作った合い鍵で入る。
勝手知ったる人の家、勝手にお茶を入れ、見繕ったお茶菓子(と言うか僕がこの前買ってきた)を摘みながら待たせて貰う。
帰ってきたら、「何でお前が先にいて、更にはくつろいでいるんだ!?」驚いていた、茶々丸なぞ「お待たせさせてしまい申し訳ありません」と平然としているのに。
茶々丸を見習いなさい。
「見習うかー!って言うかどこから入った!?」
そんなに怒ると血圧が上がるぞ、いい歳なんだからさあ。
「玄関から」
「そんなことは分かっている!鍵がかかっていたはずだが?」
合い鍵を見せる、一応魔法使いの家だけ有って鍵には魔術的処理とが施してあったがミーシャにフルコピーさせた。
「勝手に作らせて貰った。言っておくが、ミーシャと僕の魔法の前ではティンブルキーだろうが電子ロックだろうが魔術的なモノだろうが無意味だぞ」
つーか、座標データは揃っているからな。トランスポーターでここに来られるし。
「まあ、今のお前に何言っても無意味なのがよく分かった。で、何の用だ?念話ではなく直接来たと言うことはそれなりの用件なんだろう?」
半場諦めの表情を浮かべ、ソファにどっかと腰を下ろす。
とは言え、「文句言いに来た」それだけだからなあ。
「ああ、ぼーやのことか。と言うか、お前が決めたと聞いたぞ。船頭を多くしてどうするつもりなんだ?」
今回の論点はそこ、「複数で教える」遣り方を「船頭多くして船山に上る」と考えるか、「餅は餅屋」と考えるか。
ロシアのことわざにも「乳母が七人いると子供に目が行かなくなる」と言う諺もあるが、それは明確な基本方針を決めていないからだし、きちんと役割分担決めてやろうとしているだけなのに。
「軍や管理局では「餅は餅屋」で複数の教官に教えられるのが当然だからなあ、僕もミーシャと共同で弟子に教えているし」
「小僧の言っている事も間違いではないぞ。お前は組織の中で教育を受けたからな。高い平均値が要求される軍人の考え方だ」
考え方の理解はして貰えるみたいだな。
「だがな、私は一匹狼だ。自らで決めた高みを上ってきた者の考え方はまた違うのさ」
ふむ、それも一理ある。此方は組織が求める高さに達すればいいが、一匹狼は自分で決めなければならんからな。
自分で決めて上がってきた者からすればあれやこれやと手を付ける遣り方は面白くないと。
「それにだ…」
それに?
「あんな破格な条件でもダメな奴を弟子にとる気はない、メンドいからな。…何だその目は、小僧に茶々丸」
「別に」「イエ、特には」
なるほどねぇ、千尋の谷とか愛のムチって奴?
「だから、ちがうっつーの、コラ」
「まあ、それはこっちに置いといてだ。アイツは今現在僕の弟子だ、別荘は如何に問わず使わせて貰えるんだろうな?協定上ではそうなっているが?」
「協定内の「別荘使用に関して」の項目に確かにあります。「弟子若しくはそれに類する者の使用に関しての過干渉を禁ず」と」
「協定を持ち出してきたか。そちらが遵守している限り此方も守らねばならんからな…」
細部まできちんと決めておくとこう言う時に助かるのだ。
エヴァが嫌っている奴がもしも弟子になった時に備えて加えておいた。
「使わせて貰えるんだな?それならいい。ああ、弟子への口出しは今後も構わないぞ、三号相手でもな」
そう、エヴァは時々弟子達へ文句の様な形で助言をしてくる。
主に弟子二号ことメイちゃんが出されているが。タカミチは出す必要がほとんど無いもん。
「ああ使ってもいいし、口出しは続けさせてもらうさ。ただし、使用料を値上げさせてもらうやもしれんし、ぼーやだけ口を出さないかもしれないぞ?」
ん、それが聞ければ十分。
コイツのことだ、あれこれやっている内に堪らず口を出すに違いない。
目論見の一つ「此方と彼方の融合」はやや遠回りになるだろうが、実現するだろう。
そもそもテストに通ればよいだけのこと。少々扱いてやりますか。
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明けて金曜日の放課後、昨日は、ネギがフォアグラを作らんばかりの勢いでまき絵ちゃん謹製お弁当(美味しいのだが量が多すぎ)を食べさせられたり、
急激に太ったりやせたりしたり、まき絵ちゃんのリボン演技を見せてくれたり(パンツがよく見えたのは役得)と色々あったのでした。
まあ、子供っぽいと言う意見には賛成だ。しかし、中学生に深みを求めるのはどうかと思うぞ二ノ宮先生。
正確な基礎技術を身に着けてから自分なりの表現力を付けていくのが筋であって、今は技術の頃だと思うのだが。
ノー天気に楽しんで過ごせば、深みなんて出る訳無かろうに…。
朝も朝でヒゲ付けたバカがバカなことをしていました。
地獄の特訓メニューねぇ、陸自候補生学校でやっている背嚢30kg背負っての二夜三日筑波山80km行軍でもやらせてみるか?
