夜の麻帆良学園学園長室、本来は誰もいない時間。
だが、そこには何人もの人がいる。
そして、そこにいる人間には共通点があった。
魔法を知っている、若しくは使う者であると言う事だ。
部屋の主であり、彼らの長である近衛近右衛門は部下達の報告を聴いている。
「…ネギ・スプリングフィールドとエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの第一次接触についての報告は以上です」
そう、アンドレイ・コンドラチェンコが監視していたように彼らも監視していたのだ、
「英雄の息子」ネギと「真祖の吸血鬼」エヴァンジェリンの動向を。
「ふむ、概ね予想どおりじゃな。アスナちゃんの動向がやや意外じゃったな、まさかあそこで飛び蹴りとは…」
頷く人間多数、屋根の上という不安定な場所で浮遊術などが使えない人間はあんな事はしない。
だからこそ意外だったのだ、てゆーかフツーはしません、お金貰ったってしません。
「意外と言えば、コンドラチェンコ君が出てきた事も意外ですが」
監視者の一人が呟く、「異世界の魔導師」アンドレイ・コンドラチェンコ。
彼が転移魔法を使って出現した時は関係者は呆気に取られた。
一人の例外を除き魔法先生達は知らなかった。
影や水といった媒体を使わない転送魔法が存在し、彼が使えるという事を。
「あんな転移魔法を使える事をワシらに隠しておったからな、身内に甘いのがよく判るの」
「何せ「死ぬまで吸わせてもらう」の直後でしたからね、自分が監視していたのと手の内の一つがバレる事よりも弟分の命を優先しています」
魔法先生達はアンドレイがネギを弟分扱いしている事をタカミチから聞いて知っている。
「で、介入をしそうかの?そうならば釘を刺しておかねば、如何に兄貴分とは言え試練の邪魔をしてくれてはの」
学園長の疑問に対して一人が答える。
「エヴァンジェリンの撤退を確認後に撤収した所から、本格的に介入する意志は薄いようです。介入するならネギ君の元へと向かっているでしょう」
「確かにの。それにあの二人は協定を結んでいるようじゃしな、基本的には介在はすれど介入はせんと考えた方が良さそうじゃ」
「協定ですか?」とある魔法先生が聞く。
「中身はよく判らん、どうせロクでもない中身じゃろ。二人ともワシらとは根本的な考え方が違うからの」
世俗的で結果主義の魔導師と元賞金首で悪の吸血鬼、世のため人のために働く魔法使いとは似て非なる存在の二人。
二人とも"人格"や"力"を認めていても、同じ"魔法を使う者"としては認められない深くて長い溝があるのが実情だった。
****
エヴァのヤケ酒大会に付き合わされた、軽く飲んで、慰めて、グチを聞いて終わらせるつもりだったんだけどなあ。
中途半端にしか吸えなかった事と神楽坂の蹴りが相当悔しかったらしく
別荘の酒蔵からダース単位で持ち出しているぐらいだ。
酒も相当飲んで、そこいらへん中に酒瓶が転がっている。
顔も相当に赤く、酔っ払い独特の妙に高いテンションになっている。
「御主人エラク荒レテルナ、蹴リヲ入レラレタノガヨッポド悔シインダゼ。ケケケ」
人形のチャチャゼロは当然として、それに付き合わされている僕は平然としている。
アルコール分解能力が恐ろしく高いらしく今まで酔った事がない。
流石にキンキンに冷やしたスピリタスを1瓶飲んだときは酔った、ほろ酔いぐらいにな。
『そういう人をウワバミとかザルとか言うんです』「アア、同意見ダゼ」
ミーシャとチャチャゼロは気が合うのかして良く話をしている、「オ前ト酒ヲ飲メナイノガ残念デショウガナイゼ」とか言ってるぐらいに。
両方とも主を主と思わぬ所があるからな…。
見た目幼女、中身は立派な酔っ払いが人に管を巻いている。
そんな中、「パートナーを見つけていない今がチャンスなんだ」と言っているのを聞いて
ふといらん事を考えてしまっていた。
「契約すればアーティファクトと魔力供給が受けられるんだよな」
「従者となった者の性質に合ったアーティファクトが出てくるシステムだ、魔力供給は各種能力の強化が出来る」
そして、いらん事をいってしまったのだ。
「僕が契約したら、どんなアーティファクトが出るんだろ?」と。
覆水盆に返らず、時すでに遅し、荷馬車から落ちたものは、失われてしまったもの(ロシアのことわざ)
「ほほう、興味があるのか小僧。私の従者にしてやろうか?」
獲物を見つけた肉食獣の目です、アレは。
お酒の影響もあって余計にやばいです。
「えと、エヴァンジェリンさん?」
「お前の彼女とやらには悪いが、私も興味がある。異世界の魔導師と契約するとどんな結果になるのかがな」
いやまて、仮契約するにはキスが一般的なんだろ?
