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No.4464の一覧
[0] 【全編完結】俺の名は高町なのは。職業、魔王。 (転生 リリカルなのは)[かんかんかん](2010/08/07 21:21)
[1] 目次[かんかんかん](2010/05/18 19:49)
[2] 一話[かんかんかん](2009/02/02 16:18)
[3] 二話[かんかんかん](2008/10/18 22:20)
[4] 三話[かんかんかん](2008/10/21 06:58)
[5] 四話[かんかんかん](2008/10/27 11:58)
[6] 五話[かんかんかん](2008/11/01 17:45)
[7] 六話[かんかんかん](2008/11/04 22:09)
[8] 七話[かんかんかん](2009/02/02 16:20)
[9] 八話[かんかんかん](2008/12/25 18:38)
[10] 九話[かんかんかん](2008/11/15 13:26)
[11] 十話[かんかんかん](2008/11/19 10:18)
[12] 十一話[かんかんかん](2008/11/22 12:17)
[13] 十二話[かんかんかん](2008/11/25 14:48)
[14] 十三話[かんかんかん](2008/11/29 18:30)
[15] 十四話[かんかんかん](2008/12/02 02:18)
[16] 十五話[かんかんかん](2008/12/09 11:38)
[17] 十六話[かんかんかん](2009/01/20 03:10)
[18] 十七話[かんかんかん](2008/12/12 13:55)
[19] 十八話[かんかんかん](2008/12/30 16:47)
[20] 十九話[かんかんかん](2008/12/18 13:42)
[21] 二十話[かんかんかん](2009/02/20 16:29)
[22] 外伝1:オーリス・ゲイズ、葛藤する[かんかんかん](2008/12/25 18:31)
[23] 外伝2:ある陸士大隊隊長のつぶやき[かんかんかん](2009/01/09 16:15)
[24] 外伝3:ユーノ・スクライアの想い出[かんかんかん](2009/01/09 16:16)
[25] 外伝4:闇の中で ~ジェイル・スカリエッティ~[かんかんかん](2009/01/07 16:59)
[26] 外伝5:8年越しの言葉 ~アリサ・バニングス~[かんかんかん](2009/01/14 13:01)
[27] 外伝6:命題「クロノ・ハラオウンは、あまりにお人好しすぎるか否か」[かんかんかん](2009/02/02 16:22)
[28] 外伝7:高町美由希のコーヒー[かんかんかん](2009/01/17 13:27)
[29] 二十一話[かんかんかん](2009/01/20 03:14)
[30] 二十二話[かんかんかん](2009/02/23 12:45)
[31] 幕間1:ハヤテ・Y・グラシア[かんかんかん](2009/02/02 15:55)
[32] 幕間2:ミゼット・クローベル [かんかんかん](2009/02/06 11:57)
[33] 二十三話[かんかんかん](2009/02/12 21:44)
[34] 二十四話[かんかんかん](2009/02/23 12:46)
[35] 二十五話[かんかんかん](2009/03/05 06:21)
[36] 番外小話:フェイトさんの(ある意味)平凡な一日[かんかんかん](2009/03/12 09:07)
[37] 幕間3:ティアナ・ランスター[かんかんかん](2009/03/27 13:26)
[38] 二十六話[かんかんかん](2009/04/15 17:07)
[39] 幕間4:3ヶ月(前)[かんかんかん](2009/04/05 18:55)
[40] 幕間5:3ヶ月(後)[かんかんかん](2009/04/15 17:03)
[41] 二十七話[かんかんかん](2009/04/24 01:49)
[42] 幕間6:その時、地上本部[かんかんかん](2009/05/04 09:40)
[43] 二十八話[かんかんかん](2009/07/03 19:20)
[44] 幕間7:チンク[かんかんかん](2009/07/03 19:15)
[45] 二十九話[かんかんかん](2009/07/24 12:03)
[46] 三十話[かんかんかん](2009/08/15 10:47)
[47] 幕間8:クラナガン攻防戦、そして伸ばす手 [かんかんかん](2009/08/25 12:39)
[48] 三十一話[かんかんかん](2009/11/11 12:18)
[49] 三十二話[かんかんかん](2009/10/22 11:15)
[50] 幕間9:会議で踊る者達[かんかんかん](2009/11/01 10:33)
[51] 三十三話[かんかんかん](2009/11/11 12:13)
[52] 外伝8:正義のためのその果てに ~時空管理局最高評議会~[かんかんかん](2009/11/22 13:27)
[53] 外伝9:新暦75年9月から新暦76年3月にかけて交わされた幾つかの会話[かんかんかん](2009/12/11 00:45)
[54] 継承編  三十四話[かんかんかん](2009/12/18 09:54)
[55] 三十五話[かんかんかん](2010/01/05 07:26)
[56] 三十六話[かんかんかん](2010/01/13 15:18)
[57] 最終話[かんかんかん](2010/01/31 09:50)
[58] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集① 原作関連・組織オリ設定>[かんかんかん](2009/10/23 16:18)
[59] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集② 神話伝承関連解説>[かんかんかん](2009/12/07 19:40)
[60] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集③ 軍事関連解説>[かんかんかん](2009/10/23 16:19)
[61] 歴史的補講[かんかんかん](2010/08/07 22:13)
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[4464] 二十三話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/12 21:44
 愛想笑いを浮かべすぎて、顔の筋肉が痛い。広告塔としてのインタビューなら慣れたもんだが、今日は、それなりの名士相手の顔つなぎだ。笑いの種類も、浮かべる回数も比較にならない。本来なら、こんなのはレジアスの仕事の領分なんだが……。ここ、ホテル・アグスタで開かれるオークションに出品される品物に、ガジェットが誤反応して襲撃してくる可能性があるとのことで、警備命令が六課に回ってきたついでに、名士連中との顔つなぎもおこなっておくことになったのだ。というか、「してください」とオーリス嬢に言われた。目が笑ってなかった。あれは逆らえん。