それとも、SASのフル装備68kg山中100km一泊二日行軍の方がいいかな?
それを聞いていた一同が
「そ、そんなことをするんですか?!」
「何よ、その三日で80kmも無茶なのに、倍以上身に着けて二日で100kmって非常識なのは…」
「それぐらい出来ないと士官や特殊部隊員には成れないのですか…」
「流石は特殊部隊アルな、流石のワタシでもそれは無理アルよ」
「そんなの絶対無理だよおっ。死んじゃうよっ」
青くなってたりガクブル震えていたのはご愛敬って事で、冗談に決まっているじゃないか。
前者みたいのなら実際にやったこと有るんだけどね。士官学校の行事にあるのよ、元ネタ提供者・ウチの祖父さん。
お陰で文句言われました、上級・同級・下級問わずに。
古ちゃんに格闘戦技教官役を任せ、僕は時々端から見て感じたことで口を出す。
吸収力が高いだけ有ってあっと言う間に様になっていくネギ。
だんだんとヒマになってくるので、隣にちょっかいを出してみる。
「せっちゃん、ナイフとやり合ってみない?」と。
「貴様…、コンドラチェンコさんとナイフでですか…。殆どやり合ったことがありませんからね、…いいでしょう」
了承を得て、愛用のナイフ、と言うか銃剣をカバンから出す振りをして出してくる。
一般人のまき絵ちゃんの前で実体化させれないからね。
「ええっ、それ本物っ…?」
とは言え驚かれるのは変わらないのだがな。
「ゴムで出来た訓練用の奴だよ。この通り切れないの」
腕に刃を当ててみせる。保護フィールド張ってあるから全く切れません。
本来は斬○剣並の切れ味を誇るのだがな。あ、超斬鉄○合金製なのでコンニャクも切れるぞコレは。
「やっぱり得物が長いだけ有って内側に潜り込まると弱いね。筋と血管、最低でも五回は切られてるよ?」
「くっ、貴様に為す術もなくやられ、夕凪まで取られるとは…。参った」
双方気や魔法での強化はせず、大技も使わずにやり合うと、開始数十秒でこうなった。
僕が倒れたせっちゃんの顔の上に立て膝で座っている状態だ。
右手の夕凪は手に力が入らなくなる極め方をして離させて取った。
元々剣持った相手に対してもやり合える近接戦闘術だ、対ベルカの剣士用に強化されたコレとなると"気"を使わないと勝負にならなかったりする。
…この前のは打刀と脇差の二刀使い相手にするのが初めてだったのと、こっちの未熟さが重なったからであって、本来なら勝てるのだぞ。
帰ったら、祖父さんと親父に揉んで貰おう。
「アンタの動きスゴい事はスゴいんだけど、ヌルヌルしてて…何かキモい」
「まさか刃の峰を腕に当てて滑らせることで、刃の軌道を変えさせるとは…、勉強になりました」
「相変わらずイイ動きアルねー。瞬間的に重心崩して倒したり、ヒザで肩を動かせない様に固めたりと容赦ないネ」
「アリョーシャさん、スゴいなあ。ウチ、せっちゃんがこかされてもうて、そこに乗っかられてもうたくらいしかわからんかったわ」
「強いって聞いてたけど、ホントに強いんだねー。私から見てもすんごい滑らかな動きだったもん」
各自の意見を言ってくれる皆様方。
その中でもネギは
「あんなにスゴいコト出来るのに、何でぼくに教えてくれないの!」
またまた怒っていました。
「あのなあ、アレは基礎が出来てからでないと教えても出来ないの。毎朝のランニング、アレも大事なステップの一つなんだから地道にやっていきなさい」
「でも…、じゃあ、どれぐらい出来る様になったら教えてくれるの?」
そんなことを聞かれてもなあ。そだな、せめて…。
「筑波山中30kg80km二夜三日行軍、それぐらい出来る様になってからだな。今からするか?」
「う、うん、分かった。地道にランニング続ける」
冷や汗をかきまくるネギ、そんなに嫌なのか?30kg80km二夜三日行軍が。
「アスナー」「ん、何?」
「ネギ君とアリョーシャ君って仲いいよね?さっきからタメ口で話してるけど」
「アリョーシャ君、下の弟妹が七人もおってな、そんひとりがネギ君と同い年なんやて。そやから弟扱いしてるんやて」
「で、ちょっと前からあいつもお兄ちゃんみたいに思い出したみたいで、あんな風に話す様になったのよ」
「へー、そーなんだ」
特訓は続き、とっぷりと日は暮れて夕暮時。
「よーし、今日はお腹もすいてきたアルから解散ネ」
ヒマな間筋トレをしていたので汗もかく、さっさと風呂場行って、サウナ入って、氷風呂から風呂入るべ。
と、汗拭いてるネギが視界に入る。確かコイツ風呂嫌いだったよな?
