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No.4464の一覧
[0] 【全編完結】俺の名は高町なのは。職業、魔王。 (転生 リリカルなのは)[かんかんかん](2010/08/07 21:21)
[1] 目次[かんかんかん](2010/05/18 19:49)
[2] 一話[かんかんかん](2009/02/02 16:18)
[3] 二話[かんかんかん](2008/10/18 22:20)
[4] 三話[かんかんかん](2008/10/21 06:58)
[5] 四話[かんかんかん](2008/10/27 11:58)
[6] 五話[かんかんかん](2008/11/01 17:45)
[7] 六話[かんかんかん](2008/11/04 22:09)
[8] 七話[かんかんかん](2009/02/02 16:20)
[9] 八話[かんかんかん](2008/12/25 18:38)
[10] 九話[かんかんかん](2008/11/15 13:26)
[11] 十話[かんかんかん](2008/11/19 10:18)
[12] 十一話[かんかんかん](2008/11/22 12:17)
[13] 十二話[かんかんかん](2008/11/25 14:48)
[14] 十三話[かんかんかん](2008/11/29 18:30)
[15] 十四話[かんかんかん](2008/12/02 02:18)
[16] 十五話[かんかんかん](2008/12/09 11:38)
[17] 十六話[かんかんかん](2009/01/20 03:10)
[18] 十七話[かんかんかん](2008/12/12 13:55)
[19] 十八話[かんかんかん](2008/12/30 16:47)
[20] 十九話[かんかんかん](2008/12/18 13:42)
[21] 二十話[かんかんかん](2009/02/20 16:29)
[22] 外伝1:オーリス・ゲイズ、葛藤する[かんかんかん](2008/12/25 18:31)
[23] 外伝2:ある陸士大隊隊長のつぶやき[かんかんかん](2009/01/09 16:15)
[24] 外伝3:ユーノ・スクライアの想い出[かんかんかん](2009/01/09 16:16)
[25] 外伝4:闇の中で ~ジェイル・スカリエッティ~[かんかんかん](2009/01/07 16:59)
[26] 外伝5:8年越しの言葉 ~アリサ・バニングス~[かんかんかん](2009/01/14 13:01)
[27] 外伝6:命題「クロノ・ハラオウンは、あまりにお人好しすぎるか否か」[かんかんかん](2009/02/02 16:22)
[28] 外伝7:高町美由希のコーヒー[かんかんかん](2009/01/17 13:27)
[29] 二十一話[かんかんかん](2009/01/20 03:14)
[30] 二十二話[かんかんかん](2009/02/23 12:45)
[31] 幕間1:ハヤテ・Y・グラシア[かんかんかん](2009/02/02 15:55)
[32] 幕間2:ミゼット・クローベル [かんかんかん](2009/02/06 11:57)
[33] 二十三話[かんかんかん](2009/02/12 21:44)
[34] 二十四話[かんかんかん](2009/02/23 12:46)
[35] 二十五話[かんかんかん](2009/03/05 06:21)
[36] 番外小話:フェイトさんの(ある意味)平凡な一日[かんかんかん](2009/03/12 09:07)
[37] 幕間3:ティアナ・ランスター[かんかんかん](2009/03/27 13:26)
[38] 二十六話[かんかんかん](2009/04/15 17:07)
[39] 幕間4:3ヶ月(前)[かんかんかん](2009/04/05 18:55)
[40] 幕間5:3ヶ月(後)[かんかんかん](2009/04/15 17:03)
[41] 二十七話[かんかんかん](2009/04/24 01:49)
[42] 幕間6:その時、地上本部[かんかんかん](2009/05/04 09:40)
[43] 二十八話[かんかんかん](2009/07/03 19:20)
[44] 幕間7:チンク[かんかんかん](2009/07/03 19:15)
[45] 二十九話[かんかんかん](2009/07/24 12:03)
[46] 三十話[かんかんかん](2009/08/15 10:47)
[47] 幕間8:クラナガン攻防戦、そして伸ばす手 [かんかんかん](2009/08/25 12:39)
[48] 三十一話[かんかんかん](2009/11/11 12:18)
[49] 三十二話[かんかんかん](2009/10/22 11:15)
[50] 幕間9:会議で踊る者達[かんかんかん](2009/11/01 10:33)
[51] 三十三話[かんかんかん](2009/11/11 12:13)
[52] 外伝8:正義のためのその果てに ~時空管理局最高評議会~[かんかんかん](2009/11/22 13:27)
[53] 外伝9:新暦75年9月から新暦76年3月にかけて交わされた幾つかの会話[かんかんかん](2009/12/11 00:45)
[54] 継承編  三十四話[かんかんかん](2009/12/18 09:54)
[55] 三十五話[かんかんかん](2010/01/05 07:26)
[56] 三十六話[かんかんかん](2010/01/13 15:18)
[57] 最終話[かんかんかん](2010/01/31 09:50)
[58] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集① 原作関連・組織オリ設定>[かんかんかん](2009/10/23 16:18)
[59] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集② 神話伝承関連解説>[かんかんかん](2009/12/07 19:40)
[60] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集③ 軍事関連解説>[かんかんかん](2009/10/23 16:19)
[61] 歴史的補講[かんかんかん](2010/08/07 22:13)
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[4464] 三十一話
Name: かんかんかん◆6da2f856 ID:bec96d6b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/11 12:18
 俺は静かにヴィヴィオを見た。生まれながらに政争の中を生きることを定められた子供。いまはあどけなく眠る小さな子供。
 俺は静かに視線を移した。血溜まりに沈むスカリエッティ。いいように扱われながら、最後に特大の一撃を入れることに成功した男。吹き飛んだ頭部の中で、辛うじて残った口が、ゆるく弧を描いている。