 だいたい、どういう分析でどんな品物が狙われるという推測が出たのか。そもそもそんな推測が出た以上、品物はある程度特定できてるはずだが、それの移送中に襲撃される可能性はないのか。警備は専門の部隊に任せて、本当にガジェットが出たときに対応する準備だけしとけばいいんじゃないのか(なんのために、機動部隊を名乗るだけの機動力を揃えたと思ってるんだ)とか。様々に思うところはあったのだが、クロノ経由での指示とくれば、下手に断ればクロノの顔が潰れる。ただでさえ、名門のエリートで出世頭の上、俺と親しいという隙まで持つアイツは、本局内での身動きに気を配らなくちゃならんのに。
 アイツが妬まれて出世コースから外れるのは別に構わんが、アイツは今や、本局内で俺や「陸」に好意的とまで言わなくとも中立的な立場の連中の、象徴的存在になりつつあるからな。今の時点で、下手に勢力争いを激化させたくない。結果、俺はレジアスにとりなしの連絡を入れ、クロノには、正規のルートで命令が降りるよう取り計らってもらうという、なんとも俺らしくもない気遣いをした上で、こんなところに来る羽目になった。

 いや、警備任務だけなら、まだ構わなかったんだがな。胡散臭い命令だし、部隊長が前線に出るってのもどうかと思うが、まあ、その辺はまだ対応可能な範疇だろう。問題は、オーリス嬢に、
「この機会に、高町一佐も名士の方々と、顔つなぎ程度はしておいてください」
と言われた、というか命令されたことだ。無論、最初は断ったんだが、結局、従う羽目になった。
 了承したら了承したで、ドレスに化粧、ヘアメイクと、彼女とその手下ども(アルトとかアルトとかシャリオとか)に、散々にいじられ弄ばれた。あげくに、
「それらしい格好を整えたんですから、それらしい言動をしてきてくださいね。私の力作を無駄にするようなことは、勿論なさらないですよね」
と至近距離から、笑ってない目で微笑まれたら、頷く以外の選択肢はなかった。俺に巻き込まれるようにして同じ目にあった、ハヤテとフェイトには悪いとは思うが、ああいうときのオーリス嬢に逆らうのはやばい。俺に出来たのは、綺麗に仕上げられて車に放り込まれてから、ハヤテ・フェイトと顔を見あわせて、互いに乾いた笑いを浮かべることだけだった。

 
 そんな経緯があって、オークションの始まる前にとられた軽いパーティの時間に、俺は慣れてないし好きでもない、いわゆる「社交」をおこなっているわけだ。ホテル・主催者側との警備体制や連携の打ち合わせは、先日すませてあるが、今の時間帯は、オーリス嬢とヴィータに丸投げの状況になってしまっている。まあ、あの2人なら、そうそう心配することもなかろうが。

 しかし、改めてあたりを見回すと、この規模の会場とこのレベルの要人の集まりの警備に、いくら高ランク魔導師がいるとはいえ、戦闘要員が10人に満たない部隊をあてがうのは異常だ。襲撃を予測した根拠の不明朗さといい、俺の追い落としを狙って、本局サイドが仕掛けてきたのか?
 今は疑いでしかない考えを心にしまいつつ、俺は会話を続けながら、会場内の人々の様子をチェックしていく。
 ちなみに、ハヤテはさすがに、グラシアの名を持つだけあって、それなりに慣れた様子で振舞っているが、フェイトは結構テンパってるようだ。
 というか、あいつのほうは若い男どもが群がって、俺のほうには特に身なりに金掛けてる年食った男女が輪をつくるってのは、どーいうことだ? 別にもてたいとは思わんが、納得いかんぞ。
「あの高町一佐、少しいいですか」
思う俺に、背後からおずおずとした声がかけられた。営業スマイルを浮かべたまま振り向いた俺は、思わず固まった。周囲の連中が口々に騒ぐ。
「おお、ユーノ先生! お仕事ひとすじかと思っていたら、なかなか隅におけませんな」
「あらまあ、美男美女でお似合いですわね。まあまあまあ♪」
囃子たてる外野を無視して、俺はなるべく自然な声を出した。
「なんでしょう、スクライア教授」
実に10年ぶりの再会だ。


 事前資料でユーノ・スクライア・クラナガン大学考古学教授の参加は把握していたが、だいぶ昔のことだから忘れられているんじゃないか、と思っていた。というか希望していた。しかし、どうやら、しっかり覚えていたらしい。
 いまや、気鋭の考古学者として、学会の若手の第一人者として、押しも押されもせぬ立場を築きつつある男だ。名士たちにも顔が広いらしい。昔の俺の、彼への扱いを蒸し返されると、少々やばい自覚のある俺としては、微妙な対応をせざるをえない。
 だが、ユーノはそんなつもりは欠片もないのか、周囲からの問いかけに、昔、発掘品の関係で少しばかり一緒に行動したことがあるんです、などとにこやかに答えている。……当時から、ちとやばいくらいのお人よしだったが、10年経ってもその辺は変わってないのか? 大学教授なんて、ドロドロした世界だと思っていたが、よくもやっていけてるもんだ。


 周囲が嬉々として気を回して、俺とユーノは、とりあえず、2人で話をすることになった。
「……久しぶりだな」
「うん。なのはも元気そうでなにより」
どこか陰がありながらも、人畜無害なお人好しの笑みを浮かべるユーノ。
 沈黙が流れる。決して俺達の関係はよかったとは言えないし、その関係のまま別れて、もう10年が経つ。何年か前にアリサと再会したときは、彼女のアグレッシブさがそんな壁を吹き飛ばしたが、こいつにそんなパワーはなさそうだ。だが、そんな気まずさを踏み越えて、わざわざ俺に声を掛けた。一体何の用だ?