陛下って結構ヤキモチ焼きな所があって、この事がバレたらあの虹色魔力でどんな目に遭わされるのか、想像するだけでも恐ろしや。
「因みに拒否権は?」「そんなモノは無い」
完全否定です。
「申し訳ありません、アンドレイさん。マスターの意向ですので」何時の間にやら回り込んでいた茶々丸、ガッチリと拘束されてしまいました。
しかも、間接を完全に固めています、間接外し対策済みの拘束法です、教えたのは僕です、自分に返ってきてます。
手早く床に書かれた契約陣に置かれたら、お人形みたいなエヴァの顔が目前に。
白くて細い手が頭に回されて、目と目があった次の瞬間、ニィと妖艶な笑みを浮かべて、近付く唇、そして
キスされました『相変わらず押しに弱いですね』ミーシャのツッコミを聞きながら。
助けやがれこの不良デバイス。
たっぷり1分ほどして離れたエヴァの顔は赤くて、ちょっと息が乱れています。
「何なんだ小僧、上手すぎるぞ」
はい、舌が入ってきたので反撃で絡めてやりました、積極的に。
「前言っただろ、娼館に一月近く放り込まれたって」
女性客用に竿師が用意してある所だった、殆ど弟子扱いであれやこれや教えてもらった。
で、それを試す相手もまた用意してあってな…、上手くなって当然だ。
「契約は無事出来ました」茶々丸がカードを差し出す。
どれどれと受け取ったエヴァ、「珍しい結果になったな」と
横から見てみると
数字はLXX(70)、色調は銀で特性は勇気、方位は中央、星辰が当て付けなのかして黒い穴。
称号は「容赦の無い砲撃手」
肖像はアブマットモード時のブルーベレーにチャコールグレーのボディアーマーとアサルトベスト。
腰の辺りにミーシャを構えていて、下は同色のカーゴパンツに黒のニーパッドとブーツの組み合わせ。
因みに、バリアジャケットが暗色系統で統一されているのは魔力光の影響だったりする、魔力光がグレーなの。
そこに丸に四本アンテナが付いた、人工衛星みたいなのが浮いている構図だ。
「珍しいって、具体的には?」
実は"契約制度"については詳しくない、こっちの魔法を体系的に調べてレポートとして纏める事に時間と手間を割いているからだ。
カードの記述については触り程度にしか調べていない、なので珍しいと言われてもよく解らない。
「銀色は珍しいんだよ、星辰も黒い穴とは珍しい。モグラ小僧にはぴったりだな」
くくくっと人の悪い笑みを浮かべる。
天にまします我らが父よ、こんな所で当て付けみたいな事をしなくてもいいじゃないですか。
アナタは関係ないかもしれませんが、取り敢えず恨んでおきます。
「それよりもだ、アーティファクトを出してみろ。この人工衛星みたいなのをな」
何時の間にやら作ったコピーカードを手渡される、確か掲げて「来れ」だったなと。
カードが光に包まれ、アーティファクトが出現する。
やっぱり人工衛星だった、具体的に言うとスプートニク1号型だ。
違いと言えば、アンテナが固定ではなく動くぐらい、そんな形だった。
「どんな機能が付いているんだ?流石の私でもこんなのは初めてだぞ」
エヴァが珍しそうに見ている、そりゃあこんなファンタジーの欠片もない形だからね。
「床が、…見える?」
頭の中に映されている感じで映像が見える、試しに空間モニターを出してみるとそちらに移った。
アーティファクトを動かしてみると映像も動く、映像の中から見たい物に視線を向けるとそれをクローズアップする。
実験として外に出て、高度を上げてみる。3000mほど上げてわざと雲越しに見てみるが、関係なく見える。
街を歩いている人がいたのでズームする、小さな点が瞬時にして顔が識別出来るほどにまで拡大される。
「なるほど、遠隔操作系で偵察や広域監視が出来るアーティファクトか、偵察型は珍しくないが広域も、となると珍しい。茶々丸」