 そして、ここに立つ俺、高町なのは。管理局の異端にして英雄。罪と業との娘。



 静かに、瞳を閉じる。



 遠いところまで来た。

 心の深い深いところで、鬱々と声が呟く。
なぜ、ここにいるんだろう。ときどき忘れる。忘れたまま思い出せなくなれれば、幸せかもしれないのに。
 許されない。からみつく因業がそれを許さない。己の意地が、涙を忘れた心がそれを許さない。背負った命たち。染み付いた罪業の数々。
 忘れるな、忘れるな。陰々と響く声が、俺を力づくで引きずり戻す。


(「使命も何もなく……ただ……己の生命を……ひたすらに……燃やそうと……する君に」)


 陰陽師は、必要とあらば、相手の事情や環境など一切問わず、呪殺や呪詛をかける。そこに情や感傷の入る余地はない。

「理だの使命だの無粋なもののない君が、か」
 胸をよぎるスカリエッティの言葉たち。


 奴の言う通りだ。前世の俺は陰陽師“だった”。だが、それと俺の今生にどんな関係がある? 身を守るために術を使い始めたのは確かだが、俺は、生まれ変わってまで陰陽の理の守護者たらねばならなかったのか? 妖怪も悪霊もいない世界で。
 陰陽の理や責務に縛られて、生きてきたのはなぜだ?



 いまさらだ。いまさらのことだ。


 だが、スカリエッティの言葉と奴の生き様死に様は、俺の顔をがっしり捉えて、目を背けていた部分に向けさせる。逸らせない。奴の死に際の瞳が、言葉の数々から目を逸らせない。それらが、俺の逃げを許さない。


(「私は……なにかを為すために……生みだされたことを否定する。……私は生きること……を自ら選んで……生きたのだ」)

 俺は自分で選んで生きているのか、この生を?


(直視する……ことから……逃げているのだね……。それゆえの強さ……それゆえの……思い切りの良さ……。君といえども……いや、戦い……続けてきた……君だからこそ……殻のなかの……本質は柔らかい……ままなのか)

俺は逃げているのだろうか。目を背けているのだろうか。アリサ、数年前のお前の言葉が、いまも胸の底に留まりつづけているのはなぜだろう。


(孤独に……なれば、君も……自分の居場所に……気づくだろう。……自分の在り方に気づく……だろう)


 スカリエッティの言葉が次々と胸のうちに蘇って、心を揺さぶる。戦いの間は冷徹を保った心の、柔らかな部分に深々と突き刺さって切り裂き、奥底を抉り出す。


 俺の在り方……。
 ひとの行為など万象にとっては些細なことだ。流れ行く時のなかでは、人の手程度でわずかに乱れた理も、自然にもとに戻っていく。陰陽師が出張るほどのことじゃない。なのに、なぜ、俺は陰陽師たることにしがみつくのだろう。


 望んだわけでもなく、誓いを立てたわけでもなく、情に流されてここまできた。スカリエッティが消えて、目指した先に辿りつける見通しが立って、ようやく気がついた。俺は俺の意思でここまでの道を進んできたつもりでいながら、実際は、目の前にある選択肢の中から選んできただけに過ぎない。選択肢を創り出すのではなく、与えられる。そんな生きかたで、どうして自分の生を自分で創り出してきたと胸を張れるだろう。

 陰陽師にとって、嫉妬や復讐心、執着や欲望など負の感情は、紛れも無い人間の一面だ。だから、それがどんな相手でどんな理由があろうとも、術を行使すれば業を背負う。正義や大義の影に隠れて力を行使してはならない。それは掟でも法でもなく、それ以前の。人としてのあり方、術者としての誇りの問題だ。

 なのに俺は、他人の大義に寄りかかって術を行使した。自覚もせず、無関係だという顔をしながら、結局は手を出した。初めから手を出すこともせず。自覚して罪業を背負いながらでもなく。ただ、感情のままに力を使った。



 静かに瞼を押し上げると、ゆったりと玉座に向かって歩み寄る。

 クアットロはこの船のどこかからコントロールをしていたが、御座船たるこの艦の玉座の間から、艦が操作できないなどということはありえない。そして、そのためにふさわしい場たる玉座、おそらくそこから、魔術的なものか科学的なものか、艦の隅々まで情報を伝達する回路が通っているだろう。

 俺は、玉座の前に立つと、切り落とされた腕の傷口に軽く魔力刃を当てて切り裂き、滴る鮮血をつかって、玉座を中心に呪陣を描き始めた。不動明王の真言のうちの大真言、俗に火界呪と呼ばれる呪言を唱えながら。




 いまさら。いまさらだ。

 随分前から、俺の心のどこかが、声をあげていた。俺の勘が、警鐘を鳴らしていた。様々に言葉をかけてきた人達がいた。それら全てを無視して、逃げるように突っ走ってきた。
 陰陽師の勘は信用できる。俺はそんなことすらも脳裏から消し去って、全ての警告を無視して突っ切ってきた。
 陰謀に身を染め、大事なものをつくり、いつのまにか、物事をまっすぐ見れなくなっていたのか。

 そんな人間、陰陽師なんかじゃないだろうと、広い空間で独り、哂った。











 不動明王の力を降ろすための火界呪を、繰り返し唱えること10回。完成した呪陣の中央、玉座の上に、ヴィヴィオの体内から取りだしたレリックを置く。発動すれば、全ての悪毒を焼尽する炎を顕現させる火界呪。レリックはおそらくその刺激によって内包したエネルギーを解放し、顕現した浄化の炎と混ざり合い、玉座から伝わる回路を通って、艦の隅々まで行き渡り、この妄執と悪欲の遺産を欠片も残さず焼き尽くすだろう。……今後の火種となりうる存在たちをその腹に抱えたまま。



