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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第16話「無限攻防」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/31 15:35

SIDE-凛

その人が現れたのは、聖杯戦争が終わって半年がたった、十年前の夏だった。

その名は「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」。「魔道元帥」「万華鏡(カレイドスコープ)」「時の翁」「宝石」などの二つ名を持つ五人の魔法使いの一人であり、死徒二十七祖の四位に位置する、掛け値なしの怪物だ。
また俗世に頻繁に関わり、気紛れで弟子を取り破滅させることで、味方であるはずの魔術協会からすら厄介者扱いされる変人でもある。
そして、六代前に我が遠坂家を魔術の世界に引き込んだ張本人。つまり、私や弟子の士郎にとって大師父に当たる人物だ。

吸血鬼のくせに、一年で最も陽の出ている時期に現れるなんて非常識もいいところ。
ちなみに、最後に訪れたのが大聖杯の製作に立ち会った時のことらしいので、二百年ぶりに冬木にやってきた事になる。その二百年越しの訪問は、たまたま通りがかった士郎を強引にガイド役にすえ、案内させての登場だった。
一目見て遠坂の関係者と判断したという話だが、どんな眼力があればわかるのだろうか。

ついでに、襟首をつかまれ半ば引きずられる様な格好だった士郎が、恐ろしく憔悴していたことを追記する。
「燃え尽きたぜ………まっ白にな」なんてセリフが似合いそうなくらいに、ボロボロになっていた。
一体どんな観光案内をさせられたのか、あの爺さん元気にもほどがあるだろう。

まあ、それは置いておくとして。
唐突にやってきた大師父の目的は、単純に聖杯を壊したという私に興味をひかれたかららしい。
今までの四度にわたる儀式で、一度として明確な勝者が出ていなかった。
そこに現れた勝者は、始まりの御三家の一人。
にもかかわらず、本来の目的である根源への道を通すわけでもなく、第三法を再現するでもなく“破壊”を選択した。それとこちらは報告していないのだが、秘密裏に大聖杯の機能も停止させていた。すでに家の書庫を荒らしまわって聖杯戦争の本質とその基盤の存在を知っていた私たちは、その年の春にはそれを実行していたのだ。
つまり冬木の地での聖杯探究の道は、完全に閉ざされたことになる。

そんな魔術師としては奇特を通り越し、発狂しているのではないかと思える所業をした私を、見てみたかったのだと言う。なぜ私だけで士郎は範疇外なのかというと、協会の方には士郎のことを報告していないためだ。冬木の管理者として、また儀式の勝者としても報告の義務があったのは、実に面倒なことだ。

さらに言えば、私が召喚したサーヴァントもセイバーということにしてある。
アーチャーを召喚したことが知られ、そこからその真名を探られるのを避けるためだ。現代の英霊候補なんて、協会の連中が放っておくとは思えない。ただでさえ異端の極みともいえる奴なのだから、用心に越したことはないので、こういった面倒な措置をとった。

そこで私は大師父に事の顛末と、聖杯戦争が異常をきたしており管理者としてこれを基盤諸共破壊したことを報告した。
協会に対するものよりも幾分詳細だったのは、下手に機嫌を損ねると何をされるか分からないからだ。
それと、それでもアーチャーのことは黙っていた。トラブルの原因になるようなことをわざわざ口にする必要はないのだから、いくら相手が手に負えない化け物でも隠すべきことは隠さなければならない。

その報告を聞いた大師父は……
「よいよい。そんな壊れたものをいつまでも残していたところで、意味はない。
 しかし、一切の未練もなくそれを行った意気やよし!」
そう言って、大師父は私たちを呵呵大笑して誉めてくれた。
頭を撫でられるなんて、父さんが死ぬ前に一回撫でてくれて以来だから約十年ぶりになる。
あの年で頭を撫でられるなんて恥ずかしいどころではないが、それ以上に痛かった。
あのジジイ、とんでもない力でそれをやってくれるものだから首がもげるかと思ったわよ。

だが、それだけでは終わらなかった。
この爺さんは少し思案したかと思うと、事もあろうに……
「………ふむ。せっかく勝者になったというのに、何も報酬がないのでは物足りなかろう。
 そこの小僧はなかなか面白いようじゃし、お前たちに一つ褒美をやろう」
なんてのたまって下さりやがりました。
で、その褒美というのが宝石を刀身とした珍妙な剣。

だがそれこそが、遠坂が二百年かけて追い求めてきた第二魔法の能力を持つ限定魔術礼装「宝石剣キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」。というか自分の礼装に自分の名前をつけるって、一体何を考えているのかしら?

まあ、それはともかく。
まさについでと言わんばかりの口調で、遠坂に出された宿題の実物をポンと見せてくれたのだ。
私たちのこれまでの苦労は、一体何だったのか……。

とはいえ、あくまでも見せてくれただけで、指一本触らせてくれなかったけどね。
そんなわけで、起動させたところも見られるはずもない。
そこまでやったのだから、ケチケチしないで、もっとサービスしてくれてもいいだろうにこのジジイは、と思ったのは私だけの秘密だ。

本来であれば、手に取ることも、起動の瞬間を見せてくれたわけでもないので「いいものが見れた」で終わるところだ。
要は、ありがたくもあまり意味のないご褒美なのだが、私たち、というか士郎に限っては違う。

どうも大師父は、一目で士郎の特異性に気づいたらしい。
このあたりの慧眼は、さすがは魔法使いといったところか。
しかも、それをただ「面白い」で済ませてしまうあたり、感覚がぶっ飛んでいる。
真っ当な魔術師なら、ピン刺しの標本か、あるいは脳髄引きずり出してホルマリン漬けにする可能性さえあるというのに。
なんと言うか、「気に入らない」なんて理由で月の王様に喧嘩を売ったのは、伊達ではないらしい。
魔法の前ではこの程度は些細なこと、と言わんばかりだった。……別に、羨ましくなんてないわよ。

そして、解析能力を持つ士郎がそんなものを見てただで済むはずがない。
宝石剣を見るや士郎は、無意識に解析してしまい頭を抱えて呻きだしてしまった。
脳に相当な負荷がかかったようで、私が慌てて駆け寄るとそのまま意識を失った。
だが、その手には完全に投影された宝石剣があった。

しばらくして気が付いた士郎が言うには、わかったのは「理解できない」ということだけだったらしい。溺れる者が藁にもすがるような感覚で、必死に手を伸ばしてみたらその手に握られていたのだとか。
そんなギリギリの中で投影した宝石剣を見ての士郎の感想は「ショボイ」だったけどね。
こいつはそれまでの半年間一体何を学んでいたのかと、頭痛で頭を抱えたくなったわよ。

おそらくは、アーチャーとの剣戟の際に流れ込んできた知識や経験、それに自分の本質に気づいていなかったら発狂していたと言う。
UBWに登録は出来ていないので、もう一度投影するにはまた実物を見る必要があるらしい。
それは、訳もわからずにただ見えたものを写し取ったに過ぎず、何一つ理解できなかったためと思われる。
顔を青くしながら「そんなマネはもう二度とごめんだ」と言っていたが。

実際に出来上がった宝石剣を見て、大師父は……。
「ふむ、一応形にはなっているようじゃな。性能的に見ても問題はないようだが、どうも構造的に非常に脆い。
 これでは二・三度使っただけで砕けるじゃろう。
まあ、お前は才能の欠片もなさそうじゃし、よくやったと言ったところかの」
あちこちの並行世界を旅する爺さんは、実に懐が広い。
魔法使いは自分の魔法を他者には漏らさない。
自信の奇跡に近づいた者は容赦なく排斥すると、私は本能でそう考えていたのだが……その考えを斜め上どころか、はるかに凌駕していた。

大師父は投影された宝石剣をこちらに放り、にやりと笑って言葉を紡いだ。
「ほれ、とっておくがよい。トオサカは最も芽のない弟子だったが、お前ならば辿り着けるやもしれんな。
 確か、トンビがタカを生んだ、というのはこの国の言葉だったか。お前はまさしくそれじゃな」
どうやら大師父は、はじめからそのつもりだったようだ。
そういう意味で言えば、これはサービスのしすぎではないだろうか。
言わば、自分で出した宿題の答えを自分で教えているようなモノだ。

何故こんなことをしたのか、と問うと……
「どいつもこいつもいつまでたっても辿り着けんのでな、ちょうどいい暇つぶしじゃ。
 これでは、後継者が出る前にわしの寿命が尽きてしまうわい」
なんて愚痴を言っていた。
ところで「寿命」? 寿命もへったくれもないくせに、何かの冗談だったのだろうか……。
この爺さんなら、人類が滅亡するまで生きていたって私は驚かないのに。


そのまま大師父はしばらくの間遠坂家に逗留し、私や士郎に様々な迷惑をかけて下さりやがりました。
不必要に元気な御老体なんて、迷惑以外の何物でもないわね。短期間ではあったが、そう実感するに十分すぎた。

そうして、一通り興味の対象を観察の名のもとに引っかき回して、大師父は帰って行った。
二人揃って肩を撫でおろしたのは言うまでもない。士郎なんて、胃薬のお世話になっていたくらいだ。
その苦労は推して知るべし。

飾っていても仕方がないのだから当然のことだが、士郎の作った宝石剣を徹底的に調べ上げてから使用した。
大師父の言葉の通り、それはわずか二回の使用ですぐに砕けてしまった。
こんなことまで見抜いてしまうとはね、本当にとんでもない人(?)だ。
だがその二度の使用だけでも、私が宝石剣の全容を把握するには十分だった。

その後ロンドンに渡り、私はいくらかの時間をかけて宝石剣の再現に成功した。
またそれとは別に、協会から「緋色」の称号を受け「ミス・カーディナル」だの「緋色の魔女」だの呼ばれるようになった。だって、再現できたからって協会の連中に教えてやる義理などないのだから、隠しておくのは当然だろう。
だから連中がそのことを知ったのは、私が士郎と一緒に奴らに追われるようになってからだ。
そういえば、士郎につきあって世界中でドンパチやっているうちに、いつの間にか「堕ちた緋」や「血濡れの魔女」なんて呼び名も追加されていたっけ。

ちなみに最も苦労したのが、宝石剣の製作費用を調達することだ。
あの頃は必死だったからね。助けた貸しを慎二に請求し、間桐の私財を売り払いもした。それに、士郎が協会などからの依頼を受けて稼いだ資金で賄った。
ルヴィアから一銭も借りなかったのは、私自身よくやったと思う。

こうして遠坂凛は、ロンドンに渡って数年で魔法のきざはしに手をかけたのだ。



第16話「無限攻防」



場所はアースラのブリッジ。

士郎とリニスを除いた、この件の当事者全員がこの場にいる。
士郎は、先ほどの雷撃の直撃を受け重傷。
今回身につけていたのは、以前のような投影品ではなく正真正銘の聖骸布だった。

