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No.4690の一覧
[0] ドラゴンクエストV 天空の俺[例の人](2009/12/04 20:17)
[1] 第1話[例の人](2008/11/05 20:00)
[2] 第2話[例の人](2008/11/05 20:01)
[3] 第3話[例の人](2008/11/06 03:31)
[4] 第4話[例の人](2008/11/07 04:54)
[5] 第5話[例の人](2008/11/16 21:20)
[6] 第6話[例の人](2008/11/16 21:23)
[7] 第7話[例の人](2008/11/16 21:25)
[8] 第8話[例の人](2008/11/15 23:18)
[9] 第9話[例の人](2008/11/16 21:27)
[10] 第10話[例の人](2008/11/16 22:20)
[11] 第11話[例の人](2009/12/04 18:39)
[12] 第12話[例の人](2008/11/23 01:59)
[13] 第13話[例の人](2009/03/07 01:59)
[14] 第14話[例の人](2009/05/07 03:02)
[15] 第15話[例の人](2009/05/12 20:56)
[16] 第16話[例の人](2009/05/12 20:54)
[17] 第17話[例の人](2009/05/14 23:46)
[18] 第18話[例の人](2009/05/18 06:44)
[19] 第19話[例の人](2009/12/04 22:14)
[20] 第20話[例の人](2009/12/04 22:15)
[21] 第21話[例の人](2009/12/13 00:59)
[22] 第22話[例の人](2009/12/28 00:02)
[23] 第23話[例の人](2013/06/17 23:01)
[24] 生存報告[例の人](2013/12/05 00:40)
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[4690] 第8話
Name: 例の人◆9059b7ef ID:6d7552d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/11/15 23:18
 寝苦しくて目が覚めた。

「暑い」

 暑いというよりも熱い。体中が火照っている。大量の寝汗で、服の下がベトベトして気持ち悪い。シャワーでも浴びたい気分だ。……この世界にはシャワーはないけども。というか、当たり前だが電気すら通っていない。テレビもねぇ、なんにもねぇ。

「まだ夜……か?」

 部屋の中は未だ暗い。窓から差し込んでくる、かすかな月明かりだけが光源だ。

 どうやらまだ朝にはなっていない様子。二十四時間眠ってしまったという可能性もなくはないが、そこまで熟睡したらさすがに分かる。ということは、自分が眠っていたのは体感的に考えると五時間から六時間といったところか。あまり長い時間は眠れなかったな。

 それでも、眠る前よりは気分はかなりマシになっている。二日酔い並にひどかった頭痛も、今はそこまでは感じない。寝ている時に汗をかいたせいだろうか、熱も多少下がっているようだ。

「よっ……と」

 試しに上半身を起こしてみると、案外簡単に成功した。首だけしか起こせなかった眠る前とはえらい違いだ。部屋を見渡してみたが、パパスは眠ったままだし相変わらずリュカのベッドは空だ。

 一体今は何時頃なのだろうか? ドラクエ世界には時の砂、つまり砂時計というアイテムが存在するくらいだから、恐らく普通の時計も存在するはずである。腕時計は無理でも、壁掛け時計くらいはあると思う。しかしサンタローズ村でもアルカパの町でも、どこにも時計を見かけなかった。もしかしてお城とか大きな町とか、もうちょっと都会的な場所にしか置いてないのかもしれない。この世界、技術レベルはあんまり高くないみたいだしなぁ。あぁ、そういえばドラクエⅤのOPでは時計が時を刻む音がしてたような。カッチコッチと。つまり時計は、あるとこにはあるんだな。田舎と都会で物的流通の落差が激しいんだろう。

 そんなことを考えながら、俺はベッドから床へ足を下ろした。上半身が起こせるんなら、今度は立ち上がってみようと試みる。

「お? お、おぅ……?」

 立ち眩みがして、少し千鳥足になってしまった。が、転ばなかったので結果は重畳。

 一歩一歩確かめるように歩き、窓へと近寄って半分ほど開く。窓の外から、すぐに穏やかな風が室内へと流れてきた。火照った体に、冷気混じりの夜風が心地良い。首だけ出して空を見上げると、月がかなり沈んでいるのが分かった。