 記憶が過ぎる。除霊の後、壊れて雑音を垂れ流すテレビをみてこぼれた言葉たち。

「壊れた……な」
「壊した、だ。言葉は正しく使え」
「俺たちはどっちなんだろうな?」
「……さあ? どっちにしろ、いらないことを垂れ流すだけの、価値のない存在には違いないんじゃない?」
「……そうだな」
「言ってろ。壊れていても、音は出せる。爺婆どもの評価なんて糞食らえだ。価値も意味も、この手で創りだしてみせる」
「……楽観的ねえ……」
「いつか音が出なくなっても、それまでの軌跡が意味を失うわけじゃない。
 たとえいつまでも壊れたままでも、必ず、伝わることはある」
「――――外れモノにだって理想がある、か」
「ああ。獣には獣の流儀がある」
「いわんや、屑どもをや、って?」

流れたのは、苦笑と呼ぶにはあまりに苦く、冥(くら)い笑い。だが、たしかにそこには希望の欠片があった。

「そうだな。もしそのためなら。俺が俺であるために必要ならば。全てを捨てよう」


 その言葉がいま、俺の胸に木霊する。




 生まれ変わってから俺は、どこか疎外感を感じていた。自分が余所者であるように感じてきた。自分自身の生でさえ、俺にとってはどこか他人事の様に感じられることがある。どこにも居場所の無い者。
 おそらく、だからこそ。積極的に責任を持って関わることを避けてきた。レジアスとの歩みでさえ、奴の補佐に過ぎないと自分を騙してきた。
 俺は独りだった。望んで独りになり、周りを見ないようにしてきた。見れば心が壊れる。ありえないことがありえるかもしれないと期待してしまう。

 「massive wonders」。フェイトの好きな曲を思い出す。
「いい曲だよ。聞くと元気が分けてもらえる気がするんだ」
言うフェイトに苦笑と無言で答えた俺。
 フェイト、俺にはwonder(奇跡)はあまりに重すぎる。重すぎて…耐え切れない。奇跡の可能性は、俺にとっては希望じゃなく。絶望の引金なんだ。

 世界に俺1人ならば。耐えられる。裏切られることも失望されることもない。だが、本気で俺を心配し、本気で俺の隣に立ち、本気で俺に背中を預ける人たちがいることを受け入れたら。受け入れて共にいこうと誘われてしまったら。












 いまさらだ。


 マザーグースで有ったな。ゆりかごごと木の上から地上に落ちた赤子。アルハザードの遺児、権力と権威の寵児、負の業の忌み子。俺たちも、詩のごとく、ゆりかごごと落ちゆくのだ。だから、いまさらのことだ。


 俺は全てを消し去るべく、静かに呪言を唱え始めた。








 心を抑えながら呪言を唱え、要所で片手印を切りながら、ふと、波打つ思考のなか、連想が飛躍して新たな発想を生み、その意味に俺は一瞬唖然とした。それから抑えきれず、笑みをもらす。

 目を逸らしてしがみつく、か。

 魔法に縋り、その優位性の主張にやっきになる連中のように、俺は陰陽術にしがみついて、自分という存在を保っていたのか。前世に頼って今生を生きてきたのか。「人は自分の意志で人になる」などと、生み出された魔王や機人に向かって言い放った俺が。


 滑稽だ。滑稽だ。笑いがとまらない。
 くすくすくすくす、という声が心に木霊する。ああ、なるほど、道化だな、これは。スカリエッティも一言いいたくもなるだろう。くっくっくっ。とことん惨めでぶざまなことだ。

 いまなら、フェイト達が言っていたことがわかる。彼女達の心配が、そのまま素直に受け止められる。俺は六課での最後のブリーフィングを思い返した。




 本部ビルでのデブリと、そのあとの調整を終え。スカリエッティのアジトと目される場所へ出撃するまでの時間を使って、俺は動ける六課の隊員達を、全員、半壊した六課隊舎内の大会議室に集めた。

 集合した皆を見渡す。

 怪我をしていない人間のほうが少ない。そして、病床から起き上がれない重傷者も、調査と交渉といった形で戦いつづけている連中もいる。だが、この場に集った課員たちに活をいれるため、そして仕込みをかけるため、俺はいつもどおりの態度を心がけ、声に一段の気迫をこめた。
 これから全部隊員に対し、本局に対する疑惑を明かし、状況によっては教会と協力して地上本部の一員として、対決姿勢をとることを明言するのだ。

 1月ほど前から、部門長クラスまでで止めていた情報も、主任クラスまで開示させてきた甲斐があって、役持ちの人間に動揺は少ない。一般職員には動揺が見られるが、上が落ち着いている以上、さほど問題にはならないだろう。上役がフォローもするだろうし。


 それから、俺は、スカリエッティの拠点への侵入作戦に対する各員の配置を割り振った。基本、グリフィスに支援部隊及び非戦闘員をまとめさせ、オーリス嬢は、本部とのパイプ役の名目でレジアスの補佐に、武装課と捜査課は俺に同行。ただし、ハヤテとヴィータは地上本部詰とする。



 ハヤテには、本部防衛戦終了直後に、各世界代表の聖王教会本部への避難の護衛と、先方の受け入れ承認への感謝、そして、今後の事態に対する聖王教会への協力要請の交渉を任せてあった。状況的に、六課に帰ってくることはできない可能性も高いと思っていたが、いま、この場にいる。
 おそらく、無理を通したのだろう。ヴェロッサの調査やカリムら本局と関係の深い人間のツテから得られる情報で、管理局の上層部に何かあるだろうことは、教会全体で共有された認識となっていることは、公開陳述会前にカリムから聞いている。そこにスカリエッティの暴露。

 「夜天の王」を危地に送るべきではない、という意見が出て当然の状況だ。六課に帰ってきたハヤテも、それを擁護しただろうカリムも、結果によっては、政治的に困難な立場に立たされることになる。