しかし、いくら魔力遮断の特性を持つとはいえ限界はある。その限界以上の魔力で攻撃を受ければ、ダメージを軽減するので精一杯だ。
自分の身を守ることに切り替えていれば、こんなことにはならなかっただろうが、二十年かけて培った性格はそう簡単には治るはずもない。

命に別状はないようだが、鞘を使っても完全な状態になるまではかなりかかるだろう。
本物の鞘を直接使えれば違うのかもしれないが、あれはセイバーの持ち物なので、契約の切れた士郎では加護を得ることはできない。
今は、体の中にあるのとは別に投影した士郎でも使える方の鞘で治療している。
さすがに、体内に二つも入れるのは無理らしい。また、分解してしまうと維持できないので、使うたびに投影しなければならない。
さすがに二十年以上も共にあり、もはや体の一部と言っていいほどに馴染んだ半身である。他の宝具よりも負荷は少なく、重傷の士郎にも無理なく投影できた。

検査を受けるのは少々心配だが、蒼崎製の人形であるこの体なら、ばれる恐れはないだろう。
私の時も大丈夫だったのだ。その点に関して心配はいらないはずだ。
これで安静にしていれば大丈夫だろうが、この局面でアイツがいつまでも大人しくしているはずもない。
早めに決着をつけるのが望ましいか。


今、アースラを出た武装隊が時の庭園の制圧と、プレシアの確保に向かっている。
このまま何事もなく終わってくれるのが一番だが、これまでのプレシアの行動を考えると、そう上手くはいかないだろう。
母親が逮捕される瞬間などフェイトに見せない方がいいと思うのだが、フェイトは自身の意思でここに残っている。なのはが連れ出そうとしたが、頑として受け入れようとしない。
この結末を、見届けようというのだろう。

武装隊は問題なく制圧と確保に成功する。
そして、玉座の奥に通路があるのを発見し、そこに突入する。
『ぐぁーー!!?』
「私のアリシアに、近寄らないで!!」
通路に突入した者だけでなく、庭園内の全隊員を一瞬にして沈めたプレシアの声が響く。
リンディさんは大急ぎで、隊員たちの送還を命じる。
モニターに映っているのは、フェイトとよく似た少女が浮かぶ、巨大な試験管の様な物体だった。
あれは、まさか…………!!??

そんな私たちの驚愕を無視してプレシアが口を開く。
「たった八個のロストロギアでは、アルハザードにたどり着けるか分からないけど。
でも、もういいわ。これで終わりにする。
この子を亡くしてからの暗鬱な時間も、この子の身代わりの人形に、アリシアの記憶を与えて娘扱いをするのも、これで終わり。
聞いていて?  貴方の事よ、フェイト」
「なのは!! フェイトを連れて早く下がりなさい!!」
なのはにフェイトを連れて行かせようとするが、すでに遅い。
フェイトはもう、この映像を見て、プレシアの言葉を聞いてしまった。

まさか、こんな所に安置してあるとは思っていなかった。
あるとすれば、もっとも堅牢で奥深い場所にあると思っていた。こんなに早く発見することになるのは、完全に予想外だ。
少なくとも、プレシアを捕まえた後に確保することになると思っていた。
だからこそ、フェイトがこの場にいることを放置していたのだが、それが裏目に出た。
この子にだけは、知られてはならないことだったのに。
こんなことなら、甘い事を言っていないで無理矢理牢にでも閉じ込めておくべきだった。

「最初の事故の時にね、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの。
彼女が最後に行っていた研究は、使い魔を超える人造生命の精製…「プロジェクトF.A.T.E」。
そして…その、目的は……」
エイミィが、これまでの調査とリニスからの情報提供で分かったことを沈痛な声音で話す。
だが、最後の言葉は口にできないでいる。
それは、フェイトの命そのものを否定するのに等しい。言葉にすることをためらうのは、人として当然だ。

しかし、ここまで聞けば言わずともその先はわかる。
「プロジェクトF」とも呼ばれるこの研究が、フェイトを生みだし、そしてその名の由来。
まともに名前をつける気にすらならなかった、ということだろう。

逡巡するエイミィと違い、プレシアはその最後の言葉を何でもない事のように口にする。
やはり、プレシアはフェイトのことを人間としてすら見ていない。
「よく調べたわね。私の目的は、アリシアの蘇生、ただそれだけよ」
フェイトへと向けられる目には、嫌悪と侮蔑、そして憎悪が漲っている。

そんな目とは対照的に、語られる言葉からは感情が感じられない。
「でも駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は、所詮作り物……」
これが、この女がその研究の果てに至った答え。
ある意味当然であり、わかりきっている結果だ。
だからこそプレシアは、奇跡に縋ろうとしているのだろう。

死者の蘇生。確かに、そんなことを目指していたのでは根源にでも行くか、魔法を得るしかない。
だが……
「はぁ? 何を当たり前のことを言っているんだか。
 うまくいくはずないじゃないの。そんな魂の入っていない抜け殻なんかで。
 入れ物があっても中身がないんじゃ、望むものができるはずないでしょ」
私の呆れたような発言に、全員が驚いたような顔をする。
あんまりばらしていいことじゃないんだけど、この女は妙に気に障る。
やることなすこと、全て気にくわない。この女は、完膚なきまでに叩き潰さねば気が済まない。

それに、何を当然のことを言っているのか。
いくら出来のいい入れ物でも、それに入れるものがなければ意味はない。
そのまま放置していれば、別のものが入ってくるのは必定だ。
記憶とは所詮は記録にすぎない。確かにその人間を形作る重要な要素ではあるが、同じ記憶でもそれをどう感じどう解釈するかは人それぞれだ。その感性とでもいう部分は、記憶だけでは再現しきれない。
それはもっと根本的な「魂」の領域にかかわる部分だ。

それを無視している時点で、プレシアの試みは徒労でしかない。
「死者の蘇生には、無の否定、時間旅行、いずれかの魔法が絡んでくる。あとは、魂の物質化でも可能かもね。
 そのどれも使わずに、そもそも中身になる魂すらなくては、本末転倒もいいところよ。
 せめて魂だけでも確保してあれば、器に移しかえることもできたのにね」
そう、例えば私たちのように。まあ、本当はこれに私の目指す「並行世界の運営」も関わってくるのだけど、この人たちの前でそれを言うのはさすがに不味い。
なので、丁重に秘匿させていただくとしよう。

それに私も士郎も完全に死ぬ前に魂を確保し、それをこの体に移したからこそ、こうして第二の人生を生きることが出来ている。もし保存していたのが記憶だけだったら、こうもうまくはいかなかったでしょうね。
いくら同じ記憶があっても、人格や性格が異なってしまえば当然それは別人になる。
魂の概念を知らなくても、その程度のことには気づきそうなものだが、この女はそんなことにさえ気づかなかったのか。これでは程度が知れるというものだ。

「確かに根源の渦に至れば、それらを手に入れることもできるでしょうね。
 でもね、ここにきて確信したわ。アンタじゃ、どうやっても至れない。だってその器じゃないもの。
物事の本質すらも解せないアンタこそ、ただのできそこない」
挑発の意味も込めて肩を竦め、呆れたと言わんばかりのポーズを取る。
本物を知っている身として言わせてもらえば、どう見たってその器には見えない。
あの化け物と比べるのがそもそもの間違いといえばそれまでだが、こいつが目指すのはその化け物と同じ領域だ。
これに限っては、あの爺さんを基準しなければ意味がない。

それにこの女の場合、至る至らない以前の問題だしね。
「ま、それでなくてもここまで派手にやったんだから、世界はアンタを潰しにかかる。
どっちみち抑止力対策すらしていないんじゃ、失敗は確実ね」
そう。数多の魔術師を阻んできた抑止力の壁は甘くない。
ジュエルシードは正しく発動させようとすればするほどに、本来の使い方からは外れていく。
まったく、何のために願いをかなえるなんてカモフラージュがあると思っているんだか。
だからこいつは器じゃないというのだ。

いい加減我慢がならないのか、プレシアが語気を荒げて反論しようとするのを制する。
「あの少年にも言ったけど…「世界は何もしない? それこそ勘違いよ。世界は矛盾を嫌う。外側に至るなんて、その最たるもの。嫌がることをすれば、阻まれるのは当然ね。その程度のことさえ分からないから、アンタは三流なのよ」…くぅ!?」
プレシアの顔が屈辱に歪む。
こんな小娘に、自分のすべてともいえる研究や行いを全否定されては、当然の反応か。
そこへ、新たな闖入者が現れる。

「プレシア、もうやめてください。
 こんなことをしても、何も返ってなんかきません!」
声の方には、壁に手をつきながらやってきた士郎と、その肩にいる山猫形態のリニスだった。

プレシアとの通信回線が開いているのに気づいたみたいね。
まあ、これだけ大騒ぎをしていれば気づくのは当然か。
それにしても、動けるような体じゃないはずなのだが、また無理をしているわね、あの馬鹿(×2)。
士郎もまだまともに動けるほど回復していないのは明白だが、その目は何か言いたいことがあるようで、言っても聞きそうにない。
文句の一つも言ってやりたいが、無駄だということもわかる。仕方がないし、ここは見逃してやろう。
もちろん、後でちゃんと罰は与えるけどね。

「驚いたわね、リニス。あなたまだ生きていたの」
特に感情を感じさせない声でプレシアが言ってくる。
本当に驚いているのかさえ疑問だが、あるいは単にリニスには何の関心もないからかもしれない。

そんなプレシアの冷淡な反応を気にしないように努め、リニスは言葉を紡ぐ。
「……はい。恥を忍んで、こうしてしぶとく生きています。
 今ならまだ引き返せます。あなたは一人ではありません。まだ間に合うんです、だから…もう……」
最後の望みを託すように、リニスは必死でプレシアに訴える。

だが、そんな心からの希求は、冷徹な声で否定される。
「何を言っているのかしら? これが私のすべてよ。
 それ以外のことなんて、どうでもいいゴミ同然。私は取り戻す、私の過去とアリシアの未来を!!
 あなた達も失ってみればわかるわ。本当に大切なものを失えば、何を犠牲にしてでもそれを取り戻したいと、そう願わずにはいられない」
確かに、それは誰もが願わずにはいられないだろう願い。
理不尽に失ったものを取り戻したい、というのは誰もが持つであろうものだ。

