ここは埼玉県麻帆良市、麻帆良学園都市敷地内中央付近。
暦は師走も半ば過ぎた頃、「世界樹」と称される巨木。
その近くの原っぱに穴が空いた。
その穴から少年が出てきた事からこの話は始まる。
「ケ・セラ・セラ」こんな言葉を思い出した。
スペイン語あたりで「なるようになるさ」と言う意味合いだそうだ。
さて、なるようになるとして現在の状況とそれに至る経緯を手繰ってみよう。
状況は?
今、自分は夜の原っぱの真ん中に寝転がっている、上にはえらくデカイ木が見える、ほんとにデカイなアレ。
天気は生憎の曇り空。月も見えやしねぇ。
やや離れたところに町明かりらしいモノが見える、近くに人が住んでいるみたいだな。
身体は…、うん、ケガや動かないところはなさそうだ。リンカーコアも問題なし。
私は誰?
「アンドレイ・セルゲビッチ・コンドラチェンコ」
コンドラチェンコ家のセルゲイの息子アンドレイ、時空管理局統合士官学校所属の二年次士官候補生。
新暦70年生まれの14歳。
ここに来る前には何処で何をしていた?
「士官学校敷地内の第一演習場で演習に参加していた」
半年に一度しかない全生徒参加の大規模演習の最中だったな、青軍の管理局側で赤軍が演じる大規模犯罪組織のアジトへの強襲作戦に参加していたと。
その最中に小規模次元震がミッド近域で発生したとの一報があり、振動が来たと思ったら足下に穴が空いて、そのまま落ちてしまったと。
その前に気になってた子から告白されてOKして…、フラグを立ててしまって…。
うわ、我ながらかなりマヌケだな。こんなお約束な展開をしてしまうとは!
天にまします我らが父よ、彼女が出来た直後だと言うのに真下に穴を開けやがった事を恨んでおきます。
「ま、それはそれとして」
で、どうなった?
「ここに落ちてきたと」
そういえば、何かくぐり抜けたような感覚に襲われたがアレがワームホールなのか?
ならば、かなり貴重な経験をしたな、うん。
で、ここはどこ?
「見たことがあるような無いようなところだな、ミーシャ?」
相棒のインテリジェントデバイス『ミーシャ』に話しかけてみる、コイツのことだ現時点で可能なことは殆ど試しているだろう。
何せ、祖父さんの代から使っているデバイスだ。30年以上は稼働しているので知識と経験豊富だ。
『生憎曇り空のために星の配置や衛星の形状等での特定、及び天測での座標の確認は現時点では難しいかと、あと季節は冬です』
「うん、それは分かっている。重力や大気組成は?」
『重力は約1G、大気組成、魔力濃度はやや高いですが第97管理外世界とほぼ一致、許容範囲内の誤差です』
「地球なら連絡も取れるはずだけど?」
『はい、先ほど試しましたが、在留職員及び現地協力者の一切と連絡が取れません』
「全滅?」
『はい、全滅です』
それは異常だ。管理外世界の中でも地球は高ランク魔導師を何人も輩出しているために(ウチの祖父さんもランクは低いが地球出身だしな)
特別扱いされていて(秘密裏にだが)時空管理局の駐在所や転送ポートなどの設備があり、在留職員や現地協力者が多くいる世界なのだが…
それらと一切連絡が取れない?どういう事だ?
と言う事は、ロシアの数少ない親戚や藤堂さん家を始めとする嘉手納の皆、高町家の人達もいないって事か?