 無論、結果によっては、聖王教会も、その意見を主導したカリムやハヤテも、これまでとは比較にならない強力な政治力を手に入れることになるだろう。当人達がそれを望むかは、怪しいが。
 事前に、"最悪の状況では”という但し付きで、想定状況の中の幾つかが現実になった場合、聖王教会に次元世界代表達の意見をとりまとめてもらえるよう、なんとか説き伏せてある。カリム達教会上層部にしても、戦乱の発生や政治的混乱の激化は、避けたいことだからだろう、受け入れられた。

 あとはこちらの腕次第だ。”最悪の状況”を違和感無く現出させ、スムーズに片をつけてやれば、政治的混乱を激化させる時間を与えずに、権力と権限の委譲がおこなえる。権力については、いろいろ面倒が続くだろうが、一度流れができてしまえば、単独でそれに異を唱えるのは、状況を読むのが商売の政治家には難しくなる。


 会議を終えて、皆を解散させ、敵施設への突入準備を整えるべく、部隊長室へと足を向けた俺に、複数の足音が追いすがってきた。

「なのは」
 穏やかな声が背中にかかる。その声は、必要に応じて雷撃のごとく激越に人々を打ち、敵には恐怖を、味方には昂揚をもたらすことを俺は知っている。そして、いま、その穏やかさのなかに、緊張した空気が存在していることにも気づいた。

 立ち止まると、俺は首だけをねじり、後ろに立つ3人を見つめた。3人も微塵のゆらぎもない瞳で、俺を見返してきた。
「……立ち話もなんだ。部屋に入ろう」


 ……つよい、奴らだ……。




「お願い、なのは。無理しないで。無理して自分の心を殺さないで。わたしたちは貴女と一緒にいるから。親友だから。だから、なのは1人で無理をすることはないんだ」

 フェイトが懇願するような、説得するような、感情と情熱を込めた言葉を紡ぐ。

「あの…な、なのちゃん。私、ずっとなのちゃんの傍にいるって決めてん。なのちゃんがいくなら、どこにでもいく。なのちゃんと一緒ならなんでもする。なのちゃんは、なのちゃんの思うようにしたらええ。私には、それを止める権利なんてない。
 でもな……その…、もし、すこしだけ私の我侭きいてくれるんやったら。自分が傷つくようなことはせんといて。必要のない危険に飛び込むようなことはせんといて。自分から堕ちてくよなことはせんといて。もしそうなっても私はついてく。どこでも、どこまでも私はついてくけど…でも、できれば、なのちゃんの辛いところは見とうない。辛いと思ってないやろけど、私にはそれが余計に辛いんや。わがままやとは思うんやけど……」

 ハヤテがおずおずと、それでもはっきりと自分の意思を主張した。彼女は俺を親友と呼ぶが、俺が彼女を親友と呼んだことは無い。
 彼女の好意と俺の作る心の壁への、彼女の悲しみに気づきながら、俺は、彼女との仲を一定以上進展させず、ハヤテもそれに踏み込むことは無く、よい友人としての距離を保ちながらお互いに振舞ってきた。だが、ハヤテが俺をからかったりすることはあっても、真剣にさとしたり、反対する意見を強硬に主張することはなかった。
 そのハヤテが、俺に対して、自分の要求を言う。おそらく、最初の友人で恩人でもあると想っている俺に対し、とられていた距離を踏み込えてモノをいうのは、とても勇気がいることだっただろう。だが、彼女は、その領域に踏み込んだ。


「なのはさんがなにに苦しんでるのか、なにを抱えてるのか私は知りません。でも、いまのなのはさんは間違ってます。私を張り飛ばして説教した人が、なに私と同じ穴にはまってるんですか。 
 きちんと周りを見てください! 貴女が私に言ったことですよ!」

 ティアナが叱咤する。その叱咤のなかに混じる心配と尊敬の感情を感じとる。
 本当にティアナは強くなった。かつての精神的な危うさ、力への渇望と自身の弱さに揺れる少女。前世の俺の心の鏡像。その殻から脱けだし、羽化するように美しく力強く翼を広げ始めたティアナ。真っ当な人間としての感性を保ち、成長しつづけている今のティアナは、俺のいびつさを浮き彫りにする光だ。


 俺はなにも応えることはしなかった。あるいはできなかった。
 重く辛い沈黙の中。ティアナが俺に問うた。

「なのはさん…………貴女には、泣ける場所はあるんですか」
「無論」
それには即答できた。
「…………そうなん?」
「いつか赴く地獄の底で」
笑顔が、淋しさや辛さを示す表情だと思い知るのは、何回目だろう。 
「子供のように泣き喚くだろう」
せめて、その程度の救いを望む。
「それで十分だ。……十分だ」

言い終えて、俺は静かに微笑った。いつものように。いつもの自分の皮を被ることができた。こいつらの言葉に剥がれかけた皮を。



 罰の下されない罪など拷問に等しい。
 俺は陰陽師たる事を選んで生きてきた。ならば、その業に見合った罰が当然の報酬だ。それが苦痛だろうが哀しみだろうが、正当なものなら、受け取らないという選択肢はない。それが生き方を選ぶということだ。


 

 なのはの言葉に、ティアナ達3人は絶句した。

 孤独でいいと。寂しくていい、理解されなくていい、救われなくていいと、彼女は言うのだ。そして、彼女自身は、自分が寂しいなんて、気づくこともできないほど壊れていて。
 ただ、彼女の本質を知る者だけが、ただひたすらせつなく、そして淋しい。

 あんなに焦がれて嫉妬して遠くに見えた強い人なのに、いまのティアナには、なのはは幼い少女のようにか弱く見える。けれども、凛とした存在感は変わらない。むしろ、露出した弱さが、一段と彼女の気迫を張りつめさせ、その力を増しているように見える。違和感のない強さと弱さの螺旋構造。弱さも強さの一部になりうると初めて知った。
 でもーなんて哀しい、強さ。


