「私は強い……私は賢い……私は美しい……私は正しい……。誰よりも……誰よりもだっ!」
ナーシェンは叫ぶ。占領したエトルリアの首都アクレイアの防衛を任され、実質は捨て駒にされているというのに、三竜将に返り咲くためにリキア同盟軍と対峙する。
スレーターはアラフェン砦の防備に就いている間に、リキア同盟軍の奇襲を受けて死亡。
フレアーはミスル半島西岸で殿に残り、リキア同盟軍を相手に奮戦するが、あえなく討ち取られた。
バルドスは、とうの昔にエトルリアに寝返っている。
「ナーシェン! ようやく追い詰めたぞ!」
フェレ侯爵嫡子ロイ。
レイピアの切っ先が、ナーシェンの心臓を狙っていた。
「おのれ……おのれ……!きさまらごときにっ! きさまらごときにぃっ!」
そして、ナーシェンは命を落と――、
ナーシェンは布団を蹴り上げる。
「はぁ……はぁ………なんて夢だ……」
クソッ、と罵りながら枕を殴り付ける。
「ナーシェン様? どうかなさいま――?」
例の侍女が見たのは、汗だくになり、目を血走らせている主君の姿だった。
すぐさま侍女は屋敷の庭に走り、沈静効果のある薬草を調合した。
【第3章・第1話】
飛行系ユニット……つまり、ドラゴンナイトやペガサスナイトは、弓矢やエイルカリバーの魔法で攻撃されると、通常の三倍のダメージを受ける。
だが、あるアイテムを所有していれば、その悪夢のような攻撃から逃れることができる。
『デルフィの守り』。
原作でナーシェンが所持している、飛行系ユニットへの特効を無効にするアイテムである。
多くのプレイヤーが盗賊に盗ませているアレである。
「………ない。ない、ない。どこにもない」
ナーシェンは唖然と呟いた。
屋敷の宝物庫。金目の物はあらかた運び出されて、ほとんど空になっている倉庫である。
「まさか、デルフィの守りもルーンソードもないとは……」
遠距離攻撃可能、さらに攻撃した相手の体力を吸収する魔剣ルーンソードも、敵キャラとして出現するナーシェンの装備である。なのに、その武器もナーシェンの屋敷の宝物庫に保管されていなかった。
と言うことは、あのアイテムはナーシェンが最初から持っていたものではなかったと言うことか。
「なんだ、大貴族と言っても大したものじゃないんだな、クククッ。って、笑ってる場合か!」
あのアイテムがあれば生存率が大幅に上がる。
ひとりノリツッコミでもやりたくなると言うものである。
ナーシェンは溜息を吐いた。
騎士たちが命令に従い、倉庫にある金目の物を運び出していく。価値の上がる見込みのない固定資産なんて持っていても仕方がないと言うことで、ナーシェンは宝物の大半を金に換えている。その金が内政に当てられるのは説明するまでもないだろう。
「うわー、ナーシェン様ー!? この絵画、裸の女性が描かれてるっすよー!?」「馬鹿野郎、それは裸婦画だ。芸術なのだ」「でも、萌えがないですね」「俺も、お抱え絵師の萌え絵の方が好きですよ」「すっげえ! これ、剣に見せかけて、実は性具なんだぜ!」「戦場に持っていけよ。敵兵が逃げ出すぜ」「掘らないでくれ! って叫びながらですよね、わかります」「と言うか、貴族って変態ばっかだよなー」
「………………」
騎士たちの猥談に、ナーシェンの額にビキビキと血管が浮き上がる。
「じゃ、ナーシェン様も?」「常識的に考えて、あれは変態だろ」「変態でFA」
「……お前たち、黙って仕事できないのか?」
その地の底から響いてきたような声に、騎士たちがビクリと振り返る。
ちょうど、その時だった。
「ナーシェン様ー! なんか、変なものを見つけたんですけど!」
ジェミーの声である。
声は倉庫の奥の方からしていた。ナーシェンは騎士たちと顔を見合わせ、溜息を吐きながら首肯した。目線だけでお説教は後回しにするということを双方合意したのである。いかに、こんな光景が日常でありきたりになっているのかよくわかる事例であった。
ともかく、ナーシェンたちは倉庫の奥に足を向ける。
「もう、遅いですよ」
「や、すまん」
両手を腰に当てて待っていたジェミーに、ナーシェンは片手を上げる。
ジェミーは傍らの木箱から紙片を取り出し、ナーシェンに差し出した。
「魔道書か?」
「みたいですね。でも、欠損しているページが多くて、実際には使えませんけど」
「中身は?」
「エイルカリバーだと思うんですけど、一部の記述がまったく別のものになっているので、ハッキリと断定はできません。エイルカリバーに似た風系統の魔法なんて聞いたことがなくて……」