「……なにか、話が?」
「…ええ、その……。謝りたいと思って……」
「謝る?」
「……ずっと思ってたんだ。あのとき、僕がもっとしっかりしていたら、君を巻き込まずに済んだんじゃないかって。君を、平穏な生活から引き離さずに、君の故郷で家族と一緒に暮らす日常を送らせてあげられたんじゃないかって」
「……」
「だから、ごめんなさい。謝ってすむことじゃないけど、謝ることさえ、あのときの僕は出来なかったから……」
 俺は苦笑した。頭を深く下げているユーノには見えなかっただろうが。
 もし、この言葉を、入局して間もない頃、そう、精々2・3年しか経っていないころに言われたとしたら、俺はどうしていただろう。だが、仮定は仮定でしかない。実際には、10年の時が経ち、目の前にはその間ずっと罪悪感を抱えてきたお人よしがいる。俺は静かに口を開いた。
「謝る必要はない」
「……そう。そうだよね。謝ってすむようなことじゃ」
「そうじゃない」
自虐的なユーノの言葉を遮る。
「運命は、ときに人の形をとって訪れることがあるそうだ。俺にとっての運命が、お前だったんだろう」
「う、運命……?」
「いま、俺は次元世界に住んで、次元世界で生きている。この10年をこの世界で過ごしてきた。その間に、託されたものも、踏みにじったものもある。背負ったもの、背負いつづけるべきものがある。この10年は、紛れもない俺の生の一部だ。今はもう、それがなかったとしたら、などと考えることはない。悔やむこともない。……そういうことだ」
「……」
「謝る必要はない。
 …それにそれを言えば、俺も当時のお前への八つ当たりを謝らなくちゃいけなくなる」
「あ、あれは君の正当な権利で…!」
「八つ当たりに正当性なんぞない。あの頃も思っていたが、お前はすこし内罰的すぎるな。もう少し図々しくていいと思うぞ」
「…そ、そうかな?」
「ああ」

また沈黙が流れた。だが、今度の沈黙は、さきほどのような、いたたまれなさを感じさせるものではなかった。
「そ、その」
「うん?」
「今日の基調講演と、出品される品物の解説は僕がするんだ」
「知ってる」
「……う、うん。それでね。僕も、この10年、いろいろとやってきたんだ。なのはほどじゃないけど。まだ、十分に胸は張れないけど。それでも、こういう場での話を任されるくらいにはなった。なのはが遊びで来てるんじゃないって知ってるけど、できたら、話を聞いていてほしいと思うんだ」
俺は思わず、くすり、と笑った。
「なのは?」
「いや……。お前の話を聞けるのを楽しみにしてる」
「……うん!」





 ユーノとの予期せぬ邂逅のしばらくあと。

 とりあえず、オーリス嬢に押し付けられたチェックリストの連中と一通り話、というか一つの言葉に2重3重の意味を含んだ気の休まらないやりとりをし、その他の有象無象共とも如才なく挨拶を交わした俺は、やや、場の雰囲気が落ち着いているのを見て、適当な口実を口にして、人の輪を抜けた。

 ……疲れたよ、ほんと。できないわけじゃないが、こういうやりとりは神経を使う。


 部屋の端の、なるべくめだたないところで、一息ついていると、カツカツと足音が近づいてきた。おいおい、いい加減にしろよ、と思いながら、ちらりとそちらを見やる。かすかに自分の目が細まり、瞳孔が収縮するのを感じた。見るからに上等な生地を使った、仕立てのいいスーツ。ただし、色と柄は悪趣味としか言いようがない。友好的な笑みを浮かべた、まあ美形と言えなくもない男は、俺の間近まで近づいて、声を掛けてきた。

「やあ」
「ああ。元気そうだな」
「君も。活躍は聞いているよ」
俺は肩をすくめた。広域次元指名手配犯、ジェイル・スカリエッティは、俺の傍らで立ち止まると、静かに俺を見下ろした。目だけを動かして、見上げる俺。交わる視線。スカリエッティが口を開く。
「「遊び」をはじめるよ。待たせてしまったかな?」
「いや。このあいだ、挨拶ももらったしな」
「ああ! 気に入ってもらえたかな。使った道具はガラクタだけど、シチュエーションはそう悪くはなかっただろう?」
うきうきと、子供がプレゼントを渡した相手の反応を知りたがるように、顔を輝かせるスカリエッティ。まあ、プレゼントには違いないな……悪趣味だが。
 率直な感想を伝えてやると、目に見えて落ち込んだ。ガキかこいつは……いや、ある意味ガキなのか。縛られ、生きる方向性まで弄られ、その道から逸れることもできずにここまできたのだから。
 かすかに憐憫の情が湧くが押し殺した。こいつにも礼を失するし、こいつの犯した陰陽の理を破る行為を考えても、憐れみをかけられるべきではない。……割り切れんものはあるがな。

 所詮、絶対の悪などこの世には存在しえないのだろう。前世の頃から、言葉で、経験で、徹底的に叩き込まれた陰陽師としての心得が囁く。だが、相手が悪でなくとも、抹殺せねばならないなら欠片も残さず始末するのが陰陽師だ。善だの悪だの、人間の基準が入る余地はそこにはない。
 だが、抹殺までに猶予の時間を得られるときに、少なくない陰陽師がそうするように、俺は処分対象に声をかけた。己が滅ぼす存在のことをより深く知り、その生と死を心に刻むために。
「それで? どうなんだ最近は」