 ハヤテが、暗い沈黙を吹っ切るように話しはじめた。

「生きるんは楽しいんや。ただ生きていけるだけでええ。健康な身体があるなら、文句なしや。絶望なんて知らんわ。希望なんて理解もできん。そんなでも、人は生きていけるし、楽しくやっていけるんや。
 私はよう知っとる。未来もわからんと、苦しい病気に苛まれても。絶望する理由にはならん。明日のこともわからんのに、希望なんてなんの意味があるんや。たぶん、人間てのはな、なのちゃんが小難しゅう考えとるよりは、もっと即物的で現実的や。
 幸せになるのに、理屈なんていらんのや」

一気にまくしたて、一息ついて続ける。

「不幸かって同じことや。理屈で不幸になるわけでも、不幸から逃げられるわけでもない。
 なのちゃんは、なにもかも背負い込んで生きとるけど、なのちゃんにとって世界は、いつもなのちゃん1人しかおらんやろ。そんなアホなことはあらへん。なのちゃんが自分で縮こまって閉じこもっとるだけや。
 ほんのすこし、理屈を忘れて、小難しいこと言わんと周りを見てや。私らのことを見てや!」

 途中から涙を弾き飛ばしながらも、ハヤテは力強く言い切った。彼女の芯の強さは知っていたが、それをここまで剥き出しにしたのは、10年前以来かもしれん。情をもちながら情に流されず、ふざけてみせても節制は忘れず。そんな彼女が感情を露わに言葉にした。


ティアナが口を開く。

「……自分に何が出来るのか。
 自分のどこが優れていて、それを使って自分の望む未来を引き寄せるにはどうしたらいいのか。あたしはずっとそんなことを考えつづけてきました。兄さんが死んで、あたしが兄さんの希望を継ぐと決めたあの日から。

 あたしだって歪んでたかもしれないけど、でも兄さんが死ぬまではそうでもなかった。それからあとも、頑なだったかもしれないけど、気にかけてくれる人たちがいてくれた。
 9歳から戦闘一本で来たなのはさんはどうなんですか。

 自分を信じろって、あたしに言ってくれたのは、なのはさんじゃないですか。それでいいのかって言ってくれたのは、どんな存在になるんだ、って。そう、あたしに、言ってくれたのは! なのはさんじゃないですかっ!!」


「………………」


「……なのは」


2人の言葉に応えられない俺に、フェイトが静かに名を呼ぶ。


 俺は辛うじて、口の端に笑いを浮かべると、いつか誰かに話したのと似た言葉を吐き出した。

 「……人間てのは不思議な存在だな。
 …………お前たちは人間だ。スカリエッティも人間だ。そして、俺も人間だ。
 不思議なものだ。ほんとうに……」


 優しさは弱さでなく、厳しさは強さではない。
 だから優しさと厳しさは両立させられるし、強さと優しさも共存できる。

 優しさを切り捨てないと生きられない弱さ。倫理を無視しなければ、辿りつけない脆さ。魔王を名乗らなければ、非情に徹することのできない甘さ。

 そして、そんな障害などものともせずに、自分の想いを信じて貫こうとする「人間」がここいる。


「……いい女だな、お前たち」

 自然に俺の唇から零れ落ちた言葉。それがどんな感情を含んでいたのか、思い出す気にはならない。ただ、ひどく眩しく、そして綺麗だった。天高く輝く星のように。




 六課隊舎で三人が伝えてくれた言葉を思い浮かべて、俺は微笑んだ。俺にはもったいないような奴らだ。周囲を照らす光。人に希望を与える「人間」。










 だから、その声が聞こえたとき。俺は自分の願望が生み出した幻想だと思ったのだ。


 
 






「なのははこんなところで死んでいい人じゃないよ!」
「俺の命の価値を決めるのは俺だ。決めていいのは、俺だけだ」

 玉座の間の入り口で、やって来たフェイトの真摯な言葉を跳ね返す。フェイトと並ぶように、ハヤテが俺に真っ直ぐに視線を向けてくる。


 かつて、俺の生は常に死と隣り合わせにあり、誇りも尊厳も踏みしだかれていた。そんななかで、己を保つために、己自身に対して掲げ誓った誇り。世界の全てが嘲笑おうとも、己だけはそれに殉じて悔いない誇り。
 己が道を己で定める。生の証。善も悪もなく、ただ、命を燃やす、ただそれだけのために。汚濁も不浄も呑み干して。ただ為すべきことを為す。ただ、それだけのために全力で駆け抜けた生。

 惰性で形だけそれをなぞり、なにも見ないでわかった気になっていた今生。なんの未練のあるものか。


「なのちゃんの心がどこか壊れてしもうとるのは気づいとる」

 泣きそうな声で、それでもつっかえることも途切れることもなく、ハヤテが言う。

「なんでそんなに生き急いできたんか、多分、なのちゃん、自分でも気付いとらんやろ。
 でも、それでも、生きて。死ぬ。その理由をっ。生き方を選ぶ事はできるやろ?」

俺の袖にしがみついたハヤテが、目に涙を浮かべて怒鳴る。

「選ぶ前に死んでしもうてなんになるんや!」


 辛そうな、まるで自分が死の間近にいるようなハヤテの表情。おだやかながら、必死に食らいついてくるフェイトの瞳。


(「本当に守りたいものを守る……ただそれだけのことの……なんと難しいことか」)
ゼスト・グランガイツの言葉が脳裏をよぎる。当たり前のことだ。至極当たり前のことだ。だが、自分で味わってみて、その言葉に含まれていた苦さと悔恨が、痛いほど心に刺さる。溢れ出る感情が、胸に幻痛を引き起こす。


「前に言ってくれたよね。私の行動は局員としては間違ってるかもしれないけど、人としては間違っていないって」

穏やかな声でフェイトが言う。だがその瞳は。気の弱いものなら怯えるくらいに真摯。

「なら、なのはの生き方だって、同じだよ。容赦なくて余裕もない、いろいろ企んだりするけど、なのはの想いだけは、人として間違ってないと思うんだ。

 大切なのは何を為すか。
 なのはがそのために、いつも懸命に最善を尽くそうとしてるのを私は知ってる。求める想いを持ち続けて、可能性を信じつづけて戦い続けてきたことを、私は知ってる。
 その想いは誰にも、なのは自身にも否定できないことだよ」