「神楽坂ー、コイツも一緒に風呂入れていいかー?」
猫みたく襟首掴んで、保護者に聞いてみる。
「え」と被保護者が言うと、「きれいに洗ったげて。コイツ入ろうとしない上に、水で流すだけで済ましちゃうんだから」
と保護者の有り難いお言葉。
「わかったー、さーて、ネギよ。お前にサウナと風呂の素晴らしさをじっくりと教えてやる」
肩に担いで連れて行く。「あううう」と手足をじたばたさせているが気にしない。
「ドナドナだね」との声も気にしない。
助平オコジョが「兄貴、日本じゃあこう言うのを「裸の付き合い」って言うんだぜ」とフォローを入れていた。
それはいいが、女の方に向かうのな、お前は。
「あ、カレーが大量にあるんだけど、良かったら食べる?食べるのなら後でコイツに持って帰らせるぞ」
金曜日はカレーの日、海の一族である藤堂の爺ちゃんや輝男さん達の影響で我が家ではそうなっている。
こういうのは大量に作った方が旨いし、寝かせた方が味がこなれてくるので前の土日に作って業務用冷蔵庫で寝かせてある。
「ええでー、ご飯炊いて待ってるでー。せっちゃんも一緒に食べよなー」
「え、は、ハイ…」
「期待しないで待ってるわよ」
「ワタシも食べるネ」
「あ、私もー。亜子の分もお願いねー」
「男の子のカレー」を想像しているだろうが、驚くなよ。
今まで食べさせた連中に絶賛され、いつもお裾分けしている近隣の方々に楽しみにされているコンドラチェンコ家流カレーに。
****
中等部男子寮、ここまで来ると流石に観念したのか大人しい。
取り敢えず、寮監さんに断っておいてと。
「ん?アンドレイ君、その子は確か…」
「女子中等部のスプリングフィールド先生です」
「おお、そうだったね。それが噂の子供先生かい」
御歳70歳、定年まで教諭兼広域指導員を務め、定年後にココの寮監になった御方だ。新田先生の先輩だな。
好々爺で、今でも元教え子の先生方がよく遊びに来られている。そんな人だ。
「でも、何で連れてきたんだい?アンドレイ君が弟扱いしているのは聞いているけど」
「コイツ風呂嫌いなんですよ。さっきまで運動して汗かいたのに入りそうにないので連れてきました」
「これぐらいの子は汗を良くかくし、コーカソイド系は体臭が強めだからね。アンドレイ君はロシア人だけ有ってサウナが好きだから気にならないけどね。
学園長に頼み込んでフィンランド式だけだったのをロシア風呂作らせちゃったぐらいだもの」
無理言って作ってもらいました。タカミチにも協力して貰って。
「ええ、大好きですよ。氷風呂にしますけどイイですか?」
「ああ、構わないよ。私も後で使わせて貰うし。わざわざここに来る人もいるんだよ、本式のロシア風呂は麻帆良でここだけだって。…そう言えば今日は金曜だったね」
「あ、後で持って行きますから。待っておいて下さいね」
「ああ、楽しみにしているよ。ネギ先生、アンドレイ君のカレーは美味しいですから楽しみにしておきなさいね」
寮監さんの許可を得て大浴場へと向かう。
日本で一般的な「フィンランド式サウナ」と「ロシア風呂」こと「バニャ」はあちこち似ている様で大きく違う。
両方とも白樺の枝葉で身体を叩いたりするが、芬式は湿度10%の気温80~100度に対して露式は湿度80%以上40~60度と蒸し風呂状態なのだ。
着替えとタオルを用意し、脱衣場で脱がしたネギの服や下着は隣にある洗濯場の洗濯乾燥機(ドラム式)に突っ込んでおく。
さてー、コレで逃げられないぞ。
「あついよー、もう出てイイ?」「我慢なさい、五分したら上の段のもっと熱いところに行くから」
バニャの入り方は最初の5~10分に40度台の下の段で寝転がって過ごし、身体が慣れたら上の段、60度のエリアで30分。
暖まってきたら濡らした白樺の枝で身体を叩いて血行を良くしたり、ハチミツやオイルでマッサージしたりする。
最後に外に出て冷水を掛けて一気に冷やすか徐々に冷やす。
これを3,4回か繰り返すのだが、初心者で子供のネギには辛いので一度だけにした。
のぼせかけてぐんにゃりしているネギを小脇に抱えて、いざ行かん氷風呂へ。
コレが気持ちいいんだよな、冷たいので身体が引き締まって。
