顔の右半分をターバンで覆った不気味な男。災いを招く男、ネルガル。
数百年前に大賢者アトスと共に理想郷を発見し、竜の知識から『エーギル』という生命エネルギーを操る術を得ると、再三のアトスの忠告を無視してエーギルの研究に没頭する。最終的にアトスと神竜によって瀕死の重傷を負わされ、理想郷を去った。
そんな男が彼女を殺さなかったのは、ただの気紛れだった。
『ソーニャ、この娘、魔道の素質があるようだ。育ててみろ』
ネルガルは孤児の少女を拾い、ソーニャに押し付けたのである。
その後、少女はネルガルの部下ソーニャの連れ子として黒い牙に入った。
義賊集団、黒い牙。そこで少女は白狼ロイド・リーダス、狂犬ライナス・リーダス兄弟、首領ブレンダンの側近ヤン、疾風ラガルトたちと親交を結ぶ。
だが、黒い牙は少女の母親が首領ブレンダンの妻となった頃から殺戮集団に変貌。
ネルガルの野望の駒と化し、大半の構成員が命を落とした。
少女を可愛がったリーダス兄弟も――。
『泣くな、ニノ。おまえは前を向いて生きろ。俺を倒して、前に進むんだ』
ロイドは死した弟ライナスの仇を討つためエリウッドたちと対峙する。しかし、ロイドの顔は復讐に凝り固まったものではなかった。かつてのように、優しく微笑んでいた。泣きじゃくる少女に言葉をかけて、この世を去った。
そして、ネルガルの野望が露に消え、膨大な屍を築き上げた事件の幕が下りると、少女は自分を殺せなかった暗殺者と旅に出る。だが、黒い牙の残党には賞金がかけられた。彼女たちには常に追手が付きまとった。
【第6章・第4話】
……気に入らないな。
ナーシェンはベッドで寝息を立てているニノを見て、疲れた溜息を吐き出した。
烈火時代の主人公たちのやり方が、どうも肌に馴染まないのである。
――頑張ってベルンを倒してくれ、息子よ。私は病気だから無理っす。というエリウッド。十五歳の息子にすべてを任せて引きこもり。多分、ロイが負けたら『息子が勝手にベルンに刃向かったんですよ』と言って家を残す腹なのだろう。
――お爺様が死んじゃった。屋敷の居心地は悪いし、草原に帰ろっと。というリン。残される民のことなんて、どうでもいいんですね、わかります。って、貴族なら最低限の責務ぐらい全うしやがれと。
――兄上の志を継いで頑張るぜー、お、キアラン領に領主がいないじゃん、吸収だぜ。というヘクトル。友人なら故郷に戻ろうとするリンを引きとめろと言うに。こんなことをやって、リキアの諸侯がどう思うのかわかっているのだろうか。不安に思うだろうが。
そして、エリウッドやヘクトルの権力なら、ニノとジャファルぐらい保護できただろうに。
「まぁ、今はそんなことは関係ないか」
山賊退治に向かったカレルがバアトルとフィルに出合ったことも驚きだったが、それより先にジードが女性を連れて戻って来たことが一番の驚きだった。
ナーシェンはすぐに近くの教会に竜騎士を飛ばして、神官を拉致させた。ライブの杖は屋敷に常備しているが、それを使うことのできる者がいないのだ。神官は最初は不機嫌だったが、金貨の袋を渡されると、顔をほくほくさせて杖を振っていた。ナーシェンは呆れ果てた。神様とやらは神の信者ではなく金の亡者に救いの力を貸してやるらしい。
しかし、モルフだと……?