だが、ここにそれを否定する者がいる。
「戯け! 死者は蘇らない。起きたことは戻せない。貴様の願いは、失われたものを否定する。
 失った悲しみも、大切な人の死を悼んだ時間も、その重みも痛みも全てウソになる。
 その痛みに耐え、悔いることこそが、失われたものへの鎮魂に他ならないということすらわからんか!」
士郎がボロボロの体でありながら、渾身の力でプレシアの願いを否定する。

そう、こいつは誰よりもそれを知っている。
街一つを焼き尽くした、大火災の生存者。
生き残るために多くの助けを求める声を振り払い、置き去りにしてきたからこそ、こいつの言葉は誰よりも重い。
自分のすべてに匹敵する程度では足りない。こいつはそこで、真実自己のすべてを失ったのだから。

「俺にも失ってきたもの、切り捨ててきたものがある。
 だからこそ、置き去りにしてきた物の為にも、そんなおかしな望みを……持つことは、できない」
声には苦渋がにじんでいる。
今まで犠牲にしてきたモノ、置き去りにしてきたモノ、そのすべてに対し頭を下げながら言葉を紡いでいる。
たとえその手に、それを可能とする「奇跡」があったとしても、衛宮士郎は決してそれを使わない。
これは、それを宣言する言葉でもある。

士郎の心の中で渦巻く感情が走る痛みが、僅かだけどパスから流れてくる。
その感情はどうしようもなく悲痛で、心に走る痛みの、何と狂おしいことか。
その痛みに耐えるように、私はいつの間にか胸に手をあてていた。
アイツだって、それを夢見なかったことがないわけではない。
だが、それを夢見てなお、衛宮士郎はそれを否定する。
それは、決してしてはならないことだから。なかったことにしてはならないものだから。

いつ以来だろうか、こんなにも激情を露わにする士郎は。
ここ数年は、心に渦巻く感情を表に出すことはほとんどなかった。

「貴様は、自分の身勝手な理想をフェイトとアリシアに押し付けている!!
 貴様がどれほどアリシアを理解しているかは知らない。
だが貴様の思い描くそれは、真に迫ることは出来ても本物には届かない。
どこまでいっても、貴様にとって都合のいい理想でしかない」
士郎の言っていることは正しい。
親子だろうが夫婦だろうが関係ない。他者を完全に理解しきることなんて、実際には不可能だ。
人間は、自分自身のことさえ理解しきれない生き物だ。それが、自分以外の者を一から十まで理解しきれるはずがない。だからこそ、相互理解は難しく、また尊いものなのだ。
気の遠くなるような時間を共有し、どれほど相手を理解したとしても、なお十分にはほど遠い。
なら、プレシアが思い描くアリシアは、必ずどこかで本物とは食い違う。
故に、それが本物になることはない。なると思っているのは、当人だけだ。

つまり、本物を直接引っ張ってこない限り、プレシアの望みがかなうことはない。
そして、その本物はすでにいない。
もしそれ以外でプレシアの満足のいくアリシアが生まれたとすれば、それはプレシアにとって都合のいいだけの、それこそただの人形だ。
この女の願望は、そもそもの根本が破綻している。

「そんな理想は妄想と同じだ。真実にはほど遠い。
そんな、愚かな理想を持ってしか生きられないと言うのなら……理想を抱いて、溺死しろ」
言いたいことはすべて言ったとばかりに、士郎はそこで崩れ落ちる。
本来なら到底動ける状態ではないのだから、多少回復していても当たり前だ。

それにしても、「理想を抱いて溺死しろ」か。こいつがこんなことを言うとはね。
あれは、こいつが一番嫌っていた言葉だったはずだが、それだけ腹に据えかねたと言うことなのだろう。

士郎の言葉でプレシアの時間が僅かに停止していたが、その時間が動き出す。
「……面白いことを言うのね。
 だったら、あなたの大切なその娘達を殺しても、まだそんなことが言えるのか、試してあげるわ」
そう宣言した顔には、今まで見せてこなかった殺意に満ちた表情があった。
おまけに、士郎ではなく私たちに向けてなかなかに気合の入った殺気をぶつけていく。
そして、そこで通信は切れた。

はあ、これは完全なとばっちりだ。だが望むところでもある。
いま動けるメンバーの中で、プレシアと渡り合えるのは私だけだろう。
それに先ほどプレシアの悲願を否定したことで、私が最優先の抹殺対象になっている。
なのはに向けられた殺気に比べ、私に向けられたそれは比較にならないほど、深く重いものだった。
こちらに集中してくれる分には都合がいい。
なのはもその対象にされているが、要はプレシアの前に出さなければ問題はない。

改めて後ろを見てみると、崩れ落ちた士郎とその肩のリニス、それに心神喪失状態のフェイトが運ばれていく。
フェイトの方は、あれだけ存在を全否定されたのだから無理もない。

だが、今すべき事はフェイトの精神的ケアではなく、プレシアを止めることだ。
なのはが心配そうにしているが、ここにいても仕方がない。
励ましも慰めも、すべてが終わった後でもできることだ。

ここからは総力戦だ。
プレシアの相手以外にもすることは幾らでもある。
クロノだけでなく、なのはやユーノも駆り出さなければならない。

クロノもそれがわかっているのだろう。
何も言わなくてもこの場から移動する。
だが、なのはたちはまだその場で立ち止まったままだ。
「なのは、ユーノ。いつまでもそうしていたって仕方がないでしょ。……行くわよ」
私もなのはたちを急かし、共にその後を追う。

そこへなのはが躊躇を見せる。
「でも、フェイトちゃんが……」
「優しいのはいいけどね、今はそれどころじゃないわ。フェイトの方は、後回しにしてもなんとでもなる。
 でも、プレシアの方は今すぐ何とかしないと手遅れになるわ」
冷たいようだが、今はフェイトを優先するわけにはいかない。
あの女は足りないとわかっていながら、それでもなお無理矢理目的を達成しようとしている。
それこそ、次元震が発生することも辞さないだろう。
時間に猶予はない。いま直ぐ止めに行かないと、本当に全てを失うことになる。

「それに、向こうにはアルフやリニス、士郎もいるわ。
アンタよりよっぽど付き合いが長いんだから、きっとうまくやれるわよ。信じて、任せてやりなさい」
なんだかんだ言っても、なのははフェイトのことをほとんど知らない。
知らないからこそ言ってやれることもあるが、よく知る者の言葉が効果的な可能性の方が高い。
どうせリニスと士郎は動けないのだ。アルフも主の元を離れようとはしないだろう。
だったらあいつらに任せて、今はすべきことをしなければならない。

ユーノもフェイトのことは心配なようだが、それでも優先すべきことはわかっているらしい。
なのはの肩に手を置いて、静かな声で先へ進むように促す。
「……なのは。凛たちと一緒に行こう。僕たちにもできることがあるはずだ。
 フェイトのことは、すべてが終わった後に出来る限りのことをしよう。僕も手伝うから」
「ユーノ君………………うん、わかった。今は、わたしたちにしなくちゃならないことをしよう」
ユーノ言葉にわずかな時間迷いを見せたが、無理矢理にでも納得したのか、意志を固めて一歩を踏み出す。
まだその声と顔には悲しそうな色があるが、それでも進むと決めた以上この子はちゃんとやれるだろう。
その程度の信頼ができるくらいには、この子を知っているつもりだ。
そうして私たち三人は、ゲートに向かって走り出す。


ゲートの前に着いた時、私たちを待っていたのかクロノがそこで立っていた。

武装隊が半壊滅状態である以上、猫の手も借りたい状況なのだろう。
本心では私たちを前線に出したくないとその表情が物語っているが、私たち抜きでは戦力が足りないのはわかりきっている。クロノもそのことには何も言わず、これからのことを話している。
すぐ後にはリンディさんも出てくるらしいが、それは次元震を抑えるのが目的だ。
プレシアの逮捕は、私たちの任務となる。

厳密にはプレシアの逮捕をする役と、時の庭園の駆動炉を封印する役、この二つがある。
そして、その役は今更論議するまでもなく決まっている。
クロノは納得いかないだろうが、それでもこれは動かしようがない。
他のだれかではどうしようもないが、私ならどうにかなるのだから。
「じゃ、私がプレシアの相手をするから、あなたたちは駆動炉の方を何とかしなさい」
簡潔に要点のみを口にする。
時間もない以上、無駄なことをしている暇はない。

そう考えての私の発言だったのだが、なのはやユーノは驚きクロノはくってかかる。
「何を言っているんだ!! プレシアの逮捕は僕がやる。君は、なのはたちと駆動炉の封印にあたれ」
一応民間人である私に、あまり危険なことをさせるわけにはいかないという配慮だが、そんなものに意味はない。
封印を手伝うと言っても、私にできるのは露払いくらいだ。

この場には私にしかできないことがあるのだから、それをするのが道理だ。
「ねぇ、クロノ。聞くけどアンタ、プレシアと戦闘になって勝てると思ってるの?」
私の言葉にクロノの顔が凍りつく。
こいつだって馬鹿じゃない。戦いになれば、どんな結果になるかとっくに想像できているはずだ。
それでも自分が行こうとするのは、私たちのことを慮ってのことか、それとも管理局の人間としての矜持だろうか。

どちらにしてもお優しく御立派なことだが、それは時と場合による。
事実は事実として突き付けなければならない。
「アンタだって、アレが大人しく捕まるなんて思ってはいないはずよ。なら、戦闘は避けられない。
その上乗り込むのは向こうの本拠地。地の利は向こうにあるんですもの、確実に待ちかまえているわ」
奇襲か不意打ちでもできれば別だが、地の利が向こうにある以上それはあまり期待できない。
おそらく、中に入ればこちらの動きは筒抜けになるだろう。
これでは奇襲のしようがない。むしろ罠の中に飛び込むのと同義とさえ言える。
どれだけ上手くいっても、正面きっての戦闘になればいい方だろう。

さらに、以前士郎が聞いたことが事実なら、真正面から戦うのはかなりのリスクと伴うことになる。
「挙句の果てに、向こうはジュエルシードを制御できるらしいしね。場合によっては、魔力の供給を受けることもできる可能性もあるわ。
それが可能なら、プレシアの魔力量は人の限界を超える。
無尽蔵に近い魔力の持ち主の相手が、アンタにできるのかしら?」
言われて、クロノの顔が苦渋に歪む。
分が悪いどころの話ではないことくらいは、分かっているのだろう。
どれほど高度な技術を持っていても、圧倒的物量の前では勝ち目はない。
ジュエルシードという反則に対抗できるのは、同等の反則を有する私だけだ。

「なら決まり。私にはプレシアに対抗する術がある。
クロノこそ、ユーノと一緒になのはのフォローに行きなさい。こっちは私が何とかするわ」
私一人で行くのには理由がある。
私なら拮抗するが、初期段階で別の人間がいれば、そいつを狙われると不利になる。
同等の反則を持つ者と戦うのだから、私にも他に気を回している余裕はないからだ。
正直クロノたちがいても、足手まといになる可能性が高い以上これしかない。