「結果が手段を正当化することはない」

切り捨てるような俺の言葉に、フェイトはやわらかく首を傾げ、口元に微笑を浮かべた。艶やかな金髪がサラサラと流れる。


「でも。なのはが言ってくれたことだよ? 大切なのは何を為すか、だって。そのためにした良いことも悪いことも、みんな背負って前へ進めって。なのははその通りやってきたんでしょ? なのはの想いを否定することは、私たちはしないよ」

 口をつぐんだ俺に、フェイトが微笑みを消さないまま、両手を後ろで組んで、柔らかい物腰で顔を近づける。


「あのとき言ったでしょ? なら、私はなのはと一緒なんだね、って」


 どうしてそんなに嬉しそうに笑える。どうしてそんなに優しい瞳ができる。俺は謀略をもって事を進め、ケレンによって欺いて……。


「それに」

不意にフェイトは、雰囲気を変えて、悪戯っぽくクスリと笑った。

「死の危険のある人間を助けるのに理由を求めるな。そう言ったのも、なのはだったよね」

 悪戯っ子のような、けれど奥に真摯な光を秘めたフェイトの視線から、辛うじて俺は目を逸らした。


 今日は人から視線を逸らしてばかりのような気がする。今日の出撃前だって、ティアナの視線に目をあわすことができなかった。


 真っ直ぐなティアナのあり方。その瞳の眩しさ。囚われていた過去から解放された彼女の視線に、いまだに変わらない自分が映されることがいたたまれなかった。ほんの数ヶ月前は、かつての俺を重ねて見ていたのに、あっという間に彼女は羽ばたいて明るい空へと昇っていった。

 暴力と破壊ではなく、人の心のあり方、泥まみれの誇りへと反発と屈辱を振り向ける心の葛藤。その容易には為しえない自分との闘いをあっさりと乗り越えたティアナ。いまだ、泥濘を這いずる自分。



「覚えてる? 私と出会った頃のなのはは、管理局の正義でも次元世界のためでもなくて、一人の人間としての想いで行動してた。
 いろいろ言われただろうに、自分で考えて、自分で決めて、前に進んでた。私にとってヒーローだったんだよ、なのはは」

 いまさらな劣等感と自己嫌悪にうずもれる俺を、優しく靭い声が掘り起こしていく。


「いま、やっとなのはの横で私も胸を張れると思う。
 なのはが外と内との戦いに疲れ果てて、絶望してるとしても大丈夫。私は知ってる。

 なのはは何度でも立ち上がるんだ。だって、なのははまだ結果を目にしてない。なのはは、自分のはじめたことは、結果を見届けないと気がすまないから。届かない理想でも、ソレを掲げて、敢えてそれに向かって進みつづけるんだから。

 そんな無茶を、ハラハラしながら何年見てきたと思ってるの? いま、やっと、同じ部隊で、同じ結果を目指して歩いてる。なのはが嫌だって言ってもついていくからね」


「私もついてくで」

ハヤテが言う。

「フェイトちゃんの言う通りや。なのちゃんは、今までずっと休まんと飛びつづけてきたんや。ちょっとぐらい疲れがでて、当たり前や。そんなときくらい、私らが手伝う、いや、肩替わりしてみせる。なのちゃんほど、うまくいかんかもしれんけど、失望は絶対させへん。絶対や」



 でも。それでも。

 あの男の言葉が脳裏を巡る。あの男の瞳が瞼に浮かぶ。
 
 俺はスカリエッティを殺した。それが最善と信じて、それしかないと思って、殺した。スカリエッティを殺すという判断、スカリエッティを理を崩すものとして断罪すべきと判断したこと。それはどうなる。
 俺の在り方を肯定されて、俺のこれまでを肯定されて。肩替わりするとまで言われてそれでも。まだ残るもの。


(「戦闘機人か。人を超えるヒト。前にも聞いたが、なぜ、そんなものにこだわるんだ?」
「君のように高ランクの魔導師にはわからないかもしれないね。ヒトという生命がどこまで進化できるのか、どこまで行き着けるのか。その可能性を見てみたい、そして可能なら自分の手でその可能性を実現させてみたい。研究者なら、誰でも思うことだよ」)

 外法であろうと力を求める。前世の俺とどこが違うものか。地球の歴史を省みれば、むしろそれこそが人間の本性なのか。
 倫理に反し、人道を蹂躙して大義をとる例など枚挙に暇が無い。政治をおこなうもの、犯罪を撲滅しようとするもの、人の未来を信じるもの……。そこに多少の金銭欲や名誉欲が絡まないはずもなく、ならば知識欲を満たそうとすることのみが罪だと弾劾できるだろうか。よりにもよって、この俺が。
 陰陽の理が崩れれば世界が崩れる、だがロストロギアによって世界が崩れることも、科学技術によって世界が崩れることも、次元世界のなかにはあった。


 俺の行動を支える論理が砕ける。すでに相手の命を消し去った今になって。


 沈黙が流れる。
 だが、それはわずかしか続かなかった。ハヤテがすぐに口を開いた。

「深淵を覗き込むその時、深淵もまた、こちらを覗き込んでいる」

フリードリヒ・ニーチェ。「神が死んだ」と断言するに至るまで、彼はどれほどの苦悩と絶望を味わっただろう。自分を支えていた価値観を否定せざるをえない結論にたどり着いたとき、彼は逃げたいとは思わなかったのだろうか。