たしか、ニノとジャファルは黒い牙の残党にかけられた賞金を狙う、いわゆる賞金稼ぎに追われていたはずだ。ニノとジャファルの支援をAにしていなければ、エンディングの後日談でニノが『エリウッドの“好意”で領内の村に住ませて貰った』と表示されるのだが。
「カレルが嘘を言っているとは思えん。……きな臭いな」
ナーシェンが顎に手を置いて思案していると、屋敷の庭から雷光のような大声が轟いた。
「秘剣オトリヨセー! アーッ!」
「何なんですか、その出鱈目な剣術は!」
ナーシェンは溜息を吐いた。
「何をやってるんだ、あの馬鹿共は……」
その馬鹿の筆頭が言うべき言葉ではないのだが。
―――
屋敷に到着したフィルは、まずカレルの住居に向かった。使用人たちから道順を聞きながら屋敷を目指すと、そこに道場があった。中から気合の入った声が聞こえてくる。それは気声というよりも奇声。そんな感じの声だった。
「ヒッテンミツルギスタイル! コガラシー!」「ゆうべのロース、売れんかいな!」「ノーパンスタイリスト、ファーッ!」「ガトチュ・エロスタイル!」「強○パウダー!」「あと二歩でセッ○ス!」「オニワバンシキコダチー! 回転剣舞、ろっくっれ~ん!」
そこは、異界だった。
「何なんですか、その出鱈目な剣術は!」
咄嗟にそう叫んでしまったとしても、フィルに非はないだろう。
キワミの剣士たちが少女に振り向いた。その目が獲物を見つけた猟犬のようにギラリと輝いた。
「ちょっと待て!」「彼女は俺たちが先に目を付けていたんだぜ!」
「横取りなんて卑怯な真似、やらねえよな?」
「さあ、フィル殿。こんな変態どもの巣窟からは離れるに限ります」
フィルの背後をストーカーのように尾行していた竜騎士たちが、女性を守る騎士道精神から……もとい光源氏よろしく煩悩まみれの思惑を持って立ちはだかったのである。
ちなみに、竜騎士には出会いがない。大抵の騎士は政略結婚で結ばれるのだが、そのお膳立ては親がやってくれるのである。騎士の家同士の婚姻である。
だが、ブラミモンド家の竜騎士の若者は孤児上がりの者が多かった。
そして、騎士の親は、庶民上がりの者に娘をやりたくないと考える。
要領のいい者は貴族の娘を口説き落としたり、さっさと庶民の娘と結婚したりするのだが、飛竜の世話のために毎朝早くに起きて、訓練の疲れで日が暮れるとベッドにダイブする生活を送っている竜騎士に女を口説く余裕はない。一般の騎士たちが夜の街に遊びに行くのを、臍を噛んで見守るしかないのである。
そんな竜騎士たちの目は、思いっきり血走っていた。
「あ、いや……その……すいません!」
フィルはくるりと反転して、竜騎士たちから逃げ出した。
「あっ、どこに行くんだ!」
「はははっ、逃げられてやんの」
「おのれ、貴様らの所為だぞ!」
「知るかよ、貴様らは飛竜と○ァックしていればいいんだ」
「くっ、しかし貴様らの言葉に付き合っている暇はない。追うぞ!」
「待て! 見たところ彼女は剣士のようだ」
「あの少女は俺たちと剣の“修行”をするために此処にやってきたのだ!」
「そんな妄言、聞く耳は持たん!」
獲物が逃げ出したことを覚えている者は、この中にはいない。
―――
ジードは槍を構えた。仲間の竜騎士が投げた手槍を、刺客のひとりは回避して、そのまま斬りかかった。横合いからジードが槍を払って、腰からナーシェンから授かった『光の剣』を抜いて手傷を負わせ、集団で囲んでようやく仕留められたのである。
……強かった。
しかし、上空からの奇襲で潰れた刺客に、もっと強い者がいたかもしれない。もしかしたら、自分たちが全滅していた恐れもある。
アサシンとはそのようなものだ。油断していると、一撃で死ぬ。
ジードは愚直に槍を突き出し、振り下ろし、払う。全身に汗がにじむ。息が上がり始める。それでも、ひたすら同じ動作を繰り返す。身体に染み付いても、その動作をさらに磨き上げる。
「はぁ、はぁ……怖ろしい目にあった……」
「おや、君は……?」
そんなジードの集中を乱すかのように、視界に乱入したのは、先刻この屋敷に連れてきた少女だった。
サカの民らしいが、サカ地方の衣服(ナーシェンに言わせると、着物とチャイナドレスを混ぜたよくわからない服)を着ていない。それでも、顔付きでサカの民だとわかる。
「ジード殿ですか。先ほどは助かりました」
「何のことだ?」
「ああ、これではわかりませんね。追手を倒してくれて感謝します、ということです」
ジードは「ああ……」と納得した。ジードにとっては自分のできる範囲、かつ手の届く範囲だったから手助けしただけなので、感謝される言われはない――というつもりだった。
「騎士とは主君に尽くすものだ」
「……………?」
唐突に話を振られたフィルは若干の戸惑いに首を傾げている。
「そして、騎士とは民に尽くすものだ」
「……それは」
ほとんどの者が理解していない騎士のあり方だった。
「俺たちは民の労働を搾り取っている。言い換えるなら、命を搾り取っていると言えるだろうな。だから、俺たちは民に尽くすんだ。せめて、搾り取った分は返せるように。もっとも、これは我が主君の受け売りだがな」
要するに、気恥ずかしかったのである。
ジードは面と向かって感謝されたことがなかったため、ぶっきら棒に「礼はいらん」と言っているのだった。
「領内の民の生活を脅かす輩は、俺たちブラミモンドの騎士たちが退治する。君たちを追っていた物騒な輩を退治するのも、俺たちの仕事だ。だから、気にするな」
竜騎士の明るいノリに付いて行けず、斜に構えて皮肉な笑みを浮かべているようなひねくれ者。それが竜騎士ジードだった。
そんなひねくれ者に、フィルは花のような笑みを向けた。
「それは、すばらしい考えですね!」
「ああ、いや……」
素直に感動している少女に、ジードは赤面するしかなかった。