「もし自分の手で何とかしたいと思うなら、タイミングを計って奇襲してやりなさい。
 私なら対抗できるけど、捕まえるのは難しいし、それが一番確実ね」
ある程度戦いが続き、こちらに意識が集中してきたところで奇襲をかけてくれるのが一番いい。
他所に意識を向ける余裕がなくなれば、動きが筒抜けでもそれを把握することができなくなる。
そこで初めて、奇襲という選択肢が発生してくる。
つまり、私がその余裕を削ぎ落とし追い込もうというのだ。

クロノは僅かに逡巡するが、答えなど初めから決まっている。
「……わかった。本当に手があるのなら君に任せる。
 ただし、決して殺すなよ。目的は逮捕なんだからな」
以前私が出した殺意を思い出したのか、そんな心配をしてくる。
管理局としては、犯罪者に死なれては困るのだろう。
ちゃんと法の下で裁いて罪を償わせることこそ、管理局の存在意義であるのだから。

「わかってるわよ。保証はできないけど、手加減はしてあげる。
 駆動炉の封印が早く済めば、もしかしたら向こうも諦める気になるかもね」
正直言って、諦めるなんて到底思えない。だが、納得させるためにはこう言うほかない。
もしプレシアを止められるとしたら、それは私の言葉ではない。嫌悪ではあるが、唯一プレシアが関心を向けたフェイトの言葉でなければ無理だろう。それにしたところで一縷の希望があるだけだ。止まる可能性は皆無に近い。
フェイトが立ち直るか分からない以上、こちらに出来るのは腕尽くで拘束することだけだ。

出来れば殺すことは避けたい。下手に殺しなどしては、管理局にどんな目にあわされるか分からない。付け入る隙を作るわけにはいかないのだ。
だが、それもこちらが先に限界がくればその限りではない。本当にどうしようもなくなれば、殺すことも視野に入れている。
一応殺さないように加減はするが、それもどこまでできるか分からない。

私だけでプレシアの捕縛は、おそらくできない。そうである以上、なのはたちが早く来て奇襲をかけてくれなければ、それだけプレシア死亡の可能性(もちろん私のも)は上がっていく。
ここから先は今までのようなきれいな戦いではなく、血の匂いを纏う魔術師の殺し合いの場にもなりうる。
あの子たちが見るには、凄惨なものになるかもしれない。
できれば、あまりなのはには見て欲しくないと思ってしまう。
(まったく、こういうのを老婆心って言うのかな?)
そんな自分の思考に、思わず自嘲する。


  *  *  *  *  *


相談を終えた私たちはゲートを通り、庭園の門の前に立っている。
目の前には、プレシアが呼び出したやたらと大きい人形がウロウロしている。

圧倒的数の差に、なのはやユーノは怯んでいるようだ。
確かに数は多いが、質の方はそれほどでもなさそうだ。このメンバーなら、突破するのはそう難しいことじゃない。
だが、なのはたちの経験不足を考えると、勢いをつける意味も込めてここはちょっと派手に蹴散らした方がいいかな。

そう結論して、人形どもに意識を向ける。
「さて、いつまでもここにいても仕方がないし、さっさと行くわよ。
『Herausziehen(属性抽出)―――Konvergenz(収束),Multiplikation(相乗)』」
五指にはめられた宝石が輝きを放ち、その光は掌の中央、その一点に収束され光弾を作り上げる。

それだけでなく、逆の手に握っていた宝石を宙にばらまく。その数は七。
どれもまだそれほど多くの魔力が込められているわけではないし、石の質もたいしたことはない。事実、一つ一つの力は微々たるものだ。
だが、それでも数を揃えればそれなりの力になる。詠唱と共に込められていた魔力を解放し、その力も掌にある光弾に加える。

光弾は輝きを強め、その力は臨界に達する。
そして、溜めこんだ力を一気に解放する。
「『―――Rotten(穿て) Sie es aus(虹の咆哮)!!!』」

なのはのSLBにはさすがに及ばないが、これが魔導師たちで言うところの砲撃にあたるだろう。
あれに匹敵する威力を持たせようと思えば、年単位で魔力を貯めた宝石を使用するしかない。
今のはそれぞれが相関関係にある五大元素を、互いに干渉させ力を増幅して放ったもの。
その上で、禁呪とされる「相乗」まで行っているので、制御には細心の注意がいる。並みの術者では暴走させて当然の術式だが、私なら手を抜かない限りは問題ない。

七色の光を放つ閃光は一直線に門へと向かい、射線上にある全てを飲み込んでいく。
目の前にいたデカブツたちは粉々になり、道が開けそこを進む。

さあ、待っていなさい。今から本当の魔法の一端を見せてあげるわ。



Interlude

SIDE-士郎

医務室に運びこまれた俺とフェイト、それにリニス。
付き添ってきたアルフは、フェイトを心配そうに見つめている。

今のフェイトは、まさしく抜け殻のようだ。
今まですがってきた母親に、完全に捨てられたのだ。誰にも責めることはできない。
せめてこれだけは回避したかったが、結局は遅かったと言うことか。

俺に、フェイトの気持ちを分かってやることは、きっとできない。
俺もかつては自分のすべてを否定されたことがあるが、似たような状況でもその受け止め方はそれぞれだ。
俺は必死に否定し、フェイトは絶望した。強いとか弱いという問題ではない。位置づけだって違う。

だから、俺が言ってやれるのはこれだけだと思う。
「なぁ、フェイト。お前は俺の言葉を聞くのも嫌だろうけど、聞いてくれないか」
鞘を抱えたまま身を起し、フェイトの方を見て言葉を紡いでいく。

「………」
フェイトからの反応はない。
騙して、裏切った俺を許せるはずもないのだから、この場で罵倒されても仕方がないと思っていた。
しかし、それさえもないのが、かえって悲しい。

でも、せめて俺のような思いだけはしてほしくないから、このことを話す。
「俺には、姉がいたんだ。それを知ったのは親父の遺言を見つけた時だった。
 そこには、その人を救ってくれという親父の願いが書かれていた。
でも、俺にはそれを叶えてやることはできなかった」
俺がもし、魔術師としてそれなりの腕になったのであれば、ひらける仕組みになっていた小箱に入っていた遺言。
そこには、思ってもみないことが書かれていた。あの雪の少女、イリヤスフィールが切嗣の娘であるという事実。

だが、それを見つけるのはあまりに遅すぎた。見つけた時は、もう何もかもが手遅れだったのだ。
「俺は、その遺言を見つける前にその人に会っていた。
 でもその人は、俺の目の前で殺された。
間にあったかもしれないのに、あの時の俺にもう少し力があれば、救えたかもしれなかったのに!
 ろくに、言葉を交わすことさえできなかった」
英雄王の手で殺されそうになった時、俺は飛び出したが、結局間に合わなかった。

今なら、なぜ彼女が俺に対して執着していたのかわかる。
どれほど寂しかっただろう、どれだけ憎かっただろう。
自分のたった一人の肉親を奪っていった、俺のことが。
ついに、恨み言の一つも聞いてやれなかった、謝罪の言葉も伝えられなかった。
どれほど悔やんでも悔やみきれない。なぜあの時の俺はあんなにも弱く、この手は届かなかったのか。
あとほんの少しでも早くこの手を差し伸べていれば、あの人を救えたかもしれないのに。

だが、フェイトは違う。
フェイトの思いが、伝わることはないかもしれない。
もっと残酷な言葉や、現実が待っているかもしれない。
それでも、俺のように何もできなくて後悔するよりはきっといい。
プレシアはまだ生きていて、言葉と思いを伝えることができるのだから。

「フェイト、お前はまだ間に合う。今ならまだ、伝えることができる」
少なくとも、それをできないよりはきっといいから。
例えそれが、ただの自己満足でしかないとしても。

俺は立ち上がり、フェイトのベッドの横に立ちその手を握る。
どうか俺の言葉が届くように、そう願って手を取り言葉をかける。
「それにな、フェイト。
 お前が自分のことを何だと思っても、それはお前の自由だ。
だけど、少なくともフェイトは人形なんかじゃない」
さっきのような感情に任せての言葉ではなく、できる限り穏やかな声で告げる。
これは励ましや慰めではなく、ましてや同情からの言葉ではない。厳然たる事実だ。

「…………」
フェイトからの反応は、やはりない。
最愛の母から投げつけられた言葉と比べ、俺のそれがフェイトに与える影響なんて程度が知れている。
それが否定の言葉ともなればなおさらだ。
俺がなんと言ったところで、聞こえのいい綺麗事にしか聞こえないのだろう。

「プレシアは、フェイトを人形だと言った。アリシアの記憶を与えただけの、出来損ないの人形だと。
 だけど、それはおかしい。記憶と感情は別物だ。いくらフェイトの中にアリシアの記憶があったとしても、それがたとえどれほど幸せで優しい記憶であったとしても、今のフェイトがプレシアのことを好きな理由にはならない。
フェイトはどれほどプレシアから酷い目にあわされても、それでもなおプレシアのことが好きだったはずだ」
そう、フェイトはプレシアから酷い虐待を受けていた。
にもかかわらず、フェイトはプレシアを「喜ばせたい」と言った。
それは間違いなく、フェイト自身の心から零れた気持だったはずだ。
そうだ。フェイト・テスタロッサは「エミヤシロウ」と違って、自身から零れ落ちた想いでそれを願い、目指していた。

多かれ少なかれアリシアの記憶の影響はあるだろう。
確かに、フェイトがプレシアのことが好きだった要因にそれは深くかかわっているはずだ。
だが、植え付けられた記憶から端を発した想いとはいえ、それはあくまで原因でしかない。
あれほどの苦痛を受けても想い続けたということは、苦痛を上回るほどに想っていたと言う事だ。
元がアリシアの記憶でも、そこからそれほどまでに強い感情を生みだしたのはフェイト自身。
フェイトが受け継いだのは、あくまで「記憶」だけで「感情」までは継いでいないのだから。
ならばそれは、紛れもなくフェイトの心から零れ落ちたものだろう。

「自身から零れ落ちるものがあるのなら、それはフェイトが人形なんかじゃないことの証明だ。
 本当に人形だったのなら、そんなものが出てくるはずがないんだから。
だから、その記憶が借りモノだったとしても、零れ落ちた気持ちは本物だ。
 それはプレシアにも否定できない、紛れもないフェイトの中にある真実なんだ」
全てが借りモノだった俺と違い、フェイトのそれは偽物なんかじゃない。
あれほど純粋で綺麗な思いを、一体誰に偽物と断ずることができる。
そんなことは誰にもできないし、絶対にさせない。