 これはつまり──。

「おいおい。リュカは何やってんだ? 夜が明けちまうぞ」

 いくらなんでも、戻ってくるのが遅すぎる。リュカは肉体スペックの高いやつだが、それでもまだまだ子供だ。それに天然というか、どこか抜けている部分がある。特に、自分一人で突っ走った時にはそれが顕著だ。俺と初めて会った時もそうだし、サンタローズの洞窟で会った時もだ。あいつは、たまに周りが見えていない。熱くなる性格なのはいいんだが、暴走するのは悪癖だ。もしかして今回も、魔物相手に窮地に陥って……。

 頭の中でどんどん嫌な予感が膨らんでくる。放っておいても、あっさりお化け退治して帰ってくると思いたいが、一度不安になってしまった思考は変えられない。坂から転がり落ちるように、思考は嫌な方へ嫌な方へ。

「あー、どうすっかなぁ……」

 口には出してみたものの、俺の心はすでに決まっていた。

 窓を閉めて、部屋の入り口へと向かう。俺はパパスを起こさないように、なるべく足音を抑えながら忍び足で歩いた。部屋の扉を開け、廊下側から後ろ手で閉めようとしたその時──。

「行くのか、ユート」

 背後から低い声がした。

 振り返ると、ベッドに横たわるパパスがしっかりと目を開けて俺を見ていた。鋭い眼光は病人のそれとは思えない。

「パパスさん、起きて……いや、気付いてたんですか?」
「わっはっは。あなどってもらっては困るな。痩せても枯れてもこのパパス、部屋の人間の気配くらいは分かるのでな」
「もしかして、昨夜も?」
「うむ、まぁな。それよりも話している暇はあるのか? リュカやビアンカと何をしているのかは知らんが、急がないとまずいのではないか?」
「……すんません。では、行ってきます」
「気をつけてな、ユート。リュカとビアンカを頼んだぞ」
「はい!」

 ドアを閉め、急ぎ足で階段を駆け下りる。途中で一度足がもつれそうになったが気にしない。レヌール城の位置はリュカの地図を見た時に頭に入っている。まだ体は万全ではないが、泣き言を言っている暇はない。

「だるいけど、いっちょ気張るか」

 俺は宿を出てすぐに町を抜けると、レヌール城に向かって走り出した。

 ──今頃きっとピンチになっているであろう、あの弟分に一言説教してやるために。





 時々、咳でむせながらも必死で走り、俺はなんとかレヌール城へと到着した。アルカパの町を出て、大体三十分くらいだろうか。体が本調子なら、もう少し時間を短縮できたかもしれない。途中で魔物と遭遇しそうにもなったが、相手をしたくなかったので逃げた。今の俺には余計な時間はないのだ。

 ないのだが……。

「これは……壮観だな」

 小高い丘の上、勇壮な姿でそびえ立つレヌール城の姿に、思わず目を奪われて立ち止まってしまった。和風な城ではなく、こういった西洋風な本物の城を目にするのは生まれて初めてだ。

「やっぱり、本物は迫力が違うなぁ」

 感動だ。某ネズミーランドにある夢の城とは全然違う。

 ここは、紛れもない王の住処。今は寂れているとはいえ、かつては多くの家来が仕え、日々を過ごしていた城。

 外敵の進入を防ぐための強固な外壁は重厚で、見る者を圧倒する。

「……って、いつまでもこうしてられないな」

 呆けてないで急がなければ。夜が明けてしまう前に、さっさとリュカと合流して町に戻ろう。

「まずは中に入って…………あれ?」

 城の正面に位置する、大きな扉は鍵が閉まっていた。押しても引いてもだめ。試しに、助走してから体当たりもしてみたが無駄だった。

「あ~、くそッ! 外から回らないとだめか!」

 レヌール城には正面にある扉の他に、もう一つ中に入る方法がある。城の真後ろにある外壁に設置された梯子を上り、最上階から入るという方法だ。遠回りになるが、これしか方法がないなら仕方ない。

 俺は城の裏手に回ろうと、移動を開始しようとした時。どこからか、喧騒が聞こえてきた。音の出所は……頭上だ。

「なんだ?」

 仰ぎ見ると、城の中ほどから出ているテラスに複数の人影があった。

 あれは──リュカとビアンカだ。それも、何者かと戦っている! 戦闘の相手は……魔物か?

「やっぱり戦闘中かよ!?」

 ビアンカを背後にかばいながら、魔物相手に防戦一方のリュカの様子が見て取れた。なんとか攻撃を捌きながらじりじりと後退しているが、このままだとテラスの端に追い詰められるのも時間の問題だろう。追い詰められたが最後、最悪突き落とされる可能性もある。あの高さから落とされれば──下手すれば死ぬ。

「ああ、もう! 毎回毎回こんなんばっかしか! 俺は風邪ひいてるんだぞバーロー! 少しはいたわってくれよ!」

 間に合えよ、ちくしょう!

