第16話 激突、黒尽くめと陸士部隊!?
「さて、管理局が待ち伏せしていたから引き返したとなるとこれから先、舐められるかそれとも内部犯を疑われて動きにくくなるだろうと思って来てみたはいいが…」
『まさに蟻の子一匹通さないといった様式ですね、ご主人様。』
森に覆われた、いかにも後ろめたいことがありますといわんばかりの怪しい場所に作られた施設、その周辺を管理局の制服を着た人間が囲み、人員が配置されていない所にはサーチャーが展開され、まさにクロウが言ったとおり誰も通さず、誰も逃がさないといった様相を晒している。
『それで、どうします?』
「言うまでも無い。機械やサーチャーは誤魔化しにくいが、人間の目なんて単純なものだからな。サーチャーの反応が一番薄いところを気配を消して堂々と突破するさ。
幸い、破らなければいけない囲みは森の中に展開されているからな。その中で気配を消した俺を補足するなんてそれこそ俺が今回置いた保険くらいだ。
とりあえず、いつも通り頼むぞ、クロウ。」
『分かりました。任せてください、ご主人様。』
右眼を覗かせるだけで他は全て隠れた頭巾のせいで全貌を見ることはかなわないが、クロウの返答を聞いて一瞬雰囲気を和らげると黒尽くめはその場から姿を消した。
数十分後、黒尽くめは誰にも見つかることなく施設への侵入を果たしていた。
『…ご主人様、実際に見つからなかったことはいいことなのでしょうし、色々やっている私が心配するのはお門違いかもしれませんが、これだけ簡単に進入を許してしまうというのは組織の部隊としてどうなんでしょう…?』
「それは今更だろう。確かに進入している俺達が言う言葉じゃないし、こういう言い方はしたくは無いが管理局の連中は基本的に魔法を絶対視しすぎているきらいがあるからな。これくらいやった方が後々良い方に進むんじゃないのか?」
施設に侵入して既に大半の局員を気絶させている黒尽くめは本来の目標である中心部へと向かう。
「(目標発見…クロウ)」
『(はい………完了しました。いけますよ、ご主人様。)』
途中、施設の研究者ではなく外にいる部隊と同じ制服を着た管理局員を発見する度に黒尽くめはそれらを無力化していく。
無力化した数が十を越えた辺りで黒尽くめは目的の部屋に到着した。
「(中には…一人? 他に気配が無いということは施設の全体に広く人員を配置したな。俺達を甘く見すぎだと思うが…)」
『(ですが、恐らく中にいるのはフェイト・T・ハラオウン執務官でしょう。彼女のデバイスはインテリジェンスなので今までどおりには出来ませんし、高ランク魔導師なのでご主人様も大変ですよ?)』
「(外なら兎も角この狭い空間で俺が負けるとでも? しかも相手は【俺】の戦いは初めて見るはずだぞ。)」
『(失言でしたね。
ですが、扉を開ければ気付かれますし、ここで機会を窺っても最初に昏倒させた魔導師が見つかったら面倒なことになりますよ?)』
「…………」
クロウの言葉に無言で返し、黒尽くめは扉の向かいの壁に対してクロウを振るう。
音も無く何度か振るうと、その結果を見る前に扉の横で気配を消す。直後、クロウを振るわれた壁が手前にずれ、音を立てて倒れた。
音を聞きつけたのか、中から金髪で黒いバリアジャケットを着た少女、フェイトが出てきた。
少しの間周囲を警戒していたフェイトだったが、誰もいないことに戸惑い、警戒を少し解く。
「誰も…いない? バルディッシュ、近くに生体反応は?」
『中に一人。貴女と入れ替わりに入った男性がいますが…』
「え…?」
その言葉にフェイトは一瞬呆けるが、すぐに我に返って部屋の中に戻る。そこには、黒いバリアジャケットで全身を包んだ男がコンソールを操作している姿が見えた。
「あなたは…」
「む、思ったより遅かったな。もう少し早いかと思って急いでいたが…」
フェイトが声を出すと同時に黒尽くめはコンソールを消しフェイトに唯一露出している右眼を向ける。
「その姿…あなたが【蜘蛛】ですか?」
「【蜘蛛】?」
「…………あれ?」
黒尽くめの反応にフェイトも首をかしげる。何と言うか本当に知らない様子なので戸惑ってしまう。
(クク、こいつの反応は面白いな)
《悪趣味ですよご主人様。確かに誰かに名乗ったわけではないのでその対応は間違ってはいませんが、毎回残している傷痕に【吾は面影糸を巣と張る蜘蛛】って書いてるじゃありませんか》