「はい、詳細について調べておきます。取扱説明書も用意しておきます」
そうして主役は酒からアーティファクトに移り、酒宴は終わった。
調べるのは二人に任せ、家路に着く事にする。
帰り際に、ちゃんと「ネギを殺す気ならネギ側に付くぞ」と釘を刺しておいた。
あちらもこちらと敵対する気はないようだし、やられても半殺し程度で済むだろう。
****
あれから2日後、アーティファクトの慣熟と機能確認もかねて監視を続けている。
元気づける会と称した逆セクハラ大会(やっぱ換われ)やろくでなしオコジョなどを見続けている。
因みに、オコジョの毛皮ガウンは英王室御用達で公式行事の際に使われるのだ。
なので、そういう時に二世の女王陛下やバツイチ皇太子がガウンを着ていた場合、オコジョ製だと思えばいい。
とは言えイギリス産オコジョよりもクソ寒くて森林だらけのロシア産オコジョの方が最高だとされているがね。
その日の夕方だった、本屋ちゃんを誑かそうとしたオコジョをこの目で見たのは。
「よ、ネギ。元気か?」
ここ数日監視し続けているというのに、嘘を吐いているとは思わせない素振りが染みついている自分に嫌気がさす。
これも局入りしてから付いてしまった物の一つだ。
「あ、アリョーシャさんこんにちは」「何だ?その冬毛のままのオコジョは?」
下着ドロだと判ってはいるが、映像越しではなくこの目で見て解った。コイツは弩助平な犯罪者だと。
十中八九下着集めも趣味だ。
嘱託やってた時の部隊の執務官さんに執務官補佐代理心得とか言うよく判らない肩書き付けられて使われてたのよ。
主な仕事は隊内の規則違反者の確保、中には女性隊員やご近所さんに対する下着ドロとかもいたのでこの手の輩は何となく判るのだ。
「あ、この子はペットのカモ君です。カモ君、この人は魔法使いだからしゃべっても大丈夫だよ」
「さいですか、俺っちはアベニール・カモミール。オコジョ妖精でさあ」
薄っぺらいとは言え職業倫理上逮捕してやりたいが、ここは堪えて自己紹介する。
「アンドレイ・コンドラチェンコ、自称ネギの兄貴分だ」
「兄貴の兄貴分ですか、そりゃあ失礼いたしやした。アンドレイの兄貴、俺っちはカモと呼んで下さい」
「ア…アリョーシャさん、その"兄貴分"はよして下さいよ。そりゃあ弟みたいに見てくれているのは嬉しいですけど」
出会って二ヶ月以上経つが、未だに他人行儀なネギ。
「いいや、止めんぞ。お前は僕の弟分で、弟子3号(予定)である事に変わりはない」
他人行儀な態度を取った時は、いつものようにとっ捕まえて頭をぐりぐりする。
「やめて下さいよー」とネギが涙目で抗議するが、謝るまで続ける。
それを見ていたカモ「仲いいんすねー、ホントの兄弟みたいですぜ」と一言。
ちょっと嬉しくなったので、ネギをいじる手の力を強める。
「どうだ?端から見たらお前は弟なんだぞ?これからはさんと敬語は無しな、うりゃうりゃ」
「わーん、やめてくださいよ。アリョーシャ"さん"」
まだ懲りないネギ。まあ、一朝一夕に変わる物でもないし、期待もしていないからな。
いい加減にネギを解放してやる。そうして可愛い弟分にある物を放り投げる。
「え!こ、これって…!?」驚きと困惑に包まれるネギ。
一昨日に見た物がここにあるのだ。そう、カートリッジだ。
****
宮崎さんと契約しちゃいそうになった後、帰ろうとしたらアリョーシャさんに会った。
「よ、ネギ。元気か?」
肩のカモ君は急いで普通のオコジョの振りをする。
でも大丈夫、アリョーシャさんは魔法使いで、いい人だ。
僕の事を弟みたいに思ってくれていて、色々と教えてくれたり、手伝ってくれる。
時々イジワルをしてくるのはやめて欲しいけど、お兄ちゃんがいるみたいでちょっと嬉しい。