そもそも俺たちだって、フェイトのことは言えない身だ。
今の俺や凛の体は、文字通り「人形」だ。それに、魂という得体のしれないものを定着させているだけにすぎない。これに、記憶を与えられたフェイトと何の違いがあろうか。どちらも見ることも触れることもできない、曖昧なものという点では共通している。
俺は自身を「衛宮士郎」と認識しているが、本当にそうなのだろうか。ただ「衛宮士郎」という人間の情報が宿っただけの、まったくの別人である可能性を否定する材料は、あまりに乏しい。

だが、それにいったい何の問題があるのだろう。俺が「あの時に死んだはずの衛宮士郎」でなかったとしても、ここに俺がいることは変わらない。
俺たちはすでに「そういう存在」なのだから、今更そこを思い悩んでも意味はない。
俺たちがこれからも生きていかなければならず、生きねばならない理由がある以上、事の真偽なんてどうでもいい。仮に全くの別人だったとしても、俺がこれからやっていくことに変化があるわけじゃない。今の俺が望むままに生きていくのだから、偽物でも本物でも結局は同じことだ。

それは過去に対しても言える。俺がこの体になってからしてきた事、フェイトが生まれてきてからしてきた事は、すべてが俺たち自身の意思でしてきた事だ。ならば、その行為と思いのすべては、俺たちだけのモノだ。
人形かどうかなんて問題じゃない。ここにいるのは、紛れもない「フェイト・テスタロッサ」という個人なんだ。
そのことを、何とかフェイト伝えたい。

「それにな、フェイト。
フェイトはプレシアのことが好きだったことが、間違っていたと思うか?
やり方の是非はあるけど、それでも今までの自分が抱いていた想いが、間違っていないと信じられるか?」
「っ……」
僅かに、フェイトからの反応があった。
間違っていたと思うのなら、こんな反応はしない。
それはつまり、あれほど拒絶された今でも、フェイトはプレシアのことが好きなのだろう。
そして、その想いが間違っているとは思っていないはずだ。

「それが信じられるのなら、胸を張れ。お前が歩んできた道のりは、誇っていいものだ。
それにプレシアの答えは悲しいものだけど、まだすべてが終わったわけじゃない。
報われないかもしれないけど、それをすることにはきっと、意味があるはずだ」
俺に言えるのはここまでだ。ここから先は、フェイトが自分で決めるしかない。
俺はフェイトの手を離し、ベッドに戻す。

抱えていた鞘を消し、そのまま扉を目指して一歩を踏み出す。
ある程度回復してきたし、これなら走る程度は何とかなる。
いつまでもここにはいられない。凛が心配だし、何か俺にもできることがあるかもしれない。
だから、俺は行く。もう、何もできなくて後悔するのは嫌だから。

「ちょ、士郎!? いくらなんでも無茶だよ」
アルフが止めようとするが、手で制して先に進む。

そこへ、制止とは違う声がかかる。
「待ってください……私も行きます。このままゲートまでいっても、きっと行かせてはくれませんよ。
 でも、私が転送すれば行けます。その代り、連れて行ってください」
リニスが苦しそうにうめきながら言ってくる。
こいつはまだ自力では動けないが、魔法を使うこと自体は可能だ。
当然体には相当な負担がかかるだろうが、それでも使用に指一本必要ない以上向こうに行くことはできる。
だからこその交換条件。リニスが道を作り、俺が足となる。

「できるのか?」
「多少無理をすれば、なんとか。それに、私には責任があります。
 すべてを押し付けた責任が。なら、最後を見届けなければなりませんから」
「多少」か、「思い切り」の間違いだろうに。まあ、俺も人のことは言えないがリニスも止めたところで聞かないだろうな。
それにリニスは、遠からずプレシアが死ぬことを知っている。
プレシアは病にむしばまれているらしいし、どのみちもう長くない。
殺されるのか、それとも死ぬのかはわからないが、それでも託した側のものとして責任を果たしに行くと言う。
ならば、それを否定することはできないな。

「わかった、頼む。ついでに道案内の方もな」
そうして、俺はリニスを肩に乗せ医務室の出口に向かう。

俺から言えることはもうない。あとは、フェイトが決めることだ。
「先に行くぞ。立ち上がれるなら追って来い。
その心に、まだ伝えたい想いがあるのなら」
どうか、フェイトが俺のような後悔に苛まれることのないように願って、言葉を残す。

俺の言葉に、フェイトからかすかに声が返ってくる。
「まだ……わたしのすべては何も始まっていない。…そうなのかな?」
今までのフェイトの生は、プレシアのためのものだ。
そういう意味で言えば、俺とフェイトは似ているのかもしれない。
俺は切嗣との誓い、フェイトはプレシアへの思い、それだけを支えに生きてきた。

「俺も、かつてはただ一つの誓いのために生きていた。
それを捨てたら、もう自分ではいられなくなると思っていたからだ。
でも、今はそれに区切りをつけて、やっと俺は、自分のために生きているんだと思う」
ある意味では似た者同士な生き方をしてきた先達として、いま新たに前に進もうとするフェイトに話す。
これが、一歩を踏み出す後押しになる様に。

それがいいことなのか、そうでないのかはわからない。あの生き方が、間違っていなかったという自負はある。
今でも、この生活は俺には不相応だという気持ちはある。幸せなのに苦しいなんて、全くつくづく歪んでいる。
それでも今の俺は、自分自身から零れ落ちた思いのために生きている。それもまた、間違ってはいないはずだ。

同様に、今までのフェイトが間違っていたというわけではないが、もうそれに縋っていくわけにはいかない。
だからここからは、別の生き方をしていくしかない。
「認めてもらえないかもしれないけど、それでも伝えたいことがあるから、わたしも行くよ。
 今までのことに、区切りをつけなきゃいけないから。このまま終わるなんて…いやだから」
一筋の涙と共に、フェイトはバルディッシュを抱きしめる。
そこにはさっきまでの表情がウソのように、覇気のある顔があった。
いつものフェイト、いや、それ以上の力強さを感じさせるその様子に安堵する。
大丈夫。結果はわからないが、少なくともフェイトは俺のようにはならないだろう。

「そうだな。一度ちゃんと終わらせないと、先には行けないものな」
俺が死を区切りにしたように、フェイトはプレシアに想いを伝えないと前には進めないのだろう。

そこでフェイトは、ずっと黙って見ていたアルフに顔を向ける。
「アルフ、また迷惑かけちゃうけど一緒に行ってくれる? 本当のわたしを始めるために」
その言葉に、アルフは泣きそうな顔で「当然だ」と答える。
主がこんなにもがんばって前に進もうとしているのに、情けないことは言っていられないのだろう。

「リニス、わたしも手伝うよ。みんなでやれば早いし、確実だから。
 それにシロウ。あとでシロウにも、たくさん文句を言うから、覚悟してね」
「ああ。文句くらい、後でいくらでも聞いてやるよ。じゃ、行くか」
バリアジャケットを纏ったフェイトが、笑いかけるように言ってくる。
本当はもっと嫌われるなり、侮蔑されるなりすると思ったのだが、そうでないのが少し嬉しい。
すべてが終わったら、もっといろいろ話をするのもいいかもしれないな。


  *  *  *  *  * 


「え、シロウはいかないの?」
時の庭園に転移した俺たちは、そこで別れることにする。

「いや、ちゃんと後を追っていくけどさ。俺よりもフェイトとアルフの方が早い。
 リニスを連れて先に行ってくれ。俺に合わせてると、間に合わないかもしれないからな」
凛は先ほど俺が運ばれる時に、あるものを俺の懐から持って行った。というか、強奪していった。
いきなり人の懐に手を突っ込み、その中を探すのはやめてもらえないだろうか。くすぐったいやら恥ずかしいやらで大変だった。せめて一言言ってくれれば自分で出し……はしなかったか。

アレが使われないに越したことはないのだ。正面から言われても、かなり渋ったと思う。そういう意味では、凛の判断は正しかったのかも。
そして、もしアレを使うことになれば、それで全てが決する。
凛だって面倒事はごめんなはずだからまず使うことはないだろうが、万が一ということがある。
そうなる前に、何としてもフェイトを行かせないと。

「わかった。先に行ってるから、無理しないでね」
心配そうにこちらを見ていたが、もっと優先させることがあるのでフェイトは飛んでいく。
俺もあまりゆっくりしていられない。場合によっては、宝具が必要になる可能性もある。
できる限り急がないと。

Interlude out



リニスから聞いていた隠し通路を使うことで、大幅に時間の削減ができた。
隠し部屋まで用意していたからには、このくらいはあると思っていたが案の定だった。
目の前には時の庭園の最下層、ここにプレシアがいる。
三流にはもったいないけど、こちらの秘奥を見せてやるとしよう。

最下層に入ると、予想通りプレシアが待ち構えていた。
「あら、どうやら待たせてしまったみたい。ごめんなさいね」
洞窟のような開けた空間には、プレシアと水槽に浮かぶアリシアによく似た空っぽの人形。

「それにしても、まだそんな人形を後生大事に持っているなんて、未練がましいわね」
特に意味があったわけではないのだが、思ったことを言ってやるといい感じに殺意が漲ってくる。

「私のアリシアを、あんなできそこないの人形と一緒にしないで!!
 私はアルハザードにたどり着いて、すべてを取り戻す……」
この女は、この期に及んでまだこんなことを言っているのか。
あれだけ無理であり、無意味だと言ったのにわからないのだろうか。それとも…わかりたくないのか。

まぁ、どちらでも構わない。やることは同じだ。
私は士郎と違って、自分と関わりのないところで起こった不幸に心を痛めることなんてできないし、する気もない。こいつの「これまで」には同情してもいいが、それはこの際関係ない。
私にとってのプレシアは同情すべき相手ではなく、こちらに迷惑をかける邪魔モノだ。そんな相手に便宜を尽くしてやるほど、私はお人好しではない。向こうも、私のことを邪魔モノと認識しているだろう。
ならば、すでに私たちは敵同士。かわすべきは言葉ではなく、もっと殺意のこもった攻撃であるべきだ。

私は外套の懐に忍ばせてある、礼装のうちのひとつを左手に取り開放する。
左腕に刻み込まれた魔術刻印が発光し、礼装の発動を今か今かと待っている。
「ありがたく思いなさい。
これはあなたごときが目にするには過ぎたものだけど、冥土の土産と思ってその目に焼き付けなさい。
本当の魔法ってものをね!!」
この場で殺すつもりは一応ないが、リニスの話ではどうせプレシアはもう長くない。
だったら、そう間違った言葉でもないだろう。

