ナーシェサンドリアでは、ひっ捕らえられた罪人は番所の地下牢に放り込まれ、尋問などの取り調べを受けることになる。それと並行して被害者および目撃者からの事情聴取、現場の調査が行われ、それから領主ナーシェンの所に突き出されることになる。
このような調査は手間がかかり、ナーシェンの持っている衛兵だけでは数が足りないので、ナーシェンは商人から有志で金を出させて、街の治安維持部隊を組織した。自警団に毛が生えたようなものだが、これは警察組織である。
「で、次は?」
「豪商ラッセルの娘を拉致し、身代金を強請った不届き者です。娘を拉致する際に使用人二人を殺害。娘はこいつに強姦され、心身ともに大きな傷を負っています。元々こいつはラッセルのところで奉公していた丁稚なんですが、ちょっとしたヘマをして暇を出され、それを恨んでの犯行のようですね」
「酌量の余地なし。百叩きの刑、拷問刑、一等犯罪者の焼き鏝を押して領外追放」
ナーシェンは肘掛に手を付いて、淡々と言い放った。引き出された罪人が絶望に身を震わせる。
「おっ、お許しを! これじゃ死んでしまう!」
「なに、運が良ければ生き残るさ。お前は痩せてるから無理かもしれないけど」
領主裁判は二週間に一度の頻度で開かれている。民衆からの直訴などの民事裁判を手っ取り早く裁いていくと、犯罪者に罰を与える刑事裁判がやって来る。裁判制度が確立していないこの世界では、弁護人は不在である。
ちなみに百叩きの刑とは鉄の棒で背中を百回打たれる刑。きちんと歯を食い縛れば、生き残る者は生き残る。なので傭兵や騎士上がりの罪人には二百回を言い渡すこともある。
「んで、次は?」
「領内東部、ユーラ村で八歳の少女を強姦した者です。その……している最中に、村人に発見され、自警団にひっ捕らえられました。この男は村では人格者として尊敬されている鍛冶師で、愛妻家としても有名です。もっとも、もうその村で仕事はできないでしょうが」
「処刑……と言いたいところだが、拷問刑。あと、三等犯罪者の焼き鏝を押しておけ」
「かしこまりました」
拷問刑とは……敵兵を拷問することに生き甲斐を見出してしまった兵士が、魔槍ゲイボルグ(木の棒)で罪人のケツをいたぶる刑である。ナーシェンは女性を強姦した者すべてに、この刑を課すことにしている。犯される思いを味わってみやがれ、ということだ。
そして、領外追放とは、もう二度と領内に入ってくるなという刑である。両手の甲と肩あたりに、犯罪者としての証明書――『焼き鏝』を押されることになる。これを破って領内に戻ってきたら、今度こそ処刑されることになる。
ナーシェンは溜息を吐いた。
「で、次は?」
「傭兵仲間と分け前をもめ合い、ついに仲間を殺してしまった者です。殺してしまう気はなかったそうです。被疑者は犯行前に酒を飲んでおり、正気を失っていたと考えられます」
「二百叩き、二等犯罪者の焼き鏝、領外追放」
「御意。ほら、さっさと刑台に乗れ!」
刑罰は、すべてナーシェンの主観によって施行される。人を裁くという重みに、当初は押し潰されそうになったほどだ。部下にすべて丸投げする領主もいるようだが、ナーシェンはこの仕事を他人に押し付ける気にはなれなかった。
裁判は、まだ終わりそうにない。
【第6章・第2話】
フィルが納屋に入ると、カレルが怪我をした女性の手当をしていた。緑色の髪を肩先あたりまで伸ばした女性である。……巨乳だった。
「父上、この方は?」
「昔の知り合いだ。フィル、彼女はカレル殿に任せよう。周囲の警戒を怠らんようにな。彼女に手傷を負わせた者が、どこぞに隠れているかもしれん」
「はい」
バアトルはすでに弓の弦を張っていた。背負った矢筒から矢を取ると、それを口に咥えて片手で斧を握る。鋼の斧を片手で振り回せる者は、大陸を探しても数人も見付からないだろう。フィルの父親は脳足りんの筋肉馬鹿だが、腕っ節だけは一流だった。
そして、そんな父親と武者修行の旅をしているフィルも、並の腕ではない。
「来るぞ」
だが、フィルは敵の気配に気付けなかった。
カレルが声をかける、その瞬間。
「―――!」
納屋の壁を破って侵入してきた刺客が、フィルに斬りかかる。集団の中から弱い者を選んで襲いかかる。定石である。
バアトルは斧で刺客の剣を受け止めると、斧から手を離した。咥えた矢を弓に番えると、刺客の腹に鏃を向ける。ドカン、と音がして刺客が壁を突き破って外に飛ばされた。
バアトルはその刺客から目を離すと、腰から手斧を抜きながら背後に振り返り、おもむろに放り投げる。手斧の刃が二人目の刺客の額にめり込んだ。
「フィル、お前にはこやつらの相手はまだ早いのかもしれんなぁ」
フィルは悔しさに唇を噛んだ。
しかし事実だ。これほどのアサシン、今まで見たことがない。
「そうだな。ここは私が押えよう。君たちはこの女性を連れて、ここの領主館を頼ってくれ」
「ひとりで平気か……と、余計なお世話だったか。フィル、行くぞ」
バアトルが女性を背負う。
フィルは一度も剣を振ることなく、その場を後にした。
―――
バアトルは逃げ込んだ村で馬を調達した。軍事用に訓練を受けていない駄馬だ。領主館までの距離はそう大したものではないが、それでも途中で潰れないか心配になるほど痩せ細った馬である。……徒歩よりはマシか。
自分たちの足では、領主館に到達するまでに刺客たちに追いつかれる。それだけは確かだ。
「また後で会おうぞ、フィル!」
「……はぁ。父上こそ、ご武運を」
フィルは父親が背負っているものを見て溜息を吐いた。
――藁人形である。女性の着ていた服を被せた藁人形だった。
こんなもので騙される刺客なんて、刺客失格だと思う(刺客なので失格。つまらない洒落だ)。だからと言って、これと決めたら猪突猛進する父に何を言っても無駄だということは、その娘のフィルが一番理解していた。
フィルは馬にまたがり、女性を背に寄りかからせると、おのれの身体に縄をまわして彼女を縛り付けた。12歳の少女、フィルの体格では女性を背負えないのだ。これでは剣を振り回せないので、刺客がバアトルの策にかからなければ女性を見捨てることになるのだが……。
「ブラミモンド領の領主、信用できるのだろうか……」
フィルは首を捻りながら馬を走らせる。
――さて、アサシンたちは騙されてくれるのか。
「騙されてくれないだろうな……」
……結果を言うと、知能の低い数体だけ騙された。が、追手はカレルからバアトルに標的を変える程度の知能のあるモルフである。
半分以上がフィルに向かったが、バアトルは気配のしないモルフに気付かず、すべての刺客を退治したと思ってしまった。
そんなことは関係なく、モルフはフィルたちに襲いかかった。