後はラクチン、大人しくなったネギを洗ってやる、弟妹達で洗うのは慣れっこなのだ。サイズも丁度これぐらいだし。
逆に「背中洗ってくれー」と言えば「うん!」と嬉しそうに洗ってくれる。
お姉ちゃんが愛情を注いでくれたから母性愛は足りていても、父性や男兄弟の愛情は殆ど味わったことがなさそうだからな。
「どうだ、さっぱりしただろう?」「うん!ちょっと疲れたけど、すっごくスッキリしたよ」
風呂から出た頃には洗濯物も仕上がり、身も心もスッキリとする。
後はカレーを渡して帰すだけ。部屋に連れて行く。
男の部屋は珍しいらしく、きょろきょろとするネギ。
いつも見てるのが女の子の部屋だからなあ、やっぱ換われ。
基本的に飾り気のない、本が多い部屋、隊生活が長いので1分で片付けられる程度にしか散らかっていない部屋、
そんな部屋で写真(ミーシャに保存してあったのを印刷した)を見つけたので聞いてくる。こっちはカレーの仕上げ中。
「これがアリョーシャの家族?いっぱいいるねー」
去年のパスハの時の一族写真だ、みんな合わせて35人いるからなあ。
「この同じぐらいの歳の人達はー?緑色の制服みたいなの着たの」
士官学校の同期で同じ斑の連中ー。ストロベリーブロンドで翡翠と紅玉のオッドアイの子いるだろ?それが僕の彼女ー。
「じゃあ、こっちに来てからずっと会ってないんじゃあ…」
畜生、それに触れるなー。こっちも会いたいってのに…。
そんな話をしている内にもカレーは仕上がる。今日は贅沢シーフードカレー。
カレーソースを入れた鍋とタッパーに詰めた具を渡す。
ソースと具を軽く一煮立ちさせれば出来上がりだ、仲良く食べろよー。
****
土曜の朝、カレーは気に入っていただけたようで、みんな褒めてくれた。
「具が贅沢ねー。キノコに半分に切ったホタテにカニに魚が二種類に海老にタコに…」
魚は空揚げにした鯛とカレー粉入りの粉付けた穴子だ、あと白ワイン蒸しアサリとその汁も入っているぞ。
「スゴイ美味しかったよーっ。亜子も美味しかったって」
そりゃどうも、今度アキラさんにもご馳走してあげよう。あの四人で食べてないのは彼女だけになっちゃったからね。
ゆーなは親子で食べているし。
「四葉に教えてやって欲しいネ。そうすれば皆が超包子で食べられるヨ」
教えるのはいいけど、点心メインの店だろアレ。カレーを出すのはなあ。
「…昨夜、龍宮が言ってました。「アイツのカレーは店が開けるぐらい旨い」って、…本当でしたね」
そりゃそうだ、親父が気に入った店の主人に頼み込んで教えて貰ったレシピを使っていて、そこの御主人はホテルで長年修行した人だもの。
真名他、仕事関係者や弟子一同やエヴァは何度か食べているからな、金曜に当たった奴ら限定で。
「ちょっと辛かったけど、美味しかったよー。また食べさせてね」
金曜になったらな、コレもウチの風習なんだ。
「美味しかったわー、作り方教えてくれへん?」
いいよー。ただ滅茶苦茶手間が掛かるし、最低でも数日寝かすよ?
ルーなんてたっぷりのタマネギ・人参・セロリを色付くまで炒めて冷やしてカレー粉と薄力粉を混ぜてオーブンでカラカラにして粉にしたのと各種スパイスを使い、
そこにまたたっぷりのタマネギ・人参・セロリを炒めてホールトマトにパインジュースにリンゴとマンゴチャツネ、チキンブイヨンとフォン・ド・ヴォーを同量たっぷりと。
そこに表面焼き固めた牛固まり肉(オージービーフ)を投入、暫く煮込んで引き上げて冷めたらサイコロ状に切って、別個に保管。
そして6時間ぐらい煮込んだのを漉して冷やして寝かして…、とココまで手間暇掛けて作ってます。
ん、何だ神楽坂「本当に店でも開いたら?」って顔は。
我が家の伝統なんだからしょうがないでしょう。小さい頃から仕込まれてきたのよ、母さんよりもこのカレーとの方が付き合い長い親父に。
そうして特訓は続く、ネギは今日の夜12時のテストに向けて、まき絵ちゃんは日曜の昼からの選抜テストに向けて。
あとがき:指摘があった通り、祖父さんとその仲間達は池波作品をモデルとしています。
名前だけ出てきているバイアン先生なんてそのまんまです。