私の手にある、とても剣としての機能を果たせるとは思えない代物を見て、プレシアがあざける。
「そんなもので、一体何ができると言うのかしら。
 一片の魔力すらない、そんなできそこないの剣で。
そもそも、私に近づいて斬りつけることもできないわ。
化けの皮が剥がれたわね。このまま、一瞬のうちに消えなさい!」
プレシアの手には膨大な魔力がほとばしっている。
やはり、ジュエルシードからの魔力供給を受けているらしい。

上等! それなら条件は対等だ。思う存分にやるとしよう。

プレシアの手に圧縮された魔力が解放され、桁外れの威力を持った雷撃が襲いかかる。さすがに、こんなものを受けるなんて私にはできないので、全速力で離脱する。
それと同時に外套の能力を発現させる。
「『Nähern Sie sich nicht(不可視の幕が) von einer Grenze(凶弾を逸らす)』」
詠唱と共に、私の体の周囲に特殊な力場が出来上がる。
プレシアから放たれる雷撃は範囲が広く、完全には回避しきれない。だが、当たりそうな雷撃も外套から発生する力場に触れそうなところで突如向きを変え、見当違いのところに当たる。
正確に言えば、これは力場ではなく「歪み」だ。自分の周囲の空間を歪め、近づくものを逸らしている。

この外套は防御用だが、これまでの研究の成果を惜しむことなく注いでいる。
第二魔法は、空間干渉系の究極だ。これに手をかければ、この程度の効果を発生させる礼装を作るのは難しいことではない。
物理的・魔術的な防御力もかなりのものだが、これこそが私の外套の本領だ。
本当なら、これほどの威力がある攻撃を完全に逸らすのは無理だ。だが、当たりそうだったのが中心部分から外れた余波であり、上手く角度をつけてやれば比較的に用意だ。

そこへ、詠唱と共に剣を振るう。
「『Es last frei.(開放、)Werkzung(斬撃)!』」
無色だった刀身は七色に輝き、その中心から桁外れの魔力を提供する。

私は供給された魔力を剣に乗せ、一切の加工をせず力任せに放つ。
すると、開放された魔力は光を放ち、辺りをまばゆいばかりの黄金で照らしあげる。

「な!?」
驚きの声はプレシアのもの。
先ほどまで、何の魔力も感じさせなかった剣から発せられる膨大な魔力と、自分に向けて放たれる攻撃に驚愕する。
聞いていたとおり、実戦慣れしていないわね。
研究畑の人間だったらしいし、戦闘経験そのものがないのだろう。
素人では、わかっていても攻撃されれば僅かに怯む。それがこれほどの魔力となれば、この反応は当然だ。

それを迎撃するために、瞬時にジュエルシードから引き出した魔力を放つ。
ろくにタメも加工もする暇すらなく、向こうもただ力任せに魔力を放つ。
それだけでもかなりな威力だが、ギリギリのところで自分に迫る極光を相殺する。

あの驚きようからすると、今のがあの一瞬で出せる威力の上限なのだろう。
咄嗟に放った以上、相殺するのに必要な最低限の威力を持たせる、なんていう細かい制御をしていたとは思えない。
そして、その上限でもってやっと相殺ができるのなら、この先も拮抗することになる。

ただ厄介なのは、ほとんど加工する暇さえ与えていないはずなのに、しっかり電撃を帯びている事だ。
先天的な魔力変換資質持ちは、無意識レベルで変換できると聞いてはいた。だが、魔力を行使すると自然に電気に変換できるとはね。
ただの魔力の塊ならそれほどではないが、電気を帯びているとなると少しまずいかな。少し当たるだけでも、電撃の影響で動きが鈍くなる可能性がある。そうなれば、私の負けは確実だ。
可能な限りすべての攻撃を完全に相殺していくか、多少大げさなくらいによけるのが無難だろう。

突然の出来事に一瞬驚いたようだが、問題なく相殺できたことで、その驚きも消える。
だが、そこへさらなる攻撃を加える。
「ほら、ボーっとしている暇はないわよ。
『Gebuhr, zweihaunder(次、接続)――――Es last frei.(解放、)Eilesalve(一斉射撃)!!』」
先ほどとは違った、幾筋かの光条が襲いかかる。
それをまたロクに細かい制御をすることもなく、けれどしっかり電撃を帯びた魔力の塊で撃ち落とす。
反撃の隙を与えず、たたみかけるようにさらなる攻撃を加えていく。

(ま、これも防がれるんだろうけど、やっぱり瞬間的な放出量ならこっちが有利みたいね。
最大火力では勝ち目はないけど、これなら問題なく撃ち合える。
問題なのは、私の方が先にへばる可能性だけど、病人相手なら大丈夫かな。貯蔵に関しちゃ負けはないし)
案の定、私が仕掛ける攻撃はことごとく防がれる。だが、向こうからの反撃も防げないと言うほどのモノではない。
撃ち合いは、タメなしの早打ちの様相を呈している。
当然、交わされる攻撃を作り上げる術式は、かなり大雑把な編まれ方をしている。

本当は魔術師らしく、同じように宝石剣を使うにしても、もっと精緻に術を編んでの攻撃がしたいところだ。だが、ちゃんとした魔術として運用しようとすると、礼装の指輪に魔力を通したり、丁寧に術を編んだりしなければならないのでその分手間がかかる。
ここではそれが命取りになる。万人に向けての技術である「魔法」は、その分術式の効率化が図られているようで、こちらよりも出が早い。
だからこうして、宝石剣から力任せに魔力を叩きつけているのだ。

受け身になってはいけないし、向こうにタメや精密な加工、制御をする時間を与えてもいけない。
リンカーコアは貯蔵と最大出力に長けているから、全力攻撃などされては勝ち目がない。
だが、このまま単純な力比べをしていれば、かなりの時間拮抗する。

むしろ相手が病に侵され、体力が減退していることを考えれば、こちらの方が有利とも言える。
腕の筋肉が断線していくのはきついが、それより先に向こうが潰れる可能性が高い。
プレシアが万全だったらと思うと、ゾッとするわね。
もしリニスからの情報がなかったら、別の手を講じていたかもしれない。
でも、このまま主導権を握っていれば、最後に立っているのは私だ。


「そんな……ありえない…」
プレシアからそんなつぶやきが聞こえたかと思うと、幾条かの雷光が放たれる。
威力はそれほどでもないが、数が多いのが厄介ではある。

しかし戦闘経験が少ないせいか、それとも構成が荒かったのか、ねらいは甘く当たりそうなものだけ撃ち落とす。
もう幾度目になるのかさえ、数えるのが億劫になってきた。
すでに互いに撃ち合って、五十合を超えているのは確実だ。

今度は、四十本に及ぶ雷光が放たれる。
「…また大盤振る舞いね。もう少し節約することを考えみたら?
 さっきから使っている魔力量の総和は、並みの魔導師の数十人分に相当するってのに……。
 管理局の連中が知ったら卒倒するんじゃないかしら?
『Es wird beauftragt(次弾装填)――――Es last frei.(解放、)Eilesalve(一斉射撃)!』」
こちらも同じ数の閃光をぶつけ、相殺する。

呆れたように言ってやると、向こうがいらだたしげに返してくる。
「それをすべて斬り伏せる、あなたは一体何者なのかしら!
 ジュエルシードから引き出している魔力は、もはや無尽蔵とも言えるレベルよ。
あなたの貯蔵なんて、すずめの涙ほどにもならないのに。
 あなたは、とうに限界を超えているはずよ。一体どうやって……」
プレシアの声には焦りがにじんでいる。
こちらの限界はすぐに来て、そうして終わると思っていたのに、その当ては外れ今なお撃ち合っている。
私の限界がわからないのが、焦りの原因なのだろう。

「私の今の魔力は、あなたとは比べ物にならない。
 そう何度も相殺なんてできるはずがない。なのに……どうして」
先ほどまでとは違う、数より威力を重視した雷の砲撃が放たれる。
威力重視といっても、瞬間的にかき集めた魔力をより合わせただけのものだ。

ならば、こちらも同様に魔力を束ねて迎撃する。
「『Es wird beauftragt(次弾装填)――――Licht versammelt sich(収束),Alle Befreiung!!(一斉解放!!)』
どうしても何も、純粋な力勝負をしているだけよ。
 あなたの電撃を、私の魔力で打ち消しているだけ。その程度見てわかるでしょ?
 ああ、一度の量だったら私たちに大差はないわ。だから相殺できるんだけどね。
 それにこっちもこう見えて飛び道具だからね、無理に近づく必要もないわ」
別に攻撃そのものは特別なことはしていない。
特別なのは、その源泉からの引き出し方なのだから。

「その剣ね。でもそれには、さっきまで全く魔力はなかった。
 おそらくは、増幅機のようなものなのかしら」
信じられない光景に焦るのは勝手だが、あまり的外れなことは言わないでほしい。
こっちのやる気がなえるというものだ。

「残念、はずれよ。こいつにそんな機能はないわ。
 これはね、私の家に伝わる宝石剣で、ゼルレッチって言うの」
およそ、こちら側の魔導師たちには聞き覚えのない名前だろう。実際、わけがわからないと言わんばかりに不思議そうな顔をしている。
むこうで出せば、それだけで卒倒ものなんだけどな。

「いいことを教えてあげる。私たち魔術師はね、大気中の魔力を汲みあげて自分の力として使用できるの。
 私が自分の貯蔵を超える魔力を行使できるのは、そのせいね」
これでは全体の半分程度しか話していないが、知らない人間からすればそれだけでも驚愕ものらしく、プレシアは愕然とした顔になるが直ぐに立て直す。そういえば、ユーノ達も初めて知った時は驚いていたっけ。
魔導師的には、相当驚くべき技術なのだろう。

どうやら、一個人の貯蔵量と大気に満ちる魔力量の違いくらいはわかるらしい。
「…いいえ、たとえそうでもありえない。
大気中の魔力量がどれほど膨大でも、そんなもの既に使い切っているはずよ。
増幅しているのでないとすれば、あなたは、もっと別のどこかから魔力の供給を受けているはず」
ふむ、その程度のことには頭が回るようだ。
もしこれさえもわからなかったら、種明かしをする気もなかったんだけどね。

言葉を交わしながらも、互いに攻撃の手を休めない。
フェイトのフォトンランサーに似た、魔力球から幾度も魔弾が放たれる。まあ数は比較にならず、魔力球は約五十。まったく面倒な攻撃をしてくれる。力任せの砲撃の方が、こっちは楽なのだが。

それに対し一つ一つを迎撃するのではなく、魔力を一気に解放し薙ぎ払う。
「『Eins,(接続、)zwei,(解放、)―――――― Hohe(力の) Wellen!(波濤!)』」
解放された魔力は、津波のように魔弾を飲み込んでいく。