「でも、闇の奥底を覗きこんどっても、絶望の淵で、それでも傲然と光を掲げる人もおる」

ハヤテは滅多にみせない真面目な表情と、深く澄んだ瞳で俺の瞳を覗き込む。

「ちゃうか?」


 後続の局員達が俺たちの傍を通り過ぎ、ヴィヴィオを連れて脱出していく、一部は艦内に残って通路の安全を確保していく。念話と肉声で指示と報告が飛び交う。俺たちの周りで護衛しようとする局員もいたが、フェイトが首をふって遠慮させた。すぐにまた、俺たち3人だけになる。


 絶望が渦巻く。言葉が渦巻く。静かな瞳が俺を見つめている。すぐ傍に奈落が口を開けているのがわかる。堕ちたら、二度と戻れないだろう奈落。片足がその縁にかかっているのに、重心がそちらに傾きかけているのに。優しくも真摯な瞳と、泣きそうなすがりつくような瞳が俺を縛る。その言葉が、声の響きが、俺に絡みつく。
 細い細い蜘蛛の糸。力を入れれば千切れるかもしれないが、それができない。


 混沌とした心のまま。俺は詰め寄っている2人に、一旦背を向けた。とめていた呪言と印を切り、とどめていた力を解放する。
 明王の力が顕現し、部屋のなかに業火が生まれ、あっというまに空間を蹂躙し猛々しく渦巻く。


 フェイトはわずかに目を見開いたが、なにも言わず、ただ、俺を急かしてその場を離れようとした。ハヤテはもう説得の言葉を使わず、実力行使にでている。俺も、抵抗する気力もなく、ほとんど2人にひきずられるように、紅蓮の渦巻く広間をあとにした。




 ただ、一言、墓標の代わりにその場に残す。


 「いつか、再び、地獄の底でまみえよう。兄ならぬひとよ」









 2人にほとんど抱えられるようにしてたどりついたゆりかごへの突入口の周辺では、宙で浮いたり、ヘリに乗ったりして、多くの武装局員たちが、俺たちを待っていた。


「さ、なのちゃん」
「なのは」
微笑んで、それぞれ手を差し伸べる、ハヤテとフェイト。

 たしかに多量の失血と高濃度AMF下での戦闘は、多大な負荷を俺の身体にかけたが、自力で飛ぶことができないほどではない。おそらく、それもわかっていて、それでもあえて俺に手を差し伸べた2人。


 一瞬、歪みかけた表情。その目が潤みかけ、映し出されている感情が揺れていることにハヤテは気づいたが、口にはせず、ただ、無言で差し出した手を動かした。
 突入口から中空に跳ぶ。飛行魔法は発動せず、ただ、友人2人に抱きとめられ、支えられて、ゆりかごを離れていく。小さな、ほんとうに小さな声でつぶやいたなのはの言葉を聞いたフェイトとハヤテは、互いに顔を見合わすと、嬉しそうに微笑みあい、そのままなにも言わずに、地上本部ビルに向かって飛行していった。そのあとにヴァイス操るヘリが続く。周囲に浮いていた魔道師たちやヘリ群は、誰が仕切るでもなく、自然に隊列を組み、なのは達三人を先頭に、彼らを囲むように、付き従うように、進んでいった。

 指示も出されず、てんでばらばらに組まれた隊列は、見栄えはけっして良くなかったが、そこには穏やかな空気と一体感があった。いまだかつて俺が感じたことのないものーあるいはすぐ傍にありながら見過ごしてきたかもしれない、それは、優しい情景だった。

 

 その優しさが俺の心を光のように刺し貫き、俺の抱く闇と狂気を、まざまざと俺に見せつけた。


 姉さんのコーヒーの味。アリサの言葉。なぜ俺は、六課部隊長への就任が正式に決まったときに、海鳴に帰ったのだろう。もう、あの人たちとの関わりはないものだと自分で思っていたのに。

 だが、姉さんの目は変わらず優しかった。前世の俺が憧れた、家族をみる目というのはこういうものなのかと思わせるほど。
 でもそれに気づけば弱くなる。気づいてしまえば縋りたくなる。甘えたくなる。だから、俺は自分で自分を騙した。

(「家族でしょ! 頼ったり迷惑掛けたり、当たり前にするのが家族じゃないの!」)
いつかのアリサの言葉が胸を刺す。ああ、そういうものなのか。知らなかった。知らなかったんだよ、アリサ。そして怖かったんだ。そんな優しい存在が本当にいるかもしれない、すぐ側に居続けたのに俺が無視してきたのかもしれない、そんな希望と不安で、たまらなく怖かったんだ。

 今ならわかる。アリサの言葉の本当の意味も、姉さん達が俺を見ていた視線に込められた感情も。……スカリエッティのいまわの際の言葉も、なぜ、そんな言葉を最期のときを費やして俺に語ったのかも。ああ。兄ならぬ人よ、わが鏡像よ。俺は、俺は。


 今まで知っていたのは、絶望へ沈む咎人の権利。新たに知ったのは、堕ちゆく友へと手をさしのべる、人としての誇り。





 俺は陰謀と策略に身を浸して生きてきた女だ。


 それは、俺が無力で臆病だからだった。
 自分個人にとっての敵と味方を見定め、そのどちらをも欺き利用して、もっとも効率的に行動することでしか生き抜くことができないと思い込んでいた。


 だが。
 お前達を見ていると思うんだ。思ってしまうんだ。俺は、この魔王は、違う道を歩むことができるのかもしれないと。
 この汚濁と怨念に塗れた魂が、光の下に出ることができるのかもしれないと。
 絶望のように心を締め付ける希望を抱いてしまうんだ。




 と。空気が大きく揺らぎ、俺たちはゆりかごを振り返った。
 いまだ上昇を続けるゆりかご。だが、その装甲のところどころに、炎の花が咲いていた。



 不動明王の迦琉羅炎は、全ての悪毒を浄化焼尽する。古代ベルカの人々の妄念、執着。向けられたであろう怨念、無念。それらがフネ全体に染み込んだゆりかごは、ネジ一本残さず燃え尽きるだろう。……懐にアルハザードの遺児を抱いたまま。

