エレブ大陸の両大国、ベルン、エトルリアはともに封建制を採用している。
いや、採用したという表現はどこかおかしいか。自然にそうなったと言うべきなのかもしれない。ともかく、二つの国は封建制を取っているのである。
多数の領地を持った封建領主――貴族が、より強い力を持った王に臣下の礼を取る。これが封建制である。言わば王とは貴族の代表であり、貴族の領地を勝手に取り上げることは絶対にやってはいけないし、貴族が他国から攻め込まれれば守ってやらなければならない。
その代わりに貴族は王に忠誠を従わなければならず、領地を保護しなければならない。その他に、王の要請に従って軍役を果たさなければならない。これは双務的性格を持つもので、片方が義務を怠った場合はこの契約は一方的に解消されることもあった。
貴族は領民から労役、特産物などの物納、貨幣を搾取する権利を持っている。
徴税権である。
この徴税は人々の過剰労働を奪い取るだけでなく、生活を維持する分まで搾取してしまうのである。
何が言いたいのか、と言うとだ。
「山賊団その数約80、各地で略奪を始めています!」
奪いすぎたら反乱が起こりますよ。
尻拭いは自分でやりなさいよ、と言うことだ。
【第1章・第3話】
パーティーが終わるとベルン首都に舞い戻ってしまった父を憎悪しながら、ナーシェンは兵士の編成のために邸宅を駆け回っていた。
竜騎士20、騎士20、重騎士30、槍兵80、弓兵20。
これがナーシェンの持つ全戦力だ。
「フレアーは竜騎士を連れて先行しろ! 本隊が到着するまでは、くれぐれも手は出すなよ」
「かしこまりました」
「スレーターはアーマーナイトとソルジャー二十を引き連れて山賊どもが踏み込んでいない村を守ってくれ。一人たりとも踏み込ませるな」
「ははっ。謹んで拝命致します」
「バルドスは私に従い本隊を指揮して貰う。本隊がこの戦の要だ。よく私を補佐してくれ」
「御意にございます」
ナーシェンは重臣に命令を終えると、邸宅前に集まっていた兵士たちの前に立ち、臆さず大声を張り上げた。
「全員よく聞け! 我ら精強なるベルン軍人が、たかが山賊どもに遅れを取るか!? この程度の戦で死んでみろ! 私が声を上げて笑ってやる! わかったら槍を振り上げて叫べ! 我こそはベルン最強の兵士であると!」
「オオオォォォォオオオ!!」
「その意気やよし! 全軍、隊列などは気にせず私に続け!」
ナーシェンは軍馬に飛び乗り、全速力で駆け出した。
全軍が慌てて後を追う。
その凛々しい様子に、家臣たちは忠誠の念が増したという。
その間、ナーシェンはこんなことを考えていた。
……今の言葉、ちょっと格好よくね?
―――
ナーシェンの目に炎上する村が映った。
屈強な男が命乞いしている村人にその手の斧を振り下ろす。肉と骨が砕ける音がナーシェンの耳まで届いていた。女性の悲鳴は……想像するまでもないだろう。ナーシェンは悲鳴のする家屋から目をそらした。
「全軍止まれ!」
全力でナーシェンを追っていた兵士たちが立ち止まる。
並走していたバルドスがすぐさま布陣を整える。
「ソルジャー二十人で屋内に潜む山賊をあぶり出す。適任は?」
「イアンという騎士が適任かと」
「任せる」
ナーシェンはマントを翻し、周囲を見回した。
空を舞う飛竜を目に止め、大声を上げる。
「フレアー! 敵の様子はどうなっている!?」
「ハッ。すでに敵は我が軍に気付き、村の北部に戦力を集めております。荷馬車を集めているのを見るに、撤退する準備を始めているのでしょう」
「敵わぬと見て退く気か。よし、フレアーはこのまま竜騎士を率いて敵の退路を断ち、本隊とタイミングを合わせて挟撃しろ」
「了解しました!」
建物から槍で突かれた山賊が飛び出した。すでに絶命している。そのイアンという騎士、中々やりおる、とナーシェンは小さく微笑んだ。
戦場は狂気。
誰が言い始めたのかはわからないが、言いえて妙である。
ナーシェンは軍勢が整うのを待っていた。
「全軍、準備が整いました。いつでも動けます」
「よし! 全軍突撃!」
ナーシェンを先頭に、二十の騎兵が山賊を蹂躪していく。
すでに逃げようとしていた山賊たちから戦意は失われていた。瞬く間に討ち取られていく賊を、竜騎士たちが追撃し、戦場はやがて沈黙していく。
山賊80 対 正規兵120。
戦にならないのは明白だった。
「……………」
アーマーナイト軍団率いるスレーターは誰も来ない村で突っ立っていた。
「暇ですなぁ」
こうしてナーシェンは初陣を飾ったのだが、事後処理に追われる際にバルドスに「まさか、戦場までお出でになるとは思っておりませんでした」と言われ「え? もしかして、戦に出なくてもよかったの?」と唖然としたという。