「なのは」
どこか無意識だった少女の思考が呼び戻される。
返事をするのも忘れてリビングを飛び出すように声のするほうへ向かうと、自室の中で母が何かを片手に小首を傾げて座っていた。その膝の傍らに置かれた大きめのスーツケースに、嘗て室内に収納されていた洋服や日常品が少しずつ丁寧に詰め込まれている。
「これは、持って行くのかしら?」
母が差し出したのは木製の縁で囲われた写真立てだった。
馴染みのある私物に思わず手を伸ばして覗き込む。かけがえのない友人達に囲まれて幸せそうに微笑む過去の自分がいた。
最近は何度も胸を駆け巡った複雑な想いが電流のように痛みを伴って全身を襲う。
少女は受け取ったそれを胸元にそっと抱いて目を閉じた。数秒の沈黙の後、結論を下す。
「ここに置いておこうかな」
「そう」
母は手元に戻った写真立てを、娘がそうした様に目を細めて少しの間眺めると、
「なら、しっかり預からせてもらうわね」
にっこりと優しい笑みを満面にそう言った。敵わない頼もしさをひしひしと感じる。
母が自分の勝手に心から賛成してくれている筈が無いと思う。確証がある訳ではない。母は心の強い人だし、その本心など量りようもないのだから。
自分の生きる道を選んで進んでゆく娘を祝福の一心で送り出す、そういう事が出来うる人だ。
たとえそうだとしても、そう思い込むことで母に甘えるような事はしたくなかった。
「お願いします」
沁みるように強く胸へと込み上げてくるものを堪えてようやくその一言だけ搾り出すと、リビングへと静かに踵を返す。
と、
廊下へと出たところで、階段から降りてきた人影に少女は足を止めた。
「お姉ちゃん」
あまり良く眠れていないのだろう。眼鏡の下からでもわかる程くっきりと隈が浮き上がっている。
姉は少女に気付くと、その視線から逃れるように目を伏せて一拍後、取り繕ったのが明らかなぎこちない笑顔を浮かべた。
「何か、手伝おうか?」
思いもよらない言葉に少女は瞠目する。咄嗟の言葉も出てこない。
姉も既に笑顔は消し、再びその目は暗鬱気に伏せられている。
二人の間に訪れた刹那の沈黙は、姉の後ろから現れた兄が寝癖の主張するその頭をポンと叩く事で破られた。
「会えなくなる訳じゃないんだ」
「……わかってるよ」
柔らかな苦笑を湛えてもう一度その肩を軽く叩き、兄はその場を後にする。
姉はそんな兄の去り際をちろっと恨めしげに見送ったが、先程より固さの抜けた笑顔を少女に見せた。
「何でも言って。但し、力仕事以外ね?」
言葉とは裏腹に力瘤を作るモーションを入れておどけてみせる。
少女の選択に真っ先に反対したのも、単なる自身の寂しさからではなく妹が心配だったからだ。そして今は、妹の選択を尊重してその背中を押してくれようとしている。
どうして自分の周りはこんなにも暖かい心を持った人達ばかりなのだろう。そして、自分は今までそれにしっかりと応える事が出来ていたのだろうか。
「お姉ちゃん」
とても自信が無かったから、その一言にありったけの想いを込めた。
「ありがとう」
「……うん」
自分が我が侭で勝手なだけなんだとわかっている。それでも、決めた道に悔いは無かった。
叱声も罵声も非難も全部覚悟して受け止めるつもりだったのに、自分の決意と選択を許容してくれた家族の優しさが痛いくらいに嬉しかった。
だから少女は涙を流せない、絶対に。
《登場人物》
本作品は作者オリジナルのキャラクターが多数登場する予定です。
登場キャラクターを随時ここで整理しておきます。
物語の時間軸は、A'sエピローグ辺り(A's本編より5~6年後)になりますが、StrikerSの設定は漫画版も含めてあまり加味していない勝手なIFストーリーとなっております。
[主要人物]
高町なのは
本局武装隊(航空戦技教導隊)/戦技教導官・二等空尉/空戦AAA(ミッドチルダ式)/14歳
フェイト・T・ハラオウン
本局次元航行部隊/執務官(一尉相当)/空戦S(ミッドチルダ式)/15歳
八神はやて
地上本部陸上警備隊/特別捜査官・一等陸尉/総合SS(古代ベルカ式)/14歳