 うずくまって、なにやらぶつぶつ呟いていた男は、かけた言葉に反応して素早く立ち上がると、モデルのようにポーズを決めて、喋りだした。……ひくぞ、おい。
「ああ。なかなか順調だよ。もともと研究自体は峠を越えていたしね。いまは、それを形にする段階の、それも終わりに近い」
先日、こいつのラボに忍び込んで、仕込んでいた式を回収し、新しい式を仕掛けてきた。だから、だいたいの研究の進捗と研究内容は把握してる。詳細な内容は専門的過ぎて、分析も理解も出来てないが。
「戦闘機人か。人を超えるヒト。前にも聞いたが、なぜ、そんなものにこだわるんだ?」
「君のように高ランクの魔導師にはわからないかもしれないね。ヒトという生命がどこまで進化できるのか、どこまで行き着けるのか。その可能性を見てみたい、そして可能なら自分の手でその可能性を実現させてみたい。研究者なら、誰でも思うことだよ」
 夢見るような瞳で、熱をこめて語るスカリエッティ。そこには邪悪さの欠片もなく、子供のように無邪気で無心な情熱だけが見てとれる。
 もっとも、俺には同意できない発想だ。高ランク魔導師だから、と一括りに切り捨てられるのは気持ちのいいものではない。魔法に重きをおいていない俺には、なおさら。人間の価値は、そんなところにあるんじゃないとなにかが叫ぶ。
「お前が思っているよりも、人は強い。特殊な力も奇跡も必要ない。人に、そんなものは必要ない。人はその方が、ヒトらしい」
「それは持てる者の視点だよ。世の中の大多数は、“特別”を求める絶対的な弱者から成り立っているのさ」
悪意なく、くすくす笑いながらスカリエッティが言う。
 だが、決してそうではない。
 持たざるものであろうと。あがき、苦闘して、叶わぬと言われた事象を踏破してみせる。それが人間だ。不可能を可能にするのは、人智を超えた化け物を打倒するのは、いつも人間なのだ。

 だが、反論はしなかった。前世や転生のことを話す気はなかったし、非力非才を嘆かずくじけず闘いつづけた連中を知っているのと同じように、持たざる自分を理由にあきらめた、数知れぬ人間達のことも俺は知っている。こいつの言葉を、全くの間違いだと言い切れるだけの根拠を、俺は持たない。

 それに。


 外法であろうと力を求める。前世の俺とどこが違うものか。俺は、波立つ心を抑えるように、静かに目を閉じた。


 俺の反応をどうとったのか、スカリエッティは、わずかに間をおいたあと、話題を切り替えて言葉を続けた。
「……あの時からしょっちゅう考えていた。君との再会はどんなものになるのかと。
 恐怖と絶望の叫びを背景に、必殺の攻撃を挨拶として交わすのか。欺瞞と虚飾の只中で、言葉の刃をもって互いの隙を窺うのか」
「…実際に再会してみての、感想はどうだ?」
「空想していたときは、あまり心躍るパターンではなかったのだが……実際に経験してみると、悪くないね。うん、悪くない」
俺は軽く肩を竦めた。
 この男の執着も嗜好も理解できなくはないが、やはり狂っている。そしてその狂気が浮き彫りになる程度には、こいつはまともな部分を残している。あるいは、俺がもっと早くこいつと出会っていたら、俺達の未来は違ったものになっていたのだろうか。らちもないことを考えかけ、俺は芽生えかけたその想いを素早く押し潰した。時間は巻き戻らない。仮定に意味はない。すでに、俺とこいつの関係は定まっているのだ。
 そんなことを思う俺をよそに、スカリエッティは、穏やかな好意に満ちた声で、俺に告げた。
「今日も、「遊び」の開幕を祝って、簡単な余興を用意してある。楽しんでもらえると嬉しい」





 悠然と靴音を立てて去っていくスカリエッティを見送ると、俺は、六課に割り当てられている周波数で、念話を飛ばした。

(機動六課各員、そのまま聞け。たった今、当会場に対する襲撃予告があった。グラシア隊長は直ちに屋外に出て、索敵と迎撃の指揮を執れ。ヤガミ副隊長は現在までの状況をまとめて、すぐ隊長に引き継げるように準備を。捜査係は所定の遊撃位置につけ。敵の情報を確実に入手しろ。グラシア隊長の要請があれば、迎撃を応援しても構わんが、メインは襲撃犯の情報を得ることだ。職分をきちんと意識しろ。
 私は、屋内でホテル側警備陣と連携して、要人の警護にあたる。ゲイズ三佐は出張班を含めて、ロングアーチを指揮。武装・捜査両係との連携と支援を。必要に応じて上位指揮権の行使を認める。両係の者は、上位指揮権行使を明言された場合、ゲイズ三佐の指示に従うように。
 以上だ。なにか質問は?)
了解の返事が続々と返ってきた。やれやれ、今日はいろいろとせわしない日だ。
 脳裏に一瞬、ユーノとの会話と彼の嬉しそうな笑顔が過ぎり。すぐに消えた。


 歩を進めながら、俺は、前線指揮所として引っ張ってきた指揮車両の責任者のグリフィスに、天照と連携しながら戦域管制をとるよう命じ、隊舎に残したオーリス嬢にはバックアップとして、磐長媛命にアクセスして、より広域の探査と詳細な情報の解析をおこなうよう命じた。その指示を下しているあいだに、オークション会場の外に出た俺は、すぐにシステムデバイス「阿修羅」を機動し、搭載のセンサーで、建物内部と建物の周囲10m程度の範囲の監視を開始する。精度は低いが、数十cm程度のサイズの物体の侵入は感知できる。そもそも天照があるのだから、保険以上の意味はない。
 まあ、スカリエッティのことだ。こちらの優位を崩す仕掛けくらいは準備しているだろう。機動部隊が攻勢防御でなく、拠点にしばりつけられての防衛戦に引きずり込まれるには、普通に考えれば、なんらかの仕掛けがいる。スカリエッティは「余興」と言っていたから、それほど極悪な引っ掛けはないだろうと思いつつ、ホテルの警備管制室に向かった俺の予想は、数分もしないうちに、現実のものとなった。



 警備室に移動して、ホテル側の警備責任者に対し、状況を説明している最中だった。

 俺の前にウィンドウが開く。いや、開いたのだが、画像が乱れ、ウィンドウ自体も形を揺らがせ、ときに消滅したりしながら、辛うじて、それがグリフィスからの連絡であることが判る程度だった。
「……長………が…………連絡…………せん! ………ア……との…………も…調! ……を!」

 ジャミングか! 