焦る気持ちを落ち着けて話を続ける。
「通信妨害等は?」
『特殊状況用のVLF通信まで妨害を受けている可能性は限りなく低いかと』
そりゃあ、そんな特殊なモノまで妨害するヤツは早々居ないからな。潜水艦相手にぐらいだったか、使われているのは。
『それと地球ではない可能性も高いかと』
「理由は?」
『あの木です。データベースにはこのサイズの木がありませんでした』
「そりゃあんなデカイ木なんて聞いた事も…、って極めて酷似した世界の可能性が高いと?」
『肯定です』
ええい、広域捜索やらワイドエリアサーチとかを使って調査しなければならないのか。
長時間使うと疲れるからイヤなんだよな、アレ。
面倒なのでぼやいているとミーシャが警告している。
『同志、熱反応が1,5,9時の方向。魔力隠蔽を行っている模様で詳しい数は不明。包囲を狙っている模様』
と、どうやら此方は招かれざる客のようだな。
「装備は整っているな?」
『はい、カートリッジ150発、ショートカートリッジ45発、AMFクレネード10発、全力一会戦分はあります』
演習用にフル装備にしてある。終わった後にメンテしようとメンテデバイスまで持ってきてあったのは僥倖だ。
「じゃあ、投降しよう」
『はい、それが妥当かと。補給及び掩護を受けられる可能性は限りなくゼロに近く、敵対勢力の規模も不明となると…。何よりも戦う気が皆無でしょう、同志』
経験豊富で「生き残る」事が最重要な相棒を持つと決断が速いのでよい。
しかも、人の思考回路がよく分かっている。
『貴方が生まれた時からの付き合いです。分かって当然です』
投降する事をプライドが許さないで抵抗し続ける奴が犯罪者にも局員にも多いが、それがどうした。
命あっての物種だ、恥だの打たれた頬は後で3倍にして返してやればいい。
何よりも仕事でもないし、頼まれたわけでもないのに戦うなんて面倒な事やってられるか。
周りの方々達は包囲網をジリジリと狭めてきている。此方の調査と恐らくは捕獲目的の態勢だ。
出方を窺っている様子からも分かるが、殺す気なら気付く前に仕掛けてきている。
砲撃魔法や精密型射撃魔法、もしくは実弾での狙撃や砲撃でな。
さて、いい感じに殺気立ってきた周りの方々よ、寒い中御苦労ですが意表をつくことをしますよ。
****
タカミチ・T・高畑は困惑していた。
夜間警備に就いていた彼と同僚達に連絡があったのはつい先ほど。
結界担当から世界樹付近に強力な力場と歪みが観測され「空間に穴が空いた」と言うのだ。
穴自体は開いてすぐに閉じたそうだが、大きめの魔力が観測されたのだと。
更にそれは人間ぐらいの大きさのモノから出ているという。
その調査の為来たのだが、魔法の使えない彼はあくまでも「いざという時」に備えていた。
他の教師や魔法生徒達が包囲を狭めている最中にそれは見えた。
「白旗…?」
大きい白い布を銃に括り付け、白旗代わりに掲げている。
掲げているのは少年の様で、金髪のコーカソイド系とおぼしき外見、年齢は14、5歳ほど。
服装はブルー・ベレーと色がチャコールグレイのボディアーマーにアサルトベスト、カーゴパンツに編上靴。まるでロシア空挺軍だな。
「まいったな、白旗なんて出されたら手が出せないよ」
「ああ、白旗を持ち出してくる侵入者なんて初めてだよ、高畑君」
何時の間にか側に来たガンドルフィーニさんが呟いていた。
「この後はどうすれば?」
おそらくこの後にする事については僕よりも詳しいであろうので聞いてみた。
「まあ、国際戦時法だったら軍使役が白旗持って向かって、氏名と所属の名乗り合いに降伏意思の確認、武装解除と言ったところだな」
国際戦時法、ハーグ陸戦条約、ジュネーブ条約の名前をこんなところで聞く事になるとは。
「じゃあ、僕が軍使として行ってきますよ。調査の方、お願いしますね」
コレも「いざという時」の範疇だろう、あれだけあっさりと投降する少年にも興味があるしね。
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白旗を揚げてから少ししてやっと軍使役のヤツが来た。
そりゃあ、侵入者がいきなり白旗揚げて「降参でーす」て言うなんて考えてた奴なんかまず居ないだろ。居てたら見たいぐらいだ。
更に理由が「戦うのが面倒だったから」と来れば、考えてた奴はほぼ居まい。
長身でメガネで無精ヒゲな30ぐらいのくわえタバコしたオッサンだ。
んー、なんかえらく馴染みのある雰囲気だなあ…。ああ、祖父さんや親父の部隊のベテラン下士官や陸士上がりの士官達に似てるんだ。
こりゃあ、手強いな…。
「Can you speak English?それとも、日本語分かります?」
オッサンの第一声はコレだった。
ああ、ここは日本なのか。北の某国とかソマリア辺りだったらどうしようかと思ってたから良かった。
そうだったら全力戦闘してたけどな!ペンペン草一本の生えないぐらいにな!