撃ち漏らしがないのを確認し、改めて口を開く。
「正解よ。この場に満ちる魔力はそれなりだけど、それでも数度の供給で使い切ったわ。
それじゃ、後が続かない。
 でもね、もしここにもう一つ『同じ場所』があったら、対抗できる回数がもう数回増えることになると思わない?」
こちらをあり得ないものを見るような眼で見てくる。
当然だ。魔法とは不可能を可能とする、奇跡のことなのだから。

「もうひとつ? 一体何を言って…………?
 っ………! その歪みは、ジュエルシードのモノと同じ――――――まさか貴方!?」
言っている意味がわからなかったのか、途中まではいぶかしむ様な声音で私の言葉を反芻していた。
だが言葉の途中で、その顔に驚愕が現れる。
さすがに私の言っている意味まではわかっていないようだ。だが、それでもジュエルシードと酷似した歪みがあるだけで、何らかの反則をしていることに気付くには十分だろう。

ジュエルシードを制御しているこいつならば、それによって生まれる歪みと私の剣から生じる歪みが似ていることに気がつくのは当然だ。むしろ、気付かない方が鈍すぎる。
どちらも世界に向けて孔を開けるもの。ならば、その方向性に違いはあっても類似する点は確かに存在する。

合格よ。それに気付けたのなら本当のところを教えてあげる。
「ええ、察しの通りよ。こいつはある意味、ジュエルシードのお仲間ね」
その言葉に、プレシアの驚愕が増す。
そんなモノをこんな小娘が持っていて、その上完全に制御しているとなれば当然の反応だ。

「けど勘違いしないでね。私のはそんな無駄に増えた魔力じゃないわ。
こいつはね、無限に連なる並行世界に向かって、人も通れない小さな孔を穿つだけの代物。
 私はあくまで、並列して存在するここから魔力を拝借しているだけ」
そう、そんな馬鹿みないに肥大した魔力なんて持っていても、一度に運用できる量には限界がある。
その瞬間に使えなかった分は、無駄であり宝の持ち腐れでしかない。
たしかに、より長くそのレベルの術を維持できるだろう。
だが、それならば別に常にその量を維持する必要はない。その都度、必要量をかき集めれば事足りる。
むしろ、こちらの方がよっぽどスマートだ。

「私はね、合わせ鏡に映った無限の並行世界から魔力を集めて、力任せに斬り払っているだけよ。
つまり、あなたが無尽蔵だと言うのなら、私は無制限ってこと!!」
区切ると共に、貯め込んだ魔力を放つ。それは光りの津波となってプレシアを襲う。

今まで考えたこともないようなことを言われ、プレシアの動きが鈍っている。
慌てて障壁を展開し、何とか防ぎきる。
「くっ!? 並行世界なんて、そんなあるかどうかもわからないものから、本当に……」
五つの魔法は、この世界の破格の技術を持ってしてもいまだ至れない領域だ。
存在さえ不確かなものを出され、明らかに動揺している。

一応並行世界が存在する可能性に関しては、こちらでも議論の対象になっているらしい。だが、それはあくまで可能性を論じているにすぎない。
私のように、実際にそこへむけて何らかの干渉をする方法を彼らは持たないのだから、存在を確かめることもできない。
そうである以上、今目の前で起こっていることを信じるのは簡単ではないだろう。

同時にできた隙を狙い、宝石剣を振るい大威力攻撃を放つ。
「『Eins,(接続、)zwei,(解放、)RandVerschwinden(大斬撃)――――!』
ありえない、なんて言葉は聞きたくないわ。
 私がアンタと撃ち合っていられるのが、何よりの証拠よ。現実を認めなさい。
 それに、これはアンタが目指す先にあるモノでもあるんだから」
魔法とは根源に至る道であり、逆に根源から魔法を持ち帰ることもできると言われている。
どちらが先かは、卵と鶏の問答でしかないのだろう。

プレシアが捕まれば、今この場で私が話したことも管理局側に知られることになる。
だが、連行する時にでも魔術的に口封じをすれば問題ない。
ここには今、私の他になのはとクロノしかいない。捕まったプレシアに接触する機会は、十分にある。
その時ならば悲願も潰え、心も折れているだろう。それならば、強制(ギアス)の一つもかけるのは容易い。

私の放つ光の断層を雷属性の砲撃で相殺し、疑問を投げかけてくる。
「……あなたは、アルハザードに至ったと言うの?」
アルハザード、それがこちらで言うところの根源の呼び名なのだろうか。
先ほどまでと違って、その目には驚愕ではなく、希望が写っている。

そういえば、さっきクロノも言っていたが、それはこちらではおとぎ話でしかないらしく、不確かなものへの不安もあったのかもしれない。
まあ、アルハザードと根源の渦が同じモノという証拠はないし、もしかしたら違う可能性だってある。
ただ、どちらも複数のジュエルシードを最大レベルで発動させることでいきつける可能性が出てくる以上、同じものを指している可能性は十分にある。
だったら、別に断言してもいいだろう。どうせこの女は行き着けないのだ。
同じでも違っていても変わらない。少しくらいは夢を見せてやろう。

「私は別に至ってはいないわ。私は単に、魔法のまねごとをしているだけよ。
でも、それがあることだけは保証してあげる」
私が手にしているのは、あくまでも一端にすぎない。
大師父のように自由にわたることも、アサシンのような多重次元屈折現象を起こすこともできない。
できることはただ一つ。向こう側に向かって、魔力がかろうじて通れる程度の穴を開けるだけ。
それだけで拮抗するのだから、魔法がどれだけ飛びぬけているかわかるというものだ。

私が一度に放てる魔力は、この女の瞬間放出量よりも上回っている。そうでなくては、この均衡がそもそもあり得ない。
リンカーコアは、貯蔵できる分に比べて一度に体外に出せる量がそう多くはない。だが、魔術回路は一度にかなりの量を外に出すことができる。
一度に扱える魔力量となると話は違ってくるが、ここでは関係ないので無視していい。というか、溜めありでの力比べになれば負けは確実なのだから、それをさせないのが前提だ。

とにかく、リンカーコアはタンクが大きいくせに蛇口が小さいのだ。魔術回路はその逆で、タンクは大きくないがその代わりに蛇口が大きいと言ったところ。ある意味、消費が激しいとも言える。
今の私が放っている量は、瞬間最大放出量の八割強。ここがプレシアの限界ラインなのだろう。

全開で放ったとしても、比較的タメの短いディバインバスターの幾らか上といったところだ。
簡単な術式に乗せ、単純に魔力を放っているだけなので攻撃自体のレベルはそう高くない。
当然「虹の咆哮」のような増幅もされていないので、純粋な威力ではそれにはかなり劣る。
それでも最大出力で使えば、プレシアを圧倒するには十分。

つまり私は、いつでもプレシアを殺せるということになる。こっちの魔術には、非殺傷なんて優しい仕様はない。この均衡をこちらから打ち破るというのは、プレシアを殺すのと同義だ。
本来ならあと腐れないようにすぐにでもケリをつけたいのだが、今回はそういうわけにもいかない。

プレシアの注意は、もう私にしか向いていない。ここで他の連中が来れば、すぐにでも確保できる。
殺してしまえば、管理局に後で何を言われるかわかったものではない。あまり目をつけられたくないのが本音だ。
ここは連中の顔を立てた方がいい。だからこうして、らしくもない足止めをしている。

「『Es last frei.(解放、)Eilesalve(一斉射撃)!!!』」
とはいえ、手を抜いて隙を見せれば、その瞬間に蒸発されかねない。
向こうに一瞬でもタメをする時間を与えれば、それだけでこちらの最大火力を凌駕することもできるのだ。
プレシアも非殺傷設定をしていないのは明白。確認したわけではないが、この殺気がすべてを物語っている。
余裕に見えて、実のところかなりの綱渡りをしている。息つく暇のない攻防こそが、この均衡を保つ唯一の方法であり、数少ない私に勝機のある状況でもある。


そんな、お互いにとってギリギリのところでの攻防が繰り返されている。
迫りくるプレシアの雷光を切り払って次弾を装填しようとするところで、最後の役者がやってきた。

互いに撃ち合っているうちに天井に開けた穴から、フェイトがアルフとリニスを伴って下りてくる。
プレシアもそれに気付いたようで、一時その手が止まる。

私たちの動きが止まったことを確認し、フェイトが口を開く。
「…母さん、あなたに言いたいことが有ってきました」
その口から出たのは、拒絶されても変わらない、親愛の情を感じさせる声だった。
プレシアは、先ほどまでの戦闘でだいぶ体力を消耗したらしく、杖をついて何とか体を支えている。
フェイトが来なくても、あと三合と持たなかったかもしれない。
その点でいえば、絶好のタイミングとも言える。

「あなたの言うとおり、わたしはただの人形なのかもしれない。
 それでも、わたしはあなたに産み出してもらった、育ててもらった、あなたの娘です!
 あなたさえ望むなら、わたしはどこまでもあなたと共にいて、あなたを守ります。
わたしがあなたの娘だからじゃない。あなたが……わたしの母さんだから」
フェイトは力強く、真摯な言葉で告げる。

まったく、こんないい娘を持ったというのに、何が不満だったのか。
アリシアに固執していなければ、それなりに幸せな、新たな生きがいをえられたかもしれないのに。
…いや、それこそ本末転倒か。そもそも、アリシアに固執していたからこそ、フェイトが生み出されたのだ。それを否定すると、フェイトの誕生すらなくなる。
なんと言うか、本当に複雑ね、この親子は…。

しかし、その言葉はプレシアの嘲笑とともに拒まれる。
「あははは……!! 今更あなたを娘と思えとでも?
 ……くだらない。言ったはずよ。私の娘はアリシアだけ、人形になんて、用はないわ」
差し出された手に何の未練もなく、それを拒絶する。
もう長くないせいか、それとも長年固執してきたせいか、どうも思考が固まっている印象がある。
もう、ほかの考え方ができなくなっているように感じる。

「でもね、フェイト。私は今、初めてあなたに感謝しているのよ」
そこで、これまで聞いたことのない優しさを含んだ声を、プレシアが発する。
フェイトの言葉に、何か心動かされるものがあったのだろうか。

「え!?」
その声に、フェイトがわずかに身を乗り出して反応する。
もしかしたら、自分の思いを受け止めてくれるかもしれないと思ったのだろう。
しかし、多分それは違う。この女はもう止まれない。
だが万が一の可能性はある以上、その結果が出るまで動くわけにはいかない。