 しかし、上から部隊に割り当てられた周波数が干渉を受けているとなると……。
 俺は、ジャミング対策用の秘匿帯域とプロトコルで指揮車との念話交信を試みた。しかし、それも先ほどと同じように、ノイズが酷く、まともに話が出来ない。俺は軽い舌打ちとともに、呆れの感情を禁じえなかった。

 念話はジャミングされることが多いから、普通の部隊は、通常の使用帯域のほかに、ジャミング対策用の秘匿帯域と対応したプロトコルを持っている。だが、それすら、ジャミングされている。ここまで的確に、ジャミングをかける周波数帯域と通信方式を選択している以上、情報漏洩は確実だ。
(さて、ならコイツはどうかな?)
俺は頭のなかで、もう一度、念話の周波数帯域とプロトコルを切り替えた。
(六課各員、聞こえるか? 聞こえるようなら、今後の念話はこの特殊帯域を使用しろ)
戸惑ったり、気合が入ったり、それぞれの個性が出た返答が帰ってくる。グリフィスからは、泡を食ってこの念話帯域の存在を忘れていたことを詫びる、恐縮した口調の念話が入ったが、反省はあとにしろ、と叱り飛ばして職務に戻らせた。


 その隊に割り当てられた周波数帯域と、ジャミング対策の秘匿帯域は、各部署との重複を避ける意味もあって、使用するプロトコルと共に、上位部門への提出を義務付けられている。だが、俺がいま使った帯域は、上に提出していないもの。AMF対応を口実に、六課の前線要員と指揮官級のあいだでのみ取り決めた、特殊帯域。
(ふん、上に出した周波数帯域にジャミングが掛けられていて、出してない周波数帯域には掛けられてないというだけで、情報漏洩の疑いを、六課の上位組織たる本局にかけられるんだがな。)

 思いながら、グリフィスから、天照との情報のやりとりもジャミングを受け、直ぐにはラインを確保できそうもないという連絡を受ける。とりあえず、入手できる範囲の情報だけで管制をおこなうよう指示すると、今度はハヤテとフェイトの2人に限定して念話をつなぐ。
(ハヤテ、フェイト。念話だけでなく、天照との通信もジャミングを受けている。恐らく、出力のかなり大きい装置を使用しているはずだ。発生装置の破壊と、その周辺にあるだろう、敵襲の管制役の痕跡を辿っての捕縛任務を頼みたい。職分で言えば捜査係だが、戦況による。そちらの判断はどうだ?)
(うーん、とりあえず、今の感じなら私らだけで問題ないわ。フェイトちゃん行ける?)
(私は大丈夫。ギンガはおいていくから、ハヤテの直卒に組み込んでくれる?)
(了解や。それでええかな、なのはちゃん)
(ああ、頼む。フェイト、ゲイズ三佐のほうで広域走査とその解析をかけているはずだから、情報を確認しろ。それと、装置の破壊以上に、相手の姿や能力を確認することが大事だ。目立つ機動をして、取り逃がさんようにな。)
(うん、了解。ライトニング1、別行動に入ります! ライトニング2はエアー1の指揮下に入って!)
そこまで聞いて、俺は念話を切断した。あとは、それぞれに任せておいていいだろう。俺は、念話の間、それと察してじっと待っていてくれた目の前の責任者に謝意を込めて笑いかけると、改めて状況の説明を開始した。

 現在のガジェットの出現数とこちらの対処能力がそれを上回っているとの判断。遊撃がいる可能性があるので、客の避難は現時点ではおこなわないほうがよいこと。客に状況を知らせると、パニックになったり、特権意識を振りかざして防衛体制を混乱させる人間が出かねないので、最終防衛ラインに到達する敵の数が増え始めるまでは、知らせないほうが良いのではないか、という提案。
 責任者は、時折質問や確認を挟みながらも、こちらのスタンスに全面的に同意してくれた。事前の打ち合わせをおこなったとはいえ、彼のような熟練の人間がここまで素直に意見を聞いてくれるのはありがたい。自分の職分と能力の限界を明確に把握して、それ以外についてはこちらを見た目で判断せずに、冷静に信頼してくれる、プロというに相応しい態度だ。逆に言えば、打ち合わせで彼らの担当区域と定められた、ホテル内部といざというときの避難径路確保については、かなりの信頼度をもって任せられる。


 ホテル内には、巡回の強化、カメラとセンサーの使用により、ある程度の網が張られている。とりあえず、六課としては、大物を通さなければいい。この警備管制室には、屋外も映し出すカメラがあるが、それよりも詳細で的確な情報を、俺は得られる状態にあった。


 「ヘカトンケイレス機能拡張Ⅰ型」、別名、統合武装システム搭載型。正式名称「阿修羅」。それを起動している俺は、戦域情報の把握には、指揮車からのダイレクト・サポートを受けられる状態にある。

 元々、指揮官が使うことを想定して設計されたヘカントンケイレスや、その高級機である阿修羅には、陸士隊の共通規格の指揮車と情報をやりとりするための仕組みが組み込まれている。指揮車は、天照や磐長媛命との情報のやり取りで、より膨大で精確な情報を管制できるが、指揮車単体でも、自車に搭載しているセンサーと、随行する車両に搭載されている可搬式センサーとで集めた情報で、最低限の戦域管制はこなせるのだ。そして、指揮車のコンピューターで解析された戦域情報は、阿修羅側で遮断の処置をしない限り、指揮車からオートで送られてくる。今も、人間の脳に過負荷をかけないよう、阿修羅が手を加え簡素化した情報が、俺の脳裏に映し出されていた。