遠いながらも横須賀と沖縄に親戚が居て、小学三年生まで住んでいたので日本語は出来る。なので日本語で返す。
まあ、曾祖父さんの妹の旦那の弟の家系だけどな、藤堂さんちは。
「はい、日本語で大丈夫です。英語も行けますがね」
「じゃあ、ここは日本だから日本語で行こう」
少年は見事な敬礼をし、言った
「時空管理局統合士官学校所属、アンドレイ・セルゲビッチ・コンドラチェンコ二年次士官候補生であります」
「麻帆良学園女子中等部教員兼学園広域指導員、高畑・T・タカミチです」
タバコを口から離して一礼した教師は答えた。
「自分はあなた方に敵対する意志はなく、またあなた方の指示に従う用意があります」
「君の決断に敬意を表すると共に、悪いが拘束させて貰うよ。ああ、手荒な事はしないよアンドレイ・コンドラチェンコ君」
タカミチはそう答えた。
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いったい何者なのだろうか彼は?
裏でも表でも聞いた事も無い時空管理局と言う組織に所属し、そこの士官候補生?何なんだ一体?
だが、見事なまでの脱力と隙の無さは只者ではない事を示している。
龍宮君に近いこの”匂い”もそうだ。実戦経験、それも生死を賭けた場所で着く性質の物だ。
それに、あっさりと投降したのも疑問だ。やはり「穴」から出てきたのかな?
右も左も分からないからかな?うん、それならある程度納得は出来る。
まあ、学園長が面白そうに『連れてこい』と言っていたから、質問とかはその時にする事にしてと。
「学園長が君に会いたがっている、着いてきて貰ってもいいかな?その前に、武装解除をさせて貰うよ」
「はい、分かりました。ミーシャ!」
そう言った後に『装備解除、待機状態に入ります』と言う声が聞こえ、輪っかが上から下に通り、後には緑2色のダブルスーツと白いパンツ姿になっていた。
なるほど、魔力で編んだ服だったのか、あの銃はアーティファクトかな?
「これをお渡しします」と珠が埋め込まれたドッグタグのような物を渡された。カードではない?
「これは?」
「はい、自分のデバイスです」
デバイス?魔道具の一種なのか?分からない、初耳だ。
色々と聞きたいところだが…、学園長のところで詳しい事を聞こう…。
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「麻帆良学園女子中等部教員兼学園広域指導員、高畑・T・タカミチです」
うん、やっぱこのオッサンただ者じゃないわ。
ベテラン連中が持っている”匂い”がぷんぷんするし、隙がねえ。こりゃ、実戦経験もハンパではないな。
ああ、戦わなくて良かった。
天にまします我らが父よ、穴に落とした事は恨み続けますが、一応感謝する振りはいたします。
に、しても「麻帆良」ってドコ?
イントネーションが輝男小父さんと似てるから関東あたりだとアタリはつけられるが…。
念話でミーシャに聞いてみたが『聞いた事もありません』としか返ってこねえし。
「学園長が君に会いたがっている、着いてきて貰ってもいいかな?その前に、武装解除をさせて貰うよ」
え?いきなり最高責任者らしき人と会うの?
てっきり警備責任者あたりの所でカツ丼と共に尋問受けて、地下牢に投獄されて、体力気力ともに尽き欠けた頃にやっと…、と思ってたんだけどなあ。
いったい学園長が捕虜風情に何の用だろ?ま、考えるだけ無駄だな。
おとなしく従ってついて行くのが得策得策、生存が第一自尊心は二の次!
「はい、分かりました。ミーシャ!」
ミーシャに指示し、『装備解除、待機状態に入ります』バリアジャケットを解除、アブマット(突撃)モードから待機状態にして手渡す。
「これは?」
「はい、自分のデバイスです」
ああ、このオッサンはデバイスの事を知らないみたいだな。後で質問攻めにされそうだ…。
こっちも色々と聞きたいところだが…、詳しい事は学園長のところで聞けばいいか。
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本来なら出会うはずがない世界の人間達、それが出会ったこのときから彼の奮闘が始まった。