「えっと、最近管理局の施設が襲撃されているんですが…あなたと同じ外見らしいんです。更に襲撃した後の施設の壁面に蜘蛛のような図形とそれを示すような言葉が刻まれているんですけど、何か知りませんか?」
「ん…ああ、俺のことか。俺って【蜘蛛】って呼ばれているのか?」
「っ!? やっぱりあなたのことなんですね! C級次元指名手配犯【蜘蛛】、管理局施設襲撃の罪で逮捕します。武装解除を。」
「なにやらそちらは自己完結できたようだが、俺がその要望に応えると思うか?」
「聞かないのであれば強制的にでも……え?」
フェイトがそう言うと共に黒尽くめの姿が消える。フェイトが戸惑っているとバルディッシュから警告の声があがる。
『左です!』
「え…きゃぁ!?」
その声にフェイトは咄嗟に反応できたが、完全にかわすことは出来なかった。
「ふむ、反応は悪くない。が、半端に反応できる辺り余計なダメージを負うことになる。クロウ!」
「その程度…バルディッシュ!」
黒尽くめの声と同時に手にした短刀、クロウから赤黒い魔力球がフェイトに向かって奔る。フェイトはバルディッシュでその球を迎撃すると殆ど手応えを感じさせること無くその球は弾けた。
それに違和感を感じながらもフェイトは黒尽くめに対して攻撃を仕掛ける。
「プラズマランサー…ファイア!」
撃ち出された魔力弾は黒尽くめに襲い掛かるが黒尽くめは大きく後退すると壁に背を預け、プラズマランサーが命中する直前に天井まで跳び上がって回避した。
当然、プラズマランサーは壁に直撃してしまうが、フェイトは追撃の手を緩めず、すぐに黒尽くめに向かって飛び掛った。
「このっ!」
「無策に突っ込んできても……ん?」
黒尽くめは空中でフェイトを迎撃しようとしていたが、すぐに違和感を感じ、壁を蹴って前方に身を投げ出し、突っ込んでくるフェイトの頭上を飛び越えた。
その数瞬後黒尽くめがいたところを通過していく幾筋かの金色の閃光。黒尽くめはその正体を瞬時に把握する。
その正体であるプラズマランサーはそのまま天井に突き刺さるがそれでも尚消えることなく、天井から抜けたあともその場に浮遊していた。
「先ほどのアレか…誘導機能は兎も角、壁や天井に直撃させても消えないとはな…」
「(直前まで気付いてなかったみたいだから絶対に当たったと思ったのに、あの反応…この人強い…でも、わざわざ壁を蹴って退避したって言うことは飛行魔法は使えないってことかな…ううん、思い込みは危険だ。)
ターン…バルディシュ、プラズマランサーを維持したままフォトンランサー・ファランクスシフト。出来る?」
『やって見せましょう』
黒尽くめの軽口に付き合わずフェイトは心の中で黒尽くめの強さを痛感していた。自分が突っ込んで意識をこちらに向けさせた上に完全に死角である真下からの攻撃に対応した以上、不意をつくことは難しいと考え攻撃方法を変える。
「おいおい、流石に地下でその威力の魔力弾をその数撃ったら危なくないか?(…成程、先ほどの不意打ち臭い攻撃が当たらなかったら物量攻撃か…その考えは理解できるが流石にこれ以上時間をかけると面倒だな…それに、さっきの布石もこの状況だと意味は無い、か)」
フェイトの周囲に浮かぶ大量のスフィアと天井の方から自分の方を向いているプラズマランサーを見て冷や汗をかく黒尽くめ(とは言えその風貌のせいでフェイトに伝わることは無かったが)。
「一応ですが、ここが崩れないギリギリの威力には絞ってあります。ですが、危ないのは確かですので最後にもう一度言います。武装を解除して投降してください。」
「投降するのもそれを喰らうのも勘弁だな。
クロウ!」
『了解しました。』
黒尽くめの言葉と共に撃ちだされる魔力弾、フェイトは一瞬それに対して警戒したが向かっているのが何もない地面だったので警戒を解いてしまった。
そして対象に当たる音も魔力弾がはじける音もせずに静かに地面に沈んだのを見てフェイトは怪訝な顔になる。
「何を…!?」
言葉を発する瞬間、壁に亀裂が入る。
「さて、少し急所を外したから崩れるまでは後十分といった所か…今のうちに逃げた方がいいんじゃないか?」
「そんな…ですが、十分もの時間があればこの魔法で貴方を無力化するには十分です。ここが崩れても転移なり地上まで天井を撃ちぬくなりすれば…」
「クク、俺はここに来るまでに見かけた局員には気絶してもらったからな、ここの崩落に巻き込まれれば命は無いぞ。その魔法がここの崩落に止めを刺すならば尚更な。」