 防衛線は、大きく2手に分かれ。ガジェット数の多い戦域で、ヴィータが突出して手強い敵を中心に数を減らし連携を乱し、新人4人が、抜けてきたガジェット群を殲滅している。リィンフォースとギンガが、別方面から来ているガジェット群に対処している。ギンガは経験では新人達とは比べ物にならないし、リィンの指示と支援も的確で、2人で楽々と防衛線を維持している。そして、双方の戦域全体を俯瞰するように、統括指揮官として、最終防衛線として、ハヤテがシュベルト・クロイツを手に、宙に佇んでいた。 
 AMF対策として優先的に叩き込むよう指示した、地形や作成したバリケードによる簡易野戦陣地を活用した戦術に則り、陣地からの支援と指示をおこなうティアナとキャロ、機を見て突出し撹乱・撃破するエリオとスバル、おおきく先行した位置でガジェットの連携を崩すヴィータ。
 事前にシミュレーションで検討し策定した戦法をなぞり、着実に成果をあげている。2方向からの進行だが、特に問題なく対応できているようだ。ハヤテが魔法を放つ必要がないくらいに。


 阿修羅の処理能力では、それぞれの存在は点とコールサインと保有魔力量くらいしか表されないのだが、それでも、部隊の連携を計る程度なら、十分だった。

 ……悪くない。ヴィータが敵の陣列を乱していることもあるだろう。ギンガやリィンフォースの指示やフォローもあるだろう。だが、数の暴力と言う、戦意をくじくのに最も有効な戦術をとっている襲撃者側に対し、小競り合いではすまない、本物の戦闘を初めて経験している新人達は、的確に対処し、俺の把握できる様子では、動揺や取り乱すような動きは一切なかった。連携の不備は、ところどころ目に付いたが、実質2回目の実戦で、ここまでやれれば、上出来と言っていい。俺はかすかに頬を緩めた。……その直後、新たに発生した問題への対応で、戦況の観察からマルチタスクの主流を離したことが、良かったのか悪かったのか。いずれにせよ、過去は巻き戻せず、生じた結果は変えようがない。



 新たな問題は、またしても指揮車から伝えられた。ウィンドウから、アルト・クラエッタ通信士が慌てた声で報告する。
「指揮車のコンピューターがハッキングを受けています! ……え、嘘…もう、完全に乗っ取られたの?!」
「うろたえるな! 守るべき民間人の前で、醜態だぞ。
 ロウラン准尉以下、出張管制班は、システムを回復できないか試せ。うまくいかなくてもいい、試した方法とそれに対する反応や効果を記録していけ。次に同じ轍を踏まないためにな」
一気に室内から不安満載の視線が集中し、己の仕出かした失態に気付いて、さらにパニクリかけたクラエッタを一声叱って正気づかせ、なだめるように声をかけながら、同時にロングアーチに向けてウィンドウを開く。
「三佐。ロングアーチには指揮車へのハッキングの経路と手法を調査・記録させろ。可能なら、敵の予測位置を割り出せ。だが、最悪、今回は敵に譲って構わん」
オーリス嬢が返事をする前に指を一つ鳴らして、2つのウィンドウの横に、もう一つウィンドウを開く。
「ヴァイス! ヘリを上空に上げて旋回機動をとれ! 私の阿修羅とヘリ搭載の機器を連動しての広域走査をおこなう。三佐、解析及び管制はロングアーチがとれ。状況マニュアルのC「隊舎襲撃」のケース3を応用して対応。訓練の成果を見せてみろ!
 ヴァイスは目視での注意も怠るな。気を抜いて、撃ち落とされるなよ」
「はい」
「了解であります」
生真面目な表情のオーリス嬢の返事と、にやりと人を食ったような笑みを浮かべて、敬礼とともに返答するヴァイス。すでに、ヘリは屋上から浮上し、さらに上昇しようとしている。経験の少ない人員が多い六課では、コイツのような、多少規律にゆるくても、突発的な事態に慣れていて、余裕ぶった態度を保てる存在はありがたい。

 そこまで、指示を出し終えてから、ウィンドウを閉じ、俺はゆっくりと静かな目で室内を見渡す。狼狽したクラエッタの様子に浮き足立ちかけた室内も、いまのやりとりを聞かせたことと俺の態度で、大分収まったようだ。
 動揺の種を完全に押さえ込んでおくべく、口を開く。
「ご心配なく。統制はすぐに取り戻します。もともと個々の戦闘能力の高い人材で構成されている隊ですから、大量に突破されるようなことは、統制が短時間乱れても許したりしません。統制が回復すれば、それこそ一体たりとも突破は許しませんよ。
 それに、このホテル周囲10mまでの範囲は、私の監視圏内です。ネズミ一匹、とまでは言えませんが、危険なエネルギー体や、暴れている魔導機械のようなサイズの侵入を見逃すことはありません。外は我々にお任せあって、皆さんの職務を御遂行ください」
最後に微笑をつけくわえてやると、室内にホッとしたような空気が流れ、警備員達は互いに頷きあったりして、それぞれの仕事に打ち込みだした。ふと、責任者と目が合い、静かに目礼されたので、こちらも黙って目礼を返す。そして、また、状況の監視に戻った。