そして、私の悪い方の予想はやはり当たっていた。
「あなたのおかげで、やっと準備が整ったわ。
 その子と撃ち合っていたせいで、最大値での発動をさせる準備ができなかったのだけど。
 今の時間で、それも可能になったわ。ありがとうフェイト。人形にしては上出来よ。
 だから、あなたはもういらない。その子と一緒に、消えなさい!」
その言葉と共に、プレシアの手にこれまでと桁違いの魔力がほとばしる。
ジュエルシードの最大発動とは別に、私たちへの攻撃のための魔力を貯めていたのだ。
その威力は、SLBさえも遥かに上回る。

私の最大火力でも相殺は無理。それにこの様子だと広範囲への攻撃みたいだし、回避もできそうにない。
まあ、プレシアが準備を始めた段階でわかっていたことだ。
このあたりを満たす使用済みの魔力に紛れ込ませて上手く隠していたと思っているようだが、こと隠すことに関して私たち魔術師は魔導師よりずっと上だ。当然、隠しているものを見つけるのにも長ける。
一見すれば絶対絶命だが、この状況を打開する手はある。だからこそ、気づいていたのに放っておいたのだ。
これは、私にとってもチャンスなのだから。

プレシアは自分で自分の運命を決定させた。
今のフェイトの言葉が最後のチャンスだったのに、この女はそれを自ら捨てた。
自分から止まることのできる最後のラインを越えてしまった以上、力ずくで止めるしかなくなった。

プレシアが極大の一撃を用意してくれたおかげで、やっとこの戦いを終わらせられそうだ。
本来、私が直接力ずくでやれば殺してしまう可能性が高いが、他の誰かではそもそも止められない。当然私がやるしかない。
だが、管理局の眼の前で殺人をするのはリスクが高すぎるので、これは避けたい。
ではどうするか。簡単だ。私の攻撃が危ないというのなら、プレシア自身の自滅を誘えばいい。

「確かにたいした魔力ね。でもそこまでの量になってくると、制御も大変なんじゃない?
 ちょっとでもバランスが崩れれば自滅するわよ」
そう、魔力の量が多くなれば確かに威力は上がる。だが、それに比例して制御も困難になる。
さすがにこの女が制御を誤るなんてことは期待していないが、こっちからバランスを崩してやれば簡単にケリがつく。

幸いなことに、プレシアの防御陣は今も健在だ。
いや、むしろ邪魔をさせないために自分の周囲を先ほどまでよりもずっと固い守りで覆っている。
あまり防御魔法の類は得意ではないとリニスから聞いていたが、あれだけの魔力を使って力任せに守りを固めれば苦手でも相当なモノになる。
だが、それこそ私にとって都合がいい。

今プレシアが使おうとしている魔法は魔力量こそ膨大だが、その量ゆえに構成が粗く、形を保つので精一杯だ。
あれなら少し穴を開けることができれば、そのまま一気に崩壊する。並みの攻撃では飲み込まれてしまうが、絞りに絞った針の一刺しなら貫通できる。
そうなれば風船が破裂するようにして、全方位に対して魔力が解放されるだろう。それが私のねらいだ。

プレシアの動きに気付いた段階で、こっちもそのための準備は進めていた。
宝石剣から供給した魔力を切っ先に集中させ、プレシアが撃ち出すと同時に一気に貫く。
穴があけばそこから崩れていき、漏れる魔力の余波によって周囲のモノは吹き飛ばされる。

だが、それは明確な目的を持たないただの解放にすぎない。
術式に載せて使われるのに比べれば、周囲に与える影響はずっと少ない。
プレシアはその余波をもろに受けることになるが、あの固い守りがその大半を受け切ってくれるはずだ。
さすがに無傷とはいかないだろうし、あれだけの魔力を受ければ間違いなく昏倒する。
これが唯一、私が自力でプレシアと生け捕りにする方法だ。いや、我ながらかなり荒っぽいわね。

プレシアが魔法を発動させるタイミングを見計らい、放った直後を狙い撃つ。
近すぎてれば意味がないし、離れ過ぎていても決定打にはならない。そのギリギリに合わせる。
全く、こんなことは本来士郎の領分なんだけどな。狙い撃ちは苦手だし、ましてやこんな風にタイミングを合わせるとなれば尚更だ。
とはいえ、これしかないのだから仕方がない。

そう考えながらプレシアの動きに注意を向け宝石剣を握る手に力を込めていると、自分の周りに魔力の発動を感じる。
それと同時に、プレシアの方から言葉が発せられる。
「何を狙っているのか知らないけれど、迂闊過ぎるわね。
 ここは私の庭よ。トラップの一つくらい、あるとは思わなかったのかしら?」
「………え? あ!? しまっ……」
気付いた時にはすでに手遅れ。
私の足元には紫色の魔法陣が浮かび上がり、そこから伸びた同色の光の縄が左腕に絡みつく。
そのまま腕を締め上げ、完全に拘束される。

おそらくはバインドの一種。
あらかじめ設置しておくタイプで、術の構築も魔力を貯める必要もない、ただ発動させるだけで事足りる代物。
撃ち合っている間、特にそんなものは使われなかったのですっかり失念していた。
こんなところで呪いが発動するなんて……私のバカ~~!!
この展開を心配していたからこそ、あの時士郎は何もせずに戻ってきたのに、思いっきり台無しにしてしまった。

左腕はビクともしないし、これでは狙いをつけることができない。
御丁寧に、いつの間にか両足も拘束されている。
右腕だけは、ギリギリのところで礼装を発動させたおかげで何とか自由に動かせる。
だが宝石剣を右手に持ち変えようにも、手がそちらまで届かない。左腕の手首も拘束されているので、放ることさえできない。

「万策尽きたようね。
 安心なさい。せめて、安らかに死なせてあげるわ……」
ああ、確かにあんなモノを受けたら痛みを感じる前に粉々だろう。
本当に、なんでここぞというところで凡ミスかますかなぁ、私。
よく見ると、フェイトたちも拘束されている。
私と同じで虚をつかれたようだ。これでは解放してもらうのを期待することはできない。

だが、右手が無事だったのがせめてもの救いか。
「フェイト、悪いけど手詰まりよ。このままだと最悪の事態になるし、何より私たちは、ここで殺される。
 だから、その前に私がプレシアを殺す」
こんな状態で言っても格好がつかないけど、ここで殺されてやるわけにはいかない。
士郎から預かってきた物が役に立つ。

できれば使いたくなかったし、リンカーコア相手にどれだけの効果があるかわからないけど、理論上は問題ないはずだ。
後でクロノたちに何を言われるかわからないし、殺人の罪で拘束されるかもしれないが、正当防衛ということで言い張るしかない。
殺されては、文句を聞くことさえできないのだから。

自由な右手を懐に入れ、今の私が持つには大きすぎる代物を取りだす。
あまり使いなれているとは言えないものだが、ねらいをつけるくらいはできる。
プレシアは、ジュエルシードの制御とこちらへの攻撃で、すでに臨界近い力を使っている。
ちゃんと効果があるのなら、確実にしとめられる。

子どもの体で持つには重すぎる銃を何とか右手だけで支え、狙いをつける。
「さようなら、プレシア・テスタロッサ」
その言葉と共に、引き金を引く。

そうして轟音と共に、必殺の魔弾が撃ちだされた。





あとがき

とりあえず、士郎が宝石剣をまがりなりにも投影で来た事の補足をしようと思います。
HFでアーチャーの腕を利用していましたが、アーチャーの知識を用いても宝石剣を理解できないという内容がありました。そこで、宝石剣の投影そのものは士郎が自力で成功させたが、士郎だけでは投影の構成が甘い旨が本編中よく出ていたので、そのあたりの甘さをアーチャーの腕で補強したのではないかと解釈しています。今回もHF同様、ギリギリの中で自身の本質(固有結界)を知っていたことやアーチャーとの剣戟の中で流れてきた知識や経験・記憶の助けもあってそれなりの精度の宝石剣の投影に成功したとお考えください。ただそれでも、直接腕の力を借りられたのに比べればその精度ははるかに劣ります。
こんな感じで納得していただけるでしょうか。

「虹の咆哮」は凛の礼装である指輪の最大用法で、五つの属性を干渉させたうえで純粋な魔力の塊にして放ったとお考えください。今回はそれに加えて、通常の宝石も用いて補強させているので、軽くディバインバスター以上の威力になっています。SLBに匹敵する威力を出そうとすれば、年単位で魔力を貯めた宝石が必要となります。なのはの砲撃の威力がこの先も向上することを考えれば、現状はこのあたりが妥当だと思います。

起源弾の方は以前感想でお返事しましたが、製造はともかく使用に際しては特に切嗣かその関係者ではなくても大丈夫と解釈しているので、別に凛が使うのもありだと思います。だって、魔術回路や刻印を起動していたり、詠唱をしていたりする描写もないですから。概念武装としての面も持つらしいので、大丈夫なはず。

最後の礼装である外套ですが、これは第二魔法の研究から生まれた副産物です。第二魔法は、空間干渉系の極致のようなモノですし、その研究を進めていけば通常空間に干渉する術式などには事欠かないと思います。この外套はその機能を発現させた時に、周囲の空間を歪めて攻撃などを逸らすことができます。外見的には像が歪んで見えるので、一種の蜃気楼や陽炎じみた様子をイメージするとよろしいかと。もちろんある程度以上の攻撃ならこの歪みを超えることもできますが、上手く角度をつけてやればより効果的に攻撃を逸らすことができます。同時に対物理および対魔術にもかなりの防御力を持っているので、たとえ歪みを突破されても大ダメージは受けにくいというかなり優秀な防御用礼装です。

問題なのは、凛が色々情報を漏らし過ぎなことですかね。
わかってはいるのですが、並行世界の運営以外は凛もよく知りませんし、別にバラしたところでたいして問題はないでしょう。少なくとも他の魔法や、根源の渦及び抑止力のことは知られたところで凛にデメリットはないはず。

最後まで悩んだのが第二魔法の説明を出すかどうかで、結局宝石剣を使うわけですし、別にいいかなと結論しました。それにいい加減少しヒントを出さないと、預言の対象と推察させられなくなりますからね。あとは、次元世界の管理にさえ人手不足で四苦八苦している管理局にとって、並行世界の運営は貴重ではあっても有用なモノではないので、そのあたりに油断があったというのもあります。
実際は、非常に重要な情報なんですけどね。凛はまだそのこと知りませんから。
プレシアのあまり考えへのあまりの反感から「うっかり」言ってしまったということで一つご勘弁を……。いや、こんな都合よく使うようなものじゃないんですけどね。

それにしても17話、解説が長くて多い! それも今更なものばかり。
それ以外もありますが、結構割合が大きいんですよね。
早めに出せるようにするので、無印最終話しばしお待ちください。


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