「なっ!? バルディッシュ!」
『通信に反応なし。デバイスが破壊されているか、気絶しているかのどちらかと思われます。配置した場所に生命反応はありますが』
黒尽くめの言葉に驚愕し、バルディッシュに確認を取るが、黒尽くめの言葉が正しいことが証明されただけ。焦っている所にエスリンからの念話が届く。
『テスタロッサ! 先ほどの通信はどういうことだなど聞きたいことはあるが、いきなり建物が崩れ始めたのだが何が起こった!?』
『エスリン?』
目の前の黒尽くめのことに完全に意識が固定されていたせいで連絡を怠っていたフェイトにエスリンの念話が入ることで安堵の表情が浮かぶ。
『sir…』
「ゴメン、バルディッシュ後にして。」『今私の目の前に【蜘蛛】が居るの。【蜘蛛】が言うには後十分くらいでこの建物は崩壊するって…私達以外の皆は意識を失くしてるみたい…全員を転移させるのにどれくらいかかる?』
『…全員の現在の座標と転移先の座標を固定させるためにおよそ五分。その間私は集中しなければいけないからそちらの応援には行けないぞ。』
『充分! 皆をお願い!』
念話を終えて意識を完全に黒尽くめのほうに向けようとしたフェイトだったが、黒尽くめの姿は無かった。
「あれ? バルディッシュ、【蜘蛛】は?」
『【蜘蛛】ならば先ほど貴女がエスリン殿と念話をし始めた瞬間に撤退しました。後にしてとのことでしたので一応魔力反応をトレースした後、待っていたのですが…』
「それなら…」
『既に魔力反応はロストしました。魔力を完全に隠蔽できる技能を持っている可能性がありますが、兎に角【蜘蛛】を逃がしてしまいました。』
「そっか…なら私達も全力で撤退。【蜘蛛】の魔力は記録してる?」
『はい。』
「うん、それなら大丈夫。また次に会った時に捕まえよう。」
バルディッシュの回答にフェイトはこれから【蜘蛛】に追いつくのは難しいと判断、撤退準備に入る。
『はやて。』
『フェイトちゃん! 大丈夫やった!?』
『うん、でも【蜘蛛】は逃がしちゃった…』
『…入るときも出るときも一切魔力反応は無い…か。今回は私達の完敗やね。』
『でもバルディッシュが魔力の波長を記録してるから一応一歩前進だよ。あ、あと、十…ううん、考えてた時間を合わせると多分あと五、六分くらいでこの建物崩れるみたい。他の局員はエスリンが転移させてくれるみたいだし、私もこれから地上に戻るね。』
そこまで話してフェイトは念話を切ると出口に向かう。
その部屋から出たところでフェイトは目の前の壁に刻まれた蜘蛛の傷痕とメッセージを見つけた。
【吾ハ昏キ夜ニ舞ウ蜘蛛 捕ラエルツモリナラバ覚悟セヨ】
「ねえ、バルディッシュ…私、こんなに近くでこんなのが書かれてたのに気付かなかったんだね…」
『私もあの部屋から【蜘蛛】が出た時点でロストしましたから気づきませんでした。』
「次は捕まえないとね…」
フェイトは覚悟を新たにし、外に向かった。
あとがき
まずはおよそ四ヶ月の更新停止、その上生存報告すらしなかったこと、本当に申し訳ありませんでした!
投稿している場所が学校の図書館なので全裸でジャンピング土下座は出来なかったものの、家で書いている間は延々と正座で書いていました。
今回、フェイト対蜘蛛だったのですが、途中で放った魔力弾も何もないまま終了…ちゃんと考えてはいたのですが、戦闘が長引いた場合、エスリンがやってきたり、局員の応援がやってきたり、蜘蛛を脱出させる手段が浮かばなくなりそうだったのでここで切りました。
まあ、一番の理由はここで戦闘を長引かせると要らないことまで喋らせてしまいそうだったせいなんですが…
そして一番悩んだのがエスリンのフェイトに対する呼び方。フェイトと呼ぶには若干違和感があり、テスタロッサではシグナムと被った時に面倒…ハラオウンならこの場面では違和感は少なかったのですが、知り合った時点ではまだフェイト・テスタロッサであったのでこっちの呼び名に慣れているというのには話の流れ的に違和感が…というわけでシグナムと被りますがテスタロッサと言うことで…StS辺りではフェイトと呼ばせておきたいですがね。
さて、今回の話で黒尽くめの名前が【蜘蛛】に固定されることになります。そこで質問です。【】はつけたままのほうがいいですか? 無くてもいいならば消しますが…
これまでの言い訳は前回の生存報告にある程度書いているので割愛します。最後にお待たせして本当に申し訳ありませんでした。