 その後については、特に言うべきことはない。ヘリと阿修羅の連動を軸に復活した戦域情報をもとに、ロングアーチが管制をおこない、乱れかけた防衛線を立て直した。ティアナとスバルが最終防衛線まで下がっていたのに気づいたが、特に報告もないので、ローテーションの関係かと判断して素通りした。簡易野戦陣地では、下がってきたヴィータが、地上で突貫して撹乱するエリオ、援護のキャロと連携して、確実にガジェット群を食い止めている。
 そして、ジャミング発生機を破壊し、その周囲の調査も一段落させて戻ってきたフェイトとの挟撃により、多くもない残敵はさほど時間をかけずに殲滅された。

 フェイトに依頼した襲撃犯の管制役の確認は、できなかった。痕跡を辿って森の中まで進んだのだが、追いつく前に森の奥での転移反応をロングアーチから連絡され、該当場所では魔力の残滓以外、なんの痕跡も発見できなかったそうだ。あとは天照が彼らの姿を捉えられているかどうかだな。





 主催者に対する簡単な戦闘経過と結果の報告。その後の、社交活動とホテル側との簡単な折衝を終え、俺はホテル横の雑木林の前に来ていた。ハヤテから呼び出されたのだ。初の大規模戦闘だった兵卒連中は、フェイトとギンガをつけて一足先にヘリで返した。残っているのは指揮車両のグリフィス以下の出張管制班と、ハヤテ・ヴィータのみだ。なので、なにかハヤテから、内密で急ぎの話か相談でもあるのかと思ったのだが。

「やあ、久しぶりだね」
「……ああ」
ヴェロッサが、ハヤテとともに立っていた。ふむ、なにかあったか?
「あまり時間がないから、手短に言うよ。
 君の言っていた管理局内の犯罪者については、確証はとれていないが、状況証拠から見て、まず存在は間違いないと教会上層部は判断した。義姉さんは、状況証拠を提示して、改めて、親しい何人かの局員に、相談をもちかけるつもりのようだ。
 おそらく、相手はそれなりに高位の人間だから、正規の捜査ではなく、目立たないようにしながら、すこしずつ探っていくことになると思う。管理局と教会の関係悪化も望ましくないしね」

 ふむ。予想より早く、予想より積極的な動きをとったな。なにか対応をとるべきか? 好きにやらせても問題ない可能性は高いが、意識の誘導をもくろんでいるこちらとしては、カリムやヴェロッサの動きを全くつかめなくなるのも、都合が悪い。そうだな……。

「……正直に言って、カリムの信頼する人間がどこまで信頼できるのか、不安ではある。人格的にも能力的にもな。長い間、見つけられずに蠢いていた相手だ。真っ正直な連中だと、逆手をとられて、事故死するなり左遷されるなりしかねないぞ」
「その辺は僕がフォローするよ。正規の査察官だから、多少の無理押しも利く」
「……それで対応できるなら、俺としては特に言うべきことはない。ただ、念押しになるが、カリムの身辺は一層気をつけさせるようにしたほうがいい。カリムを消されれば、こちらの動きは鈍らざるをえん。その隙に、お前と俺を片付けられれば、管理局と教会をつなぐコネも、調査の結節点となる人間もいなくなる。相手は、分断されたこちらを、じっくり料理できる」
「怖いことを言うね」
「事実だ」
「…判ってる」
容赦なく追い詰める俺の言葉に、ヴェロッサはごまかすように竦めていた肩を戻して、陰りのある顔でため息をついた。
「シャッハには言ってあるけど、義姉さんにも改めて、自覚をうながしておくよ。僕も、身の回りに気をつけるようにする。君も気をつけてね。
 気付いてると思うけど、今回の六課の任務は少々胡散臭い。そして、それはこの任務単独で終わるんじゃなく、これから始まる可能性が高いと僕は見てる」
「火元はわかりそうか?」
「申し訳ないけれど、難しいね。本局上層部での、君への警戒感がだいぶ高まっていてね。それがブラインドになって、今回の件でも、なかなか糸をたどれないんだよ」
「なら、仕方ない。まあ、無理をせん程度に探ってくれるとありがたいが、突き止めてみたら、ただの個人的な嫌がらせだったりしたら、無駄骨折りだしな。本来の目的にも差し障る。適当に加減してくれ」
「無駄骨だとは思わないんだけどね。でも、たしかに優先順位の問題はある。決して棚上げするつもりはないが、後回しにせざるをえないことは理解してくれ」
「当然だ」
「すまない」

 会話の間、ハヤテは不安そうな表情で、俺とヴェロッサを見ていたが、わきまえて口を挟むことはなかった。ヴェロッサは、ハヤテの頭を優しく撫でると、暇を告げて立ち去っていき、あとには、不安を隠せないでいるハヤテと黙ったままの俺が残った。


 心配そうなハヤテの視線に俺は肩を竦めてみせた。十分予測していた事態。いまさら、慌てるようなことではない。ハヤテには悪いが、不安には耐えてもらうしかない。それに……。
 無言のまま、ハヤテと指揮車に向かいながら、俺は、ふっ、と視線を彼方に向けた。六課の隊舎のある方角へ。
(さて、いったい、誰が何を仕掛けてくるのやら)
 


 以前、陰陽術による隠密探知結界を海鳴市全域に張っていたように、今の俺は、自分の部屋を中心に、半径2kmの球形に同種の結界を張っている。探知するのは、強大な力を持つ存在と悪意を放つ存在、車や鳥ではありえないほどの高速で動く存在。いずれも、陰陽師が相手にする怪異・悪霊にあてはまる条件だ。あるいは、陰陽師を狙う犯罪者や同業者に。地脈を利用できない場所でも、俺程度の術者でも、その種の結界をキロ単位の大きさで張る技量がなければ、生き残れはしなかった。