ナーシェンは「むむぅ」と唸る。
もしかして、と思う。これは前作『烈火の剣』に出てきた、神将器フォルブレイズに匹敵する威力を持つギガスカリバーなのではないか。
「こうしてナーシェンたちは断片を探しに旅に出た……って、数年前に流行ったアニメかよ」
「とりあえず、これは私が預かっておいていいですか? 色々と参考になるので」
「ん、まぁ構わんが」
シミや虫食いもあり、とても読めたものではないと思うのだが、そんなものでも役に立つらしい。
ナーシェンは魔道書をジェミーに押し付けると、ついでに木箱の中を一瞥した。
「………これは?」
「ああ、これは……。私にも読めない字で書かれている、よくわからない本なんですよ」
魔道書のように見える、黒い表紙の本だった。ナーシェンはペラペラとページをめくる。
「もしかして、闇の魔道書じゃないだろうな? えろいむえっさいむ・えろいむえっさいむ……む、違うか。なら……ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうと・んがあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ・くとぅぐあ……これも駄目か……いあ・いあ・はすたー……あぶだ・けだぶら……やっぱハズレか」
「ナーシェン様? 何やってるんですか?」
「あ、いや、何時ものことだから気にしないでくれ」
そう言うと、ジェミーはホッとした顔をしてこう言った。
「なんだ、何時もの奇行ですか」
「奇行なら安心ですねー」
「俺も、一瞬焦りましたよ」
胡乱げな顔をしていた騎士たちも、同じくホッと安堵している。
何だろう、このムカつく反応は。
「もしかしたら、古代魔法かもしれないなと思っただけだ。はぁ……これでミィルでも――」
発動してくれれば、もう戦場で槍を持たなくてもいいのかなーって思ったんだけど。
そう続けるつもりだった。
「うげっ、ぎゃああああああああああ!」
「ひぃええええええええええええええ!」
ナーシェンとジェミーは顔を見合わせ、手元の書物を見下ろした。
「えっと……ミィル?」
「ぐげええええええぇぇえぇえ!」
「だ、だずげでえぇぇええぇで!」
ナーシェンの足元で影が蠢いて、騎士たちに襲い掛かっている。
「………………………」
「……ナーシェン様。これって」
「魔法、だよな……?」
ナーシェンは地面に膝を突いた。
「原作の流れは、どうなってるんだ?」
―――
ナーシェンの屋敷の隅の方に、カレルの住居が建てられている。
ついでに建てられた剣術道場と渡り廊下で繋がっており、カレルは早朝、剣術道場に足を運び、身体を動かすことにしている。その内に、稽古をつけてやっている騎士たちや子どもたちが姿を現し、それぞれ好きなように剣を振る。
「そう言えば、最近はナーシェンの顔を見ないが、どうしているのかな?」
「何だかんだ言って、あの人はベルン北部同盟の盟主ですからね。多忙なんじゃないですか?」
ナーシェンに稽古をつけてやろうと思っていたのだが、それなら仕方ないかとカレルは諦める。
ついでに、日ごろの恨みが晴らせて一石二鳥なのだが……。
「あ、そうだ。カレル師範。今日こそ秘剣『オトリヨセ』を見せて貰いますからね!」
「………………」
カレルは黙り込んだ。子どもたちだけでなく騎士たちまで目をキラキラと輝かせている。
ナーシェンが建てた剣術道場の門前には『ヒッテンミツルギスタイル』と書かれた看板が立てかけれられている。
その上で、看板について尋ねにきた騎士たちに、
「ああ、ヒッテンミツルギスタイルか。あれは『支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット、アッー!』と叫びながら敵に斬りかかり、身体の色んな箇所を突き刺す技を持つ、とにかく凄い剣術のことだ。他にも『フル○ン、サーセン、凄まじい、エロシーン、お取り寄せ』という恐怖の連続技を持つ」
と適当なことをうそぶいたらしい。
カレルは剣の鍔を押し上げ、周りの者たちに笑顔を見せた。
「本当に、見たいのかな?」
その後のことは説明するまでもないだろう。
翌日から気絶した騎士たちが「ヒッテンミツルギスタイル、恐るべし」と噂するようになった。
カレルは持ち前の被害妄想でそれらすべてをナーシェンの策謀にしてしまった。