でも僕は先生で、アリョーシャさんは生徒。そこの所はきちんとしなきゃ。
だから「その"兄貴分"はよして下さいよ」って言うんだけど、
いつも「いいや、止めんぞ。お前は僕の弟分で、弟子3号(予定)である事に変わりはない」とか言って
頭をぐりぐりするんだ、これもやめて欲しいのに。
それを見たカモ君も「ホントの兄弟みたいですぜ」って言う。
嬉しいんだけど、アリョーシャさんは嬉しそうに力を強くする、だからやめてぇ~。
そうして、しばらく続いた後でやめてくれたんだけど、ちょっとして投げてきた物を見て驚いたし、どうしてここに、って気持ちになってもう…。
一昨日、エヴァンジェリンさんが魔法を使う時に使っていたやつだ。
僕のコレクションの魔法銃用銃弾に似ているけど違う、さわったカモ君が「うわ、兄貴!これはハンパじゃねえ魔力量ですぜ!」
そういった通り、魔力量が全然違う。
形は銃弾だけど威力は砲弾だ、それぐらい多い。
何でこれをアリョーシャさんが?ひょっとしてエヴァンジェリンさんの仲間で悪い魔法使いなの!?
どうしたらいいのか判らないでいたら、アリョーシャさんが言った
「危ないと思ったらそれ持って魔法を唱えてみろ。使うときはためらわずにな」って。
そうして前みたいに背中を向けて後ろに手を振って去っていった。
…助言と切り札だよね、これは。
うん、やっぱりアリョーシャさんはいい魔法使いだ。
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ネギに渡したカートリッジ、あれは手持ちの純正カートリッジに発動体としての機能を付け加えた物。
一発限りの大威力魔法が使える、エヴァがネギには対処出来ないような大威力魔法を使ってきたときの用心だ。
刺しておいた釘と合わせれば、ネギの生死に関わるような事態には陥らないと思う。
両方とも身内だと思っているからこそ、どちらかに明確な味方が出来ない。
遅からず二人は再び衝突する、その結果として一方が死ぬなんて事はあって欲しくない。
どちらも生きていて欲しい、だから必要だと思った事はしておく。
どうやら、必要だと思った事は何としても成し遂げるのはコンドラチェンコの血の性らしい。
曾祖父さんは親友兼義弟の北日本への復讐には自分が必要だと思ったから、最後まで付き合い「やまと」の艦砲射撃で共に消えた。
祖父さんは大伯父さんの亡骸を取り戻す事が必要だと思ったから、軍規を破って取り戻した。
だから、その血を引く僕もネギとエヴァの戦いに決着が付くまでとことん付き合うつもりだ。
あとがき:契約させちゃいました、元々は吸血鬼編の後ぐらいにしようと思ってたんですが、ネギの監視に都合がいいので出しました。
前回、2,3回で終わらすと言いましたが、何か伸びそうな予感がします。
書いてたらネタやアイデアとか色々と出てきますからね。
追記:第34管理世界について
天龍の板東さんが出てくる所からも分かるように「皇国の守護者」世界です。
時代設定的には一巻冒頭、手紙の部分より少し後の時代としています。
管理局との接触は天龍が最初で次が導術士達、主に皇国と付き合ってます。
帝国は、ユーゴスラビアみたいな経緯で三つに分かれてしまい、少し前まで本土部分で紛争が起こってました。
そこに次元犯罪者の皆さんまで加わったので管理局に協力を依頼。
尽力の結果、停戦合意と次元犯罪者の逮捕に成功しました。
ただ、犯罪者の皆さんの置き土産のせいで停戦監視団(実質治安維持軍)が必要となったのです。
その停戦監視団団長が祖父さんで、世話役が板東一之丞。
気があったのか親交の出来る二人、そこへ嘱託魔導師としてやって来たアリョーシャ君。
そういうわけでお世話になりました。
プロローグの仙人は南冥の「凱」に居ます。