 今日の戦闘中にその結界が、侵入者を感知した。悪意を放つ、魔力を持った人間大の存在。そいつは、六課の宿舎に入り込むと、ところどころで立ち止まったりしながら、各所を移動し、俺の部屋の前でしばらく時間をとったあと、宿舎から出て行った。ガジェットへの対応に集中していたとはいえ、それなりの警戒網の敷いてある宿舎内を気付かれずに動き回れる存在。そもそも、入るには局員のIDカードが必要な扉を、あっさり通過している。
 今回の件のそもそもの起こりから考えれば、六課に向いてない仕事を押し付けて失態を期待し、その一方で、問題なく仕事をこなした場合の保険に、戦闘要員が出払っている宿舎に侵入して仕掛けをほどこした-つまりは、本局の人間の意を受けた仕業という推測が簡単に成り立つ。


 俺を排除して、新隊長を本局の主流派から派遣する。

 本局主流派からすれば、管理局の危機を暗示する預言への対応で、自分達が実働部隊の主導権をとれないのは面白くないはずだ。それに、六課で本局にいる犯罪者を暴こうとしている、という情報が漏れているとしたら、なおさら俺の排除は必須だろう。六課で強固な地上派と言えばオーリス嬢くらいだし、フェイト始め、「海」関係の人間も多い。多少の混乱は、権威と権力で抑えこめると踏むだろう。そもそもフェイトは、本局の意向を反映させるために送り込まれてきた面がある。……当人の無自覚とクロノが壁になることで、それは成功してないわけなんだが。
 俺も所属でいえば本局なんだが、態度が態度だったから、本局上層部の意を素直に受けて行動するとは思われなかったんだろう。それに、俺を「陸」寄りの人間として裏切り者呼ばわりする連中もいると聞く。レジアスとのつながりを除けば、表向きには、担当業務と目立つ成果が「陸」で有っただけで、「空」についても相応の成果を上げてるつもりなんだが、その辺はスルーしてくれるらしい。やれやれ。まあ、本音では間違っちゃないんだが、誤解と偏見と思い込みで、筋道を通らず強引に結果だけ正解ときちゃ、感心する気にはならん。


 まあ、宿舎に仕掛けられたものと今夜の動きへの対応で、ある程度、ハヤテの無力感も取り除けるだろう。
 今夜は本局が半ば無理矢理にねじこんだ天照のメンテがあるはずだ。5年やそこらでどうにかなるような造りはしてないし、そもそもメンテナンス・フリーを前提にした設計をしてる。不要だという地上本部に対し、今年のような大事が起こりかねない年には念を入れておくべきだ、と本局側が押し切ったと聞いている。宿舎への仕掛けの発動と連携して、行動を起こすとしたら、メンテで天照の機能が停止する時間帯を狙うだろう。

 俺を部隊長からひきずりおろすだけの材料としては、隊舎の襲撃と半壊程度の不祥事があれば、突破口にはなる。教会重鎮のハヤテに重傷を負わせるのもありだ。その結果を切り口に、初出動の時の俺の動きや昔の俺の勤務態度なんかをあげつらって、危機感も忠誠心も薄い管理外世界の人間に、今回のような重大事の対応の責任者はふさわしくないとでもぶち上げれば、本局では、ある程度以上の賛同を得られるだろう。俺と「陸」に対する隔意が強まっているという話は、クロノからもレジアスからも聞いている。

 俺の命を狙ってくる可能性もある。もしピンポイントで俺の命を狙ってくるとしたら、最高評議会絡みの可能性が高い。カリムが相談した「海」の人間やその動きから情報が漏れて、俺が本局の犯罪者を暴こうとしてる、という情報を彼らが得たとしたら、まず間違いなく俺を消しにかかるだろう。過去の少なくない事故死や不審死、殉職を遂げた局員達と同じように。


 双方の思惑が一致を見ての、共同しての行動という可能性もある。まあ、今は考えてもわからん。とりあえず、歓迎の準備をして待つとしよう。まずは、帰舎後のデブリーフィングで、襲撃の可能性について伝えて対応策を検討するか。




 俺は軽く首を鳴らすと、隣で心配げに見つめてくるハヤテに笑ってみせた。彼女は、俺やヴェロッサの力になりたいと思いつつ、いまの自分ではそれをするのは足をひっぱるだけだと判断して、こらえている。そして、俺も彼女にかけるべき適当な言葉がない。現時点で、この件に関して彼女ができることはなにもないからだ。彼女自身が判断したように、注目度が高く、ごまかす為の適当な口実もつくれない彼女が動けば、事態を悪化させる可能性が高い。

 俺はハヤテの肩を軽く叩くと、短く言った。
「戻ろうか。仕事が待ってる」
「……うん、そやな」


 隠そうとして隠しきれない、沈んだ感情のにじむ声に、なけなしの罪悪感を刺激されつつ、俺は足を進めた。徐々に暗さを増していく、黄昏の中を。





■■後書き■■
 武装隊は、指揮官=「夜天の王」から、空、を連想してコールサインをairに設定。「陸士中心なのに“空”?」という突っ込みは無しで(笑)。陸を這うしかない人間にとって、“空”は、「遥かな憧れ」を意味してたりします。多分。その憧れに追いついたとき、彼らは真のストライカーとなっている、という想いを込めた名前……これ、幕間のハヤテ編で使えるネタだったな。不覚。修正版上げたほうがいいかな。ミス修正以外の書き直しは好きじゃないんだけど。
 捜査係は、フェイトさんが頭だったらこれしかないっしょ、というわけで原作どおり。なのはさんは、スター1になるのかなあ。それとも、ライオット・フォース6の部隊長だから、LF61とか。あるいは、サタン1かルシファー1? 伏線的には悪くないけど、皮肉が効き過ぎてる気がしないでもない。ちょっと、考えてみよ。

 ちなみに今話登場の「阿修羅」は、和名でいいのがないので「ヘカトンケイレス」を使った、と書いたときに、マイマイ様から提案されたものです。高級機の方で使わせていただきました。提案、ありがとうございました。


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