 俺は全速力で城の裏手へと移動した。

 梯子は──。

「あれか!?」

 梯子発見。取っ手を掴み、腕が吊りそうな勢いで上る。

 三分の一ほど上った辺りで息が切れてきた。病み上がり……というか、現在進行形で病んでいる体にはきつい。頭痛もぶり返してきた。喉も痛い。

 しかし、ここは気合で乗り切ってみせる。とにかく努力だ、根性だ。

「おおおおおおおおおッ!!」

 自らを鼓舞するように叫び、俺はハイペースを維持して強引に梯子を上りきった。

 最上階である目の前には扉が見える。ようやく入り口だ。

「うがッ、ゲホッ……ゲホッ。あー、しんどい……」

 荒い息に混じって、咳まで出てきた。いったん立ち止まると、そのまま動けなくなってしまいそうだ。だから休んでいるわけにはいかない。俺は体を引きずるようにして、城の中へと突入した。

「テラス……テラスはどこだ!?」

 石造りの城内は広く、やたらと階段があって道が入り組んでいる。何を考えてこんな造りにしたんだバーロー。もっと快適に暮らせるように建ててくれよ、おい。しかも埃だらけで、そこら中に蜘蛛の巣とかあるし、空気を吸うだけでも風邪が悪化してしまいそうだ。

 俺は豪奢な赤い絨毯を踏みしながら廊下を走りぬけた。薄暗い城内は、窓からの月明かりだけが頼りだ。

「こっち……じゃない!? 道間違えた!?」

 階段を下りたり上ったり、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているうちに、全然関係ない小部屋に入ってしまった。急いで来た道を戻ろうと思い、振り返ると、

「うおッ!?」

 巨大なロウソクの化け物が道を塞いでいた。頭の上にある芯からは、炎が燃え盛っている。この魔物は……おばけキャンドルだ。

 振り返ったまま固まる俺と、バッチリ目が合った。

「こっち見んな! というか、こっち来んな!」

 お前を相手にしている時間はないんだよ。どっかでケーキにでも刺さってろロウソク野郎! あばよ、とっつぁん。

 俺は脱兎のごとく逃げ出した。

「げぇッ!? 後を着いてきてる!?」

 逃げられない……ではなく、逃げ切れない。俺の背後をぴったりとマークしつつ、おばけキャンドルは絶妙な位置取りで追いかけてくる。例えるなら、最後の直線四百メートルで半馬身差で追いかけてくる競走馬のごとくだ。このままではゴール前で差される……ではなくて捕まってしまう。

 立ち止まって戦うか? そんな考えもふと浮かんだが、すぐに消去。こっちはレベル1だ。しかも一般人だし、悲しいくらい弱い。不意打ちでもしないと、まず無傷では勝てない。今戦っては、おばけキャンドルのような雑魚相手でも死闘になってしまう。

 激しいリズムで打ち鳴らされる心臓の音を聞きながら、俺はひたすら逃げ回った。

 いかん。このままだとリュカを助ける前に俺がやばい。足がだんだん重くなってきた。やはり風邪ひいてるのに全力疾走は無茶だった。所詮、村人A並の実力しかない俺が出張ろうとしたのがだめだったんだ。だって俺、中身は一般人ですよ。

「も、もう無理、マジで無理……」

 俺が心身ともに挫けかけた、その時だった。廊下の角を曲がると、そこには階段が。

 さすがの魔物でも、階段下りれば追いかけるのを諦めるはず。そう思った俺は、半分落ちるような勢いで階段を降りた。

「……って、今度は真っ暗!?」

 窓が一切ないのか、降りた先の階は暗闇に包まれていた。ほんの一メートル手前程度でもろくに見えない。五里霧中とは、こういう時に使う言葉だろうか。魔物が追いかけてこなくても、これでは手探りで進まなければならない。

「参ったな……」

 俺が立ち止まり、そう呟いた直後。背後から嫌な音が聞こえてきた。そう、まるで巨大なロウソクが階段を転がり落ちてくるような音が。

「……うわー」

 振り返った俺の目の前には、予想通りの代物があった。おばけキャンドルが階段を転がり落ちてきたのだ。幸いにも、気付いたのが早かったおかげで回避はできそうだ。

 崖から落ちる丸太のごとく、階段を転がってくるおばけキャンドル。ぼやぼやしていれば、俺を巻き込んで轢いていくだろう。この階は暗闇で周りが見え難いが、幸運にも相手は頭が光っているおばけキャンドルだ。