 爆発は起こらなかった。中央部付近から一際太く高い火柱が立ち昇り、そこを折り目にして、フネ全体がゆっくりと折れ曲がり、ひとつの塊になる。次の瞬間。まるで縄で縛るように、炎が、フネであった塊に螺旋状に一瞬で巻きつき、そして瞬く間にフネ全体を包み込み、巨大な火の玉となった。空中で轟々と燃え盛る浄化の炎。誰もが言葉を失って、その光景を見つめていた。


 気のせいだろうか。俺はその炎の中に、右手に宿業を断つ剣を持ち、左手に悪心を縛り善心を呼び起こす縄を持ち、牙を剥き目を怒らせた不動明王の姿を見たような気がした。頑迷で愚かな存在を無理矢理にでも仏道に帰依させるという、かの明王が降臨されたのなら、スカリエッティのような男も、全ての縛りから解き放たれ、多くの魂と同じように、安らかな眠りに導かれるのだろうか。


 俺は炎に包まれていくスカリエッティを幻視した。俺がこの手で吹き飛ばした頭部もそのままに、柔らかに微笑むスカリエッティ。そしてその姿に、かつて浄化してきたさまざまな命を想ったとき。



 ついに。
 俺は明確に、これ以上なく明確に。ごまかしようもなく明確に自覚した。自分の過ちを。自分が間違ったことを。そして喪ってしまったことを。そしてまだ取り戻せるかもしれないものがあることを。今も傍にいてくれる人がいることを。そのあたたかさを。そのありがたさと自分の愚かさを。



 目から熱いものが噴きこぼれる。喉の奥から意識しない音が漏れる。

 俺を肩で支えていたハヤテが、黙って俺の頭の後ろに手の平を添え、そっと俺の顔を自分の胸に押し当てた。反対側から俺の身体に腕を回して支えていたフェイトの腕に、力がこもった。






 俺は泣いた。








 涙を流して泣いた。声を出して泣いた。
 今生で泣いた記憶はない。前世で泣いた記憶すら霞の向こうだ。俺は2つの人生を通じてもしかしたら初めて、人前で誰憚ることなく泣いた。


 スカリエッティの夢想に泣いた。泣かないレジアスの代わりに泣いた。涙を知らない機人たちのために泣いた。業を背負わされるだろうヴィヴィオを想って泣いた。
 ギンガとスバルの苦悩を思って泣いた。ティアナの辛苦を思って泣いた。エリオとキャロの哀しみを思って泣いた。

 残酷な世界を憎んで泣いた。俺達を産み落とした何かを呪って泣いた。俺のとりこぼした命を思って泣いた。俺の見捨てた命を思って泣いた。

 アリサの不器用な優しさを思い返して泣いた。ユーノのわかりにくい勇気を理解して泣いた。クロノの悲しい誇り高さを悼んで泣いた。
 姉さんを想って泣いた。兄さんを想って泣いた。母さんを乞うて泣いた。父さんを慕って泣いた。

 撫でてくれるハヤテの手の優しさに泣いた。抱きしめてくれるフェイトの身体の暖かさに泣いた。

 ただひたすら泣いた。泣くために泣いた。
 自分を哀れんで。他人を哀れんで。自分を憎んで。他人を羨んで。
 ただひたすら。感情の迸るまま、情動の突き動かすまま。俺は、ただただ泣いた。


(「……私は、反逆者。天地の理にヒトの理を持って抗い、反逆する魔王」)


 いつしか、心の波も収まり、まだわずかにしゃくりあげ、鼻をすすりながら、俺はゆっくりと顔を上げた。すぐ横に、優しく微笑っているハヤテの顔があった。
 ゆっくりと、不思議に平静な気持ちで周囲を見渡すと。皆が、優しく微笑みながら、俺を見ていた。
 
 泣いて、泣きつくして。俺の目から長年の淀みがとれたのだろうか。皆の顔が、いままでみたこともないほど、優しく見えた。俺達の立っている空間そのものが明るく見えた。


「はい」
 優しい声と共に、ハンカチが俺の目の前に現れ、俺はその先を辿って、フェイトの顔に行き着いた。フェイトの目は赤く潤み、目尻に水滴がついていた。それでも目と口許には優しい微笑があり。ああ、フェイトらしい。どこかに残っていた理性がそう囁くのが聞こえた。





 俺は、ただ平凡に生きて死ぬならそれでも良かった。だが、才能があるという、ただそれだけで生き方は曲がり。逆境で足掻く漢をみて、さらに道を違(たが)えた。
 いま、俺は次元世界で生きている。ここで過ごした10年は、紛れもない俺の生。それがなかったとしたら、などと考えることも悔やむこともない。

 入局当時の俺なら考えもしないことだ。俺は……変わったのだろうな。
 魔法という力にひきずられ、管理局に関わって、そして、クロノやレジアスに出会った。フェイトやハヤテの生き様を間近で見た。たくさんの局員達の想いと行動を見た。それらの触れあいが、前世の傷をゆっくりと癒し、今生への関わりと意識を強めた。今生の、高町なのはという自分の存在を素直に受け入れられるようになった。
 前世へのこだわりという檻を砕いた今はじめて、俺の第二の生は始まったのかもしれん。ならば。


 ならば、と思う。思うんだよ。思うんだ。

 俺は。この魔王を自称する悪党は。前世の業から解き放たれ、光を歩くことができるのかもしれないと。







■■後書き■■
 原作では、各所でシャッターが落ちてガジェットが湧き出す「自衛モード」にゆりかごが入りましたが、引金は、聖王反応のロストと動力炉破壊の2つだったはずなので、動力炉を破壊してないこのSSでは、その状態になりませんでした。
 なのはさんの心の彷徨に1つのケリがつくまで、もうわずか。


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