 とりあえず足元に来た瞬間を狙って、

「よっと」

 ジャンプ一発、見事回避した。アクションゲームの気分だ。

 俺に避けられたおばけキャンドルは、そのまま勢いよく転がり……やがて壁に激突して静止した。

「……あれ?」

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 そのまま待ってみたが、動く気配がない。頭の上では相変わらず炎が燃えているし、死んではいないはずだ。気絶しているのだろうか?

「ならばチャンス!」

 俺は装備品である樫の杖を手に持つと、倒れているおばけキャンドルを力の限りぶん殴った。

 会心の一撃! 俺はおばけキャンドルを倒した!

「やった……って、あれぇ?」

 樫の杖の先が、赤く燃え盛っていた。どうやら、おばけキャンドルの火が燃え移ってしまったらしい。効果的かと思って、頭部付近を殴ったのがまずかったか。

「でもまぁ、松明代わりになってちょうどいいか」

 どうせこの階は暗くて難儀していたのである。灯りが手に入ったと思えばラッキーというものだ。

 俺は樫の杖をかざしながら、急ぎ足で廊下を進んだ。やがて、俺の目の前に二つの立派な玉座が姿を現した。

「……見つけた」

 当たりだ。ようやく辿り着いた。

 ここは、玉座の間。俺の記憶では、玉座をまっすぐ下に行けばテラスがある。そのはずだ、間違いない。

 樫の杖を強く握り締めて駆け出す。

 ──あった、あそこだ!

 テラスへと続くアーチを潜り抜け、俺は外に躍り出た。

「──ッ!?」

 月明かりの下、テラスでは戦いが続いていた。

 いや……これは戦いとは呼べない。ただの蹂躙だ。

 泣きじゃくるビアンカを、一匹の魔物がいたぶるように攻撃していた。ビアンカをいじめているクソ野郎は、青いローブを全身に纏った魔法使いのような魔物だ。あいつの名前は確か──おやぶんゴースト。

 わざと致命傷になるような攻撃を避け、ビアンカをゆっくりと追い込んでいる。明らかに遊んでいるのが見て取れた。

 リュカは──テラスの端でうつぶせに倒れている。

「ユート……?」

 ビアンカが俺に気付き、小さく声を上げた。端正だった顔には細かい傷がつき、泣き腫らした目は赤く腫れている。

 よくもまぁ、女の子の顔に傷をつけやがったもんだ。それに……リュカまで。あの野郎……。胸の内に、沸々と怒りがこみ上げてくる。

 ビアンカの様子に気付いたのか、おやぶんゴーストが俺の方へと顔を向けようと──。

「うおりゃあああッ!!」

 俺は、おやぶんゴーストが振り向く前に先制攻撃を開始。雄叫びを上げながら、後頭部へ向かって樫の杖を振り下ろした。

 みしりと杖が軋む。鈍い音がしたが、会心の当たりではない。直前で、攻撃の当たる位置を少しずらされた。

 ただの魔物にできる動きではない。今までの魔物よりも一段格が上の相手のようだ。あわよくばローブに火を燃え移してやろうとも目論んでいたが、それも無理だった。衝撃のせいか、それともローブに防火対策でもしてあったのか。あっさりと杖からは火が消えてしまったのだ。

 ──まずい。不意打ちで倒せなかったとなると、打てる手が大幅に限られてくる。

「なんだ、お前?」

 爛々と光る目で、おやぶんゴーストが俺を見据えていた。

 こいつ……強い。相対しているだけで、威圧感から汗が出てくる。

「どこのガキだか知らんが、お前も一緒に俺様が食ってやろう!」

 言い終わるや否や、おやぶんゴーストは両手を突き出す。

「じっくり焼いてやる。メラ!」

 その手の平から、拳大の炎が飛び出してきた。

「うおわわわわわ!?」

 間一髪、俺は情けない声を出しながら避ける。炎は俺の足元に着弾すると、床を焦がして消えた。

「あ、危ねぇ……」

 避けられたのは、ほとんどマグレに近い。そう何度も避けられるようなものではない。

「ほう? よくかわしたな。なら、これでどうかな。ギラ!」

 空中一面に浮かんだ小さな炎が、俺を目掛けていっせいに襲ってくる。数が多すぎる。

 今度は──避けられない!

「うわぁああああッ!」

 熱い! 熱い! 熱い!

 炎で服が焼け、熱が肌を焦がしていく。とても痩せ我慢だけで耐えられる熱さではない!

「熱い、熱いィイイ!!」

 熱い。それしか言えない。熱い。それしか考えられない。

 自分の肉が焦げる臭いがした。嫌な臭いだ。これは死の臭いだ。

 俺は手に持った杖を放り出して、テラスの床中を転がり回った。

「はぁ……はぁ……ちくしょう……」

 転がっているうちに燃えた服は鎮火したが、もう限界だった。俺はテラスの石畳の上に大の字になって、倒れたまま体を動かすことができない。

 いや、動かす気力がないと言った方が正しい。体は火傷を負っているし、風邪をひいているのに無理に酷使したせいで体力も尽きる寸前だ。気を抜くと意識が飛んでいきそうになる。

「もう終わりか、ガキ?」

 見下すような声。

 俺は何も反論できない。

「なんだ、喋る気力もないのか? つまらんな」

 おやぶんゴーストは俺の元へゆっくり歩いてくると、目の前で立ち止まった。

「おい、なんとか言えよ」
「がッ!?」

 一瞬、目の前が暗転して腹部に衝撃が走った。蹴りを入れられたらしい。

「ぐッ……ごぼッ」

 床一面に胃液をぶちまけ、俺は無様にのたうち回った。痛いというよりも、それよりも息が苦しい。いくら吐いてもこみ上げてくる吐瀉物のおかげで、息ができない。

 体をくの字に折り曲げながら顔を上げると、不安気にこちらを見つめているビアンカの姿が目に入った。

 そんな目で、俺を見るなよ。俺は、ただの一般人なんだよ。

 ──ちくしょう。

 なんだってんだよ。俺は、死ぬのかよ。それも、こんな異世界で。呼ばれた意味も分からず、何もできず。呆気なく……死ぬのか。

 それも俺だけでなく、このままではリュカとビアンカも死ぬ。俺が負けると、そこで終わり。

 あいつは、あの魔物は俺達を食うと明言している。

 俺はしょせんは無力な一般人だ。元々弱いのは自分でも自覚している。分不相応なことをして死ぬのは自業自得だ。

 でも、リュカは違う。

 リュカは、まがりなりにも主人公だろう? 俺なんかとは違って、本物の勇者にもなれるような存在だろう? だから……だから、お前は簡単に死んだりするなよ。

「起きろ……よ……」
「あ? 何を言ってるんだ、ガキ?」
「起きろ、リュカ……」
「おい、俺様の質問に答えろ」

 再び腹部に衝撃と激痛。また蹴られた。もう胃液すら出ない。圧迫された肺が酸素を押し出し、俺は息ができずに溺れる。

 眠くなってきた。

 瞼が重い。

 でも、一言。一言、言わないと。

「が、はッ……。いい……加減に……目を覚ませよ! リュカァアアアアアアアア!!」

 それが、俺の最後の言葉。正真正銘、全ての力を振り絞って叫んだ俺は、そこで意識を保つ努力を放棄した。

 視界が闇に落ちていく。

 強制的に閉じていく瞼の向こうに写ったのは。

 それは──ビアンカの背後から、リュカが幽鬼のごとく、ゆらりと立ち上がった姿だった。





 目が覚めると、そこはアルカパの宿屋のベッドの中だった。

「あれ? どうなってんの? あれ?」

 夢? 夢だったの? もしか夢オチ?

「おお! ユートよ、起きたか!」
「パパスさん? 一体、俺は──」

 俺の言葉は、そこから続けることができなかった。ベッドの脇にいたらしい、二人のお子様が飛び掛ってきたからだ。二人のお子様とは、もちろんリュカとビアンカだ。二人は俺にしがみつくように抱きつくと、大声を上げて泣き出した。

「えーと……?」

 何がなんだか分からない。

 レヌール城での一件はどうなったのか? おやぶんゴーストは倒せたのか?

 さっぱり分からない。

 分からないが、一つだけ確かなことはある。俺達は全員無事に助かったということだ。

「ま、終わりよければ全てよし……ってか?」

 細かいことは、後で考えよう。今はただ、甘んじて平和を享受すればいい。

 カタツムリ枝に這い、神そらにしろ示す。全て世は、こともなし。



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